『ジャッジメント』


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闇の世界にその名を轟かせる、ダークネス。
だが、巨大な組織であるがゆえに決して一枚岩ではない。
今宵も、苛烈な支配から逃れようとするものが夜の街を逃げ惑う。

「ハッ…ハァッ…こ、ここまで来れば…もう大丈夫だろう…」

テーブルにどっかと座り、息を整える男。
周りのあちこちから、笑い、はしゃぐ声が聞こえる。
煙草の煙と、酒の噎せ返るような匂い。

無慈悲な上納金に耐えかねた、下部組織が金の支払いにノーを突きつけた翌日。
組織のアジトは、ダークネスの粛清部隊によって爆破された。

組織の中心にいた5人の男。
そのリーダー格であった男は、自らが安全地帯まで逃れたことに改めて安堵する。
雑居ビルの中の居酒屋。ここなら、粛清部隊が一般人を巻き込んでまで自分を粛清する可能性は非常に小さい。例え追手がこちらまで来ても、盾とな
る人間はいくらでもいる。


安心からか、酒を飲みたい気分になる。
しばらくすれば、また逃走を続けなければならない。それまでの、つかの間の休息。
中ジョッキをオーダーすると、男はくたびれた背広からくしゃくしゃになった煙草の箱を取り出した。

咥えた煙草に、火がつけられる。
男がつけたわけではない。第一、まだライターを取り出していない。

「火…欲しかったんですよね?」

いつの間にか向かいの席に座っていた女が、男の顔の前にライターを差し出していた。
最近の若い女はどいつもこいつも軽い奴ばかりだ。男は自らの顔の造形に多少の自信があった。やや目の下の隈がきついとは言え、年より若い風貌は中
堅の年齢のアイドルとしても通用しそうなものだった。

しかし。男は妙なことに気付く。

「…おめえみてえなガキが、何でこんな場所にいる」

女は。あまりにも若すぎた。
間違いなく20歳より下。場合によっては、高校生ですらないかもしれない。
男の疑惑の目には答えず、少女は口を開く。


「”J”ってグループ、ご存じですか?」
「そういうことね」

男は理解した。
目の前の少女が、自らに差し向けた刺客であることを。
おかっぱ頭の、素朴な顔立ち。なのに、目だけは異様なまでに存在感を表に出している。
目。黒目。全体の8割ほどの面積を占める黒目が、闇を誘う。
間違いなく、組織がらみの能力者。

「俺も舐められたもんだな。”セルシウス”でもねえ。”B”でもねえ。どこの馬の骨ともわからねえグループのガキを差し向けられるとはな」
「ふふっ。お姉さんたちは忙しいみたいですよ?」
「それも、たった一人だ。お前みたいなチビに、何ができる?念動力で俺を押さえつけるか?精神操作を仕掛けるか?どちらにせよ、こいつで一発だけ
どな」

男が自信たっぷりに懐に手を入れた。
能力阻害ユニットつきの、サイレンサー銃。これなら、周りに気付かれることなく相手を迎え撃つことができる。
それを見た少女は、持ってきた鞄から、DVDプレーヤーを取りだし男の前に置いた。

「何のつもりだよ」
「自己紹介みたいなものです。お時間は取らせません」

言いながら、プレーヤーを再生させる少女。
そこに映し出されたものは。


倒れる、一人の男。
その顔に見覚えがあった。男の同僚だ。
そんなことよりも。

男の体は、激しく損傷していた。
衣服はぼろぼろ、手足の一部が欠落。まるで、何か巨大な獣に噛みちぎられ打ち捨てられたかのように。

「これは…お前の仲間がやったのか」

少女は答えない。
代わりに、プレーヤーの映像が答えを出す。
仲間の遺体は、信じられないことに。薄桃色の鱗に覆われた大きな生物に、噛みつかれ呑み込まれた。
恐竜。薔薇水晶に象られた、大きな恐竜。

― 私は…ローズクォーツ。―

恐竜の後ろに立つ少女が、そんなことを呟く。
赤のシャツと黒のパンツが目を引く、野性的な顔立ちの少女。

― 相変わらず、ともの「ジャッジメント」は激しいよねえ。―

そのすぐ近くで、赤い帽子を被った小柄な少女が感想を漏らす。
愛らしい小動物的なルックスとは裏腹に。少女の手にはずたぼろになった布のようなものが握られている。


いや、違う。
ぼろきれのように見えるのは、人間の皮。

― 「牙のジャッジメント」に、「渇きのジャッジメント」。そして私のは。―

さらに現れる、少女。
三人の中で一番年上と思しき彼女、その手は赤い手袋をしていた。
手袋。赤い帽子によく似合う手袋。否。手袋ではない。足もとで倒れている、男の仲間が教えてくれる。全身血まみれで倒れている、体中のすべての血を
噴き出し大きな血だまりを作っている。彼女の赤い手袋は、男の血に染まった赤い手。

その横では、すらりとしたスタイルの少女がひたすら男を殴りつけている。
端正な顔立ちに無垢な笑みを浮かべ、壁に男を押し付けながら楽しそうに殴っている。
対する男は。男であった肉の塊は。目玉を飛び出させ、体のあちこちから骨や筋がむき出しになり、腹からぼろぼろと臓物を飛び出させていた。少女が殴
るごとに、肉の塊は飛び散り壁に汚らしい染みを作る。

そこで、プレーヤーは停止した。
まるで、これからあなたはこのような運命を辿るんです、とでも言いたげに。


先程とは明らかに男の顔色が変わっていた。
自分の仲間たちが既に惨たらしく、惨殺されていることもさることながら。
男は、思い出した。彼女たちの「正体」を。

「お前ら…ジャッジメントだな」
「どこの馬の骨ともわからないグループの名前、知っててくれてたんですね。うれしいりん」

ジャッジメント。
粛清人亡き後の、組織の粛清部門を請け負うこととなった五人の少女たち。
彼女たちはそれぞれの形によって、組織に仇なすものを裁いてゆく。裁かれたものは例外なく、有罪。そして下される罰は、死以外の何物でもない。その
無慈悲な裁きは、かつての粛清人以上だという噂が流れていた。

「で…どうするつもりだ。さっきのDVDみたいに派手に俺を殺るのか?騒ぎになるぞ?」

声が、自然に上ずる。
男は、恐怖していた。目の前の少女のことを。
けれども、こんな大勢の人間がいる中で凶行を実施することはない、とも踏んでいた。
やるなら、おそらくどこか別の場所に連れ出すはず。
冗談じゃない。逃げ切ってやる。そんなことを、考えていた。

「確かに。けどまあ、ここにいる人全員死んだとしても、そんなに問題にはならないと思いますけど」
「ハッタリこいてんじゃねえよ!!!!」


男が立ち上がり、叫ぶ。
そこには単純に少女に対する怒りと、もう一つは自分に周りの目を注目させるため。

「逃げてやる。逃げ切ってやるよぉ!!」

そして男は、どさくさに紛れ逃走を図った。
もちろん、相手の追撃を交わすように、店内の人間を利用し死角に逃げ込むように。何らかの攻撃を加えた場合、より多くの人間が巻き添えに、いや肉の
盾として利用できるように。

男の目論見は成功する。
少女は男に手を出すことなく、その逃走を見送るだけ。

ざまあみろ。何がジャッジメントだ。お前らみたいなしょんべん臭せえガキなんかに、俺のことを裁くことなんか、できっこねえんだよ!!

腹の底からそう叫びたい気持ちに襲われる。
してやったりという、喜びが徐々に湧き上がってきた。

雑居ビルを出て、繁華街を歩く。
ここもまた、多くの人であふれている。やれるものならやってみろ。逃亡者にふさわしくない言葉。
だがすぐに、男は後悔することになる。


辺りが急に、暗くなる。
さっきまで、あれほど煌びやかなネオンの光に溢れていたはずなのに。
空を見上げる。隙間がないほどの、闇。

なんだ…なんだよ、これ!!!!

男の戸惑いは、やがて恐怖へと変わる。
右を見ても、左を見ても。目を見開いても、閉じても。
闇。闇。闇。
男の精神が崩壊するのに、そう時間はかからなかった。

闇は、男の体を侵食してゆく。
手が、足が。闇に文字通り「食べられる」。
しかし、全てが闇に覆い尽くされた男がその様を見ることは叶わない。
闇は男の肉体を堪能するがごとく食らいつくし、最後の飾りをつまみ食うがごとく、恐怖にまみれた男の意識を呑み込んだ。

男が先ほどまでいた、居酒屋。
一人取り残された少女は、ぽつりと呟く。

「無駄なことなのに。『ジャッジメントからは、逃げられない』」





投稿日:2014/01/08(水) 01:14:20.52 0