『リゾナンターЯ(イア)』 - 3


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香音のうめき声が、広いスタジオに絶望を彩る。
壁に侵入した時点で異変に気づき、優樹を先に出し、自身も最低限の接触で壁の中で凍結は免れたのは不幸中の
幸いか。しかし、ディフェンスの上での貴重な戦力を失ってしまったのは間違いない。

「敵前逃亡しなきゃ、あたしは手を出さないから」

スタジオの入口に立ち、面倒そうに言う「魔女」。
ひとまずは二人がかりで攻撃、ということはなさそうだった。

「やっぱ持つべきものは友達だよねえ」
「は?ビジネスでしょ。これも大事なお仕事の一つだから」
「仕事熱心じゃないあんたが言っても説得力ないから。ま、好意はありがたく受け取っておきますか」

終始、リラックスした魔女と粛清人のやり取り。
里保は、入口を塞いでいる女もまた「赤の粛清」と似たような地位にいる人物という事を見抜く。それだけに、とりあえ
ずの不参加表明は額面通りに受け取ればありがたいことだった。

「戦えば、あなたは満足するんですか」
「とりあえずはね。言ったでしょ、この機会を作るだけのためにあの爆破事故を起こしたって」

亜佑美は、喫茶店で見た凄惨な事故現場を思い出し、頭に血が上りそうになる。
あれを、あんなことを、私たちをおびき出すだけのためにやったなんて…許せない。
だが、「赤の粛清」に問いかけた里保は至って冷静だった。このことのために数々の策を弄したということは、それだ
け強いこだわりがあることの、裏返し。そう判断した。

「みんな、よく聞いて。今、私たちに残されている選択肢は。目の前の相手と戦うだけ。そのことだけに、集中して」

里保の一言が、全員の空気を変える。
怒りに震える衣梨奈、春菜、遥、亜佑美も。後悔の念に駆られている聖も。今やれること、やらなければならないこと
に目を向ける。

「赤の粛清」を、打ち倒す。

もちろん、相手は組織の幹部だ。生易しい相手ではない。
だが、ダークネスと全面対決する時にはそういった部類の人間ともやり合うだろう。幹部たちの相手を、全てさゆみや
れいなが引き受けなければならないのか。否。今いる若いリゾナンターたちが、倒さなければならない。

六人の能力者たちが、一斉に駆け出した。
目標はただひとり、朱き凶刃を手にした粛清人。
真っ先に飛び出した里保が、間合いを一気に詰めて斬りかかる。
クローンとは言え、一度「赤の粛清」とは手合せ済み。他の仲間たちと比べて有利に相手と対峙できるはず。

「クローンって言ってもさ、オリジナルと同じ動きができるとは限らないんだなあ」

里保の思考を読んだが如く、大鎌の柄で器用に斬撃を弾く「赤の粛清」。
疾さも、力強さも、クローンとは比べものにならない。
その一瞬の戸惑いが、隙を生んだ。軸回転させた鎌の切っ先が、無防備な里保に襲い掛かる。

「しまっ…!!」

しかし赤い刃は里保の体には届かない。
大鎌が掬い取る前に、亜佑美が里保を確保しその場を離脱したのだ。

「大丈夫ですか鞘師さん」
「あ、ありがとう亜佑美ちゃん」

里保の戸惑いは。
亜佑美が見せた、圧倒的な迅さ。確かに、これまでも彼女は「高速移動」能力で常人の域を遥かに超えたスピードを見
せていた。が、今のは。

「亜佑美のやつ、やるじゃん」
「私の視覚強化でも、捉えられませんでした…」

同期の二人も亜佑美の成長に舌を巻く。
今までよりも、ワンランク上の高速移動。そして遥は、千里眼の能力で、その能力の根源を垣間見ていた。

なんか今、青いライオンみたいのが見えた気がしたんだけど…

遥の直感は正しく、そして。
亜佑美はふとした偶然から出会ったリゾナンターの先輩・ジュンジュンの言葉を思い出していた。

― お前の力、ジュンジュンの力に少シ似テいル ―

最初は意味がわからなかった。
もしかしたら自分も獣化できるのかと思い、どや顔で鏡の前で練習したが何の変化もなかった。
しかし、ジュンジュンの言葉は日に日に亜佑美の中で具現化してゆく。自らの心の裡に棲む、一匹の獣。

その獣のことを意識しはじめてから、亜佑美の能力は向上した。
と言っても、実際に行動に移したのは先ほどが初めてではあったけれど。

「へえ、だーいしちゃんそんなことできるんだ」

「赤の粛清」が言うより早く、亜佑美が行動する。
鎌の内側に入り込み、そこからの攻撃ラッシュ。鎌の柄でそれを受ける粛清人の前に、再び里保が急襲する。

「行くよ、亜佑美ちゃん!」
「はいっ鞘師さん!!」

体捌きの得意な二人による、コンビネーション。
里保が足元を刀で掬えば、亜佑美は上段からのハイキックを繰り出す。上段からの袈裟懸けには、下段からの足払いで合わせる。
その動きは、まるで二人でダンスを踊っているかのよう。

「なかなか。じゃああたしももう少し頑張ろっかな」

背後から姿を現す、二本の大鎌。
粛清代行者とも言うべき凶刃が、宙を彷徨いながら里保と亜佑美に狙いを定めた。

「そうはいかんったい!!」

鎌の動きが、止まる。
ピアノ線を操りその軌道を止めたのは、衣梨奈だった。

「聖、衣梨奈たちは里保と亜佑美ちゃんのサポートやろ!?」
「そうだね。みんなは二人が戦いやすいように、後方援護をお願い!」

聖の指示で、春菜と遥が後方に下がる。
さらに春菜が付与した五感強化の力で、衣梨奈のピアノ線による攻撃は普段より速度、強度ともに冴え渡る。

「凄い!衣梨、新垣さんになったみたい♪」

彼女のようなタイプは、調子に乗ると手がつけられないほど勢いが増す。
春菜の能力とは相性がいいのは間違いない。

衣梨奈の攻撃が大鎌を凌ぐ一方で、里保と亜佑美による連携攻撃は激しさを増す。
そして互いに目配せをすると、

「じゃんけんぽん!」
「あっち向いてホイ!!」

「赤の粛清」を挟んでの、じゃんけん遊びに見立てた攻撃。
里保が刀を上段から打ち、亜佑美は水平からの手刀。
そして怯んだ所でお互いに肩を組み、体を支えながらの連続蹴り。まともに喰らった粛清人はその場から大き
く後退する。

そんな様子を、「氷の魔女」は腕組みをしつつ眺めていた。
一見リゾナンターたちが優位にことを運んでいるように見える。ただ、魔女の目には旧友が追い込まれてい
るとは思えない。

あたしの出番なんてないじゃん。

もともと、この襲撃自体は「赤の粛清」の独断かつ個人的な事情で行われているもの。
勝手にやってろという気持ちもなくもないが。

― 黙認した手前、おおっぴらに手を打つこともできませんから ―

白衣を着た変わり者たってのお願いで、表向きは「赤の粛清」の協力者、真の目的は彼女がリゾナンターた
ちを殺さないよう監視すること、そのためにこの場所にいる。猛獣は戯れているつもりでも、標的の小動物
が死んでしまうというのはない話でもない。

でも。「氷の魔女」は思う。
この程度じゃ、遊びにすらならないと。

それを証明するかのように、攻撃ラッシュを決められたはずの「赤の粛清」は平然とした顔で立っていた。

「やるね。『キッズ』たちとの戦いで成長したって感じか。おかげであたしもようやく、気兼ねなく楽しめる」

そう言いながら、若きリゾナンターたちに視線を送った。
背中に氷板を当てられたような、寒さ。

「忠告してあげる。『全員で』かかっておいで」

勢いでは圧しているはずなのに。
相手が発する異様なプレッシャーを、里保たちは感じずにはいられなかった。


「ただいまー」

喫茶店を訪れた田中れいなは、予想外の反応に目を丸くする。
いや、予想外の反応のなさにと言ったところだろうか。

たなさたーん!
ごめんなさい田中さんいつもまーちゃんが鬱陶しくて。
わぁ、田中さん今日もおしゃれですねえ。

これくらいの反応がすぐに返ってくると思ってたっちゃけど。

喫茶店の中は、静まり返っている。
客席にも、カウンターにも、後輩たちの姿は見られない。
不意に今時珍しいブラウン管の小型テレビが、ばらばらに破壊されていることに気づく。

何かがあったのだ。後輩たちの身に。
さゆみからは、今日発生した爆発事故の怪我人救護の応援を頼まれた、との連絡があった。れいなの心を、
不安が過ぎる。

とにかく、今、彼女たちはどこにいるのか。
それを探らなければならない。
れいなは近くの椅子に座り自らの心を鎮め、意識を集中させる。

リゾナンターの特性の一つ、それが互いの心を繋ぐ事による意思疎通。
オリジナルメンバーがいた頃に比べてその力は幾分弱まってはいるものの、相手が今どこにいることくらい
は掴む事ができた。

しかし聞こえるはずの心の声は、あちこちから飛び込んでくる雑音に阻まれたのか、まったく届かない。怒
り、悲しみ、嘆き。そんな感情が町のあちこちで生まれては消えてゆく。

あの事件のせいか。
駅前ビルにある大画面のビジョンで報道される、爆発事故。無慈悲、無差別とも言える殺戮は人々の心を大
きく揺さぶる。それが、妨害電波のように立ち塞がるのだ。

ともかく。
れいなは後輩たちを闇雲に探すのはやめようと思った。
先の「キッズ」たちとの一戦で、彼女たちはリゾナンターの名に恥じない戦いぶりを見せた。庇護されるだ
けではない、信頼に値する働きがあった。

今日は久しぶりに店番をするんだった。いろいろ準備せんと。
カウンターに向かうため立ち上がったその時。
吸った息が、出口を求め暴れる。胸の奥が締め付けられるような鋭い痛み。
れいなは数度、激しく咳き込み、そしてこみ上げるものを手で抑える。

「…なんね、これ」

思わず口をついた言葉。
そして掌についた、血。
それはれいなが見慣れたものではなかった。

血。黒い血。
それはれいなに嫌でも過去の出来事を思い起こさせる。

― これであんたは、あたしから逃げる事はできない ―

まだ喫茶リゾナントに来る前の出来事。
薄闇に包まれた資材置場に佇むその女が嬉しそうに言った台詞を、れいなは忘れる事ができない。血。黒い
血。呪いの、血。

黒血。
刻が来たのだ。
今更ながらに、自分の期限付きで助けられた命の事を思い出した。
残された時間は、さほど多くない。




投稿日:2013/07/02(火) 21:51:29.26 0


☆☆



それは、さながら赤い三日月が沈んでゆくように。
「赤の粛清」が腰を落とし、大鎌の刃を下に下げた。

今までとは、違う。
本能的にそれを悟ったリゾナンターが先手を打とうとフォーメーションを組む。すなわち、前衛の里保・亜佑美・遥と
後衛の衣梨奈・聖という体勢。

里保が下段からの斬り上げ、亜佑美が正面での前蹴りという二方向からの攻撃に加え、手前で跳躍した遥の急襲。だが、
「赤の粛清」はそれを横向きに突き出した大鎌で受け止める。

「なにっ!」
「嘘だ!」
「マジかよ!!」

三人分の攻撃をまともに受けたにも関わらず、「赤の粛清」は体勢を崩さない。
それどころか、鎌を前に突き出してじりじりと三人を押しはじめた。

単純な力勝負で、押し負けている。
ここは一旦引き、次の攻撃のための態勢を整えるべき。
そんな考えを嘲笑うかのように、粛清人は鎌を持ったまま矢継ぎ早にキックを繰り出す。正確無比な蹴りが、里保たちの
体にめり込んだ。

ただ蹴られただけとは思えない衝撃に、全員が膝をつく。
そこへさらに振り下ろされる、紅い大鎌。

「あぶないっ!!」

咄嗟に後方にいた聖が、念動弾を連射した。
「赤の粛清」が反射的に鎌を回し被弾を防ぐも、今度は風を切る勢いのピアノ線が鎌に巻きつく。
きりきりと音を立て、鎌を締め上げる線。

「さっきからうざいんだけど、この糸」

言いながら、絡みついていたピアノ線を鷲掴みにした。
本来であれば、線に触れた瞬間に衣梨奈の精神破壊の餌食となるはず。ところが、「赤の粛清」の表情は微動だにしな
い。

「何で衣梨の精神攻撃が効かんと!」
「あいにくそんな軟な精神じゃないんで」

そして、手にした糸を軽く手繰り寄せた。
尋常ならざる力によって引っ張られた衣梨奈が宙に舞い、そして無防備な体を晒したところで「赤の粛清」の強烈な蹴
りがヒットする。抵抗すらできずに、蹴りの衝撃をまともに受けた衣梨奈が床に転がった。

強い。
六人の能力者を相手に一歩も引かないどころか、逆に圧倒している。
これがダークネスの幹部の座につく人間の、実力の真価なのか。
それぞれの心に、暗雲が立ち込めはじめていた。

「先輩二人がいないだけでこれじゃ、期待はずれだよ」

そこに追い打ちをかける、「赤の粛清」の言葉。
リゾナンターたちにしてみれば、勝手に期待をかけられて勝手に失望された。理不尽な話。

「あたしは、楽しみにしてたんだよ。あんたたちと戦うのを。でもね、足りないんだよ。実力はあるのに、足りていな
い」
「…何なんだよ、何が言いたいんだよお前!」

訳知り顔で語り始める「赤の粛清」。
遥はそんな彼女に、いら立ちを隠そうとはしない。

「何?教えて欲しいの?」
「敵に教えを乞うほど私たちは愚かじゃありません!!」
「…お姉さん親切だから、教えてあげるね」

珍しく声を大きく張って抗議する春菜を無視し、粛清人が話を続ける。

「あんたたちに絶対的に足りないもの。それは『悲しみ』。おや、今納得いなかいって顔したよね。あたしたちだって
それくらい知ってる、望まない能力を身に着けたことの悲しみを。そんな感じ?でもね、あたしが言ってるのは、そん
なおままごとの悲しみじゃないんだよね」

おままごと。
「赤の粛清」が、はっきりそう言った。
リゾナンター全員の心に、怒りの炎が燃え上がる。

「ふざけんな!衣梨奈たちがこの力で、どれだけ苦しんだか!!」

直情型の衣梨奈が、ピアノ線を躍らせ襲い掛かる。
しかしそれはまたしても粛清人の片手で絡め取られ、引き倒される。

「通っていた学校のクラスメイトたちが、次々に発狂。その後、リゾナンターにより事態は収拾」

地に伏す衣梨奈を、つまらないものを見るような視線で「赤の粛清」が見下ろす。
そこに同時に遥、春菜、亜佑美が攻撃をしかけた。

「物心がついた時から隔離されていた宗教団体の施設、リゾナンターの介入によって団体は壊滅。それと、だーいしちゃ
んは東北の能力開発組織に身を置いてたんだっけ」

口を開くのと、三方の攻撃を防ぎつつ反撃のダメージを与えるのは、ほぼ同時。
背後への裏拳、正面への中段蹴り、そして大鎌の柄による突き。よろけて後退する三人の影から、小さな体が飛び出した。

「で、鞘師ちゃんは代々伝わる水軍流の後継者。能力を持て余し、おじいちゃんの伝手で喫茶リゾナントを訪れた」

里保の、最上段からの刀の一閃。
それもまた、想定済み。鎌を翻し、朱色の刃で受け止め、弾き返す。

「フクちゃんなんて、立派なおうちに護られてた箱入り娘だもんね。他のみんなよりさらに性質が悪い」

超低温により負傷した香音の傍らにいる聖にも、辛辣な言葉は投げかけられる。
一斉に集まる、六人の敵意。

「さて問題です。あんたたち六人に共通する、足りないものはなんでしょう。A 実力 B 経験そして C…」

言葉が、核心に触れる。

「血塗られた過去」

それぞれの過去が悲しみを呼び、そして互いの心を揺さぶり続ける。
それが、共鳴。魂の、叫び。

「人を殺すためだけに製造された人造人間。闇の道を歩み敵対組織の人間たちの精神を徹底的に破壊してきたスパイ。呪わ
れた血を受けることで生を繋いだ不良。実の親からも利権として扱われず、已む無く心を二つに分けるしかなかった治癒の
少女…みんな、あんたたちの先輩だよね」

そして粛清人が、一人一人の顔を覗き込む。
まるであんたたちには薄っぺらい過去しかない、とでも言いたげに。

「言いたい事は、それだけか!!」

里保が、叫ぶ。
叫び声と刀がしなやかに踊るのは、ほぼ同時。
それに合わせ、亜佑美が、遥が双方から攻撃を仕掛ける。その隙間を縫い衣梨奈のピアノ線が、さらにその軌道上を聖の念
動弾が飛ぶ。春菜の力が、全員に行き渡っていた。

「だから。あんたたちだけの共鳴は、まだ弱い」

「赤の粛清」が、動いた。
飛び交う銃弾を避けつつ、体を捉えようとするピアノ線を鎌の一振りで刈り取る。振り向きざまに死角から飛びかかる遥に
回し蹴りを喰らわせた。

強烈なインパクトに、遥の全身が悲鳴を上げる。
だが「赤の粛清」の攻撃は終わらない。回転した勢いで、今度は鎌の刃のついてない頭で亜佑美の腹を一突き。的確に急所
を突いた一撃で、攻撃すらできずに亜佑美は体を崩した。

大鎌を伸ばした一瞬の隙。
里保はそれを見逃さなかった。
鎌を戻し里保を攻撃範囲に入れる前に、斬る。
熟練した剣豪でないと、とてもではないが無理な所業。
やるしかない。そこにしか、勝機は掴めない。

「うーん。まだまだかな。授業料としてその足首、もらってくね」

だが「赤の粛清」が鎌を戻すほうが、迅い。
引き戻しつつ、駆け寄る里保の足首を刃が攫う。

「あれ」

思わず目を疑う。
紅い刃は、足首を切断することなく振り抜かれる。
里保の後方、そこには聖の治癒の力によって回復した香音がこちらを睨んで立っていた。

「ああ、香音ちゃんがいたんだっけ」

袈裟懸けに、里保の斬撃が「赤の粛清」を切り伏せる。
紅い刃と同じ色の液体が、鮮やかに飛び散った。




ここはダークネスの本拠地、Dr.マルシェこと紺野博士の個室。
部屋に設置されたモニターに映される映像、そこで繰り広げられる登場人物の一挙一同に、紺野は心を躍らせていた。

「実に、興味深い」
「は?何のことですか?」
「いや、一遍言ってみたかっただけです」

電話を通しての会話より、目の前の映像に意識が向いている。
紺野の言葉に、受話器の向こう側の女性は明らかに苛立っていた。

「とにかく。その計画についてはあなたにお任せします。異能力阻害装置の小型化に成功した研究部門のホープの手腕、期
待していますよ」

受話器を置くのと同時に、部屋のドアが開かれる。

「…いつも思うのですが、我々の組織にはドアをノックするという概念がないように思います。これは由々しきことだと思
いませんか」
「習慣がないのは、必要ないからじゃないか?」

黒のライダースーツに、白い肌と金髪が映える。
ダークネスの幹部が一人、「鋼脚」は自らの行為に仕方が無いさとばかりに微笑んでみせた。

「なるほど。不必要なものは自ずと淘汰される。我々ダークネスが心を捨てたのと同じように」
「捨てたんじゃない。食われたのさ」
「そうでしたね。我々は闇に『心を食われた』存在。ゆえに、ダークネス、でしたね」

言いながら、回転椅子を「鋼脚」に向け正対する紺野。

「立ち話も何ですから。コーヒーでもいかがですか。お茶受けならそこの棚に大福があるはずですが」
「悪いけど、ここでゆっくりするために来たんじゃないんだ」
「ほう」

紺野の眼鏡の奥の瞳が、細まる。
好奇心に満ち溢れた光を湛えつつ。

「お前、リゾナンターに『赤の粛清』をけしかけたろ。そしていつもの調子で、その様子をモニターで監視している」
「別にけしかけたわけじゃありませんよ。勝手に向こうで判断し、勝手に飛び出ていった。ただそれだけの話です。もちろ
ん、責任を感じなくもありません。だから、『氷の魔女』に動いてもらいました」
「そうじゃねえだろ」

「鋼脚」の語気が、強まる。

「あんたは、魔女の他にもう一手打った。話があるのはそっちのほうだ」
「さすがは諜報部門のトップ。お見通しでしたか」

紺野のあくまでも、平静な返答。
それに対する「鋼脚」は、薄く笑ってから、拳を壁に打ち付ける。
コンクリート製の頑丈なはずの壁面に、大きく皹が入った。

「ふざけんな。『赤の粛清』と『あいつ』を近づけたらどういうことになるか、お前もわかってるよな。いいぞコンコン、
とでも言うと思ったか?」

明白な怒り。空気が張り詰めていることは紺野にでも理解はできる。

「私が彼女を呼んだのは」

しかし、紺野は臆せず言った。

「それが、リゾナンターたちの命を守るのに最善の手だと思ったからですよ」

どうやら、「鋼脚」は紺野の答えに些か拍子抜けしたようだった。
緊張していた空気が急速に、緩和してゆく。

「どうにも解せないんだよな。あいつら守って何の得がある?例の田中れいなを巡る計画の障害になることはあっても、
助けにはこれっぽっちもなんないんだぜ?」
「それが、なるんですよ。彼女たちもまた、計画にとって大事な『駒』ですから」
「・・・科学者の考える事は、さっぱり理解できないね」


最終的に、「鋼脚」は紺野の考えを推し量るのをやめた。
意志の疎通の断念は、話を終わらせるには悪くない材料だった。

「まあいいや。ただ、『氷の魔女』はきっとお前を許さない。その時のことを考えておくんだな」
「ご忠告、ありがたく受け取っておきます」

むしろ、それが楽しみなんですけどね。
紺野は出かかった言葉を、ゆっくり飲み込む。それを聞いた時の「鋼脚」の顔を見るのもまた一興だが、今は事を荒立てる
ことはない。
来た時と同じように何の挨拶もなく部屋を去る「鋼脚」の後姿を一頻り眺めた後、紺野はゆっくりと回転椅子を回し、研究
対象としての両者の争いを観察すべく再び部屋のモニターへと体を向けた。




投稿日:2013/07/06(土) 14:34:56.73 0


☆☆☆


まずい。
「氷の魔女」は「赤の粛清」が窮鼠猫を噛む一太刀を浴びせられた瞬間、そう思った。
この地に入り最初に感じた、新しいリゾナンターたちへの侮り。
だが現実に目の前で起こった出来事から、状況を総合的に判断しなければならない。
言うなれば、纏わりつく蝿をまどろみの中尻尾だけで追っていた猫が、目を開けた。

里保に斬られ、立ち尽くすだけの「赤の粛清」。
胸から脇腹にかけて刻まれた傷に手をやり、そのぬるぬるした液体の感触を確かめる。
赤い。暖かい。けれど、冷たい。
自らが人の手により作られし傀儡であることを、改めて実感しながら。

「…遊んであげる」

粛清人から表情が消えた、ほんの一瞬の出来事だった。
1、2、3、4、5、6、7。
まるでリズムでも刻んでいるかのように、その場にいた全員のリゾナンターたちが倒れたのだ。
相手の動きが見えない。防御する間さえ、ない。

機械のように正確に、心臓への一撃が見舞われた。
七人が知覚できたのは、それだけ。
胸を押さえ、蹲り、床に這いつくばる。

「これで終わりじゃないよね?あたしはまだまだ、物足りないんだ。無理にでも、満足させてもらうからね」

無表情のまま「赤の粛清」が、大鎌を投げ捨てる。
人を装っていたものが、完全に本来の姿を現している。
その時点で、「氷の魔女」は覚悟を決めた。
組織に身を置き、闇に心を食われ、失うものなど何もないはずだった。
そんな魔女が、結果的に組織の意に沿うことも厭わず、目の前の少女たちが命を失うのを止めなければならない理由。それは。

「させないよ」
「…どいて。じゃないと」

目の前に立ちはだかる「氷の魔女」を、感情のない瞳に映す「赤の粛清」。
満足させてくれと言いつつ、そこに喜びなどないことを魔女は知っている。
ただ、機械的に自らの本能を満たす。自らが強者であり続けるためには、強い者を打ち倒し続けるしかない。それを守るための、本能を。
あの日に抜けてしまった大甕の底に、水を注ぎ込むかのごとく。

黒い外套を翻し、「氷の魔女」が周囲に冷気の渦を作る。
気温差によって巻き起こる、激しい風。
ゆらゆらと揺れる赤いスカーフとは対照的に、「赤の粛清」の表情に変化はない。

そんな一触即発の状況を、里保は冷静に見ていた。
受けた打撃は自分が一番浅いだろうが、他の者も様子を見るに完全に気を失っている優樹以外は動けそうだ。となれば、がら空きとなった
スタジオの出口から一気に駆け抜けることは不可能ではないはず。

まずは優樹を、自分が背負わなければならない。
速さなら亜佑美が、体躯なら聖か衣梨奈が適役ではあるが、今最も敵に気づかれずに優樹に近づけるのは里保しかいなかった。敵同士が互
いに意識を向けている隙に優樹を抱え込めば、全員で逃げおおせる可能性は高いと里保は踏んでいた。

だが。
半歩、足を踏み出したその時に。

「逃がさないよ」

見つかった。獲物を見つけ、ゆっくり近づいてくる「赤の粛清」。
咄嗟に「氷の魔女」が手を伸ばすが、その瞬間不可解な力によって手が弾かれたように見えた。

「止めてもいいよ。でも、あたしの体に触れたら。あたしごと、ドカンだから」

その言葉に、「氷の魔女」は躊躇せざるを得ない。
命を賭けてでも、彼女を止める覚悟はあったのに。それを自爆テロなんて手を使われたらどうしようもないじゃん。突如与えられたジレ
ンマに、唇を噛む魔女。
残された出来る事は、「赤の粛清」がリゾナンターを「死なない程度に」蹂躙してくれるのを願うことだけだった。

赤い死神が目の前に立っている。
誇張ではなく、里保には本当にそう見えた。
大鎌すら持っていないのに。今の彼女は、自分達の生殺与奪を自由自在に行える存在のように思えた。それでも、里保は自らの刀を前
に構える。それすらできなければ、完全に心が折れてしまう。荒れ狂う大海を受けるには、あまりにもか弱い、防波堤だとしても。

里保が力を振り絞り刀を掲げた時、それは起こった。
眩しい。自分の目の前が、真っ白になってゆく。
敵の能力?いや、違う。どこか懐かしい、それでいて力強い。光。
心の奥から、湧き出るようにその名前が飛び出てくる。

「高橋さん!!!!!」

里保と「赤の粛清」の間に立つ、小さな体。
けれど、そんな小ささを感じさせない、後姿。

「…まさかあんたのほうから姿を現すとはね」
「そんなつもりは、なかったんだけど」

愛の言葉を聞き、「赤の粛清」の表情が、戻る。
全ては、この日のために。全身の血が沸きあがり、その鼓動が意図しない笑みを作った。

そんな様子を、愛は何故か悲しげな表情で見つめる。
まるで、この邂逅が望んだものではなかったかのように。



遡る事数時間前。
かつてのリゾナンターのリーダーである高橋愛は、不思議な光景に遭遇していた。

とある犯罪組織が関わっていた、誘拐事件。能力者を複数抱え、そして警察に所属する精神感応能力者たちの網の目のような包囲網を難
なくかわすことができる集団。そういった連中には、同じくその手の能力者から感知されない人間を充てるのが妥当とされた。
上層部からの指名により愛は単身組織のアジトに乗り込み、瞬く間に制圧した。

組織のボスを締め上げ、奥の部屋にいる人質を確保する。
冷たいコンクリートに転がされ、縄で縛られていた女性は、愛の手によってその束縛を解かれると。

「どうも。ご無沙汰しています」

その女性は、さも親しげにそう話しかけてきたのだ。
愛は本能的に、身構える。
目の前の女性とは、面識などない。だが、愛は確信を持っていた。
かつて友と呼んだ、その女性の名は。

「随分手の込んだ事をするんやな、こんこん」
「なに分本拠地から離れられないものですから。こうやって他人の体を借りてお話させていただいてるんですよ」

その女性は。
愛とは何の関係も無い、犯罪組織によって不幸にも拉致されたごく普通の女性。
だが、愛とこうして話をしているのは、紛れも無くダークネスが誇る「叡智の集積」Dr.マルシェ。
愛はその事実を、直感で理解していた。

「この事件も、あんたが仕組んだの?」
「まさか。たまたまあなたが追っていた事件を知って、状況を利用させてもらってるだけだよ、愛ちゃん」

紺野は、自分の口調が段々と昔のものに戻っていくのを感じていた。
ダークネスの新人として共に過ごした、あの時。

「…誰に『伝令』の能力使わせてるか知らんけど、対象に相当負担がかかってるはず。早く用件だけ言って、この子を解放してあげて」
「つれないなあ。せっかくの再会なのに」
「再会を喜ぶような間柄じゃ、もうないやよ」

冷たく遮断する愛に、人間スピーカーにされた少女が皮肉な笑みを浮かべた。

「じゃあ単刀直入に言うよ。愛ちゃん。あなたには今から、私が指定する場所に行ってもらうよ」
「…どういうこと?」
「あなたの助けを待ってるか弱き乙女たちが、そこにいる」

まさか。
愛が自らの闇 - i914 - に打ち克った日から、それまでの精神感応能力は喪われ、代わりにi914が得意としていた光を使役する力
を手に入れた。しかしながら、精神感応の力は人の言うところの「第六感」として微かに愛の中に残留していた。
だから、紺野の言わんとしている「か弱き乙女たち」が誰を指しているのか、理解できる。

今のリゾナントを支えているあの子たちのことか。

「さすが元リーディングの達人、その顔は察しがついたようで」
「あいにく。あの子たちならもうあーしの手助けはいらない。さゆや、れいなもいる」
「そんな悠長なこと言ってていいのかな。あの子たちが今戦ってるのは『赤の粛清』だよ」

その二つ名を聞いた時、愛は心臓を鷲掴みにされたような眩暈を覚える。
愛は、赤い粛清人の性質を知っている。無論、何が「彼女を動かしているか」も。
その動揺を見て、マルシェの代理人は嬉しそうに表情を崩した。

「変わってないんやね。あんたのその嫌な癖」
「ただの探究心だよ。科学者としてのね」

視線を絡ませあう二人。そこにあるのは、二人の築いた歴史の長さか、長さゆえの愛憎か。

「残念ながら、先輩二人はあの子たちの元へは辿りつけない。行くのは愛ちゃん、あなたしかいないんだよ」
「もし断ったら?」
「愚問だね。私が自らの計画を曲げたのを見たことある?もちろん、あらゆる手を使ってでも、愛ちゃんにあの子たちを助けに行っても
らうよ。例えば今、私のメッセンジャーになってるこの子を木っ端微塵に吹き飛ばしてもいいし」

その女性は自らのこめかみに人差し指と親指をピストルの形にして、ばーん、とおどけた声をあげてみる。
愛は、紺野が自らの目的のためなら無関係の女性の命を奪うことなど躊躇せずやることを知っていた。強く拳を握り、女性越しの紺野を
睨み付けるのが、せめてもの抵抗。それもまた、空しいことだと知りつつも。

「選択肢はないんだよ愛ちゃん。今すぐ、愛しの後輩を助けに行きなよ。か弱き乙女を泣かしちゃならない、でしょ?」

愛はそれには答えず、紺野に背を向ける。
押し殺すような笑い声が、いつまでも耳に纏わりついて離れなかった。





投稿日:2013/07/11(木) 13:54:24.64 0


☆☆☆☆


天井が、低い。
大きなスタジオなはずなのに、聖には今いるこの場所が酷く小さく息苦しいように思えた。
先ほどまで嫌と言うほどに感じていた、染み渡る冷気も今は微塵もない。
濃密な、爆ぜる寸前のような、空気。
それを、目の前の二人が作っていた。

「ねえ、覚えてる?」

先に言葉を発したのは「赤の粛清」のほうだった。
その口調は、まるで小さな頃からの幼馴染に話しかけるように、優しく。

「『約束』のことやろ」
「そう。剣はスペード、ハートは心臓」
「あの日、あーしがハートを。あんたはスペードを選んだ」
「約束したよね。約束は、果たされなければならない」

まるで二人以外の全ての事象を拒絶したかのような会話。
そこには、何人たりとも入り込めない壁が確かに存在していた。

もちろん、粛清人の盟友である「氷の魔女」すら例外ではない。

何で。何で、こいつが!!

ただそれは、横たわる現実に対する拒絶という形によって緩和される。
氷の魔女はただひたすらに心の中で愛を罵倒する。まるで自らが二人の間に入れないことの、腹いせのように。

「あの日。あんたがダークネスを離脱したあの日から。こうなることは決まってたんだよ」

「赤の粛清」が両手を愛に向けて、広げる。
掌から伝わる、不穏な空気。

激しい爆発音とともに、互いが弾かれるように双方に距離を取る。
愛が光を右手に携え、「赤の粛清」目がけ、投げつけた。
全てを消し去る至高の能力。流星のように光の尾を引きながら、対象を無に還そうと光弾が襲いかかる。だが、それが「赤の粛清」の
体に届く前に。

光は爆ぜ、そして飛沫となって消えていった。

爆発(エクスプロージョン)。
それが「赤の粛清」の、本来の保有能力。

その爆発が、戦闘開始の狼煙だった。
濛々と立ち上る煙幕から、「赤の粛清」が躍り出る。
愛に至近距離まで近づいた粛清人の、息もつかせない連携攻撃。
拳での牽制に始まり、フェイントを使っての大振りな一撃、ガードを潜り抜けての下段蹴り。全てに、爆発属性がつく。まともに防ごう
とすれば、盾とした肉体ごと吹き飛ばされてしまう。

それを、愛は逆に自らの手足に光を纏う事でほぼノーダメージに抑える。
発生する膨大なエネルギーを、光をピンポイントに発生させて吸収。「赤の粛清」のラッシュを受けてなお平然としていられる理由はそ
こにあった。

「i914を屈服させて統合した光の力。でも防戦一方じゃ…」

連続攻撃から、やや溜めを入れた一撃へ。
両の掌を組みハンマーを振るうが如く、愛の腹部に強烈なインパクト。全てを受け切れなかった愛は、そのまま後方へと吹き飛ばされた。

「いつかは綻びが出来ちゃうね」

先ほどの戦闘マシーンぶりが嘘だったかのように、「赤の粛清」が満面の笑みを浮かべる。
明らかに彼女はこの戦いを楽しんでいるように見えた。

爆発によって発生する細かな粒子が、光を遮る。
そんなことは、ずっと前からわかっていること。

愛は再び体を撓らせ、散弾のように光の矢を放つ。
だがそれも、「赤の粛清」が展開する爆煙を抜きぬけることは叶わない。
さらに攻撃を加えようとした愛の眼前に、赤いスカーフが急接近する。

心臓の位置への、正確な掌底。
赤き死神は、手のひらで愛を抉りこんだまま、壁際まで思い切り打ち付ける。
光の防御ですら突き抜ける衝撃に、愛が小さく血を吐いた。

「約束。もしもお互いのどちらかが道を外したら。あたしがスペードを選んで、愛ちゃんがハートを選んだのは。必然だったんだね」
「剣が、心臓を貫く?」

そうだね、と言いかけた「赤の粛清」の言葉が止まる。
愛の表情に、あまりにも余裕があり過ぎる。何かをする気だ、と気づいた時には時既に遅し。

自分がされているように、愛もまた「赤の粛清」の心臓目がけて強い打撃を打ち込む。その一瞬で爆煙を発生させるような余裕は、なかった。

溢れ出す光が、「赤の粛清」の全身を突き抜ける。

勢いのままに吹き飛び、倒れこんだ「赤の粛清」。
勝負はついたかに見えたが、彼女自身が立ち上がることで、結末は否定される。

「ねえ。ずっと待ってたんだよ、この時を」

羽織っていたコートは、既にずたぼろになっていた。
それでも、「赤の粛清」の目には炎が燃え上がり続けている。

迂闊に割って入れば、取り返しのつかないことになる。
目の前に現れた愛に憎悪を滾らせながらも、「氷の魔女」は手を拱かざるを得ない。
交差する多彩な感情の前に、彼女の脳は揺さぶられ、そして一切の命令系統を奪われてゆく。
だがそんな中、頭に響く「赤の粛清」の放つ言葉。

彼女は本当に待っていたのだ。
絶対的強者として愛を、屠るその時を。

そんなことを、「氷の魔女」は今更ながらに実感していた。

同じくただの傍観者と化していた新しきリゾナンターたちは、圧倒され、一言も口が利けない。
これが、上位の能力者同士の戦い。
そもそも、自分達は「赤の粛清」が戯れに操っていた大鎌にすら翻弄されていた。
彼女の真の能力である「爆発」を引き出すことすら、できなかった。

だが。
対等以上の力で渡り合い、逆転の一手で相手を大きく後退させたかのように見えた愛だったが。
先に受けたダメージは想定以上に堪えていた。
無論、「赤の粛清」もまた同じような深手を負っているにも関わらず。
愛は自らの劣勢を認めざるを得ない。

ただ目の前の相手を倒せばいいだけの「赤の粛清」に対し、愛には敵を退けつつ後輩たちの安全を確保するという義務が課せられてい
た。この不利は決して小さくない。

「さあ。もっと出し惜しみしないでさあ。全力でおいでよ。i914の力をフルに使えば、わけもないでしょ?」

「赤の粛清」は。
愛が全ての力を出し切っていないことを知っていた。
自らの力が後輩をも傷づけてしまう、そう恐れていることを見抜いているのだ。

それでも、粛清人は信じている。
やがて理性のタガは外され、破壊本能のままに全てを光の彼方へ消し去ろうとすることを。
自分と同じステージの上に、立ってくれることを。

「…正直言って。あんたとは戦いたくなかった」

体を屈めながら、愛がゆっくりとそう言う。

「そう? あたしはずっと願ってた。この瞬間を」
「でも、『約束は果たさなければならない』」

瞬間の出来事だった。
愛の強い意思が、その場にいたリゾナンター全員に伝播する。

― 今すぐ、目を閉じて!! ―

里保が。聖が。衣梨奈が。香音が。
春菜が。亜佑美が。そして遥が。
理由はわからない。けれど、彼女たちは自然に瞳を閉じた。
まるで朝の光を待ちわびる、薄闇に佇む少女たちのように。

愛の体から、眩しい光が溢れ出す。
彼女自身がまるで太陽になったかのような、強い光。

突然のことに、「赤の粛清」は自らの網膜を強烈な光から保護することができない。
愛の姿が、周りの景色が、闇とは無縁の純粋な力によってかき消されてゆく。

全てが、光によって白く染められていった。





白き光があらかた引いた後。
「赤の粛清」の前には、背丈の倍ほどもある巨大な氷壁が聳え立っていた。もちろん、誰がこんなものを打ち立てたかは明白だった。

「もう。余計なことしないでよ」
「…その程度で済むんだ?」

あたしの楽しみをよくも奪ったな、くらいのことは言われるのかと思ってたが。
「氷の魔女」はやや拍子抜けしながら、言葉を続ける。

「あんたの綺麗なお目目が目玉焼きになるのを防いであげたんだけど」
「はいはいどうも」

愛とリゾナンターたちは、姿を消していた。
光の目くらましにまんまとやられた形だ。

「にしても、お主も役者よのう。あたしに協力する体で、実はあたしを監視してたなんて。どうせ紺ちゃんあたりの差し金なんだろう
けど、nonconformity(不服従)の名が泣いてるね」
「あたしは、誰にも、何者にも従わない」

それは、「氷の魔女」の信条だった。
自らの意思が伴わなければ、動かない。今回はたまたま、紺野の思惑が重なってきただけの話。

「で、どうすんの? あんたのお目当てのi914は逃げちゃったけど」
「大丈夫。愛ちゃんはきっと、あたしの前にもう一度姿を現す」

愛との戦いで着ている服は千切れ、所々の肌が露出しているにも関わらず。
首のスカーフは綻びることもなく、「赤の粛清」に巻き付いていた。

「…そんなことさせないって顔、してるね」

粛清人が魔女の顔を覗き込む。
粛清の名にふさわしくない、いつもの道化じみた仕草。
魔女は、答えない。

「でもダメだよ。あたしと愛ちゃんはもう、再会しちゃった。たんには邪魔、して欲しくないな」

懐かしい呼び名。そんな名前で彼女に最後に呼ばれたのはいつだったか。
ただ、そんなノスタルジーに浸っている場合でないことは、魔女自身が理解していることだった。

「何が邪魔して欲しくないだよ。ひよっ子に思わぬ反撃食らってる癖にさ」
「ああ、鞘師ちゃん?あの子、なかなかやるね。見てこれ、せっかくの戦闘服が袈裟懸けに真っ二つだよ」
「だったらi914の前にそいつをやったらいいじゃん」

悪あがき。ただの時間稼ぎ。
それでも、抗う事をやめたりしたくなかった。ただ。
「氷の魔女」は、「赤の粛清」とは幹部候補生からの付き合いだった。相手のことは、些細なことまで知り尽くしているつもりだった。
だから。

「それでも。愛ちゃんがもたらすものには遠く及ばない」

そう言われることも、わかっていた。
勝っても、負けても。待ち受けるのは破滅。
心を闇に食われてしまったものが、これ以上何を喪うことができるだろうか。それでもなお。魔女は目の前にいる赤いスカーフの少女
を喪いたくはなかった。




投稿日:2013/07/15(月) 02:03:03.32 0