『リゾナンターЯ(イア)』 57回目


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銃声が、一発、二発。
だがそれを喰らったのは、発砲した「詐術師」のほうだった。

「くそ…」

呪詛の言葉とともに浮かぶ、白衣の狸の顔。
能力が使えないはずの首領が「空間裂開」によって銃弾を転送したのだから、恨んで当然の話。

「何や矢口。話が違う、そんな顔してるで?」
「うっせえ、バカ裕子」

部屋の奥の装飾を施された机に就いている、ダークネスの「首領」。
計画通りならば、そこには頭と心臓を貫かれ伏した姿があるはずだった。
しかし、「首領」が能力を使えるのならそんなことになるはずもない。

「済まんな。ついさっきまで無能力者やってん。けど…間に合った。紺野のおかげでな」

さっきのソニンはそういう意図があってのことか。
「詐術師」は心の中で舌打ちする。つまりは、「首領」が無能力者である状態から回復するまでの時間稼ぎのために、ソニンはけ
しかけられたという事。
それにしても「首領」の口から、紺野の名前が出るという事は。


「ちっ。お前ら、最初からグルだったのかよ」
「ま、そういうことになるわな」

この計画自体が、「詐術師」をおびき出し抹殺するためのもの。
だが、理由は何だ。確かに自らの引き起こした不正は断罪されて然るべきものだろう。ただ、ここまでの大掛かりな仕掛けをする
必要がどこにある。そこが解せない。

「しちめんどくせえことしやがって…うぜえんだよ」

「詐術師」が手にしていた銃を捨て、懐に両手を突っ込み白黒二丁の装飾銃を抜く。
白いほうが「貪欲な魔獣(クッキーモンスター)」、黒いほうが「秘密の恋(クローゼットラブ)」。いずれも、銃の名手である
「詐術師」用にカスタマイズされたものだ。

ここで逃げても、恐らく自分には追討の勅令が出されるだろう。
ならば、ここで「首領」を殺すしかない。
マルシェの野郎は目撃者のいない状況でおいらを始末する算段なんだろうが、目撃者がいないというのならそれはこっちにしたっ
て同じ。
「首領」と「叡智の集積」を亡き者にし、襲撃された体を装う。仮初の襲撃者には…ちょうどいい奴がいた。ソニンだ。あいつに
全部罪を被せるか。

「矢口…あんたはいつもそうやったな。ちっこい頭で、色々考えて。私も、あんたの『生き残る執念』みたいなもんに、ある意味
期待してたのかも知れへん」
「……」
「けど、あんたは道を間違えた。自らの保身と利益のために、『エッグ』たちを売り渡した。せやろ?」

「詐術師」は改めて、自らのボスの恐ろしさを思い知る。
ダークネスが育成していた能力者の卵たちをとある機関に売却したのは、莫大な報酬のためだけではなかった。成長しいずれ自ら
の座を脅かすような存在を安全に、かつ確実に排除するために。盗難事件を装い「エッグ」を組織から放逐したのだ。


「首領」は椅子に座ったまま、動かない。
それを見て「詐術師」は心の中でほくそ笑む。
構える必要もないってか。なめやがって。でも、あんたがその席に悠々と座ってられるのも今の内だ。
おいらを…舐めるなよ。

先程食らった銃弾は、予め着込んでおいた防弾ジャケットのおかげで体には届いていない。
そしてこの距離。やれる。

「なあ。裕ちゃんも知ってるとは思うけど。おいらたち幹部はそれぞれ、能力に『秘密』がある」
「そうやね」
「だからもちろんおいらの『能力阻害』にも秘密があるって…知ってるよな!!」

二つの銃口が一斉に「首領」を狙う。

「無駄やで、矢口。そんなんうちの『空間裂開』の前には無力や」
「そうだよ、な!!」

迷わずトリガーを引く「詐術師」。
発射された「弾丸」はそれぞれ一発ずつ。再び正確に「首領」の頭と心臓を狙い澄ます。
「首領」は動じない。正面に翳された手が、空間を揺らし、引き裂く。口を開ける黒いカンバス、空間の穴が飛来する弾丸を呑み込んだ。
いや、そうではない。弾丸は。
空間の穴に吸い込まれる前に、破裂した。


「これは…」
「キャハハハハ!!驚いたか裕子!!!おいらの『能力阻害』は精神に作用する能力じゃなかったんだよ!!!!」

破裂した弾丸は、一瞬にして部屋中に飛び散った。
目には見えない、けれどもその存在は確実に部屋を満たしてゆく。
不可視ではあるが、その邪悪な存在に気付いた「首領」が口に手をやる。しかし。

「いまさら遅せえよ!おいらの『ウイルス』は皮膚から直接吸収されるからな!!」

そう。「詐術師」が行使する「能力阻害」という能力。
一般的には精神干渉・妨害系に属し、相手の精神に干渉することで能力を封じるというもの。
だが、「詐術師」のそれは仕組みからして大きく違っていた。

ウイルスの伝播による、感染。
「詐術師」がそのウイルスをまき散らすことによって、能力者は感染し「能力を使えない」病気を発症する。ウイルスの寿命自体
がとても短いために、効果は長くない。だが、たとえ一瞬でも能力が使えなくなるのは能力者にとって、致命的な事象。
そのウイルスを、「詐術師」は弾丸に詰めた。しかも、発射してすぐに破裂、ウイルスを周囲にまき散らす性質のものを。

開かれた空間が、再び閉じてゆく。
「首領」の能力が封じられた何よりの証拠だ。
つまり、またしても彼女は丸腰状態にさせられたことを意味していた。

「さぁてこっからは再びおいらの無敵タイムだ。それとも、老体に鞭打って肉弾戦としゃれ込むかい?裕ちゃん」

「詐術師」が言いながら、「首領」の机に足を乗せ、銃口を再度急所に定める。「鋼脚」級の近接攻撃の達人ならいざ知らず、無
能力者となった「首領」に、至近距離からの銃撃を避けることなど到底不可能。


「安心しな。ダークネスがおいらがもっと大きな、もっと効率的に金が稼げる組織にしてやるよ。今までご苦労さん」

ゆっくりと、銃口を「首領」の眉間へと近づける「詐術師」。
この指を、少しでも動かせば銃弾は目の前の女の頭部を貫く。そこでダークネスの歴史は一旦終わる。逆に言えば、新しいダーク
ネスの歴史の幕開けだ。

それまで、眉一つ動かさずに「詐術師」の行動を見ていた「首領」。
その「首領」が、表情に微笑を浮かべる。ほんまこいつ、困ったやつやな。そう言いたげに。

「…なんだよ。おいらに引金が引けないとでも言うのかよ」

「首領」は答えない。
その沈黙が、そして何度も見たその憂いを含んだ微笑が「詐術師」を激しく苛立たせる。

「できないとでも?!うちが可愛がった矢口がそんなことできるはずがないってか!笑わせんな!!おいらは金のためなら何だっ
てやるんだよ!!!」
「そんなとこが、まあ、可愛かったんやけど」

吐かれるため息。
同時に、強い力で殴り飛ばされる「詐術師」。
咄嗟に手で防御したので顔面を直撃することはなかったが、それでも腕に与えられたダメージはかなりのもの。腕の骨にひびが入
った可能性を想定しつつも、痛みを精神力が凌駕し両手の指がきちんと動くかどうか確認する。

受身を取り再び狙撃の態勢に入った「詐術師」が見たものは。
相変わらず、椅子に座ったままの「首領」。その横に、紫に金の刺繍が入ったチャイナドレスの女が一人。


くそ…こいつがおいらを殴ったのか?まあいい。おいらの「能力阻害」ウイルスに封じられない能力は無いんだ。死体が二つに増
えるだけ…

思わず、息を呑んだ。
何の冗談だ。そうとさえ思った。
チャイナドレスの女が、派手な金髪を靡かせて立っている。気の強そうな表情、ブルーのカラコンの入った鋭い目つき。これでは
まるで。

「ゆ、裕ちゃんが…二人?」
「さすがリアクション女王やな。紋切り型の反応過ぎて嬉しいわぁ」

チャイナドレス姿の「首領」は言いながら、意地悪く微笑む。

「双子なんて…聞いてねえぞ・・・それに、何でおいらの『能力阻害』が効かないんだよ!!」
「何で。やて?」

再びウイルス弾を発射しようとする「詐術師」だが、チャイナドレスの「首領」の鋭いハイキックが右手の拳銃を弾き飛ばす。
一瞬にして手甲を破壊する威力。激痛による叫び声をあげながら、「詐術師」はようやくチャイナドレスが使役する能力を把握した。

「ち、くしょう!てめえ、念動による体術強化者か!!」
「念動か。まあ似たようなもんやけど。うちの『気』はもっと凄いで?」
「せやな。肩こりは取れるし、シワも消えるし」
「アホ!そないな理由でうちの『魂魄霊気(スピリチュアルオーラ)』を求めんなや!!」

気だるそうに肩を回すスーツ姿の「首領」に、呆れ顔でチャイナドレスの「首領」が突っ込んだ。
「魂魄霊気」。精神のみならず、肉体の気をも引き出し己の力とする能力。破壊の力のみを司る念動力とは違い、治癒の役目も果
たす。その中には、害のある存在を寄せ付けないという効果もあった。例えば、ウイルスのような。


「便利な能力やろ。あんたが撒き散らす小汚いウイルスにも感染せえへんしな」
「てめえ、ぶっ殺してやる!!」

頭に血が上った「詐術師」が無事なほうの拳銃を向ける。
今度は躊躇はない。そんなことをすれば自らの身が危ない。生存本能が、神速の早撃ちに繋がる。かと思いきや、指がぴくりとも
動かない。
びびってるのか。いや、違う。物理的に動かない。

「うちも混ぜてえな」

「首領」が座る机の背後。
紫色のカーテンから、一人の女が現れる。ミリタリールックに身を包んだ、女。迷彩柄の防弾ジャケットには「Y nakazawa」の文
字が。ということは。

「なんだよ。何なんだよお前ら。三つ子だなんて、ふざけんな…」

最早声を荒げる気力もない。
なぜなら「詐術師」が目にしているのは、三人の「首領」。三人の中澤裕子なのだから。

「驚いてるとこ、ごめんやけど。うちもいるんやで?」

さらに、四人目の「首領」が現れる。
紫の番傘を肩にかけた、白地に花柄の着物。ふざけた格好ではあるが、顔は「首領」と瓜二つだ。

「先に言うとくけど、うちら四つ子でも何でもないねんからな。うちらはそれぞれが、それぞれの世界の『中澤裕子』や」
「つまり、平行世界っちゅうこと」
「その平行世界のうちらが、条件さえ合えば一同に介することができる」
「うちらはそれぞれ固有の能力を持ってるんや。その上で、こうして一つの世界に全員集合できる能力もある。ポータルはあくま
でもそこに座ってる『首領』やけど」


俄かには信じることのできない話。
けれど、現実に目の当たりにしている光景から、信じざるを得ない。
腕から徐々に広がってゆく「石化(ペトリファクション)」の力。「首領」が多重能力者でない限り、このような芸当は不可能な
はず。

「さてこちらの世界の哀れな反逆者。何か言い残すことはないか?」

ミリタリールックの「首領」が石化した肩に手をかけ、話しかける。
こうして近くで話かけられると、理解できる。こいつは中澤裕子であって、中澤裕子ではない。あくまでも、「別の世界の」中澤
裕子。

「…ッパナ」
「は?聞こえへんわ。もっぺん言ってみ」
「犬ッパナ!どぐされヤンキー崩れ!しわくしゃアラフォー!!」
「…ええ度胸や。その度胸に敬意を表して。首だけ石化は免れさせたる」

石化した体をばらばらにしたい衝動を抑え、「詐術師」を睨み付ける「首領」。そして徐に席に座るこちらの世界の「首領」に顎
でしゃくるような仕草をする。それは、死刑執行の合図。

「首領」が、はじめて席を立つ。
そして、石化し動けない「詐術師」の前に立ち、掌を正面に翳した。


「これでお別れや、矢口」

手の平を中心として、空間が黒い裂け目を作る。
ばりばりと音を立てながら、大きく口を開く空間の穴。その先は、無間地獄。

眼前に広がる底なしの闇に、恐れおののく「詐術師」。
助けを求めるかのように視線を映した先の「首領」の表情は。
困ったような。憂いを帯びた微笑。

そうだ。おいらは。
新兵の時から、裕ちゃんたちにしごかれ、スパルタと呼ぶことすら生温い地獄の特訓を受けてきた。そんな時はよく、圭ちゃんや紗
耶香と一緒に”鬼教官”たちの悪口を言い合ってたっけ。そんな噂を耳にした時の、裕ちゃんの顔。こんな感じだった。だから、余
計に苛立ったんだ。

だから。
そんな顔、すんなよ。
ふざけんなっつーの。

空間に吸い込まれてゆく「詐術師」。
最後に見た「首領」、口の形がわずかに。

堪忍な。矢口。

そう動いているように見えた。



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投稿日:2014/02/14(金) 23:10:01.54 0