『リゾナンターЯ(イア)』 58回目


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粛清人と、元ダークネスのスパイ。
因縁を持つ二人は互いににらみ合い、隙を窺う。

「マメ…あんた、この前言ってたじゃない。あたしと渡り合うのは『まだ早い』って。それって要するに、あたしには敵わないって
言ってるようなもんじゃないの?」

手の甲を里沙に見せつけながら、「黒の粛清」。
その手はすでに、黒い剛毛に覆われはじめている。

「確かに。そう思ってました」
「思ってた?」
「ええ。けど、考えが変わりました。後輩たちが、力の差なんて気にせずに強敵に立ち向かってゆく。それなのに私があなたに背を
向けることなんて、できませんから」

粛清人のこめかみが、激しく痙攣する。
自分に刃を向けること自体が噴飯ものな上に、里沙の自分を恐れない姿がさらに怒りを注いだ。

「どうやらグズグズのミンチにされるのがお望みみたいねえ!!いいじゃない、かかって来なさいよ!!」

獣の、大きな咆哮。
黒い気が周囲を吹き荒れた。
ボンテージが裂け、漆黒の獣毛が露わになる。
里沙がよく知っている、変化。すなわち、”獣化”。


ジュンジュンのそれとは違い、体格に変化はない。
ただ、内に秘めた筋肉は外見からもわかる。力よりも、俊敏さに注力した機能的なスタイル。まさに、サバンナの肉食獣そのもの。

そこへ、里沙のピアノ線が飛ぶ。
首に、手に、胴体にそして足に巻き付く鋭い線。

「あんたバカ?こんなちゃちなピアノ線、あたしに通用しないってまだわからないの?あんたがあたしの足首落とした時にさぁ、証
明してあげたじゃないの」
「やってみなきゃ、わかりませんよ」

握りしめたピアノ線が、ぎしぎしと軋む感触が腕に伝わる。
膨張させた筋肉で線を断ち切ろうとしているのは明らかだ。だが、里沙の目的はそこではない。

粛清人は、こちらの精神干渉はまったく通じないと思っている。
精神干渉は、対象の精神力がこちらを上回っている場合、効果がないのは事実。それは、精神力の強さが心のロックの強さとなるか
らである。そして、彼女は自らの精神力が里沙のそれを凌ぐとみている。

逆に言えば、そこにつけ込む隙がある。

「正直、自分がよくここまで生きてこられたなって思いますよ」
「意外に殊勝じゃない。死を前にして気持ちが変わった?」

ピアノ線を巡っての、綱引き。
単純な力としては”獣化”した「黒の粛清」が圧倒的ではあるが、糸を操っているのは里沙。そこに多少のアドバンテージがある。
しかし、徐々に、里沙の体は手繰り寄せられてゆく。抗う力が尽きてしまった場合、懐に迎えられた末の末路は文字通りのフレッ
シュ・ミンチ。


「いえ。実に幸運だった」
「どういう意味?」

「黒の粛清」の表情が変わる。
里沙は言葉での成果を確かめつつ、話を続ける。

「私の時代に、あなたのような間抜けで詰めの甘い粛清人がいたこと。それが幸運以外の何だと言うんですか」
「…言ってくれるわね」
「あなたの腕が生っちょろいおかげで、私は組織を裏切ったにも関わらず、今なお立っていられる。そのことに恩義すら感じられま
すよ」

最初に怒りが頂点を迎えた後は、目の前の相手を狩ることに集中し、怒りのボルテージが下がっていた。しかし、里沙はそれを再び
自らの言葉であげてみせた。証拠に。

「さっきから黙って聞いてれば!!よっぽど惨めな死に際を迎えたいらしいわねえ!!!」

全身の毛を逆立て、激怒する。筋力で断ち切られる、ピアノ線。
溢れる殺気が、絶えず里沙の肌を刺激する。
だが、それでいい。心が怒りに傾いているということは、それだけ心が不安定になっているということでもある。
ただ。まだ終わりではない。

闇に溶け込むかのように。
態勢を低くした粛清人がこちらへと飛びかかってくる。
さあここからが本番だ。里沙は黒豹の突進を寸前のところでかわしながら、先ほどの力比べの時に密かに仕込んでいた罠を次々に発
動させた。

「黒の粛清」が踏み込んだ場所から、纏わりつくピアノ線。
彼女の動きを鈍らせるには、十分な代物だ。


「いつの間にこんなもの!!」
「あなたが滑稽な変身を見せつけてる間にですよ」

足の拘束を解き、再び里沙へと攻勢を仕掛ける粛清人。
だがそこでも待ち受ける罠。再び足止めされ、思うように攻撃できない。

殺気。
それとともに苛立ちを感じる。
ゲージが振り切れた時が、精神の触手を忍び込ませる絶好の機会だ。
その瞬間をおいて、彼女の強固な心のロックを打ち崩すことはできない。

本来ならばその俊敏さで敵を追い詰め、狩る。
はずが里沙の仕掛けたトラップによって、思うようにことが運ばない。
怒りと苛立ちは混ざり、融合し、そしてついに頂点に達した。

「てめええええええ!!!!!!」

地面に網目のように張り巡らされたピアノ線を掴み、思い切り引き上げる。
もちろんこの時点で里沙の仕掛けた罠は全て無に帰すのだが。

「今だ!!」

里沙が、大きく叫ぶ。
ピアノ線とは別の、言わば彼女のもう一つの糸。
彼女の全身から発せられる精神の触手が一斉に「黒の粛清」に襲いかかり、中へ中へと絡みついた。
すると、粛清人の体は硬直したように動かなくなる。


やったか!?

手ごたえは感じていた。
相手の精神の防御をすり抜け、その奥底にあるものにたどり着く感触。
後は、粛清人の心の痛点を見つけ、抉り出し、増幅させて、痛めつけ、屈服させる。
それが「精神干渉者」としての真の戦いであり、その成功はすなわち勝利であった。

しかし。
里沙の表情から血の気が引いてゆく。

精神干渉の際にイメージする、相手の心のカタチ。
描かれた粛清人の心はまるで。
引っ掛かりのないつるんとした、鋼鉄の球。
こんなことはありえない。ありえないはずだった。
人なら誰しも、心のカタチがあり、引っ掛かり、つまりは痛点がある。
それは人として長年生きてきた中で形作られ、風化して、刻まれた形。

なのに。
この女の心には、引っ掛かりがまるでない。
精神が鉄でできている。そうとしか思えない。
いや。この物体は。果たして、心と呼べるものなのだろうか。

この無機質な、冷たい物質が彼女の”心”と言うのなら。
「R」というアルファベット一文字で内外から呼ばれ恐れられ、裏切り者たちの首を狩る。
時には親友と呼んだ人間すら、顔色ひとつ変えずに葬ったという。
心とは呼べない何かを持った目の前の女なら、ありえない話ではない。

「に、いが…き…」

里沙が動揺しているその隙に。
「黒の粛清」が、目の前まで近づいていた。
静かな、それでいて深い。底の知れない、憤怒。


「よくも!!よくもあたしの中を触ったなぁ!!!」

黒豹の姿が、視界から掻き消える。
目が残像すら追うことができない。上からの気配に気づき構え
空中からの回し蹴り、ガード、追いつかない、撓る鞭のような衝撃。

吹き飛ばされた里沙に、さらなる追い打ちが。
景色が飛ばされ焦点の定まらないところに、一気に距離を詰めての鳩尾への一撃。
背中と腹に凄まじいダメージ。背後の樹木に挟まれたところを、さらに拳が叩き込まれたのだ。

衝撃が貫通し、頑丈そうな大木がへし折れる。
内臓に尋常ではないダメージが加えられたのを感じつつ、ついに里沙は膝を落とした。

「げっ、げぇぇ」

吐しゃ物と血の入り混じった何かが、里沙の口からこぼれる。
それを見た「黒の粛清」は切れのあるハイキックで里沙をさらに蹴り上げた。

「エコじゃないわねえ。吐いたものはちゃんと戻しておきなさいよ!!」

弧を描いて蹴り飛ばされ、地に叩きつけられる。
意識が飛びそうになるのを、必死に里沙は繋ぎ止めた。

だめだ…ここであたしが倒れたら…後輩たちが…

里沙に止めを刺した「黒の粛清」が向かうのは、先に行ったさゆみや若きリゾナンターたちのもとだろう。
それだけは、食い止めなければならない。囚われている田中れいなや、攫われたという少女を助ける前に、後輩たちに大きな負担を
かけさせるわけにはいかないのだから。

この時の里沙を支えていたのは、後輩たちへの思い。
未来へと繋ぐ意志そのものだった。




投稿日:2014/02/20(木) 22:03:08.22 0