『リゾナンターЯ(イア)』 63回目




「ここに来たってことは。覚悟を決めてきたって思って、よいのかな?」

夕陽を背にして、粛清人。
所々から血を流してはいるが、それが大きなダメージとなっている様子はない。
つまり、ほぼ万全の体制。

「約束。果たしに来たで」
「へえ。あたしとは戦いたくなかった、なんて言ってたのに。やっぱあれ?このままじゃ自分の後輩たちにまで危害が及ぶ、なんて
考えちゃった?」

愛に向かって、見透かしたような笑顔を見せる「赤の粛清」。
彼女の言うとおりだった。目の前の女は、目的を果たすためなら何でもする。若きリゾナンターを血祭りにあげることも、警察組織
の後輩たちを餌に自分をおびき寄せることすらも厭わない。
ならば、これ以上犠牲を増やすわけにはいかなかった。

「今度はもう邪魔者はいない。だから…見せてよ。全てを光へと還す、至高の力を!!」

「赤の粛清」の叫びが、そのまま爆発となる。
周囲の瓦礫が飛散し、広範囲に煙が立ち込めた。粛清人にとっての、対光能力者戦の定石。
しかも今回は撮影スタジオの時よりはるかに煙幕の濃度が高い。ということは光を遮る力もそれに比例する。


最悪の視界の中、愛が動いた。駆け出し、距離を詰める。
こちらにとっての不利は、相手にも同様。そして彼女にはかつて読心術を使っていた時の影響か、相手の気配を読むことに長けてい
た。

「甘いね。組織の幹部たるものが自分の力で自滅するとでも思った?」

右足での回し蹴り、だがあっさりとかわされる。
連撃で繋げた左足の蹴りもまた、空を切った。粛清人は。
周囲の瓦礫の踏み砕かれる音によって、愛の位置をほぼ完璧に把握していた。

「さすがやね。そう簡単に倒れてくれんわ」

愛は目の前の相手の実力を十分に理解していた。
先の戦いにおいて、光の目くらましを使って戦線を離脱せざるを得なかったほどの実力を。

次は「赤の粛清」が攻める番だ。
高温の爆風を撒き散らしながら、愛に襲い掛かる。
通常ならば、光を打点に纏わせる事で衝撃の瞬間の爆発を吸収できる。しかしこの立ち込める煙の中では効果は期待できそうにない。

「お利口さんだね。前回の轍は踏まないって?」
「当たり前やろ」

赤いスカーフが、舞う。
体を屈めての突進、素早い動きでの足払いを放つ。
避けようとして体勢を崩した愛を、粛清人の追撃が襲った。
身を捩って瓦礫の上を二転、三転。拳が抉った場所はまるで大砲でも打ち込んだかのような大きな穴が空いていた。

最後の一撃を回避しざまに、光の矢を投げつける愛。
体を仰け反らせて直撃を粛清人が避けている間に、間合いを取るべく後方に大きく下がった。
あれだけの運動量にも関わらず、息一つ乱れていない「赤の粛清」が愛に視線をやる。

「歴代リゾナンター最強の名は伊達じゃないね。だったら」
「だったら?」
「そろそろ本気出しても良いんじゃない?」

刹那の動きだった。
自らの付近で爆発を起こし、その爆風に身を任せた状態で愛に急接近する。
その状態で繰り出された脇腹への拳。咄嗟の事に防御すら間に合わず、骨が撓む音が脳を直撃した。

「っ!!!!」

声にならない呻き。
意識さえも吹き飛ばす爆拳の威力。だがこんな程度で倒れるわけにはいかない。
鋭い激痛をこらえつつ、間合いを大きく取った。

「あたしは。i914と戦いたいんだよね。あの日の、愛ちゃんと。本気出す前に死んじゃうとか、やめてくれないかな」
「……」

愛は改めて、自らの吹っ切れなさを痛感する。
割り切った。割り切った、つもりでいた。
けれど彼女と対峙し拳を交えるたびに、幹部候補生として共に過ごした日々が思い起こされる。
埋もれてしまう、思い出に。

「でも、容赦しない。だってこの日を、楽しみにしていたんだから」

再び粛清人が距離を詰める。
爆発の力を帯びた拳が、蹴りが容赦なく愛を襲う。
立ち篭める煙によって弱められた光の防御を、じわりじわりと打撃が侵食していく。
いずれこのままでは時間の問題。

風を切るハイキックが愛のガードを大きく崩す。
がら空きになった上半身を狙い済ますかのような、「赤の粛清」の二撃目の蹴り。
しかし。

咄嗟の判断だった。
「赤の粛清」は蹴り上げた足を即座に引っ込め、右手を前に翳す。
結果。突然生まれた無慈悲な光が。
彼女の右肩から先を、飲み込んだ。

「組織が愛した、全てを消し去る至高の光か」

肩口から、大きな血飛沫が上がる。
土煙など物ともしない強烈な光が、「赤の粛清」の肩から背後へと打ち下ろされていた。
彼女の後ろには、人の力で空けたとはとても思えないような大きな穴。

「約束。剣はスペード、ハートは心臓。覚えてるよ」

愛は、あの頃のi914ではない。
自分の内に封じ込めた破壊の化身に怯え、孤独に戦っていたか弱き少女ではない。
愛には、仲間がいる。共に戦った8人の仲間が。
愛には、後輩がいる。愛が切り拓いた道を歩もうとする若き後輩たちが。

「ハートとスペードの形をひっくり返すと、スペードとハートになる。あーしは。道を外れたあんたの心臓を…刺し貫く」
「それ。その、強さだよ。ずっと待ってたんだ。お帰り、『アイちゃん』」

沈みゆく夕陽が空を朱く染めるが如く、赤い粛清人は血を流し続けていた。
それでも、彼女は笑っている。
今の状況が、楽しくて仕方がないとでも言わんばかりに。





投稿日:2014/03/09(日) 14:08:09.70 0
























最終更新:2014年03月18日 14:18