『あめ玉に毒と優しさを』


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ちょっとした風邪がこじれて、いつまで経っても咳が治まらない。
身体の他の部分とか、気分的には元気いっぱいなのに。
少し休めば治ると思ってたのになかなか治らなくて、
そのうち、肺とか痛くなってきちゃったから病院に行ってきたら、
安静にしてなさいと、必要以上に動いちゃいけないと、そんな診断だった。


 * * *

「……………」

リゾナントのカウンターであたしはふさぎ込んでいた。
することもなくてリゾナントに来たけれど、店は今、忙しい時間。
手伝うよ、って申し出は、当たり前のように愛ちゃんに断られた。

「あかんって。ガキさんはゆーっくり休んでるんが今の仕事やろ?」

わかってるんだけど。
どうすることが自分にとって一番いいのかも、愛ちゃんの言葉も。
でも、じっとしていたくないからその言葉には従いたくなくて。
つけっぱなしのマスクをあごの方にずらして、あたしは店の端の方でマグカップを傾けていた。

そんなとき、田中っちが奥から険しい顔つきで顔を出した。
これは、ダークネスに何か動きがあったとき。
愛ちゃんの顔色がさっと変わる。さゆみんとアイコンタクトを取って、カウンターを入れ替わる。

店内に今いるメンバーを考えたら、さゆみんとジュンジュンが残って、
外に出るのは、愛ちゃんと田中っち、そして、あたしになるのがいつものパターン。

だけど、愛ちゃんはあたしに声をかけない。
いつもなら真っ先に呼んでくれる声がない。
ぐるりと店内を見回す視線は、なかなかあたしを捕らえてくれない。

「愛ちゃん…!」

呼びかけた声でようやく交わった視線に、あたしは席を立ち上がって訴えかける。
些細なことでもいい。あたしにだって、何か少しくらいは……

だけど案の定、愛ちゃんは首を小さく横に振った。
小さく手招きするその手に誘われて廊下に出ると、
両手をあたしの肩に置いて、厳しい顔つきで、

「…今は、ガキさんのこと連れて行けん」

きっぱりとそう言い切った。

今までのことを考えたら、そうなるのは何となくわかってた。
だけど、あまりにもはっきりと言われると、
あたしにもプライドってものがあって、言い返さずにはいられなかった。

「…あたしは、足手まといってこと?
 あたしの能力は後ろから支援するチカラだし、
 そんなに激しく動くこともないから大丈夫―――」
「違う。そういうことやない。
 とにかく、ガキさんはリゾナントに残っとってくれ。
 リゾナントを空けないって事も、大事なことなんやから」

あたしの言葉の終わらないうちに愛ちゃんはそう言って、くるりと背中を向けた。

「ちょっと、愛ちゃ―――ゲホッ、ゲホッ!」

呼び止めようとした時に肺が苦しくなって、
思わずうずくまるようにして咳き込んでしまった。

一瞬だけ、愛ちゃんが歩みを止めたような気がして見上げてみたけど、
その時にはもう、彼女は裏口から外に走り出していた。

ねぇ、置いていかないでよっ…
こんなあたしを、もうちょっと心配してよっ…!

 * * *

廊下の壁に背中を預けて咳が治まるのを待っていると、
たぶん、探しに来てくれたんだろう、ジュンジュンが手を貸してくれた。

「新垣サン、ダイジョブ?」
「…うん、ありがと」

笑ってみせたつもりなのに、ジュンジュンは浮かない顔をしている。
背中をそっと撫でてくれる手があったかくて、何だか目の奥が熱くなった。
うまく笑えてなんかいないんだって、自分でもよくわかってた。


店内に戻ると、さっきまであたしが座っていた席はまだ空いていた。
ジュンジュンに案内されてまたその席に座ると、すぐにさゆみんが紅茶を出してくれた。

「…ありがと」

涙目になった顔を見られたくなくて、うつむいたままでカップを受け取る。
ちくちくと胸が痛いのは咳のせい? それとも、自分の無力のせい?
たぶんどっちもで、でも、たぶん後者なんだと思う。

目の前にひらひらと布巾をかざされてハッと我に返る。
カウンター用のエプロンを着けたさゆみんが、あたしの顔をのぞき込んでいた。

「もー。ガキさん、紅茶飲まないと冷めちゃうよ?」
「あ、ごめん…」

あたしは受け取ったカップをそのまま両手で包んだまま、じっと中身を見つめていたらしい。
せっかく入れてくれたさゆみんを前にして、慌ててカップに口をつける。
すっかりぬるくなっていたことが、何だか気まずさを感じさせる。

さゆみんはそれ以上は何も言わずに、ずっとあたしの方を見ているようだった。
ちらりと表情をうかがおうと顔を上げた時、パチリと目が合った。
さゆみんは少し驚いた顔をしてから、いつのものように微笑んだ。

「あのね、ガキさん」

空いていたあたしの隣の席に腰掛けて、小さな声で話し出す。

「ガキさん、愛ちゃんはね、ほんっとーに心配してるんだよ?
 見てるこっちがうらやましいくらい。さゆみ、嫉妬しちゃう」
「え?」
「あ、いや、なんでもない…じゃなくて、
 何よりもまず、ガキさんの身体が良くなること、一番に考えてるんだから。
 わかってあげて?」
「…でも、あたしは」
「わかるよ。ガキさんみたいにいろんなコトできる人が、
 なーんにもできないで時間を過ごすって、すごく、苦しいと思う。でもね」

さゆみんはエプロンのポケットに手を突っ込んで、
しばらくがさがさと漁ってからのど飴を二粒取り出して、あたしの目の前に置いた。

「……愛ちゃんが、これ、渡して舐めさせといてって。
 そんなことくらい、自分でやればいいのにねって思わない?」

あたしは二粒ののど飴の袋と微笑んでいるさゆみんとを交互に目に映す。
何だか、意味がわかんない。でも。

さゆみんが一瞬だけ、何かをためらったことだけは何となくわかった。

 * * *

―――ちゃん? うん、―――たよ。

よかったの? ―――そう、でも、―――。

クスリ、―――てる。そんなこと、

―――うん、だけど―――

わかった、―――。気をつけて―――

 * * *

「…ん……」

頭がぼんやりする。
まぶたを持ち上げるのもしんどいくらい、身体が重かった。
それでも何とか目を開けてみると、ここは、どうやらベッドの中らしかった。

 …あたし、何してたっけ…

眠った覚えなんてなくて、あたしは記憶をたどろうとする。
まだはっきりと覚醒していない頭では、ふわふわとした曖昧な記憶しか思い出せない。

 確か、さゆみんと話をして…
 …何の、話だっけ?

ひとつひとつ、もどかしいくらいにゆっくりと情報が浮かんでくる。
慌てて記憶を追いかけると、考えていたことが全部すっ飛んじゃう。そんな感じ。

時間をかけて拾い集めた記憶がひとつの線になり始めた時、
あたしは、愛ちゃんの後ろ姿を思い出していた。

 …そうだった。

あたし、こんな身体だから、何もできなくて、愛ちゃんに背中向けられて、
さゆみんに少し話を聞いてもらって、のど飴をもらって、それを舐めて……

 ……のど飴?

重いまぶたをこじ開けると、部屋の中は薄暗かった。
見慣れた天井。ここは、愛ちゃんの部屋…

着ていた服はそのままで眠っていたみたいで、あたしはパーカーのポケットに手をやった。
出てきたのは、残り一粒ののど飴。
包装を解いてよく見てみると、表面にはうっすらと粉が付いている。

『―――クスリ―――』

さゆみんの声が頭の中で浮かび上がる。
夢うつつの中で、あたしは確かにそんな言葉を聞いたような気がする。

いくら風邪をこじらせていたといっても、こんなに身体がだるくなるほど弱っていたわけでもない。
そんな状態になった時もあったけど、それからはとっくに持ち直している。
だったらどうして、こんなにもあたしの身体は重い?

「…睡眠、薬、か…」

そう考えれば納得がいく。あたしは、眠らされていたんだ。

だけど、何のために―――

―――カタ。

ドアの向こうで小さな物音がして、あたしは慌てて目を閉じた。
部屋の空気がわずかに乱れたのがわかる。

「…寝とる、かな…」

声は、愛ちゃんだった。

キシ、と突然ベッドが揺れて、あたしの心臓は跳ね上がった。
ただ愛ちゃんがベッドに腰掛けただけだけど、
目を覚ましていることがバレたらいけないような気がして、
あたしはなるべく表情を変えないように取り繕うのでいっぱいいっぱい。

「…ガキさん、なかなか休んでくれんのやもん、
 そりゃ、戦闘だって一緒にいてほしいんやけど、
 身体、カンペキじゃないのに、すぐ動こうとするから、
 あんな、ズルいこと、したくはなかったんやけど、
 …あー、何言っても言い訳やな、ホントゴメンな……」

ぽん、と布団の上に手を置かれて、また内心慌てる。
その下にはまさにのど飴を握りしめたあたしの手があったから。

きっと自分だけに聞こえてる、怖いくらいにうるさい心臓の音。
沈めようと必死になっても逆に呼吸が荒くなりそうで息苦しい。

ベッドがまた揺れて、愛ちゃんは立ち上がる。
足音が遠ざかるのがわかって、薄目を開けて姿をとらえる。
ドアノブに手をかけたままで、数秒動きを止めていた。

「…ガキさんが今日無理して、明日もあさってもその次も治らんで、
 ずっとずーっと苦しそうに咳しとるのなんて、そんなの耐えられん…。
 だからあーし、無理にでも眠ってほしくて、それで、あんなもん使って……
 毒や、毒みたいなモン……もちろん、身体に残るような変な影響はないモンやけど……
 ……ゴメン、なんか卑怯なコトして、ホントごめん……」

謝罪の言葉とともにドアが閉まって、また静寂が訪れた。


ゆっくりと開けた視界は、ぼやけていた。

「……わかってたよ……もう……」

布団の端を持ち上げて潜り込む。
真っ暗の中で目をぎゅっと閉じると、涙がこぼれて頬を伝った。

わかってた。わかってたのに、認めたくなかった。
愛ちゃんの優しさを受け止めずに気づかないフリをして強がって、
それが結局愛ちゃんを傷つけることになるってわかってたのに、

「あたしの方こそ、卑怯だよ……」

謝るチャンスは今だってあったのに、あたしは寝たふりで誤魔化した。
心配してくれるの、感じてたから。
それでもあたしはできるって言いたくて、素直に休むことなんてできなかったから。
今のあたしには、愛ちゃんに面と向かえる勇気なんてこれっぽちもなかった。

あめ玉に睡眠薬だなんて簡単な罠にすら気づけないくらい、あたしはやっぱり弱ってた。
精神干渉の使い手が、さゆみんの動揺を見抜ききれないくらい、何もできなかった。
本当のあたしの具合をわかっていたのは、自分よりも愛ちゃんだった。


たぶん、愛ちゃんは今晩はこの部屋をあたしに譲って別の部屋で寝ると思う。
それならあたしはこのまま眠って、少しでも早くこの身体を治したい。
そして、明日の朝一番で愛ちゃんに挨拶するんだ。

謝ることもたくさんある。
ありがとうって伝えたいこともたくさんある。
なによりも、笑顔で話をしたいから。

―――だから今は、泣きたいだけ泣こう。
泣き疲れて眠ったあとは、きっとまた、ちょっと強くなったあたしがいるから。