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 試験が終わった。心からつまんない試験。退屈。子供だまし。人をバカにしてる。
「やりましたわん! えらいのですわん!」
 でも、合格したことを喜んでくれる人がいるのは嬉しい。抱きついてくる妖精ネーネコニャの小さな頭を撫でながら、私は少しだけ笑った。
 私はネネコの笑顔を見るのが好き。小さな身体で一生懸命応援してくれるネネコが好き。
 だからがんばれる。この世界がどんなに醜く守る価値のないものだろうと、命を賭けて戦える。
「これで今日から、一級魔法少女なのですわん☆」


                 一級魔法少女★ユーリィ


 道明寺ジュリア。これが私の名前。亡くなった母方の祖母と同じ名前だから、正確にはジュリアⅡ世ってことらしい。
 テレビでは「今の子供の名前は外国人みたい」なんてよく言ってるけど、やっぱり現実にジュリアは結構浮いてるし、よくからかわれる。
 ママの故郷になるイギリスの襲名文化は理解できないし、普通の名前をつけてくれたらって思う。
 悪いけど、日本育ちの私は日本人以外の何者にもなれないんだから。
 ……私がネネコに出会って三級魔法少女(と、書くのも馬鹿馬鹿しいけど)に選ばれた時、本名でなく愛称のユーリィを名乗ったのには、そういう反発があった気はする。
 道明寺ジュリア。私は、この名前が嫌い。父さんの国にも、多分ママの国にも馴染めないどっちつかずな名前。
 自分とは違うものを受け入れられないこの国も好きにはなれないし、私を「ガイジン」という枠に押し込める学校も嫌い。

 だから、私は拒絶してはいけないと思った。人間の言葉を喋る小さな黒猫を、気味が悪いと無視したら、嫌いな人たちと一緒だと思ったから。
「ぶたないで……!」
 雨が降っていた。無言で差し出した手に、仔猫が脅えて縮こまる。よく見るとその小さな身体は傷だらけ。以前にもこうして誰かに声をかけ、その際に暴力を受けたんだろう。
「……なら、黙っていればいい」
「え?」
「ぶたれたくないなら、黙っていればいいじゃないか」
 いらいらする。いじめられるのが頭ではわかっているのに、人恋しくてつい声をかけ、また傷つき公園の片隅に隠れているこの黒い猫。
 それが、まるで昔の自分みたいで。
「おいで」
「……」
「お医者さんには、診せてあげるから」
「……」
 長い沈黙。雨の降る音だけが耳を打つ。しばらくしておそるおそる私の手に触れた猫の鼻面は、とても冷たかった。


「……病院は困るのですわん」
 第一声がこれ。別にいいけど。泣いて喜んでくれるのを期待してたわけじゃないし。
 ……見世物にされるのはいやだっていうの、わかるから。
「じゃ、うちにおいで。傷薬ならあるよ」
「……」
 仔猫が探るように私を見上げる。
「テレビ局に連れていったりしないですの?」
「しないよ」
「ネットで動画を流しても『合成乙』って言われるのがオチですのよ?」
「……あんた、本当に猫?」
 人間が小動物に変身する話、なんてのはよく聞くけど。マンガなら。
 びくっと身を震わせたあたり、普通の猫じゃないんだろうけどさ。
「話したくないなら聞かないけど」
「うー……」
「……話したいの?」
「あーうー。そうなんだけどぉ、そうじゃあないのですわん……」
 もどかしそうにグルグル歩き回りながら、仔猫がうーうーうなる。
 あまりにじれったくて強引に抱き上げようかとも思ったけど、右手が傘で塞がっていたからやめた。考えてみれば、騒がれても困る。
「……よくわかんないけど、ついといで」
「はいの……」
 観念してピタリと立ち止まり、仔猫が私を見上げた。残念ながら、猫のそれがどういう表情なのかはよくわからないけど。
「あなた、いい人ですわん」
「……フン」
 立ち上がり、歩き出す。顔が熱い。耳まで。そういう言葉を言われるの、珍しいことだから。
 小さな身体が傘の下に潜りこんで、よちよちと私の隣を歩く。「ツンデレ?」と聞いてきたけど、これは無視した。
 周囲に誰もいないことを確認してから、聞く。
「あんた、名前はあるの?」
「ネーネコニャ。ネネコと呼んでいただきたいのですわん☆」
「ふーん……」


「ユーリィ、ちゃん」
 ママが私をこう呼んだのを聞いてたんだろう。ドライヤーの電源を切ると、覚えたての名前を確認するように、ネネコが私をこう呼んだ。
「……で、よろしいですの?」
「そう呼ぶのはママだけ」
 ジュリアを自然にユーリィって呼ぶ感覚は私もよくわからない。
 結局、ママは日本で暮らしていようがイギリス人のままで、私はハーフだろうとそっちの価値観は理解できないんだろう。
「ジュリアよ」
 自己紹介しながら兄さんのパソコンを起動させ、膝の上にネネコを乗せる。つうんと消毒液の匂いがした。
「道明寺ジュリア」
「……ユリとかユリエとかユリカとかユリコとかだと思っていたのですわん」
「その発想はわかるけど」
 ネットで猫の飼い方を検索すると、仔猫に牛乳は刺激が強すぎる、だって。危ないとこだった。
 ま、この子が普通の猫だったらの話だけど。喋る時点で普通じゃないってのはともかく。ていうか、本人に聞けば早いんだ。会話、できるんだから。
「あんた、好き嫌いは?」
「うゆー……。多分、普通の猫と一緒なんじゃないかと思いますの」
「何その他人事みたいな反応」
「黒猫に身をやつして三日。ネネコ、まだこの姿で物を食べたことがないのですわん」
「は?」
 突拍子のない発言に、私の中で人間説が急浮上。そんなバカな。小学六年生にもなって何を考えてんだろ私。
 真っ白になりかけた頭の中が、次の一言でとどめを刺される。
「ぷりてぃな黒猫というのは世を忍ぶ仮の姿、果たしてその正体は火の妖精なんですの☆」
「……冗談も言えるんだ。かしこいのね。ビックリした」
「はう!? 嘘ではないのですわん! ネネコは逃げも隠れもするけど嘘はつかないのですわん!」
「証拠を見せて」
「あああああ! 今時の子供らしい物証主義ですの!? どきどき魔女裁判ですの!?」
 ぺしぺしと前足で私の胸を叩きながら、ネネコが身悶えする。あ、尻尾がタワシみたいになってるのは興奮してるサインなのね。
「うにー……わかりましたの。論より証拠、女は度胸ですわん! 両手を伸ばし、正面で交差してほしいですの」
「……こう?」
「そして……変身、とでも唱えてくれますの? 心をこめて、本気で変身しちゃうくらいの勢いで」
「え? 変身するのはあんたじゃないの?」

 ――そして、今に至る。平成20年4月。中学校に進学するついでに、私は一級魔法少女に昇級された。
 一級魔法少女ユーリィ。くだらない肩書き、守る価値のない人々に尽くすくだらない役割。
 それでも、喜んでくれる人がいる。だから……。