『闇に棲む者』 part-4


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物語は、新宿で起きた通称「歌舞伎町マル暴ビル火災事件」の数ヶ月前へとさかのぼる。

深夜の渋谷。曲がりくねった、細い「ビルの谷間」とでも言えそうな暗い路地裏を、疾走する一人の女がいる。

華奢で細身な肢体に、ゴスロリ系・・・とでも言うのか、フリルの付いた黒のノースリーブのトップスに、白いフリルの付いた黒のミニスカートを纏い、右のふとももにだけ、やはりフリルの付いた黒いガーターリングをしている。
指先の見える、オープンフィンガータイプの黒革の手袋のハードさは、ややコーディネートとしては不釣合いかも知れない。
履いている爪先まで厚底のハイヒールブーツは相当走り辛いはずだが、その走るスピードは異常なほどに速い。
走りながらふと女は振り返り、ウェーブのかかった茶髪の隙間から猫のような鋭い眼を覗かせ、口角を微かに上げる。

路地を追ってくるのは5~6人の柄の悪そうな男たちだ。ド派手なシャツやらジャージやら…。『ヤクザ』というより『チンピラ』に近い、そんな連中が手に手に得物を持って一人の女を追いかけている。
得物といっても鉄パイプ、ナイフといったものから、拳銃、はては日本刀らしきものを抱えた者までが、必死の形相で足場の悪い裏路地を駆け抜けていく。

追われていた女が路地を急速度で左へと曲がり、すっと姿が見えなくなる。
先頭を走っていたチンピラの一人が慌てて拳銃のトリガーを起こすと、ダッシュして細い路地へと駆け込んで行った。少し遅れて他の男たちも後に続こうとした、その時…。

ゴンッ…!!っという音と共に、先に駆け込んだ男が、棒のように硬直した姿で路地から倒れこんでくる。
路地のコンクリの地面に脳天を打ちつけた男は、両脚をピンと伸ばして硬直させ、ビクビクと痙攣する。

その右の眼球には、アイスピックを長くした様な…長く太い『針』のような得物が深々と突き刺さり、その先端は後頭部まで貫通して、飛び出していた。

「ち、畜生ッ!!」「あの野郎ッ!!やりやがったな!!、」
口々に叫びながら男たちが路地へ飛び込んでいくと、そこは20m四方程の、ビルに囲まれた暗い袋小路のスペースだった。
ドラム缶やら木箱やらが無造作に積み上げられた雑然とした空間。周囲のビルの照明も既に消え、一本の常夜灯だけがポツリと闇を照らしている。

…女の姿は見えない。

「野郎… どこへ行きやがった?」
一人の男が叫んだ瞬間…。 パンッ!!という音が響き、男の眉間にきれいに丸い穴が穿たれ、男は崩れ落ちるように倒れる。
男たちが慌てて見上げると、すぐ横のドラム缶の上に女が腰掛け、足をぶらぶらさせながら、先程の男が抱えていた拳銃を構えていた。
「て、てめえは拳銃(ハジキ)は使わねえって…」 
…パンッ!!
言い掛けた男の眉間にも銃弾が炸裂する。

「拳銃は好かんっちゃけど…。使わないなんて言った事はなかとよ…」
女は言いながら次の標的を探す。
男たちは慌ててドラム缶や木箱の陰に、飛び込む様に身を隠す。
標的を見失った女は顔をしかめると、指で耳をほじる様なしぐさを見せ、
「…やっぱれいなはうるさいのは好かんと」
そう言って、拳銃を男たちの隠れたあたりの空中に高く放り投げた。

「うおっ!?」「…おお!?」
近くに隠れていた男が2人飛び出すと、空中をくるくると飛んでくる拳銃に手を伸ばす。

ちょうど拳銃の落下地点近くにいた男が「確実に取れる…!」 そう思った瞬間には、恐ろしいほどの俊敏さを見せた女が、既に男の足元に飛び込み、屈みこんでいた。
眼にも留まらぬスピードでガーターリングから『針』を引き抜くと、立ち上がりながら男の顎の下の柔らかい皮膚に突き刺す。

『針』は口内の上顎を突き抜け、脳を突き刺し、最後に女が皮手袋の掌底を『針』のエンドに叩きつけると…。
ガコンッ!! 鈍い音が響き、男の頭頂部から頭蓋骨を打ち抜いた『針』が飛び出す。
男は手を伸ばした姿のまま、人形のように固まってばったりと倒れた。

「て、てめえっ!?」
飛び出したもう一人の男が硬直している前で、女は落下してくる拳銃を自らキャッチして見せ、そしてそのまま素早く拳銃を男の顔に向けた。
男も慌てて自らの拳銃を引き抜き、同時に女の顔へ向ける。
「う、動くんじゃ…」 …パンッ!!
言いかけたまま、男は額を打ちぬかれて崩れ落ちた。

「…アホとちゃう?動くに決まっとろう?」
女が嘲笑う。
「野郎!!」
怒りに駆られて、隠れていたもう一人の男が思わず飛び出す。
パンッ!! …女が振り向きざまに拳銃をぶっ放すが、これは的を外した。

顔をかすめる弾丸に我に帰った男が逃げ惑うのに向け、パンッ!!パンッ!!っと無造作に女は弾丸を放つが、すべて外れ、周囲のビルのコンクリの壁に白い煙が上がった。
ガチッ…!ガチッ!! 回転式の拳銃は6連発だったらしく、弾が切れ、激鉄が空しく音を立てる。

「ハッハーッ!!弾が切れやがったな!!」
逃げ惑っていた男がやにわに勢いづいて女のほうへ向き直る。…しかし。

ブンッ!! 風を切る音が響き、猛烈な回転を与えられた拳銃が、恐ろしいスピードで男の額に激突する。
…ドゴォッ!! 赤いアザミの花でも咲いたかのような血飛沫が派手に飛び散り、男は体ごと吹き飛ぶと、ビルの壁に激突して動かなくなった。

しん… と静まり返る空間。

ザシッ… 

コンクリートを踏む音が響き、一人の男が物陰から姿を現わす。180cm程の痩躯。赤い革のロングコートを羽織り、質素な黒鞘の日本刀を携えている。
こけた頬に薄い唇。オールバックに撫で付けられた髪の下の眼光は、これまでの「チンピラ」どもとは桁の違う殺気を放っていた。

*** ***


アイツも逝ったな…。頭蓋骨がヤラレちまってやがるぜ、あのザマではよ…。
あの女、なんてェ腕力だ…?ゴリラかよ…。

俺はそんな事を考えながら、ゆっくりと女の前に姿を現す。

俺が連れてきた舎弟はみんな死んじまったようだな…。
…だが不思議と腹も立たねえよ…。この女はヤベえ。
コイツを相手にしようと思った時点で、アイツらは身の程知らずだったってこった。

俺は自慢のダンビラを鞘から抜き放つと、鞘を放り投げた。
カラーン… と乾いた音が響く。
鞘を捨てて勝負に負けたヤツってのは誰だっけな…? 巌流島の小次郎か…?

俺は基本に忠実に…、正眼に刀を構える。この女相手には遊んでいる余裕はなさそうだ。
こんなに真面目に刀を構えるのはいつ以来だ…?そう、俺がこのヤクザな道に入るきっかけになった、「あの日」以来かも知れねえ…。

*** ***


ヤクザの家に生まれた俺は、幼い頃から「後ろ指を指される人生」を送ってきた。
だが俺には「天分」があったらしい…。高校のときに剣道に“はまった”俺は、あっという間に腕を上げ、一時は「天才高校生剣士」などともてはやされたもんだ。

そして「あの日」…、俺は高校総体の個人戦決勝に臨んでいた。

…しかし…。俺が何度技を決めても「一本」にならねえ。どうも妙な雰囲気だった…。

…真相は今もわからねえ。

だがな、剣道の世界には警察関係者が多いんだよ…。それまでも俺はオヤジの素性を知る警察関係者に、競技場で嫌味を言われたりする事は珍しくなかった。
俺はそれを、俺の素性を知る審判員たちの偏向ジャッジと理解した。
そして… 俺は「試合に勝つ」事よりも「勝負に勝つ」事を選んだ。

ダンッ…!! 激しく音を立てて右足を踏み込む。まずは「面」撃ちだ。決まった…!だがそんな事は関係ねえ。どうせ判定は取れない。
俺はそのままさらに激しく踏み込み、打ち込んだままの体制で相手に思い切り体当たりをかます。
そして俺はバランスを崩し吹っ飛ぶ相手の喉元に、追い討ちの「突き」を全力で叩き込んでやった。

狙い通り…! 相手は宙を飛ぶように吹き飛び、床に叩きつけられる。…これでいい。もうヤツは起き上がってはこれねえよ。俺は危険行為で判定負けだろうが…。
俺は「勝負」には勝った。そう思った。 …だが、それは間違っていたらしい。
ヤツは本当に起き上がっては来なかった。 …永遠に。

この件以来、剣道界も追放となった俺は、お約束のように「この道」に入った。
最近はあまり泥臭いシノギも流行らなくなったこの業界で、いまだにダンビラ振り回して暴れているのは、俺なりのこだわりなのか…? 
それとも、真剣を「人切り包丁」として使うことで逆に貶めてやりたい… という俺なりの意趣返しなのか…?それは自分でも良くわからねえ。

…おっと。 …何だよこの「走馬灯」シーンは…?
女と向き合ったほんの一瞬の内に、俺はそんな過去の情景を見た。
やべえな…。「死亡フラグ」立っちまってんじゃねえのか?
…まあいい。こいつは「あの日」以来のまともにやり合える相手かも知れねえ。

*** ***


「…来な」

…俺がその言葉を発し終わるより先に、既にあの女の顔が俺の眼の前にあった。

猫のような大きな眼が、長い睫毛の下でキラキラと輝いている。
息遣いさえわかる… 吐息も掛かりそうに思える距離で、小振りな唇が艶々と光っているのがはっきりと見えた。
気のせいか…? 俺は女の発する芳しい雌の香りさえ嗅いだような気がした。

ギィンッ…!!

金属音が響いた。
眼の前わずか数ミリを『針』の先端がきらめきながら通り過ぎる。

この女の超高速の一撃をかわせたのは、俺自身にもどうしてかわからない。一時は「天才」とも呼ばれた俺自身の反射神経のおかげか、それとも昔の反復練習が身体に染み付いていたのか…?

とにかく、俺は自分でもよくわからない内に真剣をなぎ払い、俺の左の眼球を目指して飛び込んできた、女の『針』の一撃を凌いでいたらしい。

…いや。凌げてはいなかった。

左の頬に激痛が走る。…やべえ。相当深く抉られてるぜこいつは。
頬の肉が骨までも達しそうな勢いで、深く切り裂かれているのがわかる。血が盛大に頬を流れ落ちてシャツを汚していく。
だが、それを気にしている暇はない。いつ第二撃が飛んでくるかわからねえ。
目ン玉をぶっ刺されなかっただけ運が良かったってこった。

女は既に先程と同じ… 数メートル先の暗がりに佇み、こちらを伺っていた。
信じがたいほどに高速のヒットアンドアウェイ…。 それがコイツの戦法だ…!ほんのわずかの隙も見せるわけにはいかねえ。次はかわせるかどうか…!
全身が総毛立ち、心臓がバクバクと音を立てる。
ヤベェぜコイツは…!!

「ふぅん…」
女が感心したようにつぶやく。
「…れいなが一発で仕留められんかったのはアンタがはじめてっちゃよ」
「…はぁ…!? …ンなこたぁ知るかよ」
俺はことさらにさりげなく応えるが…。
…そうだろうともよ。俺も正直何でかわせたかワカラねェよ。
…眼を外すな…!焦りを悟られるな…!落ち着け…!

「…アイカが言ってただけの事はあるっちゃね…」

…アイカ…? 誰の事だ…?

ギンッ…!! 金属音が響く。

「うおおおおお!!」
思わず叫び声が出る。またしても眼の前に女の顔があった。異常なほどのスピードで飛び込んできた女は、ほんの一瞬俺と眼を合わせてニヤッと笑うと、またあっというまに間合いの外へと飛び去る。
…またしても紙一重で払いのけた『針』は、今度は顔面をかばった右手の甲をザックリと切り裂いていった。血がボタボタとしたたる。

ふざけんなっ…!!なんなんだあのスピードは!!
わけがわからねえ…!どんな鍛え方をすればあんな動きが出来るんだ…!?
闇の中に立つ女の脚は頼りないほどに細く、少女のように華奢な、むきだしの肩や腕は、鱗粉でもまぶしたような…、鈍い、しかしきめの細かい輝きをまとっている。

コイツはあれか…?軍流れかなんかの…「身体能力増幅薬」でも使ってやがるのか?
そうしたらコイツは“疲れ知らず”な可能性もあるぜ…?マズい…!マジでマズイ…!
このまま続けられたら確実に俺もお陀仏だぜ…!!

タンッ…!! 軽やかな靴音を立てて、再び女が動いた。

…見える…!! 初めて女の初動が見えた。
女の顔はあっというまに眼の前に迫っていた。マスカラで纏められた睫毛が3本、くっきりと見えている。

ガッ…!! ガッ…!! ガキィッ…!!
女は逆手にもった『針』を俺の顔面へ… いや、眼球をめがけ、今度は3連発で叩き込んできた。 …畜生!!ふざけんなッ…!!
「だあああああ!!」
気合とも悲鳴とも付かない声が出る。

…受け切れた…!信じられねえ…!
俺はほとんど夢中で刀を振るっていた。そして俺は初めて女の攻撃を無傷で凌いだ。
「うおおおおお!!」
反撃だ!…俺は全力で女めがけ横殴りに刀を振るう。

…ブンッ!!
俺の人生の中でも最高に力の乗った一振りは、だが空しく風を切った。
…女は既に数メートル離れた位置で、何事もなかったかのように、軽くダンスのステップを踏むような動きを見せている。
…ふざけやがって…! 頭に血が昇る。

…女の攻撃は恐ろしく速い。そして腕力も十分に強い、だがいかんせんヤツは軽い。
だからこそ、『針』でその力を一点に集中させ、骨の無い、抵抗の少ない「眼球」を貫くという戦法を選んだのだろう。
けっこう考えてやがる…。やべェぜ。このままじゃあジリ貧だ…。確実にやられちまう…。
刀を握る手が汗ばんでいる。しかし汗を拭く隙さえも今は無い。

…どうする? …どうすれば良い?

「こりゃあ…。 …ひょっとすると“あたる”んかいな…?」
女がポツリと何事かつぶやく。
その顔が、何か決意をするかのようにひきしまった。

…来る…!!

タンッ!! 女が軽やかにダッシュする。

いちかばちかだ…!!

女がスタートした瞬間、俺は右脚を思い切り右斜め前方へ踏み出し、身体を思い切り左に回転させると、“たったいま自分がいた空間”を全力で切りつける。

賭けだった。

女の攻撃は、カウンターを取りようもないほどに速い…。だが、ヤツは必ず俺の眼ン玉を狙ってきやがる…。
ならば、いっそヤマカンで…!ヤツの飛び込んでくる空間を薙ぎ払ってやるぜ…!!

ブンッ…!!

俺は渾身の力で刀を振るった。 …狙い通り…!!飛び込んできた女の顔が間近に見える。
極限状態まで研ぎ澄まされた俺の眼に、スローモーションのように女の表情が見えた。

…畜生ッ…!!

女の喉元を襲う俺の刀に、女は確かに虚を衝かれたはずだった。…だが、女は「おや?」とでも言うような表情を微かに見せ、次にはあきらかな微笑を浮かべながら俺のダンビラの切っ先を紙一重でかわして見せた。

…だが、次の瞬間、突然女がガクリとバランスを崩して腰を落とす。ブーツの紐が何かに絡んだのか…!?…理由はわからない。
だが俺はもう一度全力で踏み込む。左から右へ。しゃがみこむ女へ、袈裟懸けに切りつける。

女は冷静な表情を微塵も崩すことなく、再び俺の切っ先を紙一重でかわそうとした。
だがその瞬間…!! 踏み込んだ俺の革靴が、石畳の上を激しくスリップする。
俺は体勢を崩し、ほとんど飛び込むように女の方へと倒れこんだ。
それが俺の…、 そしてヤツの、予想を越えた刀のスピードと到達距離、そして角度の変化を生んだ。

女の喉元をかすめるはずだった切っ先は、グィッと方向を変え、女の細く、白い左の肩口に食い込む。
「うぉぉぉぉぉおおおおおーッ!!」
身体を投げ出すような不安定な体勢で、俺は両手に全体重をかけて刀を振るう。

ゴリッ… という骨を捕らえる感触。
俺のダンビラの切れ味は伊達じゃねえ…!!
バシュッ…!!という肉を切る鈍い音が響き、眼の前に赤い血飛沫の霧がかかる。

宙を飛んだ女の白い腕が、ボトリと目の前に落ちた。
もらった…!!

俺の、勝ちだ…!! この先の光景は、もう俺には見えている…!

「…ぁぁぁぁぁ…」
女の口から細い、悲鳴とも付かない声が漏れる。
女の顔から見る見るうちに血の気が引き、蝋細工のように真っ白になっていく。
血がボタボタと溢れ出る肩の傷口を押さえながら、女はコンクリートの床に弱々しく膝をつく。

…もうこの女にたいした時間は残されて無いだろうが…。
殺られちまった舎弟達の分もいたぶって、苦しめて殺してやるべきか…?それともその強さに免じて、ひとおもいに殺してやろうか…。

…だが。それは、俺の油断が見せた一瞬の幻だったらしい。

気付いた時には、女は流れ出る血を流星の尾のように振り撒きながら、俺の眼の前に飛び込んできていた。
数センチの距離で女の蒼ざめた顔が見えている。微かに汗ばんだ肌。やや色を失った艶やかな唇。そして大きな瞳…。

ガコンッ…!!

鈍い音がバカでかく響く。

それは、俺の左眼球を貫いた『針』が、俺の後頭部の頭蓋をぶち抜いた音だった。

…クソ野郎が…ッ!! 

…片腕切り落とされて… 一瞬も怯まねェヤツなんてアリかよ…!!

…そして俺の意識は、完全な闇へと堕ちた。

*** ***


女は暗闇の中で ほうっ… と息をつく。
もとより白かった肌の色が、みるみるうちに、さらに透けるように白く変わっていくのが見える。
操り人形の糸が切れるように、カクリと女の膝が折れた。
膝が地面につくと、上半身もふにゃりと崩れ落ち、女はその頬を地面にぺたりと付けて横たわる。

女はお尻を持ち上げたままの、猫が「伸び」をするような態勢で地面に伏し、眠そうに瞳を閉じた。剥きだしの太腿が暗闇の中に白く浮かぶ。
地面を流れる血が、女の頬を汚していった。

「…ィ… チャ…」

暗闇の中にかすかな女の声が響く。

…そして静寂が訪れた。

夜の闇が次第にその色を深めていく。

女の肩がわずかに動いたように見えた。

「…ァィ… チャンッ…!!」

女はかすかに頭を上げると、再び小さな声で、しかしはっきりと叫ぶ。

再び静寂が訪れた。

…永遠に続くかのような静寂。しかしそれは実際にはほんの一瞬であったらしい。

横たわる女の背後の「闇」に変化が現れた。

…「闇」がその色をさらに、さらに深く、濃く変えていく。
「真の闇」にも見えるその空間は、そして急速に人の型を形作っていった。
そして… 闇の中に、突然白い女の顔が浮かび上がる。

闇の中から歩み出た漆黒の衣を身に纏った女は、横たわる女を認めると、気忙しく周囲を見回す。
そして落ちている「腕」を見つけた女はすばやくそれを拾い上げ、再び横たわる女に歩み寄っていった。

今は乾いて艶を失ったように見える、女のボサボサに見える茶髪の頭を撫でると、
「…無茶したらあかんよ…」
小さな声でつぶやく。
次の瞬間、2人の女の姿は漆黒の闇につつまれ、忽然と消えた。

闇の中には、男たちの遺骸と、静寂だけが残っていた。

*** ***






投稿日:2013/08/04(日) 08:50:14.91 0