『リゾナンターЯ(イア)』 (34回~37回)


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34回目


さくらを追うリゾナンターたち。
比較的遅れて出て行ったさゆみやれいなと少し離れた場所から追跡している8人のメンバーは、リゾナンターの共有能力である
「心の声による意思疎通」を行いながらさくらを効率的に追ってゆく。

のはずなのだが、あと一歩というところでさくらの姿を見失う。
それは高台の公園で遥と優樹が経験したのと、同じ。さくらを発見した次の瞬間には、その姿は消えてしまっていた。

まず最初の可能性として考えられるのは、瞬間移動を含めた物質転移能力。
しかしそれは様々な角度から否定される。さくらが姿を消した直後にすぐに他のメンバーに見つかることから、遠距離の瞬間移
動能力ではないことは明らかだ。

「じゃあ、ショートテレポートを繰り返すことで瞬時に追っ手の視界の外に逃れてるとか?」
「それは多分ないと思う」

里保の仮定を、聖が迷いながらも否定する。
ショートテレポートの性質からして、「瞬時に」相手の視界からまったく消えてしまうような距離へ逃れるのは不可能。

「だからぁ!まさが言ってるじゃん!さくらちゃんは、『時を飛ばした』んだって!!」

となると、優樹の言っていることもあながち間違いではないのかもしれないという思いがメンバーの頭を掠める。

「でも、時を飛ばすなんて、どういう…」
「単純に飛ばすんやろ。びゅーんて」
「えりちゃん意味わかんないから」

混乱する香音と、適当な衣梨奈。
一言で「時を飛ばす」と言われても、具体的に何をするのか、そしてどうなるのかが頭に描けない。そんな能力者に会った事が
ないのだから当然の話だ。


「時を止める、ならまだわかるんだけどね」
「うーん。ザ・ワールドかそれともディアボロか」
「何それはるなん」
「あ、ごめんごめん。時間を止めてるのか、それとも時間を早送りして『飛ばして』るのか。どっちなのかなって」

自らの愛読漫画の知識を頼りに、春菜は一緒に走っている亜佑美に、そして8人全員に説明をはじめる。

「時を止めるって言うのは、文字通りの時間停止能力。道重さんから、ダークネスにはそういう能力者がいるって聞いたから。
それと、時を早送りっていうのは、そうだなあ・・・DVDなんかでCM飛ばしたい時にスキップボタン押すみたいな感じなのかな」

なるほどと頷くもの、何となく理解したもの、適当に理解したつもりのもの、そして何も考えていないもの。反応は様々だった
が、春菜は自らの中にゴーサインを出す。それは。

「みなさん、聞いてください。私にさくらちゃんを捕まえるいい案があるんですけど……」



絶えず離れず、つかず。
春菜と亜佑美が、さくらを追いかける。
千里眼を駆使する遥の力で、さくらには気づかれないように見通しのいい一本道へと誘い込む。これが春菜の考えた計画の、第
一段階。

「ここから先は、行かせないよ!!」

春菜たちとは逆サイド、さくらのいる場所から離れた場所で聖が大声をあげる。
さくらはまだ能力を使わない。
時の操作などという高度な能力、そうそう連発できないのは想像がつく。となれば、この状況をいいかに少ない労力で切り抜け
ようと考えるのは、自然の流れ。

「行かせてもらいます」

さくらが、聖に向かって走っていった。
二人いる場所より、一人しかいない場所を突破口に選ぶ。これも、春菜の計算どおり。
そしてさくらが走り出してすぐに、計画の第二段階が発動する。

「生田さん!!」
「おっけー!!!」

突然、地面から跳ね上がってくるように姿を現す、ピアノ線。
香音の物質透過により地面のごく浅い場所に隠されていた複数のピアノ線が、衣梨奈の手によって一斉に引き上げられたのだ。

人間、予測できない状況において。
自らがそれを跳ね除ける手段があるなら、それを使わざるを得ない。
春菜たちのタイミングでさくらに能力を使わせることが、計画の狙いだった。


当然、さくらは「時を止め」または「時を飛ばし」、衣梨奈のピアノ線による包囲から抜け出す。その後、聖に対しても同じ
ことをするために、駆け抜けるようにして彼女に近づく。

そこに、罠が仕掛けられていることを知らずに。

さくらが一体何秒、時に干渉することができるか。
春菜たちには正確にはわからない。けれど、さくらが追撃をかわすために何度か能力を使ったことでだいたいの目安を知るこ
とができた。

彼女が時に干渉していられる限界と思われる、時間。
移動時間を加味して能力が解かれた時に、彼女がそこに立っているであろう場所に。
大きな、水たまりを作っておいた。優樹が物質転移によりどこからか持ってきた水である。その水たまりに足を踏み入れた瞬
間、計画の第三段階は発動する。

水の、トラップ。
ピアノ線のトラップが発動した瞬間に、里保には水操作能力でさくらがいるであろう場所を中心とした水のヴェールを生成す
るよう打ち合わせをしている。タイミングが合えば、さくらは里保の操る水に捕縛されて身動きを封じられる。

鳥かごに捕らえられた鳥がいくら時間を止めようと、いくら時間を飛ばそうと。
鳥が鳥かごの中にいるという事実は、変えられない。

この計画は全て、春菜が立案したものだった。
もちろん、愛読書に出てくる「時間を止める能力者」に自分だったらどう立ち向かうか、などという他愛も無い妄想を普段か
らしていたという下準備はあった。

しかし短時間の間にそれを記憶から引っ張り出し、素早く実行する手腕。
リゾナンターとなり幾多の戦闘を経験するうちに春菜は、着実にチームのブレーンとしての素質を磨きつつあった。

その成果が今、結果となって現れる。


☆ ★ ☆

「生田さん!!」
「おっけー…って、あれ?」

春菜の掛け声で、地中に潜ませていたピアノ線を一気に引き上げる衣梨奈。
だが、そこにはもうさくらの姿はなかった。

「こっちにも、いない…」

遥か向こうにいる聖もまた、さくらの姿を見失っていた。
わけがわからない、と言った感じで首を振っている。

「さくらちゃんの能力は、時間に干渉できる能力じゃないの?」
「わからない。けど、成功するまでやるしかありません」

リゾナンターたちは再びさくらを捕捉するために、走り出す。
彼女たちは、根本的に間違っていた。
さくらの能力に対する、認識を。

春菜たちの作戦は、成功していたのだ。
「時を飛ば」してピアノ線の包囲網を突破したさくらは、もう一つの罠に気付くことなく足を踏み入れてしまう。
発動する水操作能力、捉えられるさくら。
そこで、さくらはもう一度だけ「時を飛ば」した。

春菜の考える通り、一度水のヴェールに拘束されたさくらが能力を使用して時に干渉しても、拘束から解き放たれることなく時
間が経過してゆくはず。その考えに間違いはなかった。ただ、「時間を飛ばす」能力への認識自体が間違っていた。

さくらは、時間を飛ばし、切り取り、そしてなかったことにした。
それが、彼女の能力。


「時間編輯(タイムエディティング)」。
それは例えて言うなら、ビデオテープの磁気テープの5秒間を切り取り、テープの本体を綺麗につなぎ合わせた結果に似ている。
では、切り取られた時間はどこへ行くのか。
切り取られた時間は、擬似平行世界とも言うべき独立した存在となる。本体の世界と同じように時が進むのだ。
ただし、元の世界と違う点が二つだけある。

一つは、それがたった5秒間で消滅してしまうということ。
もう一つは、さくら以外の全ての物の時が止まってしまうこと。

そしてさくらはその世界で為したことを元の世界に反映することができる。逆に言えばその世界において起こったことをなかった
ことにもできる。
今のケースで言えば、彼女は自らが捕まってからの5秒間を飛ばし、そしてなかったことにした。結果として残るのはさくらを発
見したという事実を失ってしまった世界。

確かに鳥かごの鳥が時間を飛ばしても、籠の中からは出られない。
ただし、鳥が鳥かごの中に入れられたこと自体をなかったことにしてしまったら、その考えは通用しないのだ。


☆ ★ ☆

8人の包囲網を突破しつつも、走る事をやめないさくら。
先程の二段階の罠を回避するために、連続して能力を使用してしまった。
おそらくもう、能力使用の限界を超えてしまっているはず。次に誰かに捕まったら、それはもう逃亡の失敗を意味していた。

確か、この先には大きな道路があるはず。そこまでたどり着けば。

「時間編輯」の力で走るトラック等の大型車両の上に乗ってしまえば、完全に追跡不能となる。
力の限り、走り続ける。視界が明るくなることで、ゴールは近いと感じたさくら。しかし。

「やっと見つけたっちゃよ。さくらちゃん」

恐る恐る、後ろを振り返るさくら。
この人を最初に見た時。まるで猫のようだと彼女は思った。
猫のように気まぐれで、そして自由。と同時に、その裡に秘めた強い意志を感じていた。
それは何か大きなものを追いかけている、その大きなものになろうとしている、そんな意志。

「れーな、鬼ごっこなんてやったの何年ぶりやろ」

そう言いながら、少しも息を切らせていない。
透き通るような白い肌が、幹線道路を走る車のライトに映えている。

田中れいな。
リゾナンターのエースにして、最強の実力者。
その強いまなざしが、しっかりとさくらのことを捉えていた。





投稿日:2013/11/17(日) 18:39:14.07 0


35回目


大型トラックや乗用車が行き交う、幹線道路。
本来であれば、それらに飛び乗り追撃の届かない場所へと移動しているはずだった。
だが、そうはならなかった。
現実を突き示すように、目の前の女性がさくらに問いかける。

「何で、逃げようと思ったと?」

まっすぐな瞳。
さくらは、素直にそう感じる。
と同時に、この場から逃げるという選択肢を完全に潰されたような気がした。
逃げようと思えば、今すぐ能力発動してすぐ傍の道路を走る車に飛び乗ればいい。もしかしたら、さくらが能力を使う前にれい
なに阻止されるかもしれない。けど、やらないよりはやったほうがいいに決まっている。それができなかったのは。

れいなが、れいなの視線がさくらを逃さない。
本当のことを言うまでは、絶対に。対峙した時点で、もう逃げることができなかったのだ。

「だって、無理ですよ……」
「何が?」

そんな状況の中で、必死に絞り出した言葉。
言えない。言えるわけがない。
そしてさくらの思考を先回りするような、れいなの問いかけ。
押し込められた思い、悲しみ、怒り。もう止められなかった。

「…無理じゃないですか!だって、私…ダークネスなんですから!!!!!」


今まで。
こんなにも感情を爆発させることなど、考えたことがなかった。
リゾナンターたちに会うまで、さくらの心の中は荒涼とした風景画のようだった。
動きのない、寒々しい風景。空はいつでも鈍色だったし、荒野を乾いた風が吹きすさぶだけ。

それを変えたのが、あの喫茶店に集う少女たち。
彼女たちが差し伸べた手が、モノクロームの世界に色を添えてゆく。
けど、世界が変わるということは言い換えれば世界を壊すということ。
そんなことができるのか。ダークネスという組織に属する、自分が。

「ダークネスとリゾナンターは敵同士だって、田中さんも知ってるでしょう!?だから、無理なんです!みなさんと話し合うこ
となんか、できないんです!!」
「…決め付けるのは早いっちゃろ。少なくともあの子たちは、さくらちゃんと話したがってる」

あくまでも、静かに、冷静に。
れいなは、若きリゾナンターたちのまっすぐな思いを口にする。

「だから!私にはそんな資格、ないんです!!みんなに本当のことを言わないで、騙してきた私には、差し伸べられた手を取る
権利なんかないんです!!!!」

だからこそ、余計に痛かった。
まっすぐな思いに答えられない自分が、歯がゆかった。
どうしようもない現実から目を背け、逃げたかった。


「…昔のれいななら『勝手にしい』って言いよったんやろうね。けど」

次の瞬間、れいなの瞳がさくらを射る。
強い意志が、そこにはあった。

「あの子たちの思いを踏み躙るようなことは、れいなは好かん。真剣に向き合おうとしてる相手に背中を向けて逃げ出すなんて、
そんなこと絶対にさせん」
「でも…私たちは…敵同士で…」
「敵?やったら、何でさくらちゃんはあの子たちを攻撃しなかったと?敵なら、能力を使ってあの子たちに危害を加えることだ
って、簡単っちゃろ?」

この人は。
まるで炎のようだ。
燃え盛る炎のように激しくて、熱い。
さくらの凍った心が炙られ、融けてゆく。


「そんなこと…そんなことできるわけないじゃないですか!みんな、みんな私なんかに優しくしてくれて、楽しくて、暖かくて!!
そんな人たちを攻撃することなんて、できるわけないじゃないですか!!!」

感情の洪水。
もう、止められなかった。言葉とともに溢れてゆく思いを、目の前にいるれいなにぶつける。これでもか、これでもかというく
らいに。さくらの思いを受け止めるように、れいなはその震える体を抱きしめる。

「田中・・・さん?」
「れいなには。ううん、他のリゾナントのみんなにも、聞こえてた。あんたが、助けを呼ぶ心の声を。『誰か、ねえねえ誰か』って」
「心の、声?」

さくらの問いかけに、れいなが答えようとしたその時だった。
何もない空間から、稲妻が走ったかのような閃光。光が引くとともに現れる、一人の女。

「心の声?そんなの、空耳に決まってるじゃーん」
「あんたは!!」

黒のジャケットに白のインナー、そしてタイトスカート。
服装は堅いが、頭はプリン色と何ともちぐはぐな印象。そして、極めつけは緊張感のない顔。だがしかしその抜けた顔の女の正体は。

「悪いけど、その子はいただくよ」
「あんた、ダークネスの…」

突如現れた、ダークネスの刺客。
だが、顔は知っているはずなのに、れいなは女の名前を思い出せない。


「誰やったっけ…わかった、いつもミティや『鋼脚』のうしろにくっついてるコバヤシとか言うやつ!!」
「そうそう、ワタシがコバヤシ・コトミです…て違う!!あたしはダークネスの新進気鋭の幹部・オガワだ!!」

鼻を膨らませて抗議する「オガワ」。
しかし気を取り直してさくらに向け、手を差し伸べる。
わざとらしいくらいの、笑顔で。

「さくらちゃん、怖がらなくていいんだよ。お姉さんが、ちゃんと帰り道をエスコートしてあげるから」
「え…」

本能だった。
さくらはオガワから一歩、後ずさる。

「あれ?おっかしいな。ねえさくらちゃん。もう一回だけ言うよ?お姉さんと一緒に帰ろう?」

さくらからの返答は、ない。
困ったようにぽりぽりと頭を掻く「オガワ」、そこにはもう笑顔はなかった。


「…さくらちゃんさあ、飲まされた『お薬』のこと…忘れてない?」
「!!」
「だよねえ。だよねえ?お姉さんびっくりしちゃったよ。てっきり帰還を拒否してこのまま死んじゃう道を選ぶのかと…」

言いかけた「オガワ」の言葉が、止まる。
れいなが、さくらと「オガワ」の間に入り込むようにして立ち塞がったからだ。

「れいなちょっとその『お薬』に興味あるっちゃけど、『コバヤシ』さん」
「だ・か・ら!コバヤシじゃねーって言ってんだろ!アタシの名前はオガワ!オー、ジー、エー、オガワ!!て言うかこれはダークネ
スの問題だあんたに関係ない話だろ!!!」

さくらを再び射程圏に入れようとするオガワだが、れいなの手によって阻まれる。

「関係あるよ。だってこの子は…れいなたちの『仲間』やけん」
「はぁ?適当なこと言ってんなよ!」
「適当じゃない。『心の声が聞こえた』って、そういうことっちゃろ?」

振り返り、さくらに微笑みかけるれいな。
「仲間」。たった2日間、一緒に時を過ごしただけのはずなのに。
けれども。さくらの心に暖かいものが、ゆっくりと流れ込んでゆく。


「ああそう。あくまでも私の邪魔するつもりなんだ」
「そういうことになるかな」
「だったら、それなりの対応をさせてもらうよ!!」

「オガワ」が、両手を広げる。
その手の先は、何かを掴むように。空を切ったかと思ったそれは、手の中に二丁の銃器を掴んでいた。彼女の得意とする、テレポーテ
ーションの応用。

「これは、『鋼脚』が使ってた!?」

れいなが以前、ダークネスの幹部である「鋼脚」と交戦した時。
まるで近くの引き出しから物を取り出すように、空間から多種多彩は銃火器を取り出すのを目撃していた。

「そう、でも実はあたしが後ろでサポートしてたんだよ!!」
「さくらちゃん、伏せて!」

向けられた銃口を目にして、れいなが叫んだ。
れいなと同じようにさくらがしゃがむのと、「オガワ」が両手の拳銃を発砲するのは、ほぼ同時。

「私の名前は『オガワ』、二つ名の『弾薬庫』は申請中だよっ!!」

さらに撃ち込まれる銃弾。
れいなとさくらがばらけたのを好機とばかりに、立て続けに拳銃を発射する「オガワ」だが。
当然のことながら弾切れにより手元の手ごたえはかちかちと空振り始める。


「だっさ!弾切れやん!」
「弾切れ?あたしの辞書に弾切れの二文字はない!」
「三文字っちゃろ!!」

空になった拳銃を投げ捨て、次に転送するは手ごろな大きさのアサルトライフル。
再び回避行動をはじめるれいなを、容赦なく狙い撃つ。

「ははは!逃げろ、逃げ惑え!!言っとくけど銃弾がそこを通ってる車なんかに当たったら、パニックになっちゃうよ?」

人通りが少なく、車だけが往来する幹線道路とは言え。
流れ弾がもし乗用車に当たりでもしたら、その瞬間に大惨事が待ち受けている。
「オガワ」の言葉は、れいなの回避経路を著しく狭めるものと思われた。
しかし。

れいなの姿が、掻き消える。
いや、消えたのではない。自らの肉体能力の「増幅」により高速移動能力をも凌ぐ速さの動きを見せるれいなの動きを、「オガワ」は
捉えられなかったのだ。

「ぎゃん!!」

懐に飛び込んだれいなが、勢いに任せた中段への蹴りを「オガワ」にお見舞いする。
まともに受けた「オガワ」は倒れた挙句でんぐり返しのように転がりタイトスカートの中身を見せてしまうという何とも情けない格好に。


「転送能力はそれなり、戦闘能力は佐藤以下。あんた、よく幹部になれたっちゃね…」

呆れながら、一撃で倒れてしまった自称『弾薬庫』を哀れみを含んだ視線を向けるれいな。
相手が弱かったからすぐに片付いたが、それでも彼女の体力低下は深刻なものとなっていた。手足が震える、動悸が激しい。

ただ、今は弱音を吐いている場合ではない。
とにかく、さくらと一緒にこの場を離脱しなければならない。
仲間たちもこちらに近づいている。合流できれば、ひとまず安心できるだろう。

しかし、状況の変化に気づく。
妙だ。静かすぎる。
理由はただ一つ。

「さくらちゃんが…いない!?」
「その通り。私はただの囮だったんだよねぇ」

むくりと立ち上がり、得意顔で語る「オガワ」。
さくらは別の転送能力者の手によって、既に別の場所に転送されてしまっていたのだ。

「くそ、さくらちゃんを追わんと…かっ、かはっ!!」

自らの失態を取り戻そうと、走り出すれいなの体に大きな異変が起こる。
またしても、激しい咳。これまでよりもずっと、重く、そして激しく。
吐き出された黒い血が、アスファルトに決して消えない染みを作る。

「それと実は、あんたに言ってないことがあるんだよね」
「な、なん…」
「私の、真の目的」

蹲るれいなに、にぃっと微笑みかける「オガワ」。
次の瞬間、れいなの姿はその場から消えてしまう。転送能力の、発動。

「真の目的は、弱ったあんたをある場所へ送り届けること」

「オガワ」が紺野から受けた密命。
それが、れいなの転送。さくらの保護を隠れ蓑にした、もう一つの目的だった。

「よし。任務完了っと。蹴り入れられた時は死ぬかと思ったけど、ま、頑丈な体だけが取り柄なんでね」

主を失ったアスファルトの血の飛沫を見ながら、勝利の美酒に酔う「オガワ」。
喜びのあまりどこかの伯爵夫人のように高笑いをしたい気分だが、そんな時間はない。
ポケットから携帯を取り出すと、せわしくボタンを押し始めた。

「あのーオガワですけど。はぁ?コバヤシじゃないです、オ・ガ・ワです!すいませんけどちょっと1台車回してくれませんか…」

自らをテレポートすることは、未だにできない。
組織内で「運び屋」と揶揄されている彼女の移動手段は、もっぱらタクシーであった。





投稿日:2013/11/25(月) 15:33:46.45 0


36回目



れいなが突然「消えて」しまったことは、すぐに他のリゾナンターたちに伝わった。
消失地点に、一人、また一人と集まるメンバーたち。
そして誰もいない現場を目の当たりにし、絶句するのだった。

「そんな…どうして…」

何があったのか。
それすら、わからない。もしかしてさくらがれいなを。あってはならない、考えたくない想定を一同が思い描いてしまう。

「やっぱり、さくらちゃん」
「違う!!」

言いかけた亜佑美の言葉を、優樹の大きな声が遮る。

「さくらちゃんは、そんなことしない!絶対に、しない!まさは、わかるもん!」

叫びながらも、優樹の心もまた揺れている事がわかる。
それに対し、どのような言葉をかければいいのか。最年長であり、リーダーでもあるさゆみにすら、思い浮かばない。

れいなは、間違いなく今のリゾナンターで「最強」を名乗れる実力の持ち主。
それが、ぷっつりと消息を絶ってしまう。まず考えられるのは、自らの意思で消えた可能性。しかしれいなは瞬間移動の能力の持ち主
ではない。


「れいな…どこに行っちゃったの」
「その質問に、お答えしますよ」

さゆみの独り言に、答えるものがあった。
その声は、歩道に設置されている防災無線のスピーカーから。

「お久しぶりですね、リゾナンターのみなさん。『赤の粛清』さんがお世話になった時以来でしょうか」
「その声は…Dr.マルシェ!!」

柔らかな、落ち着いた声。
しかし心の底の不安を掻き立てるような、そんな声。
聞き間違いようがない。ダークネスが誇る、狂気の科学者。

「本当なら映像つきでみなさんとお会いしたかったんですが、生憎その付近には映像出力装置が見当たらなくて。仕方ありませんが、
こうして声だけで失礼させていただきます」
「ちょうどいいわマルシェ。聞きたい事があるの。さくらちゃんは…ダークネスなの?」

さゆみの言葉に、全員が硬直した。
確かに。さくらが仮に敵だとするならば、ありえない話ではない。しかも、このタイミングでダークネスの人間が登場している。ただ、
それを認めることは、「仮に」の部分が取れてしまうことを意味していた。

しばらく、沈黙が続く。
スピーカーの向こうの相手の顔はもちろん、見えない。


「まあ、いいでしょう。確かに、彼女は我々が造った人工能力者です。ただし、別にスパイとして送り込んだわけじゃありません。
彼女があなたたちの元にたどり着いたのは…少なくとも彼女の意思ではありません。というわけで、騙して何かをしようとしたわけ
ではないことだけは、言っておきましょう」

つまり、さくらは刺客として差し向けられたわけではない。
ダークネスの人間の言葉に真実があるかどうかさゆみたちにはわからないが、少なくともさくらが姿を消した後に嘘をついても何の
意味も無い。

「…さくらちゃんは、敵意を持ってさゆみたちに近づいたんじゃない。そういうことね」
「そういうことになります」

さゆみの念押しは、若いメンバーたちの頭にかかっていた黒い霧を吹き飛ばす。
優樹などは、飛び上がっての喜びぶり。しかしそんな中、一人だけ表情を崩さないものがいた。

「じゃあ、さくらちゃんにはどういう目的があったんですか?」

里保には、紺野の物言いがまるで「何か他の目的があったから」さくらを外へ出したようにしか思えなかった。そしてそれは。

「簡単に言えば、さくらは田中れいなをおびき寄せるための『餌』です」

当たっていた。
しかも、最悪の形で。

「田中さんの姿が消えたのは、お前の仕業か!?」

遥が頭上のスピーカーに向かって怒鳴りつける。
無駄とは分かっているが、そうせずにはいられなかった。


「田中れいなには、ある場所に行ってもらいました。そのほうが、彼女のためでもあると思いましてね」
「わけわかんないこと言うな!!」
「ああ。あなたたちは知らないんでしたか。彼女は今、体に命に関わるような欠陥を抱えているんですよ」

あまりにもさらっと言うので、メンバーの誰もが言葉を聞き間違えたのだと思った。
けれど。残酷なメッセンジャーは、追い討ちをかけるが如く言葉を重ねてゆく。

「どうやらその欠陥の秘密を知るために、我々とコンタクトを取るために精力的に動いていたようですよ。まあ、今回の一件でその
手間が省けたんじゃないですかね」

確かに、思い当たる節がないわけではない。
ここのところ、れいなは単独で仕事に出ることが多かった。元々一匹狼なところがある彼女ではあるが、仕事以外の場面では後輩た
ちと戯れる事も増えたので、そう心配はしていなかったのだが。

そしてさゆみも、れいなが時折する咳、しかも今日のようなひどい咳について思いを巡らす。あれが、命に関わるようなものだった
なんて。何故、もう少し早く気づいてやれなかったのだろうか。後悔してもしきれない、そんな感情が全身を支配していた。

「さて。あなたたちは、どうしますか?」

スピーカーから聞こえてくる、こちらの出方を伺うような言葉。
弄んでいる、と同時に試している。

「仲間である田中さんを、短い間でしたが時間をともにしたさくらを救いたい。そうは、思いませんか?」
「当たり前だ!何言って…」
「あゆみん、これは罠だよ」

感情のままに声を上げる亜佑美を制する春菜。しかし。


「それでも。罠でも、行かなければいけない。そうですよね、道重さん」

振り返り、さゆみに答えを求める。
春菜の言う通りだった。これはリゾナンターを集めてよからぬことを実行しようとしている罠。そうと知ってはいても、れいなとさ
くらをこのまま敵の手に置いておくことはできない。

「…れいなは。れいなと、さくらちゃんは、どこに?」
「『紺碧の研究所』…こう言えば、かつて我々の同胞だった人物ならすぐにわかるでしょう」
「えっ?」
「そろそろ時間です。目的地に辿り…のを…お待ち…て…ます…」

スピーカーから聞こえてくる声が少しずつ掠れ、やがて完全に聞こえなくなった。
道路を失踪する車の立てる音だけが、空しく響く。

「一旦、喫茶店に戻ろう?」

とにかく、こちらの態勢を立て直さなければならない。考えるべきこと、そして、やるべきこと。
さゆみの提案に、若きリゾナンターたちは強く頷いた。





投稿日:2013/12/03(火) 21:59:05.00 0


37回目



ダークネスを束ねる、「首領」。
かつて組織の前身である「アサ・ヤン」を立ち上げ、リーダーとしてメンバーたちを率いた。そして今はそれよりも遥かに強大で、
巨大な組織の長として振舞う。
そんな肩書きも、より大きな権力の前には。無力である。

「それでは。いよいよ共鳴の力が手に入るというのだな」

部屋の中央にて跪く、「首領」。
その頭を見下ろすように、複数のモニターが天井からぶら下がる。統一感のないばらばらな高さは、威圧感となって部屋の主である
彼女に覆い被さっていた。

「ええ。報告では」
「不確かじゃ困るんだよ。近隣国の、経済・軍事の脅威に対抗しうるのは最早『共鳴の力』以外にないことは君も十分承知している
だろう?」

モニターに映る、白髪交じりの恰幅の良い初老の男性。
スーツの胸に光る金の印章が、本体同様の威光を放つ。

「確か、明日だったかな。例の計画が実行されるのは。『共鳴の力』はわれわれにとっても強い味方になる。君たちなんかよりも、
ずっとね」
「……」
「大体の話、総兵力においては最早『先生』のとこのほうが上だ。我々はその状況を承知で君たちを『使って』やってるんだよ。
立場を理解したまえ、立場を…」

別のモニターには、ダークグリーンのスーツを着た老人。その胸には、重たそうな勲章がぶら下がる。
安い勲章だ。そう思いつつ視線を移した「首領」の気持ちが伝わってしまったのだろうか、途端に男の機嫌が悪くなる。

「おい、何だその眼は。たかだが『能力者』の分際で、図に乗るんじゃあない!!」
「よしましょう。彼女は私どもとは違う生き物、我々のような心の機微を感じ取る神経は持ち合わせておりませんよ」
「…そうだったな。所詮は『バケモノ』か」

俯き、ただ老人たちの悪意を受け止めるだけの「首領」。眉間に刻まれる深い皺、だがその怒りを解放する術はない。
それをいいことに、老人たちの口の滑りは止まることを知らない。
政財界の大物、官僚、警察や自衛隊のOB…肩書きだけは立派だが、中身の伴わない老害たち。しかし、この国はほんの一握りの老
人たちによって動かされているのもまた事実だった。

「以上で、報告を終わります。明日の準備がありますので、失礼」

彼らの罵詈雑言を一通り聞いた「首領」は。
それだけ言うと、床に置いてあったリモコンスイッチで、丁寧に一つずつモニターの電源を消しはじめる。
戸惑い、怒りに震える老人たちの顔が次々とブラックアウトしていった。

「…ボケ老人どもが」

すっかり静かになった部屋。
溜めこんだ胸糞悪くなる空気を、忌々しげに吐き出す「首領」。

それを合図としたのだろうか。
消えたはずのモニターが、一つ、また一つと再点灯しはじめた。
その数、三。

「あんたも大変やな」
「傍から聞いてて、ほんま腹立つわ」
「うちの世界やったら、あんなクソジジイども皆殺しにされてるで」

モニターは暗転したまま、音声だけが流れてくる。
そこでようやく、「首領」の険は解かれてゆく。

「あんたらか。今日は『その日』と違うやろ?」
「たまたま、『チャンネル』が繋がってな。不完全やけど」
「ほら、あの子が能力を無闇やたらに使うから。『境界』が少しだけ、揺らいでん」
「四人が一堂に会するなんて、滅多にでけへんもんなあ」

他の「三人」の話を、静かに聞いている「首領」。
普通はありえない状況に、思わず笑みがこぼれる。

「何笑ってんの。きしょ!」
「うっさい!うちが笑ったらあかんの?」
「さっきまでこーんな鬼婆みたいな顔しとったのになあ」
「お前にだけは言われたないわっ!」

「それより、明日なんやってね?」

「一人」が、本題に入る。
「首領」の表情が、自然に引き締まっていく。
そうせざるを得ない話題なのは、わかっていた。

「ああ。『この組織』が、変わる」
「…大した決断やね。ま、それはそれ、これはこれ。うちも返すもん返してもらわんとな」
「そっか、あんた『だけ』はこっちに来るんやったか」
「こっちのあいつが、返せってうるさいねん。堪忍してや」

「一人」の言葉に、深く目を瞑る「首領」。
堪忍してや、か。ほんまはうちが言わなあかん言葉やな。
それぞれの顔を浮かべる「首領」、しかしその想像は小さな物音によって中断される。

「ほな、うちらも退散するわ」
「吉報、楽しみにしてるでー」
「うちは適当なタイミングでそっち行くからなぁ」

三つのモニターが沈黙するとの、物音を立てた主が姿を現すのは、ほぼ同時。
「首領」が自らの背をさらすことができる、数少ない存在。

「裕ちゃん…いや『首領』、誰とお話してたんですか?」
「しつこい爺が、話し相手になってくれ言うてな。たった今、終わったとこ」
「そう」

「首領」の盟友である「永遠殺し」は、大変ねとばかりに肩を竦める。

「それより、肩の傷はもう大丈夫なんですか?」
「これのことか。うちには優秀な治癒の使い手たちがおるからな、この通りや…あたた」

問題ないことを誇示しようと負傷した肩を回す「首領」だが、完治までには至っていないのか、苦痛に思わず顔を歪めた。

「『首領』ももう若くないんですから」
「…せやな。お互い、年は取りたないなあ」

ごく自然と、「アサ・ヤン」時代のことが思い浮かぶ。
それまで「呪われた忌み子」「祟りの化身」「精神異常者」としてしか片付けられなかった、いわゆる「能力者」。それまでの方針
を180度変えた政府が全国から集めた数人の少女たちを中心として結成した能力者集団、それが「アサ・ヤン」。「首領」と「永
遠殺し」は、ごく初期のメンバー同士であった。

「なあ、圭ちゃん」
「何でしょう」
「どんなことがあっても、うちについてきて…くれるか?」

「首領」は、知っていた。
「永遠殺し」は曲者揃いの組織幹部たちの中でもとりわけ、信頼するに値する人物であると「首領」は考えていた。それはひとえに
彼女の理性的で真摯な人間性に裏打ちされたものだった。だからこそ。
「首領」は、問いの答えを聞きたかった。

静かな時が訪れる。
「永遠殺し」は時の支配者である。しかしその支配者は今、緩やかな時の流れに身を任せて答えを探している。いや。彼女にとって、
答えは一つしかなかった。

「あたしは。いつでも『裕ちゃん』の味方だから」
「そっか」

強張っていた、「首領」の肩の力が抜ける。
それは安堵感か。それとも、これから歩まなければならない荊の道への絶望感か。どの道、もう覚悟はできている。この計画に足を
踏み入れたその時から、降りかかる運命は甘んじて受け入れよう、そう自らに誓ったのだから。










投稿日:2013/12/07(土) 15:25:49.72 0