通りかかったショーウィンドウに飾り付けられた柔らかな服とシンプルな鞄と赤いピンヒールの前で立ち止まる。望んだ形に並んだそれらを誰が身に付け履くのだろうかと想像するとき、私の中では理想のオ・ン・ナの顔がない。服が服として鞄が鞄としてピンヒールがピンヒールとして街を行く姿を想い描いている。透明で匂いのない身体を包んでいるそれらの服飾が独立する。モノの持つ純粋というものがあるとしたら、モノが醸し出す美の放散があるのだとしたら、私はそれを愛するに違いない。
 体温を持ち匂いを放つ身体を拒絶しながら経てきたのには訳があるだろうか、ないのだろうか。堅牢で透明な壁の向こうで繰り広げられる私以外の世界への違和は、諦念と覚悟の長い時を過ごしてしまい、もはや動くことを止めた時間の故なのだろうか。それとも、ただ耳を塞ぎ目を閉じてやり過ごして失われてしまった情念の報いなのか。
 ここで、情念はある。と呟くことはあってもいい。
  情念はある。
  情念はある。
  情念はある。
 どれほど呪文を唱えても藁人形ひとつ殺せはしないほどに蒼い心に覆われ失われてしまった情念であったのだと気づくのは遅きに失しているか。
  情念は失われた。
  情念はやはり失われた。
  情念はもはや戻らない。
 スポットライトに浮かび上がっているかのような生に満ちた赤いピンヒールの前で静かな時の流れを思い出している私は微かに微笑んでみたいと思った。それくらいなら許されるに違いないと。
 さよなら身体の記憶よ。