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 ――まあ、何と言うかあれだ。彼女が実家近辺のジモティであった以上、いずれ出くわすのは必然だった。むしろ運命だった。
「フッフッフ、逢いたかったよヤマトの諸君」
「ヤマト? ……キラ准将?」
 十中八九、男の振りしてすったもんだする美少女の綺羅中将とは無関係ですので悪しからず。ちなみにキラと言えば世間一般では忠臣蔵の悪役か夜神さんちの月君になると思いますが、どう考えても僕の中では吉良吉影です。本当にありがとうございました。
「その切り返しは予想外だったな……。つーか君、ロボアニとか見る子だったんだね」
 ロボットアニメ。ロボットが活躍するアニメーションを指す。主な作品として「To Heart」「ドラえもん」など。シュベール出版刊『死神風紀受験生エスパーBHプラ板縦ロールヘリコプターボーリングトビウオとその妹番長鼻行類チョコももえサイズ』より。
「しかもキラ“准将”と来たら、もう兄弟が見てるのを脇で覚えたってレベルじゃ……」
「ど、どうでもいいでしょそんなことは!」
 可愛い顔を真っ赤にして“二級魔法少女・荻ノ花真咲”に詰め寄るのは、ソバージュ状の赤い髪が印象的な同業者――委員長(仮)ことメイだ。三つ編みを解いて赤く染まった前髪を下ろし、眼鏡を外すだけでがらりと印象が変わるのだから恐れ入る。本当にあるんだね、眼鏡を外したら美少女だったって話。
「……こほん。お兄さんから話は聞いてるわね? 私は真鶴メイよ、よろしく」
「ああ、荻ノ花真咲です。こりゃどうも」
 ハアー。ハアー。あなたの「手」…。ハア、ハアハア、ハア。とてもなめらかな関節と皮膚をしていますね……。白くってカワイイ指だ。
 ……差し出された手を握り、折角だから手袋を外して手触りとか何とかを堪能しておけばよかったと軽く後悔した。……いいだろ別に。年齢が気になるのは置いといて、若い姉ちゃんの手を握る機会なんてそうそうあるもんじゃないんだから。ちくしょう。命を大切にしないやつなんて、大っ嫌いだっ!
「これって『一緒に戦おう』『いくら吹き飛ばされても、僕らはまた花を植えるよ』って解釈でいいのかな?」
「……人を腐女子認定して茶化さないでくれる?」
「癇に障ったなら失礼。誤解せずに聞いてほしいけどボクは種もキラきゅんも嫌いじゃないし、カガリは結構好きなんだ」
「その話をどこまで引っ張る気!」
 一方的に会話を打ち切り、メイが苦虫を噛み潰したような表情で僕を見下ろす。そしてこけしが「いつまで手を握っておるのじゃ」と僕の頭をはたいた。へへっ、呆れてやがるぜ。このモビルスーツはよ。
「そちが一級魔法少女の真鶴メイじゃったとはのう、そこな小娘」
「つまりオレの『メイ・カーウィン!! まだ14歳よ。これでも整備主任(チーフ)なんだぞ』ってメイ推理も満更大外れじゃなかったってことですね」
「……貴様はちと黙っておれ」


 真鶴メイと、その相棒である妖精ティオトリオの話は、委員長(仮)に「お兄さん」と連呼されて「週刊わたしのおにいちゃんの読者層なら萌え死んでるだろうなあ」とか考えながら聞いた話とそうそう変わるものでもない。あの時はネトゲに喩えていた話が直接的な表現にすり替わっただけのことではあるが。
「聞いてもいいかな?」
「さっきの『略してトトロか、なるほどメイとは名コンビじゃろうな』とかいう下らない話じゃないならどうぞ」
「……すっかり信用をなくしたのう」
「コッコさんが余計なこと言うから……。そもそも最初に同士討ちが起きた事情はわかってるのかい?」
「え? ……事故で、広範囲の魔法に巻き込まれたって話だけど」
 メイとティオトリオ略してトトロの話を整理すると、とある魔法少女が魔物を倒そうと大技をかましたところ、射線上に別の魔法少女が飛び込んできて大惨事になった……ということらしい。
「……事故、ねえ」
「あらん? マー坊ったらちっこいだけに名探偵気取りちゃん?」
 人間に換算したら二十代半ばといったところか。トトロが小さいながらもやたらと豊満な肉体を見せつけながら、上目遣いにマー坊こと僕の顔を覗き込む。……こんなけしからんSEXY妖精との同棲なら今の三倍は楽しかっただろうに、と考えたところでこけしに頭をはたかれた。
「露骨に胸を覗き込むな痴れ者が!」
「あらん、女の子なら大人の身体に憧れて当然よん」
「胸を寄せるな。しなを作るな。この淫乱女めが」
「あ~あ、アタシもアンタみたいに若い男が身近にいたら楽しめたのに?」
 ちらっと僕を見やる、トトロの視線が妙に鋭い。なるほど、メイが「半分は疑っている」と言ったのも嘘ではないのだ。一見して陽気で馴れ馴れしい女性だが、何気なく私生活に探りを入れてきた以上は、もしかするとメイ本人より僕らを警戒しているとも思える。油断ならんなあ、峰不二子じゃあるまいし。
「……例えば、偶然巻き込まれたんじゃなくて、盾になったってことはないかな? その相手がすごい美少年だったとか」
「あり得ない」
 敵は常に一見してそれとわかる醜い化け物で、それ以外のケースなどは妖精ネットとやらにも全く報告されていないとメイが言い切る。「おや?」と、僕とこけしは顔を見合わせた。妖怪だのロボットだの、人の形をしていたり変にカッコよかったりする敵とは何度も戦ったのだが……。
「それは変じゃな?」
「変っスね」


 都内のとある中学校の屋上に忍び込み、双眼鏡で登校する児童を覗く――この背徳感は何だろう。こちらを女の子だと思いこんでいる女子中学生とメアドを交換したことの背徳感も強烈だ。しかし、男は、迷いがあってもそこで立ち止まってはならない。前進することで希望や勝機が見えてくる……。
「おはよう、キョウコ。キュートだエンジェル」
「誰がキョウコじゃ誰が! 現実から逃避するでないわ馬鹿者」
「結構かわいい子はいますよ。……ははは、欲求不満でストライクゾーンが広がってるのが自分でもわかる」
 建築業界にいると、数少ない女性も逞しい方や超強気(味方撃墜時:気力+2)な方ばっかりなので、もう十人並みの女の子と言うだけで女神に見えるようになった自分はいるよ。ああ、いるともさ。
「さすがに中学生に手を出そうとかいう気はないですけど」
「案ずるまでもなく、小娘どもからしたら貴様はただの薄気味悪い親父じゃ」
「そりゃそうだ」
 膝の上にちょこんと座るこけしの手前に右手で双眼鏡を差し出し、その場で固定したまま空いた左手で携帯電話を操作する。昨夜“荻ノ花真咲”に届いたメールのアドレスを電話帳に登録し、真鶴メイと名前を打ち込んだ。いや本当、子供を騙してメアドをゲットしたみたいで自己嫌悪に陥ってる。
「オレが中坊の頃は大学生って時点でおっさんだと思ってたスもん」
「今日はやけに口が回るのう」
「そうスか?」
「最近な、貴様は何ぞ後ろめたいことがあると妙に多弁になるのがわこうてきた」
「……そうスか」
 こけしの小さな背中を見下ろし、メイからのメールを見返す。アドレスでうっかり「satsuki」と本名をばらしてるっぽいが、まあ、そこは大人として見ない振りをして。
「妙な侵略者が現れたっていう異常事態の報告を怠ったオレが混乱に拍車をかけたみたいスね、どうも」
「義務ではないし、今や本来の目的で運用されてはおらぬのじゃがな」
 軽く溜め息をつき、こけしが振り返って上目遣いに顔を覗き込む。その小さな顔の上で、大きな瞳の上で、細い眉の間に皺が寄せられた。
「お母上も言われておったが、ちと加害者意識が強いぞ貴様は」
「……そこで親を引き合いに出すのは卑怯っスよ。反論のしようがない」


 言ってみれば、コガネムシを採集したにも関わらず、それをカブトムシと誤認された上で「こんな大量のカブトムシをどこで捕まえてきたの?」と疑惑の目で見られている状況。……と、喩えた方がかえってわかりにくいかもしれないが。
 どういうわけだか、妖精コッコクェドゥースイナクシャータリアがそのコガネムシ――妖怪だとか何とかを見つけるスキルを持っていると言うのが、魔法少女の頂点に立つという真鶴メイの見解だ。要するに、特別というか特異な存在だったのは僕じゃなくてこけしだってことらしい。
「……あの小娘は貴様の正体を知らぬからのう」
「コッコさんが変わり者だったからこそ、オレみたいなのを相棒にしたっての。辻褄は合うんじゃないスか?」
「鶏と卵の哲学が如き不毛な議論をする気はないがな、あの小娘とて信用しきれぬのじゃぞ」
「仕方ないスよ、彼女の方こそオレを信用する材料がない」
 例のプレイヤーキラーが実在した場合、はぐれメタルばりの経験値を稼ぐ相手はメイのような上級の魔法少女だろう。その彼女が筆頭容疑者の僕を警戒しない方が不自然な話だ。だからこそ、彼女からのメールには僕を試そうという意図が見え隠れしている。
「ネットで話題という話の真偽はさて置くとして、幽霊が出たというのは真なのか?」
「この学校で噂になってることは間違いないみたいスよ」
 風で相手の声をこちらに送る、という科学的にはともかく魔法的には至極ごもっともな能力が、これほど役に立ったことはない。屋上で校内の声という声を盗聴するうちに、メイが僕に「汚名を返上する糸口になるのでは?」と提示した情報がガセネタではないことだけはわかってきた。
「わらわは気に食わぬな。小娘のペースで事を運ぶのは」
「人の姿をした化け物がいると証明できれば、魔女狩りが同業者の仕業じゃない可能性を示すことができるってのは筋が通った話でしょ」
「真鶴メイが、徒党を組んで貴様を粛清しようという小娘どもの一員だという可能性もあるじゃろう」
「罠ははまって踏み潰すという名言を残した女ドワーフがいてですね。……それはそれで構わないんスよ、彼女の立ち位置がはっきりするから。今みたいな、お互いに相手の本音がわからなくて腹の探り合いをしてる状況より気が楽です」
「いい加減じゃのう」
「オレ、駆け引きとか苦手ですから」
 立ち上がり、校庭を見下ろして「今の体操服はブルマじゃないのが残念だ」などと軽口を叩くと、こけしが不機嫌そうに「誤魔化すな」と耳を引っ張る。
「それで収拾がつくならいっそやられてしまおうなどと考えてはおらぬじゃろうな」
「まさか。オレはヘタレだから痛いのはノーサンキューですし、それじゃ根本的な解決にはならんでしょう」
 納得しかねるといった様子のこけしに肩をすくめ、校舎の周りでうろうろしている黒猫を見物していると、どこからか悲鳴が聞こえた。


「ぼくは…イチローだ。…01(ゼロワン)ともよばれる…」
 10月に25歳になる僕は成人男子。つまりね、辛いのよ! 女子トイレに入るのメチャメチャ。心拍数は上がったりで、何かこう……最低の域ではないのか? って十分自覚している。でもね、女の子の前で格好よく飛び蹴りが決まったっての、良いんじゃない! ニュータイプの修羅場が見れるぞ!
「な…なんだ、きさま…!?」
 正直なところ、よろよろと立ち上がる骸骨に抱いた感想は「ああ、ビミョー……」だった。確かに人型ではあるが、こいつみたいなのが魔女狩りの正体ですっていうのはちょっと。つーか自称キカイダー01かよこいつ。「チェンッジキカイダー、ゼロッワン!」とか言って変身すんの?
「僕の名はエイジ、地球は狙われている!」
 キカイダー00と言えばアルバトロ・ナル・エイジ・アスカさんですよ。わかりませんか。そうですか。明らかに不発に終わった声優ネタで場が白けたのを肌で実感しつつ、微妙だけど一応イチロー兄さんを確保しておくかとその頭上の窓を見やったその時だった。女が、何故か窓を破壊して飛び込んできたのは。
「はああ!?」
「私は千の目を持っている! お前たちが何をしようと全部まるっとお見通しだ!」
 高校生とかそのくらいだろう。何と言うか、美人ではあるが黒いストレートや太い眉が古き良き時代の女子高生って感じ。そういう感じの女が黒いスーツでびしっと決めておきながら、妙に浮いている真っ赤な手袋に包まれた人差し指をこちらに突きつけ、「ん?」という感じに大きな瞳を細める。
「……あなた、誰? ここの生徒にしては幼いけれど」
「オレに言わせりゃね、あなたは中坊にしちゃ大人っぽいし、先生にしちゃ若すぎるな?」
「質問に質問で返す気?」
 キカイダー01を庇う立ち位置で、女が不快そうに顔を歪めた。これは当たりかもしれないな、という感触にどくんと心臓が高鳴る。この女のような侵略者がいるのなら、例の魔女狩りもその同類という可能性が急浮上することになるじゃないか。つーか何だこの超展開。
「私は満27歳だし、その子達の先生よ」
「キカイダーに続いて、好き!すき!!魔女先生ってか……。そろそろウッドストーン先生に怒られるぞ、あんたら」
「……はぐらかそうってわけね」
 あんたこそ大嘘こいてるんじゃないだろうなという言葉を飲み込み、こけしの到着を待つ。明らかにマトモな人間の登場シーンではなかったが、ここまで人間にそっくりだと僕には見分けがつかない。奥の骸骨は明らかに妖怪変化の類なのだが……と思ったら、その骸骨がよろよろ上体を起こした。
「…ふざけんなってんだ!! はじめにぶっこわしてもらいたいのはどいつだ!?」
「うるさい!」
 振り向きもせずに魔女先生がキカイダー01の頭部に蹴りをかまし、べこっと頭蓋骨を陥没させる。これはどう判断したもん? 敵なの、それとも味方なの? 読むの、それとも死ぬの?


「……美人だとは思うけど」
 不思議と好きになれない。というよりは、異性として意識し辛いような感覚。なんだろう、この感じ。言ってみれば、母親の若い頃の写真を見ても全くドキドキしないような。……おかしいな、これでもストライクゾーンは超広がりまくりんぐなのに。
「引っ掛かる言い方を……おお!?」
「…くそオ!! なにがビジンダーでえ!! …おまえなんか、ちっともビジンじゃねえや!! オカチメンコ!!」
 と、キレまくったキカイダー01が自称先生をビジンダーと呼べば、これはもう「こいつら仲間だな」と判断していいような気さえする。そう言えばMEIMU版ビジンダーって学校の先生だったし。いや、だから何だって話でもないんだが、あの骸骨がキカイダー01とか自称しちゃうから……。
「さっさとその汚い手を離せ! 私は我慢弱いんだぞ!」
「△*☆□!!!」
「怒らせるとどうなっても知らないぞ! 最初に言っておく! 私はかーなーり、強い!」
「ヘン。そいつア、おもしろいや!! おなじケンカをするならすこしくらい歯ごたえのあるやつのほうがいい…!!」
 罵り合う二人を傍観としているうちに、ふと骸骨に足首を掴まれ宙吊りになってるビジンダーが僕の後ろで固まってる二人の女子生徒に何か目配せしていることに気づいた。ついでに、なんかその女子生徒達が妙に見覚えあることにも気がついた。
「……ん?」
 ウルフカットの金髪なハーフっぽい子と、へたりこんでその腰に抱きついてる妙に色っぽいセミロングの子という取り合わせ。何だこれ、連休中に遭遇した泥沼ガールズか? ……え? マジで?? 若いとは思ってたけど君達は中学生だったのかねケシカラン! ……もうやめてくれ、世も末だ。
 あまりにもショッキン☆グぅ~な事態に放心しかけていると、こけしがようやく到着してその後ろを指さす。……トイレの出入り口でガキどもがね、ケータイ片手にパシャパシャ撮影してるよ。はは、馬鹿だなお前ら。こんなの「合成乙」って言われるだけだろ。……もうやめてくれ、世も末だ。
「小童めらにフライデーされておるぞ! 早々に退散じゃ!」
「わーお……。これだからゆとりは……」
 取り敢えず、今回は確実に化け物な方だけぶっ飛ばしておこうと判断し、キカイダー01に向けて駆け出す。こちらに投げつけてきたビジンダーを跳び越え、その背中を叩いた右手を軸に身体を捻った。everybody goes everybody fights――。
「秩序のない現代に!」
 ドロップキックをキカイダー01に叩きこみ、その胴体を突き破る。そのまま壁を蹴りつけ、オーバーヘッドキック(※キャプテン翼で有名になったサッカーの大技。多分、日本の二十代男子の九割が一度は挑戦した)で頭部を天井まで吹き飛ばした。閃光が、辺りを包む。
「逃げるぞ」
「ういっス!」


『アタシからタツヤを奪っといてふざけんじゃないわよ!』
 関西の山中に二人の女と一人の男がいて、一組のカップルがその中で成立していた。極限状況において男は女達を置いて一人で逃げ出し、残された女達は女達で彼氏を奪ったの何だのと泥沼な喧嘩を始めた。それに関わってしまった僕は、やむなく逃げ出した男の後を追い――。
『何言ってんのお前。こんなん遊びじゃん』
 とか開き直る男を殴り飛ばしたらまあ、世の中に絶望しそうな(被害にあったのが中学生であるとわかった以上、絶対に公開したくない)話を泣きながら白状するわで、とんでもない修羅場になったのは一生忘れられないと思う。男の高級車を免許不携帯で警察に脅えながら乗り回したのも。
 ……その当事者に東京で(しかも中学校で)偶然出くわすとか「どんだけー?」って話さ。負けるな俺。強そうに生きていくよりも本当に強くなるために。屋上のすみっこで余りの超展開にフルメタル・パニック!な頭を震わせて、とにかく落ち着こうと座り込むと尻に変にふかふかした感触が――。
「……コッコさん、一つ聞いていいスか」
「なんじゃ」
「いわゆる“敵”の反応ってまだ感知してます? 『パターン青! 使徒です!』的な」
「うん? 先の骸骨人形は倒したのじゃろう、わらわは何も感じぬぞ」
「そうスか……」
 なら、あの妙な童顔女と――尻の下で「見かけによらず重いデシ」とか言いながらもぞもぞ動いている白犬のぬいぐるみは何だ? ぬいぐるみの首根っこを掴んで持ち上げると、そいつが「見つけたデシ! ここデシ!」とけたたましく喚きはじめた。しばらくすると校舎内から扉がガンガン叩かれる。
「……ああ、千の目を持ってるってそういうこと」
「どういうことじゃ?」
「変わった女がいましてねえ」
 こけしに彼女と離れていた間の話をざっと説明しながらぬいぐるみを床に置くと、どういう原理なのか生き物のように扉へと走り出し、「早く、早く」と曇りガラスに映る人影に開錠を促した。扉の向こうで何かが起こる――前に、僕は決断しなければいけない。
「オレのとるべき道は2つある。ひとつは何も聞かずに地元へ帰り、全てを忘れ、貝のように口をつぐむこと…。そしてもうひとつは、かれらと共に…真実に立ち向かうことだ!」
「ちらとしか見なんだが、あの小娘から悪しきものは感じなんだぞ?」
「……んじゃ、ひとまず保留っスかね」
 ガチャリと扉の鍵が開く音と同時に柵を飛び越え、校舎の外壁を蹴ってその周りの植樹に取り付き、離れた所にある別の木の葉を風で散らせる。屋上から身を乗り出す例の女がそちらに気を取られている隙に飛び降りて、全力疾走で西門から逃げ出した――その時だった。目を疑った。正気も疑った。
「……親方。空から女の子が」


 なんだあれは。鳥だ。ロケットよ。あっ、スーパーマン! ……ではなくて。ぐったりとした様子の女の子が空に浮いていて、どういうわけだかゆっくりと落下している。どっかで見たぞ。どっかで見たぞこのシチュエーション。有体に言うと金曜夜9時のFBSで何度も何度も何度も何度も。
「……味の素KKの新しい炭酸飲料「天空の城ラピュタ」。低炭酸低果汁の飲みものです。柑橘系ですから、あと味もスッキリ。冒険とロマンに満ちた物語と同じくらいの爽やかさで、たくさんの人のノドをうるおすことでしょう」
「錯乱するでない、落ち着け」
「落ちてくるあの子を受け止めて『ラナは軽いな、鳥のようだ』とか言った瞬間に飛行石が根性見せなくなって急に重くなるんですよ。オレにできるのか? 康一君のACT3 FREEZE(スリー・フリーズ)を華麗に避けたジョルノみたいに」
「……落ち着かぬか」
 あの超有名な国民的アニメよろしく女の子の落下地点で待ち受ける……こともないじゃないか。こちとら空を駆けぬけ山を越え摩訶不思議な大冒険に繰り出すスキルがあるじゃないか。つくづく頭カラッポになってたなと思いながら、人目を警戒して電信柱の上に飛び乗ったその時だ。
 女の子が消えた。そして目の前に突如として現れた。「うわっ」と仰け反り落下しかけた身体を正面から抱き締められ、その銀色の髪に視界が塞がれた瞬間、僕は確かに宇宙を見たんだ――。
「ぼ、暴力はいけない……!」

 あれは夢? それとも幻? いいえ、あれはまぎれもない現実。そう、すべてはあの時……。謎の少女に強烈なベアハッグをくらったときから始まった。
「オレはただ、醒めない夢を見ているだけさ……」
「おお、目覚めたか」
 夜になっていた。顔を覗き込むこけしに「目覚めた勇気」と応え、周囲を見渡す。……森だ。つーかどこだここは。ズキズキと痛む上半身を起こすと、暗くてよく見えないが例の“翔んでる女”らしい人影がバリバリと木の枝を踏みながら駆け寄ってきた。
「御主人サマ!」
「……は?」
 メイドHaaaan!!! え? 何で見知らぬ女の子に御主人様とか呼ばれてんの俺。ああ、なるほどね。ここは冥土なのかメイドだけに。……んなわきゃないだろ、こんなダジャレで“してやったり”とかニヨニヨしちゃ「めっ!」ですよ俺。聞くなシン。アスランは、既に少し錯乱している。
「1年と22日ぶりでアリマス御主人サマ……。自分ハ、自分は嬉しイのでアリマス!」
「じゃから、人違いじゃと言うておるに」
 こけしがうんざりだという感じの声を上げ、僕と少女の間に割って入る。そして状況が掴めない僕に「信じられるか?」ととんでもない話を切り出した。
「この娘な、オギノマサキに従うよう作られたロボットなんじゃと」


「フ……。冗談はよせ」
「冗談ではナいノでアリマス御主人サマ。自分ハAH13-2紫苑弐式。御主人サマのオ役に立ツべく造らレた対天使用機動兵器ナのデス」
「シオンちゃん、ね。紅蓮弐式とか言い出されたら『たすけて!メイヴちゃん』つって逃げ出すとこだったよ」
 暗いなぁ、ここは……よく見えねぇよ、お前の顔。なあ、秀吉。対天使用機動兵器って……なん……だ? ……どうしようこの超展開。何の脈絡もなくトンデモ設定な新キャラ登場とか、まるで読者アンケートで低迷している少年マンガみたいだ。この調子だと美形ライバルさんも出てきちゃうでしょ。
「……ツッコミどころは色々あるけどさ、取り敢えず君がオレの従者だという根拠はあるの?」
「御主人サマのコト、紫苑壱式が知っテいマス。昭和56年1月21日生マレ――」
「悪いけど、オレの誕生日は昭和58年10月26日なんだ」
 どうやら人違いらしいなと苦笑いを浮かべると、シオンが両手で僕の頬に触れた。その冷たくて硬い、金属そのものという感触がロボット少女の存在感を「これでもか!」と主張する。そして突然、明かりが点いた。光源は、シオンの背中から伸びる――紫色した、光の翼。ビームっぽいよ?
「……最近のロボットは安易に翼をつけ過ぎだよね」
「やっパリ、アナタは紫苑ノ御主人サマなのデス。間違いナイのでアリマス」
 初めてまともに見た“長い銀髪に青と赤のオッドアイ美少女”とかいう冗談みたいな顔が、そこだけは人工皮膚だとか何とかの柔らかい素材を使っているらしく、妙に人間臭い――泣きたいような、笑っているような表情を浮かべて見せた。
 ……この子を作った奴は本当に卑怯だと思う。こんな顔をされたら、それがプログラムによるものだとわかっていようと何も言えないだろう。
「アナタは、自分の御主人サマなのデす。ソれは絶対なのデス!」
 彼女は涙を流さない。ロボットだから。マシーンだから。……でも、シオンの心は泣いていたのではないかと思う。そんな気がしたんだ、何故か。理屈ではなく感情というのか、どこか本能的な部分で。
「ココはソの主人公が存在し得ないタめに一つノ物語ヲ失い、新タな物語を得た世界だカら……!」
「貴様は何を言うておるのじゃ」
 僕の視界いっぱいに広がるシオンの顔に、こけしの背中が重なった。トンボのような半透明な翅の向こうに、機械仕掛けの光の翼が透けて見える。……そう言えばシオンには妖精の姿が見えているのだ、声が聞こえているのだと今更ながら気づいた。
 本当に、心から、SFとファンタジーがカオスってるこの状況は如何ともしがたい。途方に暮れる僕を置き去りにして、こけしに向けられたシオンの声が耳を打つ。
「紫苑は、ココではナい、荻野真咲が生まレていタ世界かラ来タのでアリマス」
 平行世界という単語を思い浮かべた瞬間、少しだけわかった気がした。こけしの来訪にはしゃぐ母の顔が、娘を欲しがっていた母の言葉が、その仮説を裏付ける。最初の子は流産だった。……女の子だった。

 24歳、無職。ついでに彼女いない歴24年のキモオタ。

 そんな僕は、結局“生まれ損ねた主人公”の代役に過ぎないのだと機械仕掛けの少女が語る――。