『リゾナンターЯ(イア)』 - 5


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。








さくらは。
吐き気さえ催すような外界の空気に苦しめられていた。
平然として街を歩く、能力を持たない人々。
自分との明確な違い。街を歩けば歩くほど、埋めがたい溝を自覚する。
自然と、足が人ごみを避けるように向いてしまう。
なぜ、博士はわたしをこんな得体の知れない場所に放り出したのか。考えれば考えるほど、答えは思考の迷宮へと迷い込んでゆく。

「やあ、お嬢ちゃん」

そんな時だった。
スーツ姿の男に声をかけられたのは。

「え、あの」
「どうしたの?迷子にでもなったのかい?」

髪をぴっちりと分けた、眼鏡の男性。
その表情は微笑を湛えている。

「この街ははじめて?歩き通しで疲れたろう、おじさんいいところ知ってるんだ。ちょっと休憩しようか」

だが、その薄い硝子の向こう側は。
肉食獣の、目。嫌悪感さえ覚えるような、濁った瞳。

「いや、けっこうです」
「遠慮しないで。悪いようにはしないから」

柔らかな言葉とは裏腹に、男はさくらの細い腕を強引に掴む。
その瞬間、さくらの中で強烈な殺意が芽生えはじめた。

男の手を振りほどき、左足に強烈なローキック。
痛みに屈んだところを、狙い澄ましたような鋭い中段蹴り。標的にされた頭が受ける、致命的なダメージ。
男をいかに手早く殺害するか。その過程が素早く頭の中に構築される。

黒い意思が、全身を包み込んだ。
だが一方で、それに抗う思いもある。
むやみに人を殺めてはいけない。命を奪うのは簡単だ。けれど、一度奪えばそれはもう元には戻らない。

せめぎ合うそれは、徐々に黒のほうへと傾きはじめる。
思わず、心の叫び声をあげた。

助けてお願い、これ以上わたし……!!

ぎりぎりとさくらの細腕に込められていた力が、ふっと抜ける。
何事かと思い、さくらが見たものは。

「おじさん、こんなところで何してるの?」

男の腕を捻り上げている、少女の姿。
斜めに梳かれた前髪から覗く、冷静な瞳がそこにはあった。

「な、何をって!俺はただ、この子が!いて、いててっ、その腕をは、離せっ!!」

男の必死の叫びに、あっけなく腕を離す少女。
勢いあまって男は派手に路上に転がり込んだ。

「大丈夫?怪我はない?」
「はい、大丈夫です…」

少女がさくらに声をかける。
さくらは直感で少女に、何かを感じる。
もしかして、この人。

「くそ、予定変更だ。お前ら、こっちに来い!」

男が立ち上がるとともに現れた、数人の柄の悪そうな男たち。
その数、ざっと四人ほど。

「まあいいじゃん。攫うガキが一人増えただけだ」
「最近うちの組もシノギが少なくてね。心配するな、ちょっとエッチなビデオを撮るだけだ」
「ロリものは裏で高くサバけるからなあ、ひゃはは」
「お前の場合はその手の趣味入ってんだろ?」
「俺たちも事を荒立てたくないんだ。おとなしくついて来な」

リーダー格の男が眼鏡を外し、髪をかき乱す。
緩めたネクタイ、ワイシャツの襟元からは禍々しい模様の入れ墨が覗いていた。
ついさっきまで貼り付けていた偽善の笑みはもうない。男本来の、凶悪な人相。

少女二人に、大の大人が五人がかり。
普通なら、抵抗する気さえ失せるような状況。
だが。少女はふう、とため息をつくと手にしていた竹刀のような何かに手を添え始めた。

「剣道少女ってか?そんなガキの遊びが俺たちに通用するとでも!!」

少女は、力強い一歩を踏み出すと同時に、先頭に立っていたリーダー格の頭を上段から叩く。
一撃で気絶した男がゆっくりと崩れ落ちるその間に。

流れる水のように緩やかな、それでいて目に止まらない動きで。
左に立っていた男の足を薙ぎ、それから背後に回り最後尾の男の胴に強烈な一撃を叩き込む。
怒涛の攻撃に気づいた二人の男。その手は自然と懐に忍ばせた短刀に伸びていた。

だが、それを出す間もなく。
懐に当てた手が、少女の持つ得物による一撃の餌食となる。粉砕された手骨、あまりの痛みに立つこともできず、絶叫を上げて蹲った。

最後に残された男は、短刀を抜くのが間に合った。
ぎらついた銀の刃を、少女に向ける。
しかしながら、全てが遅かった。曲がりなりにも広域暴力団指定組織に属する者としてのプライドを本能が押さえ込んだ、その瞬間に。
武器は叩き落とされ、そして首筋に剣戟が打ち込まれていた。

最初に攻撃を受けた男が地を這ったその時に、全てが終わっていた。
いかに男たちがやくざと呼ばれる武闘派の集団とは言え。
戦乱の世から、こと海上では千の兵にも匹敵すると謳われし「水軍流」。
その水軍流を操る、「鞘師」の名を継ぐ少女の前では赤子同然とも言うべき結果。

鮮やかな、立ち回り。
里保は、愛刀を鞘を抜かない状態で自分よりはるかに大柄な男たちをねじ伏せた。
さくらは自分の直感が正しかったことを確信する。

この人、能力者だ。
何の能力かはわからない。けれども、目にした身のこなしはさくらに強くその事実を訴えかけていた。

しかし今は。そんなことよりもまず。
里保がさくらの前に姿を現し、男たちを相手にした瞬間から渦巻いていた疑問。
それは、そのまま里保の問いかけとなる。

「どうして、助けてくれたんですか?」

里保は一瞬びっくりしたような顔をしたが、すぐに微笑みながら、

「心の叫びが、聞こえたから」

とだけ言った。



人を助ける。
さくらの中にはない、行動原理だった。
先ほどの里保の言葉は、彼女にとってまったく答えになっていない。だからと言って、それを問いただすのは相手に不審がられる可能性
がある。

駅に向かって、下り坂の坂道。
顔を下に向け考え込んでいるさくらを見て、里保はさくらがチンピラに襲われ精神的にショックを受けているものと理解した。

こんな時、他のみんなならどうしてるだろう。

戦闘能力ではれいなや、さえみ覚醒時のさゆみに次ぐ実力を持つ少女も、ことメンタルケアに関しては下から数えたほうが早い。

香音ちゃんなら笑わせて和ませるのかな。はるなんもそういうのは得意そうだ。フクちゃんはよく泣いている小さい子を抱きしめてるし。
えりぽんの寒いネタも1周周って効果的かも。けど、うちは……

「赤の粛清」に喫した、苦い敗戦。
しかし新たな意志を胸に、里保はリゾナンターとして再び立ち上がった。
それからは、精力的にリゾナンターとしての仕事を全うしている。目の前の問題をひとつひとつ、解決すること。それが先に進む道だと
信じていた。そういう意味では今のこの状況も、解決すべき一つの問題。

「ねえ」
「何ですか?」
「名前、何て言うの?私は里保。鞘師里保って言うの」

そう言えばまだ名前も名乗ってなかった。
お互いに自己紹介してないのに、メンタルケアも何もあったものではない。
それとともに。ある妙案が浮かんだ。

「私、さくらって言います」
「さくらちゃん。かわいい名前だね」

道を照らすオレンジがビルの陰に遮られ、そのタイミングで里保は大きく腕を伸ばして背伸びする。そして、その体勢のままくるりと振り返った。

「あのさあ。うちが知ってるいい喫茶店があるんだけど。寄ってみない?」
「喫茶店…ですか?」

里保が導き出した結論。
それは、さくらを喫茶リゾナントへ連れて行くこと。
あそこならば、きっと彼女を笑顔にすることができる。今の時間なら、仲間たちも帰って来ているはず。ここから場所も近い。
問題は、そんな里保の申し出をさくらが受けてくれるかどうかだけ。さすがに会ったばかりの女の子を喫茶店に誘うなんて、どうなんだろう。

だが、あっさりと問題は解決する。

「いいですよ」
「えっ、ほんと?」

さくらは躊躇せずに答えた。誘った里保のほうが拍子抜けするくらいに。
その意図。さくらを助けた里保。人を何の見返りもなしに助ける人間の心理。
さくらはそれをただ、知りたかった。






投稿日:2013/08/22(木) 21:17:42.11 0


☆☆


ダークネス本拠地の、研究所。
研究所の最高責任者である紺野は、久々にとある実験の最終確認のためにこの地へ赴いていた。
実験に要すべき時間の細かい指定、段取り。記憶媒体への録画指示。自室にて電話一本で済ますのは簡単だが、場合によっては直接指
示したほうが効率がいいことを彼女は知っていた。

「…実験前段階における数値があまり良くないようですね。例の器具の調整をお願いします」
「はい!」
「それと、この実験タームはもう少し短縮できるはずです。検討してください」

レポート片手に研究員たちに細かい指示を出していると、白衣の群れの向こう側にいる鮮やかな金髪が目に入る。研究所では見ない髪
色がゆえに、その自己主張度は半端ではない。

「よう!Dr.マルシェ」
「『詐術師』さんですか。こんなところまで、何か用ですか?」
「『氷の魔女』がお前を探し回ってたぜ?」
「そうですか。特に会う理由もないんですが、頭に留めておきましょう」

魔女の用件はおそらく一つだろう。
彼女の出方次第では、おもしろいことになる。
不穏当な笑みを浮かべつつ、もう一つの「面白い種」にその視線を向ける。

「まさか、そんなことを知らせるためにわざわざここまで来たわけじゃないでしょう」
「まあな、いい情報が入ったんだ。例の『s312』が、リゾナンターに接触したぜ?」
「さくらが。そうですか」
「何だよ、もっと驚けっつーの」

紺野にとって。
さくらがリゾナンターに接触するのは計算のうち。そのために、彼女を下界に放ったのだから。

「別に驚くことはありません。計画が順調に進んでる証拠ですから」
「計画ぅ?お前そんなこと言って、なんかの拍子でs312がリゾナンター側に寝返ったらどうすんだよ。”これ”どころじゃ済まないん
だぜ?」

そう言いながら、自らの首を掻き切る真似をする「詐術師」。

「心配ありません。さくらは、3日後に必ず帰ってきます」
「はー、大した自信だねえ」
「当たり前のことです。12の位置から離れた時計の針が、必ず12の位置に戻ってくるようにね」

さて。本題に入らなければ。
何も用があるのはそちら側だけではない。
紺野は研究員たちから離れた場所に移動し、「詐術師」に手招きをする。

「何だよ、急に」
「ときに『詐術師』さん。最近、警視庁のほうで『PECT』に代わる対能力者部隊を結成したとの話がありますが」
「ああ。『鋼脚』から聞いてるよ。ようやく『目には目を、能力者には能力者を』って結論にたどり着いたみたいだけど、遅すぎじゃ
ね? ま、どの道大した連中じゃないさ」

薄笑いすら浮かべつつ、「詐術師」が言う。
そう、これはただの雑談。ここまでは、ですが。
紺野の眼鏡が、鈍く光る。

「ではこの話は知ってますか?その能力者集団が、『エッグ』の名前を名乗っていることを」
「…何が言いたいんだよ」
「我々の研究所から『キッズ』に続く次世代能力者たちの卵、すなわち『エッグ』が盗み出されたのは1年前。そして、噂によると警
視庁の新しい対能力者部隊の構想が持ち上がったのも、1年前らしいですよ?」

そこで、はじめて「詐術師」の顔色が変わる。
紺野は、素直にここまで持ちこたえた彼女の面の皮の厚さに感嘆する。しかし、平静でいられるのも、ここまで。

「…エ、エッグを盗み出した奴が、警察に売り飛ばしたんじゃねーか?」
「そうですね。その可能性が高いでしょう。ただ…」
「おい、なんだよ」
「いや、『首領』がぽつりと漏らしてるのを聞いてしまったんですよ。『エッグ』の件で、矢口にはケジメ取って貰わんとな。って。
これは、どういうことなんでしょう」
「なっ!!」

「詐術師」は。体中の汗腺から嫌な汗が滲み出るのを感じていた。
それは、本能的な危険。急に自分を包み込む霧、それが晴れた時に気づく。自らがのっぴきならない崖っぷちに立っていることに。

ばれてはいけない人間に、ばれてしまった。

顔は青ざめ、唇がひとりでに震える。
必要も無いのに、何度も、何度も瞬きをしてしまう。
敢えて言葉にするならば、動揺していた。

「ご安心下さい。私があなたにいい策を授けましょう。無論、そんなものが必要ないというのなら、それまでの話ですが」
「少し…少し考えさせてくれ」
「わかりました。ただ、残された時間は少ない。賢明なご判断を、お待ちしてますよ」

それだけ言うと、紺野はゆっくりと研究所を後にした。
突如訪れた緊張が緩和されるとともに、思わず「詐術師」の口から舌打ちが漏れる。

あの野郎、いったいどういうつもりなんだ。
紺野の言う事が確かならば。それは「詐術師」が過去に行った悪行が「首領」の知るところとなってしまったということを意味して
いた。その行為とは。


「エッグ」の、売却。

警察組織が「大量の若い能力者」を求めていることを知った「詐術師」は、とある人物を仲介人として、盗難を偽装して「エッグ」
たちを彼らに引き渡した。もちろん仮の窃盗集団、仮の取引相手は全て向こうが用意したが故に、事実が露見することはなかった。
組織もダミーの主犯者たちを始末した後に「エッグ」の所在が不明になったことを知ると、次第にその存在すら忘れていった。

だが。
その「エッグ」たちが生きていて、さらには警察の手足となって動いているとあれば話は別。それが、組織内の人間による手引きだ
ったと知ったら。ただで済むはずが、ない。

ちくしょう、こんなとこで終わるわけにはいかないんだ。マルシェの野郎が何を考えてるか知らないけど、おいらには奴に頼るしか
道はないってことか。

背に腹は替えられない。
差し伸べられた手を取るか。それとも無視するか。
「詐術師」の中では既に、結論は出ていた。



喫茶リゾナント。
里保とさくらが店に到着した時には、大半のメンバーが集まっていた。

「里保おかえりーっ、って、あれ?」

迎えに出た衣梨奈が、すぐに里保の後ろの見慣れない少女の存在に気づく。
じろじろと相手の顔を見る、彼女らしい確認の仕方。

「この子、誰?」
「えっと。さっき変なやつらに絡まれてたのを助けた子で、うちが連れてきたの」

玄関でそんなやりとりをしていると、窓際のテーブル席でじゃれあって遊んでいた最年少コンビが里保たちの存在に気づき寄って来る。

「やすしさーんおかえりー!!誰ーその子ー?」
「だから、絡まれて助けた子を、連れて」
「もしかして鞘師さん、ナンパっすか?」

遥が発した「ナンパ」というキーワードが店内に響き渡る。

「な、なんてことを言うんだ、なんてことを!!」

慌てて否定する里保だが、この状況をカウンターにいたお姉さん組が黙っているはずもない。
たちまち玄関口に人だかりができてしまった。

「里保ちゃん、ナンパなんてハレンチな」
「鞘師さんがそんなことをするなんて!もしかして道重さんの悪い病気が移ったんじゃ…」
「これってもしかして百合!萌えです!!」

ハレンチと言いつつ何故か嬉しそうな聖、何気に失礼な発言の亜佑美、そして一人悶えている春菜。話はいよいよ収拾がつかなくなっ
てくる。

「あのね、そういうんじゃなくて!ただ困ってた女の子を助けたついでに喫茶店へ」
「やっぱナンパじゃないですか」
「ちょ!つ、強すぎる…」

遥の突っ込みの強さに冷や冷やする里保。
そんな折、助け舟かどうかはわからないが、あの二人が帰って来たのである。

「ちょっと、こんなとこで何溜まってんの?」
「邪魔やけん、あっち行った行った」

ボーダー柄のシャツと、髑髏のイラストがプリントされた黒いパーカー。
あまりにも対照的な格好の、リゾナンターの最年長たち。

「たなさたん!みにしげさん!!」

いち早く二人の姿を発見した優樹が、れいなに猛タックル。
あーもう帰って来たばかりなんだから、早く離れろ、と言いつつ優樹の頭をくしゃくしゃと撫でるその姿は満更でもなさそうだが。

「あれ、その子」

さゆみが、里保の背後に立つ少女に目をやる。
見たこと無い子だけど、りほりほのお友達かな?
探るような視線に気づいたさくらが、

「あの、私。さくらって言います。さっき、鞘師さんに助けてもらって」

と説明した。

ようやく濡れ衣が晴れたか、と胸を撫で下ろす里保。
そんな時だった。再び店の扉が開かれたのは。

「いらっしゃ…」

言いかけた春菜の言葉が止まる。
店に現れた客とおぼしき中年男性。だが、明らかに様子がおかしい。
髪は乱れ、目つきはまるで白昼夢でも見てるかのように空ろ。半開きの口からは、涎が垂れかけていた。

「ウッ…グ…コ…殺ス!!」

男が叫び、上着のポケットからダガーナイフを取り出す。
店内にいる全員に、緊張が走った。

「なんだ、こいつ」
「ともかく、ナイフを取り上げないと!」

前に出ようとする遥を制し、香音が男の前に立ちはだかる。
見たところ能力者でもなさそう、ということは必要最低限の力を持って制圧しなければならない。そういう意味において、香音の力は最
適解に近かった。

「殺ス!殺ス!!」

男が刃を振り上げ、香男に襲いかかる。
戦い慣れていない、本能に赴くままの、切れのない攻撃。もちろんそんなものでも、ナイフに掠ってしまえば傷を負ってしまう。だが、
香音の能力「物質透過」の前にはただの素振りと化す。

「さくらちゃんはうちの後ろに隠れてて」

里保は、リゾナンターではないさくらの身の安全を確保するため、隣にいるはずのさくらに声をかける。そこには、さくらはいなかった。


「えっ…?」

さくらは、最もいてはいけない場所に立っていた。
香音の真後ろ。つまり、男のナイフの軌道上。

「香音ちゃん、ダメ!!!」
「なっ、どういうこと?」

里保の声に振り返った香音が、さくらの存在に気づく。
しかし遅すぎた。男は、香音目がけて凶刃を振るう。もちろん、このままいけばナイフは香音をすり抜けてさくらを切り裂いてしまう。

亜佑美が高速移動で。
衣梨奈がピアノ線を使って。
優樹が瞬間移動で。
さくらをその場から離そうとする。

れいなは、敢えて動かなかった。
男とさくらの距離。三人の行動の早さ。問題なく、さくらを救助できる。
その考えを改めたのは次の瞬間。男が、急速にさくらに向かって間合いを詰めたのを見たからだ。

まずい!!

身体能力を「共鳴(ブースト)」させ、さくらを全力で救いにかかるれいな。
銀の刃が少女の肌に届く前に、れいなの右手が伸びる。

結果から言えば。
男は、れいなによって店の玄関のはるか向こう。つまり、店の外へと殴り飛ばされた。
だが、さくらは。

「さくらちゃん!!!!!」

聖が、絶叫する。
さくらの白いワンピース。その肩口のところが、紅く染まっていた。

苦痛に顔を歪め、さくらは膝を落とす。
さゆみが駆けつけ、傷の部分に手を添えた。

「ちっくしょう、許さねえ!!」

さくらの血を見た遥が激昂し、外に転がってる男に向かって飛びつき馬乗りになる。

「いたっ!あ、あれ、私は一体…」
「てめえ、よくも!」

いくら非力な遥の拳とは言え、そこら辺にいる中年相手なら十分に通用する。
次第に顔が膨れ上がってゆく男、しかし男のある変化に春菜が気づく。

「待って!この人何かおかしい」
「え?」
「ちょ、痛っ、いきなり何を、いてて、ここはどこだ、いたっ、な、殴らないでくれ!」

遥流ゴムゴムのガトリングを受けている男が、殴られながらも必死に抵抗する。
そこには、ここに現れた当初の狂気的な姿はなかった。

「とにかく、警察を呼ぶけん。話はその後っちゃね」

わけがわからないが、さくらが刺されたのは紛れもない事実。
れいなは、ため息を吐きながら携帯に手を伸ばした。




投稿日:2013/08/27(火) 12:30:21.65 0


☆☆☆


研究所から自室に戻った紺野が最初にすること。それは。
暗闇に包まれた部屋に設置されているモニターの電源を入れることだった。程なくして、どこかのお店のような場所が映し出される。

「何か、御用ですか」
「相変わらず人には公にできないような趣味してるのねえ」

女が、姿を現す。
暗闇に溶け込むような黒のボディースーツ。

「ああ、あなたですか。もしかしてずっとここで待ってたんですか?」
「そんなわけないじゃない。あんたには、色々聞きたくてね」

椅子に座り、画面に映し出される光景の鑑賞体制に入る紺野。
そこに、「黒の粛清」が体を寄りかからせた。

「へえ。随分キレイになったわね、喫茶リゾナント。『銀翼の天使』の強引なリフォームが功を奏したんじゃないの?」
「たかが喫茶店の改築に組織の最終兵器を持ち出すなんて趣味は持ち合わせてませんが」
「にしても、うまく行ってるみたいじゃない。『s312』の潜入」

モニターには、傷を負い横たわっているさくら。そして彼女を取り巻くリゾナンターたちの姿。

「確かに洗脳した刺客の調達は諜報部にお願いしましたが。でも、自ら刺客の刃を受けて倒れろなんて指示は出してませんから。彼女が
咄嗟に考えたんでしょうが、なかなか悪くない」

明滅する画面を眺めつつ、紺野が薄く笑む。
恐らく。紺野は推測する。
さくらは、導かれるようにして出会ったリゾナンターたちに、何かを感じたのだ。だからあの場所への滞在を望み、そのために自ら傷を負
った。方法はともかくとして、紺野が描く絵図どおりの展開ではあった

「…ところで、例の田中れいなの計画の件だけど」

「黒の粛清」が、声のトーンを落とす。
なるほど、それが本題ですか。紺野は彼女がこの部屋に訪れた理由を察した。

「ちょっと、サブプロジェクトを挟んでもらえない?ま、あたしの私用なんだけどさ」
「計画に支障をきたす物でなければ、構いませんよ」
「…『赤の粛清』があの調子じゃない。今功績をあげることは、同じ粛清人として差をつけるチャンスなのよ。わかる?」

紺野が真っ先に頭に浮かんだ人物。
つい先日、「黒の粛清」と交戦し、手痛いしっぺ返しを喰らわせた。かつての組織の一員であり、そして紺野の旧友とも言うべき存在。
新垣里沙。

「わかりました。最大限、考慮しましょう」
「さっすがマルシェ、素直な子は好きよ」

粛清人が、言いながら気持ちの悪いしなを作る。
それを視界から外しつつ。紺野は自然と自らの頬が緩むのを隠せない。
愛ちゃんと「赤の粛清」の因縁。ガキさんと「黒の粛清」の対決。そして、田中れいな。前哨戦として、これほど相応しいものはない。

ただ、あの人がそれを許しますかね。

紺野の脳裏に浮かぶ、ある人物。
里沙に精神操作能力を一から叩き込み、そして彼女の裏切りという事実に、心に一物を持つ人間。

紺野は何も言わない。
自らの計画通りにことが運ぶことも、そして計画を逸れて予想外の展開を生むことも。彼女にとっては楽しみの一つに過ぎなかった。


れいなの通報により、警察官が喫茶リゾナントに駆けつける。
もちろんただの警官ではない。異能力に精通した、能力者である。さくらを襲った男の異常に気づいたれいなが、特別なルートを通
して依頼したのだ。

結果から言えば。
男には精神操作が施されていたことが判明した。ダークネスの関与が疑われるところではあるが、戦闘力に乏しい一般人を刺客に送
り込む意味がないことから早々に否定される。事件については精神操作の能力を持つ者による悪意ある悪戯、という解釈に落ち着いた。

「それより、さくらちゃんをどうするか…だよね」

男を護送するパトカーを見送りながら、さゆみが呟く。
普通の事件ならば全て警察に任せればいいだけの話だが、異能力が関わると話が違ってくる。しかも、本来犯人とされる人物は精神
操作をかけられていた。警察としては事件として立件することはできず、全ての後始末はリゾナンターがすることになる。

「さくらちゃんの、事件に関わる記憶を消すしかないと」
「そうだよね。ガキさんに連絡とってみる」

二人の中では既に結論は出ていた。
元リゾナンターであり、精神操作の使い手である新垣里沙。彼女なら、さくらの事件に関する記憶だけを綺麗に消し去ることが可能
だろう。さゆみが携帯の里沙のメールアドレスを探そうとしたその時。店の外から、さくらを治療しているはずの聖が慌てて飛び出
してきた。

「道重さん、田中さん!大変なんです!!」
「フクちゃん、どうしたの?」
「それが実は…さくらちゃんが目を覚ましたんですけど。その」

言いにくそうにしていた聖だが、思い切って事実を告げる。
それは、意外なものであった。


「要するに、東京に着いてから今までの記憶がないってこと?」
「ごめんなさい。だから、今こうしてここでこういう風にお世話になってる理由もわからなくて。あさってには帰らなきゃいけない
のは覚えてるんですけど」

2階にある、寝室。
ベッドに寝かされているさくらが、申し訳無さそうな顔をして言う。
肩の傷は、聖の治癒能力によって跡形もなく消えていた。

「そっか。さゆみの前で急に倒れるから、びっくりしちゃって」

記憶喪失に乗じ、さゆみは嘘の出会いを語る。
さゆみに道を尋ねたさくらが急に気を失って、それを助けたというシナリオは隣にいた春菜をして心の中で「さすが道重さんです!」
と叫ばせるほどの出来映えだった。

「とにかく。体力が回復するまではゆっくりして。何だったら、泊ってもいいから」

自然に口をついて出た言葉に、さゆみ自身が驚いた。
普通に考えれば、見ず知らずの子供だ。適当に休ませて、あとは保護者に連絡させればそれで済むだけの話なのに。

「すいません…じゃあ、遠慮なく」

対するさくらも、予想外の答えを返す。
さゆみが周りを見ると、春菜も聖も特に不審がることなく笑顔で頷いている。
何でさゆみ、そんなこと言ったんだろう。ごく当たり前の疑問、けれどもそれもまたごく当たり前のように、さゆみの頭からは消えて
しまっていた。そのことよりも、さゆみたちにとっては都合のいい記憶喪失のおかげて、精神操作をせずに済むという安堵のほうが勝
っていた。
精神操作による記憶の消去・改竄。確かに便利なものではあるが、能力を施される者の負担がないわけではないのだ。


傷は塞がったとはいえ、体力までは全快できない。
さくらを滞在期間の間だけリゾナントで預かるという方針はすぐさまメンバーたちに伝えられる。

「ちなみに、事件前後の記憶はなくなってるみたいだから。あのことはみんな黙っててね」
「…よかった。本当に」

里保は、心からそう思えた。
自分が喫茶リゾナントまで連れてきた責任を感じていたのが、他ならぬ彼女だった。しかも、不審者の凶刃からさくらを守ることが
できなかった。さくらの治療を待つ間、その負い目が里保に重く圧し掛かっていたのだった。

「とりあえず、立ったり歩いたりは普通にできるんですよね?そしたら、今日はみんなで鍋パーティーしませんか?」
「いいねえ香音ちゃん。衣梨奈も賛成やけん、やろやろ!」

香音の突然の提案。
後乗りで盛り上げにかかる衣梨奈に、他のメンバーたちが次々に歓喜の声を上げた。
そんな中、一人だけ浮かない顔をしている遥の姿。

「ん?DOどぅーどうしたの?」
「いや、何でもない…はる、ちょっと外の空気吸ってくる」

優樹に声をかけられるも、逃げるようにして店を出てしまう遥。
彼女は、彼女の千里眼は。その「瞬間」を捉えていた。

暴漢のナイフを避けられずに、被害に遭ってしまったさくら。
けれども遥は見ていた。
さくらが、一瞬姿をこの世界ではないどこかに隠していたのを。わざと、刃物の軌道上に自らの身を、置いたのを。






投稿日:2013/09/05(木) 22:27:19.20 0


☆☆☆☆



夜が深まる。
高層ビルの屋上に、赤い影が佇む。
フェンスの縁に腰掛け、愛用の大鎌を肩にかけているその姿は。
死神か、それとも道化か。

「…紺ちゃんを、責めないであげてね。あの子は、あたしの意志を尊重してるだけだから」

「赤の粛清」は背中で、語りかける。
何もなかった空間から黒い裂け目とともに現れる、黒ドレス。

「最初はさ。一発ぶん殴ってやろうかと思った。でも、途中でめんどくさくなった」
「たんらしいよ」

放り投げられる、紅の大鎌。
くるくると宙を舞い、そして宙に消えてゆく。

「どうしても、やる気なんだよね。i914と」
「うん。だってそれが、あたしの生きる糧だから」

摩天楼の夜空は、ネオンの光に照らされ薄められ、それでも天蓋然として張り付いている。
「氷の魔女」は、黙って空を見上げていた。哀れな闇の、その奥を。

「止めるよ」
「前にも言ったじゃん。たんには、止められない」
「それでも…止めるって言ってるんだよ!!」

魔女が、吠える。
その姿は、極寒の地の断崖絶壁に立つ狼のよう。


撮影スタジオの時は、覚悟が足りなかった。命を賭けると言いつつ、できなかった。
けど、今は違う。闇に心を食われても、失いたくないものはある。
「氷の魔女」は、自らに誓う。たとえ、相手と刺し違えてでも。

魔女が、黒いドレスの裾を翻した。
空間より生成され、現れる氷の魔槍。フェンスの「赤の粛清」を貫かんと、一直線に飛び出した。
しかしその穂先は、空しく虚空を切る。

赤い死神は、魔女の目の前に立っていた。

「たんとやりあうのなんて、何時振りだろ?」
「…あんたもあたしも、魔女でも粛清人でもなかったずっと昔だよ。その時の気持ち、取り戻させてやる!!」

「氷の魔女」が両手を広げる。
煌く空間、いや、空間に作り出された無数の氷刃。広がり輝く様はまるで凍てつく翼のようだった。

「おお、『銀翼の天使』みたい」
「無駄口叩いてると、死ぬよ」

翼をはためかせるが如く、展開された氷の刃が空に踊り狂う。
一本一本が死の空気を纏う鋭利な刃、しかしそれらは「赤の粛清」の体に届く前に全て。
砕け散り、元の水に還ってしまった。

「甘いね。爆発と氷は相性が悪い」
「美貴はそう思わないけど!」

「氷の魔女」が煙る水の飛沫に乗じて「赤の粛清」に猛襲する。
それととともに、ばら撒かれる、氷の散弾。
粛清人は軌道を全て知り尽くしているかのごとく、必要最低限の動きで全てかわしていった。その間にも、魔女は粛清人との距離を詰
めてゆく。


「あくまで『i914との対決の為の温存』ってことか…舐めるな!!」

接近攻撃に見せかけたのは、フェイント。
「氷の魔女」が大きく叫ぶと同時に、屋上のアスファルト地の床に手をついた。
掌から拡がる極上の凍気はやがて、屋上全てを覆いつくす。

「地面と空からの氷のサンドウィッチだ!!」

氷に覆われた床から氷柱が、空からは鋭い雹が降り注ぐ。
しかしそれらも全て、「赤の粛清」が展開する爆発の層を突破することはできない。
床から突き出た氷の牙も、空中に現れた氷の爪も、赤き死神の体を傷つける事すら。
爆ぜ、打ち砕かれ、水となって消えていった。

「…終わりだよ」

最後の氷柱を爆破すると、その爆風の勢いで「氷の魔女」の元へ舞い降りる。
咄嗟にとった防御体勢も、至近距離からのハイキックによって弾かれた。勢い余って地に倒れる「氷の魔女」を「赤の粛清」が組み伏せる。
魔女の顔の前に翳される粛清人の手。チェックメイトだった。

互いから漏れる、白い息。
それをかき消すように、眼前の手のひらにエネルギーが集まる。
力は凝縮され、やがて解放される。はずだった。
しかし、現実として起こったのは爆発にはほど遠い燻り。

「あたしも、ただ闇雲に氷を放ってたわけじゃない。この場所は凍りついてる影響で氷点下まで気温が下がってる」
「物体は固有の引火点を下回る温度下では発火しない、か」
「そういうこと」

組み伏せられた「氷の魔女」が、自らの顔の前に氷の刃を象る。
切っ先は、「赤の粛清」の鼻先に向けられている。形勢は完全に覆されていた。

72 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2013/09/07(土) 16:39:21.98 0
「亜弥ちゃんがi914から手を引くならここでおしまい。けど、そうじゃなかったら」
「ねえ、美貴たん」

目の前に明確な死が突きつけられているにも関わらず、粛清人は休憩中のおしゃべりにも似た口調で話しかける。

「何?」
「ダークネスの幹部は全員、保有する能力に秘密を隠し持ってる。それは自らの能力の全てをさらけ出してしまうと、必ず死に直結す
るような結果になるから。かつての『蠱惑』さんみたいに」

言いながら、氷の鋭角に強くその唇を押し付けた。
世のどんなものよりも赤い朱が、刃を伝う。

「あたしの場合は。秘密その1。『赤の粛清』は大鎌を操る念動使いではない。秘密その2。『赤の粛清』は爆発を操る能力者である」

ゆっくりと唇から滲み出る血液が氷を伝わり、下に居る「氷の魔女」の顔に滴り落ちる。生臭い血液の匂いが鼻を突いた。

「秘密その3。教えてあげる。『赤の粛清』は、血液そのものが、爆発物」

刹那、二人の顔の間の空間が激しく閃光を放つ。
氷点下においても爆発性を失わない粛清人の血液は、彼女の意志に従い爆ぜる。
並の人間なら頭を西瓜のように砕かれ絶命するほどの威力、さしもの「氷の魔女」とは言えそのダメージを防ぐのは容易ではない。


「…ふざけんな。ふざけんなふざけんなふざけんなぁぁぁぁ!!!!!!!!」

しかし。寸前のところで氷のバリアを張り爆発の直撃を凌いだ魔女は。
叫び声と共に両腕を粛清人の肩に伸ばし強く掴む。
的を固定した状態で、ありったけの氷の弾丸を撃ち込む。浮き上がった「赤の粛清」を力任せに凍りついたアスファルトに引き倒し、
先ほどとは逆に「氷の魔女」が上に乗った。

「にゃは。油断しちゃったか」

この状況下においてもおどけてみせる、赤い死神。
それが、魔女にとっての最後の引金と化した。
眉間に皺を寄せ、口を歪め、顔を紅潮させる。喉が裂けるほどの声で、彼女は叫んだ。

「どうして!どうしてあたしじゃないんだよ!!何であいつじゃなきゃ駄目なんだよ!!!!」

「氷の魔女」が、涙で頬を濡らす。
ほぼ同時にダークネスの幹部へと昇格した粛清人と魔女。いくつもの死線を潜り抜けるうちに、いつの間にか結ばれていた友情に似た
何か。それでも、魔女は知っていた。粛清人の中に、組織を抜けた裏切り者が強く痕を残していることを。

「・・・ごめんね、たん」

間違いなく。
先ほどの「氷の魔女」の言葉に対する、最終回答。
最早結末は、変えようがなかった。魔女の頭の先からつま先にまで巡っていた何かが、消えてゆく。そこにはひとかけらの救いすらなかった。

魔女の束縛をすり抜け、粛清人は立ち上がる。
少しだけ。ほんの、少しだけ。地に突っ伏す魔女を振り返り。そしてフェンスを踏み台にビルのネオンの向こうへと消えていった。

項垂れ、凍える涙を落とし続ける「氷の魔女」。
落ちる氷の粒が、からからと悲しげな音を立てる。
雲の切れ間から顔を覗かせた月が、分かれた運命の分岐点を照らしていた。





投稿日:2013/09/07(土) 16:37:28.63 0