真夏の昼下がり、潮騒の音を枕に小一時間うたた寝していたシユウは、まだはっきりとしない現を引き寄せるように、天井の黒い梁を目で追っていた。
 やがて、シユウの胸のあたり、どの辺りか定かでない場所から、ジワッと熱いものが滲み出してきて、それが段々と胸いっぱいに拡がる。
 突如、大声で叫び出したい、と思った。
 それがユウへの恋心ゆえなのか、己の未来(さき)への身のやるせなさから来るものなのか判りようもなかったが、心底からの声、奥底からの叫びをシュウは欲していた。
 シユウは目を3秒瞑った。4秒目の次の瞬間、突然に跳ね起きると部屋の障子戸を音を立てて開け、階下に駆け下りた。
 玄関に出てスニーカーを穿こうとするがうまく行かず、つま先でトントンと足を押し込みながら、まだ入りきっていないにもかかわらず通りへと走り出た。
 坂になった通りを駆け下りていくシユウの眼の前に、真夏の真っ青な海が飛び込んできた。干されている天草が並ぶ路地を抜け、イカ釣り船の脇を駆け抜けて、防波堤の上を走り続けた。その先に拡がる白い砂浜には誰もいない。暑過ぎる浜には子供たちは出てこない。今頃はどの家の子も昼寝を決め込んでいるのだ。気だるいやる気の失せた夏が小さなを漁村を包み込んでいた。
 シユウは堤防が切れると、砂浜に飛び降り乾いた砂に足を取られながらも、その先を目指した。浜の先の岩場の水際に緩やかな白波が立っていた。太陽は真上にあり、シユウの影は身軽な黒い球のように弾みながら後について走っていく。
 砂浜が終わりゴツゴツした岩場に足を踏み入れた。岬の岩場にシュウは手をかけ、天辺までよじ登り、水平線に向かって立った。シユウは水平線の上に広がる青い空を吸い込むようにして呼吸を整えた。
 蒼い海上をキラキラ輝きながら船がゆく。南から来て北の果てへと連絡する豪華客船の航路は水平線とシュウとの間にある。シュウはその航路の上を歩きたいと思った。
 息を整えたシユウは沖を行く船に人の影を探した。見えるはずもないほどに離れているのに、シユウには見える気がした。オレもあそこにいる。もうひとりのオレがあそこにいるのだと思った。遠くない日に、この腐った魚の臭いに包まれた魚篭から出て確かな自分が存在するだろう世界へと、オレも出ていくのだ。
 シユウは、そうやって胸に溜まった叫びたい衝動を鎮めていた。それは若さの中で何度となく繰り返された。
 水平線とシュウの間を滑るように過ぎてゆく船を眺めていると、ついさっきまで堪え切れないだろうと思われた叫びが静かになだめられて落ち着きを取り戻すのだった。
 岬の切り立った崖に立ち、シャツを脱ぎ、ズボンと下着も一気に脱ぎ下ろすと、全身を太陽に晒した。ギラギラと射すような光の束がシユウを襲う。若い筋肉に影が出来、あらゆる陰影の在りようがそこに表現されていた。
 シユウは両手を拡げ、そして頭の上で閉じた。フワリと宙に舞うと美しい弧を描いて堕ちていく。深緑色した弁景の舟隠しと漁師が呼んでいる深淵が迫っていた。