『異能力 -Night comes. Inky night comes-』


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新垣里沙が知るi914の弱点。
それはヒト型であるが故に、【光使い】の使用を不可能に
させるには絶好の領域というものが存在する。

それは―― 海だ。

【瞬間移動】を保持する彼女ではあるが、標的はi914ではない。
i914は「蓄積」する事に特化した疑似精神体であると同時に
そのヒト型に形成した人格『高橋愛』の情報を持っている。

新垣里沙が知る高橋愛の弱点、それは「水」だ。
川や湖だと行動不能に陥るまでにそれなりの時間を要するが
深海に浸けてしまえばそうもいかない。
ヒト型が最も恐怖する空間に放り込むのが、新垣の目的だった。

その状態に持ち込むことが出来れば、そこから自分にとって有利な
体勢に向かうことが可能、これは何よりも大きい。

だが彼女を"放り込む"という行為は、恐ろしく至難の業だ。

その場所にまで誘導することは出来る。
彼女の目的が自分達だとすれば、否が応にもやってくる。
人目を避けるために最も効率的な海は近辺にないため、事後処理の
ことを考えると遠方へと思っていた。

『結界』を張るのも手だが、相手の能力に頼って今後の方針を
決定するわけにはいかない。
―― この期に及んで事後処理のことを考えている自分に苦笑する。

誰かに丸投げしてしまえば楽かもしれない。
それが解っていても、それが出来ないのが新垣里沙だった。

 「それで、どこに行くと?」
 「今日と明日は晴れらしい、夜景を見に行く人がいるかもしれないけど
 でも人が一番少ないところを狙うとすれば、埠頭しかないと思ってる」
 「そこはガキさんのチカラでっちゃろ?」
 「…そうだね、確かにそっちの方が簡単か」

田中れいなの言葉に、新垣里沙は同意する。
再会したのは、約4ヶ月ぶりだった。
携帯の表示に驚きはなかったが、どんな挨拶をすればいいかは迷った。
だが田中に会ったとき、言葉よりも先に拳が眼前に向かって振り抜かれる。

新垣はそれを素直に受け入れ…なかった。
それなりに全力だったストレートパンチを難なく受け止める。
乾いた音に佐藤がビクリと肩を震わせたが、新垣と田中は互いを睨む。

 「残念だけど、今は怪我をするのも惜しいから、今度受けるよ」
 「今度、そうやね、今度、これよりももっと強いのをおみまいしてやるけん」

田中はそれだけで一歩身を引いた。
いつもはしつこいぐらいの拳の連撃が来るはずだが、新垣はその違和感と
彼女が"何度も腕の調子を確かめている"ことに思考を巡らせる。
時間がない。
そう、時間がなかった。だけど田中にとって、新垣に対しての反抗は
しなければいけないものだった、そうしなければ自分ではないとでも言いたげに。
今思えば、普段通りの自分を保とうとする咄嗟の行動だったのかもしれない。

新垣はそこまで思い返すと、田中に言った。言わなければいけなかった。

 「田中っち、佐藤、覚悟はいい?」

田中は視線だけをこちらに向けて静かに佇んでいたが、佐藤優樹は
何処か戸惑いを見せるかのように視線が揺らいでいる。
新垣が口を開く前に、田中が動いた。

 「佐藤優樹、あんたをどこか安全なところに逃がしてやりたいけど
 あん人にはもう顔を見られてるし、別行動をとったらあんたが先に
 狙われるかもしれん。だからあんたも来るんよ。いい?」
 「…わたしはくどぅーに言われました。たなさたんを呼んできてって。
 だからたなさたんを呼んで、くどぅーのところに戻らなきゃいけないから。
 くどぅーが呼んでるから、はるなんもあゆみんも。だから、戻ります!」
 「…よく言った」

田中の笑顔に、ようやく佐藤にも笑顔が浮かんだ。
そのまま佐藤は甘えるように田中へ抱きついたが、彼女は拒まなかった。
新垣はその光景に、微かに口角を上げる。
そして顔を引き締めると、二人を背に歩き出した。

 進路は一つ。退路は、もはや何処にも無い。

 ―― ―― ―

―― 少女の瞳の奥には、強化ガラス製の培養槽に注がれた新緑の液体が輝く。
液体には、人間が浮かんでいた。
意識があるのかは分からない。分からないが、とても苦悶の表情を浮かべている。
その群れ、数十の培養液全てに人間の姿をしていた。

人間の肉体を改造し、遺伝子を弄り、作り上げられてしまった異能者という人間。

何重もの生命維持装置がついている。
それはつまり、この異能者は今現在、生きている事だ。
狭い狭い、濁った液体の中でただ漂っている。
そこには感情も、意志も、無い。

だが、狂気の産物でもない。
怜悧な頭脳の理性と理論をもって生み出され、正確な分類札を貼られ
整然と並べられている。つまり、これは、正気の沙汰なのだ。

解剖刀を体に突き立てられた実験体が泣き叫ぼうと、苦痛に身を捩ろうと
醜い姿にされて哀しもうと、関係ない。
実験者たち自身の身体と心は、なにひとつとして痛くも悲しくも無い。

その答えは唯一つ。
知能に優れ、知識に溢れても、彼らには心と想像力が存在しなかったのだから。

自分たちの崇高な目的の前には、仕方のない犠牲として。
使命感に燃えて行った実験だったのだから。

 組織的かつ計画的に非道をつくすには
 むしろ燃え上がるような使命感や正義感がなくてはできない

少女の目からは、感情の一切が消えていた。
少女が見つめるのは、中央の手術台。
無残な死体、ではない。少女と同じ、少女が拘束されて横たわっていたが
その周囲に居る医師達の手には禍々しい器具が握られている。
機械から伸びた電極、解剖刀に鉗子。

そこで扉が閉じた。
其処で何が起こっていたかは分からない。
底で何を思っていたかは分からない。

少女にはただ、現実しかなかった。

液体の中で漂う日常。非日常とは思わなかった。
感情の発達と育成が施されていない人間にとって、それがどれほど
この世界の法則と常識から逸脱されたものか分からないからだ。

だが異能者はどこまで言っても人間、やがては気付く。悟る。
恐怖を、畏怖を、苦痛を、静寂を。
自滅する。犯される。劣位。失敗。欠陥。

水に浸けられる。漬けられる。
人ではなく、物のように。心は殺され、壊された。
一人だけ、少女だけは、其処に居た。

中央の手術台を囲うように、血の海と斑点が彩られている。
裸身に電極や針が差し込まれていたが、その表情には何も無い。
流れでる死者の血潮が、少女の素足に触れ、熱さを感じたかのように跳ね退く。
熱病に犯されたように全身が震えだす。

 「神経系を支配して自滅させた、か。これはまた、怖い子が生まれたわね」
 「でも実際、こういう子を待ってたんだよ、私達は」

二人の話し声が聞こえ、本能的に憎悪と殺意の膨大な【精神干渉】が
全身から放たれ、目も眩むような爆光が、二人に襲いかかる。
自滅へと追い込む為に。
だが、一人が言葉を紡いだ。

 ≪止めなさい≫

ビタリと音が鳴った様に、爆発が突如、止まった。
途端、少女の頬に誰かの手が添えられる。
微笑んだ女性が次に言葉を紡ぐと、少女の目から水が溢れた。
感情が分からない。だが溢れだす水は、培養液の濁ったそれではなく
熱を帯びた人間の、涙と呼ぶそれだった。

水に漂う、何も感じず、何も想える事のできない世界。
女性は、安倍なつみは言った。

 「ガキさんが井戸の底の蛙のように世界を知らなければ
 こうなることは無かったのかもしれない。けれど、あの子もまた
 それを拒んだ一人だったんだよ、あの凄惨な実験の中で生まれた、君と同じ命だ。
 水面に見える自分を掻き消すように生きるあの子を、頼んだよ、ガキさん」

水面に映された新垣里沙の瞳が蠢く。
全ての意志を抱いた其処に、数多の命を抱えるように。




投稿日:2013/06/20(木) 05:55:50.01 0




両腕が―― 肘の先で千切れていた。

そして、首が有り得ない方向に捻じれ、血だまりの中で、死んでいた。
見知った顔だ。何度か一緒に現場に赴いたことのある顔だ。
笑顔を浮かべていた口は赤く染まり。
希望を輝かせる瞳には生気がない。
血の破片。血だまり。
あの矮躯のどこにこれだけの血が溢れていたのか。
たっぷりと、たゆたう矮躯。
骨が覗く腕。腕はどこだ?千切れた腕はどこに。
こまぎれて、血だまりのあちこちに肉塊と、肉片と、捻じれた首と。
邪悪そのものを見たかのように瞳孔は開ききって、だが表情は恐怖に
歪むでもなく悲壮に凍るでもなく虚ろそのもの。
伸びた髪が乱れてなんて無残。無残。無残。
神話級の獣にでも蹂躙されたかのような征服と、冒瀆さ。

それは生贄の様に。それは餌食のように。それは暴食のように。
凌辱され、破壊され、破壊され、破壊されて。
殺戮。血、肉、骨、血、肉、肉だ。
肉の破片、血の匂い、血だまり。肉、肉、肉、肉、肉肉肉肉肉!

 笑顔が可愛かった彼女。

生い立ちは平凡と簡単に片づけられるものではなかったが
自分の異能者としての自覚は誰よりも強く、それを誇りに思っていた。

純粋な彼女には悪趣味も悪興味も満たせるほどの物語はない。
語って聞かせるほどの物語は無く、聞き耳をたてられるほどの物語も
そこにはない。

思わず駆け寄り、血だまりに脚を踏み入れた。
まだ微かに乾ききっておらず、びしゃりと音がする。靴が汚れた。
汚れた?
人の血が付着することを、汚れたなんて言うなど。血だ、血なのだ。
人間の一部分だ、それを冒瀆するのか。

『M。』の先代である自分が、人間を冒瀆することはあまりにも惨い。
ならば受けて立とう。
仲間を殺した存在が誰であっても、異能者の前に人間なのだ。
死など恐れない。
畏れない。怖れない。
だがその心が覆るほど、濃度の高い【闇】が其処には在った。

 拷問だった。牢獄だった。断頭台だった。
 何の希望もない、絶望だらけの暗闇だった。

劣化コピーになって初めての夢を見た。
それはあの頃、あの時、自分達に破滅がやってきたあの日の夢。
涙が血の色に変わるまで泣いた、地獄の情景だった。



 「…そうか。ああ、分かったで。なっちも、元気でな。
 矢口はそれなりにアンタのこと、気にしてたんや。
 ああ、そうやな、うん。まあ、ほんでな。
 あの子がなっちに言うといてっていう伝言があるんや。
 『今までありがとう』―― だ、そうや。はは、自分で言えってなあ。
 ああ、また会えたら…」

安倍なつみから連絡を受けた中澤裕子が
最初にしたのは、目を閉じ、自身の額に手をやった事だった。
椅子の背もたれに全体重をかけ、これまでを思い返す。
視界が滲んでいるのは、年のせいだと、思った。

【ダークネス】によって"蘇生"された者達。
そしてこれまでに再び闇へ還された者達は数知れず。
あとは"寿命"を待つ者の一人として、中澤は現在も生き続けている。

"蘇生"された者達は否応なく自覚している。
だが、前以て死が訪れることを知ったら平静ではいられない。
慌てふためくか、周囲の人間に当たり散らすか。
事実、自身の生を嘆き、自身の創造主を恨み、自身の死に恐怖し、それらの
感情を上手く扱う事ができずに操られるがまま人類への反抗を見せた者も居た。
それなのに、それなのに、と、想う。

これがダークネスが想ってやまなかった救済への願望か。
皮肉にも、違う道を辿った所で自分達への救いは変わらなかった。

―― それを覚悟した上で、中澤達は行動していたが、いざその時に
 なったと思うと、酷く悲しくなった。

この悲しさがどんな感情によるものなのかは分からない。
他人の死に悲しむことなどないと思っていた。
自分の死さえもはや悲しくないと思っていた。

中澤裕子がアサ=ヤンとして、『M。』としての活動をしていた過去。
今の国家の法律では裁くことのできない異能者達。
被検体として生死を分かたれる異能者達。

自分達は一体、何の為に正義を掲げ、向けて来たのか。
しかし、全て自分の中心にあった組織は瓦解し、ダークネスと呼ばれた存在は
自身が生み出した我が子によって殺された。

しがらみは、無くなった。自分の居る存在意義が、無くなった。

中澤は静かに、声を押し殺して泣いた。
こんな涙など何の意味もない。
自身で満足するためだけに泣いているのだ。
何と心の籠らない、どうでもいい涙なのだろう。

もう素直に泣くこともできないのだ。
年を取れば幼稚になるともいうのに、自分はこんな時でさえ
泣くのを拒もうとしている。
こんな時に限って年齢で突っ込まれていたのが嫌だった自分が
年齢の所為にしていることが可笑しく思えた。

そう考えたあと、中澤は自分がもう何十年も異能者をしてきた事に気付く。
劣化コピーでも人格の情報は"元"の自分なのだから。
自分達の最期が来ても、この世界は回り続けるという事実にも。

 存在よりも確かに感じていたかったものが、あった。

あの頃には残せなかった"何か"に縋る自分達のエゴを、中澤は
密やかに笑う。泣くよりは、笑っていたかった。

 それはあの時、高橋愛が覚悟を決めた時のように。

絶望はとうに見飽きている。
どんな"結末"であろうと、信じてみようと思ったのだから。

泣きながら笑おうとしていた中澤の行為を中断させたのは、卓上に
置いてある電話から流れて来た静かなメロディだった。
中澤に対して連絡をする人物はそう多くはない。
液晶画面に並んでいる電話番号。

普段ならすぐに出たであろう電話に、中澤はしばし迷ったが
自分の声が震えないよう細心の注意を払ってから声を発する。

 「誰や?」
 『………』
 「この電話は特定の人間にしか教えてへん。
 そもそも普通の回線すら使ってないからな。…紺野か?」
 『中澤裕子さん…ですか?』

その声に、中澤は今までの出来事よりも驚愕した表情を浮かべた。
同時に、この電話の意図が掴めない。
何故今頃、しかもこのタイミングでコンタクトを取る必要がある?

 『お願いします。私を、ダークネスのいた場所に連れてってほしいんです。
 …i914が生まれた場所へ、海上の孤島へ!』

道重さゆみは叫ぶように懇願する。
全てが生まれ、全てが終わった場所。

誰かの命を救うために、自分の命を削る為に。




投稿日:2013/06/24(月) 06:10:29.86 0