この65キロの身体細胞のすべてが散り散りになって絶対心度4度の無限へと放り出されたのを確認した隠さんは両手を頬にあてがって顔を歪めてみようと考えたのだが、どう押してもどう捻っても歪んでいくのは顔ではなくて心なのだと知った。ひとこと「疲れた…」という言葉を口にしてみたら何かがズッシリと肩に乗ったらしく、激しい眠気を催してしまい息も絶え絶えとなり額に汗をびっしょりとかきながら苦しんだ。苦しんだのは仮面のもうひとりであって仮面を剥がすことの出来ない本当の自分は苦しんでなんかいないのだと感じたが、そこで疑問が沸いた。剥がせない仮面の下には本当の顔があるのだろうか、と。いつでも剥がせると思い込んでいる仮面を外したことのない顔が残っている可能性はもしかしたら皆無なのではないかと。仮面ごと剥がされる顔。これは何かの物語りの話で、我が身の不運のことではないはずだと願いながら今夜は二週間寝かせ続けたカレーをパンに塗った。美味いとかそうでないとかという感じ方をする以前にすべてはただの餌。貪欲でありながら清貧でストイックな食べ物。飾り気のない食卓の簡素さをこそ感謝する。
 赤い車が今日も街を走りぬけるのを見た。つい今しがたまで真っ赤に燃えた空を歓喜のドライブをしてきたかのように雲と雨とプリズムの匂いがしたのを嗅ぎ逃さなかったはずだったが、実際、鼻腔を抜けて行った風には空虚という名前が付いていた。ああ、ここにも剥がすことの叶わない印象という歴史の残滓があった。
 UFOよ。私が愛した唯一の美よ。長い年月をかくれんぼしたまま出て来ないお互いの心と心に通うことがある瞬間とは無限の絶対心度4度の果てでの再会の時なのだと知っているかい。長いのに瞬間でしかない個の哀しみを癒してくれるのはすべてを失った後に漂う記憶という残滓だけなのだね。UFOよ。愛の試練は試練ではない。それはただそこにあってそこから去るだけの永遠への一点たる入り口なのだね。試練は哀しみにもならず、試練は究極の喜びを得るためのものでもなくて、ただそこにあってそこから去っていくだけ。
 そう思えば何も淋しくなんかない。愛が永遠だとか、永遠なるものが愛だとか言わない。そこにありそこから去る。それが実存だと真っ赤に燃えた速度を持つ天空の車は教えてくれるのだろうか…愉しみとはそういったものの中にしかなくなったよ、角さん・・・。