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「せっかくだから名乗りでも上げるかい? やあやあ我こそはってさ」
「アハハ。嫌いじゃないですよ、そのセンス」
 銀色の長髪を揺らし、神谷ヒカルの八神あかりが笑う。血の色ではない作り物めいた赤い瞳が、悪戯っぽく光った。このキンキラキンな取り合わせに、最近はやりの「なんちゃって戦国ファンタジー」に出てきそうな洋風アレンジ入った巫女装束っぽい衣装が悪目立ちしまくってるのよねー。
 も~お、あかりちゃんったらどんだけえ~? ……と、人の事を言えたクチでもないのが僕なわけだが。目立つコスプレロリ二名に集まる視線――魔法少女たちのそれを意識しながら打ち合わせておいた“デモンストレーション”の内容を反芻する間に、あかりが芝居めいた仕草で見得を切った。
「神谷ヒカル、推して参ります!」
「……荻ノ花真咲、受けて立つ」
 と、返した瞬間にはあかりがアスファルトで舗装されたトラックを蹴る音。反射的に後退したところに、その左足が伸びて僕の胴を蹴り飛ばす。衝撃。浅く入ってこの威力なのかという強烈な一撃。うわーっはははは。アイナ様、合流できそうにありません。自分は死に場所を見つけました。
「さすが! 急所を外してきた!」
「買いかぶって――」
 本気出すなよとか言う間もなく、追撃。咄嗟にガードした両手が右の掌底で撥ね退けられ、ガラ空きになった腹に左の拳。まともに入った。ああ、懐かしいこの感覚。ダメージが大き過ぎて、痛覚が麻痺してしまってるんだなあと他人事のように自己分析して――る場合じゃない!
 やばい。強すぎる。魔法少女の超人的な怪力に、訓練された動きってヤツが結びつくとこんな化け物になるのか。この女子高生すごいよォ! さすが魔法少女の最高峰! そのエネルギーは、全て並外れている。生き残るには全力を出さないとなあ! わかっているのかマサキ・オギノ!
「――吹っ飛ばす!」
 絶好調である! この大ピンチに集中力とか何とかスピリチュアルな感じなパウアーが極限まで高まった! 弧を描いて飛んできた右の掌底が顎をかすめたのと同時に、魔法の力であかりに突風を浴びせる。たかが強い風如きでダメージなんぞを期待してはいないが――。
「バランスをくずしただろう!」
 それで充分だ。跳び退り、間合いを外す。予想外に激しくぶん殴られたが、ここまでは予定通り。人様に迷惑をかけない程度に暴れて、魔法少女や妖精だと思われる少女達の注目を集めるという目的は達した。……本当ね、ここまでガチでボコられるとは思わんかったけど。
「こんな楽しい闘いはボクはじめてだ!! わくわくするっ!!」
「よ、よゆうあるな…。オレはドキドキする」
 この子はどこの戦闘民族なんだろう……と、ツッコミを入れられるくらいには落ち着いた。それと同時にじわじわ痛みだした腹部をさすり、呼吸を整える。……おかあさん、おなかいたいの。今後の予定を考えるだけで肉体的にも精神的にも僕の胃腸にプレッシャー・ザビー!
「じゃあ、もっともっとおもいっきりいきます!」
 合図である。ヒカルとマサキが生身で対決するなども既に私闘ではない。魔法少女に課せられた宿命なのだろう。荻ノ花真咲を神谷ヒカルの白い光が包んでゆく。二級魔法少女☆荻ノ花真咲。次回、「脱出」。僕は、生きのびることができるか。


「命ず。汝、その御霊に神谷ヒカルの我が字(あざな)を刻むべし」
 小便はすませたか? 神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK? ……死刑宣告でも聞いている気分だ。(手加減しているとは言え)僕の連続攻撃を軽く捌きながら、あかりが息一つ切らさず詠唱する呪文にテンションが下がりまくる。
「ふるべ。ゆらゆらとふるべ。花は散りて篝火に絶ゆる。灰は天地に還り光となる。星は水面に泳ぎ萌ゆる命へと」
 神谷ヒカルは、僕と同じく魔法の発動体となる不思議アイテムを持たないタイプの珍しい魔法少女だ。大きな魔法を使うには、自分なりに精神を集中させるための儀式が必要となる。僕なんかは開き直って魔法を補助程度にしか使わないと言うか使えてないわけなのだが。
「堕ちよ、巡る命。堕ちよ、黄泉比良坂へ。我とともに。我らが契りを果たさんがため」
 この子と僕の決定的な差だなあ。武術の心得があるあかりには、格闘しながら長い呪文を唱え、その魔力を形にするだけの余裕がある。圧倒的な実力だ。ALICEの懺悔で高橋昌也も物申してたぜ、ガンダムで命のやり取りをしながら哲学を語るのはあり得ないことだってな。
「彼の地へ! 我らが契りを果たさんがため!」
「だわっ!?」
 不意に腕を掴まれ、殴りかかった勢いのままカウンター気味に池の方へと投げ飛ばされた。水面に叩きつけられようかという瞬間、猛スピードで眼前にまで迫ったあかりの右手――白い魔法の光を放つそれが僕の胸倉に伸びる。シャイニングフィンガーとは、こういうものか!
「――いざ!」
 その瞬間であった。「死出」の発動が起こったのは。我々は因果地平、次元の狭間に四散したのかもしれなかった……。池に落ちた。でありながら、濡れず、水飛沫すら飛ばず。て言うか水の感触そのものが皆無だ。うわー、変な感じ。こういう魔法だと、予め聞いてはいたんだが。
 あかり曰く、この世界に与える被害を気にせず全力で暴れるために、自分自身と対象者の物質界への干渉力を消失させ幽霊のような存在にし、心おきなくタイマン勝負に臨めるって魔法らしい。姿も一般人には見えなくなって。言ってみれば、妖精たちと同じ状態になるわけで。
 いや、素晴らしいことではないかと思いますよ? 僕なんかいつも森林を破壊したり山火事を起こしかけたりしてるし。周りに気を配れる子って偉いと思う。……「こっからが本番!」ってことっすか。攻撃魔法もガンガンガンガン使い放題で。はあ、マジで胃液が逆流する。
「いやー、人間相手に魔法を使ったのは初めてだけど、上手く効いてよかったよかった」
「怖いことぶっちゃけた! 初耳だぞそれ!」
「あれ、そうでしたっけ?」
 水の中でエヘヘと誤魔化し笑いを浮かべ、あかりがバキっと指を鳴らす。水中で音が聞こえるのも変な話だなと考えた瞬間、空気のようだった水が急に――何と言うか、水そのものに戻った。大量に池の汚い水を飲み込んでしまい、慌てて陸地に上がってげえげえ吐きまくる。
 水底の神秘的でもない風景を思い返し、弁当の食いがらとか空き缶とか池に捨てるんじゃねえよ低モラルの愚民どもめとか内心で毒も吐きまくった。うえー、思い出すと余計に吐き気がする。しばらく池のほとりでうずくまってると、丸めた背中をぺちぺちと小さな手に叩かれた。
「いつまでも浮かんでこぬから、何事かと思うたではないか」
「不幸な事故っス。……イクラパワーが弱まったのかな」


「科学の壁じゃああ~~っ!!」
 地に足は着いているし、この身に重力も受けている。物質界とのつながりが全て断ち切れたものではないらしいからこそ「水中でどうやって会話してるんだろう」とか「宇宙で音が聞こえるのっておかしくね?」とか科学的な疑問にぶち当たったりもするわけで。
 ……術者が学校にもろくに通っていない武闘派女子高生だということを完全に失念していた。彼女のかなり間違った科学観に基づいて構成された魔法である、常識にとらわれて混乱する方が愚かなのだと大人の余裕で受け入れるしかない。矛盾はアニメにつきものですからッ!
「落ちつけ…………。心を平静にして考えるんだ…こんな時どうするか……。キラきゅんのあり得ないGUNDAM縦読み…。キラ:身長165cm“体重65kg”。ラクス豹変…。宇宙を漂うムウのヘルメット…。シン=アスカ(主人公)…ザラ大佐…キラ准将………アカツキ。落ちつくんだ…『矛盾』を数えて落ちつくんだ…」
「宇宙世紀儲な夢を忘れた古い地球人乙とでもつっこんで欲しいのか?」
「……そんなウィットに富んだ切り返しいらないっス」
 常識というルールではかれない世界を忘れちゃいけないよ。……あかりとひなのが息を潜めているだろう池を警戒しつつ、膝をついたままそのほとりに生えた雑草に手を触れる。硬くて重い……って表現すればいいんだろうかこれは。
 この雑草如きめの摩擦力が無限大になっているらしく、押しても引いてもビクともしない。周囲に被害を出さないってのはこういうことらしいなと納得してみれば、それと同時に膝の下では雑草がくたっと潰れていることに気づいたりしてその矛盾にじわじわ頭痛がする。
「……なるほど? 大よそ理解できてきたかな、この子のスピルバン・バイパススリップのルール」
 八神あかりが魔法少女である以上に武術家だからこそのルール。他者に触れることができ、足場とする場合に限って物質界に干渉できるのは、キッズアニメみたいなインチキ空中戦を展開するとかいう発想が彼女に全くないからだろう。
 やっぱり、立って、歩いて、駆け回って、この大地をしっかと踏みしめ腰の入った打撃をかますことには並々ならぬこだわりがあるんですね。微動だにしない雑草をこつこつ叩いてから、そこに手を乗せ立ち上がるべく力をこめると、ぺしゃっと草が折れ地面に手がついた。
「調子こいて通行人を踏み台にしようもんなら大惨事確定だな、こりゃ」
「そういう術なのか?」
「んー……」
 立ち上がり、こけしを左手に乗せてから水面を足でつんつんと突く。コンクリートのように硬い。思い切って両足を乗せても身体は沈まず、水面上に立って歩くこともできた。池の中央まで何歩か進んでから、くるっと振り返り周囲を見回す。
 一般人に姿が見えなくなるという効果は紛れもなく発揮されているようで、園内は――ごくごく一部を除いてだが――既にいつもの風景を取り戻していた。僕の存在を感知し、こちらをガン見している数名の少女たちの姿も見てとれるが、まあそれは置いといて。
「人間に使うのは初めてだっつってましたからね。オレの方で抵抗すると魔法が解けてしまいそうな気もするし、怖い感じはします」
「体のいい実験相手じゃな」
「……ま、子供のヤンチャに胸を貸したげるのも大人の器量ってやつなんス」


 コンクリートみたいに硬く、船の上のように揺れる水面を蹴り、軽く走ってみた。ビックリのかたまりを蹴り、未来へゴールさせろ。ヘッチャラの花を咲かせて、みんなを笑わせちゃえ。イタズラ好きな君が夢を競うライバルになるのさ。
「オチャメ・ガールが釣れまくっておるわけですが」
「……まあ、突き詰めれば魔法少女なんてトンデモ話を受け入れておる連中じゃからな」
 こけしが意味ありげに僕を見上げて「根が単純なのじゃろうな」と続け、落ち着きなく動き回る僕を目で追う少女達に視線を移す。見た感じ、全体的に中学生くらいの子が多い。小学生が中心だという魔法少女の平均年齢より高めか。まあ、わかる気はするが。
「……そこが境界線、なんだろうなあ」
 少女と、女の。純粋なままではいられなくなりつつある程度に大人で、清濁を併せ呑み美しいものに昇華するには子供で。少女達に同年代だった頃の自分を重ねつつ、陸地との距離を十分に確保したところで足を止めた。刹那、足下で水面が白く光る。
「マサキ!」
 こけしが発する鋭い声に反応して後退した瞬間、眼前で白く巨大な光線が水面下から一瞬で天へと伸びた。古くは波動砲、新しくは重量子反応砲(マクロス・クォーター)を思わせる、その破壊力絶大なヴィジュアルにぞわっと鳥肌が立つ。
「マジかよ。あのサムライガールは戦艦並のビーム砲を持っているのか、みたいな」
「足を止めるな! 次が来るのじゃ!」
 また足下が光った。回避し損ねた第二撃が左足をかすめ、その衝撃で僕の身体を上空に舞い上がらせる。かすっただけでこの威力かという肝の冷えた思いをしながら、風をコントロールして空中で態勢を整える。左足がびりびりと痛んだ。
 第三撃。直線状に伸びる光の柱が、僕が自由落下していたらいただろう空間を貫き視界を通り抜けていった。次の攻撃を警戒していると水面に広い範囲で無数の白い光点が生まれる。今度はそれらがドッジボール程度の大きさの光弾となって、次々に飛んできた。
 水面に対して一様に90°前後の角度で上空に連射される光弾を避け、時には直撃してびりっという魔法特有の奇妙な痛みに耐えながら更に高度を上げる。こちらもバリヤーくらい張れそうな気もするが、それと同時に空を飛べる自信はちょっとない。
「コッコさん、アドバイスよろ!」
「ン……いかなる魔法少女も魔力は有限じゃ。ここを耐え抜けば勝機はある」
「彼女が撃ち疲れるのが先か、オレがくたばるのが先かはともかくね……」
 とはいえ、距離が離れれば離れた分だけ攻撃は避けやすいしあかりが無駄弾を撃つ頻度も上がる。MP0になってくれれば後は空を飛べないマジンガーZを蹂躙するだけでいいんじゃないでしょうか、なんて甘い見通し立てちゃったりして。
 ……本当、甘かった。光の弾幕が不自然に薄くなった、と気づいた時には既に手遅れ。光弾に混じって“靴から白い翼を生やした”神谷ヒカルが飛翔して一気に距離を詰めていた。このガキ何でもありなのかよって、そんなところで思考が停止する。
「やべ――」
「遅い!」


 初めに、神が天と地を創造した。地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。そのとき、神が「光よ。あれ。」と仰せられた。すると光ができた。
 神はその光をよしと見られた。そして神はこの光とやみとを区別された。神は、この光を昼と名づけ、このやみを夜と名づけられた。こうして夕があり、朝があった。第一日。以下略。興味があったら旧約聖書かリンかけのジーザス戦を参照のこと。
 ……かいつまんで言うと、僕はあかりのジェットアッパーをまともにアゴにくらい、リンかけばりに天高く吹き飛ばされていた……らしい。らしいと言うのは、後からそう想像するしかない状態だったって話だ。なんか一瞬、気絶してたみたいで。
 誰かの、声を聞いたのだと思う。女の声。それも多分、女の子の声でマーサって。マーサ。マーサ。マーサ。マーサ、マーサ! それがどういうわけだか自分に向けられているんだって、呼ばれているのは僕なんだって……そう思った。
「ジョージィとアディがエクレールを焼いたのよ、マーサ。一緒に食べよ? ね?」
 ああ、やばいな俺。どんだけイっちゃってんですかこれは。つーか誰だよジョージィとアディって。どっから出てきたんだこの糞妄想は、なんて自分にツッコミを入れている間にも、真っ暗な夢の中で女の子が言葉を重ねる。
「あ。誰だそれって顔してる。ひどいなー。仲間なんだからさ、私達。少しは仲良くしようよ?」
 トチ狂ってお友達にでもなりにきたのかい!? ……意味がわからない。わからないのに、どこか懐かしいと感じている自分がいるのが気持ち悪い。壊れ過ぎだっつの。何これ魔法の副作用なの?
「ジョゼット・レヴィと、アデリーナ・オルフェイよ。私と同じ十二使徒の。……あ、私のことも覚えてくれてないんだ? へーえ。ふーん。ひどいなー。薄情だなー」
 夢は個人的無意識の発露であるとか何とか説いたのは誰だっけ。男根を模した悪魔をいつも夢に見ていたとかいう変態は。ユング? フロイト? まあ、どちらにせよ僕に夢解釈なんてできやしないし、幻聴の内容にも心当たりがまるでないわけだが。
「私は十二使徒パトリシア・シルベストル、AH-12のパートナーよ。改めてよろしくね、マーサ。それじゃ、みんなでお茶しよ? みんな、マーサと仲良くなりたいんだよ。ね? ……あ。ひょっとして甘いもの嫌い?」
 ……手を、握った? 右手に温もりを感じたような気がして――同時に「……甘いものは好きだ」とかぼそっと返したような気がする――思わず振り払おうとした瞬間、我に返った。目の前には、空中で拳を振りかぶる神谷ヒカルの八神あかり。
 思わず「うわっ」と悲鳴を上げ反射的に両手で顔を庇った瞬間、あかりのボディーブローを喰らった。痛い。超痛い。とてつもなく痛いけど、白目は剥かずに済んでいる。あしたのジョーにもボディー攻撃は気絶できない地獄の苦しみとか書いてたっけ。
 だから。だからこそ、腹部に吸い込まれたままの、あかりの右手を封じることができた。両手でこれを抑えこみ、零距離で彼女の額に自分のそれを叩きつける。二度。三度。四度。
 そして五度目の頭突きを左の掌底で阻止され、また意識が飛びかけた。両手の力が緩んだ結果、解き放たれたあかりの右手が僕のアゴを目がけて突き上げられる。が、刹那の差で僕が彼女の胴体を蹴り飛ばした。間合いが外れ、拳が空を切る。
「手強いなあ、さすがに! 今まで戦ってきた中で、一番強いです!」
「……そりゃどうも」
 本当、君はいつでもハナマル元気じるしって感じだね。まだまだ余裕がありそうなあかりに軽く眩暈を覚えながら、吹き飛ばされた拍子に離れていたらしいこけしを捜す。やや離れたところに浮いていた。視線を戻すと、あかりがややむっとした声を出す。
「……結局、ボクだけに集中してくれてないんですよね。最初から、ずっと」


「少しは本気を、出したらどうですか!」
「最初から本気だっつ――」
 だんっ、と空中で“地を蹴る”音を聞いた。ああ、この子の翼が某バイストンウェル・サーガ(富野のライフワーク)ばりに靴から生えているのはそういうことか。この子、空を飛んでいるんじゃなくて、空中で見えない足場の上を駆け回っているんだ。
 術者のイメージがえらくストレートにヴィジュアルに反映されているんだなあ、なんて。腰の入った回し蹴りの衝撃を両手で受け止め損ね、横っ面を蹴り飛ばされ朦朧とする意識の中でぼんやりそんなことを考えていた。
 気絶しそうになると、また例の幻聴が聞こえる。マーサ、マーサ、今日はおいしいトルテがあるのよ。マーサ、ティアとケーキを焼いたの。マーサ、このお店のタルト、すっごくおいしいんだから。ね。マーサ、マーサ、マーサ、マーサ。
 ……ああ、一度甘いものが好きだって言ったからなのか、やたらとお菓子の話ばかりしてるのは。なんか健気だなあ、このパトリシアって子。すっこしでも気を引きたい純情な乙女心っていうの? おじさん年甲斐もなくドキドキしちゃう。ふひひ。
 ……。うわ……何だこいつ……超気持ち悪い……。自分で無意識に作った糞妄想に自分で萌えるとかキモイにも程があるわ……。かつて味わったことがない種の最悪な自己嫌悪で一気に現実に引き戻された瞬間、回し蹴りからの流れるような動作で裏拳が飛んできた。
「……っ! まただ!」
 さっきはこめかみ、今度はアゴ。えげつなく的確に急所を狙い続けているにも関わらず、ことごとく微妙にポイントをずらされてイラっとする。あかりが「まただ」と悔しそうに口にするのはそういう意味だ。字面だけなら僕が一枚上手にだって見える。が。
「だあ、もう! また外された!」
「ちくしょう、痛いことは痛いんだぞ……!」
 みぞおちを狙ったあかりの掌底を咄嗟に両手でガードしつつ口を開くと、回し蹴りを受けてから速攻で裏拳に殴られた横っ面がずきずきと痛んだ。思うように攻撃が当たらず苛立っている子もいますが、着実に何度も殴られてる僕の方がよっぽど可哀想ですよ。マジで。
 第四次スーパーロボット大戦に喩えるなら彼女がビルバイン(ハイパーオーラ斬りの消費EN0で最もチートな性能だった時代)で僕がマジンガーZ(回避力皆無のくせに武装も装甲も精神コマンドも貧弱という最も悲惨な時代)ってところじゃないだろうか。
 (世の中にはウィンキーソフト時代こそ至高のゲームバランスだったと主張する懐古厨もいますが、ストーリーが本当に面白くなったのはα以降だと思います。カトキの「もっともらしい嘘をつくには周りをリアルに固めることだ」という寺田への助言は至言)
「……?」
 曲線を描いて飛んでくる拳にあちこちを一方的に殴られ続けているうちに、不意に気づいた。そうでもないだろう。そう絶望的になるほどの相手でもないだろう、と妙に醒めた目で状況を分析している自分がいることに。何と言うか、意識がシャープになっていた。
 決闘の舞台が空中に移ってからというもの、あかりからの魔法による攻撃を受けた記憶はない。何故か? 魔法は無限に使えるもんじゃないからだ。まして、あかりは一番最初に大がかりな魔法を使っている。ずるい話ではあるが、それによる消耗も大きいはずだ。
 こうして空中戦に臨むにも魔法による射撃にも魔力を消耗する以上、持久戦なら勝機はあるというこけしの分析は間違っていない。だから、あかりは短時間で決着をつけなければと焦っている。その焦りが今、打撃の精度を微妙に落としている。雑な攻撃だ。だからつけ入る隙がある。
「……風の使者と光の巨人なだけにな!」
 カウンター。顔面を殴られるのと同時に、あかりの胴を全力で蹴りつけた。彼女が漏らした「くうっ」という呻き声を聞くと同時に、ぐしゃっとその骨がへし折れた嫌な感触が足に伝わっていた。


 ――ああ、やっちまったな。真っ白になった頭の中を、あえて言葉にするなら大体そんなところだ。思わぬ傷を負わせたことにビビって、萎縮して、後悔もして……そのくせ、自分でドン引きするほど冷静かつ冷徹に眼前の彼女を見ていた。
 素直すぎる子だ。苦痛に歪むきれいな顔の上で、闘志を微塵にも失っていない目が口ほどに「まだ戦える。奥の手が残っている」と物語っている。今こそとっておきの最後の切り札を使う時だと決断した意思の光が、作り物めいた赤い瞳をぎらつかせた。
「……神谷ヒカルの字にて!」
 ほら見ろ。読み通り。肉を切って骨を断たれた上での倍返しを狙って勝負に出た。僕への攻撃と見せかけ、二人の間の僅かな空間に作り出した不可視の壁を蹴って間合いを外しながら、あかりが残った魔力を振りしぼり口早に呪文の詠唱を始める。
 詠唱を終える前に叩くべきか? それとも全力で逃げるべきか? 先程から意味不明な幻聴が聞こえる代わりに冴えまくっている戦勘が全力で前者をプッシュするのだが、積極的に少女をいたぶる気にもなれずその場で防御姿勢をとった。
 あえて魔法を使わせ、魔力を使い切らせればそれで終わり。それは彼女の必殺の自信を無視した甘い見通しなのだとわかっていながら、咄嗟にこれを選択してしまう中途半端さに本能が告げる。やばいぞ。お前、完全にミスったぞって。
「――退魔の光となりてこれを砕かん!」
 衝撃。それも物理的な。あかりが最後の切り札を使うことを予測し、備えていたにも関わらず反応できなかった。彼女が白い光に包まれたのを視覚した瞬間、ガード越しに何らかの攻撃を受け、気がついた時には地面に叩きつけられていた。
 立ち上がり、見失ったあかりの姿を捜そうとした瞬間、再度の攻撃で空中に打ち上げられた。涙でにじむ視界の端、回転する景色の中に高速移動する白い光の弾。あっという間に遠くへ飛んで行ったそれが弧を描き、白光の尾を引いてこちらに向かってくる。
 迫りくる光弾の中心に八神あかりの姿を見出したのとほぼ同時に三度目の衝撃。上空からの“高速飛行による体当たり”を受け、再び地面に叩きつけられた。これが彼女の奥の手。魔法で自ら砲弾となり、猛スピードで体当たりを繰り返す。単純ではあるが、強い。手に負えない。
「……最悪だね、こりゃ」
 V-MAXが発動したレイズナーだとか、トランザムが発動したエクシアだとかを敵に回した気分がよくわかる。こんなの相手にエネルギーが切れるまで粘るとかどんなドMタフガイだっつの。反撃するにも逃げるにも相手の動きが見えません。お手上げです。
 立ち上がるとヒザが笑うどころか大爆笑。限界が近いのはお互い様ってところかなと自己分析しながら、あかりを捜す。いた。距離にして500m前後。体当たりの勢いのまま通り過ぎた向こうから緩やかに弧を描き、軌道をこちらへと修正している。
 そして彼女のベクトルが完全に僕を指した。ここだ。さっきはこの直線が定まった次の瞬間に体当たりで吹き飛ばされている。この「どうする?」と迷う暇すらない状況で、身体が反射的に――というよりはむしろ勝手に――動いていた。
「神風!」
 僕はあかりと違って大した魔法は使えない。せいぜい風を吹かせて物を飛ばすのが精一杯だ。だから風で、僕に使える唯一の魔法で自分自身を吹き飛ばした。それと同時に、光の弾と化したあかりが左肩をかすめて通り抜ける。それはそれで死ぬほど痛かったが――。
「かわした!?」
 と、あかりが漏らした声でようやく直撃は免れたらしいことを把握した。そして、音速レベルの猛スピードで飛行を続けていた――つまり、本来なら既に彼方へ飛び去っているはずの彼女の声が聞こえるということが何を意味するのかも。
「……やあ。シンデレラ・タイムは終了かい?」
 尽きたのは魔力だけでもないらしい。アスファルトの上に倒れ伏したあかりが、立ち上がろうと両手をついたままそれを果たせずこちらを悔しそうに見上げている。すくめて見せた左肩と、子供相手にムキになった自分を顧みた心がずきっと痛んだ。


 悟空の犠牲で自爆するセルを倒した直後のTRUNKS(超武闘伝3表記)だとか、スパイクがレッドドラゴンの追手を撃退した直後のジュリアだとか、山崎の戦いで明智光秀を「敵将、撃ち取ったぜ」した直後の雑賀孫市だとか。
 不意に後ろから撃たれる場面をいくつか思い浮かべつつ、右足を踏み出す。興奮状態に忘れていた痛みがぶわっと全身から噴き出し、ぶっ倒れそうになるのを辛うじて持ちこたえた。持ちこたえたが、これはマジでシャレならん。僅かな震動が地獄の激痛に早変わりっすわ。
「……誘い受けってやつを、かましてやるとしますか」
 歩行を断念し、その衝撃が怖くて倒れる気にもなれず、立ち尽くしたまま右手をまっすぐ伸ばしてあかりに向けた。ハッタリでしかないが、あかりが同様のアクションで強烈な攻撃魔法を撃ちまくっているのを見ていた野次馬なら。
 例の幻聴を聞くようになってから、ひしひしと感じている殺気の主なら。魔女狩りにせよアンチ荻ノ花真咲の自治厨にせよ、この“荻ノ花真咲が神谷ヒカルにとどめを刺し、零級魔法少女の座に王手をかけようとしている”状況を放置することはできないだろう。
「招来」
 どこから連想したのか、そんな単語が突拍子もなく不意に口をついて出た。「何だそりゃっ!」と内心でセルフツッコミを入れるほど集中力を欠いているにも関わらず、かつて経験したことのないレベルで魔力が高まり右手を中心に渦を巻く。
「いざや吹きませ、鎮護の風。いざや散りませ、桜花の如く」
 口がなおも勝手に動き、中二病くさくていい歳した大人が真顔で口にするにはこっ恥ずかしい呪文を詠唱した。倒れたまま僕を見上げるあかりの瞳に、初めて恐怖の色が混じる。その表情に、僕はようやく自分がとてつもなく危険な魔法をぶっ放そうとしているのだと悟った。
 やばいぞ。やばいやばいやばいYAIBAやばいやばいやべえっておいふざけんなマジで! 完全にパニくってるくせに、中二病呪文の方は着々と完成に近づく。自由が利かない身体と、それが為そうとする凶行に、ぞわっと鳥肌が立った。
「第一乙種術式、隼」
 うわあああああああああああ!?(AA略)名前つけた! いい歳して必殺技に名前つけたよ俺! しかも無意味に漢字を多用してるのが背伸びした中学生みたいで超恥ずかしい! ……もう本当、色んな意味で「やめろーっ!」としかコメントしようがない。
 勝手に動く右手が親指と人差し指で銃の形を作り、倒れているあかりを指すのと同時に複数の少女達――その色彩や服装で魔法少女とわかる――が二人の間に割って入る形で飛び出した。待ち構えていたかのように、右手が先頭の魔法少女へとその照準を修正する。
「――発!」
 風が吹いた。ぎりぎりのタイミングで自由を取り戻し、咄嗟に上へずらした右手の示すベクトルに沿って。それは先頭の少女が手にしたファンシーなステッキをかすめ、魔法少女のやたらと高い視力ですら見えない距離にほんの一瞬で吹き飛ばした。
 あかりの魔法によって物質界には干渉できないはずなのに? 魔法の反動でバランスを崩し、仰向けに倒れた僕を件の少女が飛びこんできた勢いのまま踏んづけ――腹を踏み抜きアスファルトを蹴って通りすぎる。例の魔法の効力が失われたわけではないらしい。
 考えている間に次がくる。肉体の物理的な接触が互いに封じられているにせよ、魔法による攻撃ならその限りではないのか? 二人目の魔法少女がステッキを振り上げる。逃げなければ? あかりも同様に襲われているのではないか? 守らなければ?
「雑念が多い」
 女の声を聞いた。突如として現れた黒い影――六月だというのに黒いロングコートを着た長い黒髪の女が、今まさに魔法を使おうとしていた魔法少女の顔を右の裏拳で張り飛ばす。少女が一撃で無力化され、その場に崩れ落ちた。背を向けたまま、女が短く言葉を重ねる。
「――悪し」


 黒ずくめの女が二人目の魔法少女をまたも一撃で無力化したその向こう側。あかりが僕と同じく複数の魔法少女達に襲われ、魔法少女に変身した真鶴メイがその前に立ち塞がる姿を垣間見た。……おいおい、できれば僕も守ってくださいよ。こいつはとんだ守護月天だぜ。
 しかし、これで一つはっきりした。その標的が僕だけではなかった以上、彼女達が“荻ノ花真咲の暴挙を止めようとした善意者”だという可能性は完全に否定できる。見たところ、ざっと十人以上。彼女達のことごとくが例の“魔女狩り”なのだ。
 この人数は予想外だったが、妖精ネットとやらにおける目撃証言がバラバラで要領を得なかったことを鑑みれば、むしろ辻褄が合う。……それだけ多くの少女達が悪事に手を染めたというのは、決して嬉しくない真実ではあるが。
「フ……脆弱であるぞ、小娘どもめ」
 両手で二人の魔法少女の額を同時に叩き、黒ずくめの女が嘲笑った――と思ったのだが、どうやら声の主と彼女は別人らしいと今更になって気づく。ちらっと見えた横顔が、がっつり口を閉じていたから。笑いながら黙る人なんて曲芸は竹中直人にもできません。多分。
 四人の仲間(なんだろう)を犠牲にそのブロックをくぐり抜けようとした五人目を追い、黒ずくめの女がこちらを向いた。年齢は二十代の半ばってところか。黒いコートの下には藍色の着物(どんなセンスだ)を着こみ、その襟から赤毛の小人が顔を覗かせている。
 ……ああ。また変な人が増えたんですね。子供にしか見えない赤毛の小人がその筋の方々にはたまらない超見下し視線をくださり「話にもならぬわ、雑魚が」なんてほざきやがるのと同時に、黒ずくめの女が無言のまま五人目の少女の後ろ髪を右手で掴んだ。
 びんっと後ろに引っ張られ、苦痛に歪んだ少女の顔に右の裏拳が――その髪を放してからの一瞬で――叩きこまれる。うわー、容赦ねー。ヒいた。マジでやばいぞこの女。今のところ守られてはいるようだけど、これはきっと正義の味方とかの類に属する女じゃない。
「……で、あるか」
 小人が軽く息をつき、藍色の着物から抜け出しアスファルトの上に降り立つ。身長は約30cmで、小妖精と比較すると2倍(面積4倍・体積8倍)ほどの大きさ。それが小さな身体でちょこちょこ歩き、仰向けに倒れたまま動けない僕の鼻先まで近づいた。
「肉の戒めから解き放たれし魂が、この舞台におけるパトリシア・シルベストルを得てなおも覚醒を拒むとはな」
 パトリシア・シルベストル。僕の糞妄想の産物だと思いこんでいたが、そうでもないらしい。そうか。このミニマムなガキんちょが僕を操りチートな魔法を唱えさせたのか。なんて仮説を立てると、見透かしたようにガキんちょが蔑みの視線を送る。へっ。むかつくぜ、ジェイ。
「物語は時に御都合主義ともいえる御膳立てをするものなのだぞ、マティアでありマティアでないもの」
「マティア……ね」
 それはもう一人の僕。生まれ損ねた姉さんが得るはずだった名前。……つまりこのガキ、姉さんが生まれていた世界から来たシオンやあの天使野郎の関係者か。道理でこちらの理解度に合わせずマイペースに意味不明な話を切り出してくるわけだ。
「一つだけ、うぬの誤解を正しておこう」
「……誤解?」
「夢を見たであろう? 声を聞いたであろう? それを、余の所業であろうと賢らに思いこんでおるのが違う。……フン。あの女の紛い物なればこそ、余に対する敵愾心が刷り込まれているのだろうがな」
 小人が笑う。その笑みが、やけにおぞましく見えた。
「この世界そのものだよ紛い物。あの女として目覚めよと、この舞台にうぬは不要であるぞと世界が囁いておるのだ」


 実際、僕はそんな大した奴じゃない。自分の器の程度なんてこの歳になれば否応なく知れるし、自分が特別な存在だなんて自惚れてもいない。だから、意外だった。自分の存在そのものを否定されたことに、気絶するほどショックを受けたらしいってのが。
 例のカチンとくるセリフを聞いたと思った次の瞬間、どういうわけだか僕は仰向けの姿勢でこけしの顔を――彼女のヒザの上から見上げていた。思わず「ふえ?」と間の抜けた声を上げると、いつものサイコミュ的な流れで巨大化している彼女が心配そうに僕を見下ろす。
「マサキ……で、よいのじゃな?」
「は?」
「わらわのことがわかるか? ……そうじゃな、わらわの名を呼んでくれるか?」
「……はあ」
 こけしの妙に真剣な様子に、ボケることもできず「コッコ……。コッコ、ケドゥース、イナクシャータ……リア、でしたっけ」とつっかえつっかえ答えると、不安げだった表情が安堵の笑みに変わった。その小さな右手が、そっと僕の頬を撫でる。
 いつの間にか日が暮れ気温が下がっているだけに、その手がやたらと温かい。……って、おいおい。あれから何時間寝てたんだ僕は。慌ててベンチ(に寝かされていたと、今更ながらに気づいた)から起き上がろうとすると、あかりにフルボッコされた全身が死ぬほど痛んだ。
 痛みに耐性がある魔法少女の状態ならいざ知らず、変身が解けている今現在では――。
「あの……コッコさん。念には念を入れて確認しときたいんですけど、俺……変身は解けてるんスよね?」
「……うん、まあ、そうじゃな」
「いや、その……然るべき場所にかわいいポークビッツがついてるのはわかるんスよ。反応あるし」
「……貴様はわらわが年頃の娘だということをたまには思い出せ。この痴れ者が」
「なんつーか、その……服が微妙に大きいつーか身体が若干ほっそりしてる気がするつーかですね。……いや本当、気のせいだといいんですが……声がね、めっちゃ高くなってる気がするんスけど」
 あまり気づきたくない事実に気づいてしまった。その衝撃で、気絶している間に何が起こったのかを考えることすら忘れてた。痛む右手で、おそるおそる身体に触れて回る。胸はまあ、平坦なままだ。けど、腰が細い。喉仏がない。そろそろ伸びたはずのヒゲも生えてない。
「コッコさん……これ、元に戻りますよね?」
「……多分」
「多分っスか……ところでコッコさん。今更っスけど、公衆の面前での膝枕は若干気恥ずかしいんですが」
「わらわに心配をかけた罰じゃ。怪我人は怪我人らしく大人しゅうしておれ」

 24歳、無職。ついでに彼女いない歴24年のキモオタ。

 事態は特に進展しないまま、厄介事ばかり積み重なる。どんなにモテなくても、自分自身の姿に愛着くらいはあるんだ。……半端に女の姿のままだっていうのは、アイデンティティー揺らぐんだなあ。