『リゾナンターЯ(イア)』番外編「A meets A」


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2014/02/08(土) 更新



「経過は…」
「順調です。特筆すべきは保有能力でしょう。育て方によってはこのサンプルは歩く爆発物になり得る逸材にも…」
「そんなんどうでもええねん。例の『全てを消し去る光』の能力はどないしたんや」
「それは…確認できてません。今のところ、その類の能力が発現する兆候はありません」
「はぁ…失敗作か。もうええ。早いとこ目覚めさせたらええわ」
「承知いたしました。すぐにでも覚醒プログラムを」


ダークネスの科学部門が開発した、禁忌の技術「能力者の人工生成」。
技術確立のために多くの命を犠牲にしてきた目的は、理想の能力者を作り上げること。
その中の一人が、人工能力者mシリーズの625番。彼女はこの世に生を受けた時から、その類稀なる能力によって数々
の功績をあげてゆく。
結果瞬く間に彼女は、ダークネスの幹部候補に躍り出た。

本拠地の一角に、ダークネスの構成員たちが暮らす区画がある。
一つの部屋を数人で分け合い使うのは、下級の構成員たち。位が上がると、二人部屋があてがわれる。悠々と一人部屋
を使えるようになるのは、構成員の中でも幹部候補と呼ばれるエリートだ。

m625。彼女は自分のことを「亜弥」と名乗り、一人部屋で暮らしていた。
名前の無かった彼女にその名を与えたのは、隣室の同僚。いつも不機嫌そうな顔をしていて、口を開けば氷のように冷
たい言葉を吐く皮肉屋ではあったが、二人は程なくして互いの部屋を行き来する友人となる。

その日も、亜弥はその悪友の部屋で過ごしていた。

「…今日の任務、最悪だったわ。あのチビ、幹部だからってうるさいんだよね」
「いつになく荒れてるねえ、たん」

亜弥は友人のことを「たん」と呼んでいた。元々は彼女の名前である「美貴」を「美貴たん」と呼んでいたものが面倒
になったのか短縮されたのがきっかけだ。

「あんまりムカついたもんだから、誰もいないとこでかるーく氷の刃突きつけて脅してやったら『そんなに気が短いと
長生きできねぇぞ』って言いながら逃げてやんの。だっさ」
「おーおーみきたん怖いねえ」
「あんたに言われたくない。つまらないことでからかってきたバカを無言でシメるような奴にはね」
「そんなことしたっけ?」

しばらく互いの顔を見、そして笑いあう。
いつの日も、任務、任務、任務。休む日のないほどのこきの使われようも、全ては組織の発展のため。政府御用達の正
義の軍団から一転して悪の手先となったことで、闇の住人からの注目を集めはじめていた。当然ながら、知名度の向上
に付随して任務の数は飛躍的に増加する。
そんな忙しい毎日の中で、こうして友人と他愛も無い会話をするのは唯一の息抜きとも言えた。

「そろそろ寝る時間かぁ。じゃ、あたしは部屋に戻るから」
「あっそ。おやすみ」
「とか何とか言って。夜中に亜弥ちゃんさみしいよぉ、って泣き出すんじゃないの?」
「ハァ?そんなんするか!さっさと寝ちまえ」
「はいはいっと」

亜弥の部屋は美貴の部屋の壁越しの隣なので、ドアを潜って回れ右をすれば自室は目の前だ。トイレに行くよりも気軽
な距離。だが、そのドアを開けると。

部屋には、何もなかった。
あるのは簡素なベッドと、白い冷蔵庫だけ。
美貴の部屋が意外と乙女な趣味の内装に飾られているのと比べ、あまりにもシンプル。
現実、亜弥の心は空っぽだった。
人工的にこの世に生まれ、任務と称した殺戮を繰り返させられる。命令のままに体を動かす様はまるでロボットかサイ
ボーグだ。

現実として彼女は人工能力者ではあるがサイボーグではない。
それでも、冷え切った感情は亜弥をより無機質な存在に変えていた。美貴との交流も、一度一人になってしまえばただ
の落差を感じる要素でしかない。

無情にも、喉が渇く。
美貴と喋りすぎたせいだろう。こんなことでしか自分を生体であると確認できないのが哀れで、またおかしくもあり。
自笑的に開けた冷蔵庫。その中には。

女の子がいた。

反射的に、強く冷蔵庫の扉を閉める。中からガッという小さなうめき声が聞こえた。
敵襲か。しかしそれなら冷蔵庫を開けた途端に攻撃を浴びせられるはず。それに確か。
相手はどういうわけか、何も身に着けていなかった。裸で冷蔵庫で待ち伏せる侵入者など、いるのだろうか。取りあえ
ず、もう一度扉を開けることにした。

冷蔵庫の中では、やはり全裸の女の子が足を器用に折り曲げて収まっていた。
やはり衣服の類は身に着けていない。完全なる素っ裸だ。
しかも、まるで自分の家の玄関を無作法に開けられたかのような目で、こちらを見ている。
とりあえず様子を観察していると、その少女はもぞもぞと身を動かし、冷蔵庫から出てきた。そして亜弥の脇をすり抜
け、部屋から出てゆく。

なんだったんだ、あれは。

そのまま無視して寝てもよかったが、服を身に着けずにふらふらと歩く少女をそのまま放置しておくのは拙いと考え直
した。もしかしたら身内の人間かも知れないし、厄介な「ちびっこ二人組」なんかに見られたらそれこそ面倒だ。亜弥
が部屋を出ると、件の少女はやはり全裸で廊下をふらふらと歩いていた。

「ねえちょっとあんた」

亜弥の呼びかけに、くるりと振り向く少女。肩まである髪がふわりと揺れ、その顔が露になる。
やや上がり気味の目、真一文字に引かれた口、細い顎。鋭角的な顔つきではあるが、次に出てくる言葉はその印象を覆
すことになる。

「水」
「は?」
「あんた、水知らん?」

まるでどこぞの田舎から出てきたかのような、特徴的なイントネーション。
冷蔵庫に全裸で入っていたことを含め、ひどく間抜けな印象を与える。

「水ならそこの通路の先の共同の台所が」
「ちゃう。そんなんやなくて、もっとたくさんの水。そうお風呂…お風呂」
「お風呂に入りたいの?だったら地下に…」

亜弥が言う間もなく、少女は側の階段を駆け下りていった。
全裸で。
正直あまり関わりたくはなかったが、亜弥はとりあえずは自室に戻り彼女に着せるための服とバスタオルを持って浴場
へと向かう。ついでに今の時間は浴槽の水抜きをしていることを思い出したが、そんなことなどどうでもよくなっていた。



透明な液体で満たされた浴槽。
その中で、侵入者の少女は楽しげにぷかぷかと浮いている。

「で、美貴がなんでこんなことしてんの?」

浴槽の淵に不機嫌そうに立っている、頼れる友。
確かに言われてみればその通りだが、「ねえ、氷ちょうだい」とリクエストされて、しかもそれが浴槽の水を冷やす目
的であれば彼女を呼ぶより他に無い。

「はぁ…ちょうどええわぁ」
「ばっかじゃないの。亜弥ちゃん、とっととそいつは科学部門の統括にでも引き渡したほうがいいと思うけど。どうせ
あそこから抜け出してきたんだろうから」

気持ちよさげに氷水に漬かる少女を尻目に、厄介ごとは御免だとばかりにその場を去る美貴。
こっちだって巻き込まれただけ、と言おうとした時には既にその姿はなかった。

「ねえ。あんたさあ、どっから来たの?」
「んー、あっこ」

余程御満悦なのか、顔をくしゃくしゃにして笑いながら、あさってのほうを指差す少女


「名前は?」
「あんたこそ名前名乗れ」
「…あたしの名前は亜弥」
「亜弥か。よろしくな」
「タメ口かよ…で、あんたの名前は」

しかし少女は亜弥の設問を無視し浴槽で泳ぐ始末。
さすがに頭に来たのか、掴みかからんばかりの勢いで少女の肩に手をかける。
手と皮膚が触れた瞬間、ありえない感覚が亜弥を襲う。異常なほどの、高温。

「熱っ!!」
「あーしは、アイ。アイ…キュウイチヨンって呼ばれてる」

にっこりと微笑む少女。
けれどその笑顔には、少しだけ翳が差しているように亜弥には思えた。





投稿日:2014/02/08(土) 00:44:45.12 0


2014/02/09(日) 更新



研究棟の一室。
ダークネスの科学部門統括が管理するエリアではあるが、遅い時間ということもあり出迎えてくれたのは助手を名乗る
一人の少女だけだった。

「すいませんね。アイちゃんが御迷惑をかけてしまったようで」
「アイちゃん?」

思わず訊き返す亜弥。
肩まで伸びた、乱雑に切り揃えたような黒髪。良く言えば科学者らしい、白衣を着た少女が発した「アイちゃん」とい
う言葉がi914を指していることに気づくのに、時間がかかってしまう。

「ああ、さっきの子のこと?」
「ええ。i914だから、アイちゃん」
「珍しいね。科学者なんて、みんな番号や記号で整理するのが好きな人ばかりだと思ってた」
「そんなものでしか情報を整理できないのは、凡百であることを露呈しているようなものです」

年の頃は自分と同じか、やや下くらいだろうか。
度のきつそうな眼鏡をかけ、白衣を身に纏うからには彼女も科学者の端くれなのだろう。にしては年齢と餅のような顔
つきが不釣合いな気もするが。

「ところでアイちゃんは」
「あたしの部屋で寝てるよ。とりあえずは熱が引いたからって」
「そうですか」

神妙な顔つきをした少女は、ことのあらましを説明する。
i914。彼女は亜弥と同じく、人工的に造られた能力者。しかも、父親と母親という媒介を通さずに生み出された存在。
つまり、亜弥とまったく同じ境遇の少女だった。
能力が安定してきたということもあり、先日組織のトップレベルの話し合いの結果、一般構成員として実際に運用さ
れることが決定されたのだという。

しかし、現実として彼女は自分の部屋に辿り着くことなく、亜弥の部屋の冷蔵庫に収まる形に。おそらく因子の不安定
要素に端を発した免疫過剰反応による熱暴走、つまりは…と話が長くなりそうだったので、亜弥は急いで話を遮る。

「要するに熱が出た場合は、人為的に冷やしてあげないといけない」
「まあ、そういうことです」

話の腰を折られ残念そうな少女。
しかし、何かを思いついたようで、

「そうだ。一つ、あなたにお願いがあるんですが」

と言ってきた。

「ただじゃお願いなんて聞けないなあ」
「そうですか。それでは、こういうのはどうです?今後貴方が私の力を必要とした時に、一度だけ無条件に協力すると
いうのは」
「しゃーない。それで手を打ちますか。で?」

用件を促された少女は、ゆっくりと眼鏡を外す。
そして。

「なに、簡単なことです。任務の際にはなるべく彼女に同行してあげてください」
「うちの子は友達がいないんです。だから遊んであげてくださいね。そういうこと?」
「ええ。このことはうちの統括も承認済みの話です。じきに『首領』から正式な話が下りるかと思いますが」
「拒否権はなし、と。強引なことするねえ」

おどけたように肩を竦めてみせる亜弥。
何となくではあるが。「アイちゃん」のご学友の指示は少女の上司というよりも、少女自身から出されているように思
える。そんな想像をしてしまうほどに、目の前の少女には得体の知れない何かを感じていた。


数日後。
研究棟にいた助手の言うとおり、亜弥には正式にi914の赴く任務同行の指令が下される。
「首領」に直々に呼び出された帰りを迎えていたのは、お守りをすることになる例の少女だった。

「話は聞いてると思うけど、よろしくやよ」
「はいはい。よろしくね」

言いつつ。
目の前にいる少女がどうしても特別だとは思えない。侮っている自分に気付く。
組織のトップや科学部門の統括が目をかけている人工能力者。であるからには、凄まじい能力を保有しているはず。な
のに、まったくそんな風には見えない。まるで田舎から出てきた垢抜けない子のようだ。
しかし、その先入観は戦場にていとも簡単にひっくり返される。

相手は、海外に拠点を置くマフィアの日本支部。
かなりの人数の兵隊を揃えたばかりか、数名の能力者を従えていた。
幹部候補とは言え、そうやすやすと任務遂行できるような内容ではなかった。はずだった。

しかし亜弥が目撃したのは。
桜吹雪のように、宙に舞う無数の肉片。
圧倒的な力によって破壊される肉体、肉体、肉体。
砕かれ潰されどす黒い血をまき散らすマフィアたちが、獣の断末魔を一斉に上げる。
雨あられのように撃ち込まれる銃弾も、手榴弾も。すべてが光の彼方へと消し去られてしまう。
それらとともに、ただの肉の塊となったマフィアたちもまた、光に溶けて無になった。

そしてそれらのことを行っているのは。
空虚。虚ろな、色のない表情。
背が小さく、どこか幼い、平坦な唇。そんな少女。
i914と呼ばれる、ただただ人を殺戮し破壊し、全てを無に還す光を携えた人間兵器。

「こりゃ上層部が気に掛けるわけだ」

さっきまで猿顔をゆがめて、「腹減ったやよ」とか「もう帰りたいやざ」などと文句を言っていたのと同一人物とは思
えない。
それはスイッチが切り替わるように、唐突に。
亜弥は、ごく自然に恐怖を覚えた。いや、その中には間違いなく羨望の思いと。深い嫉妬があった。

― 失敗作か。―

培養ポッドの中で聞いた誰かの声が甦る。
確かに。この純粋な暴力の前には自分の能力など失敗作の産物に過ぎない。
体の震えとともに生まれるのは、やり場のない怒り。憤怒だった。

そしてそのことよりも、亜弥の心を捉えたのは。
その場にある命という命をあらかた狩り尽くした後に、ゆっくり崩れ落ち、そしてすすり泣く少女の姿だった。

こんな強大な力を持っていて、何が悲しいというのだろう。
しばらくは不可解なものを見るように、ただぼんやりと小さく膝を抱えて泣く背中に視線を向けていたが。

「何泣いてんの。『アイちゃん』」
「あーしは…あーしは、こんなことするために生まれてきたんじゃ…ない…」

なるほど、と亜弥は思う。
恐らくは、多重人格。今現れている人格と、先ほどまで殺戮の限りを尽くしてきた人格は別。
非常に危うく、アンバランスなもののように思えた。

「何言ってんだか。猿みたいに顔真っ赤にして。アイちゃんってさあ、お猿さんみたいだよね」
「……」

亜弥は、少女のことなど気にもせずに歌を歌う。
アーイアイ、アーイアーイ、おさーるさーんだよー。アーイアイ、アーイアーイ、おさーるさーんだねー。

「アイアイ、アイアイ」
「…猿やない」
「え?」
「猿やないって言ってるがし!!」

泣き腫らした顔で、歯を剥きだしにして怒る姿はまさに猿。
その表情に亜弥は思わず吹き出してしまう。

「笑ってるんやないやよ、あんたも猿に似てるやよ!」
「は?あたしのどこが?」
「猿やよ猿。猿猿猿猿」
「あんたのほうがもっと猿猿猿猿猿猿猿猿」

何十回と繰り返される猿と言う単語。
あまりのくだらなさに、言い疲れたあとに生まれる呆れたような笑い。


「ばっかみたい」
「…あーしを。i914って呼ばない子は珍しい」
「そうなの?」
「あーしのことをアイって呼ぶのは。まこっちゃんと。あさ美ちゃんと。あと里沙ちゃん」
「ああそう。何かその愉快な仲間に入りたくないんだけどさ」

亜弥が彼女を型番で呼ばないのは、自らもまた彼女と同じ出自を持っているから。
別にm625と呼ばれることに抵抗はない。けれど。

「ま。あたしはあたしの呼びたいように呼ぶだけだけどね。にゃはは」

道化てみせる亜弥の背中をいきなり、
ばちーん
と音が出るほど叩くアイ。

「いたっ。何で今叩いた?」
「特に意味はないやよ」
「嘘でしょ?理由もなくそんなことする?普通」

これが、後に「赤の粛清」と呼ばれることになる少女と。
組織を裏切り、反旗を翻す集団のリーダーとなる少女の。
最初の、出会いだった。





投稿日:2014/02/09(日) 22:42:47.53 0


2014/02/11(火) 更新



「で。あんたたちはそれをきっかけにお友達になっちゃったわけだ」
「そんなんじゃないから。あの子、めんどくさいし。すぐ手が出るし」

美貴の部屋。
手のかかる子供の話をする亜弥に対し、美貴は半笑いと、他人の不幸をからかう口調で返した。
ささやかな嫉妬心を後ろ手に隠しつつ。

「でもさ、凄くない?噂には聞いてたけどね。『すべてを無に還す至高の光』の力」
「へー、そんなに有名なの?」
「研究棟のガリ勉たちが騒いでたから。『我々はとんでもないモノを生み出してしまった!』とか言って」

現在組織を支えている二枚看板とも言うべき、二人の幹部。
言霊を操り、白き翼で相手を消し去る「銀翼の天使」。
闇に漂い、黒き翼で相手を引き裂く「黒翼の悪魔」。
その二人に肩を並べる素質を持つことを期待され、i914は誕生したのだという。

「気持ちいいだろうねえ。そんな凄い力を持って敵を殲滅させるのは」
「気持ちいいかどうかはわからないけど、泣いてたよ。自分はこんなことするために生まれたんじゃないって」
「はぁ?バカなの?『こんなことばかりするために生まれてきた』んだよ、美貴たちは」
「ま、そうだよねぇ」

ダークネス。
闇に心を食われたものたち。
心がないからこそ、命を何のためらいもなく消すことができる。
特に。

「あたしみたいな『ツクリモノ』は特にね」
「は?そんなん関係ねーし」

途端に不機嫌な顔をする美貴。
亜弥が自嘲気味に自らを「ツクリモノ」と称する時はいつもそうだった。
美貴は亜弥のことを人工能力者としてではなく、一人の人間として扱おうとしている。言葉にしなくても、伝わる。
けれど時としてそれは諸刃の剣に映る。

「さてと。じゃあお部屋戻るね。明日もアイちゃんとお出かけしないと」
「あんたたちどっちも猿に似てるし、いいコンビじゃね?」
「あっ。もしかしてたん、妬いてる?」
「まっさか。さっさとモンキーパークに戻りなよ」

ウッキー、と猿の顔真似をしながら、部屋を出る亜弥。
もの言わぬ扉に、美貴は「ばーか」と悪態をついてみせた。


それから、しばらく亜弥とアイの任務同行は続いた。
虚ろな人格に切り替えたアイは、表情を変えぬまま一方的な虐殺を行う。
そして決まって、その後に涙を流すのだった。

そんな時、決まって亜弥は悲しみに暮れる彼女に声をかけた。
時に笑わせ、そして時に怒らせた。
そのうち、アイは人格を切り替えることを徐々に減らしていった。
通常時のアイは、「瞬間移動」能力の保有者。通常任務と並行して行われている訓練によって、彼女の戦闘能力は
隠された人格を引き出さなくても十分高い水準を保てるほどまでに成長していた。

「でもな、亜弥ちゃん」

その頃までに。
アイは親しみを込めて亜弥をそう呼ぶまでになっていた。

「あーし、時々怖くなるんや。あの人格が、いつ暴走するかわからんて」
「別に暴走したらしたで、いいんじゃないの?心のままに生きよう、ってどっかの偉い人も言ってたし」
「心のままに」
「あたしたちは闇に心を食われた存在だけど。あんたはちょっと、違うのかな」

何気なく、亜弥はそう言った。
そのことが、いずれ二人が袂を分かつ分岐点になることなど、つゆ知らず。

アイは単独で任務につくことが増えてきた。
精神が安定してきたことを評価されて、とのこと。
彼女に対し、幹部候補の一人という評価が上がってきたのもこの時期だった。

「亜弥ちゃん。はい、これ」

任務の帰りにどこかの店にでも立ち寄ったのだろうか。
アイは二つの小箱のうちの一つを差し出した。

一つはハートの形で、もう一つはトランプのスペードの形。
亜弥が受け取ったのはスペードのほうだ。

「なにこれ」
「この二つの箱に、世界で一番醜いものを閉じこめたら、一つだけ願い事が叶うんだって」
「世界で一番醜いものってなに?」
「そんなん知らん」
「嘘、知らないで買ったの?」

悪びれもせずに、こくりと頷くアイ。
このままでは面白くないと考えた亜弥は、ちょっとした雑学を披露する。

「ねえ知ってる?トランプの絵柄にはモチーフがあって。ハートは心臓、スペードは剣なんだって」
「へえー」

目を見開いて、感心したように愛はハートの箱を眺め回している。
そして思いついたように。

「ほやったら、約束しよ」
「約束?」
「そう。願い事が叶うための」
「勝手だなあ」
「ええから。もしも。互いが互いの道を外れたら。『剣』で『心臓』を貫く」

アイの言葉は、亜弥の深部を強く揺さぶる。
目の前の自分よりいささか幼く見える少女を手にかけることなど、想像すらしてはいなかったが。

虚ろな目をした破壊の化身を、屠る。
そのことは深層心理のさらに奥へと訴えかける。もしも彼女が成功作であるのなら、それを亡き者にすることで自
らの脳裏にこびりついた「失敗作」という呪いの言葉は剥がれ落ちるのではないか。

「剣で心臓ねえ。そんな覚悟、あんたにあるの?」

そんな思いを無視するかのように、わざと笑って顔をアイに近づけながらそんなことを言ってみせる。

「あーしが亜弥ちゃんを。亜弥ちゃんがあーしを。考えたこともないわ」
「だよねえ。どうせ、どっかの受け売りでしょ?」
「だ、だって箱のしおりにそう書いてあったがし!」
「やっぱそうか。にゃはは」

ただの笑い話。
そう考えるにはあまりにもリアリティがありすぎて。
だから、その時に箱に閉じ込めた「世界で一番醜いもの」の存在について、亜弥は気付いていなかった。


アイが主人格を安定させてゆくのと時を同じくして。
彼女自身の「現状に抗う」何かが少しずつ大きくなってゆく。
ダークネスとは何のために存在しているのか。自分たちはなぜ命を奪い続けてゆくのか。
そんなことをアイは直接亜弥にぶつけるようになった。

「なんでかの?」
「あたしたち、ダークネスは」

亜弥はまるで大学の教授にでもなったかのように、胸を張り見えない教壇の周りを歩き始める。
なんかえらそうやよ、という聴講生のことは置いておき。

「心を闇に食われた存在」

そして指差すは見えない黒板。

「奪った人の命について、考える必要もなければ意味もない。わかる?」
「わからん!」
「ああそう。わからなくてもいいけどさ。でもそれがダークネスなんだよ」

アイが一度言い出したことについては人に耳を貸さない性格だということは、だんだん亜弥にもわかってきていた。
彼女はきっと「心を闇に食われた」概念すら理解しようとしないだろう。

「…なら、あーしはダークネスをやめる」
「やめる、か。でも人間が人間をやめれないように、ダークネスはどこまでいってもダークネスなんじゃないのかな」

それっきり、アイは押し黙ってしまう。
それで、話は終わり。
亜弥はそう考えていた。


「逃げ出した?」

それは闇夜が深まるある日のことだった。
組織の暗部を取り仕切る二人の幹部に、亜弥は呼びだされる。
そこで告げられたのは、アイの脱走だった。

「この本拠地は絶海の孤島だ。逃げ出すにしてもたかが知れている。けど、一度反旗を翻した存在をそのままにしてお
くわけにはいかない」

二人のうちの、髪の短いほうが怒りを露わにしながら話す。
「蠱惑」、と呼ばれる組織の重鎮だ。

「ただまあ。あのi914ってのはめんどくせー能力持ってるじゃん。そこでお前に白羽の矢が立ったってわけ」

背の小さい金髪のほうが、何がおかしいのか笑いながら話を継いだ。
「詐術師」の二つ名に相応しく、胡散臭そうな雰囲気が漂う。

「なぜ、あたしなんですか?」
「確かお前はi914と親しかったな。その点で、標的の情を誘えるんじゃないかとの上層部の判断だ」
「おいらんとこのチビ二人に頼もうかとも思ったんだけどさ。あいつらメチャクチャやる上に口軽いんだよ。だからあ
いつらに匹敵する実力と意外と口の堅い人間性。納得の結果だろ?」

確かに。
亜弥は「詐術師」の直属の幹部候補である「チビ二人」の顔を思い浮かべる。
確かに成績の良いi914と彼女たちは度々衝突していた。やる気を与えるには十分な材料だ。だが時として恨みは暴走を
招く。このことを熱くならずに処理できる人材、と言えばかなり限られてくる。

「…わかりました」
「さすがだな。お前が幹部に昇格した暁には『粛清人』の地位につけよう、なんて声もあるくらいだし当然か」
「あんま出世しすぎて『おいらたちお前のためにこきつかわれてマース』なんてこと言わないように気をつけろよ。
キャハハハハ!」

何が面白いのか、壊れた笑い袋のように笑いはじめる「詐術師」。
耳障りな騒音を避けるように、亜弥はその場を去る。
去り際に「蠱惑」が呟いた「失礼しますの一言もなしかよ。これだから『ツクリモノ』は」という言葉を背中で聞きながら。




投稿日:2014/02/11(火) 23:29:50.83 0


2014/02/12(水) 更新



ダークネスの本拠地は絶海に浮かぶ孤島に存在する。
海に囲まれた天然の要塞は、逆に言えば脱出困難な監獄であるとも言えた。
追跡者が標的を捉えるのもまた、容易。

「お散歩ですか。その割にはずいぶん汗かいてるみたいだけど?」

島内を逃げ惑うアイを待っていたのは、組織の命を受けた追跡者。
その顔を見たアイは、苦渋に満ちた表情を浮かべた。

「見逃して…くれんかの」
「あの海の向こう、見てみなよ。夕日が綺麗」

その言葉を無視し。
亜弥は断崖絶壁の向こう、海を照らす夕日に顔を向ける。
太陽は今にも落ちそうな位置で、液体状の夕焼けを海に流し込んでいた。

「なあ、亜弥ちゃん」
「夕刻の赤い光は、古代の神話で太陽の流している血として例えられて来ました。昼に我々に恵みとして与えられる光
を生み出すために、太陽は血を流し、苦しんでいるという神話です。これってなんだか、アイちゃんみたいじゃない?」
「……」
「でも大丈夫」

亜弥の視線が、アイに移る。
死神の刃を、瞳に映して。

「あたしが、終わらせてあげる」

目にも止まらぬ、亜弥の初撃。
間合いを一気に詰めてからの、掌底がアイの顔面を捉えたかに見えた。
しかし手ごたえはない。アイは亜弥から少し離れた場所に立っている。

「瞬間移動か」
「あーしは。亜弥ちゃんと戦いたくない」
「甘いよ。目的を達成させたいなら、そんなんじゃ無理」

言いながら、手を天に掲げる。
握られたのは、夕日の色と同じ朱色の刃をした大鎌。

「おいで。あんたの理想ごと、刈り取ってあげる」

戦いたくない。そんな逃げは最早通用しないと悟ったアイが、反撃に出る。
瞬間移動を繰り返しての接近。しかし亜弥の攻撃範囲の広い大鎌がそれを許さない。
一振りで広範囲を薙ぐ鎌は、アイが近づくことさえ阻んでいた。

一旦距離を置き、それから再び攻め込む。
近づいた獲物を射程圏に捉えた亜弥が大鎌を振るうが、当たらない。
背後に瞬間移動したアイを、振り向きざまにハイキック。これもかわされた。

鎌と足技の、複雑なコンビネーション。
並みの能力者ならたちどころに逃げ場を失い切り刻まれるだろう。
しかしアイは、その矢継ぎ早の攻撃ラッシュを避け続ける。まるで、亜弥の心を読んでいるかのように。

「…まさか。『二重能力者』?」
「わからん。けど、あーしの頭に亜弥ちゃんの考えてることが流れ込んでくる」
「表の人格も『瞬間移動』に『読心術』。さすが”最高傑作”だね!!」

渾身の力をこめて、大鎌を横に振る。
風に流される羽毛のような動きでそれをかわしたアイは、翻って亜弥の肩に一撃を加える。
骨の砕ける音。衝撃に思わず亜弥は膝を落とした。

「あたしとアイちゃんは。命を弄ぶ技術によって生み出された人工能力者。けど、あんたは”最高傑作”で…あたしは”失敗作”」
「そんなこと…」
「でも。アイちゃんが傑作と評価されてるのは、こんなやわな力じゃない」

大鎌が、空に投げられる。
赤い夕陽を反射しながら、刃がくるくると回る。
刃自身が、夕日の光であるかのように。
落ちた鎌が、亜弥の手に収まる。二本の、死神の赤い刃。

「使いなよ。至高の光の力を。でないと、あんたはあたしを倒せない」
「あの力は…使わん!!」

アイが叫ぶのと、亜弥が目の前に躍り出るのは同時。
右から、そして左から飛んでくる刃の斬撃。二本となった鎌の攻撃範囲は、いわばオールレンジ。
逃げられない。読心術を駆使しても、体がついてこない。
辛うじてよけるも、切っ先がアイの頬に赤い筋をつけた。


亜弥は、そこでようやく自らの願いを知る。
あの日スペードの箱に閉じ込めた醜いものは、アイへの殺意だ。
全てを消し去る至高の光を操る少女を自分が消し去ることで、失敗作というレッテルは初めて無効になる。いや、そん
なちっぽけなことではない。アイを亡き者にすること自体が、自分の存在の証明。

アイはダークネスを裏切った。
それは言い換えれば道を誤ったということ。
ならば。約束は、果たされなければならない。

「さよなら。アイちゃん」
「……」

二本の刃と踊るように。
斬撃を散らし、束ねて、また散らす。
アイの体に赤い跡が増えてゆく。傷は徐々に深くなってゆく。
最後には、首を。

瞬間移動でも避けきれないところまで追い詰める。
無慈悲な最後の一振りが、アイの首を掻いた。かのように見えた。

亜弥は自分の鎌が空を切ったのを見た。
その向こうには、断崖絶壁のさらに先で宙に舞うアイの姿が。
沈みかけた夕日の光を浴びたその姿は、亜弥の瞳に強く焼き付けられる。

そのまま追いかけて切り刻むべきか。
自らの命を犠牲にして。一瞬の逡巡が、運命を決した。


まっさかさまに落ちたアイ。
その下には、待機していたモーターボートが。
脱走を手引きしていた人間がいたのか。そうなると最早追跡は不可能。
小さなボートは、オレンジ色の海に白い波頭を描きながら、ゆっくりと夕陽に融けていった。

結局光の力は使わず、か。

亜弥は自らの切り札だったはずの「爆発」の力を使役しなかった。
別にフェアじゃないとか、そういうことではなく。自らの真の力を見せるのは、「i914」と対峙する時。
真の力で真の力をねじ伏せるという行為にのみ、価値を見出していたからであった。

きっと、あたしは今日の夕陽を忘れることはないだろう。

血のように赤い色と、目に焼き付けられたその輪郭を。


意外にも、帰還した亜弥に対しお咎めらしきものはまったくなかった。
どうやら上層部の意向が変わったらしい。と「蠱惑」から聞かされた亜弥は少々拍子抜けする。
上が何を考えているかはわからない。ただ、放っておかなければならない事情が発生したのは事実だろうと彼女は想定した。

それからしばらくして。
亜弥は、美貴と時を同じくして幹部に昇格する。亜弥の場合は「粛清人」というポストのおまけつきだ。

「まあ、幹部になったからって今までと大して変わらへん。粛清人には新たに『裏切り者の粛清』っちゅう仕事が増えるけどな。と
ころで」

任命に同席した「首領」が言う。

「二つ名やけど…何がええ?」
「二つ名ですか」
「うちの組織の古くからのしきたりや。幹部には全員、二つ名を名乗ってもらう。何やったらうちが考えてもええよ。『平家シスタ
ー』『アイドルサイボーグ』『桃色の…」
「…『赤の粛清』っていうのは、どうですか?」
「ほう?」

あれから、アイの消息はぷっつりと途絶えてしまった。
闇社会の情報網では死んだという噂すら流されていた。確かに、脱出の際に第三者の協力があったとは言え、その第三者が必ずしも
善なる手を差し伸べたとは限らない。ていのいい人間兵器として利用された挙句、異国の地で命を落としたとしても何ら不自然では
ない。

けれども。
あの日見た夕日のことを、亜弥は忘れることができなかった。
その意味を込めての、赤。

「ええんやないの?ま、明日からよろしゅう頼むわ」

名に込められた意味も、理由も、「首領」は聞かなかった。
それでいい。この思いは、自らの裡に。

そして、亜弥、いや「赤の粛清」は。
幹部として、そして粛清人としての日常に埋もれていった。


そんな中、アイが「高橋愛」と名乗り、自分と同じような能力者たちを集めてダークネスに対抗すべく活動しているという話が粛清
人の耳に入る。死んだものと思っていたが、どうやら生き延びていたらしい。

「脱走して行方不明になってた、とは聞いてたけどねえ。あの子、生きてたんだ」
「みたいだね」
「亜弥ちゃんさあ、何か嬉しそうじゃね?」

情報をもたらした美貴、「氷の魔女」が指摘をする。
どうやら無意識のうちに表情が緩んでいたようだった。

「別に。仲良く正義の味方ごっこしてるような連中に興味はないからねえ」
「能力的にも大したことなさそうだし。実績と金が欲しい『詐術師』さんあたりがさくっと殺っちゃうでしょ」

「赤の粛清」の言葉は、本心からだった。
自分が手にかけたかったのは、あの虚ろな目をした破壊の女神だ。ヒーロー気取りのおめでたい女ではない。
だが、何かが疼く。

遠い昔に、仕舞い込んだ何かが。
忘却の彼方へと、消えてしまったはずの、何かが。

それが何なのか。
気付かされたのは、ある意外な出来事がきっかけだった。


当初の目論見に反し、愛が統率する集団「リゾナンター」の攻略は一向に進まなかった。
「詐術師」「黒の粛清」「鋼脚」「氷の魔女」「永遠殺し」そして「黒翼の悪魔」。名だたる幹部が直接赴いても、リゾナンターを
殲滅することができない。むしろ、不思議な力で手ひどいしっぺ返しをされる始末。二代目の科学部門統括に就任したかつての初代
の助手、「叡智の集積」Dr.マルシェが、その力をリゾナンター同士が心を響き合わせる「共鳴」と解析した後も。圧倒的な力を
持ちながらダークネスがリゾナンターを持て余す日々は続いた。

しかし。
マルシェが「銀翼の天使」を無理やり戦場に投入したことで状況は一変する。
覚醒した彼女は、瞬く間にリゾナンターたちを死地に追いやった。9人の共鳴も、愛の光の力すらもまったく通用しない。辛うじて
リゾナンターの一人が放った「隠し玉」によって天使を退けたものの、状況はほぼ壊滅に近かった。

そこではじめて。
「赤の粛清」は危惧した。自分ではない他の誰かが、愛を亡き者にする可能性を。
愛の生存が確認されて以降、ダークネスがリゾナンターを標的にかけた行動を行ってもなお、具体的なイメージとして入ってこなか
ったものが。かつての愛と同じように虚ろな存在となった「銀翼の天使」が愛を命の危険にさらすことで。はっきりと形にされた。

愛ちゃんを。心臓を剣で刺し抜くのは。あたしだ。

この世で最も醜いものを閉じ込めた小箱が小刻みに震える。
愛は。愛を斃すことは。「赤の粛清」の生きる指標。かつて何度も見た、慈悲のない力を振るう少女の力。それを超えるために、粛
清人は強さを、そして強いものを追い求めそして屠り続けた。


高層ビルの屋上。
あの日と同じ、赤い夕陽を眺めながら。
フェンスの縁に座り、時を待っている。

胸元には、夕日と、夕日の流す血の色と同じ、赤いスカーフが風に揺られて靡いている。
孤島での出来事を忘れないようにと、「赤の粛清」自身が選び身に着けているものだ。

準備は全て整った。
恐らく、彼女は来るだろう。
粛清人はそのことに対し少しの疑いすら持っていなかった。
ただ、その前にちょっとしたお邪魔虫が訪問してくる。その点に関しては仕方がない。メインディッシュの前の準備体操として、割
り切るしかない。それに、そのお邪魔虫すら、彼女をおびき寄せるための餌なのだから。

約束は。果たされなければならない。

赤き死神が、沈みゆく夕陽を見つめる。
赤い血を流す太陽に、愛の姿を重ねながら。




投稿日:2014/02/12(水) 23:23:59.44 0