赤木高原ホスピタル

心理オフィス・ステラ

二つを読み比べると私なりに明らかになるものがある。

それは書かない。

読めば明らかになるしね。

それに、肯定否定はその読み手の置かれている現在の位置に由来するに違いないのだし、
人生はどう転んだって碌な時系列ではないのだし、
いずれ化石ほどの美しさも顕現出来ない塵芥以下の瞬間なのだし…

婉曲…
なのだし…

ジャズほどの揺れさえない人生なのだと知った時、
身体が氷のように冷えていく絶望感に襲われたものだった。

だから生きているということは、夢なのだ、と思うほうがいい。

サックスがそのメロディアスな流れを止めて乾いていく
ピアノがただ叩かれる黒白として存在する
ギターはテクニックの限りを尽くす個へと変身する

夢なのだ
音楽…
いや
ジャズ…

ジャズは終わったからこそ

普遍の自由
忘れられた開放
密かな
 希求としての空

化石の美意識

 潰えた未来
     あなたとの交感

誰?
 あなたって…

ひとりの…オンナ
 ふたりの…オンナ
  さんにんの…オンナ
    よにんの…オンナ
…オトコ
 …オトコ
  …オトコ

耳を塞ぐ 
 あふれる音楽
  あわ立つ未来の記憶

ドット・コム!
 ドット・コム!
  ドット・コム!

たとえば
 ネットで愛を妄想した至福の共有
  沈黙する
   どこまでも沈黙する
のは
  妄想が続く証
明石海峡の夕陽は霞むほどの燃え方でオレンジさ

休みなく使い潰される時間
            仕事という不毛
土日がない
  のに
   仕事がなくなるという 混乱

 ブッゥ・ブッッ・ブブールブ・ブッ・ブルブルール・ブゥッ

たららら・らららら・ぴりりりっ・り・り・

 タンキッ・タ・タ・タ・タ

ピ、ピピピピ・ピリリリりゥ・タラ・タ・ブッ・ララ・リ・リ

認識を繋げたところで意味は見出せない
 観念を概念にしたところで
  人生は終わる

愛はない!
 その断言に意味があるとするなら
  それは
     この
       私にとってだけ
         シャチの構築に近い
鯨の味は忘れるのが
     正しい
秋刀魚はまだか
 法華は…

シャチは言語を理解し
       前後を入れ替えながら構築する
    私は
       前後不覚の逆立ちしながら生きていく

螺旋が眩暈に似ていると発見したものの
 誰も信じない…

終わりのない裏返しメビウスな螺旋
 誰も思わない…

その AI とかいう 逢い 抱擁 
             アイシテル
                     ワ

アナタ

   ダカラ 心は カラダ 





注)「徒然」に載せようと思ったが、「横書き詩」に載せておくことにした。なぜなら、これは明らかに即興だから・・・

 

 

 

 

 

最終更新:2007年06月27日 19:49