『異能力 -Afterglow of wing-』


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それは少女の過去。
未来よりも過去に悔いを残し、やり直したいと求めていた過去だ。
その方法や手段を持っていたが、それ以上のことは想わなかった過去。
神を否定し、未来を抱いてそれでもなお歩み続けようとする信念。

 だからこそ、少女は気付かない。誰も囁かない。
 その未来に希望があるかは、誰にも分からないからだ。

――― 毎日顔を突き合わせていれば、色々なことが起きる。
諍いだってよくあること。
それがすぐに治まることもあれば、長引くことも無論珍しくはない。

特に少女は母子家庭でもある。
その上、幼少時代の事件によって母親との折り合いは悪い。
だが世間体を考ると母親は娘である少女を放置することも出来ない。
そんな母親に対して、娘もまた悩みを抱えていたが、通っている学校
での出来事を含めると、少女の方があまりにも悲惨な状態だっただろう。

 「出て行って!」
 「出て行くわ!」

などと叫んで部屋を出た後に、外が大雨で雨具も財布も持っていない
事に気付くのは、よくある事では無かったが。
様々な要因と共に少女は家を飛び出したが、早々に後悔していた。

 (…………あーあ)

少女は心の中だけで、大きくため息を吐いた。
口に出したところで、雨の音にかき消される。
屋根があるから雨はしのげるが、それでも時たま吹き込んでくる水滴は冷たい。
このままほとぼとりが冷めるまで立ち尽くしていたら、風邪をひいてしまいそうだ。
暦の上では既に夏とはいえ、梅雨の季節であるこの時期はまだ肌寒い。

 (もっと用意してから出てくれば良かった…)

戻って、着替え直して、傘と財布を持って出て行き直すというのも
馬鹿らしい話である。
たいていこんな喧嘩は、二、三時間ほど間をおけば済んでしまうものだ。
"普通の関係"なら。

 「そこで何しとお?」
 「あ、えっと、あ、雨宿りです」

そこはアパートの屋根であり、住人かもしれない女性が立っていた。
傘をさして買い物袋を持っているところを見ると、今帰ってきたばかりだろうか。
制服を着込んだまま、しかも夕刻を過ぎた時間に見知らぬ学生が
突っ立っていれば、誰もが怪訝な顔をする。

 「傘、持ってないと?」
 「あ、はい…くっ」

少女はくしゃみが出そうになるのを必死で堪える。
そんな彼女の心情を知ってか知らずか、女性は空を見上げた。
少女は濡れた地面が、ひどく寒々しく見える。

 「天気予報だとまだまだ降るみたいやけん。
 もしかしたら雷も鳴るかもしれんね。…れな、部屋に戻るけん」
 「あ、はい、私もすぐに帰りますから…」
 「でも一人でおっても暇やけん、付き合いいよ」
 「はい?」

女性の言葉につられて、アパートの一室へとお邪魔する。
間取りは、玄関を開けた左に小さな台所、右に洗面所と
ユニットバス、ささやかな廊下の先には八畳の部屋とロフト。
そこには驚く要素など何も無い。

驚く要素としては、室内の物品だ。
テーブルの上に置いてある電話と数台の家庭用ゲーム機。
少し離れたところに置いてあるテレビと、小さな本棚と衣装ケース。
クッションが一つ、座椅子が一脚。
あとは部屋の隅に寄せてある漫画など。
一言で表すなら、とても殺風景な部屋だった。

 「そこら辺に座って、あ、座布団いる?」
 「あ、はい」
 「んー…ちょっと余りモンっちゃけど、これでも食べり」

そう言って女性が出してきたのは、スーパーで298円の袋詰め
で売っていたようなミカンを数個、テーブルに置いた。
女性が買いこんできた袋からは夕食だろうか、レトルトや惣菜やら
を取り出して、そういったものもテーブルへ乱雑に並べていく。
ふと、何か違和感を覚えた。

 「あの、ここには一人で住んではるんですか?」
 「んーん、もう一人おるっちゃよ。って言っても、あんまり帰ってこんけどね。
 なのにさっき急に帰るって電話入ったっちゃん、こんな日に買いものに
 行きたくなかったんやけどねーま、しょうがないっちゃよ」
 「あの、私が居てもいいんですか?」
 「何が?」

少女の言いたいことが何となく分かったのか、女性は「あぁ」と呟く。

 「言うとくと、親じゃないよ。それにれなも勝手に住みついてるだけやけん」
 「…はい?」

女性が言うには、孤児院に住んでいるらしく、何かがあるとここの家主
を頼って、熱が冷めたら帰るということを何度かやっているらしい。
呆気ないほどシリアスな内容を挟んできたような気もするが、女性は
あまりそういった所を気にしない性格なのだろう。

そんな女性に対して、少女も、呟くように自分の経緯を話し始めた。
励ましてほしいからではない、ただ、誰かに聞いてほしかった。

女性、田中れいなは、少女、光井愛佳の言葉をただ聞いていた。
頭を撫でるでもなく、励ましの言葉をかけるでもなく。
それだけでも光井には有り難かった。

 彼女にはそれだけの友達も居なかったから。




投稿日:2013/06/15(土) 10:03:26.20 0




 「あの、簡単にできそうなのってどれですか?」
 「えーと、魔法を使って敵を倒すのとか、天下統一とか
 全国争覇とか、正義の味方とか」
 「…全部勝ち負けが多いヤツですね」
 「盛り上がれるヤツが好きっちゃからね、あと簡単なヤツ」

沸いたお茶を茶碗に注ぎ、冷めるのを待ちながら光井は
棚にあったゲームソフトを選んでいた。
田中がゲームをしようと言ったからだったが、それにしては
どこか戦闘系が多い上に、光井はあまりゲームをした事が無い。

いくつか電源をつけてやってみたが、コントローラーの使い方が
分からないのを理解すると、二人はテレビ番組に専念することにした。
雨が降りしきる音、テレビが流す番組が、空々しく聞こえる空間。

 「なあ、愛佳」
 「はい?」
 「愛佳は今、寂しい?」

唐突な発言に、光井は目を丸くした。
どうして、と聞き返せなかったのは、何故だろうか。
その時に光井はどう返答したのだろう。

 田中はただ、「愛佳は優しいっちゃね」と笑っていた。

その出来事が過去になる頃に、二人はまた、再会する。
あの頃のような寂しい空間ではなく、人間らしい、温かい気配の中で。

―― ―― ―

鈴木香音との出会いはそれからの未来。
光井にとっては来てほしくなかった未来の中で生まれた少女だった。
久住小春が居なくなり、ジュンジュンが暴走し、リンリンと共に故郷へ
帰り去ってしまってからの未来。

光井が見る世界は全てが"結末"への軌跡。
それは結末を知るには十分な要素が詰み込まれていて、正直に言えば。

 あまりにも無慈悲。

欺くことも隠すことも出来ない、純粋な真実。
足掻くことを否定され、絶望ですら肯定する。

 「だけどこれには一つだけ欠点があるねん。
 『このチカラの保持者の"結末"は見えない』
 多分これが、新垣さんが言ってた制約なんやわ」

鈴木香音は光井愛佳が『リゾナンター』という組織に入っていた事を
知ると、自分も入りたいと志願した。
異能者である彼女が入ることを新垣里沙は承諾するだろう。
だが、光井自身はそれで良いのかと思っていた。

自分が触れ、感じ、想ってきたことを今度は鈴木が思い知ることになる。
それがリゾナンターだ。
全てが同じものではないにしても、自身が命を削るという事実に鈴木は
ちゃんと向き合う事が出来るだろうか。

 「あんたの"結末"が分かっても、それをあんたが受け止められるとは限らへん。
 あの時の私が決められへんかったように、だからどうしても
 耐えきれなくなったら、その時はすぐに逃げな。
 諦めるんやない、その時だけ、自分が生きる為に、逃げるんやで」

自己犠牲なのは自覚していた、少女だった自分。
それがどれだけ周りの人間に迷惑をかけていたか気付かなかった自分。
自分を大切にしてくれた人間に対する裏切りを行っていた自分。

久住小春は正しくなかったけれど、正しかったと思う。
【ダークネス】へと歩んでしまった彼女に対して呟く言葉が見つからなくて。
久住の後ろ姿に触れることも出来なかった。

 それから間もなくして、"あの人"が現れた。

リゾナンターのリーダーであり、突然の失踪を遂げたあの人。
あの人の"結末"を視てから、10ヶ月もの時間が経過していた。

 高橋愛と呼ばれたあの人は、両手を血に染めて、佇んでいた。

誰の血かは分からない。誰の命かは分からない。
ただ、誰かが死ぬかもしれないほどの致命傷を受けたのは解った。
高橋の足元に倒れ込むのは、倒れ込むのは…。

 「鈴木!あの子を助けて逃げるんや!亀井さんはうちが助ける!」
 「愛ちゃん、私、言いましたよね?死なないでって。
 なのに、なんで、"こうなってしまはったんですか"」












 「解ってたんじゃないの?高橋愛、いやi914が
 仲間を殺そうとする未来を、視てたんじゃないのかい?
 だから言ったんだろ死ぬなってさ」

 心を殺すなってさ

―― 氷の魔女の言葉が、心臓を貫く。
"予知夢"の残像が見せた光景が思い出されたその時
i914が無面のまま、自身の眼前に立っていた。

鈴木の叫び声が上がる。
光井は最後の力を振り絞るように、高橋愛に呟く。
血に染まった両手が、光井の顔を掴んだ。
温かくぬめった、人の、気配。喰らうのは黄金に煌めく瞳の鬼。

 「ごめんなさい、うちは、愛ちゃんを ――」

―― ―― ―

意識を失った譜久村聖を喫茶『リゾナント』まで抱きかかえてきたのは、鈴木だった。
身長差のある譜久村を背負うのは容易ではなかっただろうが
何かに気付いたように飛び出した鞘師と生田が【非物質化】を解いた鈴木の姿を
見つけ、途中から三人で店まで抱えてきた。

鈴木の言葉に田中と道重が飛び出し、倒れ伏す光井と亀井を発見。
すぐに救急車に運び込まれたが、二人の意識は既になかった。
亀井は吐血し、心臓へ重度の負担をかけ、光井は片足に重症を負って。
光井の母親と亀井の両親が駆けつけ、何があったかと問いただされたが
その瞬間、新垣里沙が、現れる。

 「さゆみん、私は、愛ちゃんを追うよ。
 だからリゾナンターをお願い、勝手なことだけど、ごめん」
 「待つっちゃんガキさん!なんで、愛佳が狙われたと?」
 「…あの子が最初に欲しかったのは、未来だった。
 そして仲間だった。ただ、それだけだったんだよ」

膨大な【精神干渉】の操作のあと、新垣里沙も、失踪した。
様々な記憶の改ざんの中で、田中れいなと道重さゆみは
残された"未来"の中で、生きるしかなかった。

誰かを救いたくて"未来"を肯定したかった光井愛佳。
そんな彼女がもう一つだけ、夢を見ていた。
田中れいなへの微かな想いだったのかもしれない。

それは絶望に彩られた、小さな欠片の夢だった。




投稿日:2013/06/17(月) 22:15:05.18 0