『リゾナンターΧ(カイ) 番外編・悪童達の咆哮』


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2013/08/16(金)


大海原に浮かぶ、孤島。
切り立った崖の上に、その建物はあった。
見るものを畏怖させ、迂闊に近づくことさえままならない。
まるで、建物の主のように。

建物の中枢に、「首領」の部屋はあった。
彼女の興した「ダークネス」は、今や新進気鋭の組織として闇社会において恐怖の対象となっていた。その原動力となるのは、能力者、
とりわけ高度な能力を持つ者たち。だが、その高い能力がゆえに問題点も抱えていた。

「ああ、あんたか。久しぶりやな。用件はわかってる。例の件で何人か巻き込まれた件やろ。そんなん知らんわ。それくらい、あんた
の力でいくらでももみ消せるやん。こっちは普段から色々世話してるんやから、それくらいしてもらわんと。ほな、また」

デスクに受話器を置くと、「首領」はふう、と深いため息をつく。
問題点。それは組織が抱える能力者の力があまりに強く、スマートな任務遂行が難しいこと。先ほどの電話も、組織の一員である「黒
翼の悪魔」に指示した要人殺害。その巻き添えで多数の一般市民が死傷していた。

逸材揃いっちゅうのも、考え物やな。

贅沢すぎるぼやき。
だが、組織の幹部たる能力者による不協和音は無視できないレベルにあるのもまた事実だった。
近い内に幹部会議がある。そこで、綱紀を正さなければならない。

何かに急かされる様な、ドアのノック。

「…入り」
「失礼いたします!!」

勢いよく入ってきた男。彼は首領直属の構成員だった。

「急用みたいやな。手短に言いや」
「はっ!実は、例の『二人』が」

ひどく抽象的な物言い。
だが、「首領」はすぐに感づく。それほどまでに、「例の二人」については頭を悩ませていた。

「わかった。場所まで案内してや」
「はっ!!」

席を立ち、黒の外套を靡かせて男の後を追う。
今度は何をやらかしたのやら。
「首領」の頭には既に、「例の二人」に落とすべき雷が蓄積されていた。


建物の地下。
訓練所と呼ばれるその場所は、通常その名の通り、ダークネスの構成員たちが自らの能力の研鑽に励む場所。だが。
今、この場所は血で血を洗う戦場と化していた。

「はははっ、やっぱお前の教え方が悪いんやろな。こっちは残り66人、お前んとこは残り65人。どう見てもうちの勝ちや」

大人数を背にして勝ち誇る、お団子頭の、背の低い少女。
その視線の先には。

「はぁ?お前の目は節穴かよ!内容じゃこっちのほうが勝ってるっての!」

地団駄を踏みながら大声で喚く、ポニーテールの少女。彼女もまた、小柄な体つきをしていた。
肉食獣のような目で、向こう側のお団子頭を睨み付ける。

「お前アホやろ。数も数えられへんのか」
「だから戦闘の質で勝ってるって言ってんだろうがよ!!」
「うちの勝ちや」
「ふざけんな!ブッ殺す!!」

そんな時。舌戦がヒートアップする中、お団子頭の少女の後ろにいた群衆の中の一人が、弾けたように叫んだ。

「もっ、もうこんなの嫌だぁ!!!!」

恐怖からか、青ざめた顔を震わせていた男。
踵を返し、全速力で出口のほうまで走り始める。
だが、出口に向かって走っているはずなのに、景色は相変わらず震える群集を映し出していた。

あれ、俺、逃げてるはずなのに。

それが、男の頭に浮かんだ最後の思考。
強烈な念動力によって首を180度捻られた男は、そのアンバランスな格好のまま地に伏した。

「これで65対65ね。イーブンじゃん」
「ちょ、おま、ふざけんなや!何手ェ出してんねん!!」

形勢逆転、今度はお団子頭の少女のほうが顔を紅潮させた。
二人の間には、暗い色の血溜まりが横たわる。
その中に沈む、様々な形の、死。

刺殺。絞殺。撲殺。焼殺。互いの体を掴み合ったまま悶絶している死体もあった。
全て、訓練所の中心にいる二人の少女が仕向けたこと。

「お前顔がゆでだこみたいに真っ赤だな。あんまカッカしてると薄い頭がさらに薄くなるぞ?」
「うっさいボケ、やったらもう一度や!そのゴリラみたいなツラ、すぐに青ざめさせたるわ!!」

互いににらみ合い、それぞれが群集の中から選んだ一人を前に蹴り出す。
それが、殺し合いの合図。

「しっかり気張りや!負けて帰ったらうちが殺したるさかいな!!」
「絶対勝てよ、負けたらマジ殺す!!」

哀れ選ばれし戦士たち、その顔は恐怖で引きつっていた。
たかが訓練で命のやり取りをしなければならないという理不尽。そして何よりも理不尽なのが。
この殺し合いの発端が、夕食に出るハンバーグの奪い合いから来ているということ。

首謀者の二人よりもはるかに年上の男たちが、ナイフ片手に脂汗を垂らしていた。
殺さなければ、殺される。
背後からの強烈なプレッシャーが、男たちを意味のない殺し合いへと駆り立てる。

「もうそこまでにしたらどうです」

群集の中から聞こえる、少女の声。
少し訛りのあるその言葉を、二人の暴君は聞き逃さなかった。

「今言うたの誰や」
「出てこいよ」

先ほどまでいがみ合っていたのが嘘のように、二人が並び、そして声のしたほうを睨めつける。
群集がその威圧に耐え切れず四方に散っていく中、ただ一人視線の中央に立つものがいた。

「もう、ええでしょう。『金鴉』さん、『煙鏡』さん」

ストレートの、黒い髪。目にかかるかかからないかくらいの長さで切り揃えられた前髪、そこから覗かせた強い瞳。後に組織
を裏切りリゾナンターを結成することになる少女は、正面からの異様な重圧に屈することなく二人を見据えていた。

「お前は確か、アルファベットのなんとか」
「研究所が作った『人造人間』」

「煙鏡」が、人造人間、の部分を強調する。
明らかに、彼女を見下す言い方で。

「お人形さんがどういうつもりや。うちらに意見しようなんて、ええ度胸やないか」
「あーしは。これ以上の無意味な殺し合いはやめてほしいだけです」
「うるせえよ、ばーか!」

その瞬間、少女の華奢な体が宙に舞う。
「金鴉」の拳で殴り飛ばされたのだ。

飛ばされながらも体勢を整え、前かがみに着地する少女。
もちろん、これだけで済むはずもなく。

「『煙鏡』!ひとまず休戦でいいよな!!」
「当たり前や『金鴉』。うち、前からこいつのこと、めっちゃ嫌いやってん」

悪魔の申し子たちが、一歩ずつ、少女に近づきはじめた。
それを見て、暴虐の場で高らかに反旗を翻したジャンヌダルクは、覚悟を決める。
彼女たちに意見をした瞬間から、こうなるのはわかっていた。けれど、それでも。
我慢がならなかった。目の前でこれ以上、罪の無い人間たちが死んでゆくのを、見ていられなかったのだ。

高速移動と、リーディング。
自らの身体能力と絡み合って初めて効果を発揮する高速移動と、心の力の延長上でしかないリーディング。「二重能力者(ダ
ブル)」と呼ぶにはお粗末な能力ではあったが、組織は彼女を幹部候補生と看做すほど、その素質を買っていた。

それでも、目の前の強敵を相手にするには心もとない材料。
「金鴉」と「煙鏡」。準幹部でありながら既に二つ名を所持している彼女たちは、組織の中でも指折りの実力者だった。しか
も、彼女たちの実力はタッグで真価を発揮する。あまりにも分の悪い、戦い。

だが、その戦いの火蓋が切られることはなかった。
訓練所に現れた、黒い外套の女。「首領」が、姿を現したからだ。

「げ、おばちゃん登場やん」
「やべえ、逃げるぞ」

そそくさとその場を立ち去ろうとする二人を、

「ちょい待ち、逃げたらしばくぞ」

という「首領」の声が足止めする。
さっきまでの威勢はどこへやら、しおらしい花のようになった「金鴉」と「煙鏡」。つかつかと近寄った「首領」が、項垂れ
た頭二つに拳骨を落とした。

「がっ?!」
「い、痛え!!」
「お前ら勝手な真似しくさって。ひいふうみい…何人殺せば気ぃ済むんや?」

頭を押さえつつ、抗議の眼差しを送ろうとする二人。だが、「首領」の圧倒的眼力は二人に言葉を発する事すら許さない。

「とにかく。次の会議には、お前らも出席してもらう。それまで、おとなしゅうしとけや」

会議への出席。
それは、正式に幹部として承認される証であった。
それまで殺意さえ滲み出ていた二人の顔つきが、ぱっと明るくなる。

「ほ、ほんまか?」
「さっすがおばちゃん、わかってるね!!」

子供らしくはしゃぎ出す二人の少女。
「首領」は腰を屈め、にこりと微笑みつつお団子とポニーテールの頭にそっと手を置く。

「…次は、ないで?」

表情を変えぬまま。
「首領」は冷えた瞳で二人を捉える。
少女たちは首が取れそうなほど、上下に振るしかなかった。

「ほな、解散や!あんたら、今日遭った事は口外したらあかんで?」

組織のトップの言葉に、おとなしく従う組織員たち。
仲間が理不尽に惨殺されたことよりも、自分の命が救われたという安堵。自分達は、たまたま運が悪かっただけで、その悪運
の中で幸運を拾っただけなのだ。そう言い聞かせることしか、彼らの選択肢は存在しなかった。

人があらかた掃けた後、「首領」は訓練所を見回す。
血の海、と表現してもいいくらいの流血量。そこに身を漬からせている、哀れな亡者たち。軽く黙祷し、自らもその場を立ち
去ろうとした「首領」の視界に。一人の少女が入る。

「何や、まだおったんか」
「……」

少女は言葉を発しない。
ただ、伝わる。無言の抗議。身を挺しての、行為。

「首領」は先ほどやったのと同じように、少女の頭に手をやる。
ただし、相手を威圧するようなことはしない。

「目先の感情に流されたら、あかん。せやないと、もっと先の未来まで失う。あんたも組織の未来を担う一員なんやから、心得とき」

そう言いながら、ぽんぽんと軽く頭を撫でる。
それでも何かを言いたそうだった少女は、やがて諦めたように踵を返し訓練所を出て行った。

人の手により造られし人造人間、か。

培養液を父とし、培養ポットを母とする少女。
彼女はやがて組織を裏切り、リゾナンターとして組織に反旗を翻す。
彼女にはまだ名前がない。周りのものは、生を受けたロットナンバーで彼女を呼んだ。
i914、と。





投稿日:2013/08/16(金) 15:39:07.27 0


2013/08/18(日)



「あいつらを幹部にするって、正気ですか!?」

首領の私室。
珍しく、組織の重鎮が声を荒げる。
時を自由に操り、永遠さえも殺してみせるというダークネスの古株。珍しく彼女が取り乱したのは、それだけ「首領」の決断が危うい
ものだったからだ。

「簡単なことや。いくら狂犬言うたかて、エサさえ与えれば大人しくなる」
「あいつらがただの狂犬じゃないことくらい、わかってるでしょ!!」

興奮のあまり、口調がかつて同僚だったころのものになってしまう「永遠殺し」。それに気づき、咳払いを一つ。

「私は反対です。あいつらは、組織に混乱しかもたらさない。それに、カオリ…『不戦の守護者』は何て言ってるんですか?」
「『運を天に任せる』んやって。あいつの見えない未来は、組織にとってはプラスになること。のはずやろ?」

「不戦の守護者」の言葉であれば、いかに「永遠殺し」と言えど口を挟む事はできない。
彼女の予言が組織をここまで大きくしてきたのは、最早疑いようのない事実として存在していたからだ。

「大体。教育係の制度が機能してません。あたしが面倒見た石川や『詐術師』の下についた吉澤はまだしも。『金鴉』『煙鏡』がああ
いうモンスターに育ったのは、明らかに教育係のせいなのでは」
「せやな。『煙鏡』の教育係、『黒翼の悪魔』もあんな調子やしな」
「そうそう」
「で、その悪魔の教育係は誰やったっけ」
「え」

それまで滑らかだった「永遠殺し」の口が止まる。

「あんたにも責任の一端はあるんやで?」
「ちょっと!『黒翼の悪魔』の教育係は『蠱惑』でしょ?私は…」

思わぬ水の向けられ方に、慌てふためく「永遠殺し」。
「首領」が「永遠殺し」をからかっているのは明白だった。

「とにかくや。決定したもんはしゃあない。『首領』の命令は絶対、やろ?」
「…はい」

表面上は大人しく引き下がる「永遠殺し」だが、その表情の裏は。
「首領」は何かを、考えている。だが、それが見えてこない。ただ先ほどの会話の中で、意図的に「彼女」の名前を出してきた。おそ
らく鍵はそこに、あるはず。

時の支配者を気取っていても、所詮は盤上の駒の一つか。
「永遠殺し」は駒を操るゲーム・マスターのことを少しだけ恨めしく思い、あとは悟りでも開いたかのようにそのことを頭の隅へと追
いやった。

そして、会議の当日がやって来る。
既に、「詐術師」以外のすべての幹部が席についていた。
席の中央に陣取る組織の長である「首領」。そして、彼女の両脇には。

「あの子たちが幹部になる日が来るとはねえ」

まるで保護者のようなことを呟く、童顔の少女。
ダークネスが誇る二枚看板が一人、「銀翼の天使」だ。

「どうでもいいけど、眠くなってきた。遅いなあ、グゥ…」

天使と対照の位置に座る、緊張感のない金髪の少女。
年は若いが、彼女こそが二枚看板のもう一人「黒翼の悪魔」。

「それにしても遅いわね。何を手間取っているのかしら」
「もうじき来るわ。それとも「詐術師」は虫みたいに小さいから、もう来てるけど見えないだけなのかも」

訝る「永遠殺し」にそう答えるのは、ダークネスを栄光へと導いてきた立役者。
未来を見渡す能力で戦わずして組織を守ってきた、文字通りの「不戦の守護者」。

「おいおい、あいつと虫を比べたら虫が可哀想だ。にしてもあいつらがどんなツラしてやって来るか、待ち遠しいじゃないか」

そこへ、一人の女性が話に割り込んでくる。
ざっくりと乱雑に切った栗色のショートカット。ミリタリースーツを着こなし、涼しげな目元を三日月のように細めている彼女の名前は。

「ご機嫌だねえ。いちーちゃん、じゃなかった。『蠱惑』が楽しそうだとごとーも楽しいよ」
「だろう?噂に聞きし新人たち、生意気そうな奴らだったら叩きのめしてやるよ」

『蠱惑』。
ここの所急速に力をつけている成長株の幹部。
好戦的な性格、そして確かな実力。
さらに教育を施した「黒翼の悪魔」が組織随一の能力者となったことで、必然的に彼女の組織内の地位は向上していた。

兎にも角にも。
この日を持ってこの幹部たちと席を同する四人の新人を、「詐術師」が連れてくる手筈。その到着は、なぜか遅れている。
その理由は、すぐに明らかになった。

「おいっ!お前ら!!大人しくついて来いっつーの!!」

甲高い声が、会議室の外から聞こえてくる。
少しの静けさの後、ドアから蹴りだされたのは小さな二人組だった。

「いってーな、このドチビ!!」
「お前うちらよりおばさんなくせにちょっと調子こいてんのと違うか!!」

床に転がり悪態をつく少女たち。
連れて、軽くソバージュがかかった髪型の小柄な女が部屋に入ってきた。

「まったく手こずらせやがって。いつまでもガツガツ飯食ってんじゃねっつーの!」

手を腰に当て、「詐術師」が小さな体で二人を見下ろす。
悪童たちが抵抗すらしないところを見ると、既に「能力阻害」が発動しているようだった。

遅れて、二人組の少女たちが会議室に現れる。
一人は、さらさらの短いショート。白い肌を持つ少年のような容貌をした、少女。
もう一人は、さらにその後ろで眉を八の字にしている。黒肌の少女。
四人の新幹部となる少女たちが、ここに揃った。

「あー、みんな聞いてや。今日からこいつらを、うちらの新しい幹部として迎え入れる。ま、最初は頼りないかもしれへんけど、その
うち慣れるやろ。慣れへんと困るんやけど。ま、そういうことでよろしゅう頼むわ」

「首領」からの簡素な開会のあいさつ。
しかしそれは同時に、ここに集まった四人の新幹部が幹部として正式に任命されたと言うこと。
その意味をいち早く理解した、のちに粛清人となることを運命づけられた少女。今はまだ小鹿のように震えながら、その黒い肌を青くしていた。
一方で、のちに「鋼脚」と呼ばれることになる白肌の少女は、顔色一つ変えず。強心臓ぶりを発揮していた。が。

「はぁ。何や。わざわざ呼び出しといて、この程度か。ダークネスの幹部っちゅうのも、ずいぶん安いんやな」
「しょっぱい連中だぜ」

あからさまに悪態をつく、団子頭の「煙鏡」とポニーテールの「金鴉」。
その悪意ある視線が席上の幹部たちをなぞる様に動いた。

「安いかどうか判断するのは、一緒に働くようになってからでも遅くはないわ」
「…せやな。そうさせてもらうわ」

あくまでも冷静に言い放つのは、組織の重鎮「永遠殺し」。
生返事をしつつ、「煙鏡」が新しく用意された席に着こうとしたその時だった。彼女にとって見過ごす事のできない事実に気づいたのだ。
テーブルに近い、年長の二人の少女が先に席につく。すると、残りの空席は。

一つ。

「煙鏡」は、喜び勇んで席に着こうとする「金鴉」に足をかけ、転ばす。
突然の行為に憤る相方を無視し、「首領」に向かって言い放った。

「これはどういうことや。席が、一つしかあらへんやん」

「どういうことも何も、見たまま判断すればええ」

だが、「首領」はその抗議を難なくかわす。
彼女が言葉に込める意図。それにいち早く気づいた「煙鏡」が、肩を震わせる。

「そういうことか。あんた、うちらのことを『二人揃ってようやく一人前』言うてたもんなあ」
「は?どういうことだよ、『煙鏡』!!」
「つまり。うちらは一人じゃ半人前、だから幹部としての席も一つしかないっちゅうわけや」

「煙鏡」の言葉は、頭の足りない「金鴉」にその事実を理解させ、そして一気に激昂させるには十分すぎるほどであった。瞬時に沸点
に達した暴君の片割れは固めた拳を、背後の壁に思い切り突き立てる。

「ふざけんな!バカにしやがって!!」

衝撃と共に、会議室が揺さぶられた。
穿たれた穴から、放射状に皹が入ってゆく。

幹部にすると言いつつ、用意されたのは二人で一つの席。
「金鴉」と「煙鏡」は自分達が逆に安く見られていたことに気づき、憎悪の炎を燃やし始めた。

「…さっきから黙って聞いてりゃ、うるせえチビどもだな」

一人の人物が、すっと席から立ち上がる。
月下に立つ麗人のような冷たさを表情に浮かべる、ダークネスの幹部の中でも武闘派で鳴らす彼女。その名を「蠱惑」。

「何か用かよ。席を譲るために立ったんなら、話聞いてやってもいいけど」
「…こりゃ、あたしが直々に『教育』してやらないといけないみたいだなあ」

あくまでも不遜な態度を取る「金鴉」。
さらにその次の「煙鏡」の一言が「蠱惑」の心を深く抉る。

「『教育』?笑わせんなや。後輩に追い越された挙句その後輩のおこぼれで手柄立ててるようなカスに『教育』なんかできるわけないやろ」
「てめえ…」

それは。
「蠱惑」にとっては禁句とも言うべきこと。
自分より後に入ってきた「黒翼の悪魔」に追い抜かされ、さらには彼女の活躍によって自らが引き上げられる形で今の地位に就いた。プライ
ドを支えるのは、かつての師弟関係のみ。それを、巧みな言葉で突かれたのだ。

「『首領』、ちょっと荒療治になりますが、いいっすよね?」
「……」

沈黙を了承と捉えた「蠱惑」が、二人の前に歩み出た。
受けた恥は、きっちり返す。それに。
ここで列席している幹部全員に自らの力を見せつけることで、改めて今の地位が後輩の手を借りて得たものではないことを証明できる。

「この程度で死んじまって、がっかりさせんなよ?」

どこからともなく、ガサゴソという奇妙な音が聞こえてくる。
「蠱惑」の周りに群がる、黒い塊。

「でっ、出たぁ!!おいら、『蠱惑』のこの力だけは好きになれないんだよぉ!!!」

虫嫌いの「詐術師」が、通常の倍の甲高い声を上げて飛び上がる。
黒い塊を構成するは、蜘蛛、ムカデ、サソリ、ありとあらゆる種類の毒虫たち。

「あはっ、久しぶりに見れるんだねえ。いちーちゃんの戦い」
「戦いはいいけど、後で掃除するのが大変だべさ」

悪魔と天使がのんきなことを言っている間にも、黒い塊は徐々に膨れ上がる。
「蠱惑」の能力、それはありとあらゆる虫を意のままに使役する「蟲の女王(インセクトクイーン)」。
やがてその黒い波が、二人の悪童に向けて押し寄せ始めた。

「きったねえ虫なんて使ってんじゃねえよ!!」

毒虫の波に怯むことなく前に進むは、「金鴉」。その恐怖を知らない両足が、次々と虫たちを踏み潰してゆく。不快な音を立て、毒液
を撒き散らして潰される毒虫たち。

「さすがバカは先のことを考えないってか。じゃあ、こういうのはどうだい?」

歯を見せ笑う「蠱惑」が、左手を翳し、そして「金鴉」に向けて何かを投げつけた。
条件反射でそれを叩き落す「金鴉」だが、その時に右の拳に鈍い痛みが走るのを感じた。
拳を見ると、何かで穿たれたような、小さな穴。

「何したんだよ、これ」
「今あたしが飛ばしたのは、人に自分の卵を産み付けるハチの一種さ。一時間もしないうちに全身に卵がまわって、体中を食い尽くす」
「はぁ?ふざけたことしてんじゃねーぞ!!」

突然の死の宣告に怒り狂った「金鴉」が、「蠱惑」を急襲した。
目にも止まらぬフットワーク、力強く踏み込んだ先の「蠱惑」の体を、激しい剛拳が打ち貫く。
確実に心臓が潰された。
しかしその予測は、当人の笑顔をもって否定される。

「残念。その手の攻撃は、あたしには効かないんだよ」
「なにっ!!」

一瞬の隙を突く、「蠱惑」の前蹴り。
まともに喰らった「金鴉」は勢いを殺す事もできず、そのまま「永遠殺し」が座る席まで飛ばされていった。紙一重でそれを避ける「永遠殺し」。

「ちょっと、変な争いに私を巻き込まないでよ!!」
「悪い悪い、同期のよしみってことで許して」
「同期って言うならおいらにも配慮しろよ!!」

「詐術師」がテーブルの真ん中で丸くなったまま、大声をあげて抗議する。
既に会議室は女王の眷属たちにより埋め尽くされていた。

そんな状況下で、胸に大きな穴を開けながら豪快に笑うミリタリールックの女というシュールな絵。地に伏した「金鴉」が忌々しげに
それを見上げる。

「ちっくしょう…何なんだよお前、不死身かよ…」
「まあ、大まかに言えば、な」

先程の一撃のダメージによる苦痛に顔をゆがめ、「金鴉」が皮肉を言う一方で。
笑顔を絶やさない「蠱惑」、胸に開いた穴が徐々に塞がってゆく。
その傷口の中に、無数の蟲が蠢いていたのを「煙鏡」は見逃さなかった。

「体に飼ってる寄生虫による体組織の急速修復、ってとこか。バケモンやなあ、あんた」
「酷い言い草だな。あたしはこれでもまだ人間のつもりなんだけど」

言いながら、徐々に「煙鏡」に近づく蟲の女王。
その体が、今度は急にくの字に曲がった。四肢から噴出す鮮血、目の前が、硝煙に煙る。
「詐術師」がテーブル上に逃げた際に落とした拳銃を目ざとく拾っていた「煙鏡」が、弾倉内の銃弾を全て「蠱惑」に食らわせたのだ。

「だからさ、無駄なんだって」
「ちっ、やっぱバケモノやないか」

バケモノねえ。苦笑いを浮かべるしかない「煙鏡」。
だが。彼女は待っていた。反撃の瞬間を。

「金鴉」の飛ばされた方向。
小さな影が、ゆっくりと立ち上がった。

「そう来なくちゃ。さっきので終わりなんて、あまりにもあっけないからな」

視線を「煙鏡」から、「金鴉」へと移す。
楽しそうににぃ、と笑う金の鴉。口元から見える特徴的な八重歯が、血に染まっていた。





投稿日:2013/08/18(日) 13:26:25.42 0


2013/08/20(火)


床に、壁に、そして天井に。
異形の蟲たちが、全てを埋め尽くす。
だが、主である「蠱惑」が敵ではないと認識する人間には寄り付かない。逆に言えば、敵と看做された「金鴉」「煙鏡」には
容赦なく襲い掛かるということ。

「うらあああっ!!!!!」

黒い塊を掻き分け、火のついた弾丸のごとく一直線に「蠱惑」に向かってゆく「金鴉」。
だがその単調な動きは、悉くかわされてしまう。
大振りな拳をバックスウェイで回避する「蠱惑」、そこへ空振った拳が砕いた床材の礫が襲いかかる。それに気を取られてい
る間に、相手の接近を許してしまった。

「いっただきぃ!」
「ちっ!!」

元々力の強い「金鴉」、その上この近距離からの拳には相当の力が加えられていた。
「蠱惑」が防御の手を翳すも、鉄拳がその掌を突き破り頭部を打ち砕こうとする。が。

「な、何だよこれは!!」
「言ったろ?その手の攻撃は効かないってな」

「金鴉」の拳は、「蠱惑」の手のひらを貫いたままの位置で止められる。
手の位置から湧き出た大量の毒虫たちが、「金鴉」の拳に噛み付いて勢いを殺していたのだ。

自らの手を引き抜こうとする「金鴉」を、再び蹴飛ばし引き離す。
穴の開いた掌はやはり、寄生虫による超回復で傷が塞がりつつあった。

「おい、そっちのお団子頭はかかって来ないのか?何なら二人がかりでやってくれたって、構わないんだぜ?」

胸の傷もすっかり修復され、「蠱惑」が余裕を態度に出す。
事実、彼女の中では戦闘はほぼ終了してるも同然だった。「金鴉」の能力は、顔と体を自在に変える事ができる「擬態(ミミックリィー)」。
そして相方の「煙鏡」は。

「遠慮しとくわ。直接攻撃はそこのバカの担当や」

寝そべった格好のまま、宙に浮いていた。
念動力の中には、その強大な力によって様々なものから身を守る種類のものがある。「煙鏡」は自らの念動力を駆使し、自らの外にあ
るものを拒絶することで一種のバリヤーのようなものを構築していた。その能力の名は「鉄壁(プロテクション)」。その効果は使用者の精
神力が尽きるまで持続する。ちなみに現在宙に浮いているのは、彼女が重力の影響を「拒絶」した結果の現象である。

使いようによってはいかなる攻撃も通用しない文字通りの鉄壁だが、攻撃に転用することはできない。攻防一体、さらに驚異的な回復
力まで持つ「蠱惑」の相手にならないのは確かだった。

勝負あったわね。
「永遠殺し」は、目の前の戦況をそう判断した。
ただ気がかりなのは。二人組が得意としてるというコンビネーションプレイが、まだ一度も披露されていないこと。それと。
左手の甲を見る。甲のちょうど真ん中に、何かに噛みつかれたような小さな傷。先ほど「金鴉」が蹴飛ばされたのを避ける
時についた傷だと思い捨て置いたのだが。

「まあいいや。そこのポニーテールのチビがぶっ倒れてから、かかってくるか、白旗振るか。今のうちに決めておくんだな」
「その時が来れば、な」

鼻で嗤う「煙鏡」を見て、「蠱惑」の苛虐心に火が点く。
だったら、徹底的にやってやるよ。
おぞましい毒虫たちを引き連れ、座り込んだままの「金鴉」に一歩ずつ、近づいた。

「金鴉」の顔が、そして姿が変化しはじめたのに気がついたのは、「蠱惑」が完全に彼女を攻撃の射程距離の中に入れた時。

何だこいつ。今更誰に擬態しようってんだよ。こいつの能力は、誰かの姿形をそっくり真似ることだけで、能力に関しては
コピーできないはず。

「蠱惑」が抱いた、微かな疑問。結果から言えば。
そんなことを考える暇など、あってはならなかった。

全身を突き抜ける、衝撃。
夢でも見ているかの光景。
俄かに景色がくるくると回転し、視界が収まったあとに「蠱惑」が見たものは。

ミリタリー服を着た女が、背を向けて立っていた。
見たことのある、体型、背格好。よく見るとその女の迷彩服は。
真っ赤に濡れていた。激しく噴きだす血の雨によって。

「あ、あ、あああアあああアアアッ!!!!!!!!!!!」

そこで初めて、「蠱惑」は気づく。
迷彩服の女の、本来あるべき首から上の部分がそっくりなくなっていることに。
そしてそれが、紛れもなく自分自身であることに。

「前言撤回。あんた、やっぱ人間やったんやなあ。まあ、安心したわ」

宙に浮かんでいた「煙鏡」が、侮蔑の視線とともに自らの身を地へと降ろした。
生首だけになった「蠱惑」は、激しく狼狽する。
自分が首を跳ね飛ばされた過程や、嬉しそうにこちら側を見ている「永遠殺し」そっくりの女のことなど、どうでもよかった。

「し、し、死ぬ!!首を、早く首を!!!!」

いくら体内の寄生虫が体組織を修復してくれるとは言え、肝心の首が胴体と離れてしまっていては何の意味も無い。目からは、
血とも涙ともつかない液体が流れ始めていた。

「・・・しまいや」

「煙鏡」が、自らの靴底を「蠱惑」の頭に乗せる。
自分が何をされるのか。間近に迫る死の恐怖が、首だけの「蠱惑」に必死の命乞いをさせる。

「頼む、やめてくれころさないでくれ、お願いだから…」
「ほな、さいなら」

スイカ割りの踏むように。
あっけなく、「蠱惑」の頭は踏み潰された。
頭蓋は割れ広がり、中の髄液と血液のミックスが飛び散る。破壊された骨の隙間から、灰色の組織がだらりと物悲しげに流れ落ちた。

「これで、席が一つあいたな」
「て言うか…オエエエエエエッ!!!!!」

「永遠殺し」そっくりの女、彼女はその顔を徐々に元の「金鴉」のものに変化させると同時に。
吐いた。体を屈ませ、痙攣させ、激しく嘔吐を繰り返す。

「ちっくしょ、おえええ、あの血クソ不味!!もう二度とおばちゃんの力は、おえええ、使わないっ、げろおおおっ!!!!!」
「ははは、体がもたんのやろ?あんま調子こいて身の丈に合わん技、使わんほうがええで」

降って湧いたような、惨劇。
居合わせた幹部の誰もが、目を疑う。
まだ尻に殻がついたひよっ子幹部が、組織の古参をあっという間に葬り去ってしまった。その事実を、受け入れられずにいた。
特に、「蠱惑」に育てられ、可愛がられた人物は。

「え、あれ。いちーちゃん、死んじゃった…?」

放心したように遠くを見つめていた、「黒翼の悪魔」。
頭の中がうまくまとまらない。蠱惑、問題児の二人、毒虫、毒の飛沫、鮮血、穿つ銃弾、そして、生首。死。どうして? 時の流れ
が、繋がらない。
彷徨う視点、しかしそれはやがて一つのところに落ち着く。
一仕事を終え、まったりとしている二人の少女のところに。

「あんたたちが、いちーちゃんを」

すうっと、音もなく立ち上がる「黒翼の悪魔」。その背中には体に流れる禁忌の黒い血の片鱗である、蝙蝠の翼が大きく張り出していた。

「裕ちゃん、まずい!!!」

それをいち早く見つけた「詐術師」が、大きく叫ぶ。
だが、「首領」は自らのかつての名前が呼ばれるような緊迫した事態にも関わらず。例の二人に話しかけた。

「なあ、あんたら」
「な、なんやねん」

強がりつつも、「煙鏡」は怖気づいていた。そして、知っていた。
あらかた吐き終えた「金鴉」もまた、本能的に何かを察知していた。

「言うたはずやろ。次は、ないってな」

鈍い、それでいて空間を揺るがす音。
「首領」と「金鴉」「煙鏡」の間の空間に、黒く大きな亀裂が走る。
あらゆるものを飲み込む、空間の裂け目。「首領」の持つ能力、「空間裂開(スペースリパー)」が発動したのだ。

強烈な吸い込みが、二人の悪童を黒の彼方へ引き寄せる。
もう、逃れる術はない。

「ちっくしょおおおおおお、ババア、覚えてろよおおおおおお!!!!!!!!!!」
「くそ、こないなことして、ただで済むと思たら、大間違いやで!!!!!!!!!」

見えない手が二人を捉えて引きずり込むかのように。
「金鴉」と「煙鏡」は、ここではないどこかへと消え去ってゆく。
再び空間全体を揺さぶるような音とともに亀裂はゆっくりと閉じていき、そして何事もなかったようにその存在を消した。

しんと静まる会議室。
おいそれと口を開けるような状況ではないことは、誰もが理解していた。
そんな中、ただ一人、冷静に事の成り行きを見守っていた「不戦の守護者」が訊ねる。

「『首領』。会議は」
「…解散や。次回の日程は、追って伝える」

それで、全てが終わりだった。
首領の言う事は、絶対。それが、ダークネスという組織においての不文律。

「黒翼の悪魔」は。怒りの行き場をなくしたまま呆然とその場に立ち尽くし。
「銀翼の天使」は。目の前で行われた殺戮劇に組織への不信を深め。
「詐術師」は改めて「首領」の恐ろしさを実感し。
「永遠殺し」は、短時間の間に自らの力と同種の力が働いたことに感づいていた。

後に「鋼脚」「黒の粛清」と呼ばれることになる二人の少女たちは。
組織の闇の深さを知る。彼女たちが心を闇に食われるまで、そう時間はかからなかった。

会議室に渦巻いた様々な感情。
それらは、「首領」が率先して部屋を出ることで、霧のように散りそして消えていった。


首領の部屋。
先ほどまでの惨劇をまとめ終えた、組織の長。設けられた重厚な長椅子に座ると、思わず深いため息が出た。

「なんかおばさん臭いなあ」

部屋の中には、「首領」と。煌びやかな幾重にも重ねられた着物を身に着けた黒髪の女性。全ての未来を見渡す、「不戦の守護者」。

「うっさいわ。あんな見世物見せられたら、誰でも老けるっちゅうの」
「『蠱惑』を見殺しにしたの、わざとっしょ?」

おどける「首領」に、守護者が核心を突く一言。
あんたにはかなわんわ、とでも言いたげに「首領」は肩を竦めた。

「『蠱惑』は組織からの独立を画策していた。確かそれは裕ちゃんには伝えたよね。そこで裕ちゃん、いや、『首領』は。速やかに、
それでいて『合法的に』彼女を消す方法を考えた。それが、問題児二人の幹部昇格」
「ああ。全てはうちの読みどおりやった。気の短い、見栄張り。それと歯止めの利かないクソガキども。アホみたいに、うまくいっ
たわ…」

守護者がそっと、目を伏せる。

「圭ちゃん…『永遠殺し』には本当のこと、言ってもよかったのに」
「あかん。あの子は事のほか『蠱惑』を可愛がってたから。それに会議の中で公開処刑なんて、真面目なアレが聞いたら鬼瓦みたい
な顔して抗議するに決まってるわ」
「下手したら組織を二つに割りかねない事態。その選択は正解。カオにも、『蠱惑』が『銀翼の悪魔』を引き連れて組織に反旗を翻
す未来が見えてたからね」
「そうなったら、血で血を洗う抗争の幕開けや。理想を叶えるどころの話やない」

「首領」はその体を長椅子に埋める。
何かの為に別の何かを犠牲にする、そんなことは何度もやってきた。だが、いつまで経っても、慣れることはできない。

「…血で血を洗う抗争、ね。まるで、どこかで見てきたみたい」

ぽつりと、そんなことを漏らす「不戦の守護者」。
「首領」は、もたせ掛けた体をゆっくり起こして、言う。

「まさか。未来視やあるまいし」


その後、ダークネスの本拠地は海上の要塞から別の場所へと移された。
本拠地跡は、直後に就任した二代目科学部門統括によって専用の研究所として再利用されることとなる。
一方。「首領」によって放逐された二人の問題児は。
時空の狭間で気の遠くなるほどの長い時間を過ごした後、関東近郊の隔離施設に幽閉される。不意打ちに近いものはあったとは言え、
幹部を抹殺したその能力。だがそれは組織によって必ずしも有用なものとは言えなかった。そして今日まで、誰一人として彼女たち
の解放を唱えるものはいない。

隔離施設の地下深くから、嘆きの声が木霊する。
昏く、黒い。魂を引きずり込むような、叫びが。





投稿日:2013/08/20(火) 08:19:54.91 0