■ ユースレスチワワ -工藤遥・新垣里沙- ■


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 ■ ユースレスチワワ -工藤遥・新垣里沙- ■

今の工藤には、『それ』が、出来なかった。

確かに工藤は【変身】した。

白く冷たい蒸気。
全身を肉が覆い、白い毛皮が体を包んだ。

だが、『頭』が、生えてこなかった。

獣の頭部は、大きな口と、かろうじて鼻のようなものは生えかけたが、完全な狼の頭部にはならなかった。

目が見えない、耳が聞こえない。
かろうじて身体感覚と臭いはわかる。
だが平衡感覚がうまくつかめない。
何度も起き上がろうと藻掻き、藻掻いては、転倒する。
立ち上がる事が、できない。

「おちついてー!工藤!ゆっくりー!」
部屋に設置された拡声器を通してくぐもった新垣の声が聞こえる。
獣の感覚器を通してではなく、分厚い筋肉越しに、直接工藤の身体に届く。

一旦、立ち上がるのを中断し、不完全な獣の口で必死に息を吸い込む。
息が苦しい。
どうやら、呼吸器官の増設は無い。
獣の肉体を活動させるのに必要な酸素は工藤の呼吸とは別なのだろうか?、それとも?
工藤にはわからない。
だが、少なくとも、工藤自身に必要な酸素は、すべて自らの呼吸でまかなわねばならない。

『おちつけハル!ゆっくり!ゆっくり、立つ、ぞっ!』
息を整え、ゆっくりと両腕を突っ張る。


「よーし!その調子!ゆーっくりぃっ!」
新垣の声に導かれ、今度は下半身に感覚を集中させる。
両足を立て、四つん這いに。
次は背骨だ、意識を集中させる。
ぐにゅぐにゅと左右に歪み、全く安定しない。
獣の頭部が不完全なため、脳が足りないのである。
すべて、工藤自身の頭と、心で、獣の肉体を制御しきらなければならない。

ぷるぷると全身を震わせながら、獣の背が、だんだんと山形に盛り上がる。
かくん、左ひじの力が抜ける。不完全な頭部と左肩を床に打ちつける。

「まだ大丈夫!工藤!がんばれー!」
新垣の声。

左肩と右腕で上体を支える。
両足の位置を少しづつ、重心に近付ける。
もう一度、両腕に力を…
背骨が左右に歪むのを必死に抑える。

「いける!いけるよー!よしっ!ほーいっ!」

立った。

工藤は、狼の全身を、己の精神力だけで支え切った。

『やった!立てた…ぞっ!』


だが。

かくん。
ズシーン。

それも、ほんの数秒、今度は後ろへとバランスを崩し尻もちをついてしまう。
そのまま、開脚前屈のような格好でぺたんと腹ばいに。
惨めに四肢をうごめかす。

『なっなんだよっ!まだちょっと立っただけだぞっ!くそっ!起きろっ!このっ!』
すでに集中も限界ということか、もはやまともに動かす事も出来なかった。
やがて、感覚が獣の器官から工藤自身のものに戻ってくる、それと同時に獣の肉体が溶け出す。

ここで、新垣から中断の指示が下ったのだった。

――――

くやしかった。
はずかしかった。

ハルは役立たずだ。

また、涙がこぼれそうになる。
ぷるぷるとくちびるが震える。


「いやー。でもよかったよ、工藤。安心したよ。」
両手をせわしなく動かしながら新垣が声をかける。

なにがいいんだ?ハルは大失敗したのに!

「でも、できませんでした!頭が…頭がちゃんと…。
見えないし!聞こえないし!だって!立つことも出来なかった!」

くってかかる。自分が悪いのに、新垣を責めたくなる。

「ほぉう!できてたよ!」

え?

何が?
何が出来ていたというのだ?

工藤は失敗した。

何も、出来なかった。

なのに。

「工藤はさ、あの狼の姿になってるとき、アタシの呼びかけにずっと応えようとしてたでしょ?」

え、え?


「わかるよ。工藤も、わかってたはずだよ。
見えなくても、聞こえなくても、ちゃんとアタシがわかってた。
凄いことだよ?
自分を見失わずに、自分自身であり続ける事が出来た。
それって、覚醒したばかりの【獣化】能力者にとって、なにより大事なことだよ。」

新垣は、あえて、【獣化】と、決めつけて話を展開した。

「立てなかった、とか、身体がちゃんと作れなかった、なんてちっちゃな問題だよー?
いいかい?工藤の能力にとって一番、重要で、大切なことは『自分を見失わない事』だよ。
そこを工藤は、もう最初に克服できてんだから。
ねー?
一人で戦うんじゃないんだから。
周りのみんなが信頼するのは、工藤の『力』じゃないよ。
工藤『自身』なんだから。
ねー?」


新垣はタオルごと工藤の頭を胸に抱え込んだ。
背中をリズミカルに、ポフポフポフッと叩く。

「だいじょうぶ!工藤、だいじょうぶ!
リゾナントで、みんなで戦おう。」

新垣さんは、何も知らないはずだ。
矢島さんの事も、『あいつ』のことも、まだまだ話してない事がいっぱいある。
それなのに、まるでハルの考えてる事、全部知ってるみたいに、
ハルが一番、言って欲しかった事、全部知ってるみたいに。

――大丈夫――

白いタオルが頭にかかっていてよかったよ。

抱きしめられながら、
工藤は、きゅぅっとタオルの端をひきよせる。

ちがうっ!

ハルはっ、泣いてないぞっ!



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投稿日:2014/01/05(日) 23:16:43.26 0