『リゾナンターЯ(イア)』 64回目


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ダークネスが一部隊「ダンデライオン」に奇しくも所属していた、「黒の粛清」と新垣里沙。
メンバーだった柴田あゆみの死により「ダンデライオン」は解散となったものの、今度は粛清人と裏切り者という新たな縁が絡みつく。

「腐れ縁よね…あたしたち。でもそれも今日で、おしまい。粛清してあげる、生きてたことを後悔するくらいの圧倒的な恐怖を味わわ
せながらね!!」

獣と化した「黒の粛清」が里沙に止めを刺そうと、眼前に大きく躍り出た。
獣人族の特性を持つ自らの肉体に絶大な自信を持っているからこその、防御をまるで考えない攻撃。間合いに入られれば、強靭な十指
に引き裂かれるのは必至だ。

もちろん、里沙も避けるだけではない。
少しでも相手の隙を誘おうと、回避しながら鋭いピアノ線を投げつける。

「あんたってほんとバカねえ。そんな柔な糸なんか、獣化したあたしに通じるわけないじゃん」

しかし糸を掴んだ剛力に引っ張られ、懐まで手繰り寄せられる。
待っていたのは、強烈なボディーブロー。

「ぐばっ!!」
「ちょっと、また吐かないでよ?ゲロみたいなのは、あんたんとこの喫茶店のメニューで十分」

強い。伊達に幹部を、粛清人を名乗っているわけではない。
里沙は一瞬だけ、この黒き死神に立ち向かおうとしたことを後悔した。
それでも。彼女は気持ちを奮い立たせ、立ち上がる。

「いい加減しつこいわね。そんなにあたしの爪で引き裂かれるのがお望み?裏切り者」

俄かに苛立つ粛清人。
だが、次の言葉は彼女の残虐性に火をつける。

「裏切り者は…あなたのほうだ。柴田さんを殺し、ダンデライオンを解散に追いやった」
「……」
「あなたを信頼していた柴田さんを。それこそ、裏切りだ」
「……知った風な口利いてんじゃねえよ!!」

獣の咆哮。
風を切り飛びかかった黒豹の、拳が、爪が。里沙に降り注ぐ。
その眼は赤く、視線は赤い痕跡を残すほどに。

「裏切り者の!泥臭い豆の分際で!ふざけんな!!あたしは!よっすぃー以外の誰も!信頼なんかしてないんだから!!!!」

ピアノ線を束ね防御をするも、容赦なく粛清人の攻撃は里沙を打ち据えた。
甲高い寄声とともに、強い衝撃が肉体を容赦なく傷つける。
所々で骨が軋み、砕ける音がする。その激痛に悶絶する間すら与えず、馬乗りになった「黒の粛清」は容赦ない攻撃を与え続けた。

獣の一撃一撃が、荒々しく里沙の意識を削り取ってゆく。
粛清人の吐いた言葉は、必然的に里沙にある人物を思い出させていた。

「鋼脚」。
里沙がダークネスに入り、すぐに戦闘の手ほどきを受けることになった、言わば「先輩」。
その先輩と「黒の粛清」は、幹部入りするのも同時という間柄。里沙が「鋼脚」に師事しておきながら結果的には組織を裏切ったこと
は、「黒の粛清」の大きな怒りを買うこととなる。

「そろそろ終わりにしてあげる。痛いでしょ?苦しいでしょう?あんたの大好きな『銀翼の天使』みたく廃人になる前に、殺してあげ
るわ!!!」

その時。
深淵の底へ沈みかけた里沙の心が、浮上した。
そうだ。私はまだ死ぬわけにはいかない。
だって、「あの人」を助け出していないんだから。

心臓を抉り取ろうとした鉄の爪が、止まる。
寸前のところで里沙がピアノ線を巻きつけ、左右に引き絞っていた。

「あんた、まだそんな力が」
「感謝しますよ。私の心を奮い立たせてくれて」

そう言うと、わずかに残された力で「黒の粛清」を蹴り上げる。
そしてピアノ線を舞わせ、ぼろぼろの体を支えながら間合いを取った。

相変わらず戦況は里沙にとって不利ではある。
だが、先ほどのやり取りの中で妙に引っかかる言葉があった。
もし、仮にそれが本当だとしたら。今までのことに矛盾が発生する。
確証は無い。けれど。

足元の感触を確かめる。
じり、じりと動くたびに枯れ草の擦れる音がする。これなら。
覚悟を決めて、里沙はピアノ線を展開した。

「またあやとりごっこ?その手は通じないと何度言ったら!!」

再び里沙を刈り取ろうと、黒豹が走る。
ピアノ線が何度も地を舐め、草原を掠めていった。
捉えられない。標的を失った糸は地面を摩擦するだけ。

「通じない?果たしてそうでしょうか」
「何が言いたいのよ」
「前回、私はあなたの足を切断した。それはあなたのことをいつかは同じように切断できるということじゃないですか」
「いいわ。あんたみたいなバカには、奇跡は二度起きないってこと…その命をもって教えてあげるから!!」

言葉で「黒の粛清」を挑発しつつも、里沙は少しばかり焦っていた。
体力が尽きるか、それとも。
一度粛清人の攻撃の洗礼を浴びてしまった里沙は、確実に消耗していた。

再び獲物を狙う、黒豹の双眸。
その動きがさらに俊敏になったような気がした。
明らかに、一撃で仕留めるための、動き。

ピアノ線は、彼女に届かない。
いたずらに地を擦り、草原を切るだけ。
何度も。何度も。
里沙の肩が、激しく上下しはじめていた。

「疲れてきたようね。そろそろ、引き裂かせてもらうわよ!!」

狙いを定め、一瞬、粛清人が立ち止まる。
体を撓らせ、力を溜め、一気に開放する姿勢。
ところが、次の瞬間に彼女の瞳に映ったそれが。

燻っていたそれは、ぱちぱちと音を上げながら一気に炎上する。
枯れた草むらから、火の手があがり、一瞬にして周囲に燃え広がっていった。

「あんた、最初からこれを狙って…!!」

里沙はただ闇雲に「黒の粛清」を狙っていたわけではない。
この場所に踏み込んだ時から気づいていた、枯れ草の存在。それに、強力な摩擦力で火をつける。表向きは攻撃を装いつつも、本当の
目的はこの場所の炎上だった。

周囲は一気に炎と煙が渦巻く地獄と化していた。
獣化能力者と言えども、生き物には変わりない。ただ。

「でもこの炎はあんたにとっても脅威のはず。マメェ…やっぱあんたってバカだったのねえ!!」

「黒の粛清」の言うとおり。
この状態は里沙にとって決して有利には運ばない。下手をすれば、相手を倒すどころか自らが焼け死んでしまう。

これは賭けだ。
もし里沙の目論見が外れてしまった場合、それはそのまま死へと繋がる。
それでも、やらなければこの黒い死神には勝てない。
意を決し、里沙がピアノ線を走らせながら「黒の粛清」へと突っ込んでゆく。

「やけくそってやつ?それとも恐怖で頭がおかしくなったの?哀れね!!」

「黒の粛清」には、自らに向かってゆく里沙の姿が日の丸特攻隊のそれにしか映らない。
それこそ最後の攻撃に出るはずだ。例えば、ピアノ線はフェイクで、本命は。

体勢を低くし、構えた里沙の掌底。
いや、肉弾戦を得意としない里沙の腕力などたかが知れている。
敢えて粛清人は、その攻撃を胸部で受け止めた。

「どうせあんたの目的は攻撃に見せかけた精神干渉でしょ!!」

そう。里沙の本分はあくまで「精神干渉」。彼女がサイコ・ダイバーと呼ばれる由縁だ。
ただ、「黒の粛清」へのサイコダイブは一度失敗している。だから。

「違いますよ」
「!?」

思い切り押し付けた右手を軸に、体を宙に浮かせる。
意表を突かれた動きに反応できない「黒の粛清」を他所に、後ろを取った里沙はピアノ線を粛清人の首に巻きつけた。その片方は里沙
自身の腹部にも巻いてある。
その状態で、片足を背中に思い切り押し付けた。
つまり、標的の首に掛かる負荷は里沙の腕力に加え、全体重。

「む、無駄だって言ったじゃない!こんなもの、あたしの獣化した体には効かないって」
「そうかもしれません。ただし、あなたが”本物の”獣化能力者ならね」
「!!」


「それ」に気付いたのは、「黒の粛清」が激昂して里沙を乱打していた時のこと。
同僚である「鋼脚」以外を信頼していないと言う言葉。そこに強い違和感を覚えた。
ならば、説明がつかない。自らの獣化能力を隠すために、二人の従者を利用していたことが。

利用するということは、言い換えればその二人に自らの秘密を打ち明けること。
あの二人は「鋼脚」に匹敵するほどの信頼を置ける存在なのか。
否。ならば、真実はどちらにあるか。里沙の導き出した答えは。

「黒の粛清」は、獣化能力者ではない。

つまり、獣化能力に見せかけた別の能力者。
彼女が獣化ではなく別の能力を保有しているとすれば、全てのことに説明ができる。
ただ、それがどんな能力なのか。それを確かめるための、炎。そして攻撃を装い粛清人の体に触れることで知る。
まるで獣になったかのように体型を変え、金属のように硬く、そして鋭くすることのできる能力。そして。

「あなたの能力は…『鋼質化(ハーデニング・スティール)』。全身を鋼鉄にできれば、体を鋼鉄の硬さにも、鋼鉄の鋭さにもできる。
もちろん、鋼鉄だから熱も伝わりやすい」

後ろを取られ、ピアノ線を引き絞られている「黒の粛清」は。
突然、体を痙攣させ始めた。

「あははははっ!その通りよ!!バカにしては頭が回るじゃない。でも、能力がわかったからってなんなのよ。あたしの鋼鉄の体があ
んたのチンケな糸じゃ切断できないことには変わらないわ」
「それは」
「それに、こんな状況で力比べなんかしてる場合かしらねえ?」

確かにその通りだった。
燃え盛る業火の中、先に燃え尽きるのは生身の里沙のほうだ。
現に高熱によって空気すら焼け付き、服を焦がしはじめていた。

「裏切り者の末路に相応しい状況ね!このまま真っ黒に焼け死ね…」

だが、そこで「黒の粛清」の表情が変わる。
何物をも通さないはずの鋼の肌が。巻きつけられたピアノ線が。
ずぶり、ずぶりと沈み込み始める。

「うそ…なに、これ」
「高熱によって、鋼質化が制御できないんじゃないですか?全身を覆う鎧に、ムラができはじめてる。熱伝導率の違いによってね」

里沙の声が、地獄の亡者のような響きを持って、足から「黒の粛清」の全身に伝わってきた。
粛清人という立場の元、何十、何百の能力者を葬ってきた彼女。もちろんその中には炎を操る能力者もいたが。
このような大規模な火災が発生した場合、中心温度は1000℃にも達するという。そのような高温下に晒される経験は、なかった。

糸が首を通り切ってしまえば、待っている結果はただ一つ。
黒い死神が、初めて「死」というものを意識する。
粛清人となり、自ら命を取捨選択できる地位についてから久しく感じていなかったもの。

「くそっ、こんな…こんなもの!!」

必死に首に巻かれた糸を引きちぎろうとする「黒の粛清」。
しかし手ごたえはない。既に糸は彼女の内部にまで侵入しているのか。

「…終わりです。石川さん」
「ふざけるなぁあぁぁ!!!!!!」

恐怖。死。そして恐怖。
死を司るはずの、恐怖を相手に与え嬲り殺すはずの自分が、今その感情に押し流され呑み込まれてゆく。
これ以上の恐ろしいことがあるだろうか。
それは、決して揺らぐことのなかった粛清人の鉄の心とて例外ではなかった。

今だ!!

手に伝わる、「黒の粛清」の感情。
里沙はここぞとばかりに、精神干渉の触手を線を這わせて滑り込ませた。
これこそが、彼女の真の目的。

燃え上がる火を見て、本能的にそれを恐れない動物はいない。人間とて例外ではなく、「黒の粛清」が元は石川梨華という一人の人間
だった以上はその恐怖から逃れることはできない。それを里沙は利用した。
熱伝導率のくだりは当てずっぽう、首に沈み込んだように見えたのは、あらかじめ鋼線とともに巻きつけていたピアノ線が高温で溶け
始めていただけのこと。
だが、効果は覿面だった。

粛清人の心の奥に滑り込んだ精神の触手は、ありったけの力でその鋼鉄の心を強く押す。
ただ、それだけでよかった。里沙の後輩を思う心、そしてこれ以上の犠牲を増やしたくないという強い願いが。「黒の粛清」の鋼の要
塞をついに凌駕した。

そしてついに、粛清人の首に血の首飾りが咲き狂う。
鮮やかに美しく、そして悲しげに。

「おっと、そこまでだ」

だがそこで「黒の粛清」ではない誰かの声が聞こえてきた。
聞き覚えのある、そして忘れることのできない声。

「黒の粛清」を解放し、その人物と対峙するために立ち上がる里沙。
やっぱりだ。そこにあるのは懐かしさよりも、新たな危機。

燃え盛る炎に照らされ、その女は立っていた。
鋼鉄の脚の異名を持つ、金髪のライダースーツ。

「まさか梨華ちゃんを倒すなんてね。ずいぶん成長したじゃん、新垣」
「…吉澤さん」

里沙は絶望的なまなざしを、かつての師匠に向ける。
「鋼脚」は里沙があの頃いつも見ていた時のように、涼しげな笑みを浮かべていた。





投稿日:2014/03/10(月) 16:02:41.60 0