『リゾナンターЯ(イア)』 - 9


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夕闇迫る、公園の高台。
遥は、「正体を現した」さくらを睨み付けていた。
公園の外灯の光の範囲がちょうど届かない場所に立つさくらの表情は、闇に紛れてよく見えない。けれど。
さくらが能力者であることは最早疑いようもない。では、なぜさくらは自らが「能力者であることを隠して」リゾナンターに接近
したのか。
遥は最もシンプルで、わかりやすい答えを出した。

「まーちゃん!そいつから離れろ!!」

敵。
それがそれまでのさくらの行動を理由づけるのに、無理のない解答。
遥はその結果に一片の疑いさえ持たなかった。

「どぅー、何言ってるの?」
「そいつは敵、敵なんだよ!!いいから早く!!」

塩辛い声を振り絞り、遥が叫ぶ。

「意味わかんない!さくらちゃんが敵のはずないじゃん!!」
「うるせえ馬鹿!じゃあなんでそいつはハルたちに能力者だってこと隠してたんだよ!!」

優樹にとっては理不尽極まりない遥の言葉。
当然感情がヒートアップし、それがまた遥の神経を逆なでする。


「いいから、来いよ!!」

ついには優樹に駆け寄り手を無理やり引っ張るという実力行使に訴える。
普段はどちらかと言えば非力な部類に属する遥ではあるが、遥の必死さに優樹が圧し負けた形だ。
しかしいったんさくらから引き離されると、優樹は無理やり遥の手を振りほどいた。

「もう、痛いってば!どぅーおかしいよ、何でさくらちゃんが敵なんだよ!!」
「あのなあ!こいつが味方なら、わざわざ能力者であることを隠す必要なんてないだろうがよ!!おいお前も!黙ってないで何とか
言ったらどうなんだよ!!!!」

遥の顔は、怒りで紅潮していた。
分からず屋の優樹に、そして自分たちを騙したさくらに対して。

対照的に、さくらは至って冷静だった。
確かに遥に能力者であることを知られてしまったのは事実だ。それに対して申し開きをするつもりもない。
紺野博士に与えられた期間は3日間。予定より1日早く「研修」を終えてしまうことになるが仕方ないだろう。
ただ、「誤解」だけは解かなければならない。

「工藤さん、聞いてください」
「なんだよ、いまさら目の錯覚だったなんて、信じないからな!!」
「いいえ。私が能力者であることに、異論は挟みません。けど…」

一歩、前に踏み出す。闇から外れ、外灯の光の当たる場所へ。
さくらの目が、遥を見据える。

「私はあなたたちに敵意はありません。そんなつもりで近づいたんじゃありません。私はただ…知りたかっただけ」
「…何をだよ」
「人が、人を助けるということ。人同士の、絆」


最後の言葉は、さくら自身それまで思いもしなかった言葉だった。
何故、人は無償で人を助けるのか。たまたま通りかかった里保が、さくらに救いの手を差し伸べたように。
絆。ふと頭に浮かんだ言葉だった。
どうして突然そんなことを閃いたのか、今ならわかる気がする。

「私はあなたたちと出会い、その中から私なりに何かを学ぼうとしました。それがきっと『博士』の意図なのだろうと。そして私自身
も誰かを助けようと、鞘師さんがしたように私も『人が人を助ける』ことを実践しました」
「何か…何かわかったのかよ」

遥は、完全にさくらに押されていた。
相手の言葉を否定するどころか、話の続きを促しさえしている。
さくらが語るさくらの目的、そんなものは「デタラメ言ってんな、そんなの素性を隠した理由になんねえよ!!」と一喝すればいいだ
けの話。けれど、それができなかった。目の前の少女は敵かもしれない、という理性が、それを否定する本能に押されていたのだ。

遥が待つ、さくらの返事。
張り詰める空気とは裏腹に、さくらの表情が崩れる。

「わかりませんでした」
「はぁ?」

拍子抜けの答えに訝る遥を余所に、さくらは笑顔を見せた。
それは彼女にとって、生まれて初めての心からの笑顔だった。

「どうして人が人を助けるのか、理由が言葉では出てこないんです。ただ…」
「ただ?」
「人を助けると心が、暖かい」


言いながら、胸に手を当てる。
そして思い出す。スマイレージの不意打ちから春菜を助けた時の、感情を。
春菜の心からの感謝。それはさくらの心を温める。まるで、春の柔らかな日差しに包まれたかのように。そしてそれは、悪くない気持
ちだった。

「私が学んだ、得たものはたったそれだけ。でも、それで十分な気がします。だからこそ、佐藤さんに素性を打ち明けることができた
のかもしれません。もう、お別れだから…」
「さくらちゃん、お別れって!!」

それまで黙ってさくらの話を聞いていた優樹が、大きな声を上げた。

「どのみちあと1日だったんです。少し別れの日が早まっただけ、ただそれだけなんです。短い間だったけど、みなさんに会えて。佐
藤さんや、工藤さんに会えて。このことは、忘れません」

さくらは、リゾナントで過ごした2日間のことを思い返す。
助けてくれた里保。手当てしてくれたさゆみ、聖。料理について教えてくれた衣梨奈。歓迎会で世話を焼いてくれた香音。綺麗な服を
貸してくれた春菜。わからないことを聞いても嫌な顔せず答えてくれた亜佑美。あまり話はしなかったけれど、それでも暖かな眼差し
で見守ってくれたれいな。そして、目の前の優樹と遥。

「なあ。お前さ…こんな途中でいなくなること、本当に納得してんの?」
「えっ」
「だってお前。泣いてんじゃん」

遥に指摘されはじめて、気づく。
頬を流れる、涙の存在に。


「あ…れ?どうしちゃったんだろ、私」

慌てて涙を拭うさくらだが、涙は次から次へと溢れ出し止まる気配すらない。

「さくらちゃん、本当は嫌なんだよ。だって、こんな形でお別れするなんて、まさだって嫌だもん!!」

優樹の、まっすぐな言葉がさくらを捉える。
私は、嫌なんだろうか。不本意な形で去らなければならないということを?それとも、みんなと別れること自体が?
考えが、まとまらない。さくらは明らかに、戸惑っていた。

「ねえどぅーも何とか言ってよ!このままじゃさくらちゃん…」
「そ、そんなこと言ったって」

戸惑っているのは遥も同じだった。
さくらは敵だ。遥の中で作り上げてきた概念が揺さぶられ、崩されようとしている。

― 見えルものだけガ真実とハ思ウな ―

ジュンジュンの言葉が、鮮やかに甦る。
今がその時ではないのか。千里眼でも見ることのできない真実。
それを掴むために遥もまた、もがいていた。

「そうだ!!」

突然、何かを思いついたような声を上げる優樹。


「さくらちゃん、リゾナントにおいでよ!だって能力者なんでしょ?たなさたんもみにしげさんも、ふくぬらさんもさやしすんもうぃ
くたさんもすーずきさんも、はるなんもあゆみも絶対賛成してくれるよ!!」
「そんな…」

考えたこともない選択肢だった。
あの喫茶店で、みんなと時を過ごす。一時だけの幻ではなく、ずっと。
考え始めるとそれは、楽しいことのように思えてきた。あの四人から春菜たちを救った時のように、暖かな気持ちが全身を包み込む。

『3日後には、帰ってきてください』

だが、紺野博士の言い残した言葉が重く、伸し掛かる。
そうだ。私は帰らなければいけない。もし、帰ることなく3日が過ぎてしまったら。

私は、死ぬ。

契約を破れば、死が与えられる。それは紺野博士が同意の上で仕掛けた「時限爆弾」。ただ、さくらはその事実ではなく、別のことを
恐れていた。
さくらに植え付けられた、「死の恐怖」。
それは囚われた「銀翼の天使」が与えた、負の感情。生命の危機という、根源的なもの。

けれども、闇の底から這い出てくるような恐怖に抗う気持ちもまた、生まれてきていた。
もしかしたら、みんなに全てを話したら。常識的に考えれば、ありえない。能力者であるとは言え、たった10人の女子供がダークネ
スのような巨大組織に立ち向かえるはずが無い。そもそも、彼女たちを争いに巻き込んでしまうようなことを、できるはずがない。が。

この人たちなら、何とかしてくれるのではないか。
根拠はない。建設的材料も無い。なのに、どうしてそう思うのだろう。
思えば、喫茶店を訪れてから理屈では説明できないことばかりだ。この人たちは本当に、ただの能力者なのだろうか。そんな疑問が浮
かんできたその時だった。


「心配しないで。まさたちは正義のために悪い奴らと日々戦う『りぞなんたー』だもん。だから安心してこっちにおいでよ!」
「ちょ、お前!簡単にハルたちの素性ばらすなよ!!」

リゾナンター。
この言葉を、さくらは聞いた事がある。

リゾナンターのことだね
リゾ、ナンター?
そう。共鳴しあうものたち

「銀翼の天使」がさくらに語った、絆で結ばれた存在。同席していた「黒翼の悪魔」が、その存在の名前を教えてくれた。
リゾナンター、共鳴しあうものたち。

死の刻印とも言うべき記憶を刻みつけられたさくらは、しばらく日常を取り戻すことができなかった。
ダークネスの幹部たちに「リゾナンター」について聞いたのは、日常を取り戻すための手段だったのかもしれない。
リゾナンター、その名前を聞いた彼女たちは様々だった。だが、共通していることがたった一つだけあった。

リゾナンターは、ダークネスの敵であるということ。

つまりダークネスに所属するさくらにとっても、リゾナンターは敵。
心が、揺れる。千々に、乱れる。
自分は果たして、目の前にいる優樹や遥を敵として断じることができるのか。
また逆に、ダークネスを裏切ることができるのか。

どちらにせよ。
さくらが自ら提示した設問には答えを出すことはできなかったが、今すべきことはわかった。

「…佐藤さん。工藤さん。ごめんなさい」

それが、優樹と遥の聞いたさくらの最後の言葉だった。
煙のように。いや、最初からさくらの存在がそこになかったかのように。


さくらの姿は、消えていた。
公園の外灯が、むなしくさくらのいた場所を照らしている。
そこにあるべき影はもう、なかった。





投稿日:2013/11/05(火) 01:28:53.29 0


☆☆



ダークネス本拠地、Dr.マルシェこと紺野の私室。

半円状のテーブルの上に設置された、いくつものモニター。今は全て、沈黙している。
部屋の電気はテーブルのアームライトを除いて全て消され、モニターの無機質な画面が薄ぼんやりとした闇だけを映していた。

紺野は、自らの部屋をわざと暗くするのが好きだった。
光は、深い思考を遮る。逆に、闇は思考の海に沈む静寂をもたらす。
何故自分がダークネスという組織に所属しているのか。幼い頃からその資質を発揮していたとは言え、一介の学生であった紺野を先代
の科学部門統括がスカウトした。今となっては、紺野にとってどうでもいいきっかけではあったが。
それからは豊富な資金と国の研究機関すら凌ぐ技術力を背景に、ひたすら自らの研究を続けてきた。

携帯の電子音が、紺野の思考を遮る。
やや不機嫌になりつつも、通話ボタンを押す。受話器の向こう側の相手は、諜報部の活動員。彼は直属の上司である「鋼脚」に状況を
報告するとともに、紺野にも同じ内容を報告する任務を請け負っていた。

「…そうですか。では予定より少し早くはなりましたが、『さくら』の確保をお願いします。問題ありません。そちらにスペシャリス
トを派遣しますから」

指示を手短に伝え、通話を切る。
順調。順調すぎるくらいの、順調。
だが、予定調和のつまらなさを紺野は知っていた。綿密に組まれた計画が変容する、それもまた一興のうちであり、変化し続ける事象
を常に追い求めるのは科学者の性とも言えた。

さくらの内面にどのような変化が起きたか、紺野は知らない。
だが、予定より早い帰還という事態を引き起こした「何か面白いことがあった」ことを、確信していた。
それでこそ、さくらを外界へ送り出した価値があるというものだ。
紺野の記憶はさくらを送り出した、2日前まで飛ぶ。


★ ☆ ★

「さて、この前お話した通り。あなたにはこの本拠地の外で学んでもらいます」
「はい」

紺野の私室にて、椅子に座り向き合う二人。
さくらは、紺野の話をただ聞いている。感情にぶれはない。

「少しだけ話をしましょうか。今、コーヒーを淹れますから」

そう言って紺野は席を立ち、部屋の隅にあるコーヒーメーカーの中の黒い液体を落とした。
白いシンプルなカップが2つ。一つは自分が、そしてもう一つはさくらに手渡す。

「ここの世界、すなわちダークネスの本拠地は、外界からすれば異質とも言うべき状態に置かれています」
「いしつ…ですか?」
「ええ。簡単なことです。外界には、私のような能力を持たない普通の人間が多数、暮らしています」
「えっ?」

そこではじめて、さくらの顔に戸惑いが浮かぶ。
その困惑を消すように、大事に持っていたコーヒーカップに口をつけた。

「能力者が多数集まるこの場所は、通常ではありえない。外界の偉い方からすれば、驚異ですらあると言えるでしょうね。でも、現実と
して存在している。今あなたが知った、現実として存在している『能力者ではない人間が多数暮らしている世界』と同じようにね」

紺野が、再び回転椅子に座る。
ふわり、と一瞬だけ白衣が舞った。

「あなたがこれからダークネスの一員となるために。あなたは知らなければならない。外界という存在を。外界に生きる普通の人たちと
いう、存在を。今回の外出は、そのための外出だと思ってください」
「はい」


それから紺野は、外界における様々な人、事、あらゆるものについて説明をした。
そして大方話し終わるとおもむろに時計に視線を向けた。

「そろそろ、いいでしょう」
「…何がですか?」
「本当はあなたが時を飛ばす限界時間、つまり5秒でよかったんですが」

紺野の言っていることが何を意味するのか、さくらには理解できなかった。
それを見越して、紺野は自らの言葉の種明かしをする。

「実はさっきのコーヒーに、遅効性の毒を仕込んでおきました。解毒薬を服用しなければ、確実に死に至る種類の毒です」

死。
その言葉は嫌が応にもさくらの表情を硬くする。
先日、地下施設にて骨の髄まで味わされた、「銀翼の天使」による死の恐怖。
背中合わせの死を体験したことで、さくらは死に対する恐怖と言うものを学習した。それが今回の「仕掛け」のキーであることなど、何
一つ知らずに。

「3日。毒が効能を発揮するまで、3日間あります。その間に予定通り帰還すれば、解毒薬を差し上げましょう。何の問題もありません。
ただ、予定通りに帰ってくればいいだけの話ですから」

そう言う紺野の顔は、まるで悪戯をしかけた子供のように輝いていた。
これからどうなるのか、ただそれだけを想像しながら。

★ ☆ ★

「ちょっとちょっと!何か暗くない?暗い部屋で作業なんかしてたら目が悪くなるぞぉ!!」

ドアをノックせずに、大声とともに上がりこんで来る客人。
回想を中断させられた紺野が、侵入者に視線を向けた。
不必要なまでに明るい声を出すのは、かつての同期。

「わざわざお呼びだてしてすみません、『オガワ』さん」
「水臭いぞこんこん!昔みたいにまこっちゃんって呼んでよー!」

紺野は、深くため息をつく。
早く本題を切り出そう。回転椅子を回し、紺野が「オガワ」に向き直る。

「実は、『さくら』の回収に向かって欲しいのです」
「『さくら』?ああ、あの人工能力者のことか。いいけど、何であたしなわけ?」
「あなたにしか、できないことだと思っています。もしこの回収が成功した場合、プロジェクトの円滑な進行の立役者として、幹部としての評価が上がると思いますよ」

幹部としての評価、という言葉にあからさまに反応する「オガワ」。
アクシデントのついで、という意味合いでお情け同然に幹部に昇格したという経緯のある彼女にとって評価の上昇というのは重要な事項であった。

「よっしゃ!ワタシに任せなさい!!」
「かつての同期としても、あなたに是非活躍していただきたいのです。お願い、できますか」
「こんこん…わたし、誤解してた。こんこんが研究に没頭して同期の絆なんて忘れちゃってたのかと思ってたよ。でも、それは間違いだった。わたし、頑張るよ!!」


妙にテンションの上がった「オガワ」が、小躍りしながら部屋を出てゆく。
単純な子だ。同期4人の中で最もシンプルで、最も能力がなかったのが彼女。紺野が出会って最初に下した評価は、今でも変わっていない。

さて、もう一人の「同期」にも連絡を取るとしますか。

紺野は再び携帯を手に取り、慣れた手つきでボタンを押す。
数回の呼び出し音の後、相手が訝しがりながら電話に出た。

「もしもし。久しぶりだねえ、ガキさん」





投稿日:2013/11/07(木) 02:50:03.89 0


☆☆☆



さくらが遥と優樹の前から、姿を消した。
飛ばされた時間はたったの5秒、だが5秒あれば姿をくらますことなど他愛もない。増してや気配の辿れない人工能力者ならば、尚更のこと。
遥の千里眼の範囲すら外れてしまったさくらを追うことは難しく、二人は喫茶リゾナントの仲間たちに頼るしかなかった。

店にはさゆみとれいなも帰っていた。
血相を変えて飛び込んできた年少組を見て、慌てる年長二人以外のメンバーたち。だが、遥が状況を説明しはじめると皆一様に静かになっていく
のだった。

「そんな。さくらちゃんが能力者だったなんて」

明らかにショックを受けた様子の、聖。

「普通の子にしか、見えませんでした。どうして…」

春菜もまた、遥からもたらされた事実をうまく呑み込むことができない。
能力者が感知できない能力者ということは、ベリーズ・キュートやスマイレージ同様人工能力者である可能性が高い。それが何を意味しているか、
多くのメンバーは知っていた。


「敵、なんやろか」

ぽつりと、衣梨奈が漏らした一言。
そこに過剰に反応するのは優樹だ。

「生田さん!さくらちゃんが!敵なわけないじゃないですか!まさは!さくらちゃんをずっと、見てきたんです!!」

遥にしたように、必死の形相で否定する優樹。
若いメンバーたちは、一様に下を向いている。
状況的には、さくらを敵と見做すのが普通である。だが、その仮定と昨日までみんなに見せていたさくらの姿はあまりにもかけ離れていた。
だが、衣梨奈は黙っていられなかった。

「じゃあなんで能力者であることを黙っとったと!?」
「でも!」
「衣梨奈たちはリゾナンターやろ!いつどんな敵に狙われよるかもわからんけん、どんな状況も疑ってかかるのが当然っちゃろ!!」

必死な優樹に負けないように、衣梨奈の言葉もついつい大きくなる。
まるで衣梨奈が敵であるかのように、強く睨み付ける優樹。まさに一触即発の状況。
そこに割って入ったのは、香音だった。

「ちょっと、えりちゃん落ち着いてよ!優樹ちゃんも!」

今にも取っ組み合いそうな二人。衣梨奈を里保が、優樹を亜佑美が引き離す。
収まらない優樹を鎮めようと、説得にかかる亜佑美だが。

「まーちゃん、よく考えな。あの子がうちらの中に潜入して、どういう情報を得たのか。どういう使い方をするのか。このまま見過ごせるような
状況じゃ、ないんだよ?」
「あゆみもさくらちゃんのことを敵だって言うの!?バカ!えぐれπ!ビンボーニン!!」


「なっ…!!」

八つ当たり紛れに放たれた言葉を受け流せるほど、亜佑美も大人ではなかった。
新たな火種が発生か、というタイミングでついに御大が動いた。

「佐藤。いい加減にしい」
「たなさたん…」

静かに言い放つれいな、しかしその威力は絶大だ。
さすがの優樹も普段から慕うれいなに言われては黙るしかない。

「あの子が敵か、味方か。どっちにしろ、捕まえんといけん」
「あ、あのっ!田中さん!!」

れいなの意見に反論したのは、意外にも優樹ではなく遥のほうだった。

「工藤?」
「ハ、ハルもあいつは・・・さくらは、敵じゃないと思います!!」

さくらが流した涙。
遥は、求める真実はそこにあるような気がした。
しかしれいなはそんな遥の希望を突き放す。

「れいなは。さくらちゃんと話しとらんけん。たとえ工藤の言う事が真実でも、はいそうですかなんて、言えん」
「そんな…」
「れいなは素直じゃないなあ。『会ってみなきゃわからない』、そういうことでしょ?」

そこへ助け舟を出したのは、さゆみ。
いや、れいなの言葉をわかりやすく伝えただけ。同期の絆という、言わなくても通じ合うことのできる特別な関係。


「リーダーはさゆやろ。さゆが、言ったらいいと」
「はいはい。みんな。これはリーダー命令です」

さゆみの表情が、引き締まる。
その空気は他のメンバーにも伝わり、店内に緊張した空気が流れた。

「さくらちゃんの捜索、確保。および喫茶リゾナントへの帰還を命じます」

さゆみにとって、それが妥協できるぎりぎりのラインだった。
確かに、さくらと直接話をした優樹や遥が言うなら、彼女は敵ではないのかもしれない。ただ、さゆみはリゾナンターのリーダーである。れいなも
含めた、全員のリゾナンターたちの命を預かる立場でもある。

集団の長たるもの、常に不測の事態に備えなければならない。
前リーダー・新垣里沙の言葉。
どんなことがあっても、メンバーを信じる。
初代リーダー・高橋愛の信念。
どっちつかずなのかもしれない。けれど、いいとこ取りであるつもりだ。最終的にさゆみは自らの出した結論に対し、胸を張ることにした。

リーダーの決断。
それは「会ってみなければわからない」という一点に根差した結論だった。
同時に、さくらと接した人間なら行き着くべきところでもある。確かに事前に相手が敵なのか、それとも味方なのかを予測して事にあたるのも方法
の一つだろう。けれど、さゆみはあえてそうはしなかった。この目で、耳で、確かめなければわからない真実もある。さゆみの言葉には、そういっ
た思いが込められていた。

全員が、それぞれの思いを秘めつつ、喫茶店を出る。
走って出るもの。歩いて出るもの。だけど目的は一つ。
さくらを探すために。


「たなさたん!まさは、まさは絶対にさくらちゃんを連れて帰ります!!」

最後に店を出る優樹が、れいなに向かって大きく叫ぶ。
れいなはそんな優樹の頭を、くしゃくしゃと撫でた。

「さっきはれいな、会ってみんとわからん言ったっちゃけど。佐藤は佐藤の、信じた道を行き」
「はい!!」

元気よく飛び出す優樹を見送りながら、目を細めるれいな。
すると、今度は先に出たはずの遥が戻ってきた。

「あの、田中さん」
「ん?」
「さっきはその、生意気言ってすみません!!」

実に、遥らしい対応。
いつもれいなにくっついている優樹に遠慮してか、普段はそれほどれいなと距離を近く取ることをしない遥。だがれいなに尊敬の念を抱いているのは
誰が見ても明らかだった。
そんな遥を、れいなは何も言わずに抱きしめる。

「ええっ!!」
「工藤もたまには、佐藤を見習ってれいなに甘えてきてもいいとよ」

そこへ、今度は勢いよく飛び出していった優樹がUターン。
遥を押しのけるようにれいなの胸に飛び込む。

「やった!まーちゃんも甘えるー!!」
「だーっ!佐藤はそろそろ一人立ちしろ!!」

最終的には優樹が遥をれいなから引き離すようにして、連れ立って店を後にした。
一部始終を見ていたさゆみが、くすくすと笑っている。


「何がおかしいと?」
「ううん、れいなも先輩らしくなったなあって。小春がいた時とか絶対あんなことしなかったのに」
「そう言うさゆだって、リーダーらしくなったっちゃよ?」

そして、互いに笑いあう。
二人の成長は、そのままリゾナントで過ごした年月と意味を同じくしていた。リーダーだった愛のもとに集まった、幼き日のさゆみ、れいな、そして
絵里。それから月日は経ったが、同期の絆はより深まっているように二人には感じられた。

れいなの体が、突然痙攣する。
臓腑の底からこみ上げる不快感。止まらない咳。

「何、どうしたのれいな!!」
「ごほっ、な、何でもないと!ただの!風邪やけん!!」

限界だった。
れいなは行ってくると言ってさゆみの追及をかわすように外へ出て走る。
そしてさゆみが追ってこないことを確かめてから、路地裏でこみ上げたもの全てを吐き出した。
アスファルトに刻まれた、黒い染み。

時間がない。時間が。

だがもちろん、さくらのことを放っておけるはずはない。
自らに迫るタイムリミットを意識から遠ざけるように、れいなはさくらのことを探すのだった。





投稿日:2013/11/11(月) 01:19:31.15 0


☆☆☆☆



予知能力者と呼ばれる、異能力者。
古代より彼ら、もしくは彼女たちは時の権力者たちを支え、あるいは自らが権力者として君臨してきた。一方で、自らの予知
能力を人のために使うものもいた。例えばリゾナンターであった光井愛佳は、暗い未来に阻まれ行き場をなくそうとしている
人々を何人も救ってきた。

ダークネスの絶対的守護者である、「不戦の守護者」。
彼女は権力者の側にも聖者にもどちらにも属さず、自らの組織が不利益を蒙りそうな時にだけその力を振るう。

組織を守るという意味において彼女はまさしく、神だった。
だが、その神に唾するものがいる。能力者ではないその女は、能力の代わりに自らの知識のみで幹部の座に就いた。

「叡智の集積」などという僭称を与えられ、女が為してきたこと。
神にとっては鼠の歩みに等しい、取るに足りない行為に過ぎなかった。だが。

ある日を境に、その小鼠の「未来」が見えなくなった。
疑念は不快に容易に姿を変える。
迷路に入り込んだ鼠が行き着く先などたかが知れている。
そう思い、捨て置いていた。
自らの心に暗く沈む、澱のような感情に目を背けながら。


守護者は自らが構えた拝殿の中央に座り、瞳を閉じている。
彼女の御付の者である「神取(かんとり)」。右から、鈴音、あさみ。左からまい、みうな。四人は守護者の影となり、戦闘
能力のない主を守っている。

だが、拝殿にて一日中じっとしているという行為。
四人の中でも若輩に属するまいとみうなにとっては退屈そのもの。声を潜めたおしゃべりは、二人の反りの合わなさも相まっ
てつまらない諍いへと変化してゆく。

「みうなってさあ、友達いるの?」
「い、いるよ!!」
「うそ!それって人間?」
「人間だもん!!」

あまりに低レベルなやり取り。
我慢していたあさみが、ついに雷を落とす。

「うるさい!守護者様の御前ぞ!!」

一喝され、縮みあがる二人。
見慣れたやり取りではあるが、筆頭の鈴音はいつも何も言わない。
あさみが鈴音のほうを見ると、なんと暢気に居眠りをしているではないか。
筆頭がこれでは、とあさみが肩を竦めかけたその時だった。

「来た」

沈黙し静寂に身を委ねていた「不戦の守護者」が、体を揺らす。
雷にでも撃たれたかのようにびくびくと痙攣する守護者、そして少しの間が空き、大きな両目が見開かれた。

「守護者様?」
「矢口が…『詐術師』が、裕ちゃんを暗殺しようと動く」


拝殿に衝撃が走る。
それほどまでに、「不戦の守護者」が口走った言葉はありえない内容だった。
幹部が組織の長を暗殺、決して許されることではない。

「どうします?すぐに『首領』に伝えますか?」

事態を重く見た鈴音が、問いかける。
しばらく明後日の方向をじっと見ていた拝殿の主だが、導き出した答えはあまりにも意外。

「このことは、我らだけの秘密にしなさい。他言は無用」
「え…?」
「『首領』の暗殺は、失敗する」

守護者に降りてきた未来。
それは「詐術師」がプロジェクトЯ決行のため警備の薄くなった本拠地で首領の暗殺を決行、だが結果は失敗に終わり「詐術
師」が全身穴だらけで地に伏せるというものだった。
ならば「詐術師」を今すぐに拘束し、処刑するというのが本筋。

「皆、なぜ『詐術師』を捕縛しないのか、と思ってる?わからないよね?」
「はい…」
「それを利用するんだよ。『紺野の始末』にね」

孤島の研究所に紺野が赴かないことは既に幹部の誰もが知っていた。
彼女が物質転移装置「ゲート」を操作しないことには、作戦を実行する幹部たちが孤島に到着することができない。幸い、孤
島の研究所における実験は本拠地から遠隔で実行できるもので、わざわざ紺野が足を運ぶ必要はなかった。

監禁状態の「銀翼の天使」「金鴉」「煙鏡」と失踪している「黒翼の悪魔」「赤の粛清」を除いた全ての幹部が、絶海の孤島
に集結する。つまり、本拠地には「首領」と紺野がほぼ無防備の状態で待機していることになる。「詐術師」がそう考えたよ
うに、この状況は邪魔な人間を消すのに最適と言えた。


「改めて思ったんだけどさ。カオね。ずっと前からあいつのこと、嫌いだったんだよね。消すならその時しかないっしょ」

淡々と自らの企みを語る守護者。
目の前の蠅がいくら飛び交おうとも、人間にとっては取るに足りないこと。ただ、不快に羽を震わせ耳障りな音をたてるその
様は、不快にすら感じる。紺野は神の怒りに触れたのだ。神罰を、与えなければならない。

矢口が反逆か。バカだねえ。
「不戦の守護者」は小さな旧友について考えた。
守護者はダークネス設立当時のメンバーについては、自ら未来を覗くことを敢えてしなかった。
ダークネスの和を乱すはずがない、そういう信頼があった。甘い考えかもしれないが、それは今でも続いていた。
ただ、「降りてしまった」神託については否定しようがない。
暗殺は失敗する。しかし「詐術師」を助けることは許されない。守護者は小さな旧友の末路に手を合わせた。

それにしても、と「不戦の守護者」は思う。
まさか「詐術師」がこんな大胆なことを実行するなんて。ダークネスの前身であった組織「アサ・ヤン」からの付き合いでは
あったが、守護者の知る彼女は金に執着する現実主義者であり、反逆行為を起こすなどという大それたことをやれる人間では
なかったはず。

誰かが、裏で糸を引いている?

最初に、「詐術師」の協力者について考えた。
だが、すぐにその必要がないことに気付く。どのみち暗殺は成功しない。不埒な黒幕はそのあとにじっくり炙り出せばいい。
何だったら、始末した紺野が黒幕ということにして真の黒幕を動揺させるのもいい。

「不戦の守護者」は、知らない。
紺野と「詐術師」が繋がっていることを。
ただ、それは未来をつかさどる彼女にとってはどうでもいい話だった。
文字通りの神である自分が動けば、全ては自然に収まる。天高く聳えたつ霊峰が如く、彼女の自信は決して揺るぐことはなかった。





投稿日:2013/11/13(水) 10:19:45.72 0