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 ――あなたが知ってるオギノマサキって奴と私、パラレル設定の同一人物だったりして。
 普通なら正気を疑うこの発言から半日。なし崩し的に解散して、一旦帰宅したものの、あんまり眠れなかった。意味不明だし。
 まあ、そういうわけで、更なる説明をと荻野真咲のアパートに昼から押し掛けている。
 ――生活感がまるでない四畳半。ノートPCが日焼けした畳の上にぽつんと置いてあり、スーツがカーテンレールに掛かっているだけの。
 テレビだとか冷蔵庫だとか、わりと必要最低限なレベルの家電すらない。
 野宿しようとしたところを引き止められ、宿泊していた神谷ヒカルが早々に退散しているのは、その辺も関係してるんだろう。多分。
 コンビニで買ってきたドリンク類を差し出しながら、真咲(27歳)が1000mlのイチゴ牛乳を片手に真顔で切り出した。
「私の知り合いの劇画原作者で物好きに自衛官をやっているやつが――」
「いいですから、そういうの」
 要点をざっとまとめる。荻野真咲は、紫苑弐式と同じ並行世界の住人。その世界では、科学が偏った方向に発達し、戦争用の人造人間が開発されていた。
 それらの火器管制は人間の状況判断と指示命令に委任されており、兵器として運用するには、主として登録された軍人が隣にいなければならない。
 真咲はそれ――紫苑の一号機を戦闘指揮する役職の自衛官にあたる。階級はニ佐。軍隊でいう中佐に相当するらしい。まあ、偉いんだろうけど。
「――まあ、あれよ。国家間における兵器の開発競争ってのがね、どこの世界にもあるわけじゃん?」
「はあ」
 話したくないことを端折ったな、と思った。何となく。実際に“兵器”を使って何をしたのかって話に、あまりいい思い出がないのかもしれない。
 正座したまま、温くなっただろうイチゴ牛乳をラッパ飲みし、紙パックの表面を指でとんとん叩く音が室内を満たした。
「で、あー……某国ね。某国で、人間による制御を必要としない、新しい軍事用ロボットが開発されたわけ」
「……それって危なくありませんの? 勝手に動いて回る兵器ですわよね?」
「危ないわよ。三機一組による多数決で正しい状況判断ができるってコンセプトだったらしいけど、実際、暴走したし」
 ふう、と軽く溜め息が漏れる。苦笑を浮かべつつ、左手が細い首筋を撫でた。これもいい思い出ではないらしい。
「暴走の原因は、三機の人工知能がそれぞれ自我に目覚め、音楽性の違いを悟ったアーティストみたいにチームを解消しちゃったことね」
「どうなりましたの?」
「三機ともに脱走。うち一機が破壊され、残るニ機は今も逃走中。で、色々あってこっちの世界に潜んでるわ」
「はあ」
 どうやって、と聞く気にもならなかった。実際にシオンを目の当たりにしていなかったら、出来の悪いSF妄想乙と一蹴してやるのに。
「あー、そうそう。そいつらの片方が、迷惑なことに肖像権ガン無視で私そっくりに造られてるのよ。違法コピー文化ここに極まれりだわ」
「某国が特定できそうなエピソードですわん」
「守秘義務がありますノーコメント。……ま、私はそいつらを追って来たわけ。公務でね」
 ああ。そういえば確かに、自分と同姓同名で瓜二つの女を抹殺するとかヤバいこと言っちゃってたっけ。
 ……でも、すっきりしない。手の内を明かすことで、何かすごく重要なことを、誤魔化されたような感覚。なんだろう。何か、もやっとする。


「――やがみんから聞いてはいるのよ。あなた達と、私の分身って奴が置かれている状況についてはね」
「はあ」
「巫女……魔法少女と、魔女狩りだっけ? 内部分裂を狙うやり口が、私が捜してる奴に似ている気が――」
 空になった紙パックを水洗いし、その折り目に沿って手刀で切り裂くとか、無駄にすごい技を真咲が台所で披露してた時だ。
 ぴんぽん、と呼び鈴が鳴る。真咲が「開いてるわよ」と無警戒に呼びかけたから、ヒカルが茅ヶ崎まゆらを連れて戻ってきたのかと思った。
「やあ、道明寺君じゃないか」
「……伊達さん?」
 お嬢様っぽいコーディネートの伊達安寿が、「相変わらず潤いのない空間だね」とか言いながら部屋に入ってくる。
 招かれざる客到来。部外者は迷惑な状況じゃないか。非難の視線を真咲に向けてから、ふと違和感の正体に思い当たる。
 ……シオンが天使と呼び敵視する、私を操りマサキと戦わせた少年が、シオンと同郷の真咲の知人であるこの女に瓜二つなこと。
 この女も関係者なのか? 少なくともあの少年と無関係ってことはなさげ。じゃあ、何者なんだ?
 考えてる間に伊達が腰を下ろす。正座で。……なんか“日本人より日本通な外国人”みたいだ。ヴィジュアル的に。
「道明寺君には僕に問い質したいことがあるようだけれど……想いは、言葉にしないと伝わらないものなんだろう?」
「……聞いたら答えてくれるんですか?」
 何となくイラっときて、逆ギレしたようなセリフが口をついた。
 わかったような、見透かしたような言動が、あの天使とかいう少年と同じだ。妖精ネットに現れた女とも。
「おや? 彼女にも会っていたんだね、君は」
「……彼女?」
「赤い髪の女さ」
 まただ。また心の中でも読んだようなことを言う。てか、ぶっちゃけ薄気味悪い。ここまでくるとさすがに。
 ドン引きしている私と渋面で仁王立ちする真咲とを交互に見てから、伊達が白い顔に微笑を浮かべた。
「失敬。人間としての振る舞いには慣れていないものでね、ついつい粗相をしてしまう」
「嘘こけ」
 どごんっと手刀――さっき紙パックを一刀両断した凶器――を伊達の豊かな金髪に叩きこみ、真咲が軽く息を吐く。
「……誤解を招かないようにしたいんだけど、どこから説明したものかしらね」
「ひとまず“先輩”ちゃんが何故この場にいるのか、納得のいく理由を聞かせてくれますの?」
「あー……」
 頭を押さえてうずくまる伊達の隣に座り、真咲がまた首を撫でた。
「人間じゃないのよ、こいつ。で、先日あなた達にちょっかい出した男っていうのも、この馬鹿なんだけど……」
 落ち着いて最後まで聞いてほしいのよね、とやけに念を押す。膝の上で、ネネコがヒゲをピンと立てた。


「――敵か味方か、といえば味方だわ。まあ……その、色々あったらしいけど、そこは信じて欲しいの」
 伊達の頭を小突きながら、真咲が私とネネコとを交互に見詰める。
 ……なんか私、伊達に操られてマサキに襲いかかったらしいんだけど、それスルーしていいのかな。本当に。
「操られた、と思い込んでいるから心を開かないのかな?」
 また思考を読んでいる。真咲の刺すような「空気嫁」って視線を笑顔で受け流し、伊達が続けた。
「僕達は、古きの終わりと新しきの始まりを告げる存在だ。そうあることを、求められて、創られた」
「はあ」
「未来を提示し、時代を加速させる能力を持っているということさ。強制的に進化を促すと言い換えてもいい」
「……ああ」
 シオンのようなロボットが造られている、この世界からすれば異常に科学技術が進歩した並行世界。
 その背景にそういう存在があり、影響を及ぼしていたという想像は、理に適うと思える。
「私を、進化させたとでも?」
「そうだよと肯定するには語弊がある表現だね」
 伊達が苦笑し、ちらりと隣の真咲に目配せをした。話してもいいのか、と確認しているらしい。
 落ち着いて最後まで聞いてほしいという真咲の言葉が頭をよぎった。
「この世界は、複数の舞台劇の集合体のようなものなんだ。いくつもの舞台と、同じだけの脚本があって、人々がそこに書かれた役割を演じている。無意識にね」
「……はあ」
「そして、その脚本の先のページをめくって見せるのが、僕ら天使と名づけられた無機生命体の能力だ。君は、それ……起こり得た未来の可能性に感化された」
「意味がわからないんですけど」
「つまりだ。本来なら君が魔女を演じるはずだったのさ。物語が、筋書き通りに進行していたらね」
 どくんと心臓が鳴る。何の裏打ちもない、鼻で笑ってもいいはずの発言に、妙な説得力を感じた。動揺さえしていた。
 ――既視感。少年の姿をしていた伊達に遭遇した直後、見ていた夢。
 二級魔法少女・荻ノ花真咲が不在の世界。マサキの介入がなく、美鈴が私を憎み続け、自殺を図り、私を取り巻く全ての他人が――。
「報道が、社会が、君を執拗に狡猾に責めたてる。三角関係の果てに級友を死に追いやった中学生なんてネタ、好きだろ? 大衆はさ」
「……」
「君はその未来を知っていた。僕と出会うずっと前からだ。この物語の語り手である君が、その脚本にリテイクをかけたんだよ道明寺ジュリア。こんな芝居は嫌だってさ」
「どういう……」
 言葉に詰まった。何を問おうとした? 物語の語り手。そうだ。意識を失う直前にも呼ばれた。この世界の語り手、ストーリーテラー。
 不可解な――それでいて変に引っ掛かる言葉が、記憶の中から溢れてくる。
 状況の再現。闇に葬られた脚本。マティア。書き直された脚本。機械仕掛けの神。殉教しなかったヨハネ。語り継ぐ者。――ジョゼット・レヴィ。


「土着の神々を悪魔に貶め強制的に己が『物語』に組み込むことで世界を蹂躙してきた宗教が、僕ら天使と呼ばれる生物を産み落とした土壌となっている」
 ちらちらと真咲の顔色を窺いながら、伊達が話のトンデモレベルを更に上昇させた。
「天使降臨の奇蹟によってキリスト教が強大なイニシアティブを獲得した世界というのは、君達からすれば酷く歪なものだよ。科学が、信仰に引きずられるのだからね。大工の息子を預言の救世主たらしめた最たる要素を科学的に分析し、理論を構築するところまで行き着いたのさ。僕らの世界は」
 ――十字架に磔にされた人だ。なんてイメージしかない。日本人だし。一応。基本、いいとこどりの無宗教っていうか。
 どうにもリアクション悪いなというような顔をして、伊達が白い両手を打ち鳴らした。
「非業の死を遂げる英雄が伝説へと昇華されていくためには、その歩みを語り継ぐ者が隣にいなければならないという理論だね。かいつまんでしまえば」
 ストーリーテラー。物語の語り手。殉教しなかったヨハネ――最後まで、生き延びた者であるということ。
 伊達と、あの赤い髪の女が言わんとするところが、うっすらわかってきた気がする。
 歴史的な事件の、その中心から僅かに逸れたところで、全てを俯瞰すること。し得る立ち位置にいるということ。
 ――生き延びる才能、とでも表現すればいいのかもしれない。自ら死地へとひた走る英雄の隣にあって、なお生き延びることができる才能。
「そうだね。その特殊な能力の持ち主を、僕らの世界ではストーリーテラーと定義している。ひとまず予知能力者のようなものだと認識してくれればいい」
「……私が?」
「ジョゼット・レヴィもね」
 軽く言い放つ伊達に、真咲が不機嫌そうに顔をしかめた。
 昨夜の「雰囲気が似ていなくもない」とかいう発言は、この――私とジョゼットとかいう人のことなのかもしれない。
「ジョゼット・レヴィは、僕らの世界で観測されたストーリーテラーだ。彼女は常に歴史の節目となり得る事件の中枢にいて、僕達の物語のヒロインが歩んでいく軌跡を辿ることのできる位置にいた」
「予知能力によって危険を避けてきたということですの?」
「まあ……そういうことだわ」
 歯切れの悪い言葉を返し、真咲が苦笑を浮かべつつ首を撫でる。
 ――マティアはいつだって隠し事をしているのだわ。不思議とどこかで聞いたような気がする女の声が、頭の片隅に流れて消えた。
「道明寺君は……想定していたよりも深くジョゼットに同調しているようだ」
「同調?」
「ストーリーテラーは能動的にこの世界に働きかけ、あるべき本来の筋書きを書き換える能力を有している。プロットの段階で脚本家にリテイクをかけているのか、脚本を無視して自らアドリブで異なる物語を演出しているのかは判断が難しいところだがね」
 言葉が、概念が、脳裏に浮かぶ。――白く塗り潰すの。新たな物語を紡ぐために。黒く塗り潰すんだ。脚本なんて、必要ない。
 ――筋書きを書き換えた? 私が? ……私達が? それが、同調したということ?
「道明寺君とジョゼット。異なる世界に属するストーリーテラーが、次元を越えて同調した。互いに物語を修正するために。ジョゼットは重要な役者を舞台から引きずり下ろし、道明寺君は観客であったはずの存在を舞台に引き上げた」
「観客で……あったはずの……」
 この世界、私が俯瞰する誰かさんの物語に、本来なら存在しないはずの――。
 ああ、そうだ。この物語に存在するはずのないイレギュラー。八百万の神とその巫女であるという概念から逸脱した存在。
「そういうことなのさ。荻野正規という男は、君とジョゼットによってこの舞台に送り込まれたんだ。収拾のつかなくなった舞台を、強制的に進行させる機械仕掛けの神としてね」


 機械仕掛けの神、デウス・エクス・マキナ。古代ギリシアから存在する、御都合主義な演出技法のこと。
 イエス・キリストの弟子、ヨハネ。天寿を全うした唯一の十二使徒。存在そのものが黙示録とかいう予言に価値を付与する言霊。
 ――まあ、伊達が垂れ流したそんな蘊蓄はいい。どうでも。ググればわかるような話だったし。
 二級魔法少女・荻ノ花真咲が存在しないということ。それが本来の、この世界の在り様であるのなら。
 異例の二級デビューを果たして注目を浴び、“魔女狩り”の濡れ衣を着せられ、仲間であるはずの魔法少女達に敵意を向けられる。
 それは本来、誰の役割だったのか? ――私だ。三級デビューの記録を塗り替えられていない、妖精ネットにも馴染みきれず孤立していた、私。
 美鈴のことだってそう。彼女と山中で出くわしたとき、マサキがいなかったら? 私達は、今の関係を築けていたんだろうか。
「――あるべき未来への加速」
 無意識に、呟いていた。伊達安寿と名づけられた、天使と呼ばれるトンデモ生物のトンデモ能力。
 そうだ。あの夜。少年の姿の伊達に出会った、あの夜。私の暴走は、予定されていた未来を具現したものということになる。
 全てを俯瞰することのできる立ち位置。魔法少女とその敵になる何か――例えば“魔女狩り”や雷使いのような――の双方を理解し得る立ち位置。
 ――私が、彼に押しつけた? この身に降りかかるはずの災厄を、おそらく誰かを傷つけて最後まで生き延びる役割を。
「あの人を……リアに、引き合わせたのが私……?」
 ――結果論じゃが、“魔女狩り”はマサキを絶望に追いやるための駒じゃ。
 言葉が、記憶が胸を過る。雷使いの精神攻撃で人格を変えられ、暴走したマサキ。リアの嗚咽。真鶴メイの硬い声。
 ――強くて……鳥肌が立つほど強くて、あり得ないほど攻撃的で……非情、でした。正直なところ、敵か味方かが曖昧になるくらい。
 雷使いが連れていた小人――あの赤い髪の女かもしれない――が、味方につけようとして失敗した“最強クラスの魔法少女”。
「私の代わりに、狙われて、憎まれて、危ない目に遭ってるんだ……マサキさん」
「ま、道明寺ちゃんが気に病むようなことじゃあないわよ。子供のために身体を張るのは、大人の役目だわ。果たすべきね」
 それにと何かを言い掛けて、真咲が軽く首を振った。揺れる前髪の下で、太い眉の間に皺が寄っている。
「あー……つまり、そいつはもう一人の私だから。物の考え方とか似てるわけよ、きっと。だから、そいつも迷惑だなんて思ってないはずと言うか」
 何かを、別の話にすり替えられた気がした。それはそれで、本当のことではあるのかもしれないけれど。
 ……駄目だ。色んな感情が、膨れ上がって混ざり合って頭がクラクラする。知恵熱が出そう。
 行き場のない衝動を持て余していると、唐突に電子音。真咲のケータイの着メロだ。
 シンプルにアレンジされたトルコ行進曲が、煮詰まっていた思考を停止させ、真咲の「もしもし」という呼び掛けと同時に消える。
「やがみん? ……ああ、そっか。うん、メモるからちょい待ち」
 通話の相手は神谷ヒカルだ。窓際のスーツから取り出したボールペンが、コンビニのレシートに文字を綴る。
 ――妻木麻衣子。尋ね人なのか、東京都小平市云々と住所を書き進めていき、最後に「先週から音信不通」と不穏な言葉で締めくくった。
 最後に「すぐに合流する」とか言って通話を打ち切り、真咲が両手をぱちっと打ち鳴らす。
「ついて来てもらうわよ、道明寺ちゃん?」