『異能力番外編 - Resonance concerto -[22]』


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その曲は、何処か悲しかった。
メロディはとても緩やかで、優しくて、暖かいものを書いた筈なのに。

途中、メロディが分からずにコードを鳴らすだけになる。
未完成の歌詞ではここまでが限界。徐々に小さくなり、音は消えた。
諦めたように少女はため息を吐くと、ケースの中に素早く入れて立ち上がり
ランプの灯りを一吹きしてその場を後にする。
明日からは任務で忙しくなる。
そうなればコレを弾く時間も無くなってしまうだろう。

 少女は想っていた。
 自分の"音楽"は、誰かを幸せに出来るのだろうかと。

"組織"の一員としての自分が、その気持ちを奥の方にグッと押し込める。
少女は、何処か遠くの空で鳴る雨音を聞いた。
手を叩いて、誰かを呼んでいる時。誰かがそれを自分だと思う。

 梅雨の季節。
 「雨音は拍手に似ている」と誰かは言った。


 「リンリンって、ギター弾けると?」

そう言ったのは、ジュンジュンとカウンターで喋っていたれいなだった。
当の本人であるリンリンは唐突の言葉に手に持っていたクッキーを咥えて目を見開く。

 「今ジュンジュンから聞いたけん、無茶苦茶上手いんやって?」
 「へー初耳ーホントなの?リンリン」
 「上手くはないデス、でもギターは弾けマスネ、ハイハイ」

そういえば以前、ジュンジュンと昼食を食べに行った時にそんな話しが上がったのを思い出す。
特に自分で上手いと言った訳では無いのだが、ジュンジュンが勝手に解釈したのだろう。

 「リンリンって音楽の才能があるんだ。ちょっと羨ましいな」
 「大丈夫ですよ道重さん、道重さんの声だって味があるやないですか。愛佳は好きですよ」
 「そうそう、それにさゆの口は歌うより食べる方が合ってるから、しょうがないっていうのもあるよね」

愛佳の膝に座る絵里の頭を里沙とさゆみが叩く姿が見えた。

 「道重サン、喉が悪イノカ?なら中国に良イお茶があるダ。胖大海、今度買ってキテやるゾ」
 「ぱんだぁー、はいっ。なんちゃって☆」
 「ジュンジュンちょっと意味違う、小春も暴れない事っ」

里沙がテーブルを挟んで話に割り込むジュンジュンにクッキーを差し出す小春を注意している。
そんな中で、リンリンは苦笑するしか無かった。
話が逸れたのをまたれいなが角度を戻してしまう。

 「ギターが上手かったらさぁ、このお店で弾いてくれたらええのに、ね、愛ちゃん」
 「エ?」
 「どういう事?」
 「ほやね。ここ最近、お客さんの数が減って来てるん気付いとった?」
 「そういえば、今日休日なのにそんなに居なかった気が…」
 「うん。だから何かイベントみたいなの開けんかなって。
 ジュンジュンもピアノが弾けるみたいやし、バイト料も出させてもらうから」
 「つまりミニライヴを開くワケか、良いじゃない二人とも」
 「ヤ、そんなオ金なんテ…ッ、ワタシそんなに上手クないダカラ」
 「ワタシもピアノ無いゾ」
 「それならあーしの部屋のヤツ使ってもええよ、リンリンも一緒に練習してもらって構わんから」
 「せっかくそんな才能があるんだから皆に聞いてもらえばいいじゃん」

小春の言葉に、リンリンはジュンジュンと一瞬だけ目を合し、俯いてしまった。
8人の視線が集まる中で、小さく深呼吸をし、呟く。

 「ワタシは良いヨ、リンリンは?」
 「…分かりましタ、やりまショウ」

 「やったっ、さすがリンリンっちゃねっ」
 「本当にええの?急な話なのに…」
 「イイですよ。仲間が困っテル時は、助け合いダカラ」
 「ジュンジュンも頑張るダ!」
 「ありがとう、二人とも」

二人の微笑みに、7人もまた笑顔を浮かべた。
れいな達は早速ステージを作ろうとハリきり、他の面々も「楽しみ」と口々に言った。
その時に、ふとリンリンは視線に気付く。

 「道重さん、どうしたんですか?」
 「え?あ、ううん、なんでもないよ」

首を傾げるリンリンの頭を撫でながら、さゆみは「頑張ってね」と激励する。
その言葉にもまた笑顔を浮かばせ、リンリンは素直に頷いた。

帰宅後、リンリンは部屋のクローゼットから取り出したケースを丁寧に雑巾で拭っていた。
パチンパチンと開封音が鳴り、乾燥剤を避けて出て来たギターをゆっくりと持ち上げる。
数年間抱くことの無かったアコースティックギター。リンリンは微かに持つ手に力を込める。

早速、弦を一撫でしてみた。鳴り響く音に、リンリンは懐かしい気持ちを抱く。
古くなっている所為か、今の自分の腕に合うように調弦する必要があったものの
リンリンにとってはさほど難しくない作業だった。

途端、外出する準備をし始める。
歌詞をつけるのであれば、それ相応の場所で綴りたいと思ったからだ。
鞄に必要なものだけを詰め込み、ギターケースを担ぐと、リンリンは闇夜の世界へと赴いた。


 喫茶『リゾナント』でのライヴまであと一週間と迫ったある夜―――。

雨が降った後の空気はやけに湿気ている。ニュースではまた一雨来るような事も言っていた。
さゆみは学友の夕飯の誘いに断れず、速足で家路へと帰ってきていた。
内容としては、学生時代にごく有り触れた出来事。
自分ではどうにも出来ない事を涙して相談する学友に、さゆみは適当に相槌を打つ。
泣き真似をして同情を誘うなどというのは、そこまで深刻なものではないのだから。

時間をみるために携帯を取り出すと、メールが受信された事を告げる光が点滅していた。
一週間後に催すライヴイベントの準備を言われていたのだが、返信をするのを忘れていた事に気付く。
不満の篭る文章の下に、当日の開始時間が明記してある。
二人の表情がふと思い出され、あれから練習に明け暮れる姿を何度も見た。

だがあの日、愛やれいなに頼まれた時、リンリンの表情が忘れられない。
明らかな動揺、そして―――不安。

 「あれ?」

その時、さゆみには聞こえた。
目の前に現れた公園の中から上がるその音楽に、さゆみは引かれて行く。
人気の無い木造で屋根つきの休憩場、ぼんやりと灯る光に浮かぶ影。

 「リンリンっ?」
 「エ、道重サンっ?」

両腕で抱えられた大きなアコースティックギターを持って座るのは、紛れもなくリンリンだった。
テーブルには何枚もの譜面が積まれ、屋根の外にある街灯が唯一の光。
リンリンは現れたさゆみに驚いたのか、大きく目を見開く。

 「こんな所で練習してたの?『リゾナント』ですれば良かったのに」
 「アイヤー、バレてしまいましタ」
 「バレれしまいましタじゃないよリンリン。こんな所で一人で居たら危ないって。
 それになんかまた雨が降ってくるって言ってたよ。家に来る?すぐそこだから」

指で方向を指すと、リンリンもそれにならって示す方を眺めた。
何かを考えるような呻りをあげた後、「分かりましタ」と素直に承諾する。
ギターをケースに戻し、楽譜なども整えて鞄の中に入れていく。

手を繋ぎ、二人並んで家路へと歩きながら、さゆみはリンリンに問いかけた。

 「ずっと練習してたの?」
 「ちょっとマダ上手く出来なくテ、ハイハイ」

 「そうなの?さゆみには凄く上手く聞こえたけど…。
 でも誰かに付き添ってもらわないとダメだよ、いつ襲われるか分かんないのに」
 「ワタシは大丈夫ですヨ、鍛練は欠かしてませんカラ」
 「それでも一人で練習しちゃダメ、破ったら愛ちゃんにも言うからね?」
 「ウ…スミマセン…」

素直に謝罪するリンリンの頭を、さゆみは優しく撫でた。
そうこうしていると、目の前に目的のマンションが姿を現す。
中に招くと、ギターケースを玄関先へ置こうとしている姿が見えた。
邪魔になると思ったのだろうか。
「こっちに持ってきていいよ」と言うと、リンリンは嬉しそうに担ぎ寄ってきた。

二つのコップにインスタントのホットココアを入れ、ポットのお湯を注いでいると
リンリンが鞄から先ほどの楽譜を取り出していた。
鼻歌を奏でながら、ペンで何かを書き留めているらしい。
目の前にコップを置いてあげると、小さくお辞儀をして両手で掴み、「美味しいデス」と笑った。

リンリンが『リゾナント』や皆のために手掛けている曲。
仲間の為に紡いでくれた優しい言葉。
だが、まるで書き殴るような文字に、さゆみはリンリンの一生懸命さを感じた。
不意に、言葉が漏れる。

 「不安だよね」
 「エ?」
 「私も、ケッコー人前とか苦手なタイプだからさ、リンリンの気持ちはなんとなく分かるの。
 でもねリンリン、これは絶対に勝たなくちゃいけない勝負じゃないんだよ。
 確かに完璧に出来たら最高だと思うけど、勝ち負けなんて決めてたら、全然楽しくないと思うから。
 愛ちゃんやれいなも、そのためにリンリン達にお願いしたわけじゃないから、それだけは分かっててほしいの」

『リゾナント』にはそれなりの常連客が存在し、れいな達が宣伝をすれば
初めて来てくれるお客さんも立ち寄るだろう。期待感が満ち溢れる店内。

その反面、奏でる側はどれほどのプレッシャーなのか、さゆみには予想もつかない。
だがここ数週間、自主的な練習をしていた彼女を考えると相当なものなのは見て取れた。
何十枚もの汚れた楽譜、短くなったエンピツ、冷たくなった小さな手の感触。
それでも彼女は、笑っていた。

 「大丈夫デスヨ、道重サン。ワタシ、やっと恩返しがデキルダカラ、とても嬉しいデス」
 「リンリン…」
 「それに、道重サン達にも聴いてほしいデス。上手くないデスケド、ワタシ頑張りますカラっ」

プロのギタリストでも自分の曲に不安を抱えていると聞く。
押し潰されそうなプレッシャーの中で、それでもなおリンリンは笑顔を浮かべ続けるのだろう。
どこまでも純粋な彼女の気持ちにさゆみは泣きそうになるものの、グッと堪える。

 「決めた。私も付き合うよ、リンリンの自主練」
 「エ?」
 「上手くアドバイスできるかどうか分かんないけど一人よりはマシだと思うの」
 「アノ…良いんですカ?」
 「リンリンが言ったんでしょ?"仲間が困っテル時は、助け合い"だって」
 「アー…アハハ、そうでしたネ」
 「でも、私は愛ちゃん達みたいに良いところとか悪いところを具体的に言えないし
 その、歌とかも苦手だから迷惑なだけかもしれないけど…」
 「ハハハ、良いんデスヨ、聞いてくれるだけでワタシは嬉しいカラ」

人前で披露する事はなかったが、それでもリンリンにとって、"音楽"は身体の一部だった。
自身の居る"立場"を考えて一度は身を引いたが、この与えられたチャンスで思い描いていた
"もう一人の自分"が決まる。
だがそれよりも先に、目の前に居る先輩の言葉で何かに踏ん切りがついたような気がした。

 ―――こうして、自分の幸せも皆の幸せも積み重なっていくのかもしれない。

 「道重サンが居てくれたら、上手く行きそうな気がしまス」
 「え?」
 「デハ始めましょうカっ」

ホットココアをもう一口飲むと、リンリンはケースからギターを取り出した。
深呼吸をし、俯き加減に小さく弦を弾き始める。
声は囁くようにだが、それがその曲の優しげで、穏やかな感じに凄く合っていた。
まるで子守唄のように。

さゆみも持っていたコップを楽譜に変え、やがて声は重なる。
外では雨音が聞こえていた。
手を叩いて、誰かを呼んでいる時。誰かがそれを自分だと思う。

 梅雨の季節。
 「雨音は拍手に似ている」と誰かは言った。




――― 後日談。
喫茶『リゾナント』からは、アコースティックギターとピアノの音が重なって響く。
外に広がる空には雨あがりに虹がかかっている。
曲がらないで真っ直ぐに伸びていくそれが、何処かに繋がっているならいいと思った。