『SONGS』


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『SONGS』

〈そうさもがきもがいて〉

1-1

譜久村聖の手を伝わって、道重さゆみの心に、仙石みなみの声が届いた。
(道重さん、もう十分です。私たちのことはいいですから、逃げてください。
全力で走れば、まだ間に合うと思います)
(…………)
(『仲間』と一緒に死ねるんなら、私達は、寂しくないです……)
(バカ!)
さゆみの怒声が仙石を殴る。
(……え?)
(みーこさん、あなたの『仲間』たちは今どこを見てる?)
仙石は顔をあげた。
古川小夏の大きな目が、仙石を見つめている。
森咲樹の柔らかい眼差しが、佐藤綾乃の汗まみれの顔が、佐保明梨の凛とした瞳が、
関根梓の涙目が、そして、新井愛瞳の落ち着いた視線が、すべて仙石へ向けられていた。
(皆、あなたを見ているでしょ?それは、皆があなたのことを信頼しているから。
あなたが皆のことをいつも一生懸命に考えているって、皆が分かっているから。
あなたが諦めたら、皆も諦めちゃう。でも、あなたがもがけば、皆ももがける)
(……)
(さゆみ達のことを気遣ってくれて、本当にありがとう。
でもね、さゆみ達は決めたの。みーこさん達を絶対に助けるって。
だから、みーこさん、一緒にもがこう。もがいて、もがいて、ここから抜け出そう!
『仲間』はね、一緒に諦めるためにいるんじゃない!)
仙石の顔が引き締まる。仲間達の顔を見回しながら、仙石は尋ねた。
「……みんな、一緒にもがいてくれる?」
6つの笑顔が頷いた。


1-2

《総員退避。総員退避。爆破まで、あと7分、あと7分……》
赤い警告灯に照らされ、無数の水滴が佐藤綾乃の皮膚の上できらめく。
「いくよ!」
綾乃は、手刀を切って、大量の汗を扉に浴びせる。
濃硫酸に変化した汗が、音を立てて金属の扉を浸蝕する。
続いて、小夏が分身を生み出す。
ピンク色の光るもう一人の小夏は、扉に両手をついて発熱を始める。
高熱が酸の反応を促進し、立ち上る白煙の量が次第に増えていく。
だが、実験室を厳重に隔離するその扉は、とても分厚く簡単には貫通しそうにない。
汗を放ち続ける綾乃の隣に、仙石が立った。
咲樹が、その前にキャスター付きのベッドを据え付ける。
仙石はそのベッドの端を握り、呼吸を整える。
十秒後、ベッドが扉へ向かって跳び出した。
ベッドは大きな音を立てて大破し、激突した部分が数センチ抉れている。
「次!」
仙石が叫ぶと、佐保が別のベッドを持ってきた。
仙石は、再び集中し始める。

扉の外では、さゆみ達が聖の手に手を重ね、仙石たちの「思い」に耳を傾けている。
《総員退避。総員退避。爆破まで、あと6分、あと6分……》
さゆみは、固唾を呑んで扉を見つめた。

「みーこ!もうベッドがない!」
咲樹が叫ぶ。五台のベッドを費やしても、まだ半分にも達していない。
仙石は、ひざに両手をつく。
(やっぱり……無理なの?)
仙石の肩が、呼吸とともに大きく上下に動く。
その肩を、拳タコのある右手が、力強く掴んだ。


1-3

扉の正面で、佐保と仙石が前後に並んだ。
仙石が心配そうに言う。
「明梨……本当に、いいの?」
「うん。うちの体は頑丈だから」
「明梨!ちょっと待って!」
森咲樹がそう言って、実験室の一隅にある鉢植えへ両手を前に伸ばした。
高さ2mほどのベンジャミンが、蛇のように動き出す。
そして、佐保の腕と拳にスルスルと巻き付いた。
驚いている佐保を見て、咲樹が人差し指を挙げて微笑む。
「女の子なんだから、お肌に傷痕が残っちゃ困るでしょ?」
「……森ティ、……ありがと!」

扉から鈍い衝突音が響く。
同時に、激痛に苦しむ佐保の声が、譜久村の胸に突き刺さる。
「あかりさん……」
譜久村の目が潤む。
鞘師が重ねてあった手を急に外し、立ち上がった。
そして、足元の刀身が半分しかない日本刀を拾った。
「りほりほ!」
さゆみが鞘師の狙いに気づき、左腕を掴む。
「りほりほの血では、この扉は斬れないの。それに、これ以上出血したら……」
鞘師にも、それは分かっていた。
情けないほど足に力が入らない。さゆみの顔も、ぼやけて二重三重に見える。
それでも、鞘師はじっとしていられなかった。
「道重さん、すみません。でも、私も、もがけるだけもがきたいんです」
そう言うと鞘師は、腹を斬った。
鞘師の顔が苦痛にゆがむ。
さゆみは、唇を噛み締め、手を放した。


〈その殻やぶって抜け出す時間だよ〉

2-1

鞘師は血の斬撃を放った。だが、扉の表面に深さ1mm程の傷を刻むことしかできない。
力尽きた鞘師の体がよろめく。生田が鞘師の体を抱きとめる。
鞘師は生田の肩越しに、部屋の内部をぼんやりと眺めた。
(……ん?)
その部屋は研究室でもあるらしく、片隅に様々な実験器具が並んでいる。
壁面には、ガラスの扉のついた棚が並んでいた。
扉の中央には小さなプレートがついていて、薬品名らしき文字が書かれてある。
その一つが、鞘師の目に止まった。
(……RT……能力……増幅……!?)
鞘師は生田を押しのけ、ふらふらと歩きだす。
「りほ、どこいくと!?」
鞘師は何度も躓きそうになりながら棚にたどり着き、ガラスの扉をたたき割った。
中に、拳銃のような形状の注射器がある。
鞘師は、銃把を右手で握ると、自らの左腕に銃口を付け、引き金を引いた。
透明なカプセルの中の液体が、鞘師の体内に注入されていく。
「……うぅ、うおおおおおっ!」
鞘師が吠える。
全身から赤い光が迸り、見開いた目が真紅に染まった。
さゆみが驚いて声をかける。
「りほりほ、何をしたの?目の色がおかしいよ」
鞘師が、さゆみの方を見て、ドスの聞いた声で叫ぶ。
「じゃかぁしい!おどれみたいなド変態に『おかしい』言われとうないんじゃあっ!」
「……ぇぇぇ……!?」
「鞘師さん!道重さんに何てこと言うんですか!」
「おう、あゆみん!いつ見てもえっろい唇じゃのお!後でブッチュウしちゃるけえ!」
口を半開きにして、石田の顔が固まった。


2-2

「ほいじゃあ、ドッカーンとぴしゃげちゃるけえ!おどれら、みちょきい!」
鞘師は扉の正面に立ってそう叫ぶと、腰を低め、居合斬りの構えに入る。
鞘師の小さな鼻腔が膨らみ、大きく息を吸った。
「しゅわしゅわああああ……」
その言葉とともに、赤い光球が鞘師を中心に膨らんでいく。
「ぽおおおおおおおんっ!!」
鞘師は絶叫して、右手を斜め上方へ走らせた。
手の軌道に沿って生じた光柱が、扉へ真っ直ぐ進む。
赤く輝く三日月が、扉にぶつかり、弾けた。

生田が、光に眩んだ眼を必死に凝らす。
扉の中央が、大きく抉れている。
そしてそこには、とても小さいが、実験室と通じる穴が開いていた。
「りほ!やったぁ!」
生田が叫んで鞘師を見る。鞘師の体を包んでいた赤い光はもうない。
「おやっさん……、もう弾は残っとらんがよ……」
鞘師は、糸が切れたように床に崩れ落ちる。
「りほ!」
生田は鞘師を再び抱きとめた。

「あそこ!穴が開いてる!」
咲樹が扉の中央を指さす。綾乃が急いでそこへ集中的に汗を投げつける。
佐保がゆっくりと立ち上がり、仙石に背を向ける。
佐保の体は、激突の衝撃と酸による火傷で、ボロボロだ。
仙石は涙とともに瞼を閉じ、呼吸を整えた。
咲樹は、最後の一鉢となった観葉植物で、佐保の右腕を包み込む。
《総員退避。総員退避。爆破まで、あと3分、あと3分……》


2-3

「ええいっ!!」
叫び声とともに、佐保の体が扉を突き破ってきた。
佐保は床の上を数度転がり、鞘師を抱いている生田の目の前で止まる。
「やった!!」
扉に開いた大きな穴を見て石田が叫ぶ。
譜久村が、体から白煙を上げている佐保に駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
「私はいいから!早く、チョッパーを!」
さゆみはその佐保の声を背中で聞きながら、すでに穴に飛び込んでいる。
そして、梓の元へ走り、その腕の中の血まみれの犬に両手をかざした。
ピンクの光が、その犬、チョッパーの全身を包み込む。
譜久村達もすぐに実験室へ入ってきた。
鞘師は、生田が背負っている。
全員が重なるように、さゆみの治療を見守る。
チョッパーの傷は、もう塞がっている。
だが、目が開かない。
さゆみが光を止めた。
梓がさゆみの顔を覗き込む。
「道重さん……チョッパーは?」
「遅かった……。心臓が、止まってる……」
さゆみを見つめる少女たちの顔が凍った。
梓がチョッパーを抱きしめ、肩を震わせる。
新井愛瞳が、力なく呟く。
「……やっぱり、どんなにもがいても、無駄だったんだ……。
結局、うちらは、あいつの言う通り、『不用品』で終わる運命だったんだよ……」
その言葉に、反論しようとする者はいない。
絶望感が少女たちを包んだ。
無機質な声が、爆破が1分後に迫ったことを淡々と告げる。
その時。薄暗い一隅の空間が、わずかに歪み始めた。


〈そして勇気振り絞って〉

3-1

「んー、マンボぉーーーっ!」
高く幼い声が響きわたる。
全員が、その声の方を向く。
「みにしげさ~ん!」
「まーちゃん!」
さゆみのもとへ佐藤が駆け寄る。
「あのですね、みついさんが、まさにいぬになりなさいって」
「えっ?どういうこと!?」
「ちょっとまっててくださいね!」
佐藤は近くに並んで座っていた7匹の犬のところへ走り、何か話しかける。
《爆破まであと40秒……》
「……ということなので、みなさん、よろしくおねがいします」
佐藤の話を大人しく聞いていた7匹の犬が、一斉に走り出す。
そして、さゆみ達全員を取り囲むように正八角形に並んだ。
空いた一角には、佐藤が地面に両手をついてしゃがむ。
怪訝そうな表情をしている梓に、佐藤は笑顔で言った。
「じゃあ、あざすさん!いつもみたいにおねがいします!」
《20秒……》
「えっ?あなた、チョッパーの代わりをするの?」
梓が戸惑いの表情をさゆみに向ける。
さゆみは、梓の顔をまっすぐ見つめ、力強く頷く。
それを見て、梓も覚悟を決めた表情で頷き、もう動かないチョッパーを仙石に渡した。
《5秒……》
「皆さん、行きます!」
梓が、佐藤と7匹の犬たちの心を一つにつないだ。
「「「「「「「「ワン!!」」」」」」」」


3-2

島の中央に聳える山の頂から、太い火柱が上がった。
「うわわっ!山が爆発しよう!」
船の甲板で横になっていた田中れいなが大声を出す。
「みんなが来ます!」
目を閉じていた工藤遥が、噴火の轟音に負けない位の声で叫ぶ。
「えっ、どこ?どこに来るの!?」
れいなの隣にいた鈴木香音も上体を起こし、周りをキョロキョロ見回す。
「あっ、あそこ!」
飯窪春菜が指をさした先に、オレンジ色の大きな光球が浮かんでいた。
その光の中から、十数人の少女と犬が次々現れ、甲板に落ちてきた。

「さゆ!」
れいなが駆け寄る。腰をさすりながら、さゆみもれいなを見つける。
「れいな!」
さゆみも立ち上がり、二人は抱き合った。
飯窪たちも駆け寄り、全員がそれぞれ誰かと抱き合い、笑い、泣いた。
その安堵の空気を引き裂くように、突然工藤が叫んだ。
「まーちゃんがいない!」
「え!?どうして?佐藤はさゆみ達と一緒に飛んできたはずだよ!」
「……あっ!あそこ!」
譜久村が上空を指さす。
夜明け前の薄紫色の空に、エメラルドグリーンの小さな光点が見える。
光点は、滑るように高度をみるみる下げていく。
千里眼でその光点を「見た」工藤が叫ぶ。
「まーちゃん、気を失っている!」
「あのまま海面に激突したら……」
言葉を失うさゆみ。
その横を、一つの影が通り過ぎた。


3-3

佐藤は、服を激しくはためかせながら、時速200km近い速度で落ちていく。
佐藤の体が引いた翡翠色の半直線の先には、赤銅色の海が広がっている。
この速さで海面に激突すれば、水の慣性力と粘性力が佐藤の全身を打ち砕く。
その時まで、あと30秒もない。
そこに、一羽の巨大な鳥が現れる。
その鳥は垂直に落下する佐藤の軌道に、対数関数のような曲線を描き、接近していく。
そして、佐藤の体に接触すると、今度は反比例のグラフに変じて徐々に角度を変えた。
海面まであと1メートルほどの高さで、その曲線は、遂に水平線とパラレルになった。

右頬に柔らかなぬくもりを、左頬に切るような冷たさを感じる。
佐藤が瞼を開けると、茜色の空と、それより若干濃い色の海と、褐色の羽毛が見える。
「あれ……?ここ……どこ?……あ、そっか!まさ、いぬさんたちととんだんだ!
わお!みついさんのいってたとおりだ~!とりさん、たすけてくれてありがと~!」
佐藤を乗せて飛んでいる新井愛瞳は、以前資料室で見た予知能力者のことを思い出した。
「……ねえ、あなたは、その光井さんという人に言われて、私たちを助けに来たの?」
「はい。まさがみついさんのとこへいったら、みついさんが、それまでみてたみらいと
ちがうみらいがみえるようになって、そんで、まさにたすけにいきなさいって」
(それじゃあ、私がこの子を助けるのも、その人には見えてたってことか……。
……結局、私は、あらかじめ決まっていた未来を、なぞってるだけなんだ……)
愛瞳は、のどの奥に、複雑な思いがひっかかるのを感じた。
やっと掴んだこの自由が、何か運命のようなものに束縛されているように思えてくる。
佐藤を助けようと必死に羽ばたいた翼に、気怠い重さを感じる。
そんな愛瞳の心をよそに、佐藤が甲高い声ではしゃぎ続ける。
「とりさんがきてくれて、ほんとうによかった~。みついさん、まさがそらからおちるの
はみえたけど、そのあとどうなるかはみえへんっていってました」
(え?)
「でも、とりになれるこがいるから、ぜったいにたすけてくれるはずやって!
まさも、きっとたすけてくれるってしんじてました!ほんとにありがとなうなう~!」


〈Ending:運命信じて 戦う時間だよ〉

(……『しんじてました』……か……)
愛瞳は、自分が大きな思い違いをしていたことに気付いた。
自分は、運命に縛られてなんかいない。
自分を縛り付けるもの、それは、信頼だ。
自分を信じてくれる人たちの、熱い願いだ。
神様か何かによって決められた運命など、初めから存在しない。
もし、自分が進むべき道を「運命」というのなら、その道はまだどこにも引かれてない。
(信じあう仲間と一緒に戦って切り拓く道。それがきっと……私の、運命……)
愛瞳は、急に軽くなった翼を大きく羽ばたかせ、朝焼けの空へ高く舞い上がった。

船が眼下に迫ってきた。甲板の上に15人の少女が見える。
両手を振る者、ジャンプする者、肩を抱えられながら懸命に声を上げる者。
「たーなーさーたーん!みーにしーげさーん!どぅー!あぬみーん!めしくぼー!……」
佐藤は、リゾナンター全員の名前を全力で叫んだ。
愛瞳も、仲間たち一人ひとりの姿を、目で追った。
「まあなあああっ!よくやったああああっ!」
新しい太陽の下で、小夏が両手を口に添え、ひときわ大きい声を張り上げている。
「ん?とりさんは、『マァナ』さんっていうおなまえなんですか?」
「ううん。『まぁな』はニックネーム。本名は、『あらいまなみ』」
「え?え?なんですか?『ミライハナニ?』」
愛瞳は、佐藤のとんでもない聞き間違いに、思わず吹き出した。
と同時に、想像の翼を、思い切り広げてみたくなった。
予想のつかない、何が起こるか分からない、自由な、未来へ……。

―おしまい―
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以上『SONGS』でした。『弱虫』の続きです。
(仮)編はこれで完結です。最後まで読んでくださった方、ありがとうございました!





投稿日:2013/10/14(月) 21:52:25.31 0


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