『異能力 -Invitation to the jaws of death-』



絶望を抱えた少女が一人。
絶望の象徴だった少女が一つ。

少女は自覚していた、自分がいかに罪深く、そして、闇であるか。
だが何処かで違和感も覚えていた。
自分がなぜ【光使い】と称されるようになったのか。

誰かの希望であったのかもしれない、誰かの絶望であったのかもしれない。
それならば、と思っていた。
絶望よりも希望を選んだのは、それがきっと正しいものだと思ったからだ。
誰かが希望を待っているのなら、この身を差し出そう。

そう思っていた。
そう思っていたかった。

 「なんか、意外やな」
 「何が?」
 「自分が、こんなにも長生きやったんやなって」
 「バカなこと言ってないの。これからじゃない」
 「うん…」

 「なぁ、ガキさん」
 「なに?」
 「ガキさんは、このセカイが好き?」
 「…なんで?」
 「あーしがしとる事って、このセカイを守るってことが大前提やんか」
 「まぁ、そうだね」

 「でも中には、こんなセカイなんかキライやって言う人もおる。
 このセカイが綺麗か汚いかは、その人の価値観で決まるものやからね。
 だから、あーしの相手は時には組織以外の人らとも戦う羽目になっとる」
 「つまり?」
 「つまり、あーしらがこのセカイを守るって事は、そういう人らが現れる
 可能性、確率を高めとるんやないかって、な」

 「でも、私達みたいなのが居ないとこれまでよりもそういう人達が増える可能性だってあるよ。
 それに、愛ちゃんはこのセカイを守りたくてリゾナンターを結成したんだよね?」
 「やと、思う」
 「なに今のあいまいな答え。違うの?」
 「あーしは、今までこのセカイの未来を目指して来てたと思っとった。
 でも、それは皆に会えて、皆とおるセカイが幸せやったから、未来もきっと幸せ
 なんやろうって、思い込もうとしとったんやないかな」

愛は手のひらを擦り合わせ、開いた両手をまじまじと見つめる。
其処に、何を見つけていたのだろう。

 「時々思ってしまうんよ。
 もし、もしな、これからの未来が自分が思ってた未来と違ったものやったら、どうしようって」

一瞬の空白。
それを、その言葉の意味を、彼女は解っているのだろうか。

 「――― 未来が怖いんやない。やり直しが効かんから、進むことに臆病になるんや。
 でも出来ないからこそ、あーしらは未来を目指すことにしたんやもんな。
 あの景色を守るためにも。だから、あーしはこのセカイが、皆が好きやと思いたい」

酷く優しくて穏やかな声。
明日、失ってしまうかもしれないけれど、歩いていこう。
だって、ここに居るのは事実だから。

 遠くの街が光り輝く。
 クルクルと舞い踊る平穏の象徴。

光が塗り潰した世界。光が塗り替えた世界。
それは、何も無い世界。

 里沙は答えなかった。答えられなかった。
 誰もが望み、誰もが到達するまでに至らない領域への願いなど。

それは里沙が、最も強く想い続けていた事だということなど。




投稿日:2013/06/06(木) 12:30:25.86 0




 ―― ―― ―

人間と異能者の間には、深くて広い溝がある。
その溝に橋を架ける事はできるかもしれないが、あまりにも脆い。
異能者にとってこの世界は、生きるためだけに生きることのできる世界ではない。
目的が無ければ生きてはいけない、という訳でもないが、重要な部分でもある。
生かすも殺すも、自分で考えなければいけない。
考えなければ、生きていけなかった。

異能者はどこかで人間を嫌わなければいけない、という節がある。
好きでも、自分とは違うからと線を引く。
同じ人間のはずなのに。

そんな二つの存在に共通するものがあるとすれば、覚悟。

命を失くす覚悟。
一時の勢いで生まれただけの覚悟であっても、それがどんなに
難しいものかを理解することが出来る。
異能に対峙する人間はある意味で恐ろしい。

特に子供の異能者。
命を危機に晒され続ける人生を歩んできたわけでもない。
ごくごく普通の生活を送ってきたであろう少女達。
普通に学校に行って、部活などをして、それなりの学校生活を
謳歌していた彼女達の日常の歯車を狂わせるきっかけ。


人間界での葛藤もあっただろうが、その中で異能者という存在を知り
出逢い、そして触れあってきた事による、理解。

信じてきたことも何度かあったが、それと同じくらいの裏切りもある。
その裏切りを絆として抱いている者はあまりにも救えない。

 「正直、あたしのところに来るなんて思ってなかったです」
 「それほど私も、なりふり構ってられなくなっちゃったって事よ」
 「あたしは自分で決めたんです、それは後悔してないですよ」
 「うん、分かってる。咎める理由もないよ、だからあんたを行かせた」

久住小春がリゾナンターを離反したのは、高橋愛が
失踪してから約半年後のこと。
光井愛佳と行動を共にしていたが、i914と遭遇した事によって
全てを理解した上で、自ら離れることを決意した。

その後は安倍なつみに拾われるように【ダークネス】の組織へ。
リゾナンターのメンバーとの間には溝が生まれてしまったが
久住本人は、何も言わなかったし、何もしなかった。
皮肉を言う者もいたが、久住は気にも留めず、それから半年が経過する。

 「あんたはまだあっちでの生活だって出来る。
 リゾナンターが何でできたのかが分かってる今、小春は
 もうこの世界に居なくてもいい、だけど狙われてるのは変わらないからね」
 「…何が言いたいんですか?」

i914によってダークネスを打ち倒され、組織が壊滅してからは
安倍や飯田と共に別の場所へと隠れ住んでいた。

芸能界での「月島きらり」も失踪中という扱いでメディアにも
報道され続けている上に、両親からも警察への捜索届が提出されている。
だが今i914の問題が片づかなければ、彼女は日陰者としての
日常を送り続けるしかない。

 「あんたはいろいろと手間がかかったけど、あたし達以外を
 巻き込もうとしたことは一度も無かった。
 だから皆、内心では分かってるのよ。事実を知った今、小春の行動はむしろ正しい」
 「…まさか、安倍さんに?」
 「あの人はただ、見守ってくれるだけ。小春も選べるのよ。
 だけど私にはこれ以上のことは言えない。
 それはあんたの為にならない。あんたの思うことじゃない。
 だから選んで、小春、私に、協力してくれるか、どうか」

久住小春はもうリゾナンターではない。
ただ、光井愛佳には離反するときに一度だけ、声をかけた。
その表情は久住を責めるわけでもなく、安心したようでもない。
ただ、見ていた、自分を。久住小春を見ていた。

新垣里沙は裏切り者だった。
リゾナンターという道具を使って人を蒐集し
エネルギーの媒体として利用されていた事実。
自分のためというのは偽善だった。
ただ"共鳴"のチカラによって高め、強化された異能だけが必要だった。

【ダークネス】の目的。シナリオ。
全てにおいて許さない。許さないのに。

 「あたしは協力しない。だけど、このままじゃ自由になれない。
 だから小春は、小春のために動く。
 光でも闇でも、あたしはあたしのままで居続けてやるんだ」

イメージなど関係無い。認識なんてものは自分の目で十分。
見守るなんて真っ平ごめんだ。
信じるも信じないも、全て自分で決めて来たように。

 「…分かった。でも、私達がこれからやる事と、場所だけ教えておくわ。
 きっとあの子も追いかけてくるだろうから」
 「新垣さん」

久住に名前を呼ばれて、新垣は思わず顔を見る。血のような燐光。

 「あたしは、きっと殺せますよ。あの人を、殺せる」
 「分かってる。分かってるよ、小春。私もきっと、そうするだろうから」
 「うそつきですね」
 「そうだね、私はずっと欺き続けて来た。
 けど、やっぱり私も、私のために動いていたい、これは嘘じゃないよ。
 もう隠す必要も、ないしね」

携帯電話が鳴る。表示をみて、新垣の表情がいっそう険しくなった。
それは絆が覚悟へ、変わる瞬間。




投稿日:2013/06/08(土) 10:14:08.79 0


















最終更新:2013年06月08日 22:23