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 一時間目のチャイム。朝から数学な上、寝不足であくびが出る。……なんか、昨夜は目が冴えて。
 代教の荻野真咲が遅れてるな、と時計の針を見やると前の席からこちらを向く美鈴と目が合った。
「何何何? 今日は超テンション低いわね道明寺。ま、元々いつも低いけど」
「……あんたは朝から元気ね」
「わかる?」
 ガタガタ音を立て立て椅子を横に向けてから、私の机に身を乗り出し美鈴が目配せをする。
 顔を近づけると、ひそひそと耳打ち。
「昨日ね、駅前であんたの兄さんに会ったの」
「ふうん」
「本当に素敵よね、あんたの兄さんって。イケメンだし、優しいし、イケメンだし」
「……二回繰り返したよ、イケメンだけ」
 ハートマークのバーゲンセールがやって参りました! ……調子に乗ってメアドも交換したってあんた。
 うわー……身近な二人のコイバナな予感ktkrって超展開……。身近すぎて、正直ビミョー。
 それにしても惚れっぽ過ぎな上に気持ちの切り替えが早過ぎないかこの女は。
「……いつぞやのロン毛さんは?」
「だって会いたくても会えない相手だもん。アタシ、新たな恋に生きるわ道明寺」
「告られた!」
「道明寺は応援してくれるでしょ?」
「……妹としてはコメントに困る。本気で」
「えー。よさげじゃない、義姉妹の契り。我ら生まれた時は違えども!」
「ノーコメント」
 視線が泳ぐ。もう美鈴はマサキに気がないんだなって、変に意識してしまった自分が嫌だ。
 話を逸らそうと教室を見回すと、今日はやけにざわついてるなって、不意に気づいた。特に男子。
 三年生のクラスに凄い美人が転校してきた、とか何とか騒いでる。
「――何? 学園のトップアイドル道明寺さん的に、いっちょ前に対抗意識とか燃やしてんの?」
「ないない」
「……ちょっとは気になるでしょ」
「ないってば」
「わかったわかった、十分休みに偵察ね」
「何がわかったんだか……」


 例の転校生に関して朝から話し合いがあったって言うのが、授業開始が遅れたことへの言い分だった。
 帰国子女で、金髪で。悪目立ちしそうな生徒だけに、事前に色々言われたらしい。
「……こういうのって情報化社会世代の発想って言うのかしらねえ? 目ざといって言うか、珍しいものに猫まっしぐらって言うか」
 数学の授業が終わったと同時に駆け出す男子達を見やり、教卓の上を整理しつつ荻野真咲が苦笑を浮かべる。
「職員会議でも言われたけど本当ね。生徒達が浮かれ気分で騒ぐだろうって」
 何気ない一言に、教室中から視線という視線が私に集まった。
 ……前科があるのは認める。それで先生達が神経質になってるのも認める。
 入学式からしばらくの間、私目当ての野次馬がたむろして教室とかメチャクチャだったし。
 まあ、髪の色や目の色が違うだけで、好奇の視線を向けられるなんて、実際よくある話だ。本当に。
「――て言うか、この流れでねえ」
 四階から階段を降り降り、三年生の教室がある二階で、私達と同時に進路を変えた真咲が肩をすくめた。
「道明寺ちゃんが見に来てるのが不思議なのよね。人を見世物にするとかされるとかって、嫌いなんだと思ってた」
「まあ、そうですけど」
 アタシが誘ったんですよ、と弁護する美鈴を横目に、廊下の人だかりと真咲とを交互に見る。
 そう言えば、この人も入って来たばかりの時は美人先生だの何のって騒がれてたっけ。
「……先生の方こそ、意外と俗っぽいんですね」
「え? あー……ちょっとね、色々あって。気になることとか」
 ごにょごにょと歯切れの悪い言葉を返しながら、真咲が長い黒髪の下の細い首を撫でる。
 ……ああ、そうか。仕草も似てるんだって、気づいて、ふっと思い出した。
 女体化してしまったマサキの声、誰かに似てると思ったらこの人に似てるんだ。
 ……どうにもうやむやになってるけど、いい加減はっきりすべきなのかもしれない。主に、この人の正体とか。
 野次馬の後ろで、美鈴と一緒になって小さな身体で背伸びする真咲を見やり、軽く息をついた。
 ……どうせ何を聞いても煙に巻かれるだけなんだろうなあ。
「だーもー、今時の子供は背が高過ぎだっつの! 全てのロボットアニメは道を譲れ!!!!!!」
「先生、肩車! 二時間目まで五分を切ったわ!」
「よしこい山下ちゃん! 62秒でカタをつける!」
「……あっ! 先生やめやめ! アタシ、ハーパン履いてない!」
 なんて、真咲と美鈴がギャーギャー騒いでると、ただでさえざわついてた教室が更にざわつく。
 例の転校生が、二人に反応して廊下に――。
「……冗談」


 輝くような、色素の濃い金髪。ふさふさの長い睫毛に縁取られた碧眼。雪のように白い肌。
 あちらさんの血がもろに出ている配色に、どこか東洋系の幼さが入り混じった美人。
 月並みだけど、お人形さんみたいに愛らしい、とでも表現してやるのが適切なんだろう。
 まあ、重要なのはそんなことじゃない。そいつの綺麗な顔に、見覚えがあったってのが問題。大問題なわけで。
「懐かしい声を聞いたと思ったら、思った通りに懐かしい顔だね?」
 転校生がくすくす笑う。一昨夜のムカつく美少年と同じ顔で、声は全然違うけど同じ口調で。
 ――天使、とか何とかマサキの連れが電波な呼称で呼んでいたのを思い出し、思わず顔が引きつった。
 (彼女が彼女で自称ロボットなだけに、どこまで真に受けていいのか……)
 マサキもリアも詳しいことは教えてくれなかったが、彼は人間ではないらしい、と言うのが唯一の情報。
 それに瓜二つな女が、ここにいるのは偶然なのか? そもそも偶然って何だ? 容姿のこと? それとも?
 大きな青い瞳が困惑する私をちらっと見やり、再び二人――と言うよりは、真咲をじっと見詰める。心なしか、熱っぽく。
「運命的な再会だね、マティア」
「さも偶然みたいに……」
 冗談だろ、と呻き、苛立しげにかりかりと頭を掻きながら真咲が転校生を睨みつける。
 知り合いらしい。決して仲良しだったという感じではないけど。
「職員室で名前を聞いた時から、まさかとは思ってたんだ……。DQNな親のネーミングにしても酷くナンセンスでさ」
「おいおい、君がつけた名前だよ」
「……授業が始まるわよ、そろそろ席につきなさい」
 転校生の衝撃発言にざわめく生徒達にも向けた注意をしてから、真咲が「伊達さん」とどこか他人行儀に転校生を呼ぶ。
「言いたい事も問い質すべき事も腐るほどあるけど、詳しい話は放課後に聞く」
「五年振りだ、僕にも話したいことはたくさんあるよマティ……先生。わかってる。大人しくしてるよ。君が教師で僕が生徒だ、分はわきまえる」
 だから怖い顔をしないでくれよと肩をすくめ、転校生――伊達が背を向け教室に戻る。
 その背中と、その上で揺れるストレートの長い金髪を数秒見詰めてから、軽く息をつき真咲が両手を叩いた。
 美鈴と私の肩に手を回し、野次馬の群れに「あなた達も戻りなさい」と声をかけながら階段へと押しやる。
 早くこの場から立ち去りたいからと言うわけではなく、単に生真面目なのだ、この人は。
「……先生、あの人に名前つけたって?」
「聞かれると思った」
 階段の上りと下りに別れ際、興味津々な美鈴に苦笑を浮かべつつ、真咲が首を撫でる。
 この癖が出るってのは、言いにくいことなんだなって。段々わかってきたんだ。この人のこと。
「……昔、海外にいた時の知り合い……の、子供よ。その縁で、まあ、成り行きで……ね」


 荻野正規と荻野真咲。一昨夜の天使(仮)と転校生、伊達(3年B組 金髪先輩)。
 内輪で身内自慢コンテストでも開けそうな勢いって言うか。
 いい加減、ブームも下火なわけだし? この期に及んで双子オチもないかなって。
「……舞い上がってたんだなあ」
 自覚するよりずっと。休み時間にトイレに籠っては、昼休みを迎えた今の今まで逐一ケータイをチェックしてた自分に辟易する。
 ――ちゃんと考えるべきだったんだ。あの夜、天使(仮)に出会ってからのこと。
 意識がない。記憶がない。暴走。マサキがいなければどうなっていた? 私は何をしようとした?
 その原因に瓜二つな人間がいるのは偶然か? 偶然でなければ?
 ……同一人物でないにしても、その同類ならば再び暴走させられることだってないとは言えない。
 ま、あの正義感の塊みたいな先生の知り合いなら、そうそう危険はないんだろうけど。多分。
 そう言えば、真咲に出会ったのだって、ほんの数日前だっけ。本当、密度が濃すぎる毎日だって言うか……。
「随分と都合よく、毛色の異なる美人が揃ったものだね」
 と、手を洗う私の隣に並び、いつ湧いて出たのか例の転校生が蛇口をひねる。流れる水。騒ぎ出す女学生達。
 三年生には三年生のテリトリーがあるだろうに、何故わざわざ四階まで登ってくるのかと小一時間(ry
「華は舞台を彩ってくれる。理論が生み出した文化の極みだよ」
 ハンカチで手を拭く私を横目に、伊達が濡れた手を軽く振り水気を飛ばす。
「そう感じないか? 道明寺ジュリア君」
「……私の名を?」
「知らない者はないさ」
 くすくすと笑い、伊達がオーバーに肩をすくめた。何かで拭いたという様子もない掌が、既に乾いている。
「失礼だが、君は自分の立場をもう少しは知った方がいいと思うよ」
「……立場?」
「三年生の間でも評判だったよ。大した有名人だね。君は学校一の美人で、学校一の性格ブスだってさ」
「はあ」
 誉められてるのか貶されてるのか微妙な発言に、思わず顔が引きつった。初対面の相手に言う台詞か。それ。
 欧米か! みたいな。うっわー、帰国子女があちらさんの流儀で快傑Zバット物を言うって本当なんだ。
 きゅきゅっと長い人差し指を吐息で曇らせた鏡の上で走らせ、伊達が妙に流麗な筆跡でその――真咲がつけたというDQNな名前を綴る。
「僕はアンジュ。伊達安寿。なんとかいう昔話と同じ、不幸なお姫様のさ」
「……さんせう大夫ですか? えっと、あの、伊達さん」
「アンジュでいいよ、道明寺君」
「はあ」


 ひと引きひいては千僧供養、ふた引きひいては万僧供養、えいさらえいと、引くほどに、百に余りて六つのとき、首は前にぞ引き落とす。
 ――弟を守るため我が身を犠牲にする姉というのは、日本の伝統的な萌えジャンルの一つと言えなくもないか。
 安寿、というのがそれ。弟の厨子王を守るため16歳で殺された、不幸な女の子。私なら、漢字もそのままに名づけるのは躊躇する。さすがに。
 荻野真咲と伊達安寿の年齢から逆算すれば、小学生が詳しい由来も知らず、当時としては小洒落た名前をつけちゃったってところなんだろうけど。
「二階はどうにも野次馬ばかりで落ち着かないものでね。やれやれ、これでは道化だよ。昼休みになるまで脱け出せなかった」
「はあ」
 放課後が待ち遠しいよとぼやき、伊達が廊下に躍り出る。新品の革靴が、コツコツコツとコンクリートの上で硬い音を立てた。
 その背中に何となく流れでついて行くと、階段の手前で足が止まる。
 下は二年生の教室がある三階、彼女の戻るべき三年生の二階。上は少子化の影響で空いた教室を、部室にしたものが並ぶ五階。そして屋上。
 ちらっと迷うような素振りを見せてから、その細長い白い足が階段を昇り始めた。濃い金髪がふわっと揺れる。
「少し、君と話がしたいな?」
「はあ」
「マティ……荻野真咲って先生と、親しいそうだね?」
「……はあ」
 よく一緒にいるらしいじゃないかと続けられれば、まあ、そういうことにはなる。
 彼女が赴任してからの数日、人体模型だの骨格標本だのに追い回され、その後始末に付き合っていただけではあるが。
「どうだい、彼女、君から見て」
「……どうって?」
「冷たいとか、怖いとか、なんか近寄りにくい一匹狼なオーラ出てるとかさ」
「それは……ないですけど」
 どちらかと言えば、むしろ若干ウザイくらいにお節介なとこあるかなって。得体の知れないところはあるけど、まあ、善人ではある。……と、思う。
「……いい人だと思います。いい先生ですよ。親切で」
「へえ……変われば変わるもんだ。はは、そうか。そうだったな。人は変わるものだ」
「……はあ」
 五年振り、なんだっけか。この二人が再会したのって。階段の途中で足を止め、何がおかしいのか伊達がくすくす笑う。
 あなたは昔の自分に似てるのよね、的な真咲の発言を思い浮かべると、なんだかビミョーな気分だ。
「いや、ありがとう道明寺君。有意義な話を聞かせてもらったよ」
「……いえ」
 一方的に始めた話を打ち切り、伊達が階段を降り私の横を通り抜けざまに右肩を軽く叩く。
 大した力は入っていないはずなのに、変にびりっと痺れるような感触がした。


「偶然って、重なる気がするものなんですのよね。特に、悪いのは」
 わかったようなことを訳知り顔で口にし、仔猫のネネコがPCの前で「うにゃあ」と鳴く。
 午後6時。例によって妖精ネットは復旧してなくて、そのままいつものブログ鑑賞の流れになっちゃって。
 まあ、こっちはこっちで、昨日は大事件になってたらしい。偶然にも。
 例の一件で魔法少女達が集まってた公園に、奇しくも居合わせていたのだって大した偶然だ。
「……なんか、一時期はやったネット実話(笑)原作ドラマの捏造シナリオみたいな?」
 本当、冗談みたいな話になってたわけで。(笑)が一度くらいあっても、どころでなく。
 事の発端は、アイポンのバイト先。日曜日に若い従業員数名で遊ぶとかいう話、だったらしい。
 で、待ち合わせ場所の公園に行ってみれば、いたのは大学生の結構イケメンな男の子が一人だけ。
 他のメンバーが示し合わせたようにドタキャンして、予期せぬ二人きりの状況になって。
 ……まあ、周りが余計な世話を焼いたのは見え見えだったわけだ。
 彼女が「おじちゃんたちどうして働かないの?」な人に熱を上げてることもあって。目を覚ませって。
「本命に現場を偶然目撃されたってのがね」
 ――というわけ。片想いの相手のニートなオッギーが、例のロリっ娘連れてその場にいたっていう。
 どうせ毎日が日曜日なくせに、何故このタイミングで遊びにきちゃうのかな? かな? みたいな。
 頭の中が真っ白になって、何も言えず駆け足で逃げて、弁明しようと後から電話したらまさかの超展開。
 オッギーの知人を名乗る第三の女に電話を切られ、昨日はそれから何の音沙汰も無し。
 恥ずかしいやら相手の本心を聞き出す勇気もないやらで、何もできないまま一夜が明けブログ執筆に至る。
「嘘臭いじゃない? ここまでくると」
「あら。二股かけたのが偶然ばれるなんて、よくあることですわん」
「そうなの?」
「ネネコにも経験ありますの。かけられた方の、ですけれど。意外とばったり出くわすものですわん、浮気の現場って」
「……へえ」
 なんだか、ネネコが大人びて見えた。さらっと自然に失恋話をするその姿が。
 仔猫の姿だったり、小さな妖精の姿だったりで、普段はそういう印象ないけど。どうにも。
「行きずりの、年上の殿方でしたわん。野性味溢れる中に高貴な生まれを感じさせる知性が覗く男前で。自由な生き方が眩しくて」
「へえ」
「……まあ、貞操観念もフリーダムな人でしたけれど」
「ああ……そうなんだ?」
「待つだけの女は馬鹿を見る、というのが教訓ですの。……ねえ?」
「……何で私に同意を求めるわけ?」


 ネネコにノせられた、と言えばそうなる。ケータイを手に、メールを打ってるのは。
「お前の胸にもラブハートですわん♪ 火花が散りそうなテレパシー、溢れる想いは流線型ですの」
「……そういうんじゃないってば」
 妖精ネットはまだ復旧しないようです、とPCを持ってない“魔法少女”のマサキに報告する。
 それはまあ、義務感っていうか責任感っていうか……まあ、そんな感じだ。他意は、ない。あんまり。
 打ち込んだ文章を読み返して、これじゃ事務的すぎないかなとか、軽く悩んでみてるくらいで。
「お体の具合はどうですかと自然にそれとなく好感度を上げていくのがよろしいですわん」
「まあ……聞いとくけど」
「モザイクっカケラ~、拾いっ集めてた上手ーく生きーる為の術♪ 歪なっ、それがっ、美しくー見ーえーた~んだ~♪」
「……やらしい計算だなとは、思ってるから」
「あら心外。ネネコは、ジュリアんがもっと――」
 ネネコの尻尾が、その黒い毛をぶわっとタワシみたいに逆立てた。息を飲む。
 無言のまま意識を外界に向け、何か――精霊界に属するものの気配を探るいつもの仕草。
「敵?」
「……それにしては『スレッガーさんかい? 早い! 早いよ!』な時間帯、ですわん」
「ああ……」
 午後6時17分。普通なら、精霊界からの侵略者が現れるのは深夜だ。
 彼らは、眠りについた人が見る夢の集合体を縁り代としなければ、この世界に介入できない――らしいのだが。
「ふにゃー……反応が消えましたわん?」
「早いね、あぼーんされるのも」
 それを仕留めたのは魔法少女なのか、それとも別の存在なのか? 荻野真咲と初めて出会った夜を思い返す。
 彼女の圧倒的な――まがりなりにも一級魔法少女の私を凌駕する戦闘力なら、何が相手だろうと瞬殺できそうな気はした。
 ――二級魔法少女マサキと彼女なら、どちらの方が強いんだろうか?
 思考があらぬ方向に飛びかけ、ネネコの「腑に落ちませんの」という呟き声に引き戻される。
「……それにしても早すぎますわん」
「誰かが速攻で倒したとかじゃないって?」
「わかりませんの……今となっては、位置も特定できませんわん」
 不思議。というより、不審だという感じで、ネネコがくるくる尻尾を振った。
 どうにも不可解な事態に、二人で顔を見合わせていると、玄関の呼び鈴が鳴る。
 インターホンに映る不意の来訪者に、母さんが「娘がいつもお世話になっております」と返す声が聞こえた。


 ――噂をすれば、なんとやら。て言うか。ニアピンって言うか。
 聞き覚えのある声に兄さんの部屋から顔を出すと、二級魔法少女のマサキによく似た、荻野真咲が玄関で母さんに会釈していた。
「こんばんは、道明寺ちゃん」
「……こんばんは」
 お茶の用意をしに台所へと向かう母さんを見送ってから、真咲が「こんな時間に悪いわね」と苦笑を浮かべる。
 生返事を返すと、細い肩から下げた無骨な黒いビジネスバッグの中をごそごそと漁り、真咲が一冊の大学ノートを取り出した。
 ――数学(演習)  1-3-41 道明寺ジュリア。
 私のノートだ。腕を骨折したとかで、療養中の鈴木先生に宿題で提出したままだった。
「放課後、マッハで返しに行ったんだけどね。道明寺ちゃん、もういなかったから」
「すいません」
「別に謝ることじゃないわよ。私も、ホームルームが終わったら速攻で家に帰る子だったし」
「はあ」
 台所を気にするような素振りを見せ、真咲がノートを差し出す。受け取ると、不自然に分厚い。中に、何か挟んである。
 どうやら提出課題の返却に託け、これを手渡すことが彼女の本当の目的ではあるらしい、が。
「……何です?」
「千代紙よ。奮発して45柄で180枚入りの。ちなみにルーツは山内の千代ちゃんね、by司馬遼太郎」
「はい?」

「――お守り、ですの?」
「ん……」
 詳しくは同封した手紙で。母さんの差し出す麦茶を一気に飲み干し、そそくさと帰った真咲の言葉に従った結果は以下の通り。
 道明寺ジュリアは妖怪変化につけ狙われやすい体質である。身を守るには、特製のお守りが必要である。これを自分で作りなさい。以上。
 自室でベッドに寝そべりながら、指を動かし動かし鶴の折り方を小学生時代の記憶から呼び起こす。
 何か動物を折るといいとは指示されたものの、私が辛うじて覚えてるのなんてそのくらいだ。現代っ子だし、私。
「つくづく地獄先生ですわん、あの人。ファンタジーな世界にオカルト要素を持ちこまないでいただきたいですの」
 と、隣のネネコが私の腹を前足でぺしぺし叩く。人の言葉を喋る黒猫の姿をした火の妖精が。
「……似たようなもんだと思うけど」
「まあ! 侮辱ですわん、泣きゲーをパソゲーだからと十把一絡げでエロゲー認定しちゃうくらい!」
「何その超ビミョーな比喩表現」
「ふにー……誤ったインテリジェンスは、マフティーに粛正されればいいんですの……」

 ――平成20年6月2日。鶴を折った。なんか勢いづいて、何羽も折った。……そしてネネコの目を盗んで、こっそりメールを送った。