『詐術師の最期』



「しくじったぜ……」

簡単な任務のはずだった。
ダークネスの幹部である矢口真里は、諜報部の吉澤からそう聞いていた。

敵組織の機密文書を取ってくるだけです。能力者は2、3人いるみたいですが、あんたなら簡単でしょ?

その言葉を真に受けて矢口は護衛もつけずに敵の本拠地に単身乗り込んだ。
が、待っていたのは徒党を組んだ能力者の集団。
お得意の能力阻害も全員をカバーする万能なものではなく、みじめな敗走を選択せざるを得なかった。

「吉澤のやつ、ガセでおいらを動かしやがって」

下手したら死んでいた。
冗談じゃない。こんなどうでもいいことのために命を落とすなんて、馬鹿げている。
このツケは必ず払ってもらう。
とは言え、金に換算できるようなものではなくては意味がない。
とにかく、金が必要だ。矢口は組織のいち幹部で終わるつもりなど、さらさらなかった。

追っ手を逃れるべく、街はずれの工場跡へと逃げ込む矢口。
たしかあそこなら”ゲート”が使えるはず。
ダークネスの本拠地、絶海の孤島まで移動すれば最早誰も彼女を追うことはできない。

工場跡とは言え、機材は全て片づけられ、中はただの打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた空間。
矢口は、ゲートの痕跡を探るために意識を集中させた。

「お待ちしてましたよ、矢口さん」
「誰だ!!」

今の矢口は、能力者との交戦で消耗していた。
敵に襲われれば、一たまりもない。
跳ね上がる心臓を抑えつつ、懐から護身銃を取り出す。が、それを再び仕舞い込んだ。

「なんだお前かよ、脅かすんなっつーの」

矢口を待ち受けていたのは、ダークネスの「叡智の集積」Dr.マルシェであった。

「脅かすつもりはなかったんですが。ずいぶんお早い帰還のようで」
「うっせ!あれはおいら向きの仕事じゃないね。あんなもんはGとか氷の魔女にやらせる仕事だろ」

マルシェの嫌味に、露骨に嫌悪感を顔に出して毒づく矢口。
とは言え、わざわざお出迎えしてくれた相手を邪険に扱い過ぎるのも問題だ。

「とにかく、激務でおいらは疲れてんだ。さっさとゲートで本拠地に送って……」

そこで矢口は、妙なことに気付いた。
ダークネスが誇る空間転移装置、通称「ゲート」は、ダークネスの根城に設置された本体を操作させることではじめて機能する。
そしてその装置の特殊性故に、組織において操作できる人間はただ一人。
目の前にいるDr.マルシェだった。

「おい、何でお前がここにいるんだよ。お前がここにいたら転送できないじゃんか」

マルシェは答えない。
それどころか、腕時計のほうに目をやっている始末。

「お前何無視して……」
「そろそろ、時間ですか」

一体何のことを言っているんだ。
訝しがる矢口は、そこではじめて気づく。Dr.マルシェの横に、もう一人の人物がいることを。

「……R?」
「気付かなかったんですかぁ?消耗してるとはいえ、ずいぶん気を抜いてるんですねえ」

ボンテージスーツに身を包んだ粛清人が、薄く微笑む。
その笑みは、明らかに矢口を嘲笑するものだった。

「どういうことだよ!何でRが」
「お金のことにはずいぶん聡いのに、こういうことにはまったく鈍いんですね。矢口さん、あなたは消されるんですよ」

眼鏡の奥のマルシェの瞳は、すでに矢口を映してはいなかった。

「は?わけわかんねえよ。おいらが何をしたんだよ」
「さすがは『詐術師』の二つ名を持つだけのことはありますね。しかし、これを見てもまだお得意の舌先三寸が通用しますかね」

言いつつマルシェが取り出して見せたのは、日付と数字の羅列。
ダークネスが管理している外国の銀行口座から、巨額の資金が抜き出されているデータだった。

「おい、それは」
「中澤さんの許可もなく、よくもこれだけの資金を横領できましたね。下手すれば、組織が傾きかねない」
「お分かりになりましたか?矢口さんが粛清される、理由」

まさかこんなに早く足がつくとは。でも。
動かぬ証拠を突きつけられながらも、矢口の心は追い込まれていなかった。

「お前ら、おいらを誰だと思ってるんだよ。アサ=ヤンの時代から組織を支えてきたオリメンだぞおいらは。おいらが残してきた
功績に比べればこんなもんはした金じゃん。裕ちゃんだって目をつぶってくれるはず」

矢口には自信があった。
組織が本気で自分を粛清するつもりなどないことを。
ダークネスをここまで大きくしてきたのは自分たちオリジナルメンバーだ。
自分がそれだけの功績をあげてきたことを。
しかし、その自信はすぐにRの言葉で崩される。

「その中澤さんが命令を下したんですよ。矢口さんを粛清しろってね」

矢口は、Rの言っていることが呑み込めずにいた。

嘘だろ。裕ちゃんがそんなこと言うわけないじゃんか。
今までおいらがどれだけ組織に貢献したか一番知ってるはずなのに。
例の災厄の二人組を育てたのも。闇事業を成功させ組織に巨万の富をもたらしたのも。
全部全部、おいらがいたからできたことなのに。

「くそ!こんなのインチキだ!デタラメだ!そうだ、お前ら単独で動いてんだろ!!」
「残念ながらこの決定は中澤さんと『天使』『永遠殺し』『不戦の守護者』の合意で下されています」
「認めねえ!おいらそんなの絶対に認めねえ!!」

矢口が、自らの能力を一気に解放する。
Rの念動力さえ封じれば、相手はただのきしょい女だ。増してやマルシェはただの科学者。
おいらの早撃ちで、間髪置かずに頭を撃ち抜いてやる。
だが、それよりも早く、Rの念動力が矢口を吹き飛ばした。

「がはっ!な、何で……」

全身の骨が軋み、矢口は吐血する。内臓にまでダメージが入った証拠だ。
能力阻害を展開したのもかかわらず、なぜRは念動力を使えるのか。答えは。

「どうですか矢口さん、能力阻害をかけられる気持ちは。新鮮でしょう」
「な、何だよそれ」
「うちの部下が小型化した能力阻害装置です。おもちゃみたいな出来ですが、消耗しきったあなたには効果があったようですね」

Dr.マルシェが眼鏡を弄りつつ、言う。
状況が、言葉が頭に入らない。混乱している矢口をよそに、黒い粛清人の足音が確実に矢口へと近づいてゆく。

矢口の小さな頭に、手が添えられる感覚。
チェックメイトだった。

「矢口さん、言い残すことはないんですかぁ?石川が聞いてあげますよ?」

何で、何でおいらがこんなところで!
こんなくだらないことで命を失うような存在じゃないはずなのに!!
矢口は、最後まで事実を認めようとはしなかった。

「うるさい、この半ケツ女。キンキンしたアニメ声、吐き気がすんだよ」

そう言って、矢口はわざわざおぇぇ、と口に出して吐くジェスチャーをする。
気の短いRの導火線が、一気に爆発した。

鷲掴みにされた矢口の頭は、まるで花火のように、脳と血を周囲にまき散らし、爆ぜた。

「きたねえ花火だぜ。って一遍言ってみたかったんだよねえ」

Rは返り血を浴びつつ、ご満悦の表情。
先輩に対する敬意など、欠片もなかった。

「残念ですよ、矢口さん」

マルシェはそれだけ言うと、踵を返し工場を後にした。




投稿日:2013/06/24(月) 12:17:29.97 0













最終更新:2013年06月26日 17:40