小沢一郎氏の秘書逮捕を受けた民主党の第三者委員会の報告書の検察への法務大臣の指揮権による介入の示唆について指摘した毎日新聞2009年6月12日web記事

民主第三者委:法相指揮権発動に言及…検察・識者疑問の声

 民主党が小沢一郎代表代行(前代表)の政治資金問題を受けて設置した「政治資金問題第三者委員会」(座長・飯尾潤政策研究大学院大教授)が10日まとめた報告書で、法相が検察の個別捜査について検事総長を指揮・監督する「指揮権発動」に言及したことに対し、法務・検察関係者らに波紋が広がっている。
【石川淳一、坂本高志、岩佐淳士】

 報告書は今回の事件に関し「法相は高度の政治的配慮から指揮権を発動し、検察官の権限行使を差し止め、あえて国民の判断に委ねるという選択肢もあり得たと考えられる」とした。
 検察庁法は個別事件に対し、法相による指揮権を認めるが、「検事総長のみを指揮できる」と制限している。
戦後、実際に指揮権が発動されたのは1954年の造船疑獄事件だけ。当時の自由党の佐藤栄作幹事長への捜査が事実上ストップし、発動した犬養健法相は辞任に追い込まれた。その後、歴代法相は指揮権を事実上の「抜けない刀」と位置づけている。検察捜査が政治的に利用されないための配慮からで、今回の事件を巡っても森英介法相は「私は検察に全幅の信頼を置いている。指揮権行使は毛頭考えていない」と、国会答弁で繰り返した。
 ある検察幹部は「法律専門家も入っているのに、信じられない議論だ。独立性が保たれているから公正な捜査ができる」と不快感を示す。また、法務省関係者は「民主党が政権をとったら積極的に指揮権を使うべきだとも読める内容で、恐ろしさを感じる」と漏らした。
 小林良彰・慶応大教授(政治学)は「第三者委員会は独立したものであるべきだが、小沢氏への批判は薄く、検察批判や報道批判に多くを割いた。多くの人は、民主党の別動隊かとの印象を持つだろう」とした上で、「昨今、自民党も取り上げない法相の指揮権発動に言及したことに違和感がある。三権分立との関係をどう考えているのか」と批判する。
 元最高検検事の土本武司・筑波大名誉教授は「仮に自民党側に捜査が及んでいた場合でも、指揮権に言及するような報告書を出しただろうか」と疑問を呈した。

(中略)

◇報告書要旨◇

 民主党の「政治資金問題第三者委員会」の報告書のうち、検察・法務省のあり方や報道のあり方に関する部分の要旨は次の通り。

■検察・法務省のあり方
 西松事件では、検察の権限行使が野党に対して向けられた事案であるため、検察当局は自らの権力行使の正当性について、主権者たる国民に向けて踏み込んだ説明をすることが求められる。
 検察の権限行使が国民の政治的選択に影響を与えることが容易に予想され、直接的な民主的正当性を持たない検察官がその権限行使に踏み切るにあたっては、幾重にも慎重な考慮がなされることが求められる。現場レベルでの判断があったとしても、法務行政のトップに立つ法務大臣は、高度の政治的配慮から指揮権を発動し、検事総長を通じて個別案件における検察官の権限行使を差し止め、あえて国民の判断にゆだねるという選択肢もあり得たと考えられる。

■報道のあり方
 今回の事件は政治資金規正法違反で立件されただけで、贈収賄や入札妨害などの罪は立件されていない。しかしながら、西松建設の東北地方における公共工事受注と政治献金が関連しているかのような印象を与える報道が続いた。政治資金規正法違反にとどまらず贈収賄等の刑事事件に発展することを前提としたような事態が、新聞やテレビ等の報道で続いたのである。
 裁判員制度開始に伴い、情報源の明示を報道機関各社は模索している。「関係者」はもちろん「捜査関係者」といった表記すら、情報源明示とはいえない。本来なら、関係者の氏名を載せるべきである。
 報道には検察側からと見られる情報に依存したものが少なくなかったといえよう。総選挙が近く実施されることが予測される状況での異例の捜査であるだけに、報道は多くの問題点を残した。背景に、記者クラブに象徴される当局と報道機関との不透明な関係があると見られる。
ttp://mainichi.jp/select/wadai/news/20090612k0000m010133000c.html


早○田の食客 ◆3zWaseda2A氏による中央公論2009年7月号書き起こし

中央公論 09年 7月号より
特集:民主党のゆくえ
民主党政権の目指す国のかたち       民主党代表代行  菅 直人

鳩山新代表の下で
民主党は政権交代をかけた総選挙を目前にして小沢代表秘書の逮捕、起訴という最大の試練を経験した。
最終的には小沢代表が自らの判断で代表を辞任し、5月16日、民主党所属国会議員全員の投票で鳩山由紀夫新代表が誕生した。
新代表誕生後の各種世論調査では一挙に民主党への期待が回復している。
民主党結成から11年、たくましい政党に成長したと感慨を新たにしている。
今度は自民党の側で何が起きるか分からない。
しかし次期総選挙が鳩山民主党と自民党との間での政権選択選挙になることは間違いない。

民主党が政権交代によってどういう日本を目指すのか、そのために官僚主導でないどういうかたちの政権を作ろうとしているのか。
これに関しては鳩山新代表とも何度も話し合ってきた。また過去の民主党マニフェストにも青写真が示されている。
ここで述べることはこれまで積み上げてきた議論を前提に、更なる検討を加えた目指すべき政権の全体像である。
現時点では正式な民主党案ではないため、私個人の責任で個人の案として示すが、総選挙までには民主党として正式な議論を尽くし、マニフェストとして国民に示したい。
官僚主導政治の成功と失敗
少子化、財政破綻、技術革新の停滞など、今の日本は行き詰まっている。
最大の原因は政治も経済も集権化しすぎ、地域社会の活力が失われていることにある。
江戸時代、幕府の役割は外交、防衛などに限られ、内政の大半は各藩の自主性にゆだねられていた。
こうした分権的幕藩体制の下、当時の日本は同時代の欧米に比較しても庶民の生活水準は高く、識字率など文化的にも最高レベルで、人材も各藩に輩出した。
しかし江戸時代末期、欧米によるアジアの植民地化が進み、危機感を持った下級武士を中心に明治維新が起きた。
そして植民地化を阻止し、近代化を急ぐためそれまでの分権的幕藩体制を倒し、天皇を中心とした中央集権国家へと国の形を変える大改革を進めた。
それから140年、今やらなければならない国の形の大改革は、明治維新と逆方向の「分権革命」だ。
国の役割は外交、防衛などの江戸時代の役割に限定し、各藩が担っていた内政上の大半の仕事は地方自治体に任せる。
これで、人材も経済活動も東京一極集中から地方に分散され、少子化対策にもなり、全国的に活力を取り戻すことができる。
この分権革命の最大の障害が官僚主導政治だ。

日本の政治は官僚主導政治の成功と失敗の繰り返しだ。
焼け野原からスタートした戦後日本は、土地バブルが発生する前の1985年までのわずか40年間に、世界第二の経済大国にまで上りつめた。
私はこの戦後の大成功に日本の官僚組織は大きな役割を果たしたと思う。
城山三郎氏の『官僚たちの夏』に描かれた志の高い官僚が日本の復興、発展のために活躍した成功の時代だ。
そして多くの国民も、政治家としては残念なことだが、選挙で選んだ政治家よりも難しい試験に合格して選ばれた官僚に信頼を寄せてきた。
しかし「経済大国」という目標を実現した大成功の後、官僚組織はそれに変わる明確な目標を失い、その力を日本の将来のためでなく自分たちのために使い始める。
その典型が省益拡大の自己目的化であり、退官後の天下り先を作るための税金の無駄使いだ。

明治も維新から40年で日清・日露の戦争に勝利し列強の仲間入りを果たした大成功の後、次第に軍事官僚が政治権力を握り、太平洋戦争の敗戦という大失態を犯した。
官僚は選挙によって権限を付与されていないため、内閣を実質的にコントロール下に置くことによって政治権力を握ってきた。
こうした官僚主導の内閣を『官僚内閣制』と呼ぶ。
国のかたちを変えるにはまずこの官僚内閣制を変えなければ不可能だ。そのイメージを図に示す。

             現状      改革案
内閣のかたち :官僚内閣制 → 国会内閣制
              +
 国のかたち  : 中央集権  → 地方分権
             ||
         官僚集権国家, → 地方主権国家   
つまり「官庁内閣制」が今の国のかたちである「官僚集権国家」を作り上げている。
これを国会で多数を占めた政党が政権党として責任を持つ本物の「議院内閣制」、つまり「国会内閣制」に変え、これと地方分権を徹底して、国のかたちを「地方主権国家」に変えることだ。
以下に官僚内閣制の実態と民主党が政権党になった時の「国会内閣制」の姿を詳しく述べたい。
官僚の“振り付け”
まず「官僚内閣制」がいかにして生まれるかを見ておこう。
私は1993年、細川総理が国会で指名される前後、細川総理と同じ部屋にいて、内閣成立後の舞台裏を体験することができた。
まだ国会指名が終わっていない段階から、官僚出身の総理秘書官予定者が指名後の日程の相談を始めている。
内閣の交替を何度となく経験している官僚組織はどの政治家よりも政権交代の時の手順を熟知していて、その知識によって日程の決定権を実質的に握っていく様がよくわかった。
また私自身が1996年、厚生大臣に任命された時の経験も同様で、厚生省の官房長が事務の秘書官の決定から組閣直後の記者会見のメモの準備、皇居での認証式など手際よく段取りしてくれた。

しかし今考えるとなぜ総理指名後短時間で組閣を行って皇居に行かなければならないのか。
大臣に任命された直後に何の準備もなく官僚の作成したメモを頼りに記者会見に応じなければならないのか、おかしなことばかりだ。
全てが官僚のお膳立てに乗って動く官僚内閣制のスタートがここから始まっていたことが今ではよくわかる。

アメリカの大統領は当選から2ヶ月以上の時間をかけて内閣を作り上げる。
総選挙によって政権党が変わる本格的な政権交代がなされる場合、ある程度時間をかけて内閣を構成すべきだ。
議院内閣制と三権分立
私が国会議員になりたての頃、説明に来た官僚が「国会は立法府で国会議員の仕事は立法、官僚の仕事は行政。そこで国会議員は国会で法案や予算の審議は大いにやってもらえばいいが、“行政への口出し”は控えて欲しい」といったことを思い出す。

これが官僚任せ内閣、つまり「官僚内閣制」の論敵根拠だ。
三権分立の原則から「国会は立法府」で「行政を担当する内閣は国会から独立し、行政は主に官僚の仕事」という間違った霞ヶ関憲法解釈に依拠している。

日本国憲法の原則は「国民主権」で三権分立の規定はない。
国会の第一の権能は行政権の長である総理大臣を国民に代わって決めることであり、憲法には国会が内閣を生み出す「議院内閣制」、つまり「国会内閣制」が規定されている(憲法67条)。

もし内閣が国会から独立しているとすると国民主権が内閣には及ばないことになる。
国民が選んだ国会議員が国民に代わって総理大臣を選ぶことにより国民主権が内閣に対しても担保されているのだ。立法は国会のもう一つの権能。
アメリカとの制度の対比でいえば、大統領を決める選挙人と立法府の国会議員とを兼ねているのが日本の国会議員だ。
内閣と政権党の一元化を図れ
官僚内閣制では自民党は「与党」という立場で内閣に注文をつけるが、政策立案、省庁間の意見調整、与野党への根回しなど内閣の実質的運営のほとんどを官僚に任せている。
具体的には法案や予算案を立案した官僚が自民党などの部会や政調会で説明し、議員の間で議論が行われ、閣議決定される前に総務会で党としての最終決定を行う。内閣と党の二元制だ。
自民党での議論は本質的なものもあるが、多くは地元や関係業界からの陳情を政府案に反省させるための議論である。

かつてはこうした官僚内閣制が上手く機能し、官僚中心に業界や国民各層の利害調整をうまく行い、その効率的な仕組みを「日本株式会社」と外国から呼ばれた時代もあった。
しかし高度成長に成功した頃から、官僚組織は増大する税収を前に国の将来よりも自分たちの組織の利益を優先し始める。
そうした官僚の権益の拡大に対して自民党は十分なチェック機能を持っていない。
多くの自民党員は各省庁に予算獲得で協力する代わりに地元や関係業界への利益誘導を官僚に求めるのが族議員としての仕事と考えており、官僚の嫌がることはやりたがらない。
また地方自治体から繰り返し求められている地方への権限や財源の移譲も各省庁の既得権益を侵すものとして、霞ヶ関の官僚組織の頑強な抵抗を受けてきた。
自民党議員にとっても分権の推進は自らの地元への影響力を低下させるため、一貫して不熱心であった。

「官僚内閣制」の弊害を無くすには、内閣を官僚に任せずに政権党自身で運営することが必要だ。
そして政策決定には内閣と「与党」で二元的に行うのではなく、政権党の内閣として一元的に行うべきだ。
各党とも政策の責任者は政調会長である。民主党では政調会長をネクストキャビネットの官房長官にしている。
政権党になった場合にも政策決定の一元化のためには政調会長が内閣に入る必要がある。
総理大臣の下に、党の政調会長を兼任する官房長官を中心とした政策立案・調整チームを設けることが考えられる。
官房長官には総理の補佐役の仕事もあることから官房長官とは別に政調会長を兼ねた政策調整担当の大臣を置くことも考えられる。
閣議を改革する
政策などの内閣の意志決定は閣議で行われる。
しかし実際の閣議は、前日の事務次官会議で決まった案件を決済するだけのセレモニーと化している。つまり権力の中心が空洞なのだ。
閣議を実質的な議論ができる場に改革すべきだが、それには出席者が20名前後と多すぎる。

イギリスでは予算編成など重要課題ごとに比較的少数の関係閣僚による閣僚委員会(Cabinet committee)が設けられ、閣僚同士で実質的な議論が行われている。
民主党の内閣ではイギリスと同様、実質的な議論ができる少人数の閣僚委員会をいくつか設け、そこでの結論を閣議に上げるかたちにすべきだ。

各省庁の政策立案は従来の官僚組織に加え、大臣を中心に副大臣、政務官、政務スタッフが政務のチームとして参加し進める。
一般の国会議員も政策決定への参加を補償する何らかの場が必要だ。
そこで、各省庁の副大臣の下に従来の部会にあたる、国会議員による審議会を配置することが考えられる。
予算は積み上げ方式をやめる
官僚閣僚制は予算編成に置いても如実に表れる。つまり日本の予算編成の実権は官僚組織が握っている。
前年度の予算編成が終わった6がつから各省庁は次年度の予算の準備に入る。
日本の予算は節目では閣議決定するが実際の予算は各省の各課、各局からの積み上げが基本で、政治家の関与は最終段階に形式的にあるだけだ。実質的折衝は財務省主計局と各省官僚が行っている。

これに対してイギリスでは内閣の中に8名の閣僚からなる予算のための閣僚委員会が作られる。
この予算のための閣僚委員会は財務大臣が中心だが、他の閣僚は予算規模の小さい省の大臣で構成される。
つまり毎年多額の予算を使う大臣は予算の閣僚委員会から外されている。

民主党内閣でもイギリス方式を参考に、予算規模の小さい大臣と財務大臣からなる予算閣僚委員会を設け、そこを中心に予算編成を行う。
まずは経済や税収の見通しに基づいて予算総額を決め、次いで各省の予算総額を決め、最後に各局各課の予算を決める。
このように、これまでの積み上げ方式を逆転させる。
事務次官会議
閣議の前日に行われている事務次官会議は、
全省庁の事務次官が出席する官僚内閣制における実質上の意志決定機関である。
ただし法律的な根拠はなく「慣例」によって行われている。

従来、事務次官会議は事務の官房副長官が主催し、政治家は一人も参加していない。
事務の官房副長官は霞ヶ関全体の調整を行う「影の総理」役を務めており、「官僚内閣制」の中枢となっている。
事務の官房副長官には厚生労働省や総務省など旧内務系の事務次官OBを当てるのが慣例となっている。
また事務次官会議は満場一致が原則となっているが、これは全ての省庁に拒否権を与えることを意味し、一省でも反対すると行政改革はできない仕組みになっている。
事務次官会議にいては廃止論もあるが、法律的な根拠がない事務次官を廃止しても同じようなものが名前を変えて陰で生まれる可能性が高い。
そこで私は次のように改革すべきと考えている。
つまり、事務次官会議に二人の政務の官房副長官も常時出席し、事務次官会議の結論はあくまで参考意見とし、政務の筆頭副長官から閣議に報告させるようにするのだ。

現在、大臣が出席する省庁の決定機関の「省議」はほとんど開かれていない。
各省庁の方針は大臣が出席しない事務次官主催の「事務連絡会議」で議論され、その結論を大臣に個別に説明して了承を得るかたちで決定されている。
各省庁に対する大臣の指導力を強めるため、大臣、副大臣、政務官三役をチームとして機能させることが重要だ。
そして「政務三役会議」を週一回程度開催し、必要に応じて官僚を交えた会議を開くことが望ましい。
政務三役をチームとして機能させる前提として副大臣や政務官の人選は大臣の意向を尊重し、総理が内閣全体のことを考えて決めることが重要だ。
大臣に副大臣などの人事権を持たせることで始めて大臣を中心としたヒエラルキーができ、チームとしての一体性が生まれる。
大臣と閣僚の関係
最近、駐英大使と話す機会があり、イギリスにおける大臣と閣僚の関係を聞いた。
外務省のことが中心であったが、事務次官は毎日のように大臣と会い、いろいろな意見具申を行っているそうだ。

ただ、イギリスでは、日本のように官僚が大臣の意向と関係なく独自で政治的な動きをすることは厳しく制限されている。
官僚は閣僚以外の議員に対する接触が原則的に禁止されている。
省庁間の調整や与野党への説明などは基本的に全て政治家である副大臣や政務官の仕事となっている。
このようにイギリスにおける官僚は内閣をサポートする専門家集団と位置づけられている。

これに対して日本の官僚組織は省益を縮減しないように自ら立案した政策を、官僚自らが与野党政治家や自治体、さらには関係業界に説明して回り、
与党の力で予算や法案を成立させ、政策実現を図っている。

先日の予算委員会で「官僚を使いこなせない政治家に問題がある」という麻生総理の発言に対して「官僚に使いこなされている政治家に問題があるのではないですか」と私が言った意味がお分かりいただけると思う。
官僚の人事権も実質上官僚組織自身が握っている。
つまり日本の官僚組織は大臣など政治家からも独立した自己完結型の権力組織になっているのだ。

民主党政権では官僚組織はイギリスと同様あくまで内閣をサポートする専門家集団と位置づけたい。
大臣は官僚の専門家としての経験や知恵は尊重し十分に意見交換をすることが重要だ。
その上で政治的な調整や根回しは官僚の仕事とせず、副大臣や政務官が行うべきだ。
政権党としてこれができるかどうかが一つの試金石だ。
総理秘書官
総理秘書官は現在6名で、5人は各省庁から現役エリート官僚が派遣されてくる。
秘書官は総理の相談に乗り、指示を各役所に伝える役割を果たしているが、同時に官邸の動きや考えをいち早く親元の役所に伝える「高級スパイ」の役も務めている。

現在の官僚秘書官任せの仕組みでは、情報が各省庁に都合よく解釈されるなど大きな問題があるので、役所への正式な伝達は政務の秘書官が行うべきだ。
政務の秘書官を二名に増やして役割分担させることも可能だ。
国家戦略スタッフを活用する
公務員制度改革の結果、総理大臣補佐官に代えて内閣官房に定員30人以内の「国家戦略スタッフ」制度が生まれる見込みだ。

民間人だけでなく国会議員の兼任も可能で、官邸における政治任用ポストとして活用できる。
特に政調会長が内閣に入り政策立案・調整の要となるなら、党の政調などの職員や民間の専門家を政策スタッフとして活用することも考えてよい。
なお公務員改革により大臣にも「政務スタッフ」を置くことが可能となるので、大臣の政策スタッフとして活用できる。
民主党政権における国会運営
これまで「三権分立」の建前から、内閣が国会運営には直接関わらないのが世や渡橋通の慣例となっている。
つまり与野党の幹事長、国対委員長、各委員会の理事など党名の役員が中心になって国会運営に当たっている。

これに対して、同じ議院内閣制のイギリスでは国会で多数を握った政権党が党首と首相とする内閣を構成し、政権党と内閣が一体で国会運営に当たっている。
具体的には国会の運営は与野党の院内総務が中心に話し合って進めるが、与野党院内総務には閣僚の席が与えられており、内閣と一体で内閣提出の法案の成立など国会運営の指揮を執る。

イギリスの院内総務の役は日本でいえば幹事長の党務以外の仕事と国会対策委員長の仕事を兼ねたようなもの。
さらに各省大臣の下には国会担当議員(parliamentry private secretary)が配置されている。
民主党政権においても幹事長を無任所大臣として入閣させ、国会運営の式を任せることが考えられる。
この場合、選挙などの党務は別のポストを設けることが必要になると思われる。
投開票日から組閣まで
投開票美から組閣までの日程を予め考えておく必要がある。
特別国会は憲法で投開票日から30日以内と決められている。
通常投票日から10~20日後、単独または連立で過半数を確保できる政権党としての見通しが立った時点で特別国会を開く。

特別国会が開かれるとそれまでの内閣が総辞職する(憲法70条)。
特別国会では全ての案件に先立って首班指名が行われる(憲法67条)。

従来の自民党政権では首班指名が行われると間をおかずに組閣するのが通例となっている。
多くの場合、首班指名と同日か翌日に組閣し、天皇陛下による総理の任命と閣僚の認証を一緒に行っていた。

しかしこの日程では組閣に時間をかけることができず、大臣間の腹合わせも不十分なまま内閣がスタートし、官僚主導の内閣になってしまう恐れが大きい。
そこで首班指名の前に組閣の準備を行うか、指名後少なくとも数日間かけて組閣を行い、新閣僚の記者会見の前に大臣予定者による腹合わせの会議を行うことが重要だ。
機能する民主党政権の実現
以上述べたように、民主党が政権を担当する場合、従来の官僚主導の「官僚内閣制」とは根本原理の異なる内閣を作るつもりだ。
そして「国会内閣制」を機能させて分権改革を進め、国のかたちを地方主権国家に変える。

問題は「国会内閣制」が期待通り機能するかどうかだ。
国会内閣制のモデルは官僚に依存しないで政策や法案を作ってきた今の野党民主党だ。
結党11年、優秀なスタッフと共に自らの手で政策や法案を作ってきたネクストキャビネット10年の経験に基づき、十分機能する内閣を作ることができると確信している。国民の皆様にご理解をお願いしたい。(了)