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『――もしもし。ユーリィさん、ですか?』
「は……?」
 兄さんの部屋で目覚めてから、丸一日が過ぎていた。兄さんと一緒に新幹線で帰ってきて、速攻で寝て。疲れてたし。
 で、そのまま昼まで爆睡してたところに着信音。ケータイを手に取ると液晶画面に荻野正規って表示されてて――。
『すいません、真鶴メイです。色々あって、お兄さ……マサキさんのケータイをお借りしています』
「……ふうん」
 そう言えば委員長も同行してるんだっけ、例の神谷ヒカル・オン・ザ・ステージに。あーあ、なんか拍子抜けした。
 ……いや、別に、マサキと話せなかったのが残念なんじゃなくて。男の人と話すの慣れてないし、変に構えてただけ。
『神谷ヒカルと出会いました』
「来たんだ」
『ええ。それで、彼女とマサキさんとで決闘することになって』
「……何で?」
『神谷ヒカルが彼……知ってるんですよね? 二級魔法少女マサキが男の人だって』
「あ、うん」
 どうやら彼女は知らなかったらしい。不満そうに「私は騙された気分でした」と呟き、委員長が続ける。
『……で、神谷ヒカルの望みは彼との決闘だったわけなんです』
「話が見えない」
『マサキさん、私、そしてユーリィさんの誰かが誘いに乗ったらいいかな、ってノリだったそうで。第一希望はマサキさんだそうですけど』
「……その流れで、あの人が誘いに乗った?」
 好戦的な人ではなかったと思う。ていうか、マサキは大人だ。良くも悪くも。
 そういう「誰がナンバーワンなのか白黒つけようぜ!」なノリには全くのって来そうにないんだけど。
『私がお願いしました。ずるいですけど、二人の決闘は魔女狩りをおびき出すチャンスなので』
「……ああ、そういうこと」
 二級魔法少女・荻ノ花真咲と一級魔法少女・神谷ヒカルは先日の成績ランキングのツートップだ。
 その二人が争い、勝利した側にどかっとスコアが加算されるとしたら、もうダメ。アウト。
 零級魔法少女の称号とその副賞が、他の人間には100%狙えなくなるのが目に見えてる。
『園内で、日頃からマサキさんに批判的な人達を見かけてます。……いい気はしませんけど、ビンゴかもしれない』
 つまるところ、日頃の中傷にはマサキに罪をなすりつける意図があったわけだ。汚いなさすが忍者きたない。
「でも、真鶴メイがそこにいるなら効果薄いと思うけど?」
『……私は……その……変装してるから……』


 キャッチが入ったという真鶴メイを待つ間に、まだ眠っている子猫のネネコを抱き上げカーテンを開けた。
 日差しが眩しい。福岡も晴れてるのかな、なんてこと考えてると、ようやく電話がつながる。
『ごめんなさい、お待たせしました。……ちょっと色々あって長引いちゃって』
「色々?」
『取り乱した女の人が何て言うか、その……言い訳とか……いえ、プライベートなことなので。……世の中には間が悪い人っているからですね。仕方ないんです。話がこじれたのは私のせいじゃないです』
「よくわからない」
『……まあ、そこはスルー推奨ってことで忘れてください。できれば私も本気で忘れたいです』
 何があったのかやけに重たい息を吐き、委員長が小声で憂鬱だと呟くのが聞こえた。
 彼女の隣にいるのか、女の子が「ドンマイなのでつ」と返す声がかすかに聞き取れる。
 ティオトリオだっけ? 委員長の妖精かなとも思ったけど、それにしては幼い。
 彼女にしては幼いっていうか、それ以前に大人の女だったし。……ま、別に誰でもいいけど。
「で、何の用なの?」
『……あ、ごめんなさい。ちょっと妖精ネットにつないで欲しいんですよ』
「今から?」
『いえ、今すぐという必要はありませんけど。次に電話したとき、何か変わったことがあったら教えて欲しいんです』
「別にいいけど、他に知り合いいるでしょ」
 一級魔法少女・真鶴メイが“委員長”なのは、その実力と妖精ネット内での人望のためだ。
 わざわざ私に頼らなくても、逐一実況してくれる信奉者なんていくらでもいるだろうに。
『オフのつき合いはありませんから。マサキさんだけですよ、アドレス知ってるのも』
「ああ、そうなんだ」
『他の魔法少女もそうですよ。みんな基本的にネットだけの関係です。妖精ネットにアクセスすればいつでも会えるから、あえて番号を交換することもないですし、したとしても普通はメアドだけですよ』
「……ふうん」
 そういうものなのかって納得するしかない。ネットの友達いないし。まあ、リアにしたって少ないけど。
『だから、今日の妖精ネットはいつになく人が集まってるはずですよ。やが……神谷ヒカルの動向が気になるから、現地入りした子の報告待ちでね。もしもの時にはアリバイ証明にもなるし』
「……アリバイ、か」
『アクセス集中で鯖落ちする可能性もありますし、場合によってはサイトそのものが閉鎖されるかもしれないです』
 場合によっては。つまり、魔法少女による不正行為が露呈するか、死人が出るかってところか。
 ……本当、魔法少女って言葉の響きの割にはギスギスしてるって言うか。なんだかなあって感じ。
『あ……。決闘が始まりました。狙撃地点に移るので切りますね』
「ん」


 ケータイの時刻表示を見て、お昼時だな、と思った。部屋から出ると、食堂から母さんの声。
 ネネコと二人で、ポットにお湯を注ぐ彼女に遅い「おはよう」の挨拶をする。
 (そう言えば今まで書いていなかったけど、ネネコが人語を喋るのは両親にも周知の事実だ)
 案の定、母さんが家族揃ってのランチをイギリス人とは思えない饒舌な日本語で提案してきた。
「レイちゃんがパパと本場仕込みのお好み焼きを作るんですよ、ユーリィ」
「私、昨日もお好み焼きだったんだけど……」
「ノンノンノン、聞けません。その不満は贅沢です。ママの故郷ではバリエーションに乏しい食事が当り前、モームも思わずフランスが恋しくなる食糧事情です」
「……ここ、日本だし。母さんの昔話、ハッタリばっかだし。別にいいけど」
 母さん――道明寺マルグリット(旧姓:レヴィ)が、その母国で過ごした時間は短い。らしい。
 まだ小さな頃に両親が亡くなってずっと、幼馴染だった父さんの実家で育てられたっていうから。
 ……ま、あれだ。ビジュアルと母さんのアダ名のセンスを除けば、うちは限りなく日本的家庭だって話。
「二人が買い物から帰ってくるの、待てますよね? ネネちゃんも」
「はいですの!」
「ん。着替えてくる」

「……で、都合よく間が空いたわけだけど」
 兄さんの部屋でパソコンを立ち上げながら、鳴らないケータイを気にしつつ膝の上のネネコを撫でる。
 着信履歴に表示された荻野正規の名前。彼の電話を通じて真鶴メイと話してから既に十二分。
 彼女の連絡を待つには半端な時間だ。いつ接続できなくなるかわからないし、とは思うけど。
「好きじゃないんだよね、妖精ネット」
「相変わらずのツンデレラですの?」
「何それ」
「マサキちゃんに頼りにされてるの、本当はちょっと嬉しいくせにですわん」
「……ちゃんづけは、あり得ないかな」
 上手い切り返しが思いつかず、黙々とエクスプローダーをクリックし、お気に入りリストを表示する。
 兄さんが登録してたゲームのサイトだとかの下段に、妖精ネットワークのページ名。
「ジュリアんはブラコンだから、レイレイに似てる人を好きになるんですのよね」
「……意味わかんないし」
「初恋は純の醇なるものですわん。それきりで終わる人は誰よりも幸福ですのよ?」
「はいはい、そういう冗談はいいから行くよ」
「うにゃあー……。まあ、今はそういうことにしておきますの」


 妖精ネットは既に祭だったわけで。発言履歴をチェックしてみたら、その理由がすぐにわかった。
 ノートPCで現地から実況してる子がいる。マサキと神谷ヒカルを目撃した、という発言が十数分前。
 真鶴メイからの電話とほぼ同時期だ。それからの僅か数分で、アクセス数が異常に伸びている。
 二級魔法少女・茅ヶ崎まゆらと光妖精ナナルリエ。実況者の名前を改めて確認していると、異変。
 目の前に広がる仮想空間が、何と表現したらいいのか……揺らいだ。ぐらっ、と。
 視覚じゃない。直接、がつんと脳が揺さぶられた。システムエラー? 人大杉ってやつで?
「ふふん。うぬはなまじ賢らに頭が回る故、己が有限にて偏狭なる般若を頼り性急に結論を導き出そうとする」
 声が聞こえた。背後。知らない女の声。どこか人を小馬鹿にした響き。……なんか、妙に不愉快な。
 あれだ。前世でなにかあったんだろーな。本能だな、この気持ちはよって感じ。理屈抜きで癇に障る。
 何だこいつって、カチンときて、後ろを振り向く間にも女が続けた。
「いかに脚本を書き変えようと、世界が語り手に選ぶ者の本質なぞはそうそう変わるものでもないらしい。……ふん、そうだ。与えられた役割もな」
 赤い髪の女。典型的なアングロ・サクソン美女で、サラサラロングの隙間から大きな緑色の瞳が覗いてる。
 ありきたりな表現をすれば、清楚なお姫様系。ほっそりしてて、なんだか儚げで。
 例の超上から目線なセリフの数々さえ聞いてなければ、おとなしそうな印象さえ受けたかもしれない。
 ……なのに、ラウの国の王女様が「力が強く、危険な力を……」とか言っちゃいそうな威圧感がある。
「語り手は常に集団の輪から外れ、それを俯瞰し得る立ち位置にある。物語が状況を作り出し、語り手もまた他者との接触を恐れる。されど孤独に堪えられぬ故、その目は常に誰かを追っているのだよな、うぬら語り手は」
「……この女!」
 頭に血が上った。発言の大半がイミフなのはさて置き、見透かしているぞって態度がかなりムカつく。
 あーもー顔が熱い。耳まで熱い。ビミョーに言い当てられてるところがあるだけに尚更ムカつくし。
「ほう? この舞台のジョゼット・レヴィは余の知るそれより癇が強いようだな? ふ、さもあらざれば愉しめぬわ」
「ジョゼ……?」
 夢の中で聞いた名前。夢の中で語りかけてた声の主。何でこいつが? 何この胡蝶の夢的不可解感。
 混乱して押し黙る私に代わり、ネネコが女に問う。魔法少女でも妖精でもないお前は何者だって。
 そうだ。そもそも、この女がここにいること自体がおかしい。ハッキング? どうやって?
「イゼベルだよジョゼット・レヴィに属する者。うぬが彼奴と同じく殉教せなんだヨハネであるならな」
「はあ?」
「理解は求めておらぬ。が、紛れもなく物語はうぬをそこに位置づけておる。故に、うぬを立ち会わせるのだ」
 女が笑う。その背中から赤く巨大な蝙蝠の羽が伸び、広げたそれが作り物の青空を覆い隠した。
「この閉じた小世界が、赤き竜と堕ちた雷の手で破壊される瞬間にな」


 で、何が起こったのかは……正直な話、よくわからない。
 気づいた時には接続が切れて、私とネネコは現実世界で兄さんのPCと睨めっこしてた。
 Internet Explorer ではこのページは表示できませんって液晶に表示されてて。

 可能性のある原因:
  ・インターネットに接続されていない。
  ・Web サイトに問題が発生している。 ←はらたいらさんに3000点
  ・アドレスに入力の間違いがある可能性がある。

 ……あの女の仕業なんだろうな、多分。あれで無関係ならとんだ釣り師だけど。
 魔法少女と妖精しか干渉できないはずのシステムに侵入した異物の存在。
 しかも悪魔みたいに蝙蝠の羽が生えてて、いかにも悪役っぽい電波な発言連発してて。
 彼女を知らなければ、アクセス集中の過負荷でサーバーが落ちたって結論づけてたと思う。
「……なんだかなあ」
 消化不良っていうか。なんか、すっきりしない。好き放題に言われたまま、言い逃げされたし。
 ……ふうん。なるほど? あの女が言う“俯瞰し得る立ち位置”っていうのはこれかって。
 そんな風に考えたら、余計にもやもやする。癪だ。何もかもがあの電波女の思い通りっぽいし。
 で。更新のアイコンを何度クリックしても事態が好転しないのを確認し、シャットダウンした。
 昼食の後。大阪に帰る兄さんを見送った後。折を見ては接続を試みたけど復旧せず。
 そうこうしているうちに午後4時を回って……真鶴メイからの電話もないままで。
 ……なんか落ち着かないって言うか。悪い想像ばかり膨れ上がるって言うか。
 冷静に考えてみれば、マサキと委員長は結構危険な真似しようとしてたし。
 誘い受けに失敗して自滅するなんて、ネットに限らずリアでもよくある話だと思うわけで。
「――でさ。精神衛生的にもよくないと思うんだよね? 鳴らない電話を気にして、いらつくのって」
「あら、何を誰に言い訳してるんですの?」
「……ファビョってるとか自演乙だとか一方的に決めつけられるのと一緒。強引に話を……その、妙な方向に持って行く人がいると超やり辛いでしょ」
「うふふふふ。素直にマサキちゃんが心配だと言えないのが、ウブでネンネなジュリアんですわね」
「……やっぱりそういうことを言う」
 ネネコの悪ノリに閉口しつつ、ケータイを手に取り、着信履歴から荻野正規の名前を表示させる。
「……言っとくけど、安否を確認するのは当事者全員なんだからね」
「うふふ、わかってますわん。ジュリアんは優しい子ですもの」
「ああ言えばこう言って茶化すんだから……」


『……コッコクェドゥースイナクシャータリア、じゃ』
 ぐすっと鼻をすすりながら、電話に出た風妖精が震える声で「何用じゃ?」と続けた。
 泣いていたんだろうか。でも何で? ……聞き辛い。状況からして悪い想像しかできないし。
 ネネコと顔を見合わせてから、ひとまず真鶴メイからの依頼について説明した。
 しばらく沈黙し、呼吸を整え普段の勝ち気そうな声で「大儀であったの」とリアが返す。
『こちらはちと……いや、かなり厄介な次第でな。マサキにそちのような理解者がいること、頼もしく思う』
「……それはどうも」
 元々、時代錯誤な言葉遣いのせいか、表現の一つ一つがオーバー気味な子だって印象あるけど。
 それにしても、やけに――尊大な姫様口調なりに――持ち上げられてるって言うか。
「……何かあったの?」
『うむ』
 思い切って核心にソフトタッチした問いかけを短く肯定し、リアが重い息を吐く。
『ちと長くなるがの、順序立てて話さねばなるまいな』
「ん」
『マサキと真鶴メイは、神谷ヒカルとの決闘に乗じて“魔女狩り”を燻り出そうとしていた。そこまでは聞いておるのじゃったな?』
「うん」
『なれば話はそこからじゃな……』
 間。適切な言葉を探しあぐねている。短い沈黙の後、再び風妖精の声が耳を打った。
『“魔女狩り”を罠にはめることには成功した。その正体を暴くことにものう』
「……ん」
『じゃが、事態は好転せなんだ。予想だにせぬ第三者の介入があってな』
 リアが記憶を探り探り、その第三者の特徴を挙げる。
 ――黒いコートと藍色の着物に身を包んだ黒髪の女と、赤い髪の少女の姿をした小人。
 一級魔法少女である真鶴メイと、互角にやり合える力を持った……敵。
『――敵じゃ。あれが、倒すべき敵……なのじゃろうな』
 どこか他人事のように呟き、リアが軽く息をついた。
『マサキと神谷ヒカルを狙う“魔女狩り”を打ち倒したのは、其奴めらではある、が』
「そもそも“魔女狩り”の正体を聞いてないけど?」
『ああ……。複数の魔法少女、なのじゃろうがな』
 苦々しさを顕わに、「厄介なのはここからじゃ」と風妖精が呻く。


 再起不能(リタイア)なダメージを受けた魔法少女を保護するための裏ルール。
 相棒を務める妖精の全魔力、魔法少女に関する記憶と引き換えに、その生命を保証する。
 ……そんな保険がかかってたんだ。そう言えば、確かに死人が出たって話は聞いたことがない。
 ネネコにも初耳だったらしく、黒い尻尾が小刻みに動いている。
 ともかく裏を返せば、リアが元気にしている以上はマサキも無事だってことか。
『――魔法少女にゲーム感覚で気を抜かれては困るし、妖精は妖精で怖気づくでな。原則として口外せぬことになっておるらしい』
 やむを得ぬじゃろう、とリアが電話の向こうで誰かに口を尖らせた。
 複数の女の声。「ユーリィは信用に足る相手か?」がテーマの討論が、断片的に聞き取れる。
『……待たせてすまぬな。王族にしか知らされておらぬ掟らしく、そちとネネコに伝えるべきかで少々もめた』
「王族……ねえ? 話が大きくなってるって言うか、ネットの『ソースは自称関係者』くらい胡散臭くない?」
『真っ当な反応じゃな』
 リアが再び電話の向こうでやり合ってから、一拍の間を置いて溜め息混じりに続けた。
『証言者は王妹殿下の末娘、聖妖精ファウルイスオーデイーティムアトゥーンイグノーブルヒィナ。偶然の一言で片づけるのもなんじゃが、一級魔法少女・神谷ヒカルの相棒じゃ』
「何その超展開」
『不自由なく育てられた姫君が、唐突に世を憂い、家出同然に冒険の旅に出た。……そう考えれば、よくある話と言えなくもないじゃろう』
「……まあ」
 確かに、よくある話と言えばよくある話だ。王道。お約束。定番。超ベッタベタの安定感。
 ……それが二次元かファンタジー世界だったら、という注釈はつくけど。
 コホンと咳払いし、リアが「情報源についてはここらでよかろう」と話を戻す。
『例の女が“魔女狩り”を軒並み再起不能にしてな。魔法少女の記憶は一連の騒動に関するそれを含め抹消、妖精たちは全魔力を失い昏睡状態じゃ。しばらく自白が望めぬ有り様でのう』
「目撃者がいるでしょ」
『……問題がそこでな』
 リアが敵だと言い切った、黒髪の女。藍色の着物の上に、黒いコートを着ている。
『――其奴めが雷の魔法を用いて、通行人含め野次馬どもの記憶を消した』
「は?」
『人間の感情なぞは、脳内に走る微細な電流に支配されるものだ、というのが連れの小娘の言い分じゃ』
「……随分、サイエンスな理屈ね。魔法っぽくない」
 不謹慎な話だけど、素直に感心した。魔法も科学的な思考で変則的に使えるんだなって。
 火だったら何ができるかと考えかけたところで、あの赤い髪の女の言葉が頭をよぎった。
 ――赤き竜と、堕ちた雷。


 ノートPCから妖精ネットで実況していた、二級魔法少女・茅ヶ崎まゆらとナナルリエ。
 記憶が決闘開始直後から飛び混乱する二人組をつかまえ、妖精ネットへ接続させたが……。
 ――というところにリアの話が及び、例の一件について話した。
 状況の再現。魔女のそしりを受ける聖女。秤にかけられた罪人と救世主……。
 例の介入者が口にしたとかいう言葉をぶつぶつと羅列し、リアが低い声で呟く。
『……符号は合うておるな』
「うん?」
『事の真相を明かせぬまま、釈明する場をも奪われた。人為的な忘却の彼方に、“マサキに関わったことで複数の魔法少女が再起不能となった”という事実のみが残された』
 リアが不機嫌そうに「誤解だと言うておるじゃろうが」と電話の向こうの誰かに唸った。
 漏れ聞こえるやり取りから、しばらくしてその相手が光妖精ナナルリエだとわかる。
 マサキ――というより、リアをよく思っていないらしく、妙にちくちくと絡んでた。
『理解を得るには足らぬ説明じゃが聞いておくれ、一級魔法少女のユーリィ。……お前様もじゃナナルリエ。わだかまりは、わらわのみに留めよ。……マサキに、累を及ぼしてくれるな』
 意識的に声を張り上げ、リアが「あ奴らの標的はマサキじゃ」と言い切る。
『そも、あ奴は人の感情に働きかける能力を有しておった。ともすれば“魔女狩り”とて、あ奴が仕向けたものと思えなくない』
「……」
『ほんの少し、脳を刺激するだけでいいらしい。たったそれだけで、人は理性の歯止めを失い、その欲望を曝け出すのじゃと。精神的に追い詰められていればいるだけ効果があるとも言うておった』
「追い詰められて……?」
『結果論じゃが、“魔女狩り”はマサキを絶望に追いやるための駒じゃ。ある小娘は、不治の病に冒された母の回復を願い凶行に及んだ。“魔女狩り”はそれぞれ重たい事情を抱えておった』
「……だからって」
『他人を傷つけても良いわけはない。……じゃが、あれはきっと、自分を責めていたのだと思う』
 溜め息。しばし間を置いて、ためらいがちに再開した。
『……そしてマサキが攻撃を受けた。あれは別人のように人が変わった。いや。別人……だったのじゃろうな』
 リアの声が震える。思い出すのも苦痛だと言うように。
『悪への怒り……殺意そのものとなったあれを手懐けることに失敗し、敵はマサキが暴走する原因となった記憶を消した。周囲の記憶障害はその余波によるが、それすらあの女の目論見通りやも知れぬ』
 真鶴メイに守られた数名だけがこれを免れたのだと付け足し、リアが沈黙する。
 ぐすっと鼻をすする音。震える声が「それきりマサキが目を覚まさぬ」と呟いた。
『……あれの真の望みが自分自身を消し去ってしまうことじゃと言うのなら……。なれば……わらわは……わらわは……!』
 何度も鼻をすすり、リアが短く「すまぬ」とささやく。
 代わりに電話に出た真鶴メイがこの続きは後日にと提案する間、風妖精の泣き声が耳を打っていた。


 ……何が何だか、よくわからなかった。リアの前置き通りと言えばそうなんだけど。
 そもそも当事者が事態を把握しきれてない上に、動揺しまくってるから仕方ない。
 マサキが意識不明というこの状況で、彼にベタ惚れのあの子に落ち着けと言うのも酷な話なのだ。
『――ずっと泣いてたんですよ、リアちゃん。このまま目を覚まさなかったらどうしようって。……自分のことを、忘れられるのが怖いって。怖くて、仕方ないって』
 疲れきった低い声。動揺しているのは真鶴メイも同じ。彼女、真面目だから。
 自分の依頼がこの状況を招いたことに、少なからず責任を感じてるんだろう。
「……忘れられる、か」
『女の人になったんですよ、あの人。魔法少女でも、正体でもなくて、大人の女の姿に』
「は?」
 ただでさえ理解しがたい話が、整理しきれてないままだから余計にややこしい。
 話を何度も前後させ、姿だけでなくマサキの人格そのものが変わったようだったと委員長が言う。
「ん……つまり、多重人格探偵サイコさんなシチュエーションってこと?」
『ええ。女言葉を使ったんです。女の子の振りをしてた時ですら、かたくなに男言葉で通してた人がですよ?』
「……うん?」
『えっと、だから……そう。私達のことがわからなかったんです、あの人。女言葉で、リアちゃんを見て、言ったんですよ。そこの小さいお嬢ちゃんは、この男の関係者なのかしらって。……自分のことを、指さして』
 リアが泣いていたという言葉の意味が、ようやく理解できた。
 ――自分の事を忘れられていたら。漠然とした可能性の話ではないのだ、それは。
『そして、強くて……鳥肌が立つほど強くて、あり得ないほど攻撃的で……非情、でした。正直なところ、敵か味方かが曖昧になるくらい』
 マサキが自前のゴーグルを砕き、その破片を風の力で散弾のように発射した。
 真鶴メイに匹敵するほどの力を持つ雷使いに一撃で重傷を負わせ、容赦のない追撃。
 血の海の上でその両手首を踏み砕き、無力化してから、何度も腹部を蹴りつつ尋問を始めた。
 雷使いが流れ出た自分の血を通じて電撃を浴びせ、例の記憶消去魔法を使うまで、ずっと。
 そして雷使いと小人の二人組は逃走し、後には今も眠り続けるマサキだけが残された。
 ――真鶴メイの話を要約すると、こういう次第になる。
 現状への罪悪感と、目が覚めれば覚めたで凶暴なままだったらという緊張感。
 ……“最強の魔法少女”神谷ヒカルを打ち負かしたマサキが、もし敵に回ったら?
 そのプレッシャーでテンパってる彼女に、今はこれ以上の説明を求めるべくもない。
 理解も納得も不十分だけど、まあ……妥協するしかないかなって。
 すっきりしないまま会話を打ち切り、もやもやした気持ちのまま二時間が過ぎた。
 ――着信。ケータイの画面に、再び荻野正規の文字が表示される。


『――リトル・ジャンパーについて。高田裕三作品が終盤グダグダになるのはいつものこと。ラストは締めると信じてる。ガラスの仮面について。マヤは沙都子を演じていた頃が一番かわいい。以下、ブラックジャックについて。新ロードス島戦記について、などなど』
「はあ」
『……てな具合でね。いやー、女性陣にドン引きされたよ。どういうわけか、メイちゃんも唐突に凄いキラーパスをくれちゃったな。なんか、年の差カップルものばかりだし。はっはっ、俺ってそこまで色眼鏡で見られてるんだ?』
 と、“荻野正規を名乗る女”の声が電話の向こうでへらへら笑う。
 リアによると、マサキ本人の記憶はごっそり抜け落ちており、諸々の自覚がないそうだ。
 魔法少女からの変身解除が不完全で困った、くらいに思いこんでるとかで。
 再び暴走したら止められないから、あえて周りも誤解をそのままにしておくことに決めたって。
 ――話の内容から察するに、真鶴メイがそういう事情で遠回しに“本人”確認をしていたらしい。人格の。
 他にやりようがないのかとは思わないでもないけど、かと言って個人情報を知ってるわけでもないか。
 (委員長にすれば、目覚めた祖父がジョセフかDIOかで緊迫する承太郎の気分だったろう)
 マサキはマサキで警戒されていることに勘づいてはいて、でも理由がわからなくて、戸惑ってる。
「えっと……その……大丈夫、なんですか?」
 主に頭とか。電撃で人格を変えただの、記憶を消しただのって、普通に後遺症とかが怖いし。
『あー、大丈夫大丈夫。あかりちゃん……もとい、神谷ヒカルに思くそ殴られたけど、どっこい生きてるシャツの中ってさ』
 マサキの口調そのままの細い女の声が、こちらの意図を100%理解しないまま無責任に笑う。
 その声が誰かに似ている気がして、誰だろうって。考えてると「いたたたた!」って悲鳴が漏れた。
 無茶をするな、とリアが怒鳴る声が聞こえる。どうにも、本人が言うほど大丈夫ではないらしい。
「……大丈夫なんですか?」
『ヘタレだからさ、こういう時のリアクションがオーバーなんだ。ま、とにかくなんちゃないから。心配かけたみたいで本当ごめんね』
「別に……」
 心配したわけじゃない、とか口の中でもごもご言ってると、隣でネネコがにやにや笑う。
 その目が口ほどに「うほっ いいツンデレ」とか物を言いまくってるから最悪だ。
「……それは心配くらいしますけど……謝られても、リアクション、できないし」
『ああ、本当だね。こういうシチュエーションって困るよな、確かに』
 再び「いてて」と呻いてから、マサキがこほんと咳払いをした。
『あーっと……いや、心配してくれてありがとう、だよな。こういう場合』
 ――不覚だ。
 それから何を喋ったのか、何を聞いたのか、どう話を切り上げたのか、ろくに覚えてない。
 本当……最悪。穴があったら入りたい。……私って、意外とちょろいんだ。

 ――平成20年6月1日。色んなことがあり過ぎて。頭の中がグチャグチャで。時にへらっとにやけちゃったりして。……はあ。