『リゾナント殺人請負事務所録』 Interlude.3~ビン入り殺し屋たちのおはなし~


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「つーわけでさ、おかしなことされっと面倒なわけよ、あの女に」
「なるほど」

短い言葉とともに、さゆみは表情のない頷きを返した。

目の前には、応接ソファにふんぞり返るようにして座った若い男の姿がある。
短髪の頭にはところどころ剃り込みが入って模様が描かれ、耳は元より鼻や唇にもいくつものピアスが埋め込まれている。
濃いめのブルーが映えるデニムのジャケットとパンツは、どこぞの高級メーカーのものだろう。
趣味がいいとは思えない形状の黒革のブーツや、首から無造作に下げられたネックレスも、同様に値の張るものに違いない。

「せっかく事件は解決してるんだからよ、それを台無しにするとか許されねーだろ?普通に考えて」

その言葉にはさゆみは特に何も返さず、ただ話の続きを待っている。

「つかさ、こんなお茶とかいーから灰皿ねえ?」

ふと、男の視線がさゆみの顔を外れ、脇に立つ里保へと向けられた。
不必要に全身を舐めまわすようなその視線を冷たく断ち切るように、事務的な声を返す。

「申し訳ありませんが、当事務所は禁煙になっています」
「あ?煙草くらい吸わせろよ。客だぞこっちはよ。黙って言うこと聞いてりゃいいんだよクソが!」

一瞬で苛立ちを露わにすると、男は机の上の湯呑茶碗を卓から取り上げ、見せつけるようにしながら中身を床にぶちまける。
空になったそれを、当てつけのように灰皿にするつもりなのだろう。

「事務員の教育がなってねーんじゃねーのか?」

さゆみに向かってそう言いながら、男は煙草を口に咥え、ブランドものらしきジッポに火を点ける。

「……ん?」


だが、その火が煙草に移ることはなかった。
当たり前だ。
あれだけ湿ったものにそう簡単に火が点くわけがない。

「2つ、あなたの思い違いを訂正させてください」

怪訝そうに顔をしかめる男に、さゆみは2本の指を立てる。

「まず1つ。この子は事務員じゃありません。いい腕してるんですよ。いまや“業界”で知らない人間の方が少ないくらいには」

ややたじろいだ風の男に、黙って頭を下げた。
つい少し緩んでしまった頬を、顔を上げるときには元通りにする。

「…そしてもう1つ」

1本だけ残した人差し指を、さゆみは顎のあたりに付ける。
その仕草が、いつもながら無駄にかわいい。

「あなたはこれまで“社会のルール”には従わずに生きてきましたよね?」
「社会のルール?法律とかそういうことか?まあな、従えたことはあっても従ったことはねーよ。俺は特別な人間だからな」

自分が他人とは違う存在であることを確信した顔で、男は笑う。
それはきっとその通りなのだろう。
世界は決して公平ではなく、そしてこの男は世界に贔屓されている側の人間だ。

「そのことについて何かを言うつもりはありませんし、言うこともできません。ですが」

言葉を切ると、さゆみは立てた人差し指を裏返し、僅かに左右に振る。

「“表の社会のルール”と“裏の社会のルール”はまったく違うものだということ、それだけは覚えておいてください」
「あぁ?何だと?」


条件反射のように逆らう素振りを見せた男だったが、さゆみの静かな表情に気圧されたように一瞬目を逸らす。
そして、思わず自分が取ったその行動自体への腹立たしさからか、小さく舌打ちをした。

「たかが禁煙が“裏の社会のルール”なんて大層なことなのかよ。くだらねえ」
「いえ、それは単にこの事務所のルールというだけです」
「はぁ?」
「あなたが本当に“ルール”を破ってしまう前に、忠告しているんです」

再び言葉を切り、さゆみは人差し指の先を今度は床へと向ける。

「『ここ』は、ときにはあなたの“特別”が通じないこともある世界だと」

沈黙が訪れる。

少しだけ興味があった。
この男が、半ば説教じみたさゆみの言葉に対し、どのような反応を見せるのか。

「クソが!」

だが、男の口から出たのはオリジナリティの欠片もない、しかも本日2度目の陳腐な罵声で、里保は少しでも興味を抱いたことを後悔した。

「俺にそんな態度とってただで済むと思うなよ?死ぬほど後悔させてやるからな!」

後悔ならたった今したところです。
死ぬほどではないですけど。

「それで、依頼の件はどうなさいますか?」
「やめに決まってんだろがクソが!」

本日3度目の罵声でようやく少し落ち着いたのか、「そうですか。ではまたの機会に」と頷いたさゆみに、男は声のトーンを落として凄んだ。

「またの機会なんてねえよ。近いうちに潰してやるからな」


その恫喝に、さゆみはただ小さく首を傾げてみせる。
そして、それまで無表情だった顔に、天使のような笑みを浮かべた。

「後悔するんじゃねえぞ!」

さゆみの笑みに一瞬毒気を抜かれたような表情を晒した後、男はあまりにも安っぽい捨て台詞を残し、乱暴にドアを開けて出て行った。
それにしても、後悔させてやると言った先から後悔するなと言われても、どうしていいのやらだ。

「…よかったんですか?」

あー疲れたと言わんばかりに首を回しているさゆみに、そう問いかける。
あの男は絵に描いたようなドラ息子だが、その父親は“表”に対しても“裏”に対しても、結構な力を持っている。
敵に回していいことがあるようには思えない。

「じゃあ鞘師はあいつのやったこと許せるの?」

言いながら向けられた流し目から逃げるように、里保はテーブルの上の空になった茶碗に手を伸ばしながら返事をした。

「私たちだって同じことをしてるわけですし」
「いやいやいや同じじゃないから。小さい女の子ばっかり狙うなんて最低すぎ」
「それは差別じゃないですか?命は平等なんですから」
「平等なわけないじゃん。小さくてかわいい女の子の命は特別なの」

先ほどの男――宗玄洸(そうげんあきら)――は、小学生の女の子を拉致し、監禁し、暴行し、殺害している。
それも1人や2人ではない。既に片手に余る少女がその犠牲になり、世間を大きく騒がせた。

自分の欲望を満たすことしか考えていないその犯行は、父親の手による「後処理」によりしばらくは露見せずに済んでいた。
しかし、無思慮なままに行われ続けるものを、毎回完全に隠し通すことはあまりにも難しい。
やがて捜査の手が伸びかけたことで、洸は――というよりその父親は次の手に出た。
すなわち「代役」を立てたのだ。
こうして「女子小学生連続監禁殺害事件」は6人の犠牲を出したところでようやく終結を見た。
言うまでもなく、あくまで世間的には……だが。


逮捕された“犯人”は速やかに起訴され、裁判を待っている。
余程のことがないかぎり、死刑で確定するだろう。
自分の命を捧げ、後世まで残る悪名を拝してまで「代役」を演じねばならない理由は分からないし興味もないが、とにかくそれですべての片が付く。
さゆみの言う通り、実際のところ命は平等などではない。
……さゆみの言っていた意味とは少し違うけれど。

軽くため息を吐きながら、洸が床にぶちまけたお茶を「回収」する。
一固まりになったお茶は宙を漂い、里保の手にした茶碗の中へと戻った。

「ちょっとちょっと、それはさすがに汚くない?」

眉をしかめ、手の中の茶碗を指差してくるさゆみに笑みを返す。

「洗えば別に大丈夫ですよ。それに、これ、どうせお客さんしか使わないんですし」
「なるほど。じゃあいいか」
「そんなことより」

表情を真顔に戻し、再び尋ねる。

「あの人が道重さんの敵なのは分かりましたけど、本当によかったんですか?」

あの男の幼児性から鑑みて、やるといったらやるだろう。
実際に潰せるかどうかはさて置いて、色々と面倒なことになるのは目に見えている。
もちろん、さゆみのことだから一時の感情でそんな事態を引き起こすことは絶対にありえないと分かっていたが、聞かずにはいられなかった。

「大丈夫。さゆみのこの美しい体を差し出せば、どんな大物でもイチコロなの」
「なるほど。じゃあいいですね」
「ちょっとちょっと、いいの?りほりほはさゆみが脂ぎったおじさんの慰み物になっても平気なの?」
「りほりほと呼ぶのはやめてください」
「ねえ、いいの?平気なの?」
「自分が言ったんじゃないですか」
「りほりほに止めてほしかったの。道重さんの初めては里保に下さいって言われたかったの」


「…もういいです」
「もー、いっつもつれないんだからぁー」

その声に背を向け、茶碗をシンクへと運ぶ。

はぐらかされたのは明らかだった。
そのことへの不満が少しだけ湧き上がる。
先ほどさゆみは自分のことをあんな風に評してくれたが、結局のところまだまだ対等には思ってもらえていない。
もちろん、立場的にさゆみと対等な関係になりたいと思っているわけではない。
それくらい信頼されたい、認められたい……ということだ。

要するに、まだまだ自分は未熟だ。
その自覚はある。
だが同時に、まだまだ上に行ける自信もある。

冷蔵庫を開け、サイダーの壜(ビン)を取り出す。
蓋を開けると、透明の液体の中で、いくつもの泡が勢いよく立ち上ってゆく。

それを眺めながら、ふと思った。
透明なガラスで区切られた「壜の中の世界」と「壜の外の世界」は、先ほどさゆみが言ったところの“表”と“裏”の世界の関係と少し似ている……と。
隣り合っているようでありながら、その境界は見えない壁ではっきりと区切られている。
思えば、壜の中、無数の泡が競い合うように上を目指す様は、どこか自分たちに通じるものがあるかもしれない。

この泡のように、自分も一心不乱に高みを目指したい。
どうせならば「“業界”で最高峰」と言われるくらいの高みを。

壜に直接口をつけ、ぐいっと傾ける。
シュワシュワとしたその透明な甘い液体は、微かに「高み」の味がした。


………気がした。





投稿日:2013/12/14(土) 12:12:22.36 0