『リゾナンターЯ(イア)』 - 6








住宅街の片隅にある、老朽化し、見捨てられた廃屋。
外壁を蔦に覆われたその異様さから、近隣の人間も近づこうとはしない。夜になると幽霊が出るのではないかなどという噂まで立てられ
ただこういう場所は、人目を避けたい人種にはうってつけの場所とも言える。闇に心を食われたものにとっては、特に。

「ちくしょう、マルシェのやつ。こんなとこまで呼びつけやがって」

家具も照明も、何も無い。
紺野にこの場所へ呼び出された「詐術師」は、廃屋の陰鬱な空気に辟易していた。闇に棲むからと言って、闇を好んでいるわけでは決し
て無い。

策を授ける、紺野はそう言った。
不正を「首領」に知られ追い込まれた「詐術師」は、その策に乗るしか手立てはない。
ただし。その策がろくでもないものであれば、当然蹴る権利はある。
問題は、リスクと利益のバランス。天秤が利益に傾けば、多少のリスクには目を瞑る。それほどまでに「詐術師」の状況は切迫していた。

「お待たせいたしました、『詐術師』さん。こんな場所にわざわざ呼び出してすみません」

窓から差し込む月光に照らされ、闇に浮かぶ白衣が眩しいほどに目にしみる。
ダークネスの「叡智の集積」は、まるで闇を泳ぐかのようにゆっくりと歩き、「詐術師」に近づいた。

「こんな場所を指定してきたってことは、『策』ってのは相当やばい内容らしいな」
「ところで『詐術師』さん。あなたは、組織の掲げる目標について、どう思われますか?」

本題に入ろうとする「詐術師」には目もくれず、まったく別の話題を口にする紺野。


「何だよやぶから棒に。まぁ、いいんじゃないの?『能力者たちによる理想の社会の実現』、ご立派な話じゃんか」
「あなたは、そんな絵空事が本当に実現するとお考えですか?」
「は?」

明らかに訝る表情の「詐欺師」。
確かに彼女自身、そんな理想論がどこまでもまかり通るとは思っていない。それでいながら表向き「首領」の理念に賛同しているのは、「そのほうが自らの稼ぎになるから」。

「闇社会に君臨するダークネス、しかし実情は未だにスポンサーたちの顔色を伺いながら生きていくしかない。彼らは所詮ただの人間です。能力者が上位に立つような真似を、許すはずがありません。つまり、今のままでは『能力者たちによる理想の社会の実現』は不可能」
「そんなの、最初からわかってんだろ。何を今更」

「詐術師」は嘲りの態度を隠さない。
綺麗ごとなど通用しないのは、口八丁手八丁で鳴らす彼女はとっくの昔に知っている。彼女の視線の先には、いかに金を生む出すシステム
を構築し独占するか。それしかなかった。

「では、今のままでは組織も、そしてあなたも先は無いこともわかってますよね」
「うっさいな、だからお前の話を聞きにここまで来たんじゃん」
「組織が理想を実現するためには、スポンサーたちを黙らせる手腕を持つ新しい指導者が必要です。そしてあなたは、例の秘密の証拠を握っている人物が邪魔になっている」

紺野が語る二つの線が交わる点。
「詐術師」の顔つきが、瞬時にして変わる。

「…おいらに『首領』を消せとでも」
「その通りです」

紺野が、眼鏡を外す。
伊達や酔狂を語るような表情ではないことは「詐術師」にもわかる。


「お前、本気で言ってんのか。相手はダークネスのトップだぞ、そんなことできる隙なんかあるわけ…それに、お前も知ってるだろ。あの『空間裂開』に敵う能力者なんか…少なくともおいらの『能力阻害』じゃ押さえ込むのは無理だ」
「隙は我々が作りますよ。それに」

「詐術師」の耳元に、紺野が顔を近づける。
そして、

「『首領』は今、『空間裂開』を使えない」

と囁いた。
思わず目を剥く、「詐術師」。

「…それは、マジなのか」
「ええ、間違いありません。受けてくれますか?」
「確証がない」
「明日、緊急会議を開く予定です。そこで、全て証明しますよ。ご返事はその後で構いません」

紺野の背後から、黒い渦が溢れ出す。
空間転移装置「ゲート」が開いた証拠だ。

「いいご返事、期待してますよ」

渦が、紺野を飲み込む。
黒の彼方がかき消した後は、煌々とした月光が差し込むのみ。

上等じゃんか。見せてみろよ。

「詐術師」は、薄ら笑いを顔に張り付かせたまま思う。
嘲りと、そしてほんの少しの「希望」を抱えながら。



目を薄く開ける。
窓から差し込む光。
田中れいなは、店内のカウンターに顔を伏せたまま、眠りと覚醒の狭間にまどろんでいた。

ああ、そっか。あれからそのまま寝てしまったけん…

昨夜のことを、ゆっくりと思い出すれいな。
さくらを迎えての鍋パーティーは大盛況と言っていいくらいの盛り上がりようだった。ここのところ緊迫した状況が続いていたリゾナン
ターたちにとって、昨夜の宴は思いのほか骨休めになったようだ。

聖たちがリゾナントにやってきた時も、春菜たちがやって来た時も。
ささやかな歓迎会こそしたものの、ダークネスへの警戒や後輩の育成のほうに神経が行ってしまっていた。それが、いざ存在が見つかり
襲撃された後のほうが気楽にパーティーを開けるようになるとは。れいなはきっかけを作ったさくらに感謝した。

テーブルの上には、片付けられていないままの食器やらグラスやらが散乱している。
これを開店前までに何とかしないと。れいなの気分は急に重くなる。こんなことならさゆみに「後はれいながやるけん」などと言って帰
さなければよかった。大体パーティーの料理を仕込んだのは主にれいなで、さゆみはお気楽な飾りつけくらいしかしてないのだから。

覚悟を決め、カウンターから体を離す。
まるで猫がするように、大きくひと伸び。体が徐々にほぐれてゆくのを感じていた時に、それは起こった。こみ上げる衝動、そして咳。
思わず口を押さえるが、掌の生温い感触が事実をれいなに突きつける。

黒い血。
最初に発作が出た時から、血の色は変わらず闇色を呈している。いや、日を追うごとに闇の色を濃くしているのではないかとすら思え
てくる。時間はあまりない。にも関わらず、れいなは「黒翼の悪魔」の所在について何一つ掴めずにいた。


元からダークネスの幹部クラスが簡単に尻尾を出してくれるとは期待していなかったが、手がかりの材料すらないとは。自称ダークネスの
元幹部と嘯いていた男を捕まえて叩きのめした末に得られた情報は、「『黒翼の悪魔』はここ最近は幹部の集会にすら顔を出していないら
しい」という絶望的なものだけだった。

生命の危機、のようなものは感じない。目だった体力の衰えも無い。
にも拘らず、このどす黒い血は確実にれいなに死の宣告を突きつけていた。このまま症状が進めば、れいなの存在ごとこの黒い血に飲み込
まれてしまうことだろう。

「あの・・・おはようございます」

不意に、背後から声をかけられる。
振り向くとそこには、パジャマ姿のさくらがいた。
れいなは自らの私的な事情を頭からかき消し、通常運転に切り替える。

「もう体のほうはいいと?」
「はい。一日寝たら、大分よくなりました」

落ち着いた調子でれいなの問いに答えるさくら。
それにしても物怖じしない子というのは、この子のようなことを言うのだろうか。彼女くらいの大抵の子供はれいなを見て尻ごみをする。
ヤンキーっぽい外見が怖いのだという。例外は佐藤優樹ただ一人だが、あれを基準にしてはいけないことくらい、れいなにも判っていた。

そういう意味では、さくらは優樹とはまた違った親和性みたいなものを持っているようにれいなには感じられた。どこかで見た、どこか
で会ったような既視感。それが何なのか、どうしてかはわからないが感じてしまうのだから仕方が無い。

「昨日のものまね、よかったっちゃよ」
「ありがとうございます」

さくらがぺこりと頭を下げる。
昨日のものまね、というのはパーティーの余興でさくらが見せた芸のこと。香音が激しい顔面芸、衣梨奈が意図的なスベリ芸、亜佑美が
意図しないスベリ芸を披露し何となく場が寒くなり始めた時に、さくらが突如「あの、私、ものまねが得意なんです」と宣言したのだ。

「ものまねって言うけん、芸能人のものまねかと思ったら。まさか昨日会ったばっかのれいなたちのものまねとは思わんかったよ」

さくらは、意外にもリゾナンターの面々のものまねを始めたのだ。
それは、デフォルメとリアリティの程よくバランスが取れたもの。やられた本人たちも「意外と似てるかも…」と言わざるを得ない
質の高いものだった。ただやはり、優樹は「まさはそんなんじゃないもん!!」とむくれてはいたが。

「佐藤の事は気にせんでいいよ。あの子はまだ子供やけん」
「でも、あの後佐藤さんとすごく仲良くなったんです」

れいなの目が丸くなる。
さくらと優樹。静と動の極致みたいな二人が仲良くする姿を、俄かには想像できない。
しかしこのくらいの年齢なら、そういうこともあるのだろうと思い直した。

そう言えばもう一人の動の極致こと遥が元気がないことに、れいなは気づいていた。
昨夜のようなパーティーの場ではいつもは優樹とコンビではしゃぎまくるのに、カウンターの隅っこで何やら覚束ない様子だった。
今日リゾナントに来たらさゆみに相談するか、それともそれとはなく本人に聞いてみるか。

「私、ちょっと散歩に行ってきます」
「そっか。あんまり無理したらいけんよ」

ゆっくりと喫茶店を出てゆくさくら。
その小さな後姿、れいなは先ほどの既視感をより強く、感じていた。




投稿日:2013/09/14(土) 22:52:31.79 0


☆☆


喫茶店を出たさくらは、外のひんやりとした空気に触れると、ふう、とため息をつく。

やっぱり、あのお店で一番強いのは、田中さんだ。

昨晩のパーティーにて、さくらは密かにリゾナンター全員の実力を値踏みしていた。
一番の実力者はれいな、そして次が条件つきでさゆみ。三番手は自分のことを助けてくれた里保。あとは一長一短あるものの、似たりよったりといっ
た感想を抱く。

そして改めてれいなと一対一で話をしてみて、肌で直接感じた。
れいなの内に秘める、大きな力を。
印象のみで単純比較するわけにもいかないが、この力をうまく引き出せばダークネスの幹部たちに伍することもできるだろう。ただし、命と引き換え
に。さくらは、れいなを見ただけで彼女の体内にむ何かの存在を知覚していた。

ただし。
れいなの深い事情など、さくらには関係の無いことだった。
今は、紺野がさくらに指示した「社会に下りて学んで来る事」と、彼女が抱える「無償の救済、その構造を学ぶこと」が密接にリンクしていた。それ
以外のことは、大きな問題ではない。

普通に考えれば、街に出ても殆ど存在すら見られなかった能力者が一介の喫茶店に決して少なくない人数いるということ。不自然な話ではあるが、さ
くらの中ではこういう喫茶店があったというただの土産話にしかならない。

「あれ、さくらちゃん」

道の向こう側から声をかけられる。
すらりとした無駄のない体つきをした、年長の少女。


「飯窪さん」
「どうしたの?もしかして田中さんにお使いでも頼まれた?」
「いえ、ちょっと散歩に」

春菜に対するさくらの印象は。
黙っていれば綺麗なのに、珍妙な動きをする人。それ以上でもそれ以下でもない。その場を立ち去ろうとしたところを何故か呼び止め
られた。

「さくらちゃん、ものまねすっごく面白かったよ!私のものまねなんて、私がもう一人いるかと思っちゃったもん。凄い、あれは世に
出して評価されるべき芸だと思うよ」

目をきらきらさせながら褒めはじめる春菜。
それを特に何の感慨も無く聞いていたはずのさくらだが、心の奥に何か暖かいものが灯るのを感じていた。

「私はお店のお手伝いがあるから先に戻ってるね。あと、今日は日曜だからみんな早くからお店に集まるよー」

さくらを一頻り褒めた後は満足したのか、喫茶店のほうへと歩いていってしまった。

春菜の小さくなってゆく後姿。
それを見送りながら、さくらは先ほどの感覚について考える。不思議な感情、そして今までには感じたことのない感情。
その気分は、決して悪いものではなかった。

答えを、出さなければならない。
さくらがこの短い間に感じたもの、それらの全てに対して。
与えられた時間があと僅かなのは、彼女自身がよく知っていた。紺野から与えられた期限は、心の中で時計盤となって時を刻み続ける。



休日の喫茶リゾナントに、次世代を担う若きリゾナンターたちが集まり始める。
彼女たちは同時に、喫茶リゾナントの未来を支える従業員でもある。

春菜はさゆみとれいなにある提案をした。
休みの日くらい、ゆっくり休んで欲しい。つまり、喫茶店の運営を一日自分達に任せてもらいたいというものだった。

春菜は能力者としての仕事の傍ら店主の仕事に追われるさゆみやれいなのことを見ていた。特にれいなは、仕事に関する情報を得るた
めに日々出歩いているように見受けられた。ここは若手の年長者として二人を労わなければならない。

「えっ、いいの?」
「まあ飯窪たちがそう言うなら」

春菜の提案を受け、先輩二人は喜んで承諾した。特にさゆみは「おねえちゃん」が拾ってきたという猫と一日中遊ぶのだと言う。

というわけで、今は喫茶店には若手メンバーだけ。
各人昨日のパーティーの後片付けやら開店準備やらで大忙しだ。

そんな中、やはり遥だけが浮かない顔をしていた。
どうしても昨日見てしまったさくらの行動が頭から離れないのだ。

あの人は、ああ言ったけど。でも、やっぱりハルは…

遥が指すあの人とは、先日の任務で偶然出会うこととなったかつてのリゾナンター・ジュンジュンのことであった。誤解からの戦闘、
そして和解後の共闘を経てジュンジュンは遥たちに簡単なアドバイスを与える。


― 確かニお前ノ目は見通セるもノが多イ。デも、見えルものだけガ真実とハ思ウな ―

それが、遥に授けられた助言。
他のメンバーたちがそれぞれ戦闘のヒントになりそうな内容だったのに、遥一人が何とも的を射ないぼんやりとした内容のように思えた。

さくらの挙動は、偶然、だが確実に遥が「千里眼」で捉えたもの。
それだけに、ジュンジュンの言葉が大きく立ちはだかる。

「ねえ、どぅーどぅー」
「……」
「もうどぅーったらぁ!!」
「え?あ、まーちゃん」

体に加えられた振動。
優樹に何度も体を揺さぶられ、ようやく思考の沼から引っ張り出された。

「ふくぬらさんが、玄関のクローズドの札ひっくり返してきてって」
「あ、うん。わかった」

小走りで玄関に出る遥。
ああ見えて優樹は鋭いところがある。いずれは遥の抱えている不安に気づいてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。

しかしながらタイミングの悪さというものは、確実に存在する。
玄関の外に出た遥、偶然鉢合わせたのは散歩から帰って来たさくらだった。

「え…あの、その・・・」
「私の顔に何かついてますか?」

遥の態度にさくらが首を傾げる。
ちくしょう、何だってこんな時に!
そう言いたいのは山々だったが、顔を背けることしかできない。
さくらは、気にも留めていないといった感じで遥の横をすり抜けていった。



開店直後に常連の団体客がやって来て、喫茶店はいつになく賑わった。
元気よく挨拶する春菜、注文を取る聖、厨房で悪戦苦闘するメンバーたち。
開店前に料理の腕を自慢していた亜佑美だったが、いざ包丁を握らせてみると食材を切るのも覚束ない。逆に衣梨奈は大雑把ながらも意
外なほどのシェフぶりを見せていた。出来上がりの料理をこっそりつまみ食いする香音。不用意な水の接触を避けたい里保が料理を運ぶ。

さくらも、新米喫茶リゾナント軍団に加わる。
もちろん社会経験のない彼女であるからして、何をすればいいかもわからない。

そんなさくらを、聖や衣梨奈たちがやさしく指導する。

「さくらちゃん、この伝票はここにこうやって刺すんだよ」
「衣梨奈は世界一のシェフを目指してるけん、目分量で味がわかると。さくらちゃんもやりいよ」

なるほど、これが連携というものか。
さくらはダークネスという組織の中で、このような複数人が協力し合って何かをするという光景を見たことが無かった。
だが、効率が悪い。そう考えるのは、やはり組織の体質が連携をあまり好まないが故か。

「ごめーん、さくらちゃん、お客様にお水お持ちして!」
「はいっ!」

大繁盛は、考察する時間すら与えない。
さくらもまた、店の忙しさに飲み込まれていった。





投稿日:2013/09/21(土) 18:16:43.94 0


☆☆☆



降って湧いたような慌しさだが、平時は閑古鳥の喫茶リゾナント。
そのような状況がいつまでも続くわけもなく。

「お客さん、来ないね…」
「うん。さっきの人たちは私が昨日宣伝して来てくれた人たちだったから」

先ほどまでの混雑が嘘のような、静寂。
落差に戸惑う亜佑美に、春菜が混雑のからくりを明かす。さゆみとれいなに休みをプレゼントしようと思っていた春菜が、あらかじめ
常連客に今日のことを話していたのだ。

「せっかく衣梨のスーパーシェフぶりが発揮されると思ったっちゃけど」
「生田さん、料理上手なんですね」
「んふふ、もっと褒めて褒めて」
「さくらちゃん、あんま生田を褒めないで。調子に乗るから」

さくらに褒められ上機嫌な衣梨奈に、香音が釘を刺す。
リゾナンターいちのトリックスターが調子に乗ると誰にも止められないのは、戦闘も料理も一緒なのだ。

からんからん。

しばらく暇を持て余していたリゾナンターたち、客の来訪を告げるドアベルの音にこぞって反応する。しかし、それは決して歓迎でき
る来客ではなかった。

「ふうん、ここが喫茶リゾナントか。思ったよりちゃっちい店」

聞き捨てならない言葉を発する、気の強そうな少女。
少女がずがずかと店内に入ると、後ろからさらに二人の少女が続く。

「道重さんや田中さんはいないみたいだね」
「無駄足…じゃ嫌だからさ。この半人前たちに話聞いてみようよ」

店内を見回しさゆみとれいなの不在に気づく、色白黒髪の少女。それに、一癖ありそうな顔つきの少女が代替案を提示した。

「あなたたち一体…」

不躾に店に上がった三人組に、メンバーを代表して聖が一歩前に出る。と、あることに気づく。聖は、三人の顔に見覚えがあった。そ
れは、相手方も同じようだった。

「どっかで見た顔だと思ったら聖じゃん」
「紗季ちゃん。それに憂佳ちゃんに花音ちゃん…」

小川紗季。前田憂佳。そして、福田花音。
明らかに戸惑いの表情を見せる聖を、心配したメンバーたちが取り囲む。

「なんねこの失礼な連中。聖の知り合い?」
「…うん。聖ね、リゾナントに来る前に能力調整のために警察の機関に通ってたことがあって」
「そんな説明じゃ、うちらの紹介になんないじゃん」

聖の言葉を遮る、大きな声。
紗季は明らかに悪意を持って、衣梨奈たちの前に立ちはだかる。

「あたしたちは、聖の『ごがくゆう』。ま、一般人に毛が生えた程度のこの子とうちら『エッグ』じゃ格が違いすぎるから、同じ机で
学んだわけじゃないんだけどね」
「あはは、サキチィ口が悪ーい。ほんとのことだから、仕方ないけど」
「二人とも、今日はそんなことを言いに来たんじゃないでしょ?」

紗季の悪意に乗っかる花音、そして二人を呆れたように諌める憂佳。
自分達へと自然と注がれる敵意など、まるで気にも留めていなかった。

「そんな偉い人たちが何の用?て言うか、何者?」
「あんたたちみたいな半人前を黙らせるには、論より証拠か」

鋭い視線を向ける香音に、花音が胸ポケットから黒い手帳を取り出し、鼻先に突きつけた。
二つ折りの手帳が上下に開くとそこには制服を着た花音の写真と、桜を象ったおなじみのエンブレムが姿を現した。

「警察関係者、ってことですか。それも能力者の」
「そういうこと。今日は道重さんと田中さんに聞きたいことがあったんだけどね。一度会ったことのある仲だし」

思わせぶりに、春菜の周囲を歩いてまわる紗季。
そして、再び足を止めて春菜に顔を近づけ、

「でもあんたたちも例の『赤の粛清』と戦ったんでしょ?しょうがないから今日はあんたたちの話を聞くだけで我慢してあげる」

と囁いた。
突如飛び出した「赤の粛清」のキーワードに、春菜は先日の戦闘を思い出し身を硬くする。
それを見た花音が意味深な、笑み。

「何ですか、急に笑ったりして」
「いやね。みんなあの人に完膚なきまでに叩きのめされたトラウマが蘇って、びびっちゃってるんじゃないかって思って」

今度は、聞こえるように。度重なる挑発。
気の長いほうではないメンバーたちが黙ってないのは言うまでも無く。

「あんた、いい加減にしい」
「お前らハルたちに喧嘩売ってんだよな?」
「いいじゃん、受けて立とうじゃない!」

衣梨奈に遥に、亜佑美。
負けず嫌い三人衆が揃って、啖呵を切る。
しかし。

「かにょんと紗季ちゃんのことは私が謝ります。私たちはただ、対『赤の粛清』戦においての情報収集のためにここに来ただけなんです。
道重さんだったら高橋さんの居場所を知ってるんじゃないかって思ったんだけど」

争いを好まない憂佳の一言によって、一触即発のムードは回避される。

「たなさたんもみにしげさんもいませんよーだ!」

明らかに自分達が馬鹿にされているのを感じ取ったのだろう。優樹が顔を顰めて、しっしっと追い払うポーズ。遥も隣で同じ事をする。
そんな様子を見ていた花音。不意にあっ、と声をあげ、それからにやにやと嫌な笑みを浮かべ始めた。

「ねえ花音、いいこと思いついちゃった」
「…何ですか」
「あんたたち、ちょっと顔貸しなよ。ここじゃ詳しいことも話せないでしょ?」

冷めた表情の里保に語りかけながら、視線をさくらのほうへと遣る。
確かに、何も知らない一般人の前で堂々と話すような内容ではないことは確かだった。




投稿日:2013/09/27(金) 07:54:20.05 0


☆☆☆☆



ダークネス本拠地・蒼天の間。
前回の会議において紺野が提示した、田中れいなに纏わる計画。今日の会議の目的はその計画の内容を明らかにし、速やかに実行する
ことだった。それともう一つ。今回の会議は紺野にとって「証明の場」でもある。そのことを知る者は、この場にはいない。ただ一人を除いては。

円状に配置された13の席。
そこには「赤の粛清」はいなかった。

「ねえ『氷の魔女』。あなた、彼女の行方を知らないの?」
「さあ?」

「永遠殺し」に話を向けられた「氷の魔女」が、そっけない返事をする。
昨日のやり取りではっきりした。もう彼女はここに戻って来ることはないだろう。ただ、それは組織にとって悪いことではないらしい。不戦の守
護者が幹部の不在について何も語らないのが、何よりの証拠だった。

ともかく、動ける幹部は全員揃った。
「不戦の守護者」「永遠殺し」「黒の粛清」「鋼脚」「氷の魔女」「オガワ」。そして、「詐術師」。最後に彼女たちを束ねる「首領」が、姿を現した。
「詐術師」は、人知れず心臓の鼓動を跳ね上げる。

くそ…あいつの言ってることは本当なのかよ…

「首領」の姿を横目で見ながら、改めて「詐術師」は紺野の提案に疑問を抱く。
しかし、逆に言えば彼女が今ここに何の咎めもなしに座っていることが、紺野の言ったもう一つの事実の証明でもあった。


― いいですか、「詐術師」さん。あなたの不正がもし組織にとって悪いことであるなら、その時点で「不戦の守護者」によって事実
を掴まれあなたは罪に問われるはず。つまり、全ては運命の導きだと私は考えます ―

けっ、何が運命の導きだよ。
心の中で毒づきつつも、「詐術師」は身の裡に潜める野望を抑えきれずにはいられない。もともと、組織の一幹部で自分を終わらせる
つもりではなかった。何より、今の地位では「実入り」が少なすぎる。彼女の金銭に対する欲望は、周りが考えているよりも遥かに深かった。

蒼天の間の、この異質な空間と下界とを隔てる扉が開かれる。
風に揺れる白衣を纏い、紺野がゆっくりと13の席の中央位置に立つ。

「みなさん、お待たせいたしました。これより『プロジェクトЯ』の全容について説明いたします。『首領』、よろしいですよね」

紺野の言葉で、自然と幹部たちの目が「首領」へと集まる。

「・・・始めて」

表情を崩さず、それでいて周囲に威圧感を与えながら。
会議の、そして計画の開始を「首領」自ら宣言した。

「わかりました。『プロジェクトЯ』、皆さんもご存知のとおりこの計画はリゾナンターの主力として機能している田中れいな。これ
を無力化することが第一の目的。ただし。この計画のもう一つの目的は、今まで決して手に入れることのできなかった力を手に入れる
ことにあります」
「おい、もしかしてそれって」

今まで手に入れられなかった力。
その存在のせいで、組織は今日に至るまでたかが10人足らずの少女たちに苦杯を舐めさせられ続けてきた。「鋼脚」は、紺野の言う
力が何なのかを感づいていた。

「そうです。我々の悲願である、『共鳴』の力です」

その言葉とともに、空間に浮かび上がるモニター。
れいなの写真と、ダークネスの組織のエンブレムが映し出される。れいなからダークネスに引かれる、矢印。


「…それでどうするの?リゾナンターを仲間に引き入れて共鳴の力を手に入れる試みは何度もやってきたじゃない。そんな失敗続きの
作戦を今更またやろうってわけ?」

落胆と軽蔑の入り混じった表情で揶揄するのは、「黒の粛清」。
大きな計画、と謳うものだから自らの私的な目的である「新垣里沙への復讐」をそこに挟み込む約束を取り付けた彼女だったが、計画
本体が陳腐なものでは何の意味も無い。

紺野は。
言葉では示さず、モニターに視線を向けることで答えを示した。
ゆっくりと消えてゆくれいなの写真、反対に浮かび上がる「能力増幅」の文字。それが何を意味するか。

「田中れいなを仲間に引き入れるのではなく、能力だけを頂く。そういうことね?」
「そのとおりです」

「不戦の守護者」の言葉に、紺野が頷いた。
疑念に満ちていた空間が、一気に驚愕の色に変わる。

「おい、そんなこと本当にできんのかよ!!」
「能力の抽出、なんて技術をいつの間に手にいれたのかしら」

耳障りな声を上げる「詐術師」と、言葉に軽い皮肉を込める「永遠殺し」。もちろんそこにはそんなことできっこない、という意味が
含まれていた。

「共鳴とは」

紺野が「永遠殺し」を見る。
その視線に迷いは、一切ない。自らのこれからの言葉に、全権の信頼を置いている。そう捉えて然るべき強さがそこにはあった。


「複数の物体が互いにエネルギーを出し合いそれがさらに物体間で倍加される現象。リゾナンターではその役割を主に愛ちゃん…i914
と田中れいなが果たしていました。『プロジェクトЯ』の目的は、その現象を我々の手元にて再現し結果を得る事です」
「言ってる意味がよくわかんないんだけど。田中れいなは強制的に連れて来る事はできても、i914のほうは所在すら…もしかして、
『赤の粛清』をエサにおびき出すってこと?」

言いながら、「氷の魔女」が表情を険しくする。
i914を求め、彷徨う粛清人。そのために標的の後輩すら手にかけようとした執着心を、優しい先輩が放置するはずがない。

「それも、面白いかもしれませんね。ただ、それだと我々にリスクが大きい。こちらの意図に非協力的であれば、実験の成功率は著し
く下がってしまいますから。それに、『彼女』は今回の実験のコンセプトに相応しくない」
「ちょっと、あんたさっき言ったばっかじゃん。実験が今回の計画の目的だって。i914が実験材料に相応しくないって言うなら他に
誰が…」
「なるほど。ようやく合点がいったぜ。お前、i914の代わりに『さくら』を使うつもりだろ」

高音を上げ喚く「黒の粛清」の横で、「鋼脚」が落ち着きはらった態度で言う。

「その通りです。『さくら』はi914をベースに造られた人工能力者、彼女は確かに面白い能力を持って生まれましたが、今回の実験で
クローズアップされる特性に比べれば大したものではありません。その特性を使って、田中れいなの『能力』を奪うんです」
「その特性とは?」
「簡潔に言いましょう。『共鳴』とは逆の特性、すなわち『反共鳴』です」

紺野が、片手を上げる。
同時に、モニターの画像が再び変化した。
れいなの写真。そして、さくらの写真。互いの間には、二本の行き交う矢印が示されている。

「先ほども話したように、『共鳴』とはこの矢印が無限に行き来することで膨大な力が発揮される現象。それではこうなると、どうな
るでしょう」


さくらに向けられた矢印と、れいなに向けられた矢印。
れいなに向けられた矢印がくるり、と回転した。向けられた先は、さくら。
あまりにも簡単な図式。「詐術師」が馬鹿にしたような甲高い声を上げる。

「おいおい、矢印が一方向に向けられたからってその力が『さくら』に全て向かうとでも言いたいのかよ。単純すぎてヘソが茶を沸か
しちゃうぜ?」
「確かに単純な論理ではありますが、机上の計算、模擬実験、ともに良好な結果を得られています。仮に失敗したとしても。田中れい
なを戦力から殺ぐ効果は十分にあるかと」

もちろん。
紺野は自らの実験が失敗に終わるなどとは、少しも考えていない。ただ、れいながリゾナンターから欠ける、というエサのほうが幹部
たちの食いつきはいい。それを優先しただけの話だ。

「なるほどな。おもろい計画やん。それで、実際にはどう動く?」

それまで黙って聞いていた「首領」が、身を乗り出す。
計画の了承は下りたに近いと、紺野は判断した。

「さくらは明日の夜、ダークネスに帰還します。ただし、彼女は本拠地の場所を知らない。迎えのものが、彼女を誘導します。但し、
ここではなく『紺碧の研究所』にですが」
「懐かしいわ。うちらがあの場所を放棄した後、あんた、あそこでコソコソやってたものね」

大海原に浮かぶ、孤島。
かつてダークネスの本拠地として機能していた場所は、幹部だった『蠱惑』が非業の死を遂げたことを理由として現在は廃墟と化し
ていた。紺野は誰にも邪魔されない環境に目をつけ、自らの研究所の一つとして利用していたのだ。
「不戦の守護者」の遠まわしな嫌味を無視し、紺野は話を続ける。


「ご存知の方もいるとは思いますが現在『さくら』は喫茶リゾナントに身を寄せています。『反共鳴』の、力を一方的に引きつける特
性からすれば当然の結果ですが。そして、田中れいなは彼女の抱える事情からも『さくら』を追わざるを得ない」
「全ては科学者様の掌の上ってとこかしら」
「冗談はよしてください、『永遠殺し』さん。そこであなたたちに協力していただきたいんですよ。物事をスムーズに運ぶために。具
体的には、幹部のみなさんに『紺碧の研究所』の警備についていただきたい」

「詐術師」は、紺野の話を終始落ち着かない様子で聞いていた。
それが、たった一言で全身に電気が行き渡るような衝撃を覚える。

これか。紺野が言っていた「隙は我々が作ります」という言葉の裏づけは。幹部が総出で出払っちまえば、『首領』の元へたどり着く
のはいとも容易い。

そうなると、問題はもう一つの言葉の証明。さて、どう出るのか。

「あたしは残るわ。『首領』の身に何かあったらそれこそ『守護者』の立場がないもの」

思わず紺野のほうを見る「詐術師」。
だが紺野は表情をまったく崩さない。

「ええ。是非そうしてください。ダークネスを幾多の危機から護り続けたあなたがいれば、本拠地に関して何の心配もいらないでしょう」
「そんな安いお世辞は要らないから」

不機嫌そうに「不戦の守護者」が顔を背ける。
その様子を面白いものでも見るような顔をしながら紺野、『首領』のほうへと向き直る。
計画は全て提示された。あとは、組織の長がGOサインを出すだけ。


「話はようわかった。やってみよか。ただし」
「…なんでしょう」
「結果が得られなければ、それなりの責任は取ってもらうで。幹部のほとんどを動かすからには当然やろ?」

紺野を、「首領」の双眸が射抜く。
組織を束ねる人間の、重圧にも似た一言。

「…もちろんです。その時は、『首領』の仰せのままに」

自信に満ち溢れている、表情。自らの未来は明るいと信じてやまない、揺るがない心。
「不戦の守護者」は、いや、未来を司る者としては。紺野の態度が気に食わなかった。確かに現在、紺野の未来を読むことはできない。
それは彼女のしようとしていることが、組織にとって有用なものという証拠。漲る自信と、齎される未来は合致している。

だがそれは、あくまでも偶然の産物。

人はみな、見通すことのできない未来を恐れ、怯えるべきだと守護者は考えていた。その恐れを取り払ってやるのが、「不戦の守護者」
という神にも似た存在の使命。
それが、揺らごうとしている。たった一人の、能力者でもない人間に。それが、許せないのだ。

黒い感情に取り込まれつつある瞳に、一片の未来が飛び込む。
気を取り直した守護者は、視えた未来をそのまま読み上げた。

「裕ちゃん。扉の向こうから侵入者、数は四人。一斉に自動機銃を裕ちゃんに向け撃ってくるわ」

突如として告げられた、未来。
相手が誰か。目的は。侵入方法は。疑問は多数浮かび上がるが、することは一つ。
紺野が珍しく、大声をあげた。

「『首領』、『空間裂開』を使ってください!!」


それはここに集う者全員にとって、数ある選択肢の中で最良のものに思えた。
マシンガンをいきなり使うとは、たとえ能力者だったとしても驚異となるレベルではない。となれば、生きたまま捉えてしまうのが得
策。それにはいち早く相手を戦意喪失させるのがいい。全ての物質を飲み込む「空間裂開」、それを目撃したものは抵抗する気すら起
きないだろう。

今この場で無益な殺生を好むのは「黒の粛清」、だが「首領」自ら動くというのであれば護摩擦りにも似た越権行為は控えるしかない。
果たして未来視の予言通り、黒ずくめの刺客たちは現れた。

「死ね!!!!!!」

叫びながら、構えた銃のトリガーを引く。
放出された、無数の銃弾。それを、黙って見ている、「首領」。

次の瞬間。
闖入者たちは、全員地に伏していた。
蜂の巣にされた、「首領」の座っていた椅子。すぐそばで、「永遠殺し」に抱きかかえられている「首領」がいた。

「もう。ご自分でやらないならやらないって言ってくださいよ」
「ああ、久しぶりにあんたが『時間停止』使うん見たくなってな」

「空間裂開」が発動する前兆、びりびりと空気が震えるような音。
その音がまるで聞こえないことに気づいた「永遠殺し」が、能力を使って「首領」を銃弾から遠ざけたのだ。ほぼ同時に、「鋼脚」が
飛び出し、刺客たちを叩きのめしている。

「やっべ。やっぱ手加減できなかったわ。2、3人首の骨イッてるかも」
「えー。だったらあたしが殺しても問題なかったじゃん」

物騒なことを笑いながら言う「鋼脚」と「黒の粛清」、それを尻目に今の状況について一人納得しているものがあった。


まさか、本当に使えないとはな…

「詐術師」は、目の前で繰り広げられた一連の出来事の隠された真実に気づいていた。
守護者の予言を聞いておきながら、「首領」は微動だにしなかった。自ら手を下すことはしなかった。何も知らない人間からすれば、
そう見えることだろう。

だが紺野から事前知識を植え込まれていた「詐術師」は違った。
「首領」は「空間裂開」を使わなかったのではない。
使えなかった、のだ。理由はわからない。ただ、能力者と一般人を明確に区別する異能力がない、つまりは今の「首領」はただの人。

「ま、たまにはこんなんもええやろ。話を戻すけど、『プロジェクトЯ』はそのさくらって子を確保し次第はじめよか」
「今日の会議はここまでね」

呆れたように言う「永遠殺し」。
戯れに銃弾を受けたとしか思えないような所作、いくらダークネスの技術で即座に治療できるとは言え、避けられるものをわざわざ
避けなかったなんて馬鹿げたことはない。

「鋼脚」に呼ばれたSPが、倒れた男たちを速やかに運びだす。
彼らを待っているのは諜報部による苛烈な拷問、そして「粛清人」による残酷な処刑。
もちろん、こんな連中を簡単に通してしまったSPたちもただで済まないのは明白だった。

「永遠殺し」に肩を貸してもらい、「オガワ」によって瞬間移動される首領。負傷した体では「ゲート」を通るのは難しい。大して
組織に貢献できていない彼女にとっては久々の見せ場らしい見せ場である。
その他の幹部たちも、三々五々「ゲート」を通り蒼天の間を後にしてゆく。


「…これで、ご理解いただけましたか?」
「ああ、嫌んなるくらいにな」

会議の場には、紺野と「詐術師」だけ。
プロジェクトによって絶海の孤島へと赴く幹部たち、当然本拠地はがら空きだ。その隙を突いて、能力が使えない「首領」を暗殺する。
あまりにも単純明快な、作業。

「それにしても、あんなワケ有りっぽい侵入者をいつ用意したんだ?外には諜報部ご自慢の凄腕のSPたちがいるってのにさ」
「こういう時のための、諜報部ですから」
「…SPたちもグルってわけか」
「正確には、彼らのボスが、ですけど」

諜報部の精鋭たちのトップ、それはつまり諜報部門を統括している女性を指す。
その蹴りは鋼鉄すら切り裂くという魔脚の持ち主。

いつの間に、抱き込んでやがったのか。
研究所と本拠地の自室を行き来してるだけかと思いきや、なかなかどうして侮れない。いや、元から「こういうやつ」だったか。「詐術
師」は改めて、目の前の白衣の女性の得体の知れなさを思い知るのだった。

「では、改めてお聞きします。例の件、やっていただけますね?」

紺野が、「詐術師」に視線を向ける。
断られる可能性など、微塵も感じていない顔。どの道「詐術師」には選択肢など用意されていない。問題は簡単な道のりか、そうでない
か。ただそれだけだった。


「『不戦の守護者』は」
「問題ありませんよ。彼女は組織に悪影響を与える未来しか予測できない。現に何の影響もないじゃないですか。私も、そしてあなたもね」

「詐術師」の脳裏に、かつて苦難をともにした「首領」との記憶が蘇る。
ダークネスの前身組織ともいうべき能力者集団「アサ・ヤン」。新入りだった「詐術師」は当時のリーダーだった「首領」に厳しく鍛えら
れてきた。
だがそれも、最早過去の話。

「わかったよ。きっちり、やってやる」

喉に詰まっていた氷の塊を飲み込むが如く。
ただし嚥下した後は涼しげな風が吹くのみ。「詐術師」の表情には、自然に笑みが溢れていた。
これから組織のトップを亡き者にしようとするには、爽やか過ぎるくらいに。





投稿日:2013/09/30(月) 08:21:11.82 0



















最終更新:2013年10月02日 08:20