『HELP!!』


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『HELP!!』

〈少し考え始めると〉

1-1

田中れいなは意識を取り戻した。
「……み、……水……」
道重さゆみがペットボトルの飲み口をれいなの乾いた唇にあてる。
れいなは懸命に飲もうとするが、咳き込んでしまい、半分以上の水が口から溢れだした。

水を飲み終え、少し落ち着くと、れいなはかすれた声で尋ねた。
「……さゆ、……ここ、どこ?」
「どこって、ここはダークネスの秘密研究所だよ。れいなが10分前までおったとこ」
「10分前……あれから、10分しか……経ってないと?」
《さゆ~、れいなは戻ってきた?》
スクリーンにマルシェの顔が現れる。
《あのねえ、脱水症状には、電解質を含むスポーツ飲料の方がいいんだよ》
「マルシェ!れいなに何をしたの!」
《れいなは、Uの能力で異次元に飛ばされてたの》
「異次元?」
《あの子の能力、ほんと面白いの!私が研究したところによるとね、……》

マルシェの話では、その「異次元」では、時間が約500倍の速さで流れるらしい。
こちらの世界で10分経過したとする。
すると、その世界では、5000分、すなわち80時間以上も経ってしまう。
また、飛ばされる場所は、海に浮かぶ小さな無人島で、そこには水も食料もない。

《そんなとこに三日以上もいたんだから、れいながそうなっちゃうのも当然よね》
さゆみは、れいなのやつれた顔を改めて見た。


1-2

さゆみの特殊能力は治癒能力だ。
ただし、それはあくまでも外傷を治す力である。
今のさゆみにできるのは、れいなの頬を撫でることだけだ。

生田がれいなを背負い、闘技場から運び出した。
工藤は、れいなの顔をじっと見つめ、口をへの字にしている。
マルシェの声がスピーカーから響いた。
《じゃあ、実験を再開しましょ!次はタッグマッチ。さゆ、二人選んでちょうだい》
「道重さん、ハルに闘わせて下さい!」
工藤がさゆみに訴えた。
「うん……」
さゆみは、膝の上のれいなの顔を見つめたまま、生返事を返す。

鉄の扉が開き、二人の少女が出てきた。
一人は、植物を自由に操る少女、森咲樹。
もう一人は、暑苦しい分身を作り出す少女、古川小夏。
先ほどの佐藤綾乃と同じく、二人の頭には、銀色のヘッドギアが嵌められている。
関根梓が二人の能力を解説する。すると、譜久村が、さゆみの前に出て言った。
「道重さん、聖が行ってもいいですか?」
さゆみは依然としてれいなを見ながら、ずっと何かを考え込んでいる。
気まずい空気を壊すかのように、生田が譜久村に言った。
「みずき、えりも闘う!この前みたいに精神破壊波であいつをやっつけてやる!」
それを聞いた梓が、すまなそうに言った。
「あの……生田さんの精神波はたぶん効かないと思います。
あの二人からは感情が感じられません。さっき闘った綾乃もそうでした。
おそらく、あのヘッドギアが、闘争心以外の感情を消してるんだと思います」
工藤が生田の前に走り出た。
「生田さん、ハルに行かせて下さい!ハル、絶対にやっつけてみせますから!」


1-3

譜久村は工藤とともに橋を渡り、闘技場に立った。
譜久村の脳裏にさゆみの顔が浮かぶ。
譜久村と工藤を見送るさゆみの表情は、どこか上の空だった。

戦いが始まると、譜久村と工藤はすぐに自由を奪われた。
マルシェの開始の合図とともに、洞窟の天井を突き破って太い木の根が二本伸びて来た。
それらは大蛇のように譜久村たちに巻き付き、二人を床から3m程の高さに持ち上げた。
もちろんそれらの木の根は、森咲樹が操作している。
一方、古川小夏は、高熱を発する、自分に瓜二つの発光体を作り出した。
ピンク色に光る小夏の分身が、空中にふわりと舞い上がり、工藤の正面で静止する。
そして、輝度を増しながら、工藤の方へジリジリ近づいていく。
高熱によって顔や腕に痛みを感じ、工藤は下唇を噛んだ。
「うう……」
汗を流し、苦悶の声をもらす工藤。
その様子を、譜久村はじっと見つめていた。

譜久村は、この状況をある程度予測していた。
小夏の分身は、直接攻撃が出来ない。
前回は狭い空間に閉じ込められていたので逃げ場が無かったが、今回の戦場は広い。
もし、小夏の力を使うのなら、まず自分たちを動けないように拘束する必要がある。
その役目を担うのが、森咲樹なのではないか。
そして、その予測は、見事に当たっていた。

「譜久村さん!まだですか!」
工藤は、戦いが始まる前、最初は敵の動きを見るようにと譜久村から耳打ちされていた。
(それじゃあ、反撃といきますか)
譜久村は、あらかじめ左手に持っていた一枚の生写真に意識を集中した。
そこには、ある少女の、青空のような笑顔が写っていた。


〈怖い気持ちが芽生えるよ〉

2-1

その写真は、工藤が動物園で大鷲に襲われた、あの夜に撮影したものだった。
戦いの後、佐藤優樹に連れて来られたさゆみは、工藤の治療を終えると佐藤に言った。
「まーちゃん、フクちゃんをここに連れて来てくれない?」

譜久村は、他の能力者の持つ力を一時的にコピーすることができる。
これは、残留思念を読み取る能力を発展させた技だ。
ただし、コピーするには二つ条件がある。
一つは、コピー対象者が、その能力を十分にコントロールできているということ。
当人でさえ制御できない力を、一時的に借りる譜久村が使いこなせるわけがない。
もう一つは、譜久村が、対象者の体の直接触って読み取らなければならないということ。
この二つ目が、問題だった。
他者の能力を使用できるのは、接触直後の数分間だけである。
これでは、極めて使い勝手が悪い。
そこで、猛特訓の末に完成させたのが、生写真を使うという方法である。 
コピーの対象となる能力者を撮影した生写真に、その人物の思念を染みこませておく。
その生写真を引鉄として、好きな時にコピーした力を引き出せるようになったのだ。
以上の条件から、現在譜久村が使えるのは、リゾナンターの先輩たちの力だけであった。
ただし、光井愛佳の予知能力は、余りにも特殊すぎるためか、コピーできなかった。
また、高橋愛の能力のうち、瞬間移動と光の力は使えない。

もし、譜久村がリンリンの能力を使えるようになれば、今後の戦闘で大いに役立つ。
譜久村が到着すると、さゆみはリンリンと握手するように言った。
譜久村の右手がリンリンの右の手のひらを、左手がリンリンの右手首を強く握り締める。
(あーん!リンリンさんが、聖の中にどんどん入って来る!あ゛あ゛あ゛……)
「道重サーン!この子、チョー鼻血出テルよ!?」
「それ、いつものことだから気にしないで」


2-2

譜久村は写真を見つめた。リンリンの思念が全身に充満していく。
譜久村の右手が、体を締め付けている根を握る。
(リンリンさん!力をお借りします!)
譜久村の体がエメラルドグリーンに輝く。
同時に、譜久村の右手の近くに、小さな緑炎が生まれた。
その炎は、根の表面を滑るように移動し、5mほど上ったところで爆発的に巨大化した。
爆炎の触手が工藤を縛っている根まで届き、やはり同じように燃え上がる。
根は瞬く間に黒く炭化してちぎれた。
二人は、闘技場の床にほぼ同時に降り立った。
「譜久村さん、さっき、ハルの苦しんでる姿を見て、楽しんでませんでした?」
「ごめん、気付いてた?」
譜久村は、口を尖らせている工藤に笑みを見せてから、咲樹と小夏を睨みつけた。

スクリーンのマルシェが、感心したように言う。
《譜久村ちゃんは中国娘の力も使えるんだ。やるわね~。でも、勝負はこれからよ!》
マルシェは、手に持っているリモコンのスイッチを二つ続けて押した。
二人の頭に嵌められているヘッドギアの赤いランプが灯る。
直後、咲樹の体が膨張し始め、着ている服が内側から裂ける。
露わになった白い肌が黒く変色し、ひびが入っていく。
腕は枝に、足は根になり、十秒も経たないうちに、咲樹の体は一本の大樹へと変身した。
一方、小夏は、宙に浮いていた分身を呼び戻し、それと一つに重なった。
小夏の全身が、ピンク色の太陽のように輝き出す。
その輝度は、分身単体の数倍になり、発熱量も比べ物にならなかった。

「どぅー、暑いでしょ?そのTシャツ、脱いじゃったら?」
「死んでも脱ぎません。譜久村さんの前では、靴下も脱ぎません」
「あ~ん、そのツンな感じ、可愛い!」
そう言いながら、譜久村の頬には、暑さによるものではない汗が流れていた。


2-3

年齢とキャリアからいって、自分は、今のリゾナンターで、上から三番目の位置にいる。
譜久村は、そのような意識を常に持っている。
しかし、自分がリゾナンターを引っ張っていくということは、まだ考えられない。
それは、上の二人が、絶対的な「強さ」を持っているからである。
だが、れいなが戦闘不能になってしまった。さゆみも、表情が明らかに普段と違っている。
こうなると譜久村は、自分が担うべき責任の重さに、気付かざるを得なかった。
16才の少女には過酷なその重圧に、譜久村は怯えていた。
それでも、いや、だからこそ譜久村は、いつも通りの自分でいようとつとめた。
いま、自分が怯えていることを、誰にも悟られたくなかった。
敵にも、隣にいる後輩にも、そして、戦いを見守っている仲間たちにも。
何よりも、譜久村自身、弱い自分を認めたくなかった。

譜久村は余裕の笑みを無理に作り、再びリンリンの生写真を手にする。
それを見た咲樹が、譜久村の方へ、太い枝と化している両手を伸ばした。
枝の先端から、大量の水が噴き出す。譜久村の全身が、瞬く間にずぶ濡れになった。
(ヤバい……。今の聖の力じゃあ、こんなにたくさんの水を蒸発させられない……)
譜久村は止むを得ずリンリンの生写真をしまった。
咲樹は、水の放出を止め、太い腕を高々と振り上げた。

一方、自ら発熱体と化した小夏は、工藤に襲い掛かった。
小夏の打撃は、速い上に正確だ。
さらに全身からは、先程より激しい熱が放射されている。
直撃は何とか免れているが、その小さな体に、ダメージが蓄積されていく。
工藤は助けを求めようと、譜久村を見た。
知らないうちに分断されていたらしく、譜久村とは30m程離れていた。
(譜久村さん?)
咲樹の猛攻を受けている譜久村の顔つきが、これまで見たことがないほど青ざめている。
工藤の胸に、恐怖が沸き起こった。


〈本当に大丈夫なのかな〉

3-1

小夏の発熱量が凄まじい。50m以上離れている鞘師にすら、その熱が届く。
全身に汗のべたつきを感じた鞘師は、着ているパーカーを脱ぎ、床に放り投げた。

不安と焦燥に押し潰されそうになった譜久村は、無意識のうちにリーダーを見る。
さゆみは、闘技場の方を見ていない。俯いてじっと足元の床を見つめている。
(道重さん、何見てるんだろ?)
さゆみの視線の先を辿ると、そこには、乱雑に脱ぎ捨てられた鞘師の服があった。
(里保ちゃんの服だ……。そう言えば道重さん、脱ぎたてがいいって力説してたな……
……え?……あれ?てことは、道重さんは、いつも通りってこと!?)
さゆみがいつものさゆみに戻っている。そのことが、譜久村に落ち着きを取り戻させる。
(良かった!道重さん、全然大丈夫なんだ!)
譜久村が、目を細めてさゆみを見ていると、さゆみの頬が、微かに緩むのが見えた。
(あ、笑った。道重さん、服から湯気でも上がったんですか?……ん?……湯気!?)
譜久村が、何かをひらめく。
「どぅー!こっち来て!」
譜久村は改めてリンリンの写真を取り出し、先程自分を縛っていた根を拾って着火した。
呼ばれた工藤が、譜久村の方へ走る。そのすぐ後を小夏が追う。
譜久村が緑色に燃える根を咲樹に投げつける。咲樹は、消火のために再び水を放つ。
譜久村は、写真を持ち替え、ポケットからワイヤーを取り出す。
ワイヤーが黄緑色に光りながら、咲樹の手首だった辺りに巻き付いた。
譜久村は、ワイヤーを引き寄せつつ、工藤の方へ走る。
枝の先端が曲がり、水流が、譜久村の方へ伸びていく。
譜久村は、工藤と合流すると、そのままその小さな体を押し倒して床に伏せた。
水流がその上を通過し、工藤の背後に迫っていた小夏を直撃する。
大きな爆発音が洞内に響きわたった。
そして、闘技場全体が、瞬く間に濃密な湯気の霧に包まれた。


3-2

視界0mの濃霧の中を、一つの小さな影が自由に駆けまわる。
水を浴びて温度の下がった小夏の頭部に、工藤は、渾身のハイキックを見舞った。
小夏が倒れるのを「見」届けると、工藤は、すぐさま咲樹へ襲い掛かった。
咲樹は譜久村の緑炎を警戒し、四方へ闇雲に水を放っている。
隙だらけの幹に工藤は拳を撃ち込む。だが、硬い木質の肌がそれを跳ね返す。
攻めあぐねている工藤に向かって、譜久村が大声で叫んだ。
「どぅー!根っこの中に、他と違ってるやつは無い?」
木の根と化した咲樹の足は、複数に枝別れして闘技場の床に広がっている。
「え?根っこですか?えっと……。あ!一本だけ、すごく汗をかいてるのがあります!」
「それだ!どぅー、聖をその根っこのところに連れてって!」
工藤が譜久村の手を引いて、水滴が多量に付着している根のところへ連れていく。
譜久村はその根にワイヤーを巻き付け、一気に回転させた。
おがくずが大量に飛び散り、続いて、水しぶきが上がった。

咲樹が放出した大量の水は、地中からその根で吸い出したものだった。
樹木に変身した咲樹は、複数の根をホース状にし、その先端を地中に潜り込ませた。
そのうちの一本が、地下水脈に到達し、大量の水を咲樹の体内へ流し込んでいた。
高温多湿な闘技場において、冷たい地下水が通るその根だけは、表面温度が極めて低い。
そのため、空気中の飽和状態に近い水蒸気が、その根の表面に触れ、結露したのだ。
譜久村は、咲樹の放つ大量の水の出どころをずっと考えていた。
植物が根から水を吸い上げるということは、小学校で習った。
また、冷たいグラスの表面に水滴がつくということも、経験で知っていた。
結露という現象の原理はよく分かっていないが、結果として譜久村は正解に辿り着いた。

根は完全に切断され、断面から地下水が溢れ出す。
咲樹の手から出る水の勢いが、急速に衰え、止まった。
水が出せなくなった咲樹は、破れかぶれに腕を振り回す。
その腕の先端を工藤が捕まえ、譜久村に手渡した。


3-3

緑色の炎に包まれながら、咲樹は床に崩れ落ちた。
黒焦げの大樹が、みるみる少女の姿へ戻っていく。
白く美しかった肌が、赤黒く焼けただれている。
譜久村は急いで駆け寄り、さゆみの生写真を取り出した。
(聖の力じゃ完全に治すことはできないけど、痛みは軽くなると思います)
咲樹の体が、ピンクの光に包まれた。

《ねえ!ぼうっとしてないで、早くNo.2とNo.3を回収しなさいよ!》
マルシェの怒鳴り声がスピーカーから響く。
鉄の扉が開き、数名の戦闘員が出てきた。

小夏と咲樹が運び出されるのと入れ違いに、久住小春と、Uと呼ばれる少女が現れた。
「シゲさ~ん!小春、帰りますね~」
さゆみは険しい顔で小春を見つめたまま、何も答えない。
「あ、そこでだらしなく寝てる田中さんにも、よろしく言っといてください」
「黙れ!」
工藤が叫んだ。小春を睨み付ける瞳が、怒りで血走っている。
「えっとー、工藤ちゃん、だっけ?うわさ通り、元気がいいね~。
でも、あんたみたいなガキんちょは、まだまだ小春の敵じゃないカナ」
「ハルは、お前みたいな裏切り者、絶対に許さない!」
「裏切り者……」
小春の瞳が曇る。
が、またすぐに、人を小馬鹿にしたような目つきに戻った。
Uが小春の前に進み出た。
「久住さん、あのガキ、生意気ですね。きっかがちょっと懲らしめてやりますよ」
Uはスッと右手を上げ、指先を工藤へ向けた。
「危ない!」
隣りにいた譜久村が工藤に覆い被さった。


〈Ending:僕らは大丈夫なのかな〉

黄色い光が二人を呑み込んだ。
「フクちゃん!どぅー!」
鞘師が無人の闘技場に向かって叫ぶ。

小春が半笑いで言う。
「ちょっと、きっか~、あんまり勝手なことしないでよ~」
「すみません。なんか、あのガキの態度にムカっときちゃったんです」
「ほんと、きっかは自由人なんだから。教育係の小春の身にもなってよ~。
……でも、おかげで何かスッキリしたカナ。きっか、サンキュ!」
二人は楽しそうにおしゃべりをしながら、鉄の扉の奥へ消えて行った。

それから十分後、譜久村と工藤が異次元から戻ってきた。
さゆみ達が二人を介抱していると、スクリーンにマルシェの顔が現れた。
《さゆ、怒ってる?でも、Uのやったことは、私の責任じゃないからね。
それでさあ、実験がもう一つ残ってるから、できれば最後まで付き合ってくれない?》
さゆみが立ち上がって、静かに言った。
「マルシェ……、一つお願いがあるの……」
《ん、なあに?》
「小春と戦わせて……」
《え?》
「さゆみ、もう小春を許せない!」
「道重さん!?」
鞘師が、驚いたようにさゆみの顔を見る。さゆみの瞳は、憎悪の色に染まっていた。

―おしまい―





投稿日:2013/08/14(水) 18:35:40.53 0


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