前略、おふくろ様。僕の回復力を高めるという妖精様の治療が始まって、既に一週間になりました。それと同時に発生した費用もすごいことになってます。衣・食・住! 人間の女の子一人養うのってものっそ金がかかるんですね。栄養のバランスを考えた食事なんてさせてると特に。
「ただいマリィ。恥ずかしながら帰ってまいりました!」
「おかぁエリィ。……おや、今宵の夕餉は奮発したようじゃのう」
「ええ、まあ」
 興味津々丸なこけしに頷き、パンパンになった買い物袋から本日の究極のメニューを取り出す。豆腐。豆腐。豆腐……。白いヤツがでてきた! 6つだ! 台所には6つも豆腐が並んでいる!
「オギノ氏ー? ……わらわの目の錯覚かのう。同じ食材ばかり目につくのじゃが」
「よく見てくださいコッコさん、一つ一つがメーカーも商品名も違う別物っス!」
「結局、どれも豆腐ではないか馬鹿者!」
 目を三角にして詰め寄るこけしを見下ろし、新品のまな板をコツコツ叩きながら口上を開始。へえ、教えてもらいてえのは、「ちはやぶる 神代も聞かず竜田川 からくれないに 水くぐるとは」って歌の意味なんですがね。ほほう、この歌の意味が知りたい? おまえさん、あわてて取り乱しちゃいけないよ。
「知ってのとおり今月、我が家は未曾有の大出費を迎える………。そこでこれを打破する斬新な企画に関し、我が荻野家に対して………………居候のコッコクェドゥースイナクシャータリアへの審判を下すッ」
「は?」
 ずらっと並べたふぞろいの豆腐たちにキョトンとするこけしに、レシートと照らし合わせながら一つ一つの価格をグラムあたりいくらになるかも含めて説明する。今ではすっかり温厚そうな面持ちになった東西新聞社文化部部長(当時)の谷村秀夫氏が「スーパーの豆腐」と一括りにしちゃう商品にだって色々ありますよ。
「この緊急企画にたずさわる者は、鋭敏な味覚の持ち主であってはならん! 今日、豆腐を買いまくったのは、それを試すためっス」
「こ、これが試験……!? 驚いたのう。……って、この痴れ者が! わざわざ味音痴を証明することに何の意味があるのじゃ!」
「違いが分からないタイプの方が安物だろうと下手な料理だろうと美味しく食えて経済的なんスよ? 『グルメじゃなくてよかった』はこの世の真理っス! 食べるということは生きるということですから」
「貴様はまた、わかるようなわからぬような屁理屈を……」
 もしこの小娘の味覚が優れていた場合………この企画はやめにする、残念だが流れだ。一つ一つの豆腐から一口大に切り取ったものを皿に盛りつけ、こけしに手渡す。見せてもらおうか、日頃から「わらわは舌が肥えておる」と言い張る妖精様の性能とやらを!
「……ふふん。このコッコクェドゥースイナクシャータリア、見くびってもらっては困る!」
「この際、いまだに箸が使えず豆腐をフォークで食べようとしてることには目を瞑りますよコッコさん。いざ、フードイン!」
「フフ……わらわが味覚にも優れた妖精であることを……教えてやるっ!」


「おう正解だ!! すっごいコッコさん!! どんな味覚してんのよう!!」
「フ……。コッコクェドゥースイナクシャータリアなればこれしきのことは当然じゃ」
「ところがぎっちょん! この豆腐達に、この特売大安売りだった醤油を垂らすとーっ!」
「むう!? どれも同じ味にしか感じられなくなってしもうたじゃと……!」
「この素材の味を殺す最低ランクな醤油でも、かけないよりはかけた方が美味くないスか?」
「……世の食通が嘆くぞ、この俗物め」
 などという無駄にハイテンションなやり取りを経て、第一回荻野家チキチキ利き豆腐大会の結論が出た。こけしのグルメレベルは所詮、一般人クラス。いわば二級ってとこですか。うひょう、さすが二級な魔法少女の相棒さん。ちなみに残った豆腐はまとめて湯豆腐にした。改めて、どれがどれだか区別がつきません。
「これでハッキリしたっスね! コッコさんは何を食っても『ン~っ、うまいゾ!』と玄田声で言える子っス! 『マシンがよくてもパイロットが性能をひき出せなければ!』の領域には達してないんス!」
「……よくわからぬが、それはわらわとて無理難題を言う気はないがのう」
 この様子なら、まあ問題はないだろう。憮然とした顔で湯豆腐にフォークを突き刺し、はふはふ言ってるこけしに冷蔵庫で冷やした水道水を手渡しながら、本日のデスティニープランの説明に移る。
「野菜を食べるによー、カレーって、ありゃ便利だよなあ~~。色々ぶっこめるし外れがねえなあーって思うよなあー」
「……辛え?」
「またまたベタなボケを……。え? マジなんスか?」
 おまえ……。…おまえ「カレー」知らねーのか? 「カレー」知らねーやつがよおー、この日本にいたのかよォー。グレート! 本当かよ、信じられねーやつだぜ…。変な言葉はよく知ってるのにって感じだな! 育った文化がちがうっつーかよ。
「カレーライスは日本人に最も愛されているソウルフードっス。多分、毎食カレーが続いても一週間は平気」
「メロンパンだけで五日を過ごした貴様が一般的な日本人じゃったら信用するがな。この身体になって、あれが極めて異常な行為じゃと初めて気がついたわ」
「コッコさんにはそれなりに考えたメニューを出してるじゃないスか。一週間とは言わないんで一日だけカレーだけで生き延びてください」
「何故じゃ?」
「ちょっと実家に顔を出そうと思いましてね。その間、留守番しててくれません? カレー、作っときますんで」
「ほう……」
 聞けよコッコクェドゥースイナクシャータリア! 今年で二十五になる男が小学生くらいの女の子を実家に連れていくなんて間違ってる! そういう息子を持った親は、絶望するしかないだろ!
「留守番をですねコッコさん」
「わらわは貴様についてゆくぞ!」


 ひとは誰でも、しあわせさがす、たびびとのようなもの。きぼうの星に、めぐりあうまで、あるきつづけるだろう。きっといつかは、君もであうさ。はでな、こけしに。
「おかしいのう…。里帰りをするというのに荷物は体につけているものだけじゃ」
「ほんとうのプーの旅人(トラベラー)はそれでいいんスよ」
「いや、手土産の一つなりとのう」
「そうはいいますけどね」
 お金がない! 全くないわけでもないけど、やっぱり、ない! めかしこんだこけしに相槌を打ちながら、玄関でボロボロになったランニングシューズを履く。主に尖った耳を隠す目的で買った帽子を目深にかぶらせ、こけしの準備が整ったのを確認してから扉を開いて部屋の外に出た。ええ、結局こけし同伴での里帰りですよ。僕も所詮はNOと言えない日本人です。
 当分のあいだ太陽が西から昇るようなことはあるまいが、予定がすこし変わることは時どきおこる。そういう時にあわてないのが大人物だといわれる。平田先生はその境地をよく理解しているが、荻野正規はまだとてもそこまではゆかない……。
「あ、荻野君! えっと……その、お、お疲れ……」
 などと今この時ジャストナウ会いたくなかった人No.1な三重野愛子に偶然出くわして挨拶されれば、そりゃ慌てるさ。「ガッデムキュウドー」と内心で絶叫するさ! なんでアパート出てすぐに出くわすんだよ! あれか? 彼女は僕が今まで買った美少女マンガの冊数を覚えているのか? ほうら、「オタクは皆ロリコン」という偏見そのままに若干ヒいとるやないかい!
「あの、そのっ……そ、その子は?」
 そーら来た! 犯罪の匂いを感じているのか声が上ずりまくってる。て言うか僕はそこまで飢えていると思われているのか。……やや絶望的な気分になりつつ、何事もなかったような顔でこけしの背をぽんと叩く。ここはもう対親族用に練り込んだ嘘設定を披露するしかない。
「近所の家の娘さん。海外の人なんだけど、父一人子一人の家庭でね。で、そのお父さんが急に本国に帰っちゃったから預かってる」
「……コッコクェドゥースイナクシャータリアじゃ。マサキにはコッコと呼ばれておる」
 白い釣り鐘型帽子でカリメロみたいになった頭をぺこんと下げるこけしに、三重野が曖昧な愛想笑いを浮かべた。順調だ、オールグリーン。これで昔の同級生中に「荻野はロリコン」のニュース速報が届くこともないだろう。
「私は荻……。マっ、マサキさんの友達で、愛子っていうの! よろしくね、コッコちゃん」
「いや、こちらこそよろしく頼むのじゃ」
「ちょっと言葉遣いが変だけど外国人だから大目に見てやってくれると助かる」
 何故だろう。二人は和やかに挨拶をしているだけなのに妙に居心地が悪い。そろそろ会話を切り上げようとこけしの肩を叩くと、その手に全身で抱きつかれた。確かに「近所のおじさんに懐いている子供」という演技を頼んだけど、明らかにやり過ぎだから! 逆効果だから! ラカン・ダカラン!! 硬直する三重野に、こけしが言う。どこか挑発的に。
「ふふん、アイコよ。わらわはマサキの伴侶、いわば一心同体の――」
「日本語がよくわかってないんだよ! 外国人だからね!」


 線路を、一両のトレイン(注・西鉄。空を飛ばないものだけを指す)が走っていた。
 淡い緑色の車両に、まばらな乗客を積載したトレインだった。天神から大牟田へと伸びる、西鉄天神大牟田線の上を、普通運行でまったり走りながら筑紫へと向かう。
 左側には、少しずつ田舎になっていく風景が、どこまでも広がっていた。右も同じだった。天神は、福岡の中心地だった。
「だからクッキングパパの『博多――』って書き出しに出てくる風景はほとんど天神なわけでですね」
「全国レベルでのイメージはともかく紛れもない福岡の中心地だと言うのじゃろう。わこうておる、わこうておる」
 頷く乗客は尖った耳を覆い隠す白い釣り鐘型の帽子をかぶり、どうでもいいような世間話をしている。十代の始めか、少し過ぎたくらいの、若い人間に見える妖精だった。
「実家ではさっきみたいな過剰な演技は謹んでくださいよ。親も祖母ちゃんも卒倒しますんで」
「わこうておる。わらわはTPOのわからぬ愚か者ではないからのう」
「その潔さを、なんでもっと上手に使えなかったんだ……!」
「あれは、あのおなご相手じゃからやった。反省はしておらぬ」
「冗談が通じる相手だと見込んだにしても完全にヒいてたじゃないスか」
「それは……フン、わらわの知ったことではないのじゃ」
 三重野の探るような視線を思い返すと気が重いが、両親や隣に住んでいる父方の祖母の前でやられるよりはマシだったと思うことにしよう。三重野に披露した嘘設定に「地域のボランティア活動で知り合った」御近所さんの娘というアレンジを加えつつ、流れる景色を見やる。
「懐かしい街並み、という顔でもないのう?」
「実家と言っても俺が社員寮にいる間に新築した家スもん。それも田舎の祖母ちゃんちの隣。ピンと来ないというか、祖母ちゃんちに向かってるんだなって感じスね」
「そういうものかのう」
「俺の故郷は幼稚園から今に至るまで住んでる福岡市スよ、筑紫野市じゃない」
 というか、そこは父方の祖母の故郷であり父の故郷ですらない。社員寮を出ていく際に両親と同居するという選択肢をスルーしたのは、この筑紫野が田舎であり再就職口を探すには不便だと考えたから……だったのだが、失業手当で生活しているうちに無気力になって何もしなかったのだから話にならない。
「何て言うんですかね。合わせる顔がないって言うか、それなりに結果を出すまで顔を出しにくくて」
「きっかけを弟君が与えてくれたのじゃろう? ありがたいものではないか、家族の絆というのは」
「……そうスね」


 特急はおろか急行すら止まらない田舎の駅で下車。急な坂道登ったら、2つ目の角で近づく空(晴れてゆく)。眩しさに瞳が慣れる頃、久し振りな家が見える。
「これ、何ていうお城?」
 というのが、こけしの第一声だった。ざっと十メートルほどの石垣の上にそびえ立つ、伝統的な日本様式の巨大な一軒家。それが今は亡き父方の祖父が筑紫野の片田舎に建てた荻野邸である。建材屋時代に色んな家を見てきたが、改めて広いぞ大きいぞ。
「貴様ん家ってもしかしてお金持ち?」
「荻野家は元禄の頃より続く御典医の家系ですけど、死んだ祖父さんは養子で俺もただの百姓の子孫です」
 ちなみに偉大なる産婦人科医の荻野久作博士とは(多分)無関係なので悪しからず。保健の授業では必ずからかわれたもんですけどね。後、オギノ式は避妊法じゃなくて子宝に恵まれない夫婦のための不妊治療法ですから間違えないで。荻野って名前の人に悪い奴はいねえっス。間違いねえ。
「母方の祖父さんが創業したタクシー会社の専務だったんですよ、こっちの祖父さんは」
「……今、しれっとすごいことを言わなかったか?」
「誉められた話じゃないスけどね。実家の世話になる気はないにしても、世話をする必要がないって環境には甘えてるんですよ、俺。でなきゃ何があっても仕事を辞めたりしてないです」
「ふうん……」
 何を誰に対して言い訳してるんだかと我に返り、こけしを連れぐるりと石垣に沿って歩く。長い階段のある正門を通り過ぎ、裏に回ると緩やかな坂道になっていて、その先に裏門と隣接する洋式建築――両親の家に辿り着いた。表札に、今はいない僕と弟の名前が刻まれている。
「大坂城と真田丸、といったところじゃな」
「どこで覚えたんスか、そんな言葉」
「司馬遼太郎の軍師二人じゃ、留守番中に読んだでな」
「……は」
 更にできるようになったな、ガンダム! ついこないだまで「日本語を読むのは苦手じゃ」などとのたまっていた妖精の思わぬ進化に驚いていると、こけしが目深にかぶった帽子の下でにかっと笑う。
「ふふん、案ずるなマサキ。今日のわらわは昨日のわらわより、明日のわらわは今日のわらわより賢くなる。貴様に恥をかかせるような真似はせぬぞ」
「……その本気を最初から披露して欲しかったっス。なぜベストを尽くさないのか」
 軽く溜め息をつき、呼び鈴のスイッチを押したがるこけしに肩をすくめる。緊張している自分が馬鹿馬鹿しくなって、「どうぞ」とその行為を促した。ピンポーンという電子音が思いのほか大きい。


【マサキ】こけしタソの魔性の女振りを実況します 二級目【涙目】

「はじめましてお母様」

  うはwww何この猫撫で声wwwww

「わたくし、コッコクェドゥースイナクシャータリアと申します」

  コッコさん!!敬語使えるんですか!?( д )     ゜ ゜

「うふふ、コッコとお呼びくださいましねお母様」

        ◎コッ子の勝手にランキング
   金魚≦ニワトリ≦ネコ≦マサキ≦犬≦サル≦人間
                          ウツダシノウ>orz

「恐れ入りますわ。ふふ、マサキさんの御蔭で日本の言葉にも慣れました」

  こんなこともあろうかと用意しておいたぞこけし…なんて言ったことないから!
  バロン、何故嘘を重ねる!? つき過ぎた嘘は身を滅ぼすぞ!
  主に俺が!

「物騒な事件が相次いでいるものですから地域のボランティアで保安活動をしていますの。ええ、その関係で父と知り合ったのですわ」

  (T▽T)ノ_彡 スピンダブルアームをくらっているジェロニモがロビンの後ろに(ry
  こうして人の口から聞くと改めてとんでもない御都合主義設定なのがよくわかる…私は破廉恥な男なのかもシレン

「マサキさんは立派な御方ですわ。人を幸せにすることのできる、心優しい方です」

  僕も幸せになりたいです><

「ふふ、マサキさんも幸せになって下さると嬉しいのですけれど」

  フフ、冗談はよせ…
  よく言うよ、貴重な異性の知り合いを敬遠させておいて…(´_ゝ`)

「あら、そんな……。うふふ、大丈夫ですわお母様。間違いが起きたら、マサキさんには責任を取っていただきますから」

  曖昧な顔で気のない相槌を打っていたら、リアルで麦茶吹いた俺に今までの流れを産業

「わたくし、マサキさんとなら……。なんて、うふふ」

  恋人のお母さんに気に入られよう
  という感じにも見えるキャラ作りは
  違う…間違っているぞ…

  1000ならこけしが大人になる

  あ

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  もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。


 悪いおんなは天使の顔して心で爪を研いでるものさ。俺もおまえも嘘つき女をたしなめられない男になるのさ。若さ、若さってなんだ? あきらめないことさ。愛ってなんだ? くやまないことさ。
「……日帰りの予定だったのに」
「まだ言うておるのか……。別によいじゃろう、たまには御両親と御婆上に孝行しても」
 襦袢、あばよ現金。襦袢、よろしく未来。少女用の襦袢。こけしの暴走によって突然の宿泊が決まり、やむなく彼女の着替えというか主に下着を買いにきた僕たち。最寄りのショッピングセンターまで歩いて30分かかる上にろくな交通手段もないのだから恐れ入る。イナカめー!
「また余計な出費がですね」
「いやいや、田舎じゃと馬鹿にしたものではないのう。意外と愛い服が揃うておるではないか」
「朝倉街道まで来たんスもん。急行が止まる地域と止まらない地域の差はTHEビッグですよ」
「……わこうておる。電車代とバス代すら惜しんで歩かせた貴様にあれこれねだる気はない」
 下着の入った買い物袋を手に、恨めしげに見上げるこけしの視線を意識しながら財布の中身を確認する。うわっはー! まずしさレッドゾーンだぜ!
「別にそこまで遠慮しなくていいスよ、明日一日着る服くらいは買えますよ。……それなりにリーズナブルなセットに限りますけど」
「フ……兄ぃ、嘘が下手じゃな」
「いや、帰りも歩いてくれるなら交通費を残さなくていいからですね」
「……くうっ!」
 こけしは―――……。奴にあんな集客力があるとは………。ゆめタウン筑紫野をみくびっていた。あなどれん! 田舎では十分すぎるほど豊富な品揃えだ! こけしは本気で悩んでいるが、自分の欠点は「たかが服くらいで……」と考えてしまうところだ。反省しなくては! よりもっと女心を冷静にコントロールするように成長しなくては………。
 ……荻野君には彼女がいないのは、自分の能力をかえりみずに、ニュータイプになろうとしたことの結果なんだなあ。僕の考えたモテ男になる裏技。とうきょうとたいとうくこまがたばんだいのがんぐだいさんぶのほし。つばさとみさきごうるおうばえしゆうと。すりいもでるのよ。もりさきもつかつてね。
「スーパーがんばりゴールキーパーはともかくガッツに余裕があるうちは若島津も若林源三の噛ませ犬どころかそれ以上に働けるんスよね……」
「……貴様の財布に余裕がないのはわかったから日本語を喋ってくれ。服はあきらめるから」
「なら、一階で31アイスを食べるくらいの余裕はありますけどどうします?」
「さあてぃーわんあいす!? いつもの爽やスーパーカップでなく専門店のアイスと申したか! ……熱でもあるのか?」
「……あんたは俺を何だと思ってんスか」


 バスキン・ロビンスはアメリカで生まれました。日本の会社じゃありません。我が国だとサーティワンです。株主の不二家でゴタゴタはありましたが、今や巻き返しの時です。
「ふむ。このロッキーロードは好きじゃ」
「ロッキーがお好き? 結構。でもボクサーは無関係ですよ。あくまでも岩だらけの道がモデルです」
 姉さん、史上最強戦士がHDリマスターで筋肉復活です。エスカレーター脇の広場でアーモンドとマシュマロ通信入りチョコアイスを二人でつつきながら、こけしが店内に流れているBGMに余計な一言を口走った。(注・以下のこけしの発言に実在する団体を誹謗中傷する意図は全くありませんのですと僕は信じていますのでどうか)
「何故この歌手がウーバーワールドなのじゃ? ウーバーシガにすればすっきりするのに」
「もう、パパったら古いんだからあー……とボケることもできないきついジョークだ!?」
 姉さん、史上最強戦士がHDリマスターで筋肉復活です。大事なことなので二回言いました。コマンドー! 繰り返します、コマンドー! これも大事なことなので二回言いました。そしてあんなに可愛かったアリッサ・ミラノがお色気女優になるとは思いもしませんでした。女って化けるよね。
「あそこで俺とコッコさんをガン見してる、真面目そうな子が三重野みたいに高校デビューしたりするんスよね……」
「ん? 誰じゃ?」
「ほら、あそこの制服着た中学生スよ。黒縁眼鏡で三つ編みの、いかにも委員長とかあだ名つけられてそうな」
「……おお、確かにあれは委員長じゃな。しかし何故こちらを食い入るように見おるのかのう?」
「コッコさん目立つから……」
 などと赤の他人に勝手なことを二人で言い合っていると、その委員長(仮)がこちらに向かって歩き出したではないか。あれ? 聞こえた? 彼女は003なサイボーグちゃんなの? 三つ編みだけに。……なんて下らないボケを脳内で押しとどめている間に、委員長(仮)が急接近。ベンチに座る僕らの前に立ち、こけしに銃を突きつけた。
「はあ!?」
「……これは御挨拶じゃのう、初対面の相手に“握手”を求めるとは。じゃが、いささか無礼じゃな」
 こと握手を強調するこけしの声に少女が握る銃をよく見ると、その銃身がうっすら透けている。マンガ的な表現ではあるが、「ファンタジーな世界に片足突っ込んでる人間にしか見えません」的な感じで。つまり、この子も――。
「わらわを試すにも他に手段はあったと思うがのう、我が朋輩よ」
「非礼は詫びます、ごめんなさい」
 委員長(仮)のどこか緊張した謝罪の声とともに銃が消え、空になったその手が眼鏡に伸びる。クイクイと眼鏡を直す、その仕草がまさに委員長(仮)・オブ・委員長(偏見)。僕の脳内で井伊千代子などという無意味な仮名が生み出されると同時に、少女が自己紹介をして本当に意味を消失させた。
「私はメイと言います、コッコクェドゥースイナクシャータリアさん?」


「そちの相棒とは別行動をとっているようじゃな、メイとやら?」
「学校に連れていくわけにはいかないから……。それに、それはお互い様でしょう妖精さん」
 人目を避けるべく移動した河川敷に腰かける僕をちらりと見やり、メイ(魔法少女としての源氏名だと思われる)を名乗る三つ編みデコ眼鏡の委員長(まだ引っ張る)が、そのいささか野暮ったい生真面目そうな顔を強張らせる。
「あなたが、あのマサキのパートナーだということ。そして、マサキが小学生くらいの女の子だという話はネットに上がってますから」
「なんやて!?」
「たまげたのう」
 ネットは広大だわ……。怖いぜ、怖すぎるぜインターネッツ。中にはイイ奴いるけれど、正義の刃だ。(アンビリーバブルカッター!)……つーか何!? どういうことだカテジナ! えへへへへ……あはははは! みんな、ジェネレーションギャップもいいところだぞ。早く戻って来い。みんなー! 早くプレイステーションに、戻って来ーい!
「……妖精さん、こっちの人とはどういう関係なんです?」
「一つ屋根の下で暮らす間柄じゃ、二人兄弟の兄でな。ちなみにわらわの相棒は引きこもりのケがあると言うかインドア系」
「つまり、この人はマサキのお兄さんなんですね」
 嘘ではないが明らかに誤解を招くこけしのトラップにまんまとはめられ、早合点するメイに「ち、が~う!」と否定しようとする僕をこけしが視線で制する。肯定も否定もせず話を進めるその瞳が全てを物語っていた。……面白いからこのままにしておこう、と。
「いいですか、お兄さん。あなたの妹さんには犯罪者の容疑がかけられています」
「ええ!?」
 GW(注・ゴールデンウィーク。ガンダムウイングではない)に大阪で暴れた一件がバレたかなと身構えていると、メイがクイクイと眼鏡を直しながらコホンと咳払いをする。
「……とある、オンラインゲーム上での話です」
「ああ……」
 誤解はともかく、事情を知らないお兄さんの前で魔法少女の世界の話をするには上手い嘘設定だ。頭の回転が速い。でも多分、同級生には「ガリ勉」と色眼鏡で見られているタイプだろう。……て言うかこの一日で女性不信に陥りそうなわけで。これ、上手な嘘が女を美しくするってやつなの?
「そこのお友達と妹さんのコンビは悪評高いプレイヤーとして有名だから」
「あ、悪評じゃと!? 聞き捨てならぬぞ小娘!」
「不正アクセスを疑われている高レベルでのスタート、他のプレイヤーの獲物を横取り……。ここまで言えばわかるでしょ? お兄さん、見た目からしてそういうのに詳しそうだから」
「偏見だ! 君は、オタクがみんな鑑賞用・保存用・布教用に同じ本を三冊買っているというテレビ向けな話を本気で信じている子なのかい!?」


 例えば「執事と言えばセバスチャン」という図式が一般常識になっているのが普通のオタク。元ネタが「アルプスの少女ハイジ」だと知っているのが立派なオタク。「いやいやペリーヌ物語じゃね?」と知ったかぶるのが偏狭なオタク。オタクにも色んなパターンがあるの、「どうせ2ちゃんねらーでメイド好きなんでしょ?」とか決めつけないで!
「痴れ者め! このニートはパソコンも買えぬ貧民なのじゃぞ! 古本屋で買った一冊百五円の本を何度でも読み返して時間を潰しているダメ人間なのじゃぞ! 御蔭で妖精ネットに一度も接続できなんだわ!」
「コッコさん、余計な上にビミョーなフォローしないで! ……久し振りに帰ってきた実家には立派なパソコンが置いてあるし、物の本で知識は得ているから大丈夫。さあ、続けてくれメイちゃん」
 こけしの発言で根柢の部分から破綻しかけたメイの嘘設定をフォローしつつ、今まで提供された情報を整理してみる。僕も中学までは天才児と呼ばれていた人間なのでそのくらいはできますよ。ハタチ過ぎればただの人、今では人並み以下の存在ですけど。
 1.(何故か)インターネットを経由した妖精たちのネットワークにこけしが顔を出せないまま、前代未聞の二級スタートを切った“荻ノ花真咲”の噂が独り歩き。
 2.四級魔法少女ヒバリ・キユーハイム(本名:岩隈ひばり。なお、キユーハイムは彼女の祖父が創業した会社の名前でR)の相棒による目撃証言。すごいぞ、ラピュタは本当にあったんだ。
 3.架空の人物説が消滅し、いわゆる「チート乙」「廃人乙」な「レベルアップのためなら何でもやっちゃう」マサキ像が固まっていく。経験値を貯められず昇級できない魔法少女を相棒に持つ妖精さんたちが大激怒ガンバン割り(隠し技)。……本当、なんでこの妖精どもは変に俗っぽいんだろう。
「最近になってゲームシステムに重大な欠陥が見つかったんです。……他のプレイヤーを倒すと、大量の経験値を得られるというバグが」
「つまり、その情報が知れ渡った後に、それを目的とするプレイヤーキラーとその被害者が出たってことかい?」
「はい」
 4.ダークサイドに堕ちた“悪の魔法少女(正体不明)”の登場というお約束な展開。気をつけろ、ジャムはそこにいる。
「システム上では起こり得ることだけれども、良心的な利用者ならそんなことを考えもしないだろうと運営サイドが高をくくっていたわけだね」
「そういうことです。……やっぱり詳しいんですね」
「普通の眼鏡をかけていながら人を色眼鏡で見ている!? いやね、最近の本にはそういうネタが多いからさ……」
「……貴様が言う“最近の本”はほとんどマンガじゃ。あながち間違うてもおらぬじゃろう」
 イレギュラー中のイレギュラーである僕が言うのもなんだが、魔法少女に選抜されるのは“正義を愛する純粋な女の子”なのだ。不良になる者などいないと魔法少女協会とやらは考えているし、そのための選抜基準でもある。だが、子供が手段と目的を履き違えることなんて珍しくもないだろう。
「行き過ぎた自治厨の暴走という線はないのかい? 独り善がりな自分ルールで味方を裁こうとする、正義感が間違った方向に発揮されている子だとか」
「よくわかりませんけど、その容疑者が……」
 メイがクイクイと眼鏡を直した後、その右手をゆっくりと、憮然とした顔のこけしに向ける。
「彼女と、あなたの妹さんです」
「……そういう流れっぽいなとは思ってたよ」
「じゃな」
 5.妙に辻褄が合う数々の条件から、二級魔法少女マサキこそが“悪の魔法少女”であるという見方がネット内での定説に。得意技は幸運+味方にマップ兵器。


「この展開、.hack//G.U.……? うた∽かたか……!」
「うた∽かたはとんだ地雷じゃったのう。ビジュアルだけで健全な魔法少女ものかと思ったら痛いエピソードばかりで」
「エヴァンゲリオンからずっと、『トラウマ抱えた子供かこいい』って風潮が続いてますからね」
「なるほど、まさに中二病じゃのう」
 あっちょんぶりけ。こけしと顔を見合わせ現実逃避していると、メイがコホンと咳払いをしてこちらの注意を引いた。クイクイと何度も眼鏡を直すのは、機嫌が悪いことを示す.hack//SIGNなんですね。わかりますん。
「……話を続けてもいいですか」
「どうぞご歓談ください。(おい!寺尾)」
「もしも妹さんを見かけたら、協力して制裁を加えようというプレイヤーもいます」
「出たよ、女性特有の村八分コミュニティ! 『赤信号みんなで渡れば怖くない』的な!」
「男女差別禁止。……私は違いますよ。妹さんが不正を働いていることから半信半疑です、私は」
 ぷうっと頬を膨らませ、メイが眼鏡を外す。デコ眼鏡のインパクトが強烈だったがこうして見ると、毛虫のようなげじげじ眉毛が野暮ったいものの中々の美人さんだ。やっぱりお洒落に目覚めたら化けるタイプだな……などと値踏みしていると、「じろじろ見るなロリコンめ」と呟くこけしの鉄肘を脇腹に受けた。
「どっちにしたって妹さんが狙われている事実は変わんないです。妹さんには、わざわざ敵を作るようなプレイスタイルを改めるように言っておいてください」
「馴れ合わなければ叩かれるという掟はあるまい?」
「それはそうですけど現状はそうなんですよ、妖精さん」
「マサキはただ、懸命に本来の使命を果たしておるだけじゃ。味方同士での競争なぞ眼中にはあらぬわ」
「出る杭は打たれるものでしょ、何であっても」
 メイがいつになく感情的なこけしにぴしゃりと言い放ち、眼鏡をかけ直してから、地面に下ろしていた通学用の鞄を手に取る。不毛な議論はこれで終わりだという、有無を言わせぬオーラがやっぱり委員長だね。僕はなおも何事かを口にしかけたこけしを制し、「さよなら」と短く呟いて立ち去る背中に声をかける。
「心配してくれてたんだね、ありがとう」
「……別に」
 華奢な背中が、こちらを振り返らないまま応えた。
「その、疑ってんですからね。私だって、半分くらいは……」
 もごもごと呟き、メイはそのまま早足で立ち去る。その背中の上で、左右のお下げがパタパタと揺れていた。


 父の帰宅を待つ間に自分の家だという実感の湧かない“マイホーム”の二階に上がり、ここには一週間しか住まなかった弟の部屋で、彼に郵送することを頼まれた品物を一つ一つ探す。一階から漏れ聞こえる母とこけしが歓談する声に、そう言えば母は「娘がいたら」とよく口にしていたなと不意に思い出した。
「……だからってこともないだろうけどさ」
 弟の洋楽CDコレクションの中から無作為に一枚を手に取ると、そのプラスチックのケースに皮肉っぽい苦笑を浮かべた僕の顔が映る。それに二級魔法少女・荻ノ花真咲という仮面を被せてみつつ、溜め息をついた。
「新一君!! 小さくなった事はワシ以外にはいってはならんぞ!! ……てか」
 命まで狙われたものかはともかくこの不正を疑われている状況で、正体が今年で25歳になる(彼女たちからすれば立派な)おっちゃんだとバレれば火に油を注ぐようなものだろう。面倒なことになったな、と言うのが本音だ。もう一度だけ溜め息をつくと、階段を昇る足音が聞こえたのでそちらを見やる。
「……コッコさん、猫を被るのも疲れたでしょ」
「言葉に刺があるではないか。……何を苛立っておる」
「そう見えます?」
 頷き、半ば書庫と化している僕の部屋をちらりと見やってから、こけしが僕のいる弟の部屋に入って扉を閉めた。弟が置いて行った座椅子に腰掛け、上目遣いに顔を覗き込んでくる。
「その苛立ちは、自分自身への悪評に対するものでもあるまい?」
「……正直に言うと不愉快ですよ。競争が本業の励みになるのはわかってます。ただ漠然と世界平和のために、誰にも誉めてもらえない戦いに臨むのは正直キツイ」
 僕だってそうだ。たまたま他に何もすることがない状況でなければ、最初から正義の味方をやろうなどとは思いもしなかったろう。
「けど、味方との競争に勝つために何でもやる子供を生んだのは、その子供を利用した大人の責任です。……大人のやることじゃないでしょ、そんなの」
「魔法少女協会が小娘たちの競争心を煽り、子供同士で争う種を蒔いていることは認めよう。その責が相棒たる妖精たちにあることもな」
「それは……」
 八つ当たりをしてしまったかなという決まりの悪さに、僕は二の句を継げず黙り込む。こけしが立ち上がり、窓から外を見下ろしつつ呟いた。
「わらわは没落貴族の家系に生まれた孤児でな、お家再興は物質界での働き次第ということになっておる。同朋達もそれぞれ似たような事情を抱えておるじゃろう」
 ああ、と思わず息をつく。それで、出会ったばかりの頃の彼女は僕の魔法少女としての資質をあんなにも気にしていたのか。
「……俺、昇級試験を受けるべきでしたね」
「貴様は子らの暴走を自ら後押ししたくはないのじゃろう? なれば、その志を支えるのが伴侶たるわらわの務めぞ。それに……」
 くすりと笑い、こけしが僕を見上げる。
「貴様と家族の真似事をしている方が、今のわらわには……その、幸福なのじゃな」

 24歳、無職。ついでに彼女いない歴24年のキモオタ。

 そんな僕でも、大人としてこの騒動に収拾をつけることができるのだろうか――。
最終更新:2010年08月12日 08:38