『リゾナンターЯ(イア)』 (38回~43回)


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38回目



喫茶店に戻ったさゆみたちは、予想外の来客に遭遇する。
一人は、リゾナンターのオブザーバーとして日々の任務に協力している光井愛佳。
そして、もう一人。

「久しぶりだね、さゆみん」
「ガキさん!?」

新垣里沙。
先代の喫茶リゾナントの店長であり、リゾナンターの元リーダー。
思わぬOGたちの訪問、一番狂喜乱舞しているのはこの人物。

「新垣さぁーーーーん!!!!!!」

さゆみを突き飛ばすように、里沙に向かって突進してくる衣梨奈。

「ちょっとちょっと、あんたとはいつもメールしてるでしょーが。ほらもう鬱陶しいから離れた離れた」
「はーい♪」
「ガキさん、それに愛佳。これはいったい…」

二人揃って喫茶店を訪れた理由。
偶然に偶然が重なったのでなければ、さゆみたちに襲い掛かっている事態と関わりがあるはず。その答えを出すかのように、愛佳が
口を開いた。

「実はな、道重さん。新垣さんに、マルシェから接触があったらしいわ」
「マルシェが!?」

さゆみが里沙を見る。
里沙は複雑な表情を浮かべながら、ゆっくりと頷いた。


★ ☆ ★

「どういう、こと?」

「銀翼の天使」の襲撃によって昏睡状態となり、今も病室のベッドで眠り続けているかつてのリゾナンター・亀井絵里。
日課となっている絵里の意識の果てしない修復作業、その帰り道に不審な電話が里沙の携帯電話にかかってくる。相手はDr.マルシ
ェ、かつて友と呼んだ紺野あさ美その人だった。

「どういうことも何も。ガキさんにはリゾナンターたちのナビゲーターになってもらいたいんだよね。囚われのお姫様を救うための」
「まわりくどいのは嫌いなんだよね。簡潔に言って」
「つれないなあ。旧友とのせっかくの語らいを楽しんでいるのに」

里沙の携帯を握る手に、力が込められる。
12月24日の喫茶店での惨劇。絵を描いたのは受話器の向こう側の人間だ。リゾナンターたちを絶望の淵に追いやっておきながら、よくも
そんなことを。

だが、ここで激昂してしまえば相手の思う壺だ。
里沙は知っている。そういう感情の起伏こそ、「旧友」の大の好物であることを。

「二度は言わない。次に話の本題を切り出さなければ、私はこの携帯を破壊する。用件を伝えられなくて困るのは、あんたのほうだよね?」
「…さすがはリゾナンターの元リーダー。いいでしょう。単刀直入に言います。我々はとある手段を使って田中れいなを手中に収めました。
というわけで、彼女の奪還にやって来るであろうリゾナンターたちを手助けしてあげて欲しいんですよ」


田中っちが…捕まった?

俄かには信じがたい話ではあるが、相手はあらゆる奸計を対象に向け講じる事のできる化け物だ。むしろ、今まで「そのような手段」
を使ってこなかったほうが不思議な話であった。

「愛ちゃんじゃなくて、私なんだ」
「ええ。彼女は『別件』でお忙しいみたいですから。それに『紺碧の研究所』についてはあなたのほうが詳しいはず」

別件、というのが若干気にかかるが、そこに引っかかっている時間は無い。
里沙は、紺野のリクエストを飲むことにした。

「で。いついつまでに来なければ…なんて制限はもちろん、あるんでしょ?」
「何しろあそこは絶海の孤島ですから。準備もいろいろあることでしょう。明日いっぱいまでは待っていてもいいですよ。こちらも予
定があるので」

準備、か。
頼るべき伝手はそう多くない。今からでも交渉に行ったほうがいいかもしれない。となれば、長電話は無用だ。そのまま携帯の通話ボ
タンを切ろうとする里沙に、思い出したように紺野が付け加える。

「そうそう、あなたに是非会いたいという方も、研究所でお待ちしてますよ。それでは」

ぶつっ、という鈍い音とともに聞こえる、通話終了の音。
ただの案内人をさせるためだけにこの話を持ちかけたのではないのはわかってはいたが。
乱暴に携帯をポケットに仕舞いこむと、すっかり暗くなってしまった帰り道を再び歩き始めた。


★ ☆ ★

里沙の話を一通り聞き終わったメンバーたちは、一様に沈黙してしまう。
紺野が、里沙を巻き込んでまで一体何をしようとしているのか。まるで見えないところに、逆に底知れない違和感を感じる。果たして、
このまま敵の懐へ飛び込んでしまっていいのだろうか。

「おーおー、悩んどるなあ。うら若き乙女たち」

その時、呼び鈴の音と場にそぐわない能天気な声。
振り向かずともわかる、お気楽おじさん。

「つんくさん!!」
「忙しいとこ済まんなぁ」
「あの、今はちょっと取り込んでて…」

春菜が状況を説明しようとするも、愛佳と里沙が首を横に振る。

「あのな。新垣さんが助力を求めた相手っちゅうのはこのおっさ…じゃなくてつんくさんやねん」
「ええっ!?」

店内に飛び交う、9つの疑問符。
その反応を見て、つんくは苦い笑いを浮かべる。

「お前ら揃いも揃って失礼なやっちゃなあ。俺を誰やと思てんねん。天才・能力者プロデューサーのつんくさんやで?」
「……」
「ゴホン。ま、助け言うても、俺がお前らに提供できるんは、敵さんのアジトまでの『足』だけなんやけどな」


思わせぶりなつんくの物言い。
足ってでっかい足で移動するんですか?という優樹の問いを無視し、それは明日のお楽しみや、とまたしてもはぐらかす。

「田中っちが捕まったって話は俄かには信じがたいけど、事実マルシェはそう宣言してる。是が非でも、奪還しなきゃいけない。それに、
さくらって子のこともある程度は聞いてる。正直…他人とは思えない境遇だと思う」

里沙の発言に、思わずはっとなるさゆみ。
かつて。リゾナンターのサブリーダーを務めた人物が、同時にダークネスのスパイとして暗躍していた。それが、目の前にいる女性。

「それに。ここにはいない愛ちゃんも、きっと同じようなことを感じると思う」

そして、リゾナンターの初代リーダーは。
ダークネスによって造られた「人工能力者」だった。これほどの符合があるだろうか。さゆみはさくらとの巡り合わせに、運命的なもの
を感じずにはいられない。

「相手が指定してきた『紺碧の研究所』、かつてダークネスにいた私なら道案内ができる。一緒に田中っちの奪還作戦に協力させてもらうよ」
「ええっ新垣さんも一緒に来てくれるんですか!!」
「あんたはいちいちうっさいっての。とにかく、みんなの心は決まってるんでしょ?」

元リゾナンターにして、精神操作の達人。
これほど心強い助っ人はいないだろう。聞かれるまでもない。
メンバーたちは、大きく頷く。


「今のリゾナンターは、さゆみんのリゾナンター。私が出る幕じゃないのはわかってる。だから、必要最低限の手助けしかしない。それ
でもいい?」
「新垣さんが喫茶店を離れてから、今までの間。うちらがどれだけ成長したか…見てください!」
「おー、やすしも随分エースとしての雰囲気出てきたんじゃない?」

一歩前に出る、里保。
度重なる能力者たちとの戦いが、自分達を強くしてきた。
それは今の彼女たちの立ち位置を確立させている、確固たる自信だった。

「りほりほもだけど、みんな、あの頃より強くなってる。さゆみの自慢の後輩たちだもの」

誇らしげに胸を張るさゆみ。
そんな姿を目を細めて、里沙が微笑む。
リーダーをさゆみに任せてよかった。そんな思いを込めながら。

「ほな、俺らはこれで失礼するわ。お楽しみの『移動手段』の最終調整もせなあかんし」
「楽しみに待っててや。きっとみんな、腰抜かすで?」
「明日の朝10時。この地図の廃校跡に来て。そこから出発するから。それと、明日の為に今日は早く寝ること。生田とか、佐藤は特にね」

そう言い残し、喫茶店を後にする三人。
思わぬ形で強力な助っ人を得る事になったさゆみたち。
とともに、れいなを。さくらを。必ず取り戻すという意志がより強くなってゆく。
決戦は、明日。






投稿日:2013/12/08(日) 13:39:49.90 0


39回目



それぞれが、それぞれの事情によって集うこととなったリゾナンター。
親元で暮らすもの。里親に引き取られているもの。そして、諸事情により喫茶リゾナント名義で借りたアパートに住むもの。

それぞれが、それぞれの夜を過ごす。

町外れに、誰もが羨むような白亜の豪邸が建っていた。
日本を代表する大企業のひとつ、フクムラ。赤ちゃんのおむつから老人ホームまで手広く扱う、誰もが知っている総合商社。
その経営者の娘が、聖だった。

彼女は、能力者の卵としても非常に恵まれていた。
能力の萌芽は、時として家庭崩壊に繋がる。経済的な理由や、近隣からの目。恐ろしい力を身につけたわが子への、不信感。

だが、聖は自らの能力を発動させる前から喫茶リゾナントの少女たちと顔見知りだったこと。譜久村家の財力によるサポート。彼女はす
ぐに警察機構が結成したという能力者の養成所に預けられた。結果、聖は比較的早く自らの能力をコントロールすることが可能となって
いた。


「聖、今日はいつになく稽古に精が出るね」

屋敷の地下に作られた、聖のためのトレーニングルーム。
一心不乱に汗を流す娘を見て、フクムラの総帥である父は頼もしげに微笑む。異能力という普通ではない能力を得た娘に、
それまでと変わらない愛情を注ぎ続けることができたのは。一重に、彼が「能力者」という存在を既に知っていたからに
他ならない。

「ええ。明日は、大事な仕事があって」
「そうか。あまり根を詰めないようにな。お母様も心配している」
「はい、お父様」

娘の勇ましい姿を見て満足したのか、聖の父はゆっくりとした足取りで階上へと昇ってゆく。
遠ざかってゆく足音を耳にしながら、聖は思う。

他の同僚たちとは違い、あまりにも恵まれすぎている環境。
故に、撮影スタジオで戦った「赤の粛清」の言葉が今も胸に刺さり続けている。

― あんたたちに足りないものはなんでしょう。実力 経験 血塗られた過去。だからあんたたちだけの共鳴は、まだ弱い ―

先輩たちが、想像を絶するような過去を経験してきたことは聖も知っていた。
自分たちも、同じ経験をしなければその域に達することができないのだろうか。


わからない。
答えなんて、出せない。

迷いを振り切るように、トレーニングルームの隣にある倉庫に向かう。
倉庫の棚には、形も種類もばらばらの小物たちが大事そうに置かれている。これらは聖の言わば戦利品、対決した能力者たち
の残した物だった。
これらから残留思念を読み取ることで、自らにストックしている能力を自由に入れ替えることができた。

明日は決戦。慎重に選ばないと。

戦闘のあらゆるパターンを予想し、小物を手に取り、また戻すといったことを繰り返す。
里沙の話によると、「紺碧の研究所」は絶海に浮かぶ孤島だという。

自らがサブリーダーという地位にいる事実。
さゆみを支え、有事にはさゆみの代わりに動かなければならない。
聖の残留思念読み取りは、夜が深まるまで続けられた。



里保、衣梨奈、香音が暮らすアパート。
彼女たちがリゾナンターに加入した時に当時のリーダーである高橋愛が借り上げたものだった。
その一室で、一心不乱に特訓を繰り返すものが一人。

「っ…また失敗っちゃ」

自らの周りに十数本のペットボトルを置き、それを自らが繰るピアノ線で同時に倒す。
衣梨奈の能力は精神破壊であり、敵への能力の伝達を助けるのがピアノ線。先輩である新垣里沙も使った手段だ。
その目的が故に、ピアノ線の操作は正確に、しかも素早さが要求される。

なかなかうまくいかんったい。新垣さんみたいに、派手にピアノ線を操りたいっちゃけど。

明日は仲間を助けるための大事な決戦。
それと同時に、自らの成長を里沙に見てもらうという新たな目的もできた。
しかし肝心の技が成功しなければ、仲間を救うことも先輩に認めてもらうことも叶わない。

「やっぱ精神統一なら、里保っちゃね。コツでも教えてもらおうかな」

思い立ち、隣室の里保の部屋を訪れる。
呼び鈴を押す。1回。2回…そして連打。返事はない。

こうなれば奥の手、とばかりに衣梨奈はドアノブの鍵穴にピアノ線を挿し入れる。
奥のほうで確かな手ごたえ、内部のサムターンがかちゃりと回る。


新垣さんには内緒やけんね。

誰に言うともなく、悪い顔をしながら不法侵入を実行する衣梨奈。
ドアを開けてすぐに、その顔に皺が寄る。

「こ、これは想像以上…」

汚部屋。ゴミ屋敷。魔窟。
ワンルームの部屋が一面、得体のしれないものに埋め尽くされている。
足を踏み入れれば、何かを踏み割ったような音。こんなところで里保は暮らしているというのか。

「里保?どこー?」

衣梨奈はごみの山に向かって呼びかける。
またしても返事はない。その時、山の一角が崩れ落ちる。
突然の出来事に身を硬くする衣梨奈。
崩落したかと思えたそれは、目を凝らしてよく見ると何と里保だった。

「ちょっと、脅かさんで…」
「不法侵入とは感心しないんだろうね」
「うわぁっ!?」

背後から忍び寄る影に声をかけられ二度目のサプライズ。
隣の部屋から聞こえる不審な声に気付いた香音が様子を見にやって来たのだ。


「ちょ、香音ちゃん!」
「えりちゃんさあ、親しき仲にも礼儀ありじゃない?」

衣梨奈の行為をたしなめる香音。
それとともに、眠りの世界にいる里保の寝息が聞こえる。

「それにしてもよう眠ってるっちゃね」
「だね。明日は決戦だって言うのに」

聖。衣梨奈。里保。香音。
衣梨奈が引き起こした、学園での集団パニック事件において初めて顔を合わせた四人。
その時も、里保は赤ちゃんのような顔をしてすやすやと寝ていたのを思い出す。

「変わらんね。強心臓って言うとかいな、こういうの」

れいなを。そしてさくらを救出しなければならない。
そう強く言葉に出したのは里保だった。その里保自身が早々と就寝している。

「うちらも見習わないとね。里保ちゃんの精神的な強さを」
「同感」

帰り際に里沙が残した言葉。
それを里保は実践していた。いまさら焦っても仕方ない。
衣梨奈はそんなことを、こけしみたいな顔をして眠りこける年下の同輩に教えられたような気がした。



一方、こちらは春菜、亜佑美、優樹の住む一軒家。
こちらは空き家を改築してシェアハウス風に改造したものだ。

「相手の戦力、ってどうなってるのかな」

綺麗に布団を2×2の形に並べ、顔を突き合わせての作戦会議。
亜佑美は、敵のアジトに乗り込むと決まった時から抱いていた疑問を素直にぶつけた。

「本拠地じゃないからそこまでの戦力を集結させたりはしないだろうけど…わざわざ待ちかまえてるんだから、それなりの配
備はしてくるかもしれないね」

春菜が、状況を冷静に分析。
リゾナンターのサブリーダー、聖が受け身で人を惹き付けるタイプなら、春菜は自ら積極的に人を自らのテリトリーに入れる
タイプ。その手段が巧みな話術であり、また漫画で鍛えた妄想力ならぬ戦略立案だった。

「っしゃあ!燃えてきた!!」

布団の中で、少年漫画を愛読する遥の闘志が燃え盛る。
彼女は、里親である工藤夫妻に許可を得てお泊り会と称しこの場に来ていた。もちろん彼らは能力者の協力団体に所属してい
るため、遥の抱えている事情は理解している。


「とりあえず雑魚はまーちゃんが全部海の上にでも転送してさ。あとあゆみん変な青い犬出してやっつけろよ。強そうな奴は
ハルが弱点見抜いて、全身の痛覚をゼロにしたはるなんが特攻とかよくね?」
「失礼な!変な青い犬じゃない、あれはリオンって言って立派なライオンなんだから…」

つい興奮してしまう亜佑美の肩を、春菜がつつく。
何事かと振り向き、指差すほうを見ると。

優樹が、いつの間にか眠りについていた。

「こんにゃろ、いつの間に」
「道理で静かだと思ったら」
「しょうがないよ。今日はいろいろあったもの」

春菜の言うとおり。
スマイレージと名乗る四人組の襲撃に、さくらの失踪。そしてマルシェの宣告。
自分たちがこうして寝ずに作戦会議など開いているのが不思議なくらいだ。

「でも、まーちゃんのほうが正しいのかもね」

無邪気な顔をして寝ている優樹を見て、亜佑美が自ら納得するように言う。
あくまでも目的はれいなとさくらを救出すること。そのこと以外には存在しない。
となれば、今日はもう寝てしまったほうがいいのかもしれない。

「じゃあ、ひとまずお開きにしますか」
「だね。おやすみ」
「おやぷみなさーい」

春菜が、天井の照明ひもを引っ張る。
部屋に、優しい闇が落ちてくる。
そして数分もしないうちに、四つの寝息が聞こえてきた。





投稿日:2013/12/11(水) 14:21:02.96 0


40回目



朝の光が、街を包む。
誰もが目にすることのできる、当たり前の光景。
それは彼女たちにとっては、今日が決戦であることの動かない証拠でもあった。
リゾナンターのメンバー、れいなを除いた9人が喫茶リゾナントに集う。
改めての意思確認は、最早不要だった。それぞれが、それぞれの覚悟を決めてやって来たのだから。全ては、仲間を救うために。

つんくたちとの待ち合わせ場所になっている廃校跡へ向かう準備もできていた。
あとは喫茶店の玄関に「CLOSED」の下げ札を付けるだけ。春菜が下げ札を持って外に出た時に、声をかけられる。

「はるなん?」
「えっ?」

どこかで聞いた声。幾分幼さを残す特徴のある声。
もしかして、と思い声のしたほうを向くとその予感が当たっていた事を知る。

「やっぱはるなんだ!」
「あなたは昨日の…」
「あれ?名前言ってなかったっけ。和田彩花。彩ちゃんって呼んでね」

春菜が、買い物の帰り道で偶然逢った少女。
初対面にも関わらず、彼女の言葉やしぐさが強く印象に残っていた。
それにしても、本当にまた会えるなんて。

「へえー。はるなん、喫茶店で働いてたんだ」
「和田さんはどうしてここに?」
「うん、ちょっと散歩してたら偶然はるなんのこと、見つけたから。それにしても…キレイな喫茶店だねー」


彩花と名乗った少女は、物珍しそうに喫茶店の外装を眺めている。
身に纏ったストールと長い黒髪が、絶妙なバランスを醸しだしている。まるで絵画の世界から飛び出してきたかのようにすら感じ
る神秘性。春菜は、改めて目の前の少女の不思議な魅力に心惹かれていた。

二人の会話は、自然と共通の話題である美術方面へ。
その後も二人の美術談話は続き、ついにはメルアド交換までしてしまうことに。
そのうち、彩花の視線が喫茶店のドアに注がれていることに気づく。

「あれ?クローズド?」
「実はこれから用事があって…」

楽しい語らいはおしまい。
自分はこれから、決戦に行くのだ。現実に還った春菜は、身の引き締まる思いを抱く。
だが、逆を返せば、無事に帰ってきてまた和田さんとお話ししたい。そういった希望も湧いてくる。

「そっか。それじゃ、また会おうね」
「はい!」
「それと、次からは『和田さん』じゃなくて『彩ちゃん」ね!」
「ええっ!?」

戸惑う春菜を余所に、楽しそうに去ってゆく彩花。
そんな背中を見送りながら、春菜は能力者でない普通の人間と久しぶりに交流したことを実感する。
さゆみとれいな以外の若いメンバーがみな学生であるのに対し、春菜はもう学校に通う年齢ではない。リゾナントを訪れる客を除
けば、一般人と交流を持つ機会は皆無に等しかった。

また会おうねって約束したから…絶対に帰ってこないと。

春菜は知らない。
彩花が能力者であることを。スマイレージのリーダーであることを。
ただ、それは彩花も同じなのだが。



一面に、緑が広がる。
れいなは、草原を駆け抜けていた。躍動する四肢が大地を踏みしめ、さらに推進力を増してゆく。まるで風になったかのような心
地。草原を吹きぬける疾風に、誰も追いつくことができない。

れいなは、一匹の獅子になっていた。
金色の髪を靡かせ、鋭く緑の絨毯を切り裂いてゆく。
草原の王。そんな言葉が脳裏に浮かんできた。誰もたどり着けない、至高の高み。それを目指すために、れいなはひたすら走り続ける。

目の前には、緑が広がる。
しかし、そんな緑の中にれいなは黒い影を見る。
目を瞑る。凝らす。いくら繰り返してもその影は消えることは無い。
ならば、追い抜き、ちぎり捨てるまで。
四肢の力をフル回転させ、その忌々しい影に襲い掛からんばかりの勢いで迫ってゆく。

ところがどうだろう。
影は追い抜かれるどころか、ますますれいなとの距離を広げてゆく。
影。影のようなものに見えたのは。
れいなと同じ、獅子だった。いや、れいなより大きく、力強く、激しく輝いている。
これが本物の、獅子。

れいなは自らと比較し、急に自分がひどく矮小な存在に思えてきた。
それまで悠然と拡がっていた視界が、あっという間に小さく狭くなってゆく。

れいなは獅子ではない。
小さな、子猫だった。子猫の脚力でいくら懸命に大地を掻いても、獅子の走りについていくことなど到底不可能だった。驕ってい
た。愚かだった。
やがて目の前の光景は、闇に包まれる。

れいなが目を覚ました時に、最初に感じたのが背中の冷たさ。
打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた牢屋の中に転がされている、とすぐに気づいた。


「お目覚めのようですね」

聞き覚えのある、嫌な声。

「あんたは…Dr.マルシェ!!」

紺野の声は、牢屋に設置されているスピーカーから聞こえてきていた。

「声だけで私とわかるとは。道重さんといい、私、好かれてるんですかね」
「…その逆っちゃろ。あんたがリゾナンターのみんなにしたこと、忘れるわけないやろ!!」

スピーカーの向こうの顔は見えない。
が、れいなには手に取るようにわかる。きっとあいつは、うれしそうな顔をしている。

「まあ落ち着いてください。過度の怒りは脳細胞の死滅を招きます。甘いものでもどうですか?牢屋の隅の棚におまんじゅうが入ってますから」

部屋の隅に置かれたスチール製の棚を見ると、包装紙にくるまったままの菓子折が乗せられていた。
倒れる直前までの、体が消耗しきったような脱力感はない。むしろ落ち着いている。
ただ、食欲はない。あっても、紺野の差し出した食べ物など食べるはずがないが。

「そんなん、いらん」
「残念です。おいしいんですが」
「…れいなをどうして攫ったと?さくらちゃんはどこにおると?」

時間が惜しい。
れいなは今自分が知りたいことを二つ、同時に相手にぶつけた。


「妙なことを聞きますね。あなたは、ダークネスに接触したいものだと思ってましたが」
「あんた…何か、知っとうね」

紺野の妙な物言い、れいなにはある種の予感があった。
ダークネスという巨大な組織と、10人程度の少女たちの集まりであるリゾナンター。まともに考えれば、太刀打ちなどできるはずがない。そん
なか弱き力が巨悪に立ち向かえたのは、共鳴の能力のおかげ。いや、それだけではない。相手が、本気でこちらを潰すような動き方をしていなか
った、それを承知の上で立ち回っていた。

現に12月24日の襲撃で完膚なきまで叩きのめされたリゾナンターが、生き延びることができたのは。
まずは共鳴能力で「銀翼の天使」を撃退したというのもあるが。その後天使を引き取りに来た紺野が何もせずその場から撤退したからに他ならな
い。

リゾナンターたちは、ダークネスの手のひらで踊っていた。
けれどただでは踊らない。必ず、一矢報いる。

れいなは、紺野の言葉を待った。
そして、その時は来た。

「そうですね。あなたがかつて『黒翼の悪魔』に黒い血を分け与えられ、その血が今になってあなたの体に影響を及ぼしている。それくらいのこ
とは、知っていますが」
「やっぱり。同じ組織の人間やけん、知ってておかしくないとは思ってたっちゃけど」

かつてれいなが「黒翼の悪魔」と拳を交えた時、不慮の事故によって訪れた命の危機。
それを救ったのは、他ならぬ「黒翼の悪魔」だった。だが今、自らの体の中で悪魔の血は暴れている。自らの命を、食い尽くさんばかりに。

「まあ、あなたもある種の意図を持ってここへ『連れ去られた』とは思いますが。ここで上手く立ち回れば、さくらのことを救える上に、自らの
体を襲う事態の解決も図れる。賢明な判断だと言えるでしょう」
「…褒めても何も出んけんね。れいなが知りたいことは二つだけ。さくらちゃんは。そして『黒翼の悪魔』はどこにおると?」


返事はない。
言葉を選んでいるのか。それとも。

「さくらは。あなたがいる牢屋から上層に位置する研究室にいます」
「ずいぶん素直に教えてくれるっちゃね」
「ええ。研究室は、組織最強の能力者が守ってくれてますから」

ダークネス最強の能力者。
それが誰を指しているのか、れいなにはわかっていた。
孤高を愛する、金の獅子。

「わざと目的を一つに纏めてくれたんやろ」
「手間が省けますからね、お互いに」

れいなは立ち上がり、鉄格子の前に立つ。
そしてゆっくりと格子のうちの一本を手で握り、そして勢いのままにへし折った。
破壊された鉄の棒が勢い余って転がり落ち、耳障りな音を立てる。

「あんまり舐めてると。後悔するとよ?」
「それは、楽しみです」

そしてスピーカーは今度こそ本当に沈黙した。
とともに、れいなの中である事実が浮かび上がる。

能力の威力が…上がってる?

今の一撃は、そんなに強く力を込めたわけでもない。
格子を曲げ、その隙間をすり抜けて牢屋を出るつもりだった。それが、強固な鉄鋼を破壊してしまった。
黒い血の症状が落ち着き、いつも以上の力が出せているのか。

理由を考えている暇はない。
れいなは同じように並ぶ格子を数本破壊し、冷たい牢獄から外へ身を乗り出した。





投稿日:2013/12/18(水) 11:50:51.35 0


41回目



約束の時間通り、つんくたちが指定した廃校跡を訪れたリゾナンターたち。
廃校後の用途も決まらず校舎だけが残されている光景は、夏休み中の学校のようにも見える。

「どぅー、よかったね。夜だったらお化けが出るかもしれないよ?」
「ちょ!変なこと言うなよあゆみん!!」

メンバー随一のお化け嫌いである遥を、亜佑美がからかう。
そんなことやってる暇ないでしょ、と春菜に促され、先に進む一行の後をついていった。

それにしても、廃校跡にある移動手段とは。
常識的に考えれば、ヘリコプターだろうか。しかしこの人数プラス里沙を目的地に運ぶためには少なくとも
2、3台のヘリが必要だろう。そんなものがバタバタと住宅街を飛びまわるのは穏当ではないし、「紺碧の
研究所」の場所によっては移動距離に問題があるようにも思える。

しかし、彼女たちが目の当たりにしたのは想像の斜め上をゆく、まさに想定外の物体だった。

校舎を抜け、グラウンドに出た9人。
これならば飛空物体の1機や2機は容易く着陸させることができそうだ。

「確かここで待ってろってガキさんが」
「でも、何もないですよ?」

さゆみの言葉に、聖が答える。
他のメンバーたちも辺りを見回すが、それらしきものは見当たらない。
そんな中、春菜があっという声をあげた。


「あの…微かなんですけど。何かの音が聞こえます」
「何も聞こえんっちゃよ」

衣梨奈が耳を澄ましてみても、物音ひとつ聞こえない。
それでも春菜は、五感強化の力によって聴覚を研ぎ澄ます。
やがて、大掛かりな機械が空気を震わせるような音を捉えた。

「これは。エンジン音のような、何かですね」
「エンジン音!?」

香音が大きく聞き返したのを合図にしたかのように。
それは、ゆっくりと姿を現す。

空を映し出す青が、油膜が剥がれるが如く薄れてゆく。
むき出しにされる、銀色の装甲。

「ひ、飛行船だ!!」

遥が興奮のあまり、叫び声をあげる。
漫画やゲームの世界でしか見たことの無いような、巨大な飛行物体。
流線型のボディが、いかにも近未来的なハイテクノロジーを駆使したものであるかのような印象を与える。翼ら
しきものは見当たらない。どうやら機体後方にあるらしいエンジンによって浮いているようだ。

「おー、来たかー」

飛行物体の甲板から聞こえる、場にそぐわないしゃがれ声。
白いタキシードを着たインチキおじさんの登場だ。


「つんくさん!!」
「これが昨日俺が言うてた『足』や。凄いやろ?」

遠くからでも分かるようなドヤ顔に多少いらつきながらも、確かにその凄さは認めざるを得ない。と言うより、
この法治国家において目の前に存在するような巨大な飛行物体の存在が果たして許されていいのかどうか。

「ほら、ぼーっとしてない!今乗降ハッチを開けるから、そこからちゃっちゃと乗り込む!」

つんくの隣から、里沙が姿を現す。
そこでようやくメンバーたちは、今目にしている光景が現実のものであるということに気づかされるのだった。



体が軽い。
れいながまず牢屋を抜け出して、感じたこと。
牢屋のある区画から、階上を目指し駆け抜ける。ただ走っているだけなのに、まるで能力増幅を使っているような動き。

もしかして黒い血の病気が治ったとか?

単純に考える。
そもそも、あの黒い血が何故れいなの体を蝕んでいたのか、理由すら知らなかった。
故に状況が好転しても何故そうなったのかなど、れいなには知る由もない。

それでも、れいなの目的は変わらない。
さくらを救い、そして立ちはだかる敵を倒す。それしかない。

紺野の言う「組織最強の能力者」とは、恐らく「黒翼の悪魔」のことを指している筈。ならば彼女を倒さないことには、さくらを救い
出すことはできない。

れいなはあいつに勝つ。いや、勝たないといけん。

孤高を愛する悪魔。
彼女がリゾナンターに接触する時はいつでも一人。
だがその戦闘力は苛烈としか表現できない代物だった。
摩天楼聳える異国の地で当時のリゾナンター全員相手に立ち回ることもあれば、激しい戦闘の間に「未来も過去も光もやみも正義も支
配もどうでもいい」と暢気に語ることもあった。

自らの力不足を露呈するとともに、過去に植えつけられた「黒翼の悪魔を超える」という思いは一層強くなっていった。そして、今が
その時。
れいなは誰もいない通路を駆け抜けながらも、強く願っていた。


突如。
通路の真ん中を切り裂くように突き抜けた、鋭い氷柱。
簡単にゴールまで行かせてくれるとは思わんかったっちゃけど。
ぼやきにも似た感想を抱きつつ、目の前に立ち塞がる氷を拳で粉砕する。現れたのは、黒ずくめのゴシックロリータ。

「言ったでしょ?たどり着いた先で相手してやるって」
「ミティ…」

白い息を吐きこちらを見据える「氷の魔女」に対し、身構えるれいな。
来る。その直感は、正しかった。

空気が、急に締まってゆく。肌を刺すような、そして肺の底まで凍えそうな。
頭上から漂う凍気、既に天井には無数の氷柱が形成されていた。
それらが、魔女の合図ひとつで一斉に降り注ぐ。

「派手に踊らせてやるよ!」

さらに、床から突き出る氷柱。
巨大な怪物の顎に晒されているかのような状況、しかしれいなは襲い掛かってくる氷の刃を風でも受けているかのように
次々と交わしてゆく。

「氷の魔女」を沈めようと、一気に距離を詰めるれいな。
ダークネスの支部拠点で会った時はわざと攻撃を受けられ、しかも一蹴された。ただ、あの時とは違い体力の消耗はない。
むしろ、内なる力が溢れ出ているような気さえする。

魔女もまた、れいなの変化に気づいていた。
こいつはこの前のあいつじゃない。
迫る気迫に、魔女は自然に自らの手に凍える力を込めてゆく。


殴りか、蹴りか。
どちらにせよ、一瞬で凍らせて、へし折ってやる。

れいなが増幅能力の持ち主であることは、「氷の魔女」も重々承知していた。能力使役時の速度、破壊力についても。それ
を考慮して尚、繰り出す攻撃を手で止め、瞬時に凍結させることを確信していた。

待ち構える「氷の魔女」、間合いを一気に縮めたれいなが半身の状態から拳を振りぬく。
上段へのストレート、に見えたそれは瞬く間に引っ込められ、代わりに振り向きざまのミドルキックへと変化してゆく。

「フェイント?随分安い騙しだねえ!!」

言いながら、魔女の視線はコンパクトな鉈のように振り下ろされる脚に向けられる。
足首を掴み、掴んだ部分から凍らせる。その細い足首、ぶっ壊してやる。悪意に満ちた笑みを浮かべ、向かってくる蹴りを
その手で受け止めた。

はずだった。
れいなの鋭い蹴りに右手を弾かれ、さらに無防備になった胴体に返しの蹴りが叩き込まれる。混乱、何をされたかすらわか
らない。れいなの能力増幅は、確実に強化されていた。

「へえ。この前よりは元気になったみたいじゃん。けど」

蹴りの威力をバックステップで受け流し、氷の微笑を形作る魔女。
動きが把握できないのなら、その前に封じればいい。彼女の罠は、既に発動していた。

「…いつの間に」
「お前が得意げに氷柱をぶっ壊した時、こっそり作らせてもらったのさ。『手錠』を」

れいなの両手首には。
ブレスレッドのような、氷の輪が作られていた。
それが宙に浮き、固定されている。


「少しでも動いてみな。あんたの可愛いお手手は永遠にさよならだから」

試しに少しだけ、手を動かしてみる。
直後に冷たい、それでいて熱い痛み。研ぎ澄まされた氷の輪によって傷つけられた柔肌に、赤く薄い線が滲み出る。

「幹部の癖に、随分せこい真似するっちゃね」
「言ってろよ。どの道お前は動けない。今から美貴がお前のことをダーツの的みたいにしても、何の文句も言えないんだよ!」

「氷の魔女」は自らの作った「手錠」に絶対の自信を持っていた。
外すには、自らの手首を切断するより他にない。れいなが炎の使い手でもない限り、脱出は不可能。だがまたしても、魔女の目
論みは外れることとなる。

「なっ・・・!?」

一瞬だった。
れいなの手首から、黒い何かが飛び出した。それが、手錠を打ち砕いた。
何が起こったかはわからない。事実としてれいなは「氷の魔女」の呪縛を解いた。

となると結論は早い。
再び魔女に一撃を与えようと向かってくるれいな。
凍死。凍らせてからの破壊。氷柱による串刺し。何でもいい。要するに、目ざわりな相手を亡き者とすること。それだけに魔女
の神経は注がれた。

床、壁面、そして天井。
「氷の魔女」の立つ側を除いた、ほぼ全ての方向から氷の凶器が湧き出てくる。
それだけでもれいなにとっては脅威。しかもその上乗せに。

魔女自身が、れいなを凍結させようと手技・足技問わず繰り出す。
攻撃を避けようとすれば、背後からの氷柱の餌食となる。かと言って、魔女の一撃を受ければその部分から凍りつき瞬く間に氷
の彫像にされてしまうだろう。


黒いオーロラのようなドレスから打ち出された、凍てつく蹴り。
れいなはそれを、両手で受け止めさらにその力を逃がすために後方に下がる。
その瞬間、「氷の魔女」は自らの勝利を心の中で宣言する。馬鹿なやつ。少しくらい調子がいいからって、図に乗るからだ。

れいなの両手は急速に凍らされたせいで脆く崩れ、その態勢をいくつもの氷柱が貫く。
確実な敗北、そして死。

現実は。そうではなかった。
確かに氷点下の蹴りは受け止められた。そして後ずさった場所へれいなを串刺しにすべく、鋭い刃が狙い済ましていた。にも拘らず。

れいなを狙った氷たちが、次々に崩れていく。
そして魔女の脚が、れいなの握力によって砕かれた。

「うぁあぁ!!!!!」

声にならない叫び、激痛。
こいつ、絶対に許さない。自らの足の弔い合戦を挑むべく、凍結の魔手の猛攻を仕掛ける。
しかし、首筋を狙う手刀も。胸を突こうとする掌底も。れいなの体に触れることができない。


れいなと、「氷の魔女」。
互いに拳と蹴りを交えながらの一進一退。
膠着状態に陥ったかと思いきや、徐々に魔女が押されてゆく。手のひらが生み出す自慢の凍気が、まったく通用しない。それどころか、
れいなの増幅能力の生み出す圧倒的な力を防ぎきれない。
そしてついに攻防の合間にれいなが放ったハイキックが、魔女の側頭部に炸裂した。

「く…そ……」

心からの呪詛を吐き出しつつ、吸い込まれるように地に倒れる魔女。
ぴくりとも動かない。勝敗は、明らかだった。

大きく、息をつく。
自らの能力の向上、それは形となって表れた。
あの「氷の魔女」をねじ伏せたことが、何よりの証拠。

「れいなは急いでるけん。あんたの相手してる暇なんてなかよ」

氷の刺客を力でねじ伏せたれいなは、後ろを振り返ることなく再び走り始めた。





投稿日:2013/12/22(日) 00:07:21.79 0


42回目



里沙の呼びかけで、巨大な飛行船のような物体に乗り込んだメンバーたち。
搭乗口から艦橋へと直通するエレベーターを通ると、そこは。

「うわぁ、すっごい!!!」

優樹が目を輝かせて、大きく声を上げる。
彼女たちが飛行船に乗り込んでいる間に浮上したのだろう。艦橋の前面はまるでガラス張りのテラスのように青空を映してい
た。

「目的地に着くのは夕方ごろや。それまで空の旅を楽しむんもええやろ」

外の甲板から、つんくと里沙が戻ってくる。
子供達は180度の眺望に夢中で、彼らが現れたことに気づかない。

「つんくさん、これは…」
「まあそういう感想になるよね。あたしも最初はおったまげたもん。いやいやいや、これはないでしょ、って」

さゆみの心情を推し量るように、里沙が言う。
確かにつんくは謎の多い人間だ。愛がリゾナンターを結成する際に有象無象の協力をし、そして彼女と彼女に続くリゾナンター
たちを間接的にではあるが引き合わせる役目を果たしていた。本人は能力者のプロデュース、と嘯くが。一体どのような組織に
属し、そして何のためにリゾナンターを援助するのか。

― そんなん、世界平和のために決まってるがな ―

以前同じような疑問をさゆみが直接ぶつけた時。
つんくはいつもの飄々とした口ぶりでそんなことを言った。あまりにも嘘くさくて、一周回って真実なんじゃないかと思えるくら
いに胡散臭い。


「ま、最初に種明かししとくけどな。この船、例の『PECT』の置き土産やねん。何でも、この飛行船に兵隊詰め込んでダ
ークネスの本拠地に突っ込む計画があったらしいで?それが、上の命令で対能力者部隊の役割が別んとこに移動してもうて。
この船は文字通り宙に浮いたわけや」

今俺うまいこと言ったやろ、と言わんばかりのどや顔。

「PECT」。警視庁が組織した対能力者特殊部隊。SATやSITの在籍者、世界を股にかける傭兵、戦闘のスペシャリスト
たちが集められた、当時の警察が誇った最強の部隊。しかしその理想形は高橋愛というたった一人の能力者の存在によって根本
から覆された。
結果、新たに創られた部隊により「PECT」はお役御免となり、同様にこの船もお払い箱となったのだった。

「もしかして、ガキさんがこれを?」
「ううん。あたしは、つんくさんに移動手段の確保を頼んだだけ。まさか『これ』が来るとは思ってなかったけど」

さすが警察組織に属しているだけの事はある。この飛行船の存在は里沙も知っていたようだった。つんくがどのような手段を講
じてこれを手に入れたのかはわからないが、今はそんなことは些細な問題に過ぎない。

「あの、つんくさん」

それまで、何やら言いたそうにしていたさゆみが口を開く。

「さっきつんくさんは夕方に目的地に着くって言ってたけど」
「おう、そうや」
「ちょっと、遅くないですか?」

さゆみの言う事は至極真っ当だった。
旅客飛行機並みの機動力があれば2、3時間程度で日本のどこにでも到着できるはず。今はちょうど昼前なので、夕方となれば
どんなに少なく見積もっても4時間から5時間はかかる計算だ。


「ステルス機能を搭載し、高速で移動することが可能な飛行船。通称『アルマカミニート』。ステルスのほうが高性能なのはえ
えんやけど…ほら、人目とか航空管制とか色々あるやろ?」
「はぁ」

要するに、このようなおかしな物体が人目も憚らずに日本の空を飛行するわけにはいかない。ステルスモードで姿を消してしま
えばその問題は解決するが、今度は事情を知らない飛行機が衝突してしまう可能性がある。そういうものに配慮した結果、速度
を落とさざるを得ないというのだ。

「しょうがないですよね。他に行く方法もないですし」

少しくらい到着が遅くても、仕方ない。
里沙に「紺碧の研究所」の場所を聞いたさゆみは、得意のネットパトロールであらゆる航行の手段を模索した。けれども、地図
にも記されない絶海の孤島、最寄の人が住む島から船をチャーターしても丸一日以上かかるという結果しか出なかった。

不意に、エレベーターの起動音が聞こえてくる。
艦橋まで上りきったエレベーターから姿を現したのは。

「ま、時間はゆっくりあります。それまで相手さんの出方でも考えましょうか」
「愛佳」

かつてリゾナンターにおいて未来を予知し、それを元にいくつもの緻密な作戦を立ててきたチームの参謀。不慮の事故で能力は
失われたものの、その頭脳は今なお健在だ。

「相手の戦力はほぼわかってます。上陸後の行動についてはうちに従ってもらっても、ええですよね?」
「さすがは光井やな。せや、俺にヘッドハンティングされてみいひん?ええとこ紹介したるで」
「…遠慮しときます」

やんわりと怪しげな中年の勧誘を断る愛佳。
にべも無い対応に空しい高笑いが響く。その頃、ちょうど空の景色に飽きてきた若手メンバーたちがこちらにやってきた。


中でも里沙の姿をいち早く見つけた衣梨奈は、まるで猫まっしぐら。
そのままコマーシャルが撮れそうな勢いで走り寄ってくる。

「新垣さぁーん!!」
「生田…あんたこれから敵地なんだから少しはしゃきっとしなさいよ」

大好きな先輩と同行ということで、ロマンティック浮かれモードな衣梨奈。
いつものことということで無視し、里沙がさゆみに語りかける。

「さゆみん。ちょっと時間いいかな」
「大丈夫ですけど。何ですか?」
「これから愛佳と3人でミーティング。メンバーたちに作戦を伝えないとね」
「それならガキさんが…あっ」

そこまで言いかけて。
さゆみは里沙の言わんとしていることを理解する。
もうリゾナンターのリーダーは里沙ではない。さゆみなのだ。その状況下において、さゆみ以外の人間がメンバーの陣頭指揮を執
るわけにはいかないのだ。

「わかりました。色々気を遣わせてすみません」
「いやいやいや、そんなんじゃないから」

頭を下げるさゆみを見て、里沙は実感する。
職位が人を作るとはよく言ったもの。リーダーになる前のさゆみなら、完全に里沙に作戦の説明を任せてしまっていたことだろう。
今回の作戦では、本当にサポートに回るだけになるかもしれない。頼もしいような、それでいて寂しいような。

そんな空気を里沙は肌で感じ取っていた。



ダークネスの本拠地。
組織の幹部の大半を「紺碧の研究所」へと派遣している現在、本拠地の防衛ラインは明らかに弱体化していた。

とは言え、準幹部級の能力者たちが守備を固め、さらには多くの組織下部構成員たちが水をも漏らさぬ警備を続けている。何より、
「不戦の守護者」が「首領」ひいては組織全体に降りかかる災厄に目を光らせている。たとえ手練の能力者が徒党を組んで本拠地
に乗り込んだとしても、正門を突破することすら容易ではないだろう。

もちろん、「中」から侵入してしまえば自慢の防衛ラインも何の意味もなくなるが。

不測の事態において孤島に出向いた幹部たちを速やかに帰還させるため、という名目で紺野は本拠地に残っていた。さくらと田中
れいなを使った「実験」なら、遠隔操作で実行する事は可能だったからだ。

「氷の魔女」を突破しましたか。さすがは黒血の能力が開花しつつあるだけのことはある。

「紺碧の研究所」で起こった出来事は、逐一現場の作業員から紺野に伝えられていた。
できれば研究所の至るところに監視カメラを設置したかったが、そこまでの時間はなかった。音声ととある仕掛けによってあちら
側に干渉できるのが唯一の救い。そのことは、紺野がこれから成功させる実験へのモチベーションとなっていた。

机上での作業に一区切りをつけ、席を立つ。
数時間前に落としたコーヒーはガラスの中で、濃い匂いを漂わせながら煮詰っていた。
カップに注ぐと黒い液体は、粘り気を含みつつ流れ落ちる。

まるで闇だ。けれど、悪くはない。

紺野はこの煮詰った状態のコーヒーが好きだった。
そしてそれを含みつつ、思う。行き場を失い、煮詰められた存在。それは…


思いを巡らせ始めたところで、机に置いてあった携帯が震えだす。

「もしもし。嫌に報告が早いじゃないですか…ほう。そうですか。不測の事態ですが仕方ありません。引き続き報告をお願いします」

かかってきた電話。簡潔に報告員に用件だけ伝え、通話を切った。
内容は。組織の幹部である「詐術師」と「永遠殺し」がれいなと交戦。”予定通り”敗戦したまではよかったが、その際に「詐術師」
が重傷を負ったというものだった。

重傷ですか。ほどほどでいいと言ったはずなんですがね。

先輩の過剰なサービスに辟易しつつ、自らの書いた絵図通りにことが運んでいることを感じる。
例えば。自らを神と嘯く「不戦の守護者」は、自らに齎された予言が現実となった時に同じようなことを感じるのだろうか。
馬鹿らしい。紺野は、コーヒーカップの底に残っていたコールタールのような液体を飲み干す。

現実は生き物のように絶えず変化する。だからこそ楽しい。そのことをあなたにも教えてあげますよ、「不戦の守護者」さん。

再び、机のPCに向き直る。
隅に置かれたコーヒーカップの淵の黒い染みは、闇が食んだかのように色濃く刻まれていた。



れいなは、さくらが捉えられているという階上を目指し走り続ける。
先程二人の幹部と戦闘を行ったにも関わらず、体力の消耗はほぼないに等しい。
むしろ逆に力が漲ってきている気すらする。

確実にあの血が力を与えている。
れいなはそのことに確信すら覚えていた。

「氷の魔女」を撃破し、その先に待ちかまえていたのは組織の古参「永遠殺し」と「詐術師」であった。
れいなのことを惑わそうと、言葉巧みに心理的な揺さぶりをかける小さな金髪。だが、次の瞬間れいなの拳は忌々しい小人を打ちのめ
していた。小賢しい人間性にいらっと来たせいかもしれない。続く「永遠殺し」もまた、れいなの素早さについていけずに崩れ落ちた。
二人がどのような能力者なのかわからないまま、撃退したという結果。それが先述の考えに繋がっていた。

同時に、底知れぬ力に恐ろしさすら感じる。
「幹部」を称する能力者をこれほどまでに容易に打倒した経験は、れいなにはなかった。それが、いともたやすく行われてしまう。凄
まじい能力の上昇。けれどその登り切った先が、まったく見えない。
例えて言うなら、右肩上がりのグラフが、ある地点で頂点を迎えるとともに急落してしまうようなイメージ。

それでも、足を止めるわけにはいかない。
力が出るならその力をとことん利用するしかない。
現に過去から現在に至るまであれほど苦戦させられた「氷の魔女」すら一蹴することができた。ならば、その流れに乗るまで。

さくらと、れいながリゾナンターとして共に時間を過ごした人物がなぜか重なってくる。
喧嘩に明け暮れ、大勢の子分を引き連れ斜に構えながら。それでも心の穴を塞ぐことができずにもがいていた日々。
そこに手を差し伸べてくれた、あの人。


高橋愛。

彼女がダークネスの手によって造られた「人工能力者」であることを知ったのは、ずいぶん後になってからの話。
けれど、語られた真実は当時のメンバーたちの心に深く刺さった。
研究所での過酷な実験の繰り返し、そして殺人者としての教育。それでも希望を捨てなかった愛は、ついにダークネスを飛び出す。自
分のような人間を、これ以上増やしてはいけないと。そこから、リゾナンターはダークネスに対し無謀とも言える抵抗をはじめた。言
わば、リゾナンターと言う集団の、原点。

だから、れいなも。
さくらを、救いたい。助けを求めた彼女を、ダークネスの好きにはさせない。

走り続けるれいなの前に、ついに登り階段が見えてくる。
牢獄と研究所を結ぶ階段であるがゆえに、階段の前に落とし格子が降ろされている。そんなものは、今のれいなにとっては何の障害に
もならない。むしろ、障害となるのは。

格子の前に立つ、二人の女。
ライダースーツの麗人と、ボンテージで身を固めた粛清人。

「れいなぁ。ここは通さないよぉ?」

強靭そうな鞭を手に取りながら、「黒の粛清」が厭らしく笑む。
褐色の肌が、狂暴な瞳が。れいなの魂を刈り取ろうとしているように見える。
その佇まいは粛清人の名にふさわしい。


「ま、お約束だけど。ここを通りたきゃ、うちらを倒してからにするんだな」

対して、ライダースーツは表情を変えずに拳を鳴らす。
「鋼脚」。その苛烈なまでの脚の威力。れいなは彼女の蹴りが分厚い鋼鉄をまるで布のように引き裂くのを何度も目撃していた。

加虐趣味の処刑人と、人間凶器。
普通に考えれば、窮地とも言うべき状況ではあるが。

負けん。
いや、負ける気がせん。

体の奥底から湧き出す力が、れいなの自信を支える。
さくらを救い、そして「黒翼の悪魔」に見えるまで。絶対に負けられない。

「あんたらに構ってる時間はなかよ。それでも邪魔しよるなら」

れいなの、二つの目が相手を鋭く貫く。眼差しの強さは先ほどの決意の、現れ。

「ぶっ飛ばす!!」

空気が震えるのではないかと思うほどの、大声。
れいなが叫ぶのと、敵の二人が襲い掛かるのはほぼ、同時だった。





投稿日:2013/12/27(金) 11:40:43.27 0


43回目



飛行船内に設けられた、作戦会議室。
本来であれば、この場所で対能力者部隊「PECT」のメンバーたちがダークネスとの最終決戦に向け策を練っていたのだろう。しか
し、そんな未来はもう存在しない。

代わりに立つのは、うら若き能力者たち。

「…以上で上陸後のチーム分け、及び相手戦力への対処についての説明を終了します。何か聞きたい事はある?」

馬の蹄鉄の形のような、半円形のテーブル。
中心に座るさゆみが、散らばって座るメンバーたちに最終確認を取る。
作戦を立案したのは、さゆみの後ろに立っている愛佳。だが彼女も、作戦の前面に立つ事は否定した。

春菜。亜佑美。優樹。遥。衣梨奈。里保。香音。そして聖。
八人の後輩たちは無言のまま、頷く。それは説明した作戦の全てを頭に叩き込んだということ。あの優樹までが、普段は決して見せな
い集中力を見せていた。

「…じゃああとは各自研究所到着まで待機してもらうんだけど。ここで、さゆみからみんなにプレゼントがあります」

作戦会議を終えて解散、と思いきや。
さゆみの意外な一言に、一同が首を傾げる。
こんな時にプレゼントだなんて。しかし、里沙がダンボールを抱えて部屋に入ってきたことで空気が一変する。

もしかして、ダークネスと戦う新兵器?

誰もがそんなことを想像する中、箱は開けられた。


「あれ。なんすか、これ…」

真っ先に発言したのは、遥。
てっきり一撃撃てば全てを薙ぎ払うくらいの勢いのロケット砲を想像していたのに、と明らかにがっかりしている様子。

「もしかして、戦闘服ですか?」

聖が、それを手に取ってさゆみたちに聞く。

「さすがフクちゃん。憶えててくれてたんだ」
「はい。これを着たかめ…みなさんが格好よくて記憶に残ってたんです」

聖はリゾナンターが9人だった頃の時代を知っている。
だから一度だけ、見たことがある。リゾナンターたちが、戦闘服に身を包み戦地に赴くところを。

黒を基調とした色合い。
ジャケットとインナー、それとパンツに分かれた構成。
当時聖が目にした戦闘服に似ている。

だが、大きく違うところもある。
当時のリゾナンターたちの戦闘服は、腕を露出したスタイルだったがこちらは腕の部分がシースルーになっている。また、ジャケットに
留められているハートのラインを象ったブローチや、インナーに散りばめられているストーンは昔の戦闘服にはなかったものだ。

「でも、戦闘服と言うにはちょっと」
「派手過ぎじゃないですか?」

里保と亜佑美が箱の中を覗き込み、感想を述べる。
確かに。一見、アイドルがステージで着る様な歌衣装のようにも見えなくもない。一理ある感想に、さゆみはにやりと笑みを浮かべる。


「じゃあ試しに鞘師、その服を刀で切り裂いてみて」
「え?」
「ほらほら、遠慮しないで」

なぜかノリノリのさゆみに訝りつつ、そこまで言うなら、と腰の愛刀を抜く里保。
ジャケットを片手に掴み、もう一方の手で刀を握り貫く。

かと思いきや。
鋭い切っ先が当てられてるにも関わらず、刀身が貫通した様子はない。
力をさらに刀に込めるも、結果は一緒。

「これは」
「俺んとこの知り合いが開発した特別な繊維や。理論上はアサルトライフルの機銃掃射を受けてもびくともせえへんらしいで?」

普通では考えられないような強度の服について、つんくが嬉しそうに話す。

「愛佳たちも似たような服着て戦ったことがあるんやけど、性能はその時以上らしいで。はぁ…うちも能力がまだあったらみんなと一
緒に戦うんやけど」
「是非!お願いします!!」
「だーかーらー、鈴木ぃ、今のうちが戦闘なんてやったら一瞬にして蜂の巣やっちゅうねん」

日ごろから、将来は愛佳のような策を練るチームのブレーンになりたいと周囲に話している香音。一緒に活動していた時期が短かった
だけに、その言葉は冗談ではなく本気のようにも見える。
愛佳自身毒づきつつも満更でもないように映るが、さゆみは。あのクリスマスイブの惨劇がなければ、今でも愛佳はリゾナンターとし
て活躍していたのではないか。そう思わずにはいられなかった。ただ、今は感傷に浸るべき時ではない。

「戦闘服はみんなのサイズにそれぞれ合わせてるから。各自自分のを手に取ったら、着替えて各自到着まで自由にして。以上」
「はいっ!!!!!」

次世代を担う若きリゾナンターたちの返事が、会議室に響き渡った。



波状攻撃。
「黒の粛清」と「鋼脚」のタイミングをずらした攻めはまさにそう呼ぶのに相応しかった。
容赦ない粛清人の鞭捌き。特殊な材質なのか、意外なほどの伸縮性で、射程範囲を読みにくいものにしていた。さらにはその破壊力。
念動力を応用しているのか、ただの鞭の威力ではない。
打撃の洗礼を浴びたコンクリートの外壁が脆く崩れてゆく様は、れいなに警戒させるには十分。

そこへ、「鋼脚」の近接攻撃が襲う。
鋼の脚の異名は伊達ではない。間合いを詰めての連脚、防御で凌ぎきったところに鉈のような回し蹴りが飛んでくる。

こいつ、強い…!!

れいなは改めて相手の危険度を実感する。
「氷の魔女」が飛び道具を得意とするブラスターとするなら、「鋼脚」はまさにアタッカー。れいなも近接攻撃を得意とするが、技
の、特に蹴り技の錬度が桁違いだ。明らかに、達人級の域に達していた。

鬼のラッシュを交わし、避け続けているところに再び「黒の粛清」の鞭が飛ぶ。打撃はもちろんのこと、絡め取られたら行動は大幅
に制限されてしまう。必然的に、防戦一方を強いられていた。

「あはは、逃げ回っちゃってぇ。大人しく…つかまんなさいよ!!」

あくまでも鞭の洗礼を避け続けるれいなに、ただでさえ気の長いほうではない粛清人が業を煮やす。撓らせた鞭を、感情の赴くまま
縦横無尽に振り始めた。

「ヒステリー女が切れとっと」
「なんですってぇ!?」

れいなが漏らした中傷はすぐに「黒の粛清」の耳に届く。
眉を吊り上げた憤怒の表情は、夜闇に浮かぶ般若のようだ。


そんなやりとりを受け、やや辟易したような表情の「鋼脚」。しょうがねえなあ、と呟くと足技によって取っていた間合いを一気に縮
めた。軸足に全体重をかけ、もう片方の足を大きく振りかぶる様はまるでサッカーのシュート態勢。

「これで…沈みな!!」

大振りの攻撃は攻めのチャンス、とばかりに攻勢を仕掛けようとしたれいなを、超高速の足技が襲い掛かる。防御する隙も力も与えな
い。敵味方から「虎のひと噛み」と恐れられている渾身の一撃が、れいなのボディにまともに入った。
たまらず、崩れ落ちるれいな。

「キャー!!よっすぃーかっこいいっ!!!」
「…どうでもいいけどよっすぃーって呼ぶなよ」

かつてのあだ名を呼ばれ、苦い顔をする「鋼脚」。
虎の顎に捉えられた得物が再び立ち上がる姿を、見たものはいない。それまではそうだった。しかし。れいなは、立ち上がった。

「…なるほど。『順調に』強化されてるってか」

言いながら、口元がにやつくのを抑えられない「鋼脚」。
本来の目的を忘れそうになるが、あくまでも今回の仕事は。クールに、そしてスマートに。

「何言っとうか、わからん」
「わかる必要は、ねえよ!!」

黒のライダースーツがれいなの前に、躍り出る。
溜めの形を極力まで拝した、予備動作なしの上段蹴り。
だが、隙は大きい。すなわちこれを凌げば、れいなにとって最大のチャンス。

両拳を固め、攻撃に備えるれいな。
ところが、「鋼脚」は蹴り足の標的をれいなの遥か頭上に移す。
蹴りの勢いも併せて宙に舞う麗人、待ち受けるは無防備の自由落下。


いや、違う!!

れいなは気づいた。「鋼脚」の隠し技に。
エアリアルのように空中で滑らかに体を回転させた後、落下エネルギーをも取り込んだ蹴り。それが眼下の標的に牙を剥く。装甲車です
ら蹴り潰すその技の名は、「滑繋(かっけぇ)」。

攻撃態勢に入りかけたれいなは咄嗟に受けの態勢を取る。
目の前でクロスさせた両腕に、情け無用の一撃が加えられた。発生した膨大なエネルギーは、れいなの姿勢を大きく崩す。

「隙ありっ」

ここぞとばかりに、ボンテージ姿の粛清人が鞭を飛ばす。
迂闊だった。
目の前の「鋼脚」に気を取られ、捕縛の機会を伺っていた「黒の粛清」へのマークを怠っていたことをれいなは後悔する。

飛んできた鞭のスイングにタイミングを合わせて、パリイングを決めるれいなだが、勢いを殺がれた鞭はまるで生き物のようにれいなの
右腕に撒きついてきた。

「つーかまえた。もう、逃がさないわよ?」

グリップに力を入れつつ、「黒の粛清」は捉えたれいなとの間合いをじりじりと広げてゆく。引っ張られる右腕。これでは自由な動きは
制限されてしまう。

「さあ、お仕置きの時間だ」

気がつくと、「鋼脚」はれいなの目前に立っていた。
繰り出されるのは足ではなく、拳。
一般的に足は拳の3倍ほどの威力を出せるという。ただそれはあくまでも一般論、リーチの短さは超近距離においては逆に有利に働き、
連射力においては拳のほうが上。ゆえに、絶大な効果が生まれる


一発目のパンチがれいなの胴にめり込む。
それだけでも意識を失いそうになるのに、立て続けに二撃、三撃と続く。
右左右左右左。正確にそして交互に打ち込まれる拳の威力。確か工藤が漫画のマネしてこんな技を飯窪にやってたっけ。れいなはおぼろ
げながらに、そんなことを考えていた。

だから、気づかなかった。己の体の変化に。

むしろそれにいち早く気づいたのは「鋼脚」のほうだ。
地面をぶん殴っているかのような、空しい手ごたえ。殴っても、殴っても、ダメージを与えたという実感が湧かない。

「ね、ねえ『鋼脚』…」

れいなの動きを封じていた「黒の粛清」が、信じられないものを見ているかのような顔をする。
事実。「鋼脚」もまた、悪夢を見ている感覚に襲われた。

れいなの体から、黒い霧のような何かが湧き出てくる。
意志を持つがごとくのそれは、宿主の体に纏わりつき、そして姿を変えてゆく。

そこまで来て、ようやくれいな自身も自らの中に凄まじい力が湧き上がってくるのを感じ取る。
これなら、いける。
体の中に渦巻いた黒が、ぐるぐると凝縮されていくイメージ。それを一気に、解放した。


次の瞬間。
爆風にも似た衝撃がその場を襲う。
れいなを縛り付けていた鞭は、跡形もなく破壊された。
鞭を手にしていた「黒の粛清」自身も、衝撃波によって壁際まで飛ばされ、打ち付けられた。

「いいぞ、完全覚醒ってやつかぁ!!!」

「鋼脚」は自分の体が勝手に動いていることに気づく。
好奇心からか。それとも目の前の相手を今すぐに滅ぼさなければいけないという切迫感からか。はたまた、そこまで自らを追い詰めてい
る恐怖からか。

目に見えぬほどの跳躍、そして蹴りに転じる身のこなし。
ついさっきまでのれいななら、為すすべもなく倒されていたであろう攻撃。
それが当たる事は、なかった。
なぜなられいなは「鋼脚」が足技を繰り出すより先に、「鋼脚」に固めた拳を打ち降ろしていたから。

「あ、悪魔…かよ…」

「鋼脚」は。目に映ったものをありのままに表現する。

「誰が悪魔だって?」
「じ、自分の姿…見てみろよ…」

それだけ言うと、「鋼脚」はそのまま地に崩れ落ち、動かなくなった。
言うとおりに、自らの手を見る。ネイルなどつけていなかったにも関わらず、両手の爪は黒く長く変形していた。

照明に照らされて、れいなの影が壁面に映し出されている。
角が生え、背中からはぴこぴこと小さな翼がはためいていた。体にぴったりと張り付いたチューブトップ状の上着とタイトなスカートは
黒一色に統一されている。頭の角は、と手を触れてみると単に髪の毛が角状に固められてるだけだった。がしかし。これではまるで。


「ははは。ほんとに『たなサタン』になりよった」

最早笑うしかない。
思えば、この場所に来てからの、自らの力の強化具合。
それは間違いなく、れいなの中を流れる黒い血の仕業だとれいなは確信していた。
そしてそれが必ずしもいい結果だけを招くわけではないことも。

開かれた進路に目を向ける。
相変わらず、落とし格子が階段の入り口を塞いでいた。
れいなはゆっくりと格子の前まで近づき、それから片手でそれを薙ぎ払う。

格子を構成していた頑強な鋼鉄はブラインドカーテンのように変形し軋み大きな口を開けた。
身体能力の増幅だけでは片づけられない、末恐ろしい力。

全ての障害を打ち倒した後。
目の前には、階上へと上る階段が伸びているだけ。

これを登れば。あいつが。

気合を入れるように、自らの拳をもう片方の掌に打つ。
れいなは、ゆっくりと階段を登ってゆくのだった。





投稿日:2013/12/29(日) 18:18:59.38 I