『異能力 -Feel of afterimage-』


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 refer to   異能力



佐藤優樹の腕が、徐々に痺れてきている。
田中れいなが殴られるたびに、その衝撃が重く痛く、佐藤の全身にも伝わる。
皮膚と骨が震える。
いたい、いたい。じわりじわり。
しかしこれぐらいの痛みは、耐えられる。
実際に殴られている田中の方が遥かに痛いのだ。

 佐藤は殴られる痛みを知っている。
 殴られる生活。
 殴られ続け、蹴られ続ける生活を思い知らされていた。
 僅かな食事と水分を、4人で分け合って生きていたあの頃。

苦しく恐ろしく悲しく、痛みしか無い日々だった。
誰かに縋りたくて。
4人の中で同い年の工藤遥は、そんな佐藤をいつも怒っていた。
怒られている理由は、工藤の涙で理解させられる。
石田亜佑美と飯窪春菜が任務から帰ってくると、検査だと言っては
様々な実験が行われて、無理やり【異能】の強化をさせられた。

4人は、脱走を決意した。
だが組織の監視が佐藤達の行動を嗅ぎつけ、『リゾナンター』への
噛ませ犬として差し向ける、洗脳を施された上で。

きっと、自分達はあの時に死んだんだ、と工藤は言う。
組織は傭兵を使い捨てとして思っていない。
優れた【異能】のみを管理し、劣等な者は他の異能者集団にぶつけて
処理を任す、勝ち負けはどうでも良い。
ただ『収集』することが、組織の全てだったのだから。

だが組織が4人を差し向けた時には、既に結末が決まっていた事を
誰が思い、ボスとして君臨していた傲慢な男が理解していただろう。
リゾナンターのリーダーは、男と対峙してこう言ったという。

 「あなたが持ってたもの、全部貰っていくの。
 だって勿体ないじゃない、女の子の価値すら知らないのに。幼女は正義ってね」

なんとも異能者集団のリーダーを継いだ人物とは思えない自己中心な捨て台詞。
だが飯窪は格好良かったと思い出しては赤面していた。
彼女の好みはよく分からない。

そんな佐藤が目覚めた時に初めて出逢ったのが、田中れいなだった。
思わずしがみついて、田中は固まりながらも、振り払ったりはしない。
3人も初めは警戒していたが、佐藤のその姿を見て、少しずつ解かしていった。

知らない顔がたくさんあったが、佐藤個人としては田中と3人が居れば
あとはどうでも良かったし、異能者集団の仲間入りを果たした所で、状況という
状況は全く関係無かった。

殴られない生活。与えられる美味しい食事。
風呂で身体や髪を洗うことができ、痒くなったりフケが出る事も無い。
夜は布団に入って安らかに眠ることができる。
真新しい洋服や靴を買ってもらえて、清潔な下着に着替えられる。
そして変わらない3人の姿。
天気のいい日には遊びに出かける。
暖かい日の光を浴びて、風に吹かれて、工藤や石田、飯窪と話し明かす。
雨が降ったら、窓から外を見る。

ソファーには田中が座っていてのんびりと携帯をいじっていたり
食事当番が週に何回か代わり、何人かで料理を作ったりもした。
道重はそんな皆を携帯に収めてはお店の掲示板に貼り付けていた。

喧嘩もした。
佐藤達と同世代の4人、その4人もまた、佐藤達のように保護された4人。
似たような境遇、だがどこか複雑な感情を渦巻く4人と4人。
田中が8人に話し合えと言ったあの日、様々な声が飛び交った。
仲間意識が深くなったのはきっと、あの時から。

それでも佐藤の中で変わったものと言えば、特には無い。
3人がそんな事があっても尚、ここに留まるという答えを出した。
それに疑問を抱くことなど、佐藤にはあまりにも無意味だった。

 そして静かに、時たま激しく降り注ぐ雨をじっと見続ける。

幸せは此処に。そして時間は経ち、永劫は消えた。



 ―― ―― ―


工藤が叫ぶ、焦燥の色を露わにして、佐藤は泣いていた。

 「まーちゃん、田中さんを呼んできて!ハルが引きつけてる間に早く!」
 「ヤダ!くどぅーも一緒に来てよ!」
 「バッカッ!あの人にはこっちの思考が分かるんだよ!
 まーちゃんを追っかけられたら意味ないじゃんか!」
 「ヤダヤダ!くどぅーも居なくなるなんてヤダぁ!」
 「大丈夫、死ぬつもりなんてないから、ほら早く!」
 「くどぅー!」

譜久村聖が【能力複写】によって後方支援、だが"光"の
【精神感応】と【瞬間移動】の二重発動によって全て無効化。
追撃の拳に成す術もなく、その身体を地面に伏した。

 ――どうして

前方の生田衣梨奈は怒りに任せて【精神破壊】を暴発、"光"に幾度か
その砲撃を浴びせたが、肉体的限界を越え、意識を失った。

 ――どうして

鞘師里保が隙を狙って"光"に追撃を試みたが、意識を失った
生田の身体を盾にされ、【光使い】に呑みこまれようとしたところを
鞘師の腕を掴んだ鈴木香音の【非物質化】によって回避。
だが【瞬間移動】によって迫っていた"光"の強襲を喰らい、鈴木は倒れた。

 ――どうして

道重さゆみが【治癒能力】で4人の回復を図ろうとした時、"光"が
【光使い】を行使、飯窪が【粘液放出】によって軌道を変え、石田亜佑美の
【加速】によって場所を移動。
工藤遥による【千里眼】で戦果の拡張を試み、"光"の行動を予測する。
これによって佐藤優樹の【瞬間移動】で鞘師の【水限定念動力】を"光"に叩きつけた。
その行動に費やした時間は、約6秒。

 ――どうして

刹那、"光"は、鞘師のチカラを利用して、道重と飯窪、石田の三人へと
【瞬間移動】で水の軌道を"移動"させる。
絶望的な状況下の、彼女達による精一杯の作戦でも【精神感応】を行使されては
それは彼女への有利な結果に書き換えられてしまう。
水圧によって地面に叩きつけられた三人は動かなかった。
鞘師は捨て身とでも言うように刀を引きぬいたが、動揺が刃に震えを起こさせる。
最初の一太刀を浴びせる前に、眼前に現れた"光"の猛攻によって地に伏した。

 ――どうして!!

"光"を見つけたらすぐにその場から逃げろ。
田中にはそう言われていた。
言われていた筈なのに、リゾナンターは挑んでしまった。
裏切りの"光"に、それでも微かな希望を捨て切れずに。

佐藤には関係の無い光だった。
田中には大切な光だった。
それだけ。
それだけの違いの中、その大切だった人達の心が、『リゾナンター』に在った。

どうしてこの人は、こんな事をしているのか。
だってこの人はたなさたんの。
片膝をついて下を向いている田中の代わりに、佐藤は見上げた。

 心の中が、疼いた。

今の自分の心が嫌いだとか怖いだとかいう感情とは違っていた。
性質からして違う。
"光"には、何も無かった。口元も頬肉もぴくりとも動かない。
歯を食いしばっているわけでも、感情があまりにも、皆無。

 この人は、たなさたんが嫌いなの?でもたなさたんはこの人が。

"光"は田中のことを見下ろしていて、佐藤の方には一瞥もくれない。
佐藤が食い入るように見上げているのに、完全に無視している。
佐藤は思考する、考えて考えて考えて考えた。
何かをしなければ。自分も何か、工藤のように何かしなければ。

 「あ、あの、あのっ……」

唇が震えて、どもる。唇を湿らせて、再び声を発する。

 「どうして、たなさたんをなぐるの?くどぅーやはるなんや、あゆみんが
 そんなに、きらいなの?そんなに…ころしたいほどきらいなの…?」

その時初めて、初めて、"光"が、動いた。
田中に向けられていた視線が、初めて、佐藤に向けられたのだ。
血の気が薄い、虹色の線が並んだ白い肌に澱んだ黄金の両目。
その、全く動かない目の下で、頬肉がゆっくりと持ち上がる。

笑った。

声も息も漏らさず、喉も震わせること無く、笑った。
恐ろしい笑顔だった。佐藤は目を見開く。

 「たのしいの?ころすのがたのしいの?
 そ、それならほかの人でもいいじゃない。たなさたんよりも悪い人いっぱいいるよ。
 たなさたんはわるくない人だもん悪くないもん!なんでひどいことするの!?」

田中が探していた『高橋愛』という女性と同じ顔をした"光"を必死で
睨みつけながら、佐藤は叫んでいた。
佐藤は気付かない、自分の存在がどれほど目の前に居る"光"の行動を妨げているか。
笑顔は無かった、だが最初に見た何も無い表情とも違う。
何かが、あるような気がした。
佐藤はそれを読みとろうと瞬きをした時、田中が唐突に立ちあがった。

同時に、田中の腕が異様な感触なのに気付く。
その拳が青い光を放ったまま下から突き上げられ、"光"の顎を直撃。
鈍い音、だが肉体を殴ったものとは違う、田中の腕が変容しながらも
止まらずに振り抜けられ、"光"が一歩後退したところに、田中が一歩踏み出す。
踏みだしながら腰を捻り、直角に曲げられた肘が後方に引かれて打ちだされる。


佐藤は地面に座り込んだまま、その光景を見つけていた。
殴られてばかりいた田中が殴り返し、その拳が当たった。
だが、その拳が、佐藤の両目に衝撃なものとして映る。
いつもぶら下がっていた冷たくも暖かいその腕。手を握ってくれたその掌。

 黒。

赤黒い血管を並べた、黒い皮膚の手。
暗闇に溶け込んでしまいそうな黒を彩るのは黒い、滴る水。
黒い水、黒い血。

 「たなさたん…?」

うわ言のように田中の名前を呼ぶ佐藤は、その顔を覗きこもうとする。
頬に触れると、柔らかい肉の感触が返ってきた。
しかし指先に触れたのは、ぬめりのある温かい液体。
驚いて手を引き、指先を見る。
そこには黒い水が付着していた。それは血のような、涙。

 「たなさたん…っ」

青い燐光の瞳から流れる、黒ずんだ涙。

 「れいな、行きなよ。今は生きなきゃダメだよ、その子を生かす為にも」

後藤真希の声が、聞こえた。
田中は佐藤の腕を引っ掴むと、"光"のある場所から反対方向へと走る。

 「佐藤、チカラ、使える?」
 「う…はい」
 「じゃ、行こう。佐藤、生きる為に、逃げよう」

声が、響く。
田中は生き延びる為に。佐藤を生かす為に、"跳ぶ"。
強迫観念のようなものは、今では薄くなっていた。
"隔離"されていた場所から、田中れいなと佐藤優樹の気配が消える。
後藤はi914にまるで挨拶するように語りかける。

 「や、久し振りじゃないけど、久し振り。元気だった?
 まあ、会うのは分かってたけど、ずいぶんと進行はあったみたいだね。
 …それもそーとー歪んだらしい。憎悪と愛情の区別ができないくらい。
 君がまだ、そうやってあの子達に固執してる間に、結末が来るのを祈ってるよ」

そう言って、後藤は"隔離"の外へ、姿を消した。
後に残ったのは、人間のような人間ではない存在だけが佇む亜空間。
その存在が呟く言葉は、空虚な世界に溶けるだけだった。





投稿日:2013/05/23(木) 13:35:52.80 0 & 2013/05/26(日) 12:03:22.72 0