『リゾナンターЯ(イア)』 - 8


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漆黒の巨鳥が、夕闇に向け飛び立つ。
ダークネスの所有する軍用輸送機がとある機器を絶海の孤島にある研究所へと輸送するため、本拠地敷設の飛行場を離陸した。
全体を黒の装甲で覆われたその姿は、まさに鋼鉄の化け物。その後姿を見送る白衣の女性に近づき、話しかけるものがあった。

「相変わらずかっけぇー。いち犯罪組織が所有するには過ぎた代物だな」

黒のライダースーツに身を包む麗人。
ダークネスの幹部の一角を占め、尚且つ組織の諜報部を束ねる存在。「鋼脚」はにやつきながら、遠ざかる機体が闇に融けていく
様を眺めていた。

「白々しい台詞ですね。あれがどこから横流しされたものか、諜報部の長たるあなたが知らないはずはないでしょう」
「まあな。国の機関とすら癒着できる大組織、か。そんなでっけえ組織がたった10人の反乱分子に手を拱いている。まさに喜劇だ」

皮肉めいた「鋼脚」の言葉に、紺野は肩を竦める。
今の軍用輸送機の件にしても、出先はもちろんのこと。あのような巨大な飛行物体が自衛隊や米軍の航空管制に見つからないはず
がない。ならばなぜ悠々と飛行を許されるのか。
国家すら後ろ盾に据えているダークネス、それが喫茶店ひとつ潰せないとなると、やはりコメディーにしか例えられないのもまた
事実なのだろう。それが「生かされている」のだとしても。

「しかし、我々は大いなる力を手に入れます」
「今の輸送機が運んだ『あれ』か」
「ええ。あの機械と田中れいな、そしてさくら。楽しいことになりそうです」

わが子を見届け終わったかのように満足そうな笑みを浮かべ、踵を返す紺野。
それを「鋼脚」が呼び止める。


「うちらの『英雄』はうまく働いてくれそうか?」
「問題ありません。彼女はやる気ですよ。自らの道を切り拓くためにね」

「英雄」が「詐術師」を指していることは明白だった。
現在組織のトップに立つ「首領」を倒すことができれば、彼女は文字通りの英雄となるだろう。

「それはなによりだ。にしてもお前人使い荒ぇよ。会議所を襲撃するテロリストを用意してくれだの、喫茶店に乱入する不審者を用
意してくれだのさ。うちは便利屋じゃねーっつうの」
「もちろん、感謝してますよ。あなたの『能力』のおかげで計画は順調に進んでいる」
「はいはいどういたしまして」

紺野にいい様にあしらわれたのが不満なのか、意趣返しとばかりに「鋼脚」は自らの持つ情報を話し出す。

「例のひよっ子たち、『エッグ』たちと交戦したらしいぜ。ありゃどう見てもベリキュー戦の時より成長してんじゃねえのか。共鳴
の力が手に入る現状じゃ、不要な情報かもしれないけどな」

少しの沈黙。
紺野は振り返り、そして、

「それはいいことです。これから先が、楽しみですね」

とだけ言い「鋼脚」の横を通り過ぎていった。

おいおい、何だよ「これから先」って。共鳴の力が手に入ればあんな連中どうなろうが構わないだろうに。それともまだ、何か企ん
でやがるのか?

呆れが半分に、畏れが半分。
「鋼脚」は複雑な思いを抱きながら、風に揺れる白衣を見つめていた。



飯窪春菜は、急いでいた。
それは昼間のスマイレージとの決戦から数時間後、日はとっくに。
さくらが明日の午後には東京を経たなければならないとの話を受け、自称宴会部長ならぬパーティー部長の香音がさくらの送別パー
ティーをやろうと言い出したのだ。

ところが、普段からそんなに備蓄のない喫茶リゾナント。そんな中で昨日の歓迎パーティーなどをやらかしたものだから、当然のこ
とながら食材はカツカツ。仕方なしにメンバー全員で手分けして食材を買出しにいくことになったのだが。

くじ引きの結果、春菜は「はずれ」である一番遠い目的地を引いてしまう。
亜佑美の高速移動などはこの場合適任のようにも思えるが、「昼に使い過ぎて疲れた」の一点張り。五感強化では人ごみの中で人に
ぶつからずに通行できるくらいの利点しかない、という主張も聞き入れられることもなく、春菜は渋々面倒な役を引き受けることと
なった。

早くしないとお店が閉まっちゃう。それに田中さんたちも到着するだろうし。

いかにも春菜らしい小洒落た腕時計に目をやりつつ、足を速める。
ここのところ、れいなの単独行動が頻繁になってきているのはメンバーの誰もが気づいてはいた。ただ、れいな自身が何も語らない
ことには尋ねようもない。唯一それができる立場にあるのはリーダーであるさゆみだが、彼女にしても何かを聞いた素振りは見えない。
ならば、せめてできることをしよう。今回のパーティーはさくらの送別が目的ではあったが、同時にれいなを慰労するためでもあった。

目的地である繁華街に着いたのは、ほぼ予定通りの時間。
多少手間取るかと思われた食材の購入も、店主が気を利かせ早めに終わらせることができた。
その安堵感からか、店を出た時には肩の荷が一気に下りたような感覚に襲われた。


春菜は大きく、体を伸ばす。
すると、道路を挟んで向こう側。とあるデパートの壁一面に大きく広告が張り出されているのが目に入った。
申し訳程度に印字されたキャッチフレーズはともかく、素材として使われている一枚の絵画のコピーに春菜は目を奪われる。

構図の中心は、一人の女性と少女。女性はこちらを見ているが、少女は鉄格子越しに煙に覆われた何かを見ている。向こうの地面を
線路が走っていること、端のほうにトンネルのようなものが見えることから、汽車のようなものなのだろう。

そう言えば最近、絵画展とか行けてないなあ。
春菜の趣味の一つである美術鑑賞。新興宗教団体「FACE」の手により囚われの身となっていた頃、唯一の娯楽が教団の図書館に
蔵書されていた美術書を読むことだった。リゾナンターたちによって解放され、また自身もリゾナンターとなってからは足繁く美術
館に通っていた時期もあったが、ダークネスの標的となった今そんな余裕はほとんどないと言えた。

「あの絵に興味があるの?」

春菜がしばらく絵に見入っていた時のことだ。
柔らかい高音が、そう問いかける。

誰かと思い、声のするほうへと振り向く春菜。
そこには、黒で纏めた清楚な服装の少女が立っていた。年は、春菜と同じくらいか。

「あ、はい。私、絵に興味があって」

慌てながら話す春菜。
こんな風に「普通の人」に話しかけられたのはいつぶりだろうか、そんなことを考えてると、ふーん、そうなんだ、と目の前の少女
は意味深に呟いた。
そして。


「ねえ、聞いていい? あの絵を見て…どう思う?」
「えっ?」

まるで、何かを確かめるかのような質問。
春菜の頭の中に、様々な選択肢が飛び交い始めた。どうしよう、こんなことを聞くからにはきっとこの子、相当絵画に詳しいんだ。
下手なこと言ったらがっかりされちゃう。確かあの絵はえーと、誰だっけ、あー思い出せない!ここまで出掛かってるんだけど、
いやいや、あやふやな知識を持ち出して万が一それが間違ってたとしたら…

少女が、三日月の瞳を春菜に向け、覗き込んでくる。
どことなくエキゾチックな顔立ちは少女に知性をもたらすとともに南国のお姫様のような印象を与える。春菜自身も南方系と言わ
れることはあるがそれは多分に残念な意味でだ、と自虐しつつ、頭の中で結論を出す。

「あの。鉄格子の向こうの汽車が、煙で覆われてるじゃないですか。だから、どんな汽車なんだろう、って気になりました」

結局、シンプルな答えになってしまった。
頭の中で色々と試行錯誤した割には安易な答えと言うか、何と言うか。ただ、それが第一印象であることには変わりない。逡巡し
つつも最後は自信に満ちた表情で、言い切った。

「ふうーん。へえー。そんなこと思うんだ。そっかぁ」

少女が、三日月を細めて笑う。笑った時に出る八重歯が、春菜には印象的だった。
春菜の答えが少女を満足させたかどうかはわからなかったが、おそらく悪くはなかったのだろう。


「あなた。名前、なんて言うの?」
「飯窪春菜です」
「はるな…はるなん!はるなんって呼んでいい?」
「え、あ、はい」
「はるなん!はるなん!」

少女が、そう言いながら春菜の手を握り、上下に振る。
急にテンションが上がったらしき少女に、戸惑う春菜。
だが、悪い気はしない。

「…じゃあね、はるなん。また会える気がするから」

やりとりに満足したのか、笑顔でその場を去ってゆく少女。
不思議な子。そんな印象が強く刻まれる。
一方的に名前を名乗らされただけで、相手の名前も知らなければ連絡先もわからないと言うのに。
それでも少女の言う「また会える」という言葉に力があるのは、きっと彼女自身が力のある言葉を紡ぐことができるからだろう。
そんなことを納得しつつ、春菜もまた喫茶店への帰路を急ぐのだった。






投稿日:2013/10/27(日) 12:23:37.18 0


☆☆




くじ引きの結果。
優樹とさくらは近場の商店街での買出しの役を任されていた。
さくらのアシストもあり、特に問題なく買い物を終えた帰り道。さくらに荷物を持たせて前を歩く優樹はなぜかご機嫌斜めで、
愚痴をこぼす。

「もう。絶対どぅーのやつ、ずるしてるんだから。『せんりがん』使ったらくじ引きとかすぐハズレがわかっちゃうし」
「…『せんりがん』?」
「え、あ、なんでもない!こっちの話!イヒヒヒヒ」

笑って誤魔化す優樹。
だが、聡いさくらにはすぐに感づかれてしまう。

そうか、あの工藤って子は「千里眼」の持ち主なんだ。

さくらはダークネスの本拠地において、世界に存在する異能力についての知識を植えつけられていた。「千里眼」もその一つ
で、視界に映るもの以外の存在をも捉える能力、と教えられていた。

喫茶店に潜入してから丸一日。
店に出入りする人間が能力者であることはわかったが、どういう能力を使役するかまではさくらにはわからなかった。それも
そのはず、彼女たちは「一般人」に対して極力能力を見せないようにしているからではあるのだが。

ただ、目の前を往くポクポク少女だけは話が別だ。
さくらを秘密裏に店の外に出すために、迷わず使った「物質転移」の能力。さくらに気を許しているのか、ただ抜けているだ
けなのか。理由はわからなかったが、それがとても彼女らしいようにさくらには感じられた。


日はとっくに落ちていた。
商店街からリゾナントに向かう道もまた、暗さが辺りを覆い始める。
闇。さくらは闇を見るたびに自らの帰る場所を思い出す。
自らが所属するダークネスという、組織。その中で色々な人間と話し、色々なことを学んできた。だが、その誰もが、心の中に
深い闇を抱えていた。「闇に心を食われている」、そう表現するものすらいた。

自分は、どうなのだろう。
外に出るまで闇に溢れる根城しか知らなかった自分もまた、心を闇に侵食されているのだろうか。
その思いは、目の前にいる優樹や喫茶店の少女たちを見るたびに強くなる。

「ねえさくらちゃん」
「…なんですか?」
「まさの、取って置きの場所に連れてってあげる」

何を藪から棒に、と思ったのはほんの一瞬。
恐らく、浮かない顔をしていたのだろう。それを察した優樹が気を利かせてくれたのだということにすぐに気がついた。

「でも、いいんですか?お買い物の途中なのに」
「だいじょーぶだいじょーぶ。ほら、早く目ぇつむって!」

また瞬間移動するつもりか。
意図はすぐにわかったものの、さくらは瞳を閉じる。

ほんの一瞬、体に負荷がかかる。
ゆっくりと目を開けると、そこは。


街全体を見渡せる、公園の高台。
飛び込んでくる、大きな、小さな灯りたち。
高台から見る街の夜景、それはまるで黒ビロードの上に散りばめられた宝石のようだった。

「これは…」
「へへへー、まさのお気に入りの場所。ここに連れてきたのは、どぅーとさくらちゃんだけ」

言いながら、優樹は誇らしげに胸を張った。
確かに。目の前の幻想的とも言うべき景色、そのようなものをさくらは見たことが無かった。何よりも、闇というものが光との組
み合わせによってこんなにも魅力的なものに映るとは。

「どぅーはここに来るといっつも偉そうに言うんだよね。『あの光の一つ一つに、一人一人の温もりがあるんだよな』とか。まさ
より子供のくせに」

この夜景を前に、したり顔で台詞を言う遥。
そんな姿が容易に想像できるものだから、思わずさくらは吹き出してしまう。

でも、遥の言う事はまったくもってその通りであるわけで。
光がそこにあるということは、その光を使っている人間がそこに存在するということ。さくらのほかに、目の前の光の数ほどの人
間が少なくとも暮らしている。その事実、そしてその重み。

ダークネスは、能力者のための理想社会を造る為の組織だという。
ならば、能力者以外のたくさんの人たちはどうなるのだろう。まさか、穴の中に放り捨てられてさよならなのか。その意味を、さ
くらは嫌と言うほど思い知っていた。なぜなら自らの身にもそれが近づきつつあるのだから。

「さくらちゃん、また険しい顔してる」
「ご、ごめんなさい」

気分を変えよう。
さくらの心に思い浮かんだ、ある悪戯。それは。


「佐藤さん。前から聞きたかったんだけど」
「え、なになに?」
「佐藤さんはテレポートの能力者なんですか?」

口が、明らかにそうだよ、と言いかけていた。
さすがの優樹もブレーキがかかったのか、慌てて否定を始める。

「て、テレポート?まさ、難しいことわかんないよ。さくらちゃん変なこと言うよね!!」

目を白黒させながら、手足をばたばたして焦る優樹。
その姿は愛らしく、またさらに困らせてやろうという気持ちがさくらに生まれる。

「そうなんですか?じゃあ何であの時、私は喫茶店の外から出られたんですか?」
「それはっ!えーと、そう、あそこの建物は抜け穴があって!!」
「それにさっきまで私たち、商店街にいたはずなのに」

明らかに優樹の処理能力をオーバーしている。
さくらは、あくまでも慈悲の心を持って、決定的な言葉を発する。

「私…見ちゃったんですよね。佐藤さんが、白くて大きな二つの手みたいなものを呼び出してるのを」

さくらの言葉が意味するもの、優樹の物質転移の「源」となっている、二つの不思議な手のことを指しているのは疑いようもなく。
その瞬間、優樹の表情は「無」になった。
恐らく、思考の限界点を超えてしまったのだろう。
秘密にしていた能力が露見してしまったことがショックなら最初から使わなければいいのに、とも思うがきっと目の前の少女はそ
んなことを考えてはいなかったのだろう。


だがさくらが優樹の秘密を握ってるのは紛れもないことで。
みるみる表情の戻った優樹、声を大にして、

「おねがいっ!このことは喫茶店のみんなにはないしょにして!!」

と懇願しはじめた。
さくらは、優樹に助け舟を出すことを決める。そしてそれは救いの手であると同時に、決死の告白でもあった。

「いいですよ。私と佐藤さんの、秘密にします」
「ほんと!?」
「だから、これから私がして見せることも…秘密にしててくださいね?」

さくらが、ゆっくりと高台の際にある手すりへと歩いてゆく。
もしかしたら。これで私の3日間は終わりを告げてしまうかもしれない。けれど、人の秘密を一方的に握っている。そんな関係は嫌
だ。だから。

手すりの上に器用に立つさくら。目の前の闇の向こうは崖、落ちたらただでは済まないだろう。

「さくらちゃん!何して…」
「見ててください」

その言葉は優樹に、そして高台の向こうに煌くたくさんの光に問いかけているようだった。
危ういバランスで保たれていたさくらの体が、風に揺れる。
大きな力に引き込まれるかのように、大地から自由になったさくらは。


「さくらちゃん!!!!!!」

悲鳴をあげる優樹。
だが。さくらは。
相変わらず、手すりの上に立ったままだ。

「あれ、何で…」
「時間を、飛ばしたんです」

さくらの能力は。
時を操る、能力。経験したものを、はじめからなかったものとして飛ばす力。
しかも、飛ばされた時間を知覚しつつもその先へと何事も無くたどり着ける。すなわちそれは。

「詐術師」に知覚されることなく一瞬で大男を倒し。
屋上から真っ逆さまに落ちたはずの缶ジュースは、何事も無くさくらの掌に収まり。
「永遠殺し」が止めた時の中ですら拘束されることなく車に乗り込み。
「銀翼の天使」の時間を飛ばすことで「黒翼の悪魔」が地下施設を脱出する隙を作った。
そして喫茶店にて、誰にも知覚されることなく襲撃者の目の前に飛び込むことができた。

そのすべての、からくりだった。

5秒間。
それがさくらが飛ばすことのできる時間の、限界。
しかし、敵と対峙する上で5秒間を知覚することもないまま為すがままにされるのは致命的と言えよう。そういう力を、彼女は保有していた。


「時間を飛ばす?まさ頭よくないからわかんないんだけど、それってさくらちゃんが崖下に落ちなかったことと関係してるの?」
「はい」
「もしかしてさくらちゃん、能力者?」
「…はい」

この時のさくらの心情を、彼女自身も言葉に表すのは難しかったに違いない。
ただ、あえてシンプルに言えば。
優樹と同じ立ち位置に立ちたかった。そういうことになるのだろう。
秘密がばれることなど何一つ考えず、さくらを助けた優樹の気持ち。それを、自らも能力者だと明かすことで知りたかったのかもしれない。

彼女は。佐藤さんは。どう出るのか?
私のことを、能力者だと知ってしまった。あの喫茶店の人たちが何故全員能力者なのかはわからない。けれど、ある一定の目的を持って集まっているのは確かだ。
ともかく、そのような集団に属している佐藤さんが果たして私のことを黙っているだろうか。

私は佐藤さんの秘密を黙っている。だから、佐藤さんも私の秘密を黙っている。
こんなものはただの理想だ。私には弁解の余地はないけれど、佐藤さんのほうは後付で何とでもなる。圧倒的な不利、そんなことは最初から
分かっていた。

「大丈夫だよさくらちゃん。まさも、絶対にさくらちゃんの能力のことは言わない」
「…本当、ですか?」

期待していた答え。
けれども、現実的にはありえない答え。
心の奥底でさくらは、優樹はきっとそう言ってくれるだろう、そう願っていた。
最早理屈では説明できないくらいに。


「ふざけんな!!」

突然の、罵声。
第三者の接近を許してしまうほど、さくらの警戒心は薄れてしまっていた。
そしてその少女らしからぬハスキーな声は、間違いようがなかった。

「工藤…さん?」

そこには、怒りに体を震わせている遥がいた。
体を大の字にし、拳を強く握ってさくらのことを睨み付ける。

「ついに…尻尾を掴んだぞ。お前、やっぱり能力者だったんだな」

遥の「千里眼」が、さくらを捕縛するかのように射続ける。
そっか、見られてたんだ。もう、ここまでかな。
誰に言うとでもなく、さくらはそんなことを呟いていた。





投稿日:2013/10/31(木) 01:39:08.19 0


☆☆☆



ここがダメなら、もう手持ちの手がかりはゼロ。
一縷の望みを抱いて急襲したダークネス関連のアジト。だが、ここもまた「ハズレ」だった。

「ひっ!ひいいいいいい!!!!!ほ、ほんとに、本当に知らないんですう!!!!!!!」
「大の大人が鼻水垂らして命乞い…情けなかねえ」

小さな女が、自分より二回りほど大きな男の胸倉を掴み、締め上げている。
これ以上痛めつけても何の情報も得られないと悟った女 -田中れいな- は苛つきをぶつけるかのように、男を吊るし上げた状態から勢い
よく床に叩きつける。ぐえっ、という蛙が潰れたような音をあげて、その男は気絶した。

かつてダークネスの幹部候補だったエリート構成員、ねえ。

れいなは床にへばりつく男を、呆れた顔で見下ろす。
事前に手に入れていた情報と、目の前で男がのびている光景は明らかに乖離していた。
ただ、現実として一つだけ手に入れた情報がある。それは。

この男が何も知らないということは、れいなが「黒翼の悪魔」へとたどり着ける可能性はなくなったということに等しい。

失意のうちに、男のいた執務室を出ようとするれいな。
だが扉の前には予期せぬ人物が立っていた。


「残念でした。そいつさあ、幹部候補って言っても下のほうだから。て言うか能力者ですらないし」
「お前は・・・・・・!!」

全身の毛穴がぴりぴりと痺れるような感覚。
同時に、部屋に猛烈な勢いの冷たい風が吹き付ける。
忘れるはずもない。目の前で仲間たちを蹂躙した「銀翼の天使」に連なるもの。
れいなは目の前の女、顔に似合わぬゴシックロリータ調のドレスを着た女と何度もやり合ったことがあった。ある時はクローン、そしてある
時は本体。どちらにせよ、嫌な相手には変わりない。

「ミティ!!」
「その名前で呼んでくれるやつがさあ、もうあんまりいないんだよね。結構気に入ってんのに」

ミティ、またの名を「氷の魔女」。
その二つ名の通り、氷を自在に操る異能力はまさに魔女クラス。かつてのリゾナンターたちを幾度も苦しめてきたダークネスの幹部だった。

「ちょうどよかった。あんたに聞きたいことがあるっちゃけど」
「…固めちゃおっかなあ。あんたのこと固めていい?氷でね!!」

問答無用。
「氷の魔女」はれいなに向けて、ありったけの凍てつく空気を浴びせかける。
しかし空気が触れる前に、身体能力の「増幅」により凍気の及ばない場所へと後退した。

「聞きたいならあたしを倒せって?ベタっちゃね」
「ハァ?あんた、あたしを倒せる気でいるんだ。笑えないんだけど」

言いながら、目の前にいくつもの氷の矢を生成し、一気に放つ。
鋭さは鋼にも劣らないそれが、空気を切り裂き、れいなに迫る。しかし、反射神経が増幅されているれいなにとってはシャボン玉を飛ばして
いるに等しい。


「もらった!!」

氷の矢を掻い潜り、魔女の懐に飛び込むれいな。
防御する間すら与えない。増幅された筋力による拳の一撃が、氷の魔女の薄い腹に炸裂する。

「…てめえ、舐めてんのかよ」

だが。
顔色一つ変えていない魔女は、至近のれいなに対しモーションなしの前蹴りを放つ。
体重が軽いれいなはその一発で飛ばされ、壁に全身を強打した。

「かはっ!!」

何と言う重い蹴り。
身体能力を強化していないにも関わらずここまでの蹴りを繰り出すとは。これが幹部の座に座るものの実力か。幸い、インパクトの瞬間に体
を退いたことでダメージは最小限に抑えられている。再び立ち上がり、魔女の前に立つ。

「あんなんで倒したと思ったら、大間違いやけんね!」
「はぁ、何だよそれ」

だが、魔女は首を振る。
れいなの言動に呆れている、そうとしか思えなかった。

再び体に力を溜めるれいな。
限界まで伸ばしたゴムが弾けるように、「氷の魔女」へと突進する。
それまで眉を潜めていた魔女が、叫んだ。


「障んなよオルァ!!!!!!!」

もの凄い、咆哮。
急速に空気を凍らせ生み出した氷の槍が、れいなの踏み出した足元の床に突き刺さる。

「ぐっ…!!」
「軽いんだよ!!攻撃も、動きも、まるでなってないんだよ!!」

敵などに指摘されるまでもなく。
れいなは、自らの体力の低下に気づき始めていた。
もちろん、原因は自らの体を巡る呪われた黒血。あの黒い悪魔が、れいなを少しずつ消耗させているのだ。

狼狽するれいなに、一歩、また一歩と近づく「氷の魔女」。
その顔と顔が触れ合わないぎりぎりの距離で、そっと囁いた。

「『黒翼の悪魔(プータロー)』の居場所はあたしにもわからない。けど、これだけは言える。あんたのことは、案内人が導く」
「!?」
「たどり着いた先で、相手してあげる。そん時は…死ぬ気でかかってきな」

意味深な言葉を残し、れいなの横を通り過ぎる「氷の魔女」。
そしてそのまま、空間に現れた”闇”に呑まれて消えていった。





投稿日:2013/10/31(木) 14:29:38.11 0


☆☆☆☆



「ねえねえ!彩、すごい子に出会っちゃった!!だってその子、マネのあの絵を見て、『見えない列車を見てみたい』っ
て思ったんだよ!凄くない?凄くない?」

都内某所の豪邸。
勢いよくドアを開け放った来訪者は、周りの都合も考えることなく一気に喜びを捲くし立てる。
不運にも「新しいアジト」として選ばれた立派なお屋敷の一角にある寝室にて。
住人だった人間は「シンデレラの魔法」にかけられて不在だ。今頃、夢遊病者のようにどこかを彷徨っているのだろう。

「何が凄いんだか、全然わかんないんですけど」
「もーかにょんってバカ?凄いに決まってるじゃん!だって彩の考えてることと、一緒のこと考えてたんだよ?」

冷静に言い放つスマイレージの一人・花音、そんなことは耳に入らない少女は自らが得た感動、素敵な出会いについてハ
イテンションで語り始めた。

寝室のベッドはまるで、お菓子の楽園。
そうとしか表現できないほどに、様々な菓子類が山積みになっていた。
クッキー、チョコ、ポテトチップス、その他。
中でも一番手が伸びる回数が多いのは、食いしん坊の紗季だ。
彼女の能力「黄泉の番人(ヘルゲート・キーパー)」は、肉体再生時に激しくエネルギーを消費する。だからその分食べなきゃな
らないのだと。食いしん坊はあくまでもキャラであり、本質はそうではないのだと言う。けれど、明日に備えるには少々
過ぎた量のお菓子を既に紗季は食していた。


「あやちょと一緒の思考とか信じらんない。もしかしてその人宇宙人?」
「言えてる。うちらに心を開かないあやちょと同じ思考の人間なんて、この地球上にいるとは思えないもん」
「えーやだよだってかにょんなんかに心開いたらさぁ、『疑うことなく信じるにょん♪』とか言って洗脳してきそうだし!!」

食卓代わりの天蓋つきのベッドを挟んで。
最年少の小川紗季が身も蓋もない失礼な意見を言えば、これまた名誉毀損にあたるような相槌をうつ花音。そしてそこに輪をか
けて騒ぐ少女、彼女こそがスマイレージのリーダーであった。

「て言うかさ。彩花ちゃん、『赤の粛清』の居場所は掴んだの?」
「もっちろん。あの人、組織抜けてやることもないもんだから毎日例の高層ビルの屋上登ってはぼーーーーっとしてる。おっか
しいの」

そして、本来の仕事も忘れない。
彩花が他の三人と別行動を取っていた理由、それはここ数日の「赤の粛清」の行動パターンを把握することだった。
結果、導き出された答えは。

「というわけで。我々スマイレージは明日夕刻いちななまるまる、ダークネス幹部『赤の粛清』を襲撃します」

表情が、リーダーの顔つきになっていた。
それに伴い花音と紗季の表情も引き締まる。そんな中、憂佳は。

迷い。
彼女の中には確実にその二文字の感情が色濃く映し出されていた。
それは炎によって徐々に炙り出されてゆくかのように。

わたしは。わたしたちは。
本当に「赤の粛清」を倒さなければならないの?理由は?ダークネスという巨悪を追い詰めるため?警察内部の能力者たちに対
してより優位な立場に立つため?そもそも、それはわたしたちがやらなければならないことなの?


憂佳の密かな問いかけは、自分自身に。そして、「右腕」を託された今は亡き旧友に。
彼女は平和を愛し、争いごとを嫌う普通の少女だった。ただ一つ、「治癒の力」を宿すこと以外は。
そして致命的に、戦闘要員として向いていなかった。結果、志半ばで命を落とすこととなる。

「もう、憂佳ってば暗いよ?」

花音が憂佳の様子に気づき、声をかける。
グループの中で一番周りを気にかけているのは花音だ。
なんでもない、と答える憂佳にさらに別の激励が。

「わかった!あやちょが『浮気したから』怒ってんでしょ!!」
「えっ!?」

いたずらっぽい笑みを浮かべつつ、紗季が憂佳の頭を揺さぶり始める。
花音としてはそういう意味で気にかけていたわけではないのだが、話題に便乗することにした。

「まあうちのリーダーが心を開く数少ない特別な存在だからねえ、憂佳は。新たなライバル登場?って感じで焦るのも仕方ない
か」

途端に顔を赤くする憂佳。元々色白なこともありその赤さがさらに引き立つ。
それが面白いのか、憂佳をからかうように頭を撫でたり突いたりする紗季。

「浮気とか意味わかんない!憂佳ちゃんは別腹だもん、ね?」
「え、ああ、うん?え?」

彩花に微笑みかけられ、憂佳は曖昧な返事をすることしかできない。
確かに彩花との間、過去に忘れられない思い出がある。記憶は曖昧で、ほんの些細なやりとり。それ以来、周りの人間が彼女の
ことをDAWAだのあやちょだのと呼ぶ中、頑なに「彩花ちゃん」と呼び続けてきたのだけれど。
問題は、そこではない。
一連のやりとりで勢いに流されてしまった、そう思わざるを得なかった。


花音は、メンバーの中で一番周りを気にかけている。
けれど、それは時として憂佳にとっては望ましくないほうへ働く。
今のやりとりにしても、彼女は「わざと」勢いで流したのだ。憂佳の憂いよりも、明日の作戦の正常なる遂行を優先した。憂佳
にとっては悲しい事実、けれどもスマイレージ全体のことを考えると。

何のために、自分たちは生み出されてきたのか。
なぜ、自分たちは戦い続けなければならないのか。
迷いは晴れることなく、明日へと引きずられてゆく。否応なしに憂佳は、戦場へと身を投じることになる。
戦いの中で、答えを見出すことはできないか。とりあえずは思考の落としどころを見つけたものの、彼女はまだ知らない。
それが単なる答えの留保であり、甘えに過ぎないことを。





投稿日:2013/11/01(金) 21:58:42.92 0