『みかん』


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『みかん』

〈生きる為に〉

1-1

飯窪春菜は一旦足を止め、洞窟の入り口を振り返った。
「皆さん、どうかご無事で……」
飯窪に背負われているれいなは、少し前に目を覚ましていた。
「飯窪、れいなもう一人で歩けるけん、下ろしてよ」
「申し訳ありませんが、それはできません。田中さん、洞窟に戻るおつもりですよね?」
「……飯窪は、さゆ達が心配やないと?」
「私、道重さんからお願いされたんです。田中さんのことを頼むって。
それに、この島から脱出するための船を確保するようにとも、頼まれました。
ですから、田中さんと一緒に、入り江にある船まで、絶対に行かなきゃいけないんです」
「さゆの命令は聞けて、れいなの命令は聞けんと!?」
「……」
「おい!何か言いよ!」
飯窪は、れいなの怒声を無視して、再び歩き出した。

洞窟を出てからは、森の中を南へ貫く舗装道路を通って、ひたすら海を目指した。
森を抜けると広い岩場に出た。道はそこで西へ直角に曲がっている。
岩場の向こうに、月に輝く海が見えた。
飯窪は道路を離れて岩場の端に立った。そこは、目も眩むような断崖だった。
「うわわわ……、とっても高いですね……。あ!」
西の方へ目を向けると、入り江があった。そこに、船が一艘浮かんでいた。
「あれ、マルシェが言ってた船ですよね?」
れいなはむくれて何も答えない。
飯窪は道に戻って、西へ歩き出す。その時、闇の中から一つの影が現れた。
「れいな、久しぶり!ウフフッ、おんぶなんかしてもらっちゃって、赤ちゃんみた~い」


1-2

「R……」
状況は最悪だった。
れいなの体は衰弱している。一緒にいるのは、リゾナンター最弱の飯窪だ。
「田中さん、この方、お知り合いですか?」
「飯窪。れいなを置いて逃げり。こいつは今までの敵とは違う」
Rはニヤニヤ笑いながら近づいてきた。
「そっか、船を乗っ取って、島から逃げ出すつもりなのね」
「Rさん、初めまして。私、飯窪春菜と申します」
「こちらこそ初めまして……っておかしいでしょ!あんた、なに丁寧に挨拶してんの?」
「Rさん、田中さんはいま、憔悴しきっていて戦うことができない状態なんです。
本当に申し訳ありませんが、ここを通していただけませんでしょうか。」
「どうもそのようね。じゃあ、今回は見逃してある……って言う訳ないじゃん!
れいな、こいつ何なの?馬鹿なの?」
「もちろん、タダでとは申しません。良いものを差し上げます。これをどうぞ」
飯窪の無防備な様子に油断したのか、Rは、飯窪が差し出した掌を不用意に覗き込んだ。
「良いものって何よ?」
「これです!」
飯窪の声と同時に、掌の中央からハニー色のクリームが勢いよく噴き出した。
「うわっ!」
大量のクリームはRの全身を包み込み、瞬時に非常に硬いゴム状の物質へ変化した。
「あれっ?体が……動かない!?」
Rは巨大なキン肉マン消しゴムのようになり身動きがとれない。
「飯窪!でかした!で、次はどうすると?」
「田中さん、私にとっておきの策があります!」
「何?」
「息が止まるまでとことんやりますよ!」
「だから、何を?」
「逃げるんですよォーーーーーーッ!」


1-3

Rは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
叫び声と同時に、Rの体表から、たくさんの半円形が飛び出す。
粛清人Rの特殊能力は、体の表層の剛質化である。
さらに、Rは、その力を応用して、体表の形状を自由に変形させる技も身につけていた。
Rの体を覆っていた物質は、その半円形の縁の鋭利な刃で、バラバラに裁断された。
「ふう……。あ~あ、どっちか一人は、半殺しで許してあげようって思ってたのに。
こんなことされちゃったら、二人ともぶち殺さないと気が済まないじゃない」
Rは楽しげにそう言うと、破れた衣服を脱ぎ捨て、飯窪が逃げた西の方へと走り出した。

その様子を、飯窪は近くの笹薮に隠れて見つめていた。
Rがすぐにハニー色の拘束から脱するであろうことは、飯窪も予想していた。
そこで、一旦西へ向かったが、森の中に入るとすぐに向きを変え、北へ回り込んだ。
そして、背の高い笹薮の中に身を潜め、Rの様子を伺っていたのである。
今から一年前、リゾナンターに入った飯窪は、己の弱さを思い知らされた。
飯窪は不器用で体力が無く、戦闘に関する才能が全くと言っていいほど無かった。
一方、飯窪の「同期」の三人は、石田を筆頭に、すぐに戦士として成長していった。
飯窪より5つ年下の佐藤と工藤も、格闘センスや運動神経には恵まれていた。
先輩はもちろん、「同期」と比べても、飯窪の弱さは抜きんでていた。
自分のあまりの不甲斐なさに、人知れず枕を濡らした夜もあった。
だが、飯窪はくじけなかった。
自分がリゾナンターとして生きていくためには、強くなるしかない。
飯窪は、少しでも体力をつけようと、日々トレーニングに励んだ。
食事も、量をそれまでの倍以上に増やし、食前にはカロリーメイトも食べた。
その効果は、徐々にだが着実に表れ、飯窪の体には以前より明らかに筋肉がついてきた。
とはいえ、れいなを背負って長い距離を走り続けるのは、さすがに厳しい。
「田中さん、ここで少し待っていてください」
「飯窪、どこ行きよう!?まさか、れいなを助けるために、犠牲になるつもりじゃ……?」
飯窪はぎこちない笑みをつくると、れいなを残し、崖の方へ駆け出した。


〈泣いている〉

2-1

ショーツとベルトのみの半裸のRが、森の中の道を西へ向かって走る。
だが、一向に獲物の姿が見えない。
(あのスピードならとっくに追いついてるはずだけど……。どっかに隠れてるのかな?)
Rは立ち止まり、大声で叫んだ。
「れいなー!出ておいでー!出てこないと、あの船、ぶっ壊しちゃうぞー!」 
Rの両腕が、大きな斧に変わる。
Rは、それらを振り回し、周りの木を大根のように斬り倒した。

しばらく叫び、暴れていたRが、急に動きを止めた。
Rは東の方を見て、ニヤリと笑った。
「私、かくれんぼって嫌いなのよ。さあ、出ておいで!」
ドスの利いたRの声より1オクターブ高い声が、それに答える。
「Rさん、お待たせしました」
飯窪が、50mほど離れた木の陰から現れた。
「あれ?れいなは居ないの?一人で来るなんて、いい度胸じゃん」
「お褒め頂いて光栄です」
そう言うと、飯窪は道路に出て、くるりと振り返って東へと逃げ出した。
「なによ、結局逃げんの?」
Rは足を肉食獣のそれに変形させ、大地を強く蹴った。
そして、10m近いロングジャンプを2、3度繰り返し、逃げる飯窪の背中に迫った。
「つーかまーえたっ!」
Rの右手の切っ先が飯窪の背中を斬る。
だが、黒い刃は、火花とともにはじかれた。
(何!?)
Tシャツが裂け、背中が見える。
そこには、たくさんの石が河童の甲羅のように貼り付けられていた。


2-2

飯窪は前方に転がる。
そして、すぐに膝立ちの姿勢になり、両手をRの方へ向けた。
飯窪の両掌から、ハニー色の液体が大量に噴き出る。
Rは、両腕で顔を覆いながら叫んだ。
「また固めるつもり?無駄なことを!」
だが、体を伝う液体の肌触りが、前回のとは全く違う。
粘り気が無く、体表を流れ落ちて足下のアスファルトにどんどん広がっていく。
液体は、瞬く間に直径5mほどの巨大な水溜りになった。
液体の放出を止め、飯窪はゆっくり立ち上がった。
Rは苛立った表情で、飯窪を睨みつける。
「何考えてるか分かんないその眼つき、なんかさゆに似てるわね。すごくむかつくわ。
でも、いくらあがいても無駄よ。あんたみたいな小娘がこの私に勝てると思ってんの?」
「……相手が勝ち誇ったとき、……そいつはすでに敗北している!」
飯窪は、体を斜めにずらし、人差し指と親指を立てた左手を、顎の下に構えた。
「さっきの崖でお待ちしてます。キラーン!」
「……あんた、完全に私を馬鹿にしてるでしょ……」
飯窪はニヤリと笑ってから、後ろを向き、ふたたび全力で逃げ出した。
「逃がすか!」
Rが右足を一歩前に踏み出す。
「うわぁっ!」
足がぬるりと滑る。倒れまいと慌てて踏み出した左足も滑り、体が一瞬宙に浮く。
「きゃあ!」
Rは、仰向けにハニー色の水たまりに倒れた。飯窪は振り返り、それを確認する。
「くそっ!」
斧を手の形に戻し、体を起こそうとする。しかし、その手もぬるりと横に流れる。
飯窪が高い声で笑いながら、闇の中に消えていった。
Rの怒りが絶頂に達した。
「あのガキャア!絶対にぶっ殺す!」


2-3

Rは薄黄色の水溜りから何とか這い出した。
怒りに震える全身が、徐々に獣の姿へと変形していく。
一匹の黒豹となったRは、殺気を漲らせ、弾丸のように駆け出した。

飯窪がれいなの元に戻ってきた。細い体はガクガク震え、大きな目から涙がこぼれる。
「飯窪!大丈夫と!?」
「はい、大丈夫です。すごく怖かったですけど、Rを怒らせるのには成功しました」
「え?じゃあ、飯窪は、Rを怒らせに行ってたと?」
「はい。以前、道重さんから教えて頂いたんです。Rと戦う時は、徹底的にバカにして
怒らせなさい、Rは頭に血が上ると、冷静な判断ができなくなるからって。
田中さん、次が本当の勝負です。私の作戦を聞いていただけますか」
れいなは頷き、飯窪の話に耳を傾けた。
飯窪の策を聞き終わると、れいなは静かにこう言った。
「いい作戦っちゃね。……けど、まだ詰めが甘いと思う。……れいなに考えがある」

Rが先刻の崖に戻ってきた。
途中、道に接着剤のようなものが塗られていたため、そこでも時間をとられてしまった。
れいなと飯窪が、断崖を背後に並んで立っている。
「R、かかってきい!」
れいなが大きな声でそう言うと、Rは人間の姿へ戻った。
ただし、眼光は、殺気に満ちた黒豹のままである。
れいなは、その恐ろしい眼差しを平然と睨み返す。
一方、飯窪は、恐怖でガクガクと震え出した。
Rが前へ跳び出す。
……が、すぐに足を止めた。
れいなの瞳に動揺が走る。それに気づいたのか、Rが愉しそうに言った。
「ほんと、小賢しいわね~。私がそんな幼稚なワナに引っかかると思ったの?」
れいなは舌をチッと鳴らした。


〈赤子のように〉

3-1

Rは跪いて地面に手を伸ばし、何かに触れて、その指先を顔の前に持ってきた。
「私が跳び込んだら、あんた達はぎりぎりまで私をひきつけてから横に跳ぶ。
滑って踏ん張りの効かない私は、崖の下へ真っ逆さま……って寸法ね。
さっき私にこれを浴びせたのは、これの効果を試すためだったんでしょ?」
れいな達の周囲には、直径約5mの半円の蜂蜜色の水溜りがあった。
Rはニヤリと笑って、両手を前に伸ばした。
鋭い指先がれいなと飯窪の方を向く。
「同じ手が通用すると思ったの?……舐めんじゃねえぞ、このクソガキども!!」
十本の指が槍のように伸び、れいなと飯窪を襲う。
れいな達は短く叫びながら後ろへ倒れ、そのまま崖から落ちていった。
Rは慌てて、水溜りを避けて弧を描くように走り、少し離れた崖の端に立った。
「あ~あ、二人とも落ちちゃった……。この高さじゃあ、もう助からないわね……」
断崖の底の海を覗き込みながら、Rがいかにも残念そうに呟いた。
「……な~んてね」
急にRの顔が笑いに歪む。両手の指先が再び尖り始めた。
「アハハハ!そんな単純な手に騙されるわけねえだろ!!」
絶叫とともに、十本の黒い槍が崖下へ伸びる。
それぞれが大蛇のようにくねりながら、崖下20mほどのところで鎌首を擡げた。
10個の切っ先が、崖にへばりついている大きな蜂蜜色の塊を取り囲む。
「もう逃げられないよ!地獄へ落ちなああっ!」
鋭利な円錐が、塊に四方から突き刺さる。
塊から血が噴き出して、月の光に煌めきながら、ゆっくり海面へ落ちていった。

Rは指をもとに戻し、その先に付いている血をぺろりと舐めた。
「おいしい……」
Rが微笑んだその時、背後の山で、大きなサイレン音が鳴った。


3-2

時間は少し遡る。
洞窟内の秘密研究所の指令室にさゆみ達が倒れている。
マルシェは、採血用の器具を取りに、自分の研究室へ向かおうとしていた。
痛む脇腹を押さえながら、右足を一歩前に踏み出す。
(ん!?)
足首が何かに締め付けられた感触があり、下を見た。
マルシェの頬が引きつる。
そこには、俯せの状態でマルシェの足首を握っている生田がいた。
「お前!意識があるのか!?」
マルシェはとっさに太ももの銃に手を伸ばす。
だが、その手はすぐに向きをかえ、自分の頭をかきむしることになった。
「ぐぎいいいい!」
精神波が、マルシェの意識を握りつぶしていく。
「えり、田中さんに言われたっちゃ……。精神系の能力者は生田しかおらん……。
やけん、生田は、精神攻撃に備えて、いつも戦闘態勢でおらんといけんって……」
生田が手を放すと、マルシェは苦悶の叫びを上げ、床の上を転がりまわる。
生田は、手のひらをマルシェに向けながら、ゆっくり立ち上がる
十数m転がり続けたマルシェは、指令室の奥の方の壁に激しくぶつかった。
同時に、大きなブザー音が鳴り、マルシェの横たわっている辺りの床が、上昇し始める。
「え!?」
半円形の床板が、マルシェを載せて、天井に開いた同形の穴に吸い込まれていった。
「マルシェ!待てぇっ!」
生田の叫びが空しく響いた。

緊急脱出用のチューブを上昇しながら、マルシェは、少しずつ落ち着きを取り戻す。
(ふう……。あの生田って子、No.6の攻撃を耐えきったのか……。
まあ、実験は済んだし、ここはこのまま引き下がった方がいいわね……。
ここもそろそろ国から怪しまれ始めているみたいだし、いい潮時かも……)


3-3

マルシェは、最上階にあるヘリコプターデッキに到着した。
天井はすでに大きく開いている。
夜空を見上げると、天頂から少し東側に半月が浮かんでいた。
(30分あれば、さゆ達も逃げれるでしょ)
マルシェは、胸ポケットから小さなタブレットを取り出した。
そして、指を画面上ですべらせ、トンと叩いた。
途端にサイレンがけたたましく鳴り出し、続いて無機質なアナウンスが流れた。
《総員退避。総員退避。この施設は30分後に爆破されます。繰り返します……》
「さゆ、またね……」
マルシェはそう言うと、搭乗口のタラップを昇った。

爆破を告げるアナウンスは、指令室にも流れていた。
「あと30分で爆破!?早くここから逃げんと!」
生田はふらつきながらさゆみの方へ急ぐ。
さっき関根梓が放った精神波は、意識を封じ込め、一時的に昏睡状態にするものだった。
生田は、さゆみの肩に触れて、意識を堅く覆っている殻を、精神波で強引に破壊した。
「道重さん!道重さん!」
「……ん、……生田?……はっ、マルシェは!?」
「マルシェは逃げました!それより、急いでみんなを起こさんと!」
生田はそう言って、他のメンバーの方へ走った。

Rは、洞窟のある山の方を振り返り、呆れたようにつぶやいた。
「あ~あ、マルシェまたラボつぶしちゃうんだ。まったく好き勝手やるわよね~。
上に気に入られてる子は何しても許されるんだもん。羨ましいったらありゃしない」
Rは腰のベルトのバックルを開け、そこから小型の機械を取り出した。
「おっ、不用品はまだラボの中にいる……。あと30分か……。
片道10分として、まあ、5分もあれば、充分楽しめるでしょ」
そう言って機械をしまうと、Rは再び黒豹に変身し、洞窟の方へ駆け出した。


〈Ending:生まれたての純粋な心であれ〉

それから数分後、飯窪がれいなを背負い、腕を震わせながら崖上に這いのぼって来た。
「ふう……、……田中さん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。飯窪、サンキュ。飯窪の作戦のおかげで助かった」
「いえいえ!田中さんのアイディアがなかったら、きっとすぐに見破られてました!」

崖から落ちた二人は、すぐ下に張り付けてあった平たい「袋」に滑り込んだ。
その「袋」は、飯窪が予めクリーム色の液体をゴム状に固め、仕込んでおいたものだ。
「袋」の表面には、カモフラージュのために茶色の粘液をかけ、岩肌と同色に染めた。
一方、Rに攻撃された方のハニー色の塊は、れいなが飯窪に仕込ませたダミーだった。
それは、極めて単純なトリックだった。だが、怒り狂っているRにはそれで十分だった。
「田中さん、腕の傷は大丈夫ですか?」
れいなの左腕には深い傷がある。
蜂蜜色の物質の接着能力で応急処置はしてあるが、痛みは激しいはずだ。
ダミーの塊に大量の血を仕込むため、れいなはナイフで自らの腕を切り裂いたのである。
「我慢できん痛さじゃない。それより、早く入り江に行って、船を確保せんと」
「ですが、Rはきっと洞窟に行きましたよね?洞窟に戻らなくても大丈夫でしょうか?」
「……飯窪、さっきはわがまま言ってゴメン。
れいながさっき戻りたいって言ったのは、みんなが心配だったからじゃない。
れいな、満足に戦えん自分に腹が立って、とにかく暴れたくて仕方なかったと。
それにさ、飯窪は、れいなと船のこと、さゆから『お願い』されたっちゃろ?
だったら、さゆの信頼に応えてやらんと。あっちはさゆがおるけん、絶対に大丈夫!」
れいなの赤子のような笑顔が、純粋な心を表出している。
飯窪は、裏表が無いからからこそ生み出せるその言葉の力に、改めて感じ入っていた。

―おしまい―





投稿日:2013/09/08(日) 15:27:52.39 0


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