ラテールの神~ENDLESSTomorrow~第3話


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

彼はPCに向かって憤懣を叩きつけていた。彼の知識ではねらーの半分はニートを始めとする自宅警備員だったから、主にそれらに関する罵詈雑言・コピペの類を自分を虚仮にした馬鹿どもに叩き付けていた。極力、発覚しないように。しかし自分では気付かない誤字脱字変換ミス、使用漢字によりすぐにバレた。毎度毎度すぐにバレた。それでも彼は諦めない。
種アンチは蛆虫に等しい連中であり、蛆虫が人間様でも最上等の部類に属する俺を罵倒してはならないのだ――そう信じた彼はリアルでは想像しがたい忍耐と執念で煽り、煽られる。
その執念をもっと有用な何かに使えばいいのに。
その時間だけは自分が受験生であることなど、完全に忘れていた。


彼は種アンチを完全に論破したと確信してから買い置きのアイスコーヒーを飲み、自分のブログへ向かった。自分だけの庭、自分だけの王国。ネットでも問題児である彼はブログの中だけでは自分は王であり、好きなように振舞うことが出来た。……コメントの内容を除いては。


『中2病をこじらせたのか、根本的にコミュ力がないのか、釣りなのか、はっきりしてくれ。』
『お前みたいなのは集団生活して協調性を養うのが一番だと思うわ』
『お前何時までもこのままか?糞ガキのまま一生終えるのか?それでいいのか?あん?』
『君には何の才能もなくて可哀相だよ』
『糞ブログ閉鎖しろwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』


この手合いは無視するに限る、と思っても、やはり腹が立つ。加えて、いちいちコメントにレスを行なうのも億劫になって来た頃合だった。
そこで彼は一計を案じる。
『管理人は2chへの書き込み及び観覧を一切してません』と前置き、更に今後のコメントへの書き込みを禁止する。彼は勝ち誇った気分でブログのページを閉じ、それから恋人へ至る道を模索した。


『泣いてばっかりじゃ男が廃るよ? キミ、華音のことが好きなんでしょ?』
『華音は内気だから、そっちからアタックしてこないと何にも進展はしないよ?』


あの時――兄に絞られ砂場で惨めにメエメエと泣いていた時、彼は確かに恋の天使のささやきを聞いたのだった。恋の天使に違いあるまいと彼はあえて錯覚した。――だって運動駄目、勉強駄目、友人なし、顔は違法のハヤブチシンヤに、リアルの誰が恋のエールを贈ったりする?
俺とかのんは結ばれる運命なのだ。彼はその日が来るのを待望した。


更に数日が経つ。
その間、ある日には「彼女と花火大会に行った」、別の日には「彼女と旅行に行った」などと妄言を吐き散らした。殆どやりたい放題だった。HPの小説も絶好調、敬愛するミツヲ・フクダータ監督がサンライズの第九層から解き放たれ、独裁ペドフィリアや老人斑の禿他無数の有象無象どもを服従させてゆく日も近いと感じられた。
やがて彼は興奮に震える指で、ブログの記事にこうタイプした。
『彼女の家に止まります』
これは自分を奮い立たせる宣言だった。先に既成事実を作ってしまえば後でどうとでもなろう。これが実行出来なければ男ではない、なんとしても実行するのだ――彼はネット上の自分から種アンチをバッシングする分の勇気と意志を借り受け、自分を鼓舞した。


かのんの家に向かう。自然と心が逸る。脚が急ぐ。
――ついた。塀に囲まれた、ごく普通だが恵まれた一軒家。
大きくあえぎながら、チャイムのボタンを押す。震える指で押したため連打した形になった。まあ、いいか。
ドアが開く。品の良さそうな中年女性――かのんの母親だ。かのんの母は困り顔で「はいどなた様――」と言ったきり、絶句した。必死の形相で大きくあえぎながらチャイムを連打する、違法な顔の中学生。
彼も彼とてかのん以外と会話する他は何物の介入も予期していなかったため、平生の挙動不審が言語に現れた。
「うわあああああああああ貴方は…貴方だけは!」
かのんの母はこの不審者にドン引きし、慌ててドアを閉めようとした。しかし彼は周到にも靴の爪先をドアの間に滑りこませて、その企てを阻止していた。
「ふざけんな! 誰にだって自由はある!」
かのんの母は娘と同じく、本来内向的な性格だった。常人の世界から脚を踏み外した少年に太刀打ちもならず、完全に飲まれてしまっていた。
「『彼女の家に止まる』ってブログに書いたんだよ! だから入れろよ、おう、早くしろ(迫真)!」
無理解な大人と闘う勇敢な少年――彼の脳裏にそんなシチュエーションが存在したことは否定出来ない事実である。そもそも彼はいっぱいいっぱいの状態にあった。
だから背後から明らかな殺意を抱いた誰かが来ても全く気付く余地はなかった。
「せェいッ!!」
菜月の全体重を掛けたジャンピング延髄斬りが美事に決まった。衝撃は速やかに脊髄の神経パルスを遮断せしめ、彼の意識を暗闇に落とした。それでも塀に引っかかって立ったままの状態になっていた。菜月は更に彼の襟首を掴み、後頭部から引き倒す。
「扉…閉めてください! …早く!」
菜月の渾身の叫びに圧倒されつつも、かのんの母は家の扉を閉めた。


気が付くと彼は公園で野ざらしのまま眠っていた。
「いててて……」
後頭部から首筋までにかけてずきずき痛む。出血を確かめたが問題はなかった。
「しかし、俺こんなところに?」
確かかのんの玄関で中年のおばさんとなにやら会話をしていたはずだ。おばさんは優しく、すぐにお嬢様(つまりかのんである)を呼んでくれるはずだったが……彼の記憶は最前に見た夢とごっちゃになっていた。
そこから先は思い出せない。何が何やら彼の拙い頭では整理しきれず、チッと舌打ちをして、彼は元来た道を帰って行った。


……この一件が大問題を引き起こそうとは、彼の拙い頭では全く思いも寄らないことであった。


名前:
コメント: