コンセプト: *設定用ページのパーツであり、全体を語る文章にはならないよう、抑え目に *設定に秘められていそうな未知の部分はそのままの印象で残す *2000文字以内 *褐色(かちいろ)=勝ち色ということで表現に験を担いであります /*/ *『其(そ)は太陽の獣』 金色(こんじき)が、眠りについていた。 吐息に巨獣の体躯は緩く上下する。ほんの一握りほどの木漏れ日の下の事、金色の正体は無論、この獣の持つ、脂の浅く、硬い、針金のような毛並みに浮かぶ、微かな光沢の波打ちである。 褐色(かちいろ)の毛並みに、濃く、そうして陽光の掃いた金色が、この、自然の埒外にある生物を、きらきらと薄い仮初めの静止に包み込んでいるのだ。 象ほどもある、巨大な量感の塊の眠りを、まして牙と爪持つ肉食獣のそれなど、森は、誰も妨げたりなど、せぬ。 ゆえの静寂が、彼を包み込んでいた。 しかも、肉食の獣が生来持つ、鷹揚が、彼からは解かれてある。 その眠りは、鞘に収められた刃の眠りではなく、砲身の焼けて鎮座する、機関銃の沈黙と停止である。 そういう、肉の身にして鋼の無機と重量を思わせる、死に、粘りつく、異様の空間を、彼は従えていた。 ドラリオン。 人に百獣を見出され、王、冠ぜられたライオンの、 それはつまるところ、畸形の一族であった。 成さねばならぬ事のあるがゆえ、トカゲの身にして、翼持ち、火を噴くようになった、竜の名を頂き、 遍く獣の万骨に似たる、竜の、その身の志を頂き、 そうして成った、獣たちの中の、畸形の一族であった。 その証左を示すかのように、首元に生やしたたてがみと、幾つもある、毛足の長い尾の、毛色だけが、甘く、自然に濁った白色をしている。 狼というよりは、犬の体躯と面構えであり、獅子というよりは、狐の毛色をした、尾と、たてがみである。 その尾の幾本かを地面に投げ出して、 地に伏す形で重ねた己の前足を枕に、軽く後ろ足を崩しながら、 最後に隠された一対の戦闘腕をたてがみの中で行儀よく折り畳み、そうして光のキマイラは眠っていた。 ぴるぴると、さえずりが青空を駆ける。 そよぎが緑海を渡り、彼の背にした一際大きな梢にも、葉ずれのざわめきを伝える。 日差しにぬくめられる事なき湿土から起こされた涼風が、森閑を、薙いだ。 何の前触れもなく、巨獣の目蓋が見開かれた。 「よう、ラキ」 風は、彼に与えられた懐かしい名を真新しく呼びかける、 彼に名を与えた、人間の到来を知らせていた。 /*/ 「よお、ご主人。この間ぶり」 ラキは、予備動作なしにその四つ足で立ち上がった。迎える声には屈託がない。 そうして身を起こすと、やせぎすな主に比べて倍ほども頭が高く見えるのだが、 不思議な事に、降らせるまなざしにも、また、見下ろすような色は、なかった。 「生肉はどうだ。足りてるか?」 「おう、うまいぞ」 「なかなか来れなくて済まんな」 「きにすんな。俺は元気にやってて、ご主人も元気にやってた。だろ?」 「ああ……」 ああ、そうだな、と、その人間の男、天狐は笑った。 世界には、いつだって問題がひしめいているが、ここにこうしていられる以上、 つまりはそういう事なのだ。 この、人の手によって作り出された戦争の申し子を前にすると、 天狐はいつもシンプルな気持ちにさせられた。 死の気配を存分に引き連れているにも関わらず、態度に陰がなく、 何より迷いがない。 緑の枝葉と、風の、それらを揺らすに遮られ、一握の光をしか地に投げかけぬ、深い森の中、 濃い、褐色(かちいろ)の毛並みにも、節くれ立った茶色い樹皮や、チョコレート色に黒い湿土との、迷彩の効果の程こそあれ、 明るさを感じさせる要因は、ないはずなのに。 触れればその身の筋肉が、やさしいほどに、柔らかい。 「ブラッシングか?」 そう言うとラキはまた地に伏せた。 浴する事を知らない直毛は、ごわごわと固まっていて、相変わらず、硬い。 天狐もまた片膝をついてこれに寄り添い、ブラシを強く毛並みに通した。 支点を得るため触れた片手に、この獣の呼吸と鼓動が伝わってくれば、 ああ、身を預けてくれているのだな、と、実感も共に得られる。 巨獣の信頼は、人の信頼に似ているが、さらに比するなら、 日ごろよく手入れしてやってる兵器の手触りにも、近いところがあると思う。 無垢なのだ。 「いてて」 「うお、済まん」 毛の絡まりにブラシが掛かって、それでラキが体に力を入れた。 途端、ラキに触れていた手には、鋼のような筋肉の強張りが、一瞬だけれども、よぎっていった。 それは、ほぼ無制限の殺意の水面が、手にしていたコップの縁で、揺れたような感覚であった。 「たのむぜー」 「お、おお」 丁寧に毛の絡まりを解きながら、天狐はラキについて考える。 不思議な矛盾がラキに対する印象を束ねていた。 その身に滴る、無造作の殺意と、無垢なる態度と、 ああ、それは、ひょっとしたら同じ一つの根から来ているのかも知れない。 「これが終わったら、散歩するか」 「おう」 遍くすべてに照射する、へだてなきそれらのありように、 ふと、天狐は己たちに降り注ぐ木漏れ日の向こうを見上げる。 風が梢を揺らして光散らす。 天狐はまぶしそうに目を細めた。