『I miss you』


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『I miss you』

〈夕映えにとけてゆくような〉

1-1

気が付くと、道重さゆみは、白い砂浜の上に立っていた。
「小春!」
さゆみがそう叫ぶと、うずくまっている久住小春は、放電を止めた。
「……ふう、疲れた……」
さゆみが小さな声で尋ねる。
「ここ、盗聴器とかないよね?」
「大丈夫ですよ。……それより、道重さんこそ、大丈夫なんすか?
ウイスキーボンボン、間違いなく食べてましたよね」
「あれ位で酔っぱらったりしないよ。それで、ここにはどのくらい居られるの?」
「一時間半くらいです。きっか、『10秒ちょっと』って言ってましたから」
「ふーん……。ねえ、あのきっかって子、ここに飛ばす時間を自由に調節できるの?」
「……どうでしょうね」
「え、小春も知らないの?」
「知ってますよ。……でも、道重さんには教えられないっす」
「どうして?」
「だって、道重さんは、敵ですから」
さゆみの眉がゆがむ。
「……小春。それ、どういうこと?」
「『どういうこと』って当たり前じゃないすか。小春はダークネスのメンバーなんすよ」
「うそ!さゆみ、知ってるよ!小春は今スパイとしてダークネスに潜入してるんでしょ?
さっきだって、キレたれいなを飛ばさせたり、思念を残しておいてくれたりしたじゃん。
あのアホな小春が、こんなに気が利くようになったんだって、さゆみ感心してたんだよ」
さゆみは、最後の一言を、敢えてからかうような口調で言った。
だが、小春の唇が昔の様に尖ることはなかった。



1-2

小春は、夕映えに溶けてゆくヤシの木を見つめていた。
「ちょっと、小春、何か言ってよ!」
感情の見えない視線が、さゆみへ向けられる。
「道重さん。小春がリゾナンターを離れた時のこと、どこまで聞いているんですか?」
「……ガキさんが愛ちゃんを探す旅に出る前の日の夜、全部聞いた」
さゆみの脳裏に、新垣里沙の暗い表情がよみがえる。

二年前、亀井絵里が、さゆみの別人格「さえみ」の暴走によって消滅した。
最愛の親友を殺してしまった。
さゆみは絶望し、自ら命を絶つことさえ考えた。
だが、仲間たちの優しさが、ゆっくりとではあるが、さゆみの深い傷を癒していった。

絵里が消えてから数日後、リンリンが急に中国へ帰りたいと申し出た。
リンリンのもとに、「刃千吏」が崩壊の危機にあるという知らせが届いたらしい。
ジュンジュンも、リンリンが心配なので一緒に帰国したいと願い出た。
引き留めたい思いを堪え、6人は、かけがえの無い仲間を、笑顔で送り出した。

リゾナンターが急速に弱体化していく。
新垣は、ダークネスの強大さを知っているが故に、他の誰よりも焦っていた。
新垣がスパイを辞めてからは、当然のことだが、ダークネスの情報は入らなかった。
ダークネスが、いつリゾナンター壊滅に本腰を入れて来るのか。
新垣の胸には、常に不安が渦巻いていた。
そんな新垣を、高橋はいつも陽気に励ました。
しかし、新垣の焦燥は、高橋の心にも徐々に感染していった。

ある夜、小春が、高橋と新垣を、喫茶リゾナントの近くの公園に呼び出した。
辺りに誰もいないことを確認してから、小春は二人に小さな声で言った。
「小春、ダークネスにスパイとして潜り込みましょうか?」



1-3

もちろん、高橋と新垣は、その申し出を即座に却下した。
だが、小春が続けて発した次の一言が、二人の心を強く揺さぶった。
「亀井さん、生きてるかもしれませんよ」
小春はそれまで、念写能力を使って、定期的にダークネスの状況を探っていた。
しかし、ダークネスの防御は堅牢であり、大した情報は入手できていなかった。
「……ところがですね、昨日撮った写真に、こんなのが写ってたんです」
そう言って小春が見せた写真には、風に揺れる薄絹のように、橙色の光が写っていた。
これは、絵里がダークネスに囚われていることを告げているのではないか。
二人の胸は、久しぶりに明るく高鳴った。

思慮深い二人は、このことを、他のメンバーにはしばらく伏せておくことにした。
まだ乾ききってないさゆみの心の傷口を、確証の乏しい推測で徒に刺激したくない。
さゆみやれいな、愛佳に教えるのは、決定的な情報を入手してからで良いだろう。
この二人の意見に、小春も賛同した。
その上で、先ほどより強い口調で、改めて言った。
「だから、亀井さんの情報を手に入れるためにも、小春、スパイになりますよ」

小春を帰したあと、二人は長時間話し合った。
そして、条件付きで小春の提案を受け入れることにした。
その条件とは、三ヶ月経ったら必ず仲間のもとへ戻って来ること。
それは、絵里の消息が掴めなかったとしてもである。
また、小春がスパイになることは、3人だけの秘密とした。
それは敵を完全に欺くためであり、小春の安全を守るためでもあった。

それから数日経った夜、小春は消えた。

やがて、約束の三か月が過ぎた。
だが、小春は、帰ってこなかった。



〈姿がなつかしいあの頃〉

2-1

「小春、リゾナンターに戻っておいでよ。
絵里の消息が掴めないから、小春は今までスパイを続けてくれてたんでしょ?」
だが、小春の表情は依然として変わらない。
「……道重さん」
「ん?」
「道重さんは、何のためにリゾナンターやってるんですか?」
「え?」
「ダークネスの人達って、それぞれ、自分の夢を持っているんです。
たとえば、Dr.マルシェの夢は、特殊能力のメカニズムを完全に解明することです。
そのために、物理学や、心理学、化学、医学……色々なことを絶えず勉強してます。
もちろん、マルシェが人の命を軽く見ているところは、小春も好きじゃないです。
でも、あの人、研究のためなら、自分の命だって捧げるつもりですよ。
この前も一歩間違えば死ぬっていう状況だったのに、すごく楽しそうに実験してました」
「……」
「吉澤さんもそうです。
あの人の夢は、最強の戦士になることです。
そのために毎日トレーニングを積んでますし、危険な戦いにも喜んで身を投じます。
吉澤さんにとっては、命を懸けて戦うことが、生きる喜びなんです。
そんな吉澤さんを見てると、たまにですけど、すごく羨ましくなるときがあるんです」
「小春、なに言ってんの?もしかして、ダークネスに洗脳されて……」
「いいえ。実は小春、リゾナンターにいた時から、ずっと悩んでたんです」
「悩んでた……?」
「リゾナンターが困っている人を助ける。それが良いことなのは分かります。
でも、そうやって助け続けても、きりが無いじゃないですか?
リゾナンターが救ってあげられる人たちなんて、世の中のほんの一握りに過ぎません。
それって、自分の人生を賭けてまで、やる価値があることなんですか」



2-2

「じゃあ小春は、ダークネスがたくさんの人を苦しめてることを、どう思ってるの!?」
「多少の犠牲はやむを得ないって思ってます」
「そんな……やむを得ないって……」
「やむを得ないですよ。だって、ダークネスは『戦争』をしているんですから」
「『戦争』……?」
「……ダークネスの上の人たちは、能力者が統治する世の中を作ろうとしてます。
でも、まだまだ力が足りません。
だから、ダークネスは、これまで政府との衝突を極力避けてきました。
それどころか、政府に擦り寄って、汚い仕事を代行することもありました。
ところが、ここ一、二年で、状況が変わったんです。
二年前、政府のある研究機関が、特殊能力者の『量産』化に成功しました。
政府は、汚い仕事をさせるコマを自前で作れるようになったんです。
それからは、政府のダークネスに対する態度が急に変わりました。
今の政府は、ダークネスを危険視し、隙あらば壊滅させようと狙っています。
現に、政府の手の者と思われる刺客が、これまでに何度かダークネスを襲ってきました。
おそらく近い将来、政府とダークネスの全面戦争が始まるでしょう」
「……」
「その時のために、ダークネスは、優秀な能力者をできるだけ確保しておきたいんです。
今までダークネスがリゾナンターを潰さずに放っておいたのは、そのためです」
「……じゃあ、ダークネスは、さゆみ達が味方になるって思ってるの?」
「そうみたいっす。もちろん、小春はそんなことありえないって分かってますよ。
新垣さんも、道重さんも田中さんも、みんなものすごく頑固ですからね。
……でも、もし、ダークネスが壊滅したら、次は道重さんたちの番です。
政府は、忠実な『犬』となる能力者だけを残し、あとは一人残らず処分するでしょう。
リゾナンターも、政府の『犬』になるのを拒めば、きっと皆殺しですよ」
小春の眼が、水平線に沈みゆく黄色い太陽へ目をやった。
「人間は、自分よりも優れている存在が許せない生き物なんですよ。
それは、道重さんだって、よく分かってるでしょう?」



2-3

しばらく沈黙が続いてから、さゆみが小春に尋ねる。
「それじゃあ小春は、これからもずっとダークネスとして生きていくの?」
「……分かりません。……小春、自分が何をしたいのか、よく分かんないんです」
小春の顔に、昔の面影が見える。
「だから小春、聞きたかったんです。
道重さん……、道重さんの夢って、何ですか?
道重さんの夢って、リゾナンターを続けていれば叶えられることなんですか?
道重さんは、いつまでそうやって、正義の味方ごっこを続けるつもりですか?」
さゆみは、太陽がわずかに黄色い光を残している水平線へ目をやった。
「小春。さゆみはね、愛ちゃんが好きなの」
「え?」
「ガキさんも絵里もれいなも、愛佳もジュンジュンもリンリンも、みんな大好き!
もちろん、今、向こうでさゆみを心配してくれてる、あの可愛い仲間たちも大好き。
さゆみがリゾナンターを続けてる理由は、それだけ」
「……」
「みんなが好きだから、みんなと一緒に歩いて行きたい。
もし、みんなの進む方向とさゆみの進む方向がずれちゃったらその時はしょーがないよ。
でも、今は、リゾナンターのみんなが同じ方を向いている……。
少なくとも、さゆみにはそう思える」
「……」
「これから小春が歩いていく道がどこへ向かってるのか、さゆみには分からない。
でも、いつかその道が、またさゆみの歩く道と重なったらいいなあって思う。
だって、さゆみ、……小春のことも、大好きだから」
さゆみは茜色の空を仰いだ。小春が口を尖らせる。
「……道重さん、それ、小春の質問の答えになってないですよ」
「そっか。ごめんね、さゆみ、頭悪いから」
さゆみが小春を見て微笑む。
小春は、その柔らかな笑顔が、腹立たしくもあり、懐かしくもあった。



〈つないだ手のぬくもりが〉

3-1

「とにかく、小春、これからしばらくはダークネスとしてやっていきます。
能力者が治める世界がどういうものになるのか、今より良い世の中になるのか、
ちょっと確かめてみたい気もするんです」
少し間をおいてから、小春が突然大きな声を上げた。
「……あっ!大事なことを言い忘れてた!道重さん。亀井さん、生きてますよ」
さゆみの目が大きく開く。
「えっ!?本当!!本当にえり、生きてるの!?」
「どこにいるかは分からないですけど、ダークネスに囚われてるのは間違いないです」
大粒の涙が、さゆみの瞳からあふれ出る。
「……良かった、……本当に良かった……」
「でも、亀井さんを助けに行こうなんて思わないでくださいよ。
ガード、かなり堅いみたいですから、道重さん達の力じゃ、絶対返り討ちに遭います」
そう言いながら、小春は、ポケットからゼンマイ式の機械時計を取り出した。
「……もうそろそろ時間ですね……。道重さん、今から道重さんの体に電気を流します。
激しく闘った感じを出したいんで、少し強めに流しますけど、我慢してください」
さゆみは黙って頷き、涙を拭いて目を閉じる。小春はさゆみに近づき左手を掴んだ。
小春の二の腕に電光がはじけ始める。その時、さゆみが口を開いた。
「小春」
小春がさゆみの顔を見る。さゆみは眼を閉じたまま微笑み、小さな声で言った。
「ありがとう」
さゆみの笑顔が映っている小春の瞳が、わずかに揺れ動く。
小春は、その瞳に、静かに瞼を覆い被せてから、蒼白い光をさゆみに流し込んだ。
さゆみの体が、赤い砂浜に崩れ落ちる。

月が無いせいか夜が早い。さゆみの白桃色の頬が、闇に呑み込まれていく。
小春はそれを見つめながら、数年前のある日の出来事を思い出していた。


3-2

その日、リゾナンターは、行方不明になった能力者の少女を、全員で捜索していた。
少女の両親は、例によって娘の異常さを激しく嫌悪し、もはや真剣に探す気がない。
警察も、よくある不良少女の家出と断定し、調書を一枚書いて任務を切り上げた。
高橋に頼まれた小春は、ポラロイドカメラを使用して、自宅で念写を行った。
何枚かの写真が、鮮明な映像を写し出した。それらを見て、小春は絶句した。
そこには、数人の男に嬲られ、苦悶の形相で死んでいく少女の姿が写っていた。
小春は猛烈な吐き気を催し、トイレに駆け込み、便座にしがみついた。
胃の中のものをすべて便器の中にまき散らす。胃液が食道とのどを容赦なく焼く。
数十分後、小春は、這うように部屋に戻った。
ベッドに上がり、壁に背をあずけて座る。
小春の疲れきった心身を、黒い情念が浸蝕し始める。
写真の中で醜く笑っていた、ケダモノ以下の人間への殺意。
異質者の排除と、自己の保身とに必死なこの社会全体に対する憎悪。
それら負の感情の澱が、小春の心の襞に固くこびりついていく。
ふと、窓に目を向ける。
夜の闇がガラスを鏡に変えている。そこに、自分の顔が鮮明に映っていた。
ぼんやり見つめていると、その顔が、突然、あの少女の無惨な死に顔に変わる。
小春は悲鳴を上げ、枕元にあった携帯を掴んで逃げるように毛布にくるまった。
震える指が、小春にとって最も気を遣う必要のない先輩を呼び出す。
「……もしもし、小春です。……今から……カーテン……閉めに来てくれませんか……」

いつの間に眠ってしまったのだろう。
気がつくと小春は、薄暗い自分の部屋の天井を眺めていた。
毛布の外に出ている右手が、何か暖かくて柔らかいものに包まれている。
体を起こして見てみると、それは、ベッドに凭れて眠っている人の左手であった。
寝顔の白桃色の頬が、黄色い豆電球の灯りを反射して、微かに輝いている。
小春は、そこにそっと触れてから、自分の頬も触ってみた。
どちらも、同じように、しっとりと濡れていた。



3-3

さゆみが闘技場に戻ってきた。
生田がさゆみを背負って運び出す。鞘師達は、さゆみを心配そうに取り囲んだ。
カメラの死角をついて、さゆみの手が、横で寝ている譜久村の手を掴む。
さゆみは譜久村を介して、仲間たちと関根梓に、自分の思いを伝えた。
(みんな、心配かけてごめん。さゆみは大丈夫)
全員が、暗い表情は崩さず、視線だけで喜び合う。
(りほりほ。スイッチの件は間違いない。だから愛瞳さんを助ける方法を、皆に話して)
全ての視線が鞘師に集まる。しかし、鞘師は、その視線を避けるように下を向いた。
さゆみは、それを見て、心の中で小さくため息をついた。
鞘師は、人並み外れた強さと、優しさを持っている。
だが、時にそれらは、仲間の力を過小に評価させ、決断を鈍らせることにも繋がる。
(鞘師。さゆみは皆の強さを信じてる。だから、鞘師も、鈴木の強さを信じて!)
鈴木は、急に自分の名前が出てきたので目を丸くした。
しかし何かを感じ取ったのか、顔を上げて自分を見ている鞘師に、瞳の奥で笑いかけた。
それでも、鞘師は躊躇し続ける。
親友の命が再び危険に曝されるだろうその策を、口にすることがどうしてもできない。
そんな鞘師の苦悩する姿に、さゆみの優しさが、ついに耐えられなくなった。
(……みんな、ちょっと聞いてくれる?)
さゆみは、全員の心に語りかけた。話が進むにつれて、鈴木の表情が引き締まっていく。
(……以上が、さゆみの考えた案なんだけど、みんな、どうかな?)
全員の心がさゆみに賛成の意を示す。その中に、鞘師の声も小さく混じっていた。
さゆみが薄目を開けて鈴木を見る。鈴木が小さく頷く。
(香音ちゃん、ありがとう。みんな、力を合わせて、梓さんの仲間を救い出そう!)
さゆみは、視線を鞘師に移した。
(りほりほ。マルシェに気付かれないように、しっかりお芝居してね)
鞘師の瞳が、ようやくさゆみを見つめ返した。
その直後、マルシェの声が洞内に響きわたった。
《次が最後の実験よ。代表を一人決めて》



〈Ending:私 今、切なくて胸が苦しいよ〉

闘技場を出た小春とUは、ヘリポートへ向かう通路を並んで歩いていた。
「……ねえ、きっか。きっかはさあ、小春の今日の行動、怪しいと思わないの?」
「怪しいって、何がですか?」
「だってさあ、いろいろきっかに頼んだじゃん」
「何とも思ってませんよ。きっか、久住さんの命令なら、何でも聞きます」
小春は視線を廊下に落とし、声を低めて言った。
「……じゃあ、もし、小春がダークネスの敵になったら、どうする?」
Uは、相変わらず能天気な口調で答える
「もちろん、久住さんについていきますよ」
「そう……」
二人は扉の前についた。
「ねえ、きっか。きっかには、自分の夢ってないの?」
「え?夢ですか?う~ん、そうですねえ」
扉の横の液晶パネルを指で叩きながら、Uは言った。
「大好きな人とずっと一緒にいること、ですかね。例えば……久住さんとか!」
そう言って恥ずかしそうに笑うUの顔の前で、鉄の扉がゆっくりと開いていく。
だだっ広いヘリポートの奥の方に、背の高い少女が立っている。
「あっ、さぁやだ!おーい、さぁやーっ!」
Uは、嬉しそうに叫びながら、その少女のもとへ駆けていった。
全身に包帯を巻いているその少女も、笑顔で手を振っている。
そんな二人の姿を見ているうちに、小春は、なんだか胸が苦しくなった。
(……きっか、それ、小春の質問の答えになってないじゃん……。
ん?……なってる……のカナ……)

―おしまい―





投稿日:2013/09/02(月) 19:44:23.95 0




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