(88)117 名無し保全(亀vs譜・道・鞘)


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 「君はもう少し疑うということを覚えるべきだね」

譜久村聖へ声が上がる。
この状況がまるで遊びごとのように真剣味も無く。
警戒も無く、殺意も無い。
譜久村はその姿を見つけて、悲しそうに眉をひそめた。
せっかく再会したのに、何故。

否、違う。違う違う違う。
譜久村は出会った事がある、『リゾナンター』を騙り、容姿を
偽装する異能者と対峙した事がある。
どんなに姿を変えて、どんなに同じ動きをしても、気配を
見極めずとも必ず"違和感"を覚えた。
共鳴者とまで言わしめたリゾナンターは、それぞれの技術と
能力を何度も確かめ合ってきた事で、少しでも違和感があれば認識し、理解する。
可能であれば修正し、別の異能と共有し合うことで穴を埋めてきた。

特に【能力複写】の異能者である譜久村にとって、その違和感を
感知するのは他のメンバーに劣りはしない。
そんな彼女が先程、異能を身体に受けた。
"見えない刃"が風に戻り、血臭を何処かへ運んでいく。

譜久村は信じられなかった。その異能に違和感などありはしない。
見間違う訳がない、忘れるはずも無い。
あれはかつて彼女が憧れた【風使い】のチカラだったのだから。

 「絵里がニセモノとか思ってるなら、残念ながらハズレ。
 あと別に操られてるとかでもないから、先に言っとくね?」


柔軟な声が上から降ってくる。両眼は黄昏を思わせる燐光を放ち
風使いのチカラを直に受け、血まみれになった仰向けの譜久村を見下ろしている。
ゆっくりとした時間の中で、カシャリと抜き取ったような音が鳴った。

譜久村の視界には、整える事に興味を失った黒の長髪が風になびき
その主がナイフを取り出して自分の腕を切りつけた様が映る。
瞬間、彼女の腕に激痛が走り、一瞬息が止まった。

 「やー久しぶりにやるから加減が分かんないかも」
 「か、亀井さん…なんで…」
 「ああ、ごめんね。別に痛めつけたい訳じゃないんだ。
 酷いよねえアイツも、早く来れば良いのに」

その言動は、誰かを待つ代わりに譜久村で遊んでいるように聞こえた。
痛みと悲しさで涙が溢れてくる。
憧憬し、尊敬してきた先輩からの仕打ちは、譜久村へ傷を植え付けていく。
一生消えないそれらを、まるで針の雨のように降らせ続ける。
切り裂かれた服の隙間から肌が露出し、衣服が朱色に滲む。

 「仲間を信じるのは良いことだよ、フクちゃん。
 でも君達はまだ知らないね、人を疑うという事を。
 とても純粋で、とても愛しい。でも、それだけじゃ生きていけやしない」

譜久村の頬を撫でていた細い指と微かに肌荒れた手が、彼女の首を締め上げる。
馬乗りになって両腕で締め上げられ、譜久村は呻く。
黄昏を漂わせた燐光が細く嗤い、唇が吐息と共に震えた。

 「黒くならなきゃダメだよ。リゾナンターはみーんなそうなんだから」


締め上げる手の力を上げ、譜久村が意識を飛ばす刹那、声を聞いた。

 「やめなよ、絵里」

背後に迫る気配に、亀井はとても嬉しそうに挨拶する。

 「5分も遅刻するなんてシゲさんらしくないなー、地図あげたでしょ?」
 「芸術のげの字もないのにあんなの描かないでよね。それともわざと?」
 「ひどーい、ちゃんと心は篭めてるんですよ?」
 「別にどうでもいいけどさ、フクちゃんを使って呼び出して何なの?絵里」
 「ああそうだ、この子治してあげた方がいいかもね」

そう言うと亀井は譜久村をあっさりと道重さゆみに渡した。
それに疑問は持たない。亀井が用があるのは、道重なのだから。
【治癒能力】の発動は10秒と経たずに完了し、譜久村と亀井の傷は消えた。

だが、譜久村の目からは意識を失っている筈なのに涙が溢れ続けている。

 「病院を抜け出しておいて、今度は何をしようというの?」
 「絵里を動かすのは"傷"だけだよ、忘れちゃったの?さゆ。
 ダークネスが無くなっても、癒えないものがたくさんあるんだよ」
 「…呆れた。ガキさんが居たら泣いてるよ?ねえ絵里、それは」
 「自分を傷つける愚かな行為、でしょ。でも、絵里分かっちゃったんだ。
 自分の"傷"を見て思い知っちゃったんだ。さゆ、絵里はもう、リゾナンターじゃないんだよ」

高橋愛も、新垣里沙も、もうリゾナンターではない。
さあ共鳴者よ、この命の灯火をどうしてくれる。
"傷"に飢えた自分を、この世界に留め続けるというのか。
時間は、もう無い。


 「さゆ、ねえさーゆ。もう良いでしょ?もう良いよね?」
 「絵里……待って絵里!」
 「ヤダ。だってもう、待てる時間なんて、ないんだよ」
 「まさか…違うよ!絵里、気づいたはずだよ、間違いだったって!」
 「うん、だから待ったじゃん。最後まで待ってあげたんじゃん」

亀井は柔軟な身のこなしで【風使い】を放つ。
道重は衝撃に耐える用意をしたが、横から過ぎていった風を感じた瞬間
亀井の眼前に「紅い刃」が振り抜かれる。
それを慌てる事もなく「風の壁」で阻むと、刃の方が弾き飛ばされた。

 「君も"傷"に呼ばれた子なんだね」
 「道重さんとフクちゃんを助けにきただけです。引いてもらえませんか、亀井さん」
 「…そうだね、言いたいことは言ったし、別に争う気はないから」
 「うそつきですね」
 「うへへ、じゃあねさゆ」

微かに笑った彼女は、鞘師里保に堂々と背を向けて歩き出す。
姿が見えなくなった後、鞘師は額の汗を拭った。
【風使い】を体術や技術で打ち負かせるなどとは到底思えない。
相手が亀井でなければ、既に勝負は終わっていた。
否、「勝負」ですらない先程の状態で、鞘師はなんとか命を拾ったようなものだ。

 「ごめんりほりほ。やっぱり私だけじゃダメだった」

道重が弱弱しく声を上げ、譜久村は未だ意識を取り戻していない。


 「優樹ちゃん呼んだので、もうすぐ来ると思います。…道重さん、帰ったら、その…」
 「うん、絵里のこと、話してあげる。さゆの親友のこと」

空には大きな暈を被った、霞向こうの半月が見える。

 「もう昔になんて戻させない。リゾナンターじゃなくても、絵里は絵里なんだから」

同胞の血は彼女たちを縛り、乾きひび割れていた。





投稿日:2013/11/16(土) 19:07:44.95 0