『異能力 -Dark clouds-』


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 refer to  異能力



2013/05/15(水)



――――。

田中れいなはぎしぎしと軋む骨の痛みを抱え、内臓が震えているのを感じながら
胃液が競り上がってくるのに耐えている。
神経が自分の思い通りに機能しないのは、今に始まったことではない。
だが、以前の自分であれば体験せずにすむ苦痛が外と中から同時に
襲ってくるのは気持ちのいい事では無かった。
それでも、意識はある。
強制的に与えられる苦痛が田中に気を失わせない手助けをしてくれていたが
痛みよりも身体に圧しかかっている重みこそが、田中を二本の足で
立たせている最大の理由だった。

身体にある重み。
佐藤優樹が自分にしがみついている限り、田中は膝をついて地面に
倒れる事はできなかった。
そして、左の肩を掴まれている感触。

 「れいな!」

強く自身の名前を呼ばれるのと同時に、その感触はそこにあった。
少し骨ばったさして大きくもない手。
長い指が、田中にそっと触れている。―― 後藤真希の顔が見えた。
熱くも冷たくもない指の熱が、服の上からじりじりと伝わってくるのがわかる。
何もかもが頼りないこの空間で、佐藤と後藤が自分のすぐ傍らに存在している。

だから田中は地面を踏みしめて、眼前の女を睨みつけた。

 「i914!」

後藤がそう呼んだ女、呼ばれた本人が、動きを止めて笑みを浮かべる。
闇の帝王と呼ばれた【ダークネス】を殺した張本人。
彼が創り出した『異能者』を殺すために生まれたモノに憑かれた、兇人。
そして、そのダークネスによって生み出された破壊者。

そして。
…そして?

立っている女を見つめる。
背が小さく、どこか幼い、猿顔だと笑っていた平坦な唇。
そこに薄く浮かべた笑顔以外に感情の現れは一切ない。

だが何も無い表情に存在するものを、田中は感じ取ることができた。

 空虚。
 女が、i914が発散している虚ろな気配。
 虚無であり空ろであり、空っぽの中の更なる"空"。

不快な汗がじわりと滲みでてくるのを感じて、田中は眉をしかめる。

 「れいな、辛そうだね」
 「…痛いに決まってる」
 「だろうねえ。君としては余計に痛いと思うよ。でも、君はこれまでの戦いで
 精神的にも肉体的にもやわにできないようになってると思ってるんだけど?」

血も出ていなければ、骨が折れているわけでもない。
内臓の痛みを除けば、肉体的な痛みなどは我慢すればいい。
常に痛みと共に生きていた自分自身。

 ともすればこの痛みは、きっと。

i914が静かに前進してくる。
田中は右足を一歩だけ前に踏み出した。
亀の歩みにも似た速度でゆっくりと進むその両腕。
ナノマシンによって変容した腕には虹色の回路が並び、不気味な美しさがある。
だが手から放たれた光に触れれば、粒子の如く消滅する死への誘い。

i914の頬にもそれは這い並び、まるで機械人形のような風貌だった。

 「のんびり会話してる場合じゃなさそうだけど、とりあえず逃げる?」

その一言で、田中は初めて『逃亡』という選択肢があることを思い出す。
逃げる事は決して苦手ではない。
むしろ得意だと思う、佐藤優樹という【瞬間移動】の異能者もいるのだ。
何故、自分は逃げることを放棄していたのか。

 何故、未だ自分の身体と心はこの場から立ち去ることを拒んでいる?

後藤の静かな、そして普段より力と張りを持って響く声。
自分の混濁していきそうな思考を引きずり上げてくれる。
敵である筈の存在への悲しみは、ここへ来る前に解消されていた。
今は、逃げてもいい時のはず。

だがこうも思ってしまう。逃げ切れる訳が無い。
逃げられる訳がないから、戦うしかない。
戦う。戦う。

そしてi914を ―― 殺す。




投稿日:2013/05/15(水) 20:29:07.00 0


2013/05/16(木)


 「れいな」

田中の両目が本来の輝きを失っていくのを見て、後藤は声をかけた。
この行為は、女性が自ら任じている傍観者のものではない。
一時は【ダークネス】の組織に加担したりもしたが、それは知り合いに
協力しただけであり、闇の帝王にではなかった。
自分が声をかけなければ、田中の思考は田中れいなではないものに浸食される。

その浸食が終わってしまえば、田中は今のように苦しまず、悲しまず
痛みを感じることもなく、生き、戦い、そして魂は死ぬだろう。

 『i914は意図的に逃がされた、っていう考えは当たってるよ。
 そして次にダークネスが行ったのは、私達の"蘇生"。
 ま、残っていた元の細胞によって創った劣化コピーだけど。
 ヤツが考えていたシナリオにはこの組織に居るだけだと要素が不足し過ぎてたの。
 感情エネルギーを蓄積するためのね。
 この世界は蓄積するための箱庭でしかない、そしてi914は自覚した。
  ―― 調節された元の人格、破壊者としてね』

後藤は過去を一瞬思い返すと、田中の手首を無造作に掴んだ。
田中が持っていたナイフを、ベルトの装着されていた鞘に無理やり収めさせると
田中の両目を覗きこむ。
全てにおいて諦めているようでいて、それでもあがき続けようとする。
そんな複雑な色合いが混ざり合っているはずなのに、あまりにも希薄。

 「まいったな、その腰に抱きついてる子を宥められるのってれいなだけなんだけど」

後藤は佐藤の【瞬間移動】に頼ろうとしたが、少女は怯えきってしまって使い物にならない。
その時、田中の視線が後藤ではなく正面へ、同時に田中の腕が乱暴に振り回される。
後藤を押し退けたその隙間に、光の粒子がまるで流星のように弾けていった。

そして既に田中の目の前に、虹色の両腕をぶら下げたi914が迫っている。
彼女もまた【瞬間移動】の異能を保持していたが、田中はその動きを想定していた。
それでも胸の中央に強烈な衝撃と痛みを加えられてしまう。
i914は【精神感応】の異能を保持している。

多能者。

複数の異能を持つ者をそう呼ぶことがあるが、並の人間が同時発動ともなれば
神経が焼き切れるような痛みに襲われ最悪の場合、脳死する。

i914の拳がめり込み、骨を打ったごつ、という音が鳴る。
折れてはいなかったが、蹲りたくなるほどの苦しみを与えてくる。
それでも田中は踏みとどまった。
追い打ちはない。
一撃を与えた拳はすぐに引いて、第二撃の構えを見せている。

動きはない、虚ろな瞳で観察するような眼差し。
田中へと打った一撃の痛みが退くのを待つように。
田中は初めて、両目を直視した。

 黄金の燐光を放つ瞳の奥が、蠢く。

構えを見せていた『i914』の腕が動き、振り下ろされた拳から放たれた
光の粒子の軌道はやや単調で、田中は半歩下がって避けた。
そこで田中は跳躍し、距離をとる。
【共鳴増幅】による身体的強化があったからかもしれない。
だがそう何度も佐藤を巻き込まずに避けられる自信が無い。
今、i914との距離は約五メートル。
もう一度跳躍して本格的に逃げればなんとかなるだろうか。

膝を少し曲げた瞬間、i914が目の前に。

 「…っ!」

瞬きもせずに動きを見ていたはずなのに、田中の目はその速度を完全に追い切れない。
否、そもそも【瞬間移動】を使われては、【共鳴増幅】で視力を強化した所で意味はない。
低い姿勢で突っ込んできたi914は、田中の腹部に下方から抉り込む一撃を喰らわせる。
その衝撃に身体が浮く。
と、同時に腹に横殴りの追撃。
田中の動きが止まる。
殴られ過ぎた臓器達が震え、まだ殴られていない周りにも痛みを与えていく。
だが骨は折れない。
距離を。
そう脳は命令しているのに、田中はついに膝をアスファルトにつけてしまう。

虹色の筋が粒子となって地面に落ちていく。
i914の両腕に並ぶ疑似回路に、田中は憎しみを込めて睨んだ。
戦闘の構えを向けた時。

 「たなさたん…たなさたん…っ」

佐藤の掠れた声に、田中の意識が晴れていく。
腰にしがみついている小さな命の重さと存在を思い出す。
先ほどまで心は佐藤に向いていたはずなのに、何かの拍子で忘れてしまう。
小刻みに震えているその身体は、これ以上ないほどに"生"というものを
思い知らせているのに。

 「たなさたん…みんなみたいにならないで…」

小さく呟きながら、佐藤が田中の背中に顔を押し付けてくる。
少女の呼吸音がうるさいほどに鼓膜を打った。

 田中は思いだす。
 どうしてこんな事態になってしまったのか。
 そして何故ここに佐藤と二人しか居ないのか。
 "隔離"された世界は後藤による【空間支配】。

あの人は待っている、誰も願っていなかった結末を。




投稿日:2013/05/16(木) 23:32:18.91 0