『夜王子と月の姫』



「ありがとうございましたー」

カランコロン

食器類を下げようと、テーブルに近づく。

その時、聖は気付いた。
椅子に残されたハンカチに。

それを拾い上げ、カウンターに向かってかざす。

「今のお客さん、忘れていったみたいです、渡してきます!」

店を出て、駆けだそうとハンカチを握った瞬間―――


―――感じとった。

大きな悲しみを。

生きていれば、誰もが経験する悲しみだけど。
これ以上の大きさは、およそ経験しないであろう悲しみ。

涙よ止まれと涙をふいて言いきかせて。
最後に笑顔を覚えておこうと言いきかせて。

その記憶が込められたハンカチ。

自分も例外ではなく、

人生の夜を、無邪気に楽しんだ、
大好きな人への、さようなら。

凄く悲しかった。
とても悲しかった。


悲しい…

かなしい?

古文の授業で、かなし、とは美しいだとか可愛いだとかという意味だと習った。

生きていく。悲しみ。

悲しみ
かなしみ

生きていく。美しく。

大きな悲しみは、美しく生きていく為のきっかけ。
美しく生きていく為に、背中を押してくれている。

背中を押され、駆ける、駆ける。


信号待ちをしているところに、追いついた。

「ハンカチ、忘れてましたよ」

信号が変わり、礼を述べて去っていった。
日没をむかえ、空には星が輝きだしていた。

星になった、という表現がよくある。

あなたが星になったのが悲しい。
君が星こそかなしけれ。
あなたが星だったらどれほど美しいだろう。

どの星かはわからないけど、
その美しさに負けないくらい、
私は美しく生きていく。


――いつの日か輝くだろう 今宵の月のように――





ドアノブに手をかける。

ガチャ

その向こう側では、クラッカーを引く手に力を込める。

せーのっ!





投稿日:2013/10/30(水) 00:29:04.56 0




















最終更新:2013年10月30日 15:55