安全カミソリが優しく僕の手首を走る、と書いたのは森田童子である。

 
 その夜、アヤは10歳の娘と7歳の息子が眠りにつくのを待っていた。夫は関西出張で次の日に帰ってくることになっている。普段と変わらぬ家事をこなし、(さあさあ、早く寝ないと明日起きれないわよ)(おかあさんは寝ないの?)(まだお仕事が残ってるのよ)いつもの夜とどこか違っていたのは、すでに数錠の睡眠薬を飲んでいることだった。そしてもうひとつ、カッターナイフの刃を新しいものに替えた。
 ふたりの子供たちを愛しいと思う。夫を信頼し深く愛している。だが愛せないのは自分自身だけだ。もう終わりにしたいと思い始めたのはいつだったのか、どの季節だったのか、何がきっかけでこんな弱々しい思いをするようになったのか、早く終わりにしたい。その言葉だけが頭の中で無数の札書きとなってあちらこちらに貼り付けられていた。
 アヤはリビングのテーブルの上に便箋を開き、ペンを手にし、これまでの時間を反芻しようと目を瞑った。かすかに音が聞こえるのは、自分の呼吸だ。その呼吸を意識し始めると、今から先は意識しなければ呼吸が出来ないのだと感じた。生きる意志を持って胸を膨らまし空気を取り入れ、胸を閉じて不要な毒素を吐き出すという繰り返しをしなければ生きては行けない。そう感じるのだった。
ちょとでも生きる意志を失い、胸を動かすことを止めた時が継続の断念、終わりへの境界を跳び越えるときだ。そんな思いに囚われながら静かに時間を遡るマリの閉じられた眼の端にうっすらと滲むものがあった。まだ若いアヤのふっくらとした頬は、これから起こるだろう事態を拒絶するかのように小刻みに震えていた。(中断)