『リゾナンターЯ(イア)』 (52回~)


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52回目




いつものように、薄闇に包まれているDr.マルシェこと紺野の私室。
モニターの一つには、彼女の興味の対象である人間が映っている。
小さな体を張り悠々と歩いているようで、心の中に冷たい殺意を抱いているのが見て取れた。

場の空気が、変わる。
ドアをノックせずに客が入るのは、ここではいつものこと。
ただ、今回はどうやら様子が違う。
紺野は滑らかに、回転椅子を出口のほうへと向けた。

「これはこれは。あなたがここに来るなんて、珍しいじゃないですか」

紺野の前には、巫女服を着た女が四人。
そしてその中央には。

「今日は幹部がほとんどいない緊急事態だ。『可愛い後輩』の労を労ってあげようと思ってさ」

口ぶりとは裏腹に、まったく笑っていない。
凍えるような夜に浮かぶ月の冷たさで、「不戦の守護者」は紺野を見る。


幾重にも重ねられた煌びやかな和服も、この部屋の薄闇の前では夜空に小さく瞬く星ほどの輝き。いや、服の主があえてそ
うしているのだ。
ここに来たのは、守護者としてではない。

「あなたが自ら動いた、ということは。余程大事な用があってここに来た。そう考えてもよろしいでしょうか」
「…そうだね。これが『最初で最後』になるから」

守護者の言葉で、四人の「神取」たちが隠し持っていた凶器を紺野に向ける。
研ぎ澄まされた薙刀は、軽く振っただけで紺野の細首など刎ね飛ばしてしまうほどに。

「物騒ですね」
「紺野。あんたを『不戦の守護者』の名の元に…処刑する」
「そうですか。この幹部たちがいない隙を突いて、私を私刑にかける。面白い。実に面白い」

紺野が、顔を歪め、口を曲げ、笑い始める。
自らの思いがけない命の危機に、恐怖で最早笑うしかないのか。
はじめはそう考えていた「神取」たちも、箍が外れたような紺野の笑い方に次第に苛立ちを覚え始める。そしてついに。

「貴様!何がおかしい!!」

「神取」の一番の若輩であるみうなが、しびれを切らし怒鳴る。
普通なら、なぜ自分が断罪されねばならぬのかを問う。あるいは、申し開きを行うはず。なのに、紺野にはまるでその様子
が窺えない。それどころか、腹を抱えて笑い続けている。まるで、自分達を馬鹿にしているかのように。


「笑いたければ笑っていろ。お前は、じきに笑うことすら叶わなくなる」

「神取」のNo.2、あさみが紺野の鼻先に刃を向けた。
おかしくてたまらない、と言った紺野がようやく笑いを納める。そして。

「時に『不戦の守護者』さん。私の未来の、何が視えたんですか?その視たもので、動いてるんですよね?」

今度は、挑発を秘めた笑みを湛えてそう言った。
顔を見合わせる「神取」たち。

「しらを切るんじゃないよ。あんたが矢口とつるんで、『首領』を暗殺しようとしてることは『守護者』様にはお見通しな
んだよ。それだけで、処刑するに値する」
「あなたは黙っていてください。私は『不戦の守護者』さんに訊いているんです。私の、いったいどういう未来が”見えた”
んですか?」

「神取」の筆頭である鈴音の言葉を退け、紺野が再び問う。
その問いに「守護者」は。

「見えなかった。だからこそ、処刑するのさ」

薄闇に浮かぶモニターの、わずかな光。
未来視は、自らの存在を揺るがす言葉を出した。


「シンプルですね。それだけに、わかりやすい」
「カオさぁ。ずーーーーっと前から、あんたのことが嫌いだったんだよね」

そこではじめて、「不戦の守護者」が表情らしきものを見せる。
ずっと秘密にしてきたことを、自慢げに暴露するかのような笑顔。

「…まあ、私も嫌いでしたよ。あなたのことが」
「それで結構よ。カオはあんたが嫌い。あんたもカオが嫌い。そして、あんたはカオに殺される」
「…そうですか。にしても」

紺野はかけていた眼鏡を外して、白衣の胸ポケットに仕舞いこむ。

「あなた、随分人間らしいものの言い方をするんですねえ」

「不戦の守護者」の笑顔が、消えた。
そしてみるみるうちに顔が赤くなってゆく。

「おや、心外だったみたいですね。まさかあなた、自分のことを神だと思ってましたか。すべての未来を見通し、人の運命
すら見透かせる自分は人間よりはるかに上の存在、まさしく神だと。ただそれはどうなんでしょう。あなたは神なんかじゃ
ない、ただのちっぽけな人間だ」
「…黙れ」
「もう一度言ってあげましょう。あなたはただの人間だ。だってそうでしょう。自分の好き嫌いで人の命を奪おうとする神
なんてどこにいるんですか。存在を軽んじてた鼠のような存在にちょっと本当のことを言われただけで怒りに顔を赤くする
神様なんて、世の中のどこにいるんです?」
「黙れ!!」
「降りてきた予言に従い安全な道だけを歩む『不戦の守護者』、だが言い換えればそんなものはただの臆病者だ。そんな臆
病者が神を自称するなどちゃんちゃら可笑しい。あなたは人を憎み、神であろうとして驕り高ぶり、視えるものだけにすが
る一匹のちっぽけな人間だ」
「黙れって言ってるのが聞こえないのか!!!!!!」
「ただ、あなたが神の仮面を外さざるを得なくなった理由は私にも判りますよ。それは、私の運命は。私の運命だけは、ど
うやっても”見る”ことができない」


言いながら、自らの胸の部分を指差す紺野。
怒りに歪んだ「守護者」の表情が、張り付いたように固まる。

「そろそろ時間ですね。ちょっと電話をかけさせてください」
「…何を知っている」
「暗殺者に相応しい見事な手際でした」
「質問に答えろ。お前は何を知ってるんだ」
「いや、あなたの覚悟を試したかっただけですよ。例の元相棒の不祥事を垂れ込んだのがあなただと教えてあげたら、目の
色を変えて話に乗ってきたんでね」
「お前は一体私の何を知っているんだ!!!!!!!」
「それもそうですね。まあ、ちょっとした予行演習と取っていただければ。それでは、健闘をお祈りしてますよ」

紺野が電話を切り終わった時。
それは、首を失った三人の「神取」が床に崩れ落ちる時。

「何をした!!!!!」

うろたえる「不戦の守護者」。
それもそのはず。彼女は、紺野が能力者でないことを知っていた。だからこそ、たった四人の「神取」だけを引き連れて紺
野の私室を訪れたのだ。
「神取」たちは、幹部には及ばないもののいずれも腕に覚えのある選ばれた人間。それをたった一瞬で葬り去る事のできる存在。
守護者の脳裏に、一人の人物が浮かび上がる。

「…まさか」

空間が歪み、避ける音。
紛れもなく、「空間裂開」の能力の使役。


「やーやーやー、盛り上がってるみたいだねえ。にしても素晴らしい演説だったね。ごとー感動しちゃったよ」
「誰の為の時間稼ぎだと思ってるんですかね」

部屋の闇の一番濃い場所から姿を現したのは。
「銀翼の天使」と並び称される、組織の二枚看板の一人。

「後藤…あんた」
「あーかおりん、久しぶり」
「あんたたち、繋がってたのね」
「そういうことになるかなあ」

ゆったりとした足取りで、闇から姿を現す「黒翼の悪魔」。
露出した肌のあちこちが、血に塗れている。

「あっちでは随分苦戦したみたいですね」
「まーね。だってさあ、れいな強いんだもん。というわけで、これから第二ラウンド。そうだ、『これ』、返さないとね」

そう言いながら、「何か」を紺野に向け放り投げる悪魔。
紺野が手にしたものを、「不戦の守護者」はその目ではっきりと捉えた。

「そんな…そんな、馬鹿な!!!!!」
「ようやく、”見えた”んですね。あなたのその目でね」

紺野は、ゆっくりと手にしたものをモニターの光に翳す。
手の平大の、四角い透明な何かに仕舞われている、ピンク色の物体。それはまるで生き物のように、規則的なリズムで脈動していた。


「私の能力の秘密を…いつ知った?」
「ダークネスの幹部は、それぞれ保有する能力に秘密がある。それはあなたとて例外ではないことは予測してました。ですが、ま
さか種類の違う予言能力を保持する『二重能力者』とは思いませんでしたけどね」

「不戦の守護者」こと、飯田圭織が持つ予言能力。
一つは、ランダムに自らに降ってくる「これから起こる出来事」を「視る」能力。そしてもう一つは。ダークネスに仇なすものの
心臓に刻まれている「運命」を「見る」能力。

紺野は、それを逆手に取った。
「黒翼の悪魔」の空間能力により、自らの心臓をここではないどこかの次元に保管してもらう。そうすることにより、「不戦の守
護者」の目から遠ざけていたのだ。

「ご苦労様。じゃあもう一つの目的を果たした後に、現場に戻ってください」
「りょーかいー」

紺野に声をかけられた「黒翼の悪魔」が、再び空間の穴へと消えてゆく。
それを見届けながら紺野が自らの胸部に心臓を押し付けると、そこに最初から出入口があったかのようにずぶずぶと体の中に沈んで
いった。

「さて、お待たせしました」

薄暗い部屋の照明が、一気に灯される。
光によって露にされたのは、ひどくやつれた顔をした女の表情。


「存分に私の『運命』を見てください。ほら、遠慮なく」

白衣を開き、ぱたぱたと仰ぐ紺野に「不戦の守護者」は。
絶望にすり減らされたかに見えた口元を、ゆっくりと歪ませる。

「紺野。あんた、最後の最後に間違えたね」
「何のことでしょう」

「不戦の守護者」の後ろに、薙刀を構えた「神取」が一人。
悪魔の一撃の餌食にならなかった、まいだった。
形勢逆転。守護者は自らの感情を露わにする。

やはり自分は神だ。守護者は確信する。
こんなところで神が滅ぶはずがない。
それよりも神の顔に泥を塗り、奸計にかけ辱めたこの不届き者を、どうしてくれよう。
いや、結論は決まっている。
神の怒りに触れたちっぽけな存在には、神罰が与えられるべきだ。

「後藤はなんかの用事で戻って来ないんだろう?なら、あんたにはもう助かる術は無い」
「そうですか。ところで『飯田さん』、これって何でしょう?」

そう言いつつ紺野が懐から取り出したものは。
紺野のそれと同じように、空間によって護られた心臓。


「は…?」

守護者が疑問を抱き、解決するより先に。
薙刀の切っ先が、彼女の首を貫いていた。

自らの鼻先まで貫通した、赤き刃を信じられないものでも見たかのように睨みつけた「不戦の守護者」は、激しく吐血しながら叫んだ。

「まい…ぐぼぉ!なぜ!げふ、うごぇ、なぜ裏切ったぁ!!!!!!」
「すいませんね。あたしも、上昇志向の持ち主なんで」

引き抜かれる刃が、噴水の勢いで止まらない流血を引き起こす。
煌びやかな着物も、艶やかだった黒髪も、全てが血に塗れてゆく。やがて自らの力で立つ事もままらなくなった守護者は、血の海で力
なくのた打ちはじめた。

「ねえ飯田さん」

水たまりに嵌ってもがく蟻を観察するがごとく。
紺野は中腰になり、段々目が濁ってゆく守護者を見つめる。

「先が分からないから、人生って素晴らしい。そうは思いませんか」

紺野を見上げながら、何かを言いたげに口を動かしていた「不戦の守護者」だったが。
やがてその顔を血の海に沈め、それっきりぴくりとも動かなくなった。






投稿日:2014/01/18(土) 23:28:10.64 0


53回目



時を少し遡る。
さくらが捕らえられている研究所の中枢では、れいなと「黒翼の悪魔」の戦いが繰り広げられていた。「空間裂開」
を使役する「黒翼の悪魔」に、れいなは真っ向勝負を挑む。

散弾銃のように、裂開された空間をばら撒く悪魔。
触れれば最後、同じ穴が体に開いてしまう。が、れいなの体にはかすりもしない。彼女の体内に宿る「黒血」が、
「能力増幅」の力を何倍にも高めているからだ。当然のことながら、瞬発力、移動速度も黒血が活性化する前の比
ではない。

まるで体全体に翼が生えたみたい。
れいなは自らの得た力について、そう感じる。体が軽い。待ち受けていた幹部たちをなぎ倒した時にも感じていた
が、「黒翼の悪魔」という最大標的を前にしてさらにエンジンが出力を上げているような気さえする。そして、強
く思う。

…勝てる!!!!

最初の出会い。
地元の不良たちを従え大将気取りでいたれいなのプライドを打ち砕いたのは、目の前の女だった。
筋骨隆々とした男をねじ伏せる蹴りも、脂肪の塊のような巨漢を一撃で沈める拳も、まったく通用しない。矢継ぎ
早の連撃を仕掛けても息ひとつ切らさず、涼しい顔で立っている女にれいなは。
間違いなく、獅子を見た。
断崖絶壁のプライドロックに立つライオンに対し、れいなはそれを見上げるしかないか弱き子猫だった。それほど
までの実力差を感じていたのだった。


愛に誘われリゾナンターとなった後も。
れいなの心のどこかにはいつも、「最強の存在」がいた。
追いつきたい、そして超えたい。その思いは、彼女を日々強くしてゆく。
あの時には届かない、そんな諦めにも似た孤高の断崖。
けれど、今なら言える。手に届く。
「黒翼の悪魔」を、超える。

至近距離まで近づいたれいなを、悪魔が迎撃する。
放たれるミドルキックを、足を上げての防御。だが、繰り出される足技はまるでそれ自体が生き物のように隙を付い
てこようとする。防戦一方の悪魔、蹴られた箇所は傷つき、所々が擦りむけて血が滲んでいた。

近接ではやや不利と見た「黒翼の悪魔」が、距離を取り再び大量の空間の穴を目の前に展開する。
そこに喰らいつくように、れいなが走りながら距離を縮めてきた。

「完全に『黒血』をものにしてるんだ。じゃあさ、ごとーの代わりに『黒翼の悪魔』でも名乗ってみる?カッコもそ
んなんだし」

自らの空間裂開の弾幕を縫いながら向かってくるれいなを指し、悪魔が一言。
言うとおり、黒血の影響が角のような髪型や爪に現れたその姿はいかにもそれっぽい。

「お断りやけん!!」

叫びながら、ついに「黒翼の悪魔」の懐に入り込むれいな。
この距離からでは、開いた空間を出現させることは叶わない。
唸るような豪腕が、悪魔の腹部を打ち砕く。はずが。


振るった拳は空気を切り裂くだけ。
それもそのはず。悪魔の腹部は、彼女が立っている所とは離れた空中に浮いていたのだから。
胸から上と足だけという珍妙な格好のまま、黒き翼はにこりと微笑んでいる。

「ずっと『かくれんぼ』してたせいかなあ。よそ様の力だけど、こういう使い方はうまくなったんだよねえ」
「はぁ?卑怯っちゃろそんなん!!」

普通では考えられないような状況に、れいなが苛立つ。
ならば残った部分を攻撃するのみ、と勢いよく放った上段蹴り。それもまた、手ごたえを得ないままに終わった。
今度は首だけ別の場所に飛ばして、体全体でおどけてみせている。

「鬱陶しい!れいな、こんなの好かん!!」
「せっかくの能力も、使う相手が猪突猛進だったら宝の持ち腐れかぁ。力任せのごり押しじゃ、ごとーには勝て
ないよー」

れいなから離れ、再び首を戻したあともその体は安定しない。
まるでテレビに映った画像のように、体のあちこちを点滅させる「黒翼の悪魔」。そして、自らの両手が消えた
その時。
れいなの両腕が、水平に無理やり開かれる。手首には、消えたはずの悪魔の手ががっちりと絡み付いていた。

「…何しよう!離せ、離せ!!」
「油断大敵。話は変わるけど、自分の体を好きな場所に転移できるってことは。そのまま相手にも同じ事が言
えるんだよね。例えば…心臓とか」

身動きのとれないれいなに、「黒翼の悪魔」が一歩、また一歩と近づいてゆく。
ダークネス最強の能力者という謳い文句は伊達ではない。そう思い知らされるとともに、れいなの心に激しい
反駁心が芽生えた。


凄まじい力を与えられながらも、れいなはこの力が決していいものではないことを知っている。
能力は飛躍的に向上しているはずなのに、何故か自らの体が蝕まれているという感覚しか湧き上がってこない。
それでも。

「あんたを、あんたを倒さんと…さくらちゃんを救えん!!!!」

れいなの目的は、目の前の敵を倒すことの他にもある。
囚われの少女を、救い出すこと。
マルシェが何を成そうとしているのかなんて、知ったことではない。
これ以上、悲しい境遇の少女を増やしてはならない。
私たちは、人殺しじゃない。かつてリゾナンターのリーダーだった愛は、メンバー全員を集めてそう言った。逆に
言えばその言葉の重みは、生体兵器として生み出され、組織のいいように人の命を奪ってきた悲しい過去の証明で
もあった。
そんな思いを、これ以上さくらに味わわせることはできない。

れいなはイメージした。
体の中の黒く禍々しい血が、噴火するかのように全身を駆け巡る姿を。
そしてその通りに、黒血がさらなる力をれいなに与える。

手首から生える、黒い牙。
黒血によって形成された刃が、確実に「黒翼の悪魔」の両手を刺し貫く。
拘束が弱まったことで、体の自由を得たれいなが一直線に悪魔のほうへと突進した。

「やるね。けど、そんな単調な攻撃じゃ…」

言いかけた悪魔の言葉が止まる。
速い。速すぎる。自らの体を転送させる余裕などない。ならば、空間の穴を開けてその中にれいなを放り込むか。
ダメだ、間に合わない。


れいなの振り上げた拳が、「黒翼の悪魔」の体に深くめり込む。腕にまで伝わる、何かを破壊するような鈍い感触。
間違いなく、効いている。
その予感の通りに、悪魔は後ろによろけた。

態勢を崩した孤高の獅子に、れいなが鋭く差し迫る。
蹴り、蹴り、突き、突き、そしてまた蹴り。
まるであの時とは逆のシチュエーション。悪魔のガードを突き抜け、確実にボディにダメージを与えてゆく。
一呼吸すら置かず、飛び上がるれいな。鳥のように軽やかに空を舞いながらの、飛び膝蹴り。
まともに顎に食らった「黒翼の悪魔」は大きくのけ反り、辛うじて倒れるのを食い止めた。

「こ、これはちょっと効いたかも」
「無理せんで、血ぃ吐いて倒れとき!」
「…わかったよ。第一ラウンドは、あんたの勝ち」

ふわりと笑った、悪魔はゆっくりと床に倒れてゆく。
同時にれいなの足元に現れる、ぽっかりと開いた空間の穴。

「”ドレスチェンジ”にちょっとだけ時間がかかるんだよねえ。だから、そこでちょっと待っててよ。いいもの、
見せてあげるから」
「くそ…卑怯者!!」

相手もまた空間の穴に吸い込まれるのを目にしながら、れいなは仕掛けられた「落とし穴」にゆっくり沈んでいった。




投稿日:2014/01/28(火) 13:54:22.10 0


54回目



その頃。
研究所の正面にて「黒の粛清」と対峙する里沙とさゆみは。

粛清人一人だけでも辛い戦いが予想されるのに、その上相手には二人の従者がいる。
単純に考えれば、3対2.しかし人数だけで計れるほど能力者の戦いは単純ではない。

「チャーミーさーん、いつもの『v-u-den』、やっちゃいます?」

垂れ目の巻き髪が、気だるそうに言う。

『v-u-den』。普段粛清人として単独行動が多い「黒の粛清」ではあるが、従者である二人を引き連れた時にはフォ
ーメーション攻撃で標的を狩っていた。二人の従者が「V」と「U」の軌跡を描きながらターゲットを同時攻撃。
最後に「黒の粛清」がとどめ(dead-end)を刺す。それが、死のフォーメーション『v-u-den』。

もう片方のショートカットの女が、にやりと笑う。
自分達のフォーメーションに自信を持っているからこその、笑み。
巻き髪の提案に、

「いいですね。一気に片付けましょうよ、チャーミーさん!!」

と続いた。
しかし。


「…あんたたち。人前ではチャーミーって呼ぶのやめてって言ってるでしょ!!」

と「黒の粛清」に雷を落とされる羽目に。
さらに、粛清人の説教は続く。

「大体唯、あんた全然やる気ないよね?どうせここに来る時も『はーかったるいわぁ』なんて思いながらだったんで
しょ?そういうの顔に出るんだから。それと絵梨香、あんたっていつも人の意見に乗るだけだよね。自分がないって
感じ?そういうのってさあ、ダークネスに所属してる人間としてどうなのよ」
「…すんません」
「は、はぁ」

まるで新人をいびり倒す先輩アイドルのような光景に、ついにさゆみが口を挟む。
決していびられている側に同情したわけではないが。

「あのー。さゆみたち、おばさんたちのショートコントを見に来たわけじゃないんですけど」
「なんですってえ!?」

おばさん、の一言が「黒の粛清」の逆鱗に触れる。
即座に怒りのボルテージを上げる「黒の粛清」だが、何かを思いついたようで急に意地悪な笑みを浮かべた。

「どないしたんですかチャーミーさん、そんなキモい笑い方して」
「あんたはいちいち一言多いのよ…唯、絵梨香、あんたたち、あっちの黒髪の女のほうを狙いなさい」
「え!だってあっちは物質崩壊の!!」
「なにびびってんのよ絵梨香。ようするにもう一つの人格を出させず始末すればいいんじゃない」
「まあ、確かにそうですけど」
「わかったら、さっさとやってよ!!」


粛清人の指示に従い、唯と絵梨香がさゆみのほうへと襲い掛かる。
里沙がピアノ線でそれを阻止しようとするも、横から入り込んできた「黒の粛清」に阻まれた。

「あんたの相手はあたしよ?忘れないでちょうだい」
「くっ!さゆみん、とにかく逃げて!鞘師たちか石田たちが向かってった方向に行けば合流できるかもしれない!!」
「…わかった!!」

里沙の言うとおり、ここで下手に乱戦になったら彼女の足を引っ張るのは自分だということをさゆみは十分理解していた。
とにかく、逃げれるだけ逃げる。
さゆみは島の奥へと続く道を走り出した。互いに顔を合わせ、それからその後を追う粛清人のしもべたち。

「さ、邪魔がいなくなったところではじめましょ?」

里沙と粛清人、互いに向き合う。
二重能力のタネが明かされたとは言え、相手は獣化能力の使い手だ。
まともな攻撃方法では歯が立たないのは明白。
前回は獣化する前の隙を突いて一矢報いることができたが。

「かかってこないの?いつでもいいのよ、攻撃してきても。前みたいなことには絶対にならないけど。それとも
…後輩が心配?」


にやにやしながら、粛清人がゆっくり間合いを詰めてゆく。
自らの攻撃の射程圏に入れて一気に狩るつもりなのだ。
しかし、里沙はゆっくり首を振る。

「確かに心配かも。でもそれは、さゆみんのことじゃない。あなたの、仲間のほう」
「は?治癒の能力しか使えない雑魚に何ができるって言うのよ!」

見下したつもりが逆に情けをかけられる。
自分のことではないにしても、彼女のプライドを刺激するには十分。
粛清人は怒りを露にし、里沙のことを火が出る勢いで睨みつけた。

やはり。
この人は些細なことで激昂する。前々から感じていたことだけれど、こと戦闘においては弱点。これを使わない手
は無い。
ただ、相手を怒らせるために言った言葉だけれども、内容は紛れもない事実。

里沙は、さゆみたちが走っていったほうをちらと見て、それから再び「黒の粛清」に向き直った。




投稿日:2014/02/01(土) 13:41:58.08 0


55回目



一方、絵梨香と唯の追撃をかわすべく走り続けるさゆみ。
それなりに鍛えたつもりの脚力も、戦闘のプロたちにかかればひとたまりもない。さゆみが想定していたよりも早
く、追いつかれてしまった。

「運痴の癖に逃げんなや!」

さゆみの逃走路を塞ぐように先回りした唯が、息を切らしながら目の前に立ちはだかる。もっとも唯を邪魔してい
たのは体力ではなく、胸についた立派なもののせいなのだが。

「確か道重さん。あなた、極限まで追い込まなければ『お姉さん』は発動できないはず。つまり、苦痛すら与える
ことなくあっという間にあの世に送ればいい。そういうことですよね?」

そして背後には、絵梨香。
いかにも近接格闘に向いた、細身ながらも力強そうな体つきだ。まともにやり合う、などということは考えないほ
うがいい。

「例えば…せやな。あんたをそのまま、そこの断崖絶壁に突き落とすってのはどう?別人格が出てきてもその頃に
は海の底やで」
「お生憎様。そんなこと、絶対にさせないんだから」
「さよか。みーよ、早よ終わらせよか。うち、昨日は夜遊びしすぎてめっちゃ眠いねん」

挟み撃ちの体制のまま、さゆみは二人の特性について考える。
「黒の粛清」が念動力の使い手である、という錯覚を引き起こしたのは本来の念動力者である彼女たちが姿を隠し
てサポートしていたから。加えて、後ろのショートカットは肉弾戦も得意。となると普通に考えて、逃げ場は無い。


あれを使うしかない…よね。

さゆみは意を決する。
この場を切り抜けていち早く後輩たちのもとに駆けつけるためには、あの手を使うより他にない。ポケットに手を
やり、敵に阻止されないように「それ」を一気に飲み込む。

「おい、今お前何飲んだ!?」
「……」
「まさか。この感じは」

唯も、そして絵梨香も。
さゆみの変化に敏感に反応する。それは外見の変化ではない。彼女が常に内包している、もう一つの人格の覚醒。

「…へえ。こんなこともできるんだ。あのおじさんもそれなりの仕事ができるってことだね」

次に「彼女」が言葉を発した時。
二人は確信した。どういうからくりかはわからない。けれど、姿を現したのだ。さゆみの姉人格である、道重
さえみが。


さゆみはリゾナンカーを出発させる前に、つんくから一粒の錠剤を手渡されていた。

「これは」
「いつでも『お姉さん』に逢える薬や。とは言っても、1回こっきりの効き目やけどな」

喫茶リゾナントに度々足を運ぶつんく。
自らの斡旋した能力者たちの様子を見に来た、というのは建前。隙あらば、この手の胡散臭い「新商品」を売り込
んでくる。喫茶店の懐事情も相まって、実際に買ったりすることはなかったが。

「…なんか凄い怪しいんですけど」
「正確に言えば、たった1度だけ主人格以外の人格を呼び出す薬やねん。道重、お前の人格は二つやから、それを
飲めば確実に別人格が現れる、っちゅうわけや」

掌を広げ、その上に乗った錠剤を見る。
一見、何の変哲も無い薬。白くて小さい、丸い粒。風邪薬と言われれば、信じてしまうかもしれない。こんなもの
に、本当にそこまでの効果があるのだろうか。

「ま、ピンチの時に飲んでみるんやな。効果は臨床試験で実証済みやから」

そう言ってかっかっかと笑うつんくを見て、さゆみは一抹どころじゃない不安を覚えるのだった。


半信半疑で錠剤を飲んださゆみ。
結果は。生命の危機に直面することなく、「さえみ」は現れた。
薬効としては上々のものだった。

「破壊と再生は、表裏一体。そのことを、あなたたちにも教えてあげましょう」
「…冗談じゃない。うちらはチャーミーさんの懐刀やで。そんな端役みたいな死に方してたまるかいな!!」

顔つきは、先ほどのさゆみと変わらないのに。
雰囲気が、纏うオーラが。あまりにも違いすぎる。端的に言えば、恐怖。
恐怖の感情そのものを植えつけてしまうような存在。それが彼女の扱う「物質崩壊」能力に起因していることを、
絵梨香と唯は知っていた。

「触れたら最後よ、ゆいやん」
「わかってるわ」

最悪の事態ではあるが、撤退の選択肢はない。
自らの主人である「黒の粛清」に与えられた命令は絶対。それが、彼女に仕えた時からの二人の不文律であった。

挟み撃ちの状況から、二人が攻撃を仕掛ける。
絵梨香がさえみに近づき、滅びの手に触れないよう最大限の注意を払いつつ近接攻撃で牽制。その間、唯は離れ
た場所からの念動弾を放つ。仮にも粛清人が使っていると見せかけていた念動力、その威力をまともに受ければ
ただでは済まないはずだが。


「滅びの前には、いかなる力も…無力」

唯は自らの目を疑う。
さえみは、右の手のひらを前に差し出して、唯の念動弾を止めていた。
否。ただ止めているだけではない。
念の塊が崩れ、消滅してゆく。

「アホな!生物ならともかく、念動力やぞ!!」
「あなたにはわからないの?念の力もまた、生きていることを」

生きとし生けるもの全てに、過剰なる活性化を促し、細胞を崩壊へと導く「物質崩壊」。形のない念の力ではある
が、元を正せば人間の創り出したエネルギー。過活性化を免れないのもまた、道理であった。

「ちっ、バケモンがぁ!!」

恐怖に囚われた唯が、闇雲に念動弾を連発する。
ただそれは、自らの視界を曇らせる愚行。
さえみの姿は、唯の前から掻き消えていた。

次の瞬間には、唯の前に膝まづき、愛おしそうにその足を撫でているさえみが。
瞬く間に、生気に溢れていた肌が黒化してゆく。

「っ…ぎゃああああああっ!!!!!!!」

やせ細り墨の棒となった足が、体の重みに耐え切れず崩壊した。
バランスを崩して倒れこんだ唯の、激痛と恐怖による叫びが木霊する。


「脆いものね」

滅びの余韻をさえみが味わう間もなく、今度は絵梨香が急襲する。
相方がやられてしまった以上、最早自らの安全を確保している場合ではない。自らの両手に念動力を集め、可能
な限りの強化を図った。

「あんたの滅びの手と、あたしの『清苦波羅掌』!どっちが通用するか試してやるよ!!」

黄金に光る、絵梨香の手。
組織内で技巧の名手、テクニシャンで鳴らす彼女は自らの能力に絶対の自信を持っていた。しかし解体できない
ものはないと豪語する彼女ですら、目の前の全てを滅びに導く魔手に恐れおののいてしまう。覚醒すればリゾナ
ンターの主戦力であった愛やれいなに比肩すると謳われた実力は、敵であるダークネスの間でも噂になっていた
からだ。

それでも、やるしかない。
ここで退けば「黒の粛清」による断罪は免れない。ならば、命に代えても全力で事に当たるのみ。

風に吹かれる木々の葉のように、ゆらりと体を揺らしたかと思うと。
絵梨香による怒涛の攻撃が繰り出された。
要するに。滅びの力が自らの手に伝わる前に、相手を打撃で打ち倒せばいいのだ。おそらく手は一生使い物にな
らなくなるだろうが、それで相手を討ち取れるなら本望。

右からの掌底、左拳の突き、ラッシュ。
あらゆる手技が、さえみに浴びせられる。身じろぎすらできない。絵梨香の脳裏に、勝利の文字が浮かび上がっ
てきた。

が。おかしい。
手ごたえがまったくない。いや、そもそも。
攻撃が当たっているのか?


「忙しいことね。よくご自分の手を見てみなさいな」
「な、何言って…」

言われた通りに、自らの両手を見る絵梨香。
そこには、手首から先を失った二本の棍棒のような両手が。

「あ…あっあっああああぁぁぁぁ!!!!!!!」

絵梨香が攻撃を仕掛けた時。
勝負は既に決していた。さえみの滅びの力は、既に彼女の手を蝕んでいたのだ。

唯と同じように、自らの体の一部を失った恐怖と激痛で倒れのたうち回る絵梨香。
そんな様子を、感情の伴わない瞳で見ていたさえみだが。

「昔の私なら、そのままあなたたちを無の世界へと旅立たせていたんでしょうけど。『不殺』って案外難しい」

そう言い残して、意識をさゆみとバトンタッチした。
主人格を表層へと浮上させたさゆみは、改めてつんくに渡された薬の効力を思い知る。

凄い…「お姉ちゃん」に入れ替わって戻っても、意識を失わない…

通常さゆみが「さえみ」となり、再びさゆみに戻る時は。
膨大な精神力の消耗により、長い眠りを必要とする。それが、ない。
ただし、つんくはこうも言っていた。

― もともとが無理やり別人格を引っ張り出す薬やからな。揺り戻しはきっついでぇ? ―

その言葉の本当の意味を、さゆみはまだ知らない。





投稿日:2014/02/03(月) 11:26:53.53 0