ラテールの神~ENDLESSTomorrow~第2話


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彼はいつも昼が過ぎてから学校へゆく。向かうのは保健室。三年○組に所属していることになってはいるが、教室には実質として彼の居場所は存在しない。彼の机はすっかり近辺の生徒の物置と貸し、時々教師がごく義務的に「ハヤブチの席片付けておけよ」と言い渡し、そのまま放置されるのが常態化していた。
協調性に欠け他人を当然のように見下すならまだしも、それを無能極まる奴らがするのだからたまったものじゃない――彼がかたくなに教室への登校を拒否する理由はそれである。他の生徒が彼の思考を知り得たならば、悪態をつきたいのはこちらの方だとでも言ったかも知れない。
無論彼は他の生徒の自分に対する態度が己自身に起因することなど気付かない。知っていて、気付かないふりをしている。だから自省などしないし、し得ない。
彼がリアルとネットで蛇蠍のように叩かれ続ける理由である。



保健室のベッドの上で携帯いじりで時間を潰した彼は放課後を待ち、かのんを無事家まで送り届けるため無断で保健室から抜け出た。その実は言うまでもなくストーキング行為であり、頻度は完全なアトランダムである。ゴールデンウィーク明けからの不定期行事にかのんは気付きかけているものの、故にまだ誰にも打ち明けられず対策を練られていない段階だった。
しかし校内のどこを探してもかのんは見当たらない。まさか誰かに尋ねるわけにもいかない。そもそも他人との対等な会話などどのくらいしていないことだろうか。
俺がお前を守ってやってるのに、俺がお前を一番好きなのに、と身勝手な言い分を口の中で呟きながら、妄想の中で、本人が知ったら卒倒しかねないような罰を一通り与える。息も絶え絶えになったかのんが許しを請うと、既に日はとっぷりと暮れていた。
学校を出て、なけなしの千円(小遣いは十日前に尽き、親の財布からくすねた千円)で缶コーヒーを買い、公園のベンチに腰掛けた。ブラックコーヒーの苦さは好きではないが、これを飲む自分はかっこいいと思う。
……今日はいいことがなかった。愛しのかのんの顔も見れなかったし、種アンチは相も変わらずヲチスレで俺を叩き続けている。俺が小説家になった暁には、こいつらを全て血祭りに上げて敬愛する福田大監督に捧げよう。そのために、家に帰ってクドで一発しろいうみを出そう……。
成績の芳しくない受験生らしからぬ益体のない妄想にふける彼の頭上に声が降りかかった。
「貴様ラテールの神だな? ラテールの神に違いあるまい!!」
思わず彼はびくっとした。彼は日常ではただの中学生(禁治産者予備軍)、顔とその呼び名を一致出来るものは限られる(と本気で思っている)。顔を上げた。
「た、タクヤ……」
彼の明晰とは言えない頭脳が一挙に破綻をきたす。何で兄のタクヤがここに? つか何で俺のHNを?
返答は言語でなく暴力で為された。学ランの襟首から掴み上げられ、頚動脈と気管が締め上げられる。五歳以上の年齢差はこの年代では殆ど絶対的である上、貧弱なボウヤである彼には抗いようもない物理的な力だった。
「何俺の通信簿をネットに上げてンだよシンヤ……」
返答しようと思っても息が出来ない。兄は元より返答など求めていない。そもそも兄はこの愚弟を早期に見放していた。自分が出来が良かった訳ではないが、それでも大学に入るための努力は相応にした。その努力の痕跡すら理解しようとしないシンヤはどうしようもない愚かな弟だった。
「何腐った目をしてんだよ!」
兄は弟を地面に放り棄てた。ぐえ、と惨めな声ならぬ音が喉から漏れた。それでも弟は兄を睨みつけた。
「何だその目は。お前のその目で俺が殴れるのか?」
言い募れば言い募るほど、愚弟に対する憤懣は高まっていく気がした。
「聞くところによるとネット上では完全無欠のヒーローだそうだな? 試してあげよう、お前の力を」
弟は拳を固めた。自然に叫び声を上げて、殴りかかった。
「衝撃の、ファーストブリット!」
弟にとっての渾身の一撃を、しかし兄が受けるつもりは毛ほどもなかった。身をかわし脚払いをすれば、弟は派手にスッ転んで顔面を砂場に突っ込む結果となった。
「ネットばっかりやってるから成長期に筋肉がつかないんだよ。野球部のエース? 笑わせんな」
暴力を振るう気も萎えた代わりに、兄は嘲笑を投げる。砂に顔を埋めながら、しくしくと弟は泣き始めた。兄弟喧嘩ではいつものことだったので兄は無視した。
「父さんも母さんもとんだ不良在庫を抱え込んだもんだ」
靴音が遠ざかってゆくのを聴きながら、弟はしばらくそのまま泣き続けた。兄は兄なりに発奮を促したのかも知れないが、そうだとしても兄の意図は弟には届かなかった。自分を客観視する眼や意思に欠けた弟の脳髄を、今すぐ世界が滅べばいいのにと思春期ならではの短絡的な思考だけが占有していた。

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