■ ディスガイス -飯窪春菜- ■


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 ■ ディスガイス -飯窪春菜- ■

「ひーっ!ひえーっ!どうしてわたしこんなことにーっ?」
飯窪春菜は頭を抱えていた。
彼女はごくごく平凡な女子高生だ。少なくとも彼女を知る者は皆そう言う。
いや、平凡というには彼女は細すぎたかもしれない。枯れ木のように細い。とてもとても華奢な少女だ。
だがそれでも彼女は平凡だった。
あるいは平凡というには彼女は黒過ぎたかもしれない。浅黒い、まるでチョコレートのように黒い肌。
だがそれでも彼女は平凡だった。
では、平凡というには彼女は怯え過ぎだったのか。いやいや、こんな状況に陥ったら怯えるのが当然。
やはり、平凡。
そう、ごくごく彼女は平凡だ。
平凡な家庭に生まれ、平凡な高校生活を送り、平凡な就職活動を…
そして、平凡な彼女の平凡な日常は、突然に終わりを告げた。
目の前で起こる光景は不思議とゆっくり流れていった。
乱射される銃、横転する白い車。
複数の黒いバン、バンから黒ずくめの覆面の男たち。
逃げまどう人々、その背中へと撃ち込まれる容赦ない弾丸…

平凡な彼女は、ただ、立ち尽くして見ているしかなかった。
そう、ただ立ち尽くして。

いや、おかしい。おかしくはないだろうか?
ただ立ち尽くしている?そんなことがこの状況で可能なのか。
黒ずくめの男たちは「目撃者は容赦なく殺すつもり」のようだ。
現に逃げ惑う人々が目の前で撃たれている。

だが、彼女は撃たれない。狙われない。
平凡であれば、とっくに撃たれているはずではなかろうか?
彼女の目の前を覆面の男たちが駆け抜ける。
誰も、気づかない。

「はーどうしよう…どうしよー」
動揺し過ぎて心の声が実際声に出てしまっている。
小さな声だ。普通ならばまず聴こえないだろう。
だが、あまりにもおかしな声だった。
普通と言うには、平凡というには、あまりに、高すぎる声だった。

最後尾を走っていた男がふと足を止め振り返る。
目が、合ってしまった。
一歩一歩、男が近づいてくる。
万事休す。

『カップをおとりください、カップをおとりください』

男の目には『誰も』見えなかった。
そこには『誰も』いなかった。
そこにあったのは、ただの、ただの『自動販売機』だった。
男は舌打ちすると踵を返した。

『カップをおとりください、カップをおとりください、カップを…ぷはっ』
「あああああぶないところでしたーああー興奮して思わず声が出ちゃってましたーはーこわかったー」

まるで電子音声のような高音を発しながら小声でしゃべり続ける。
甲高い、飯窪春菜の地声。
自動販売機が、ぐにゃりと身を歪ませ、前後に
ぷるんぷるんと揺れ動くさまは不気味きわまりない。
まるで、千葉だか山梨だかの非公認ゆるキャラのようだ。
そう、彼女は決して平凡では無かった。

凡人ではありえないほど高い声。
そして【能力者】だった。

【偽装幻視(ディスガイス;disguise)】

それが飯窪春菜が人知れず隠し続けてきた非凡であった。
彼女はある種の集団幻覚を見せる事が出来る能力者だった。
みる者達全ての視覚を完璧に騙しきるほど強力な集団幻覚。
が、その力は己の見た目を偽装する事だけに限定されている。
姿形を完璧に偽装出来ても声は一切、変わらない。

彼女が普通の声だったのなら、きっと今頃は…


黒づくめ達は立ち去ったわけではない。
銃声はまだ続いている。
動けない。

「だれか…ねぇ……ねぇ…だれか…助けてぇ…」

飯窪春菜は心の底からそう願った
願っただけ、だった。

彼女はここから動けない。怖くて何も考えられない。
そう、彼女は平凡なのだ。



                              【index】






投稿日:2013/09/26(木) 00:45:10.22 0