早○田の食客 ◆3zWaseda2A氏による文藝春秋2009年9月号書き起こし その1


「高速無料化」最後に笑うのは役人だ 猪瀬直樹

政権交替の時が近づいている。次の政権を担うだろう民主党はマニフェストに子ども手当の創設で2.7兆円の給付を決めたが、財源として配偶者控除の廃止分を充てるという。
改革には痛みを伴うことを正直に示した点は評価に値する。それに対し、高速道路の無料化は単なるバラマキ政策、無責任すぎる。もう少し慎重であって欲しい。
日本の高速道路は高い、だからタダにします。というのは聞こえが良いが、すこぶる危険な政策である。
なぜなら、それは小泉政権が「官から民へ」のスローガンの下で、民営化委員が実現した道路公団民営化の成果を無に帰し、再び官の肥大化を招く政策だからだ。
 高速道路無料化がなぜ、官の肥大化に繋がるのか。その理由をこれから具体的に説明していきたい。

まず、現在、高速道路がどのように運営されているのかを見てみよう。
全国の高速道路は六社の高速道路会社によって運営されている。東日本、中日本、西日本、本州四国、首都、阪神の六社である。
特殊法人だった日本道路公団など旧道路四公団が2005年に分割民営化されて発足した株式会社だ。
規模が大きいのは旧日本道路公団系の東日本、中日本、西日本の三社で、主に料金収入からなる売上げは年間約2兆円。
六社の売上げの大半を占める。ちなみに、首都、阪神の売上げは合わせて約0.5兆円、六社合わせての売上げは約2.6兆円である。
一方、高速道路系会社六社は現在40兆円の借金を抱えている。もちろん、これは道路四公団が民間企業なら当然求められる経営努力を怠ったために残された負の遺産だ。
道路四公団は採算の取れない道路を談合によって高いコストで作ったり、公団ファミリー企業にサービスエリアなどの運営、道路の清掃やパトロールなどを丸投げし、放漫経営を長年にわたり放任していたことなどによって、莫大な借金を抱え込んでいた。

分割民営化によって、この借金を日本高速道路保有・債務返済機構が引き継ぎ、高速道路会社六社が2005年から年間2.6兆円の売上げから毎年返済し、45年で完済することとなった。
重要なのは返済にあたり、税金は一円も投入されないことだ。
東日本、中日本、西日本に関して言えば、三社合わせて三十兆円の借金を返済するために、三社の年間売上げ2.6兆円のうち、1.6兆円を充てている。
返済は順調に進んでおり、あと41年で完済する。

 かつて特殊法人であった道路公団には、毎年、税金や財政投融資などが「予算」という名目で入ってきた、来年度の予算を減らされないために「予算」は使い切らなければならない。
そんな思考法で運営されてきた道路公団には、コスト削減も必要なければ、効率の追求もなかった。道路公団に投入されたお金が無駄に使われ、全国の土建屋が潤い、道路工事を引っ張ってきた政治家に票が投じられるという自民党が作り上げてきた土建国家の巨大なシステムの中で、無責任に借金ばかりが積み上がっていった。
 このままでは、未来に大きなツケを回す。無駄な道路を作るのを即刻止めさせ、40兆の借金は税金を遣うことなく堅実に返していく。
民間企業のようにコスト意識を高め、出来るだけ良いサービスをお客に提供し、対価を得ることで利益を上げる。そのような健全な経営をさせるために道路公団の民営化が行われた。
結局、借金返済に税金が投入される
こうして生まれた高速道路会社には、自らのお金の出入りを透明化し、厳しく統治・管理すること、即ちガバナンスが求められるようになった。
民営化委員会は民営化前から公団ファミリー企業を徹底的に見直し、無駄遣いを改め、談合を排除することで、高速道路の管理費6000億円を4000億円へと30%削減した。
また、投資に当たる新規道路建設計画を費用対効果の算出などから、20兆円から10兆円に半減させた。
通勤時間帯半額や夜間三割引など平均に割の料金値下げが実現できたのは、こうした経営努力があったからである。
道路公団の民営化は「予算」を使い切る発想をしていた世界から、どれだけコストを削減して、利益を上げるかという株式会社では当たり前の「決算」の世界への転換だったのだ。

これまで述べてきたことを踏まえて、民主党の高速道路無料化案を改めて詳しく見てみよう。
まず、民主党案では料金収入2.6兆円のうち2兆円ほどが入ってこなくなる。
渋滞が多い首都高速と阪神高速では、当初からの無料化は実施しないので、その分の料金収入は得られる。
だが、40兆円の借金のうち10兆円はこの二社からの借金であり、返済しなければならない。
無料にする東日本、中日本、西日本三社の借金30兆円は、無料にするならば、国債に付け替えて誤魔化すしかない。
その場合、毎年、元本5600億円、利子7000億円、計1.26兆円を、六十年間、税金で支払続けるしかない。

1987年の民営化の後に残された国鉄の約37兆円の借金処理が思い出される。11年後の98年、結局残った24兆円、国民一人当たり20万円もの借金は
毎年の支払いで元本4000億円、利子6600億円、合わせて1兆円以上となり、一般会計予算に流し込まれている。
六〇年間、毎年税金を支払うことで国民を騙したのである。同じ禁じ手を使うつもりなのか。

また、そもそも無料化は受益者負担の原則にも反している。高速道路を利用するのはドライバー十人のうち一人ぐらいだ。
つまり、無料化されると、一人のために残りの九人もその代金を負担しなければならない理屈になる。
東日本、中日本、西日本の主要三社の維持管理には毎年4000億円かかる。パトロールや清掃コストなども料金収入がないのだから、税金から支払われるしかない。国民の負担はますます重くなる。

さらに言えば、現在主要三社関連で働いている二万三千人の雇用はどうするのか? 高速道路の渋滞解消と料金の正確な支払のために設置を導入し、国が助成金まで出して高速道路利用者の八割にまで普及させたETCは無用の長物と化してしまう。
民主党案では地方の高速道路から順次、無料にする。ということは当初からの無料化はされない東名高速や首都高速、阪神高速の通行料収入が無料化のコストに充てられることになるだろうが、それは都市部の負担で地方の高速を無料化することに他ならない。そのとき噴出する不平の声にどう答えるのか。

最大の問題は無料化によって、高速道路会社が果たしてきた道路を巡るお金の出入りを衆人環視の中で管理・統治(ガバナンス)する機能が破壊されることだ。
受益と負担の関係も見えぬまま、無料化のために高速道路に税金が投入されることになれば、高速道路は再び国の官僚の手中に掌握されることになる。そうなれば元の木阿弥である。
道路の採算・不採算はまた見えなくなり、税金の使途をチェックし、無駄な道路の建設に歯止めをかけることが出来なくなる。
憂慮するのは無料化による官の肥大化である。国土交通省の役人はすでに無料化をチャンスとして、虎視眈々と高速道路に投入される税金とそれを巡る利権を狙っているかもしれない。
国交省地方整備局の呆れた実態
高速道路が事実上の国営化になれば、どのようなことが起こるか? それを考えるには、国道の実態を見ればよい。
高速道路の無料化とは、高速道路の「国道」化に他ならない。現在、国は約21000キロの国道を整備・管理しているのだが、その「直轄国道」の建設と維持管理にかかる費用として、毎年2兆円の予算が組まれている。
使途の大半は国の出先機関である国土交通省地方整備局国道事務所によって決められている。

直轄国道が走る都道府県と政令指令都市は、直轄事業負担金として、建設費の三分の一、維持管理費の45%を負担する。
これまでそのお金の使途の明細は負担した地方自治体に示されていなかった。橋下徹大阪府知事はこの実態を「ぼったくりバー」と評し、明細が示されない場合は支払拒否を表明した。
こうした批判を受けて、国土交通省は今年から使途明細を地方自治体に始めて公開したが、東京都でも首を傾げざるをえない項目が直ぐに見つかった。

例えば、東京は昨年度、432億円を負担したが、その使途には地方整備教職員の退職金に1億2000万円、国家公務員共済組合費3億6000万円、
その他、宿舎(官舎)や、国道事務所の庁舎建設費など地方が負担する必要のない項目が多数見つかった。

高速道路が無料化されれば、そこにつぎ込まれる税金も直轄国道の場合と同じように、国の官僚に最良で、本来の目的ではない事柄に無駄に使われてしまうだろう。
直轄国道については現在、丹羽宇一郎が委員長を務める地方分権改革推進委員会が整備・管理の権限移譲を求めている。
この移管の最大の目的もやはり、お金の出入りを透明にしチェックできるガバナンス(統治・管理)を確立することだ。
国から直轄国道についての財源と権限を移譲すれば、地元住民は地方議会を通じて税金の使途をチェックできる。

そして、何よりも地方自治体が道路を作ればコストが安く済む。
例えば、東京都を走る国道を調査したところ、維持管理費のうち清掃費について一キロあたりのコスト(交通量が一日三万台以上など条件が同じケース)を比較してみたら、直轄国道で400万円に対し、東京都が管轄する都道では300万円と25%も安い。
民営化が高速道路にガバナンス機能をもたらしたように、直轄国道を地方に移管するだけで、住民に見えやすくなりガバナンス機能が発揮され、税金の無駄遣いが減るのだ。

ここまで読んで頂ければ道路に関するガバナンスには二通りあることが了解できるだろう。
高速道路という2兆円の世界は、料金収入というキャッシュフローのために民営化という手法で改革が出来た。
もう一つの二兆円の世界、税金で作る無料の直轄国道は地方に分権化すること、つまり財源とともに地方に移管し、責任を与えることで無駄を減らすことが出来る。
民主党は初志を忘れるな
今年の三月から政府与党が景気対策として打ち出した高速道路「土日祝日、地方は一千円」の政策と民主党の無料化案も「一千円かタダか」という対立ではない。
高速料金を「一千円」にするために補正予算が二年で5000億円投入されることが決まったが、これは景気対策のための一時的な財政出動であり、値引きによる高速道路会社の減収入分を補填しているに過ぎない。
高速道路会社の負債返済やコスト削減などのガバナンスには影響を与えていないのだ。

もちろん、政府与党の景気対策は民主党の無料化案に引っ張られて登場した面もあったと思う。その意味で、無料化案はその役割を果たし終えたとも言える。
このまま民主党の無料化案が進行すれば、道路公団を民営化したことで確立したガバナンスを解体することになってしまう。
しかも、借金は国債に付け替えられ、国債償還のルールに付け替えられ、国債償還のルールに従って六十年の間、ずっと税金が投入され続け子や孫の世代へのツケ回しになる。
問いは、株式会社か国営化か、にある。ガバナンスがあるかないか。税金の無駄遣いを許さないのか許すのか。区の官僚の権限を縮小するのか拡大するのか、である。
「一千円かタダか」という虚偽に満ちた問いによって、世論を導くことはポピュリズム(衆愚政治)と言う他ない。税金の無駄遣いを再び許すことは国民の利益にならないからである。

高速道路無料化のメリットとして、民主党はその経済効果を喧伝している。完全無料化で最大2.5兆円の生活・企業活動コストが軽減荒れ、それが消費や投資に回されれば、7.8兆円の経済効果___。しかし、数字の根拠が怪しい。
無料化すれば当然、渋滞が多くなり、物流が滞り、経済に悪影響を及ぼす。これにより二酸化炭素の排出量が増えれば、削減計画とどう両立されるのか。
何より無料化によって、より早く目的地に到着でき、時間を節約できるという高速道路自体の商品価値が減じてしまう。無料化によって、人やモノの移動が活発化し、地方が活性化するとは限らない。
タダを売り物にするのはポピュリズムである。

政権奪取のためにポピュリズムに走る民主党を見ていると、隔世の感に堪えない。
十年ほど前のことだったろうか、僕は小泉純一郎から郵政民営化の勉強会で講師を頼まれ、議員会館で特殊法人の民営化について話した。
そこには、2002年に暴漢に襲われて殺された石井紘基、現神奈川県知事の松沢成文など、民主党議員の顔が多く見られた。出席者には四十人ほどの国会議員がいたが、三分の二は民主党議員だった。
僕は「小泉さん、民主党議員が多いですね」と声を掛けると、「いいんだよ」と笑って答えた。

そこで見た民主党議員の顔はバブル崩壊後の混迷を脱するためには、産業構造を変革してグローバル化に対応した生産性の高い社会を作り、税金の無駄遣いを徹底的になくしてスリムで効率のいい行政機構を作るしかない、という熱い志に燃えていた。その国の未来を左右する事業は後に小泉首相によって「構造改革」や「官から民へ」のスローガンの下で、いくらかは遂行されたが僕からすれば、改革は不十分であり、中途で終わってしまった感が強い。小泉首相は後五年は改革を続行すべきであった。
あと五年あれば、昨今批判が噴出している、構造改革に伴う非正規雇用者や失業者に対するセーフティネットを整備して、改革派完成を見たはずである。
小泉首相のあとの三人の首相がその路線を継承せずに徒らに時間を浪費させた。その結果、自民党が下野しようという時、「構造改革」や「官から民へ」の路線を継承するのは民主党において他にないはずだ。
だから、民主党は初志を忘れないで欲しい。
過去を振り返れば、民主党が高速道路無料化で国民の人気を取ろうとしたのは、焦りからだった。
民主党で無料化を言い出したのは、菅直人である。2003年3月、道路公団の民営化をしていた僕のところに当時、民営化委員をしていた僕のところに当時、民主党代表だった菅直人から電話がかかってきた。
彼はそう言う義理堅いところがある。それは、民主党は小泉改革が進める民営化に対抗して高速道路無料化を衆議院の予算委員会で提案したい、という連絡だった。
しかし、無料化への僕の反応は今と変わらなかった。そのときも、将来、政権与党になる気があるなら、無謀な無料化案は引っ込め、自民党の抵抗勢力に抗して、民営化に賛成すべきだと伝えた。
岡田克也幹事長に電話をして、説得してくれるように頼んだ。沈着冷静な理論派の岡田は僕の意見を聞き入れてくれたので、菅は翌日の予算委員会で無料化を言い出すことはなかった。

しかし、それから三ヶ月ほどが経ち、総選挙の気配がしだすと、再び菅は無料化を言い出した。再度、岡田の説得を頼んだが、「あちらは代表で私は幹事長ですから」と言う苦笑した感じの言葉が返ってきた。
結局、2003年11月の総選挙で、民主党は、政権公約に無料化を盛り込むに至った。

今回の衆議院選挙で小選挙区制下の二大政党制がいよいよ本格的に始まるだろう。
しかし、民主党が選挙が近づくたびに高速道路無料化案のようなポピュリズムに走った政策を懲りずに持ち出すようでは、二大政党制に抱く不安は拭えない。

今の自民党と民主党を見ていると、戦前、民政党と政友会が二大政党制を実現しながらも、スキャンダルの応酬とバラマキ合戦に明け暮れていったことが思い出される。
8月30日の総選挙後、二大政党は足の引っ張り合いに終始するのではないか。僕は深い危惧を抱く。
なぜなら、民政党と政友会がそのような不毛なポピュリズムに陥り、進むべき方向性を見出せなかったことが、後の軍部(官僚)の台頭を招いたからである。
1921年に政友会の原敬首相が暗殺されて以来、太平洋戦争が始まるまで内閣の平均寿命はおよそ一年である。昭和大恐慌が起きて、農村が疲弊し、失業者が増え、社会不安が広がっていったにも関わらず、安定政権を築けなかった政府は有効な政策を打てなかった。そのうち社会主義への共鳴が広がり、資本家が諸悪の根源として指弾されるようになっていった。
やがては社会主義思想の強い影響を受けた青年将校たちが天皇を中心にした「国家改造」を夢想し、1932年に五・一五事件、36年に二・二六事件を起こした。
こうして、二大政党制による民主主義は息の根を止められていった。

民主党は政権を取ったらすぐにでも、これから日本はどのような道を進むべきか、内部で深い議論を交わして欲しい。
明治維新以来、日本は「曲がり角」に弱い。「富国強兵」を合言葉にして、列強に追いつくための事業は成功したが、日露戦争で「一等国」になったと安堵してから、自滅の道を歩み始めた。
敗戦後の焼け野原からの経済復興のときもそうだった。高度成長によって、奇跡の復興を遂げたとたん、国民は目標を見失い、バブル経済の到来に我を忘れた。
既にある先行モデルを真似し、それを追いかける「直線コース」では抜群の力を発揮するが、追いついたとたんに思考を停止し、進むべき道を見失ってきた。
「曲がり角」で必要なのは、ムードや情緒に流されないこと。そして、正確な事実と数字を基に冷静な判断を下すことだ。
民主党は高速道路無料化から勇気ある撤退を出来るか否か。二大政党制が健全に機能するのか、あるいは日本が未来の自画像を描けるのかは、その成否に懸かっている。(文中敬称略)